第５２話

過去の世界である。アナスターシャの３４歳の誕生日、過去では二度目になるが、城では盛大に誕生日パーティーが開かれる予定だった。

「姫様おめでとうございます」

「おめでとうございます！」

アナスターシャは朝から会う人全員にお祝いの言葉を言われている。

「どうもありがとう！」

今月は九日に王子アゼルの誕生日もあるために、授業が休みの日も多く、アナスターシャも喜んでいる。

「誕生日最高！」

朝一番にアゼルが部屋にやってきて、アナスターシャにお祝いを言っていた。侍女達にも「絶対に僕が一番最初に言いたい」と伝えていたようだ。アゼルのお祝いの言葉が終わり、侍女たちが待ちかねていたように部屋にやってきたのだった。それからいろいろな人がお祝いやら贈り物やらを持って来てくれた。もちろんディランやフークス、ルークもである。

フークスが朝二度目にアナスターシャの部屋にやってきた時には、部屋の中はお花で一杯だった。今は季節は冬である。魔法の温室のような設備があり、花が育てられているのである。アナスターシャはその設備を見てびっくりしたのだった。

「ねえフークス、未来に帰る頃には、誕生日の贈り物だけでもたくさんありそうなんだけど」

「本当にそうですね」

「先生達からももらっちゃった。イヤリング」

ピンクの宝石がついたイヤリングだが、とてもキレイで結構な値段がしそうだ。教師陣は個々で贈るよりも全員でお金を出し合って高い物を買うことにしたようだ、とフークスも聞いていた。

「先輩方はみんなアナスターシャ様にメロメロになってますからね。アナスターシャ様の笑顔を見てたら癒やされるって。それに礼儀正しいってみんな言ってますよ」

フークスは娘をほめられたように鼻高々である。ちなみに、アナスターシャは愚痴を言うのはフークスとディランの前だけにしていた。未来のように先生に愚痴を言ったりはしていない。先生方は自分のために時間を割いているのだから、そこはありがたいと思っていた。

「母様が聞いたら鼻で笑いそうだけどね。未来では先生が私にいろいろ教えるのは当然だと思っていたけど、こっちでは違う。みんなの善意だから」

「ネネ！」

部屋にやってきたのはアナベル、女王の娘であり、アゼルの妹である。今年２歳になる。ストレートの銀の髪、金色の強烈な光を放つ瞳、かわいい少女である。

「ネネオメデトー」

「ありがとう」

アナスターシャは抱きついてきたアナベルを抱きしめていた。アナスターシャはアナベルといると、ミシェイラとレーヌを思い出すのだった。アナベルもアナスターシャになついているのだ。

「ネネあのね、あのね、オリバーにのりたい」

「うん。一緒に乗ろう。アゼルも呼んで、草原で遊ぼうね」

「うん！」

「フークスよろしくね」

「はい」

オリバーとは、茶色い天馬のことである。オスの天馬もすっかり大きくなった。そちらはプリモよりも空を飛ぶことができた。

草原にプリモとオリバーを連れて行き、アナスターシャはアナベルと一緒にオリバーに乗って空を飛んだ。草原では騎士達も見守っている。冷たい風が吹いていたが、アナスターシャ達には体温調節の魔法がかけられていたので、厚着もしていなかった。

「次は僕が姉様と乗るんだ」

アゼルは地上で待っていた。プリモは草をむしゃむしゃ食べている。

騎士達から思念で報告を受けている女王は「楽しそうだのう。私も行きたい」と城で言っていた。

「アナスターシャ様がいらっしゃってから、もう二度目の誕生日が来るのですね。早いですねえ」

女王の側にいた女騎士が言った。

「本当に楽しい時は早いな。しかもこれほどまでにみんなの心を捉えるとはのう」

女王も当初は、アナスターシャを軽んじる者がいやしないかと危惧していた。それもアナスターシャの力が王族とはいってもさほどではないからである。それは今ではすっかり杞憂で終わっている。

アナスターシャの教師陣も侍女達も、アナスターシャにはかなりの好意を抱いている。強面の前騎士達もアナスターシャにはメロメロらしい。

「ゆり殿の教育の賜でもあるな」

もしゆり本人に聞いたら、「私は何もしてないですよ」と言うに違いない。ただゆりがアナスターシャに言い聞かせたことは、「身分が下でも年上の者には敬意を払うように」ということと、「感謝の気持ちを忘れないように」ということである。

「みんながよくしてくれることが当たり前だと思っちゃだめよ。ちゃんと感謝しなきゃね」

アナスターシャはそれを実践し、このような状態になったのだった。「感謝の言葉を伝えるって大事なんだね」とアナスターシャも今では実感している。


「姫が未来に帰る時には、皆泣くであろうなあ」

「私も泣きますよ」

「私だって泣きます」

騎士達が言っていた。

「姫の明るさは私にとっても癒やしじゃ。姫を呼んだのは未来のために何かをしたいと思ったからだったが、今では城の中の様子も違っているような気がする。新しい爽やかな風が吹いている。わくわくするような、そんな楽しい気分になる。面白いのう。アゼルも毎日楽しそうだしな」

力があまりない未来の王族を見て未来を悲観するのが本当のところであるが、アナスターシャの笑顔を見ていると、そんな気持ちも薄れるのだった。未来は未来で楽しいのかもしれない、そんな奇妙な気分にさせられる。そして一番変化したのはアゼルだったろう。以前は落ち着いて大人びた所があった王子だが、今では年相応で、よく笑うようになった。

「じいは元気にしておるかなあ。未来で結構楽しくしておるような気がする」

「ムサカ様は未来では若い姿なんですよね？」

騎士が聞いた。ザクートに怒られて老人の変身を解いた話は、ヴィラからディランに伝わり、女王にも伝わっている。

「そうじゃ。ザクート様に怒られるとはな。世の中何があるやらわからんな」

女王はたじたじになっているムサカを想像し、笑っていたのだった。


城の広間では、アナスターシャの誕生日会の準備が進んでいる。お祝いは夕方からである。ディランもそわそわして会場の様子を見に来ていた。

前騎士達も来る気満々だった。みながアナスターシャに好意を持ってくれて、アナスターシャを娘のように思っているディランも喜んでいる。

（ナナミ様にもまた会えたらいいな）

騎士のトーナメントの時は、ディランの中にいる蛇がナナミに応援されてハッスルしてしまった。愛の力は偉大である。

（騎士長としてまだまだがんばりたい）

ディランが広間の外に出ると、一人の女性が立っていた。水色の腰までのストレートの髪の女性である。クールだが綺麗な女性だ。

「あれ？　ソラさんですか？」

ソラはカールの妹で、双子の一人である。

「はい。私すっかり大人になりました。見てください。身長も伸びて胸もバーンとなって、顔もかわりましたでしょう？」

「はい、印象が違うので驚きました」

以前はかわいらしい印象だったのだが、今はすっかり違って見える。

「いやですわ。ディラン様ったらなんで私に敬語なんですか？」

ソラは笑っていた。

「ディラン様、改めて、私と赤い月を過ごしましょう」

「えええ！？」

ディランは驚いて周りをみていた。使用人達は自分の仕事に気を取られてこちらには注目していない。

「ソラさんこんなところで」

「呼び捨てで結構ですよ」

「若い男の求愛も多いでしょうに」

「ディラン様が好きなんですもん。ディラン様の血筋をもっと未来に残しましょうよ」

ソラはずいっとディランに迫っている。

「はあ……」

「ちなみにレナも年上の男狙いなんですよ。私達ってそろって年上好みみたい」

「は、はあ……」

「ディラン様、赤い月初日にお屋敷に行きますね。もし他に過ごしたい女性がいたら言ってください。その女性と決闘してそちらは諦めてもらいますから」

ソラは笑顔でとんでもないことを言っていた。

「それでは失礼します」

ソラは笑顔で去って行った。

「あ……え？　本気なのか？」

ディランは戸惑っていたが、考えてみればこんなにおいしい話はない。相手は恋愛のめんどくさい駆け引きは一切なしでいいと言っているのである。

「相手は若すぎるが、いいのか？」

「行くべきです」

「え？」

使用人の一人がディランにぼそっと言ってさっと広間に入っていった。どうやら聞かれていたらしい。


アナスターシャはプリモとオリバーと遊んだ後は、城に戻って昼食を食べて、また出かける予定だった。

「午後は僕と遊びましょうね」

フークスが部屋にやってきた。

「ネネー！」

アナベルが瞬間移動でアナスターシャの部屋にやってきた。

「ネネアソボウ！」

「アナベルったら本当にかわいいんだから。ミシェイラを思い出すわあ。遺跡に行くのよ。アナベルも行くの？」

「いく。いっしょ！」

「じゃあ女騎士も誰か連れて行きましょう」

とフークス。

「アナベルは、眠くなったら途中で帰るのよ」

「うん」

アゼルもやってきて、一同は遺跡へと移動した。アナスターシャはこの時代の遺跡が好きである。未来ではもう残っていないのだ。

「それにしても、ソラはすっかり変わっちゃったね」

遺跡に一緒にきた女騎士はソラだった。たまたま城にいたので女王にアナベルのお守りを頼まれたようだ。正確には、ソラはまだ騎士見習いであるが、魔力は抜群に高い。

「私も大人になるとこんなに変わるのかなあ」

「きっととっても美しくなりますよ。ね、アゼル様」

とソラが言うと、アゼルとフークスは声を合わせて「当然なります」と言っていた。

「確かに、魔力もあがったし、今年は求愛の嵐じゃない？」

フークスが言った。

「私はもうディラン様に猛攻かける予定なので」

「ディラン狙いなの？　がんばっ！」

アナスターシャは応援していた。

「私がいる間に子供が産まれないかなあ」

「気が早いですよ。ソラは大人になったばかりですからね」

「フークスもがんばって」

「ははっ」

フークスはかわいた笑い声を出していた。


「ところで、遺跡の謎って何か進展した？」

アナスターシャがフークスに聞いた。アナベルは辺りを走り回っている。

「この蛇達は始祖の蛇達十人を模したもののようです。地下に入るには、始祖十人の名前を言わなければならない。だがその名前がわからないんです。通り名しか伝わっていないようで。そして地下にはさらに地下があり、そこに入るには呪文を言わなければならない。その呪文は、始祖時代の蛇仲間が伝えて回っている。私が前に会った蛇様も、それがらみっぽいです」

「これだけ長い間謎なんだから、この謎を解明するのはものすごく大変そうですね」

アゼルが言った。

「でもこの下に何があるのかわくわくしちゃうね、土を掘ってみたらどう？」

とアナスターシャ。

「昔掘ってみたことがあるみたいですよ。でも何もなかったようです」

フークスが言った。

「宝が気になる。きっとすごい宝があるんだわ。私の力が十倍になる宝とかないかしら」

アナスターシャはそういう夢をみていた。


夕方、着飾ってドレスを着たアナスターシャが広間にやってきた。アナスターシャの誕生日パーティーが開かれるのである。アナスターシャに関係がある騎士達が集まり、アナスターシャをお祝いした。

そしてアナスターシャからみんなへの感謝の言葉があった。

「皆さん、私はとっても幸せです。女王様、いつも私のことを気遣ってくださってありがとうございます。先生方、今年もよろしくお願いします。他の皆さんもいつも本当にありがとう」

「うう……」

「あのマテオさんが泣いてる！？」

「すごいレアだ」

騎士達には怖い教官として通っている前騎士のマテオがうるっときていたので、騎士達は驚いていた。

テーブルには様々な料理が並び、でかいケーキもあった。アナスターシャはみんなと歓談しながら誕生日を楽しんだ。

宴も終わりかけた頃、ハザークが広間にやってきた。

「これはハザーク殿」

女王がハザークの側に移動した。

「今日は彼女の誕生日だとか？」

「ええ、そうなんです」

「実は気になっていたのだが彼女は……」


―おかしな子だな。なぜあんなにうれしそうにできるんだ？

ハザークは思念で女王に聞いていた。

「姫はいつでも前向きなのですよ。時々落ち込むことがあっても、すぐに立ち直って前を向ける。そういう姫なのです」

「ふーん」

「かわいいでしょう」

「あのおかしな蛇はまた来ないかな」

「ああ、どうでしょう。気まぐれですからね」

「ハザーク様も私のお祝いに来てくれたんですか？」

アナスターシャが近づいて来た。

「誕生日おめでとう」

「ありがとうございます。せっかくなので一曲踊りましょう。ダンスも結構うまくなったんですよ」

「我とか？　我は踊れない」

「踊れなくてもいいから踊りましょう」

アナスターシャはハザークをひっぱっていった。

ハザークはただアナスターシャに合わせて動いていたが、にこにこしていたアナスターシャが突然ぼろっと涙を流したのでびっくりした。

「すいません。なんかいろいろ恋しくなっちゃって、隠してください」

ハザークはどうやって隠せばいいのか困っていたが、それとなく部屋の隅の方へと移動していた。

「すいません。もう大丈夫です」

アナスターシャは両手で涙を拭いていた。

「ありがとうございます」

曲が終わり、アナスターシャはハザークにお礼を言って、去って行った。

ハザークは女王の元に戻った。

「ハザーク殿、姫に何か言ったのですか？」

「いいや、きっと、家族が恋しくなったのだろう」

「そうですか」

（彼女は、未来とやらで我を知っているのか？　前に聞いた時は知らないと言われたが……）

カーライルは未来に帰る時にハザークに暗示をかけていた。アナスターシャに会っても未来のことがあまり気にならないという暗示である。そのために、アナスターシャを問い詰めることまではしていなかった。

（いろいろ我慢してることもあるんだろうな。あの娘がいる未来、その家族もあんな感じなのか？）

ハザークはなんとなくそんなことを想像し、広間を出て行ったのだった。


未来の世界では、夜、ハザークの部屋にディーンがやってきた。酒を飲んだ後、ディーンはリュートを奏でている。ディーンとまだら蛇の子供達は、ハザークの部屋にはいなかった。蛇は基本は個人主義なので、ディーンも子蛇達を探すことはしていない。

ディーンが奏でている曲は、なんだか懐かしい曲だったので、ハザークは何かを思い出しかけていた。

曲が終わり、ハザークが「今の曲の題名はなんだ？」と聞いた。

「追憶って曲だ」

「追憶か」

「昔のダンスの定番曲らしい」

「ふーん」


『ハザーク様……』


いつかの光景が浮かんできた。

「今すごく何かを思い出しかけているんだが」

「もう一回弾こうか」

ディーンはもう一度同じ曲を奏でた。

記憶の中でハザークは、銀色の髪の女性と踊っていた。

「誰かとダンスを踊った。最後だからといって……」

ハザークは長い生でダンスを踊ったことはあまりなかった。ダンスは習ったこともない。


『最後ですから踊りましょう。ハザーク様、いつかハザーク様にとってとっても幸せなことが起きますからね。だから楽しみにしていてくださいね』


一緒に踊った相手の顔は思い出せなかった。大人なのか子供なのか、それは分からない。銀色の髪の女とだけ。

「アナスターシャだったのかもしれない」

となると、アナスターシャが過去から未来に帰る前のことのようだ。


『すっかり見違えたな』

『ほめてもられるなんてうれしいです』

その後そんな会話が続いたような記憶があった。


「きっと頑張っているんだな」

ハザークはふっと微笑んで、リュートに耳を傾けていたのあった。


つづく

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