第56話

神の国である。この日オルガは夕方には起きていた。ルチアの部屋に行ってみたがルチアはいない。まだどこかで遊んでいるのだろう。もう少しすれば帰ってくるのかもしれない。

ルチアのベッドの上には大きなコウモリのぬいぐるみが二つも置いてあった。ねぼすけが持ってきたものである。ルチアは結構喜んでコウモリを抱っこしていた。ねぼすけが来た時にはルチアは不在だったので、

ねぼすけはがっかりしていた。

（どこで遊んでいるんだろう）

オルガはルチアが遊んでいる所を見てみたいと思い、神殿を出た。近くにいた風の妖精を呼び止めて、「ルチアを見なかったか？」と聞いてみたが、見ていないという。

「ラーズの所に行ってみるか、神殿にいるかな？」

オルガはラーズの神殿へと移動した。


ラーズとサーラが神殿にいたが、ルチアはいなかった。

「ルチアはどこにいるか知らないか？」

「さあ、もう少しでオルガの神殿に戻るんじゃないか？」

ラーズが言った。

「ルーちゃん全然あえないんだよ。あそびたいのに」

サーラは頬を膨らませている。

「いもーとなのに」

「ルチアの方が大きいけどな」

ラーズは笑っている。はたからみれば、サーラの方が妹に見える。

「あの子はしっかりしてるから大丈夫だよ」

ラーズはまるで心配していないようだ。

「そうだとは思うが、何をしているのか、ちょっとみてみたい。だれと遊んでるんだろう」

（イノシシかもな）

とラーズは思ったが黙っていた。

「ところで、手形は作ってあげた？」

「あ、すっかり忘れていた。そうだな。今からジェラルドの所に行ってみよう」

オルガはゆりから頼まれていたことをすっかり忘れていた。

「じゃあな」

「ああ」

オルガはすぐにジェラルド工房へと向かった。


その少し前、ルチアは火の神殿にやってきていた。火の神殿の外で「くえー」という獣の鳴き声のようなものが聞こえたので妖精が外に出ると、でかい龍がいた。ルチアはとことこ神殿の中に入ってきている。

後ろからパタパタ7匹のコウモリ達がついてきて、赤いコウモリだけは違う部屋に行ってしまった。赤いコウモリはサラディンがいる広間へと飛んで行き、サラディンは近くまできたコウモリをぱっと手で捕まえていた。

「なんだこれ。コウモリか」

そこにルティアナがやってきた。

「あ、それルーちゃんのコウモリよ。殺さないでね」

「ルーちゃん？　ルチアか。あの子毎日来てないか？」

「来てるよ。お風呂が大好きみたい」

「昨日なんか泥だらけで風呂に入ろうとしてたぞ。今日はちゃんと綺麗にしてから入ってるんだろうな」

「見てくるね」

ルティアナは出て行った。サラディンがコウモリを離すと、コウモリは飛んで行った。

「最近私は子供の世話ばかりしてるな」


昨日はサラディンがお風呂に入っているとルチアがやってきて、ぱっと裸になってすぐに風呂に入ろうとしていたので、それを止めて、泥だらけの足を洗ってから入れたのだった。

（なんで私がこんなことをしてやらなきゃいかんのだ。まったく。そしてなんで私が他の子と風呂に入ってるんだ？）

「ガーベラと一緒にくればいいのに」

ルチアは気持ち良さそうな顔で首までお湯に浸かっている。

（しかしこの子面白い髪だな）

ルチアはまったく遠慮なくサラディンの横に並んでお湯に入っていたので、ついサラディンはじろじろルチアの髪を眺めている。黒髪と金髪が混じっているので、規則的に並んでいるのかどうか確かめようとして、あることに気がついた。ルチアの髪は、細かい葉っぱなどが髪にからまって汚れていたのである。

「ルティアナー」

と呼んだが、ルティアナは遠くにいるのか来なかった。

「まったくしょうがないな。体をちょっと上にあげろ。うーんと、前屈みの方がいいな。髪を洗う」

サラディンは仕方なく、ルチアの髪を洗ってやったのだった。石けんをつけて綺麗にあらってやると、ルチアは顔をあげて、サラディンににっこり微笑んだ。

「気持ちよかったか。よかったな」

というようなやりとりがあったのだった。


そして今、そのルチアが裸で広間にたったかやってきたので、サラディンはすごくびっくりしていた。

「ルーちゃん、裸はだめだよー」

ルティアナが布をもって追いかけてきてルチアの体にぐるっとまいていた。

「びっくりした。どうしたんだ？」

ルチアはサラディンの側まで来て、サラディンの手をひっぱっていた。

「なんだ？」

ルチアはサラディンに頭を向けていた。

「もしかして、私に髪を洗えと言ってるのか？」

サラディンが聞くと、ルチアはうなずいている。

「あのな、そういうことは」

「やってあげれば」

ルティアナが言った。

「なんで私がこの子の髪を洗わなきゃならないんだ。昨日は特別だ。もうしない」

というと、ルチアは悲しそうな顔をした。

「ルーちゃん泣いちゃうよ？　いいじゃない。髪を洗うくらい」

「お前がやってやればいいじゃないか」

「お父さんの方がいいんだって。お父さん髪洗いの達人なんだよ」

ルチアはうんうんうなずいている。結局ルチアに手を引っ張られて、サラディンはまたルチアの髪を洗ってやることになった。

（ラーズにオルガ、いい加減にしろ。父親が二人もいるってのに、なんで私がこんなことをしてやらなきゃならないんだ）

サラディンは内心ぶつぶついいながらも、ルチアの髪を洗ってやった。終わるとルチアはすごく気持ちよさそうな顔をしていた。

「やっぱり達人なんじゃない？　私も洗って」

ルティアナはうらやましげである。サラディンに髪を洗ってもらったのは、生まれてから3回くらいしかない。

「いい加減にしろ」

ルチアはお風呂からでるとさっぱりした顔付きで、二人に手を振って神殿を出た。そしてでかい龍に乗って去って行った。後からコウモリ達がついていっている。

ルチアを初めて見送ったサラディンは、「あの龍、ここらにいないだろ？　どこから連れてきたんだろう？」と不思議に思った。

「はずれの龍だよ。ルーちゃん、はずれで遊んでるんだって」

「はあ？　危ないだろう。オルガは知ってるのか？」

「ルーちゃん、強いから大丈夫だってラーズ様は言ってるんだって。キュリアが言ってた」

「強いから大丈夫って、オルガはあの子を放置してるのか？」

「オルガ様は知らないみたいだよ。おとなしく遊んでるって思ってるみたい。みんなで黙ってるんだって」

「え？　いいのか？　それで」

「いいんじゃない？　ルーちゃん、神様だし」

「まあ、神はめったなことでは死んだりはしないが……ところで、あの子明日もくるんだろ？　まさか明日も髪を洗えって言われるんじゃないだろうな」

「言われるかも」

（私は子供には怖がられる方だと思っていたが、最近じゃ子供の相手ばっかりしてるから、そういうのが薄れているのかも？）

とサラディンは思った。

「あの子は大物の女神になるな。それだけは間違いない」

サラディンはそう断言し、神殿に戻ったのだった。


一方、そんなことはつゆ知らず、オルガはジェラルド工房に行き、手形を取るための準備を頼んでから、ジンラの神殿に向かった。ジンラは酒蔵の方にいて、そこにはカサンドラもいた。

「ジンラ、明日の夕方ちょっと付き合ってくれないか？」

「明日は宴会があるから忙しいんだ。悪いが」

「そうか。カサンドラも宴会に出るのか？」

「いいや。出ない」

カサンドラは酒を飲んでいるようだ。

「私はこちらの方が好きだな」

「そうか。こっちはどうだ？」

ジンラはカサンドラに違う酒をついでいる。カサンドラは酒を飲んでみていた。

「カサンドラは明日の夕方空いてるか？　ちょっと付き合って欲しいんだが」

オルガはカサンドラに頼んでみた。

「いいぞ。何があるんだ？」

「ジェラルド工房でちょっとな」

「私はちょうどジェラルドに用事がある。いいぞ」

「そうか」

（ジンラで約束してしまったが、カサンドラでもいいかな）

もしゆりがどうしてもジンラの手形が欲しいといったらまた考えようとオルガは思い、その場を去った。

その後自分の神殿に戻ると、ルチアは戻ってきていた。自分の部屋でコウモリのぬいぐるみをだっこしている。

「帰っていたんだな」

部屋の中、コウモリ達がパタパタ飛んでいた。

「この子達もすっかり大きくなったな」

オルガはルチアの横に座って、ルチアの頭をなでた。ルチアはうれしそうだ。

「今日は何をしたんだ？　なんだかいい匂いがするな。わかった。髪を洗ってもらったんだな」

ルチアはうなずいている。

（ガーベラと水浴でもしたのかな）

まさかサラディンがルチアの髪を洗ったなどと、みじんもオルガは思っていなかった。


そして次の日、またオルガは早めに起きたのだが、ルチアはいなかった。オルガはそのままジェラルド工房に行った。工房の中に入ると、カサンドラはジェラルドと話をしていた。

大きな机の上には大きな紙があり、ジェラルドがなにやら書いている。オルガが近づくと二人は話をやめて、ジェラルドは紙を丸めていた。

「何の話だ？」

「ちょっとな」

オルガは久しぶりにジェラルド工房の中に入ったのだが、様子が変だと気がついた。工房の中には剣や鎧がたくさんおいてあったからだ。

「では準備しましょうか。外でいいですか？」

ジェラルドがオルガに言って、手形を取る準備をした。


二人は前回ハロルドとラーズが座った椅子に座り、同じように箱に手を入れていた。

「手形なんてどうするんだ？」

カサンドラが聞いた。

「実は人間に頼まれてな。付き合ってもらって悪いな」

「別にいいが、なんというか不思議な感触だな。ぬるっというか、ぬめっというか」

「なあ、工房に武器がたくさんあったが、何か起きそうなのか？」

オルガが聞いた。

「いや、ただの備えだろう」

とカサンドラ。

「本当か？」

「実は起きるんじゃないかとは思っている。それがいつかは分からないが」

「どれくらいのことが起きそうなんだ？」

「それはわからんが……実は、アシュランは人間達に10年間不戦でいよ、とふれを出している」

カサンドラは小声で言った。

「え？　私はそんなこと知らんぞ」

「だから、何かあるのでは？　と私とジェラルドは思っている」

「そうか……」

「ルチアは活発な子のようだな。将来楽しみだ」

カサンドラは話題を変えた。

「そうか。活発か。私はあの子が遊んでいるところを見たことがないんだが、何をして遊んでる？」

「二日前だったか、土を掘りまくって土ウサギを捕まえて遊んでた。ものすごい穴ができてたんでサントスが驚いてた」

「そんなことをしてるのか」

「まあ元気なのはいいことだ」


そのルチアは、今日は全身どろだらけで火の神殿にやってきたものだから、お風呂に入る前にルティアナに綺麗に体を洗われていた。

「おとうさーん、出番だよー」

ルティアナがサラディンを呼びに来た。サラディンがお風呂にいってみると、ルチアはもう、髪を洗ってもらう体勢で待っていた。ここまでされたら洗わないわけにもいかない。

サラディンは仕方なくルチアの髪を洗ってやった。

「終わったぞ」

ルチアは前屈みの体勢のまま動かなかった。

「おい」

ルチアは頭を揺らしている。

「寝てる」

「よっぽど気持ちいいんだね」

ルティアナが言った。

「やれやれ」

ルティアナがルチアの体を拭いて服を着せた。服は泥だらけだったので、ルティアナの赤い服を着せている。

「ルーちゃん、どうする？」

「このままこっちに置いとくか。オルガに文句を言ってやる。ルティアナ、風の精に伝言を頼め」

「はーい」

サラディンはルチアを神殿の中にあるベッドに寝かせた。よっぽど疲れたのか、ルチアはすーすー眠っている。

それから2時間ほどしてオルガが火の神殿にやってきた。

「伝言を聞いたんだが」

「ああ、こっちだ」

サラディンはルチアが寝ている部屋に案内した。赤い服を着て寝ているルチアを見たオルガは、一瞬はっとし、そして、

「赤い服も似合うな」

と言っていた。サラディンのこめかみがぴくりと動いている。

「あのな、ここ数日私がこの子の髪を洗ったりして面倒をみてるんだぞ」

ルチアは寝ているので、サラディンは小声で言った。

「そうなのか？　ありがとう」

「ありがとうじゃない」

「すっかり子供の世話がうまくなったんだな」

「お前な」

ルチアが大きくのびをして目を開けた。そして二人に気がついた。

「ルチア、帰るか」

ルチアはオルガに抱っこされた。ルチアはサラディンに手を振っている。

「ガーベラと一緒に来てガーベラに洗ってもらえ」

サラディンはそう言った。


「ここが好きなのか？」

オルガが聞くと、ルチアはうなずいていた。

「よかったな。サラディンが親切になって。昔はもっと怖かったんだぞ」

オルガはそんなことを言いながら、娘を自分の神殿に送ったのだった。


次の日、ルチアはまた一人でサラディンの神殿にやってきた。

サラディンは抵抗するのはあきらめてルチアの髪を洗ってやった。

「お父さん、外に熊がいるよ。ルーちゃん熊に乗ってきたのかな」

ルティアナが言った。

「熊って乗れるのか？」

サラディンがルチアの髪を洗いながら聞いた。

「さあ」

サラディンはルチアが本当に熊に乗るのかどうかが見たくて、ルチアを見送った。ルチアは熊の背中に乗り、熊は四つん這いで走って行った。

「乗ってるな」

「乗ってるね」

「ところで、私はいつまであの子の髪を洗わなきゃならないんだ？」

サラディンが疑問に思って聞いた。

「大人になるまで？」

「冗談だろう」

「じゃあ、髪の洗い方を教えたらいいんじゃない？」

「それもそうだな。よし、次からはそうしよう。ってなぜ私が教えるんだ」

サラディンは腑に落ちない顔付きで、神殿の中に入ったのだった。


つづく


12部


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