第１４部　第一話

「まただ……また人間が大勢死んでしまった。やつら簡単に結界を超えてくる。いくら殺してもキリがない」

苦悩に満ちた声を出していたのは、創造神であるアシュランである。


昔々の物語、世界を支配していたのは大勢の魔物だった。愛も優しさもない世界。その世界を終わらせたいと誰かが思ったのか、それは定かではないが、その地に一人の神が誕生した。

その神は、手に持っていた剣を振るった。世界から魔物は一掃された。

地上に光が満ちて、多くの神々、動物たちが誕生した。だが、魔物達は死に絶えたわけではなかった。魔物達は違う世界で産まれ続け、アシュランはその世界に封印をほどこした。だがその封印は完全ではなく、魔物達は度々地上にやってきては動物や、その後産まれた人間達を殺戮した。

動物たちがいくら産まれても、次々に死んでしまう。しかも、魔物と戦える神々は少なく、その神々も、人間達を守りたい、などと当時は思っていなかった。

この頃まだ、慈愛の女神は産まれてはいない。神々も、優しさや愛という感情に乏しかったといえるだろう。

「封印を強めるためにはどうしたらいいだろう……」

アシュランは悩んだが、良い解決策は見当たらない。

その時、別の神が言った。

「一番いいのは、誰かが向こう側に行って封印を強めることだろうな」

「そんなことできるわけがない」

アシュランは答えた。

「私が行くしかないだろう」

「……冗談だろう？」

「私は産まれてから一度も、冗談は言ったことがない」

「はあ……」

「ただ、行くにしても私だけというわけにはいかない。１０人ほどの神、それに建物を作る妖精達も必要だ」

「だれも一緒に行くとは言わないぞ」

「いるさ。お前を嫌ってる神も数人いることだし」

「だからと言って闇の世界に行きたいとは言わないだろう。一度行けば戻ってはこられないんだぞ」

「案外いるかもしれんぞ。壮大なペテンにかける必要があるな。それから、場が落ち着いたら我々を信仰する人間達もいる」

「うまく行くとは思えない。私はお前達を反逆者として認知しなければならないんだぞ」

「じゃあどうするんだ。どうしようもなくなって、また光の剣を振るうのか」

「……あんなことはもうしたくない」

「覚えているのは私とお前だけだ」

地上にやってくる魔物があふれて処理が追いつかず、アシュランは二度目、光の剣を奮った。魔物達は消えたが、人間も動物たちも、すべて消えてしまった。

「私の愚痴を聞いてくれる神が一人は必要だ。あれでヒルデリアはおかしくなりかけた。みなの記憶を消す以外になかった」

「動物も人間もすべて消えてしまったんだからな。出産の女神ならおかしくもなるだろう。とにかく、やつらをどうにかするには、近くで封印を強める神が必要だ。人間の世界を発展させたいんだろう？　そうするしかない」

「うーん……私のこの気持ちはどうしたらいいんだ。一生お前達に申し訳ないと思って生きなければならないんだぞ」

「仕方がない。創造主の業というやつだ」

「はあ……」

「向こうに行けば、魔物の影響で性格がゆがむ神がいるかもしれんが、まあ仕方ないだろうな」

「ああ、誰かに代わってほしい。もういやだ」

何かを犠牲にしなければ、世界は成り立たない。

何を犠牲にするか、アシュランは大いに悩んだ。


その後、アシュランと闇の神が反目しあうようになる。

大きな戦いが起こり、争いに負けた闇の神と闇の神を支持した神々と妖精達は、闇の世界へと居場所を変えた。


人間世界に現われる魔物の数は減った。そのおかげか、神々の精神も落ち着き、神々にも人間達を守りたいという感情が芽生えることになる。


それから遙か後のことである。

『封印が消えそうだ。一度、解除するしかない』

あるとき、闇の神はそうアシュランに告げた。闇の神とアシュランは、度々連絡を取り合っていた。

「なっ……」

『あやつらの力が増している。一度大きく力を落とす必要がある』

「……そうか。わかった。神の国の外れで戦うことにしよう」

『そうしてくれ』


こうして神々と魔物達による大がかりな争いが起こった。神々は妖精達の犠牲を払いながらも、魔物達を一掃した。

こうして再び、魔物達の世界にアシュランは新しく封印をほどこしたのだった。


そして現在――闇の国

「ちょっとティカ、降りて来なさい！」

城から飛んで行こうとした星の神ティカは、声をかけられて城に戻った。バルコニーにいたのは一人の女神である。

「目障りだからしばらく部屋にこもっていなさい。夜に飛び回るんじゃないわよ」

その女神は不機嫌そうに言って、バルコニーを去ったのだった。

「？？？」

ティカは首をかしげている。

「不機嫌なのかな？」

飛んで行くなと言われても、ティカにとっては夜飛び回るのが仕事のようなものである。どうしようかと思っていたら、ゲイルが通りかかった。ゲイルはクーリーフンに妖しさを足したような美貌の神である。

「どうかしたの？」

「ファリーヌ様が、僕に飛んで行くなって言うんだけど、どうしたんだろう。何かあったのかな？」

「ああ、最近魔物の数が増えているからだろう。君のことを心配しているんだよ」

「え？」

確かに、そう言われてみれば空を飛ぶ魔物の数が前より増しているような気がする。

「人間達にもあまり遠くに行かないように言ってるくらいだからね。特に夜は危ないよ」

「ねえ、魔物ってどこから来るの？」

「魔物の世界だよ」

「魔物の世界。時々神の国にも魔物が来るって言ってたけど、魔物はどうやって神の国に行くの？」

「それは道があるからさ」

「道？」

「道をそれて人間界に行くやつらもいるようだけどね。道を通って行くやつらの方が圧倒的に多いよ。最もまだ強い奴らは出てこられないようだけどね」

「ふーん。なんだか、僕が知らないこともたくさんあるんだね」

「君は最近産まれたばかりだろう。僕にだって知らないことがたくさんあるくらいだからね」

竪琴の音色が聞こえてきた。

「ダーナだ。聞いてきたらいい」

「うん」

ゲイルは飛んで行った。

（変な世界だな。どうして闇の王はこの世界に住むことになったんだろう？　だれに聞いてもよくわからない。僕はこの世界が嫌いじゃない。ダーナ様とか見ると安心するし）

ファリーヌはガーベラとは性格が違いツンケンしているが、この世界のダーナは、向こうのダーナと性格は大差なかった。そのためダーナと話していると安心するのだった。

（魔物の数が増えてるのか。いつになったら減るのかな？）

そう思いつつ、ティカはダーナの部屋に行ったのだった。



ある日の神の国、ハロルド神殿の前の草原にいたハロルドの元に、力の神バリアスがやってきた。その後ろを追いかけてきているのは神獣ハンターである。

「おとうさーん、みてこれ」

バリアスはハロルドに手にもっている物を見せた。それは、とかげの石像である。

「よくできてるな」

ハロルドは石像を眺めてそう言った。

「違うよ。ハンターがしたんだよ」

「え？」

「なんと、ハンターは石化の能力があるんだよ。すごいでしょ！」

バリアスはハンターの力をキュリアとジェイクに言ったが、ハロルドには内緒にしていたのだった。

「ええ？　本当か？　じゃあこれを元に戻すこともできるのか？」

「できるよ」

バリアスはとかげの石を草の上に置いた。

「ハンター」

ハンターはぴょんとはねてきて、とかげの石にお尻を向けた。尻尾の蛇が石を見ると、石は生きているトカゲに変わり、トカゲはささっと走って行った。

「おーすごい！　すごいじゃないか！」

ハロルドは喜んでいる。

「リリーにはどんな力があるんだ？」

「リリーについては僕は知らない」

「そうか。ちょっと妖精を石化させてみてくれ」

ハロルドが草原を見たが、妖精はだれもいなかった。

「あれ？」

「みんな察して逃げましたよ」

とジェイク。

「そうだ。グレンをちょっと石化させてみよう。それでしばらくほっておこう」

ハロルドはめちゃくちゃなことを言い出していた。

「だめですよ」

とジェイク。

「あいつガーベラに近づきすぎて腹が立つんだ。一年ほど石のままほっときたい」

「だめです」

「しかし、ハンターは尻尾が重要なのか？」

「本体も重要だよ。ねえ、ハンター」

バリアスがハンターの頭をなでなでした。ハンターは気持ち良さそうに目を細めている。

そこに黒い獣がたっとかけてきた。獣にはキュリアが乗っている。

「みんなーばいばーい」

黒いでかい猫、クロは風のように去って行った。

「あれだけ早い獣も石化可能かな？」

「可能でも姉さんが泣いちゃいますよ」

とジェイク。

「でかい獣も石化可能か試したい」

近くの空をグレンが飛んでくるのが見えた。

「お、ちょうどいい所に来た。グレーン！」

ハロルドは飛んでいるグレンに声をかけていた。ハロルドの後ろでは、ジェイクが（だめ、行って行って）とジェスチャーでグレンに訴えている。

「？？？」

グレンは何かを察したのか逃げて行った。

「ちっ」

ハロルドが後ろを見ると、ハンターとバリアスもいなくなっていた。


ジンラの神殿の前では、神獣リリーと一緒にジュリアンがやってきていた。リリーの尻尾はお酒をなめている。アマンザは「そうだ。僕リリーの能力に気がついたんだよ」とリリーの力のことをジュリアンに話していた。

「え？　何？」

「酩酊だよ」

「めいてい？」

「つまり、相手を酔っ払わせるってこと。面白いよね。さすが僕のお父さんの力が入った神獣だよね」

「へー酩酊かあ。僕はお酒を飲まないからピンとこないけど、酔っ払うとどうなるのかな？」

「ふらふらになって立っていられなくなるよ」

「へー」

ジュリアンはリリーの頭をなでなでした。リリーはジュリアンの手をペロペロなめている。

「お酒を飲んでもリリー本体は酔っ払わないのが不思議だよね」

ジュリアンが言った。

「本当にね。僕はリリーがかわいくてしょうがないよ」

「僕もだよ。リリーは神秘的でかわいいよ。まだまだ謎が多いし」

リリーの首についている神器は、いまだ謎のままである。


火の神殿では、火の神サラディンが苦い物でも食べたような表情である。最近産まれた火の鳥がサラディンになつきすぎてサラディンは困っていた。

「私はいつまでこいつを抱っこしなければならないんだ」

サラディンは首から抱っこ紐をかけて、火の鳥フィアはそこで眠るのだった。ちょっと前までは泣く子も黙ると言われたサラディンであるが、今や昔の面影もない。

「なんということだ。この私が……」

「ピーピピッ」

「早く一人立ちしてくれ」

「ピピッ」

「お父さんったらフィアと話してる。すっかり可愛がって」

ルティアナがニヤニヤしながら言っていた。

「可愛がってない。早く巣立てと言ってるんだ」

広間の入り口でこちらを窺っている鳥がいた。大昔に産まれた火の鳥、イグニスである。この鳥も、フィアが大きくなるのを心待ちにしている。

早く大きくなって二人で仲良くやってほしいものである。

広間に裸の女の子が入って来てサラディンは「わっ」と驚いていた。よく見るとルチアである。

「ルーちゃんったら裸はだめだよう」

「どうしたんだ」

ルチアは頭に手をあてている。

「マチルダはどうしたんだ」

ルチアはいろいろジェスチャーしていた。

「今日はいないみたいよ。お父さんに髪を洗ってほしいんだって」

「わかったから。隠せ」

「ルーちゃんいこうねー」

ルティアナはルチアを連れて行った。

「あーびっくりした。まったく仕方がない。どうして私が世話を……」

サラディンはぶつぶつ言いながら風呂場に向かって行った。抱っこ紐をルティアナの首にかけると、鳥のフィアは不服そうに「ピャーピャー」鳴いていた。

サラディンはルチアの髪を洗いながら、ふと思い出したことがあった。

（そうだ。私は彼女に風呂に招待すると約束したんだった。今の内に呼んだ方がいいかな。ルティアナ達への言い訳はどうしよう）

などとサラディンはゆりの顔を思い出しながら考えていたのだった。



つづく

１４部

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