第５３話
一の月のある日、カーライル先生による赤い月に向けた特別授業の１回目があった。定員三十名はすぐに枠が埋まり、今では周りから注目されている授業である。
（期待されているからには、期待に応えたいと思ってしまうんだよなあ）
カーライルは責任感が強いタイプのようだ。やることになったからには、相手にとって有意義なものにしたい。そう思っていた。
一族にとって子作りは最大重要課題である。そのために、子供の頃から学校ではそういう授業もある。カーライルは教師達にどういう授業をしているのか、事前に調査もした。同じことを話してもしょうがないからだ。しばらく前から、赤い月は一族の者達にとっては精神的重圧であった。赤い月を楽しんでいる者達もいるだろうが、楽しめない者達も多かっただろう。なんとしても子供が欲しい。子供を作らねばならない。彼らにとって赤い月はそういうものだった。数人を恋人にする上の者達ほどその重圧は重かっただろう。カーライルはフリットに、「大人になってからしばらく、赤い月は楽しかったか？」と聞いてみた。フリットからは、「まったく楽しくなかったですよ」との答えが返ってきた。
「ミカエルは楽しんでましたけどね。あいつはすごいと当時は感心したものですよ。我らにとって赤い月は義務だった。恋人が多いってことは、それだけ精神的重圧も大きいんですよ。彼女達の時間を無駄にするわけにはいかないじゃないですか。一年に十日、失敗すれば来年まで待たなければならないんですから。王妃に出会って自然に興奮できるようになってからは、だいぶ楽になりましたよ。我々はみんなそうです、今ではあの頃の気持ちも忘れるくらい気は楽ですよ。国が明るくなって、赤い月も前ほど重くなくなりました。王妃の愛の力はすごいと思いませんか？」
「確かに、私もまさかこうなるとは全く思わなかったからな。不思議な女だ」
カーライルはしみじみと思っていた。
（とりあえずは、授業の前半は赤い月の重圧が少しでも軽くなるようにするべきかな？ そして後半は……やっぱり実地体験だよな）
当日、カーライルはエルバートの体を借りている。授業は２時間。授業を受ける生徒達は全員男で皆当然若い。教室にやってきたカーライルは生徒達を見回した。皆緊張と期待に胸が膨らんでいるようである。
「こんにちは、皆知っていると思うが、私は大昔に生きていた大蛇だ。長生きしていただけあって女性に対しても詳しいだろうと、今回このような授業をすることになった。今年が赤い月初めての者もいるだろうし、前回失敗した者もいるだろう。今日の授業が参考になるとうれしい。皆に恋人がいるという前提で話を進めたい。まずは、赤い月までに彼女の素敵な所を探そう。どこでもいい。そして赤い月初日の夜には、ちゃんと声を出して、彼女のことを褒めてほしい。行為の前に仲良くなるってことは重要なことだ。それがお互いにとってはスパイスになるのだからな。当日は、自分が好きなお酒と彼女が好きなお酒を用意しよう。初日から交わる必要もない。初日はまずはリラックスして仲良く話をし、彼女との距離を近くすることだ。話をしている内にそういう衝動にかられたならば、行為に及んでもいい。緊張してしょうがないという者には精神をリラックスさせるアロマキャンドルをおすすめする。私がいいと思うのは……」
助手の者がアロマキャンドルを生徒達に回していた。
それから赤い月に対する準備として、「当日の夜は匂いがきつい物を食べない」ということや、彼女に会う前にちゃんと体を洗っておくなどといったことが話された。
一時間ほどして十分ほど休憩することになった。生徒達はほっと一息ついている。その間、教室に長椅子が一つ運び込まれた。
前半の授業はいつもの授業に毛がはえた程度のものだった。生徒たちもメモをしながら真面目に話を聞いていた。休憩時間が終わる頃二人の女性が教室にやってきて、ざわめきが起こった。二人の女性は肉感的な若い女性達だった。
「こちらでよろしいでしょうか？」
「ああ、ありがとう」
カーライルが二人を長椅子に促した。二人は上着を脱いで長椅子に腰を下ろした。すでに話し合いはすんでいるのか、戸惑う様子もない。戸惑っているのは生徒達の方だったろう。女性達は見るからに一族以外の女性達で、派手な化粧からして娼館で働いていることを思わせた。この国では娼婦という職業はさげすみの対象にはならない。この国では淡泊な男が多いために普段はあまりはやってはいないが、赤い月前には練習したい男達が客になることも多かった。
「さて後半の授業を始めよう。こちらの青い髪の女性はベネッサ、茶色い髪の女性はマリエ、今日は諸君のために協力してもらうことになった。ではベネッサ嬢こちらへ」
カーライルが手を出して、青い髪の女性は立ち上がり、カーライルの側に立った。ベネッサは肩までのウェーブかかった髪、緑の厚めのドレスを着ていた。
「赤い月では自分が興奮することももちろん大事だが、女性を興奮させることも大事なことだ。赤い月には自然に興奮するとはいっても、大人になって間近の女性はそこまで興奮しにくいものだ。まずは、口で彼女のことを褒める。そして優しく抱きしめて、口づける。普段触れられることを嫌う女性達も、赤い月には平気になるはずだ。口づけに彼女が抵抗せず、むしろ喜んでいるようならば、他の場所にも触れてもいいだろう。頬や唇、髪、そして重要なのが鎖骨のあたりだ。胸の上から首までのこの辺りを口づける」
カーライルは女性の体を指しながら生徒達に言っていた。
「そして背中、私の経験上、背中には一族の女性が感じる場所が必ずあると思う。優しくなでながらその場所を捜してみよう。そして胸だが、実は一族の女性には胸を触られるのが嫌いな女性もいるんだ。彼女の反応を見ながら、嫌そうならばあまり触れない方がいいだろう。逆に平気そうならば、このように」
といいつつ、カーライルは服の上から女性の胸に触れていた。男達はメモも忘れて前を見つめていた。
「そして一番重要な陰部へのタッチだが、女性が全く興奮していないと挿入することはできない。強引にすると女性にとっては痛いだけだからな。それよりも、両方が感じてことが成る方がいいだろう？」
「私、実際に触れられても平気です」
女性がぼそっとカーライルにささやいていた。
「しかし、寒いし」
「本当に平気ですから」
女性はちょっと興奮ぎみのようだ。元より、人前で裸がさらせるくらいの女性達に頼んできてもらったのである。
「なら、もう少し協力してもらおうかな」
「はい」
女性は厚めの生地のスカートを上にあげたのだが、ショーツは穿いていなかった。
「では女性の体の内側の性感帯について……」
カーライルは淡々と説明しながら女性の体に触れている。座っていた男達はぽかんと口を開けている。カーライルは興奮する様子もなく冷静に指での愛撫の仕方を説明していた。女性の様子が明らかに変わってきている。頬が上気して、体をびくつかせていた。
「……ああん……そこ、いい……気持ちいい！」
しまいには女性の方が嬌声をあげていたのだった。
「以上で今日の授業は終わりだ」
カーライルは最後まで冷静だったが、女性の方はスカートを降ろした後もかなり興奮していた。長椅子に座っていたもう一人の方は、付き添いで来ただけのようだ。ただ女性を見守っていただけだった。
「うぐっ……」
泣きだした男がいたのでカーライルがぎょっと男を見た。もしや刺激が強すぎたか、と思ったら、
「うれしい。初めて……初めて……」
男はうれしそうに泣いていたのでカーライルは察して見て見ぬ振りをした。女性の嬌声を聞いて勃起したらしい。
「先生、いや、師匠と呼ばせてください」
「こんなに具体的に教えてくださるなんてすごいです」
「師匠！」
男達はむしろ感動しているようだった。
「あまりうれしくない。それから、この授業のことはあまり言いふらさないように。ベネッサ嬢、今日はありがとう」
「今晩来てください」
ベネッサはカーライルに寄り添っていた。
「お誘いはうれしいがそういうわけにも……この体は借り物なんでな」
「いやん。いけず」
「では次も頼む」
カーライルが見守り役だった女性に言った。
「はい」
「次も私がお相手しますわ」
「あら、交代よ。次は私」
「こんな恥ずかしいこと私一人がやれば十分よ。マリエには悪いわ」
「そんなことないわよ。あなた一人に任せるなんて悪いもの」
「私はあなたのためを思って」
「私だって！」
「はい、お開きお開き」
カーライルは男達に散るように言い、本日の授業は終わったのだった。
城ではゆりがカーライルが一体どんな授業をするのか、かなりドキドキしていた。そして夕方城にやってきたヴィラに、そのことを聞いてみた。
「授業に出た男達は、かなり勉強になったみたいですよ」
「そうなんだ。さすがカーライル様ね。みんなにとって赤い月がいいものになればいいな」
「はあ……まあそうですね。そうだ。私の彼女のお腹が膨らんできましたよ。シャナーンの彼女も。もう少しで子供が産まれますね」
「そうなんだ。名前は考えた？ 男の子か女の子か楽しみね」
「はい。我々は幸運ですよ。子供が一人どころか二人もできるんですから。王妃のおかげですよ」
「子供ができたのはヴィラががんばったからじゃない」
「今から産まれる子供達はあの辛い時代を知らないんですからね。不思議なものですよ」
「子供達には明るい国だけを見せてあげたい」
「そうですね」
ゆりの気が突然がくっと減った。
「王妃！」
ヴィラはあわててゆりに寄り添い、近くにいる男達を呼んだのだった。
ゆりが目覚めたのは夜だった。すっかり日が暮れて、ベッドの横にはラクシュミと子供達がいた。
「マー！」
「おきた」
ミシェイラとレーヌが喜びの声をあげた。
「ワンワン！」
ジロウもうれしそうだ。
「ゆり、気分はどうだ？」
「大丈夫。何人の気をもらったのかしら？」
「五人だ」
「そんなに……もう大丈夫だから、あなたたちは行っていいわよ。お腹がすいたから何か食べ物を頼んでね」
「わかったよ」
子供達は散っていき、ラクシュミだけになった。
「王様、大丈夫よ」
「ああ、いいんだ。今日は側にいたい」
ラクシュミはベッドに腰を下ろしていた。ゆりはラクシュミの手を軽く握りしめた。ミラが食べ物を持って来てくれたので、ゆりはベッドに座ってパンを食べた。
ラクシュミはベッドに座ったままだ。
「王様あのね、私、王様と出会って、幸せだよ。かわいい子供も一杯できたし」
ゆりは神妙な面持ちで言い出した。
「いきなりなんなんだ」
「この先何があっても後悔しない。みんなにもしてほしくない」
「ゆり、どうしたんだ？ 体調が悪いのか？」
ラクシュミが心配して聞いた。
「ううん。言っておきたかったの」
意識を失っている間、ゆりは夢を見た。
最近おとなしいと思っていたクロスが夢に出て来た。大きな２匹の蛇に、ぐるぐる巻きにされていた。色とりどりの蛇は、クロスの背中にいる蛇のようだ。
二人のゆりは、宙に浮いているクロスをぼんやりと見つめていた。
「危険だわ」
「え？」
声が聞こえて二人は振り向いた。後ろに長い金髪の女達がいた。
「金蛇ちゃんじゃない！」
「いなくなったかと思ったわ！」
「この子を産むのは危険かも」
「だから忠告したのに。いつも成功するとは限らないのよ」
金髪の女達が言った。
「子蛇のこと？ なんであんなにでかいんだろう？」
「クロスは大丈夫かしら？」
「ま、何があっても後悔しないでね。私達も後悔しないし」
「後悔なんてしないわよ」
「何があっても」
人になった金蛇達は消えてしまった。
そんな夢をみたせいで、ゆりはラクシュミにそんなことを言ったのだった。
「ま、私は丈夫なのが取り柄だから、王様はそんなに心配しないで」
ゆりは明るく言った。
「将来楽しみなことがありすぎるもんね」
（私は大丈夫。今までの出産だって大変だったけど、乗り越えてきたんだもの。双子だって無事産めたし。今回は一人なんだからあの時よりましなはず）
ジロウがベッドの上に両手をあげて、上半身だけ乗っかっていた。ゆりはジロウの頭をなでた。
（とりあえずは後悔のないように生きよう）
「そうだ。お前が推薦した水蛇殿の授業、すごかったらしいぞ。大人になって５年興奮できなかった男が、授業中に興奮したらしい。泣いて喜んだそうだ」
「へー……って一体どんな授業をしたらそんなことになるの？」
「さあな」
「さすがカーライル様だわ」
ゆりは笑っていた。
（笑う門には福来たるだわ。心配したってしょうがないんだもの。クロス、一緒にがんばろう）
ゆりは赤ちゃんに語りかけるようにお腹をなでたのだった。
つづく
１３部
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