第65話
「ピーピーピーピー」
「ヒョヒュヒョヒョ」
「パパー」
「パパ、パパ」
「僕もだっこして！」
神の国、火の神殿である。かつて陰気で笑い声すら稀と言われたこの神殿も、今はかなり賑やかになっていた。
「うるさい。鳥は鳥の家に行け。神殿の中に入ってくるんじゃない」
「だってしょうがないよ。フィアがここにいるからイグニスも入ってきちゃうんだもん」
とルティアナ。新しく産まれた赤い鳥はフィアと名付けられた。名付けたのはサラディンである。
「お前もそろそろ鳥の家で寝ろ」
「ピー」
「やだって」
「ピ、ピピー」
「お父さんが好きでしょうがないって」
フィアはサラディンになついて火の神殿から出るのを嫌がった。
「鳥は鳥同士で仲良くすればいいのに」
サラディンはぶつぶつ言っていたが、その横では双子が喧嘩をしだし、バーナードがお兄さんらしく仲裁していたが、やがて一緒になって火を吹いて遊びだした。
「もーうるさい。ここで遊ぶな。火を吹くときは外でやれ」
「わかったあ」
三人の子供達は外に出ていったが、広間ではまだ鳥達がやかましく鳴いていた。
そこに男の妖精がおそるおそるやってきた。火の妖精ではない。
「サラディン様、頼まれていた物を作ってきました」
「何か頼んだっけ？」
「私が頼んだの。見せて」
とルティアナ。妖精は布包みを開けて赤い布を取り出した。
「これをこうしまして、こうです」
妖精はルティアナの首から斜めに布を回してかけ、鉄の輪っかに布を通して長さを調整した。前に垂れ下がっている部分は蛇腹折りになっている。
「なるほど。フィア、ちょっとこの中に入ってみて」
ルティアナはしゃがんでフィアに言ったが、フィアはルティアナの言葉は無視していた。
「やっぱり私じゃだめだわ。はい、お父さん」
ルティアナは首からかけていた布をサラディンにかけた。
「おい」
「フィア、ここで寝なさいね」
ルティアナがフィアを手で持って布の中に入れた。
「おい、これは」
「抱っこひも。膝に乗せてるの大変でしょ。これなら歩けるからよかったね。お父さん」
「何がいいんだ」
男の妖精は「それでは失礼します」と言ってさっさと去って行った。布の中にいた鳥のフィアはそのうち眠ってしまった。
「よかったよかった」
「何もよくない。どうして私が鳥の世話をしなきゃならないんだ」
サラディンは一人ぶつくさ言っていたのだった。
人間界では、ゆりはサラディンに会うというイベントが無事通過できたので、一安心でダイエットに励んでいる。昼間は運動し、食事には辛い料理を食べて、お風呂にもその草を入れて新陳代謝を促している。太りそうな間食を控えていたので、五日で体はちょっとほっそりしてきた。
「すごい。やせてきた！」
侍女達は拍手している。
「カーライル様ありがとう。そうだわ。久々に、ハザーク様に整体をしてもらおう」
蛇の目のゆりはハザークの部屋に行き、整体を頼んだ。ハザークはゆりの気が乱れたときに、何度か整体で治してくれたことがあるのである。やせる整体も知っているかもしれない。
「ハザーク様、久々に私の気の乱れを治してください」
「ああいいが……王妃、やせたんじゃないか？ ちゃんとご飯を食べてるか？」
ハザークはゆりの全身を見てそっちを心配していた。
「ちゃんと食べてますよ。元の私にもどっていってるだけです」
「ならいいが……今はちゃんと食べないとだめだぞ。やせなくてもいい。今は健康であることだけを考えてくれ」
「わかってます。無理はしてないですから。ところで、やせるツボとか知ってます？ やせる整体をしてほしいんですが」
「そんなにやせてどうするんだ？」
ハザークは何か勘ぐっているようだ。
「元に戻った方がハザーク様だっていいでしょ？」
「元に戻って男と遊ぼうと考えてるんじゃないだろうな」
「え、まさかあ」
「しばらく体を安静にさせないとだめだぞ。なんといっても死にかけたんだからな」
「わかってますよ」
（ハザーク様が王様化している）
言い方がラクシュミにそっくりだとゆりは思った。
「健康的にやせるために整体をお願いします」
「しょうがないなあ」
寝室にて、ゆりは下着姿になった。
「あのーお腹をみられたくないので、このままでお願いします」
上はキャミソールを着たままである。
「服の上からだとちょっとずれるかもしれんが」
「ハザーク様なら大丈夫ですよ」
ハザークはゆりの足をひねったり腕をもんだりおなかを押したり、背中のツボを押したりした。
「あー気持ちいいです。いたきもちいい〜〜」
汗がだらだら流れてきて、ゆりはタオルで顔を拭いた。
「ぐうううう」
お腹の音が鳴った。
「なんだかお腹がすいてきました。猛烈に」
「そうか？ 間違えて食欲増進のツボを押してしまったかも？」
ハザークは首をかしげている。
「え！」
黒目のゆりは気がついたら自分の部屋にいたのだが、やたらお腹がすいていた。
「すごくお腹がすいたわ。あっちの私は何をしたのかしら？ 運動？ しょうがない。野菜を持って来て！」
がまんできなかったゆりは、キャベツの千切りなどを食べることにした。
野菜を食べているとフリットがやってきた。フリットはゆりの前の野菜を見て、「もしかしてそれが昼食ではないですよね？」と聞いた。
「おやつよ。食事はちゃんと食べてるわよ」
「ならいいですが……無理はやめてくださいよ」
「わかってる。無理にやせる気はないから。今日はおやすみ？ 休憩時間？」
「王に報告ついでにこちらに来たんです。今月末、羊の国から十人ほど観光に来る予定なんですが、ご存じですよね？」
フリットはゆりの横に座って言った。
「うん。王女様からお手紙をもらったの。私に会いたいって。かわいい女の子なんだろうねえ。会うのが楽しみだな」
王女からもらったマフラーはもう季節的にはつけることはできないが、冬になったらまた使うつもりである。
「どこに泊ってもらうの？ お城？」
「その予定です。十人も他国から来ることってめったにないんでどうしようかと思ってるんですが、城が一番警備するのに都合がいいですから」
「そうよね。もし羊の人達に何かあったら大変だもんね。お城がいいよ。部屋はまあ、なんとかなりそうかな」
城の中には使ってない部屋もあるので、十人くらいなら泊まることもできるだろう。
「お城に泊まるとなると、広間で宴会というような流れになると思うんですよね」
「そうよね」
「それでその……」
フリットはちょっと言いにくそうだ。
「王妃の歌の噂が、あちらでは広まってるようなんです」
「私の歌」
「ガーベラ様が二度ほどあちらの使者と鉢合わせして、それで、使者達は感動しちゃったんですよ。このたびも歌をせがまれるかもしれないんですが」
「うーん、絶対に聞きたいって思うよね。羊の使者さんは、私が歌姫だって信じてるんだもんね」
ゆりは腕を組んでいる。
「そうです。どうしますか？ 当日仮病を使いますか？」
「うーん……でも、私だって王女様に会いたいし……この際正直に言おうか。実はあの時は、私じゃなかったんですって」
「なんて言うんですか？」
「ガーベラ様だったって言うのはまずいかな。そうだ。妖精さんが私に乗りうつってたことにしたら？ 仮病を使うよりもそう暴露する方がいいわよ」
「そうですねえ」
「竪琴は練習すればなんとかって感じだけど歌は無理だもんなあ。逆に私の声でどんな歌を歌ったのか、私も聴きたいわ」
「綺麗な声でしたよ」
「歌はともかく、竪琴は練習しようかな」
「無茶はしないでくださいね。まだ産後で通るんですから、顔を見せるだけでもいいんですよ」
「だって、みんな楽しみにしているんだもの。せっかくだから私も何か思い出をあげたいな。一番の目玉はアシュラン様の足だろうけどね」
せっかくの団体様なので、王妃様としてもてなしてあげたいと思っていた。
「料理も大変よね。料理人も臨時で雇うの？」
「そうなんです。あちらの料理は野菜が主なので、当日良い野菜が入荷できればいいんですが。明日城の料理人を連れて羊の国に行くんですよ。向こうの料理人に相談に乗ってもらおうと思ってます」
「そうなんだ。気をつけて行ってきてね。ラギがついて行きたいっていいそう」
「すでにラギ様は一緒に行くことになってますよ」
「やっぱり？ ラギは自由でいいよねー私も羊の国に行ってみたい」
その頃王の間では、ジュノーがクロスを連れてやってきていた。ラクシュミはクロスを抱っこしたが、クロスは微妙に嫌そうな顔付きで、足をつっぱっている。そんなクロスを見てジュノーはぷっと笑っていた。
「王がだっこするとこういう顔になるんですよね。面白いですねえ」
「私は面白くないが。まあ泣かないだけいいが。夜泣きはどうなんだ？」
「されてますけど、よしよししたら泣き止みますよ。それから面白いことを発見したんですが、クロス様は、腕力が結構すごいですよ」
「腕力？」
「えーと、ちょっと剣をかして」
ジュノーは扉付近で待機している番兵の方を向いて言った。ジュノーは普段剣を持ち歩いていないのだ。
番兵は瞬間移動でそばに来て剣をジュノーに渡した。
「はい。クロス様、握ってください」
ジュノーは剣をさやごとクロスの手元に持って行った。クロスが剣のつかに手を当てたところでジュノーが手を離すと、クロスは小さい手で剣をちゃんと持っている。これにはラクシュミも驚いた。
「どうなってるんだ？」
「クロス様ありがとうございます」
ジュノーはクロスから剣をもらって番兵に返した。
「ハロルド様が何かしてくださったんでしょうかね？」
「ハロルド様が？ ゆりが加護は一人の子供だけだって言ってたようだがな」
「それ以外理由がわかりませんが」
「そうだな」
クロスは足をじたばたさせはじめた。そろそろラクシュミから離れたいようだ。ジュノーが抱っこすると、にこっとした顔付きになった。
「そんなに嫌わなくてもいいじゃないか」
ラクシュミは少し口を尖らせていた。
夕食時、ラギは「実は僕、明日羊の国に行くんだ」とようやくみんなに話していた。
「フリットについていくんでしょ。聞いたわよ」
とゆり。
「ナナミ、お土産何かほしいものある？」
ラギがナナミに聞いた。
「羊？」
「以外で」
「羊の国って何があるの？」
「こっちにない変わった花が咲いてたり、あとこっちにはない薬草とか」
「別にいらないなあ。ミシェイラとレーヌはお花欲しい？」
「綺麗なお花ほしい」
「レーちゃんも」
「わかった。お母さんは羊以外で何かほしいものある？」
「別にー」
（羊の肉が食いたい）
とゆりは思ったが黙っていた。
「さっき聞いたんだけど、ムサカさんも行きたいって言ってたから一緒にいくかも」
「ムサカさんも？」
「ムサカさん、過去の時代では一度羊の国に行ったことがあったんだって」
「へー」
「ムサカさん、結構未来を満喫してるね♪」
ナナミが言った。
「ムサカさんも、ここで一緒にご飯を食べれば良いのに」
ロイが言った。
「僕らの親戚みたいなもんだし、いんじゃないの？」
「そうだけど、ムサカさんの前では、ちょっと恥ずかしくて食べられないかも。今はかっこよすぎるから」
とゆり。
「ダイエットにいいじゃん」
ロイが笑って言っている。
「うるさいの。ロイはバートランドさんに特訓してもらってるんだって？ もっとキツイのお願いしたらー？」
「べー」
ロイは舌を出している。
「十分きついよ。ロイはよくやってるなって感心するよ」
シスがロイをほめていた。
「そうなの？」
「先生、ロイを重点的に鍛えたいみたい。僕は半分しか参加してないんだ」
「へー」
「これから夜の特訓があるよ」
ロイが言った。
「え？ 夜もあるの？」
「うん。今日は昼間はムサカさんにいろいろ教わってたんだ。先生の授業は夜なんだ」
「気をつけなさいよ」
「楽しいよ。心配しなくて平気だよ」
ロイは平気そうに笑っていた。
（先生は信頼できる人だとは思うけど、夜ロイと二人っきりなんていいのかしら。まあ私が心配しなくても、誰かが何かしてるだろうけど。後で王様に聞いてみようかな）
ゆりは食堂を出て自分の部屋に戻るつもりだったのだが、階段を上がらずに廊下を歩いて違う棟に行っていた。
「あれ？ ここは」
ゆりは周りをキョロキョロとみて、目の前の扉を見た。
「ここってムサカさんの部屋では？ 手が勝手にー」
ゆりの手は扉のノッカーをトントンしていた。やがて扉が開いてムサカが出て来た。ゆりはムサカを見たとたん、ふっと意識を飛ばしていた。
「王妃様、どうかされましたか？」
「あのーそ、そうだん。相談があるんです」
ゆりはもじもじして言っていた。
「相談ですか？ どうぞ」
部屋の中のテーブルの上には食事の皿が載っていた。
「ごめんなさい。食事の最中でしたね」
「もう終わりましたから大丈夫ですよ。それで、相談とは？」
ムサカはゆりに椅子を促して、ゆりはわざわざ椅子をムサカの横に移動させて真横に座っていた。
ムサカはゆりの様子をうかがうように眺めている。
「あの、ムー様、私、私達どうしても気になることがあるんです」
「は？ はい」
「ムー様は……あの……その……ムー様の……は……」
「はい？」
肝心なところがよく聞こえない。
ゆりは小声でぼそぼそ言っていた。
「よく聞こえませんが」
ゆりは恥ずかしそうに頬を真っ赤にしてぼそぼそ言っている。
ムサカがハインリヒに、「王妃様の様子がおかしいんだが」と思念を送ったところ、「女蛇がやってきたかもしれないです」と思念が返ってきた。
―儀式の時に王妃にやってくるあの女蛇ですよ。ムサカ様に会いたくてきたのかもしれないですね
ハインリヒは近くにいないようだ。少ししたら行く、と思念が来た。
（女蛇か……儀式は関係なく来たのだろうか？）
「ムー様」
ゆりはちょんちょんとムサカの手を指で触っていた。
「はい、なんですか？」
「あのー頭をなでなでしてください」
ゆりは真っ赤な顔で言っていた。
「はあ」
ムサカはゆりの頭をなでなでした。
「これでいいですか？」
「うれしいです」
ゆりはすごくうれしそうに口元に手を当てていた。
女蛇、と聞いてムサカはつい、ゆりの体をのぞいてしまった。ムサカには一族の者の体にいる蛇をみることができるのだ。
（あ……いた！）
ゆりの腰の辺りにムサカは注目した。なんとゆりの左右の腰のあたりに蛇の顔が見える。ものすごくうっすらとだったが、金色の蛇である。
（ああ、この蛇はもしかして……）
金色の蛇達はゆりの背中側に体を隠しているかのような感じでこちらを見ていた。
その時ノックの音がして、ハインリヒが部屋にやってきた。蛇達はさっと消えてしまい、ゆりははっと我に返っていた。
「あれ？」
ゆりは目の前にどんとムサカがいたので驚いている。
「あーえーと、私何かしましたでしょうか？」
とたんにゆりの顔が青くなっていた。
「王妃、女蛇がきたんじゃないですか？」
ハインリヒが聞いた。
「え？ 女蛇？ 私ムサカさんに迫りました？」
ゆりは今度は真っ赤な顔で聞いた。青くなったり赤くなったり忙しい。
「いえ、迫ってないですよ」
とムサカ。
「本当ですか？ 抱きつかなかったです？」
「はい。ただ、真っ赤な顔でいらしただけですよ」
「よかった。すいませんでした」
ゆりは立ち上がって頭を下げた。
「では、お、おやすみなさい」
ゆりは逃げるように去って行った。
「……本当に迫られなかったです？」
ゆりの後ろ姿が消えて後、ハインリヒがムサカに聞いた。
「ああ、ただ、真っ赤な顔でぼそぼそ言っていた。よく聞こえなかったが。王妃ではなかったし、やはり女蛇かもしれないが」
（さっきのは、王妃の体にいた蛇かもしれない）
そうムサカは思ったが黙っていた。ハインリヒは、あの蛇達と関係があるからである。
「ムサカ様に会いたくてきたのかなあ。まったく」
（あれが大勢の男達を虜にした金色の蛇達）
そう思うと感慨深いものがあった。肌の蛇が恋ゆえに肌を離れた。過去の男達の蛇にとっては、まさに命がけの愛である。しかも、愛の証の子供達が実際に生きているのだ。さらにその孫まで。
ムサカは当事者ではなかったが、この不思議な愛に感銘を受けた一人でもあった。
（恥ずかしがり屋さんか。どうして表に出て来たんだろう？ 私の蛇が気になったとか？ まさか）
とは思ったが、それ以外の理由を探す方が難しい。
（しかし王妃様の誘惑は思わぬ所から来るなあ）
ついゆりの蛇を見てしまったために、ムサカもゆりの金色の蛇を気にしてしまったようである。
一方自分の部屋に戻ったゆりは、「恥ずかしすぎる！」と叫んでいた。
「これも一族の本能？ もー」
その夜、ゆりは王の寝室でラクシュミと話をした。ムサカの話ではなく、ロイやラギの話である。ロイの夜の特訓についてはラクシュミも知っていた。バートランドはいろいろな状況に応じた特訓をしたいようである。
「王様も全面的に先生を信頼してるんだね」
「だって神様の紹介だろう？ 彼を疑うってことは、アシュラン様を疑うってことじゃないか？」
「それもそうかな」
「ロイは今帰ってきた。相当しごかれたようだ。へろへろになってる」
「そうなの。行かなくて大丈夫かな」
「大丈夫だ。侍女が待機しているから」
「ロイはどんどん頼もしくなるね。アナスターシャも過去でどうなってるだろう。弟が無事産まれたよって教えてあげたいな」
アナスターシャも、きっと過去でがんばっているはずである。
「そうだな。ところで、クロスが怪力だって知ってたか？」
「え？ クロス、怪力なの？ なんで？」
ゆりはつい体を起こして聞いた。
「こっちが聞きたい。ハロルド様の影響じゃないのか？」
「子供二人に加護は無理だって言ってたよ。もしかしたら、ハロルド様の神気のおかげだったりして」
「神気？」
「何度か添い寝してもらったじゃない。でもそれだけでそんなに怪力になるのかな？」
「今後も持続するのだろうか」
「ハロルド様の神気が、今もクロスの中に残ってるのかな。そうだとすごいね。今だけかも知れないし、いろいろ面白いね」
「お前が面白いんだ」
ラクシュミがお前を強調して言った。
その夜、ゆりは夢でまた神の国に来ることができたようだ。
「ガーベラ、ガーベラどうしたんだ？」
気がつくとジンラの神殿にいた。
「ガーベラ？」
ガーベラはジンラの神殿でジンラと語らってお酒でも飲んでいたらしい。顔をあげたゆりは、にこっと微笑んで、「なんでもないの」と言った。
「私そろそろ行くわね。アマンザは近くにいるかしら？」
「アマンザはラーズの神殿じゃないか？ 最近よく行ってるんだ」
「そうなの。あの、お酒を一瓶もらってもいいかしら」
「もちろんいいぞ」
ジンラは開けていないお酒の瓶をゆりに渡してくれた。
「このお酒、ジンラのことがすごく好きな人間にあげてもいい？」
「ん？ 人間？ 別にいいが」
ガーベラが言うくらいだから、その人間によっぽど酒を渡したいのだろうとでもジンラは思ったようだ。
「どうもありがとう。私、ジンラにいろんなことをすごく感謝してるの」
「そうか？」
ジンラはきょとんとした顔付きである。
「じゃあ私行くわね。さようなら」
ゆりはジンラと握手をして、神殿を出て行った。
「ラーズに会いに行ってみよう」
ゆりはラーズの元にとんだ。ラーズは神殿にいた。アマンザも一緒である。
「ラーズにアマンザ」
「あ、もしかしてあっちのお母さんだ」
座って何かをしていたアマンザは、女神のゆりを見てすぐに気がついていた。
「一目で気がつくなんてすごいな」
ラーズは感心している。
「別ガーベラだ！」
部屋にはサーラもいた。
「サーラちゃん、お久しぶり」
ゆりは抱きついてきたサーラの頬にちゅっとキスした。
「今日はみんなにお礼を言って廻ろうと思ってるの。アマンザはここで何をしてるの？」
「あ、えーと……」
机の上には色とりどりの糸が並べられていた。
「お母さんに贈り物がしたくて、ラーズ様に教えてもらって作ってるの」
アマンザがもじもじしながら答えた。
「アマンザ！」
（この息子、かわいすぎる！）
ゆりはアマンザの気持ちに心が打たれていた。
「もーかわいい！」
ゆりはアマンザを抱きしめて頬にちゅっとキスしていた。アマンザの頬は真っ赤になっている。
「私もー」
ラーズがゆりに抱きついてきたので、ゆりもお酒の瓶を持ったままラーズを抱きしめて頬にちゅっとキスしていた。
「ここには産後初めてきたの？」
「ううん。２回目。１回目は、サラディンにいろいろお話しなきゃいけなかったから、お話したのよ」
「そうなんだ。サラディンは怒ってなかった？」
「うん。怒ってなかったよ」
「よかった」
ラーズはゆりの唇にちゅっとキスしていた。
「今日は他にも行くんだろう？ 今度ゆっくり来ておくれよ」
「うん。本当にありがとう。私、みんなのおかげですごく元気になったよ。元気になりすぎってくらい」
「それはよかった。本当によかったよ」
ラーズはちょっと涙ぐんでいる。
「私、他の神様にも会ってくるね。またね」
ゆりは三人と握手をして去って行った。
ゆりは次にグレンに会いに行ったのだが、雲の上の神殿だったので、アシュランにも顔を見せに行った。
「私、すっごく元気になりました」
「おお、そうか。よかったな」
アシュランは輝いていたのでよく見えないが、うれしそうだった。
「すっごく心配してくれたみたいですね。もう大丈夫ですよ」
「ああ、今後も期待してるぞ」
「はい。それじゃ失礼します」
何に対する期待かは聞かずにゆりは去って行き、アシュランの広間の裏手に回っていた。そこにはグレンがいた。グレンはすでに泣いている。
「グレン」
「よかったです。本当に」
「グレンってば」
ゆりはグレンの手を握りしめた。
「こんなに気にしてくれてありがとう」
「私の方こそ」
場所が場所だったのでグレンも多くを語ることはしなかった。
「グレン、今度ゆっくり会いましょうね」
「はい」
「じゃあね」
「はい」
二人は手を振り合って別れた。
（グレン、本当にありがとう）
ゆりは次にハロルドの元に飛んだ。広い野っ原で妖精達が剣を振っていたが、そこにハロルドもいた。
（あ、もしかしてイシュタールも？ あ、いた！）
赤い髪の男を見つけてゆりは手を振り、イシュタールもこちらに気がついたようだったが、ハロルドも気がついてあわててゆりの側に来て、ゆりをその場から遠ざけていた。
「ハロルドこんにちはー。今イシュタールが」
「話をしちゃだめだ。邪魔するな」
「邪魔はしないわよ。ところで、イシュタールはいつまでこっちにいるの？」
「まだまだかかる。すっかり元気になったんだな。よかったな」
といいながら、ハロルドはゆりの腰に腕を回して、さらに遠くに移動していた。
「いろいろありがとう。私すっごく元気になったの」
ゆりは移動しつつ言った。
「そのようだな」
大木の裏手までやってきてハロルドはゆりを離した。
「ねえハロルド、最近私の姿、見た？」
ゆりはじーとハロルドを見て聞いてみた。
「この前お見舞いに行った時に見ただろ？」
「その後よ」
「その後？」
ハロルドの目がうろうろ動いていた。
「その後たくましくなった私を見たんじゃないの？」
「え？ たくまし……？ 何かあったのか？」
ハロルドは明らかに挙動不審に目を動かしていたので、ゆりはおかしくなった。
「ハロルドは、私がどんな姿でも好きよね」
「……うん」
ちょっと間が開いてから、ハロルドはうなずいていた。
「それならよかった」
ゆりは笑うのをこらえている。
「ガーベラ、食べ過ぎで死んだら笑えないからな」
ハロルドは真剣に言っていた。やっぱり太ったゆりを見たようだ。
「そんなに食べてないわよー」
「ほんとか？」
「ちなみに、サラディン様は、あれくらいなら誤差の範囲だって」
「誤差？ 範囲広すぎだろ。ちょっと待て、サラディンがいつそっちに行ったんだ？」
「最近よ。実は今日は２回目なの。１回目はサラディン様にごめんって言いに行ったの。それで、遊びにきたいっていうから」
「しばらく男はがまんしろ。死にかけたんだからな。遊びたかったら、こっちで遊べ」
「うん。いろいろありがとう。私オルガにも会ってくるから。それじゃね」
「ああ、またな」
ゆりは去って行った。
（まったく……こっちの気も知らないで。イシュタールはともかく、やつには気がつかなくてよかった）
ハロルドは野っ原に戻った。妖精達の中にはイシュタールもいたが、イシュタールと離れた所にはスペードもいたのだった。スペードは聖地が大雨だったのでこっちに稽古に来ていたのだ。
「まったく嵐のような女だ」
ハロルドは一人でぶつくさ言っていたのだった。
ゆりは最後にオルガの元に飛んだ。オルガは寝ていたが、ゆりはつついてオルガを起こした。
「ガーベラ」
「オルガ様、私今日はみんなにお礼を言いに来たのよ」
「あ……あっちのガーベラか？」
オルガは体を起こした。
「私すごく元気になりました」
「そうか。よかった。本当によかった」
オルガはゆりを抱きしめて喜んだ。ちなみに、ゆりはずっと酒瓶を握ったままである。
「このお酒、ジンラ様にもらったんです。実はたまにあっちにもらって帰っちゃったりしてたの」
「そうか。ま、いいんじゃないか。ジンラも君本人に言われたら、酒くらい渡しただろうし」
「ついでに相談に乗ってほしいんです。ラクア様なんですけど、私、すごくラクア様にお世話になったから、黙ってるのが心苦しくなって。ガーベラになってることを打ち明けたほうがいいんじゃないかって考えてるんです」
ゆりは元気になったらラクアに打ち明けたいと思っていたが、いざ元気になるとなかなか勇気がでない。しかも人間の身で、どうやってラクアと話す機会を作るのかという問題がある。打ち明けるならガーベラになってからじゃないと無理だろう。
「うーん。サラディンは絶対君に怒らないだろうと思って言ったんだが、ラクアはちょっと難しいやつだぞ。君だけじゃなく、ガーベラに対しても怒る可能性もある。子供のことがあるからそこまで怒らないかもしれないが、予想ができないんだ」
オルガは悩みながら言った。
「ガーベラ様にまで怒られると困っちゃいますね。とりあえずガーベラ様に相談した方がいいですね」
「そうだな」
オルガはゆりの手を握りしめた。
「とにかく、君が元気になって良かった。ずっと元気でいてくれ」
「はい。こんなにたくさんの神様に心配してもらえるなんて、私は幸せですね」
「我々の方こそありがとう。ちなみに、ルチアがここにいるのは寝てる時だけだ。海側にはすっかり気に入られている。面白い子だ」
「元気いっぱい女神ちゃんですもんね」
ゆりは笑って言った。
その後ゆりは人間界に戻ってきたが、ずっと酒瓶を握っていた甲斐もあり、酒瓶も一緒に来ていた。
「王様、このお酒、羊の王様に差し上げたいの。王様もきっとアシュラン様の足をみたいだろうけど、来るのは無理だろうから」
ゆりは目覚めたラクシュミに言った。
「そうか、羊の王も喜ぶだろう」
早朝、フリットと料理人二人、ラギとムサカは城を出た。今日は日帰りで帰ってくるようである。ゆりはフリットに手紙と一緒に特別なお酒を渡した。
その日の夜、ゆりと子供達が夕食を食べている時間にフリット達は戻ってきた。
「王妃、羊の国王は王妃の贈り物にすごく喜んでましたよ」
フリットがゆりに伝えにきてくれた。
「よかった」
「お母さん、王女様にも会ったよ。すっごくかわいい人だったよ。お母さんに会うのが楽しみだって」
ラギは興奮した様子である。
「私も楽しみ」
「ムサカさんは向こうでも人気だったよ」
「さすが」
「母様、羊の王様に何を贈ったの？」
ナナミがゆりに聞いた。
「実は昨晩、神の国でジンラ様にお酒をもらったの。それを贈ったのよ」
「そうなんだ。それで、ハロルド様にも会ったの？ ハロルド様、今度いつ遊びに来るの？」
「さあ」
「今のお母さんを見てハロルド様がどう言うか知りたいのに」
「食べ過ぎで死ぬなよって言われた」
「え、そ、それで母様はどう返したの？ 怒った？」
ナナミは目を輝かせている。
「別に」
「つまんなーい」
「何がつまんないのよ」
「ハロルド様は、今の母様でも大好きに決まってるよ」
シスが言った。
「そうですよ」
とフリット。
「ひともめもないのかあ。つまんないなあ」
どうやらナナミが期待したようなもめ事には発展しないようだ。
「ナナミは一体何を期待してるのよ」
「ハロルド様も大人になったね」
「ナナミに言われるハロルド様って一体……」
ゆりは呆れていたが、確かに記憶を思い起こしてみれば、ハロルドとしょうもないやりとりをしあったものである。
ラギと一緒に羊の国から戻ってきたムサカは、そのままラクシュミに会っていた。二人は王の休憩室にいる。
「実は、羊の国の魔法使いと話がしたくて行ったんです」
「そうだったんですか」
「羊の国にも、そこそこレベルが高い魔法使いがいるんですよ。今もまだ健在でした。あの国では魔法師と呼ばれているんですが、隕石の石を何かに活用していないか聞いてみたんです。するとあちらでも、使っていたんですよ。魔方陣の作成に必要とか」
「魔方陣？」
「魔方陣を見せてもらいました。城にあったのは魔力回復、そして場所を移動する魔方陣です。こちらのお城にある魔方陣もそうですね。魔方陣の陣形は異なっておりましたが、作成方法は一緒かもしれません。城の魔方陣はどなたが作成したのか、陛下はご存じですか？」
「いや、随分前に作成されたとしか私も聞いてませんが。この城も、地震などで何度か崩れかけたんですが、あの魔方陣の部屋は無事だったらしいですよ。元々あの魔方陣ができた経緯は、その時代の虎の国王がこちらの女王に会いたいあまりだったようです。虎の国王が依頼したものでしょう。ハザークは、多分聖地に依頼したのだろうと言ってましたが」
「あちらの魔法師の話では、魔方陣にも耐久度というのがありまして、一番長持ちする魔方陣は、隕石の石で書いた魔方陣だというんです」
「隕石の石？」
「石の床に隕石の石で魔方陣を刻むのが一番長持ちすると。城の魔方陣も、長い年月あれほどの魔力を保っているのですから、隕石の石で刻まれた可能性が高いです」
「なるほど」
「そこで考えました。王の間に、魔力回復の魔方陣を隕石の石で刻むんです。それができれば、陛下の魔力は絶えず回復できるようになります」
「しかし、隕石の石はあの小さい物しかないでしょう。それで魔方陣を刻むことができるんですか？」
「この前の流星の時、羊の国には隕石の石が大きいのが十個も見つかったそうなんです。二つくださるそうです」
「え？ 本当ですか？」
これにはラクシュミも目を丸くした。
「ちょうど、王妃様からの贈り物をもらった後だったので、羊の王も快くそう言ってくださいましたよ」
「それが可能ならばなんとありがたいことか」
「是非、実現させましょう」
ラクシュミはずっと魔力を使い続けている。王の間は歴代の王の加護の力が働いているが、もし魔力回復できる方法が他にもあるならば、こんなにありがたいことはない。
隕石の石が予想しない方向に発展し、心が高まる二人だった。
つづく
１３部
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