第2話

7の月半ば昼間、蛇の国のお城では、料理人がかまどに火を入れた所、その火が大きくなり、真っ赤な服を着た神が現われたので料理人達はびっくり仰天してそのまま平伏していた。

「王妃に伝言を頼みたい。今日の夕方、私の神殿の風呂に招待する。夕方ここに火が入ったら迎えに来る」

そう言うと、サラディンは消えた。料理人達は神様に会えた喜びに感動していたが、やがて伝言を伝えに行ったのだった。

部屋でクロスを抱っこしていたゆりは、話を聞いて驚いていた。

「え？　火の神殿に招待？　お風呂。お風呂だ！！」

ゆりは神の国でサラディンが言っていたことを思い出した。

「こうしちゃいられない。ムダ毛をそらなきゃ、その前に王様に報告だ！」

ゆりは大慌てでクロスを抱っこしたまま王の間に行った。話を聞いたラクシュミは、「よかったな。願いがかなうじゃないか」と喜んでいた。

「うん。うれしい。最初にあのお風呂に入って何年過ぎたかわからないけど、ようやく自分自身が入ることができるなんて……準備をしなきゃ。はい」

ゆりはクロスをラクシュミに渡して去って行った。クロスはラクシュミに抱っこされるなり、とたんに眉間にしわを寄せていたのだった。

ゆりは侍女達を呼んで、ムダ毛処理を頼んだ。

「お風呂、混浴でしょうか？」

侍女達は頬を赤く染めて聞いている。

「まさか。そんなわけないだろうけど、一応キレイにしとかないと」

「王妃様、よかったですね」

ミラは涙ぐんでいた。

「うん。こんな日が来るなんてね」

「かわいい下着で行きましょう！」

「いや、いいよ。そういうことはするわけないから」

「何があるかわかりませんから〜〜」

「ないない」

などといいつつ、ゆりはムダ毛処理を終えて、何を着ていこうか侍女とあれこれ考えていた。

「お風呂に入るのが目的だから、脱ぎやすい服がいいわね」

「そうですね」

「王妃〜」

ミカエルがやってきた。

「火の神殿のお風呂に招待されたって本当なんですか？」

「本当よ」

「よかったですね。今日は泊まるんですか？」

「え？　泊まらないと思うよ」

「本当ですかあ？」

「まさか泊まるわけないでしょ」

ナナミもやってきた。

「サラディン様とお風呂に入るんだ？　よかったね」

「いや、サラディン様とは入らないわよ。多分一人で入るのよ」

「そうなの？　せっかくだから一緒に入れば？」

「王妃様、今日は早めに食事を食べられた方がいいですね」

と侍女。

「そうね。行く前に何か食べておこう」

「見送りにいてもいいよね。私もサラディン様がみたいもん」

とナナミ。

「いいわよ」

あれやこれやとしている間に時間は経っていった。ゆりの部屋には男達が入れ替わり立ち替わりやってきては「よかったですね」と喜んでいる。ゆりがどれほど火の神殿の風呂が好きか皆知っているからだ。

「お母さん、やせてよかったね」

ラギはそうゆりに言っていた。

「まあね。ああ、ドキドキする」

ゆりは早めに食事を食べて、ラクシュミに「それじゃ行ってきます」と挨拶した。

「ああ、楽しんで来い」

「はい！」

日が暮れる前だったが、ゆりはタオルを抱きしめて調理場にいた。子供達もぞろぞろついてきて、ミカエルとヴィラもやってきた。

「僕たちまで緊張してきたね」

とシス。

「マーがんばってお風呂に入ってきてね」

ミシェイラが言った。

「うん。がんばる」

「マーがんばれー！」

とレーヌ。

「では火を入れますよ」

料理人がドキドキしながらかまどに火を入れた。一同が緊張して火を見つめる中、やがてその火が大きくなってサラディンが現われた。

「おおー！」

「すごい！」

「かっこいい！」

と言ったのはロイだ。

「じゃあ行こう。２時間後くらいにに王妃の部屋にろうそくの火を灯しておいてくれ」

「はい！」

子供達は大きな声で返事をして、サラディンはゆりを連れて消えた。

「おおー！」

「おおおー！」

子供達はみんな感動して手をたたいていた。

「イシュタールに会えればいいなあ」

とミカエル。

「そうですね。会えればいいですね」

ヴィラが答えた。


移動するなりゆりは熱気を感じて感動していた。

ついに火の神殿にゆりの姿のままでやってきたのである。

（感動する！）

「湯は入ってるから、好きに入ってくれ」

「はい！」

ゆりが何度も来ていることはもう知っていたサラディンは、ゆりを風呂に案内する気もないようだ。ゆりもさっさと風呂場に移動した。途中妖精ともすれ違わなかった。

「ああ、ついに来た。感動する！」

ゆりは籐で編まれた大きめのザルに服とタオルを置いて裸になり、桶で体に湯をかけてから風呂に入った。

「……ああ……感動する……夢じゃないかしら」

ごつごつした石の感触、湯も熱めでゆり的にはちょうどよかった。城のお風呂もいいのだが、ここのお風呂の方が、旅館のお風呂という感じがして懐かしい気分になる。

（お湯ってどうやって運んでるんだろう。妖精達がバケツリレーみたいな感じで運んでるのかな？）

辺りをキョロキョロ見ていると、入り口付近でルティアナがこっそりこちらを見ているのに気がついた。

「こんばんは」

「こんばんは」

ルティアナはさっと消えてしまった。

（しばらくルティアナと一緒には入ってないなあ。今度一緒に入りたいな）

ゆりはせっかくなので、湯船に座って足だけお湯に浸かったり、肩まで浸かったりしてお風呂を楽しんだ。体はぽかぽかしている。

（ゆっくり入ろう。この姿ではもう来られないかもしれないもんなあ。でも一人は寂しいかも。ルティアナを誘ったらよかったかもなあ）

などと思っていると、風呂の外が賑やかになってきた。なんとお風呂にやってきたのは金と黒の髪の女の子、ルチアである。

（ああー元気いっぱい女神ちゃん！？）

そして赤い髪のマチルダも一緒だった。

「王妃様ごめんなさい。ルーちゃんも来ちゃって」

ルティアナが申し訳なさそうに言いに来た。

「とんでもないですよ。大歓迎です」

ルチアはゆりを気にする様子もなく、服をぽいぽい脱いで裸になっていた。ゆりはちらちらとルチアを見ている。ルチアは石の上に座っていた。マチルダは桶のお湯をかけてルチアの髪を濡らして、風呂場の隅に置いてあった容器を取ってきてルチアの頭にかけていた。

（あ、あれシャンプーなんだ）

マチルダはルチアの髪を洗い、風呂場を去って行った。ルチアはお風呂の中に入って来た。

（彼女は風呂に入らないんだ。元気いっぱい女神ちゃんとお風呂、すごい！）

「こんばんは、私ゆりです」

ゆりは挨拶してみた。ルチアはゆりをじーと見ているが、やはり何も話さなかった。

（産まれた時よりちょっとは大きくなってるのかな？　感動するなあ）

ゆりはルチアが産まれた時のことを思い出していた。

（鮮やかなコウモリ達は元気かな？）

いろいろ思い出していたらすごく感動して、ゆりはつい泣いていた。

自分がガーベラになった時に産まれた子供達が元気で活動している。それがとてつもなくうれしかった。

（アシュラン様、今はすごく、もっと子供を産みたいって思いますよ。子供達に囲まれて、楽しそうな神様達を見るのが好きだから。もっともっとみんなを幸せにしたいな）

いつの間にかルチアがゆりのすぐ側にやってきて、ゆりの頭をなでていた。ゆりが悲しんでると思ったのかもしれない。

「ありがとうございます。私はそろそろ出ますね」

ゆりが湯船から出ると、ルチアも一緒になって出て来た。

「ルチア様ももう出るの？」

ルチアはうなずいている。

「じゃあふいてあげる」

ゆりはルチアの体を拭いて服を着るのを手伝ってあげた。風呂場を出るとルチアが手をつないできた。

（人なつっこいわね。かわいい）

「そういえば、サラディン様が小鳥を育ててるとか。ルチア様は見たことあります？」

ルチアは首をかしげている。

「せっかくだから小鳥を見せてもらおう」

広間に行くと、サラディンの他になんとジンラがいたのでゆりは驚いて立ち止まっていた。ジンラもゆりに気がついた。

「ん？　んん？」

「あ……それじゃ、ジンラ、また酒を頼む。さようなら」

サラディンはさっさとジンラを追い出そうとしてきた。

「彼女は……どうしてここにいるんだ？」

「あ、そうだ。私のことを心配してくださりありがとうございます。すっかり元気になりました」

ゆりは笑顔でジンラに挨拶をした。

「それはよかった。なぜ彼女がいるんだ？」

ジンラはサラディンに聞いている。

「え、まあいろいろあってな。風呂が好きだって言うんで連れてきてやったんだ」

「ええ？」

するとルチアがゆりから離れてジンラをつついた。

「ん？」

ルチアはゆりを指して、なにやらジェスチャーを始めた。胸が大きい仕草をし、手で長い巻き毛を表したりしている。

（やばい。この子何かに気がついてる）

ゆりとサラディンが同時に同じ事を思った。

「？？？　なんだ？」

「そうだ。ルチア、たまにはジンラの馬車に乗せてもらったらどうだ？　きっと乗り心地いいぞ。絶対良い。ジンラ、ルチアと、そこらにマチルダもいるから連れてってくれ」

「？　ああ。ところでさっきの――」

「外まで送ろう。さ、行こう」

サラディンは強引にジンラを外に連れて行った。ルチアはゆりに手を振っていたので、ゆりも手を振っていた。

（ルチアちゃん、どうして気がついたんだろう？）

サラディンが戻ってきた。

「危ない所だった。ルチア、何かに気がついてるんじゃないか？」

「そうみたいですね。どうしてわかったんだろう？」

「突然ジンラが来るから驚いた」

「私も驚きました。あのーサラディン様小鳥を育ててるって聞きましたが」

「ああ、今ルティアナが持ってる。それよりもイシュタールを呼んでるんだが」

「え？」

すると広間にイシュタールがやってきた。

「王妃！」

「イシュタール！」

「王妃、元気そうですね。よかった」

「すっかり元気よ。イシュタールも元気そうでよかったわ」

二人は手を握り合った。

「なんだかさらにたくましくなったみたい？」

イシュタールは以前よりさらに精悍な感じに見えた。

「そうですか？」

「まだまだ帰れそうにないの？」

「はい。みんなには申し訳ないですが、でも、バートランド様がいらっしゃるんで、私も安心です」

（ここで何をしているのか、なんて、聞かない方がいいのかな。やっぱり。アシュラン様に聞くなって言われたもんな）

「気をつけてね。イシュタール」

「はい」

「じゃあそろそろ帰るか。これ以上神が来ると困るからな」

サラディンが言った。

「はい。イシュタール、またね」

「はい」

「ジンラが酒を持ってきたから、一本持って行け」

サラディンは酒瓶を一本ゆりに渡した。

「ありがとうございます」

ゆりはタオルと酒の瓶を握りしめて、サラディンに移動させられた。


ゆりの部屋では、シス、ラギ、ナナミ、それに侍女達が３人そろってろうそくの火を眺めていた。そこにゆりが戻ってきた。サラディンはゆりを降ろすとすぐに去って行った。

「お母さん、どうだった？　気持ちよかった？」

ラギが一番に聞いた。

「うん。最高によかったよ。誰か王様のところにつれて行ってよ」

「いいよ」

ゆりはラクシュミに会いに行き、お風呂の報告と、お土産のお酒を渡したのだった。

「イシュタールに会えたわよ。元気だったよ」

「そうか。よかった」

「なんだかもうしばらくかかるみたい」

「そうか」

「今日はすごい日だったなあ」

「お前が良いことをしてきた結果だろう」

「良いこと……」

神様といちゃいちゃしただけというような気がしないでもないが、結果的にはまあ良いことかな、とゆりは思うことにした。

（それにしても、ルチアちゃん、私のこと気がついていたよね。もしかして、サーラちゃんタイプなのかも？）

もしルチアが話ができたなら、やばかったかもしれない。

（ジンラ様にも打ち明けるべき時がきたのかもなあ。悩むな。ラクア様に言わなきゃと思ってまだ言ってないし。このことはガーベラ様に相談した方がいいような気もするし。まあ、とりあえずは、今日は念願がかなったんだから喜んでおこう）

ゆりは今日は体が温かい内に布団に入ったのだった。


神の国では、自分の神殿に戻ってきたジンラは、誰かに話したかったのか、アマンザに、「サラディンの所に蛇の国の王妃がいた」と言っていた。

「え？　本当ですか？　まだいるかな？」

アマンザは会いに行きたそうである。

「さあ、知らんが。どうしていたんだろう。風呂に招待したと言っていたが、普通、しないよな」

人間同士なら分かるし、神同士というのならわかるが、サラディンが人間である王妃を神殿の風呂に招待したというのがジンラにはさっぱりわからなかった。

「火の神殿のお風呂は、特殊なお風呂なんじゃないですか？　肌がキレイになるとか、病が治るとか、体の調子がよくなるとか」

アマンザが言った。

「え？　そうなのかな？　それは知らなかったが」

「だからサラディン様は彼女を招待したんですよ。きっと」

「そう、なのかな？」

ジンラは首をかしげている。

「王妃様は元気でしたか？」

「ああ、とても元気そうだった」

「よかった」

アマンザはうれしそうだった。


さて、ジンラはオルガの神殿にルチアを送ったのだが、ルチアはそこから移動してガーベラの神殿にやってきた。ガーベラはラーズと一緒にお酒を飲んでいた。二人はルチアを見て目を見開いていた。

「あら、ルチア珍しいわねえ。どうしたの？」

ガーベラはルチアが産まれてから数えるほどしか会っていない。それもルチアはたいていどこかに遊びに行っているからである。ルチアが自分でここに来ることも珍しいのだった。

ルチアはガーベラの側にやってきて、ガーベラの顔をのぞきこんでいた。

「？　どうしたの？」

ルチアは不思議そうである。

「どうしたんだ？」

ラーズが聞いた。ルチアは頭の横に両手をあてて、肩にさげた。なにやらジェスチャーを始めたようだ。

「？　何かしら？」

「さあ」

ルチアは部屋の中をきょろきょろ見回して、外に出ていった。

「どうかしたのかしら？」

「どうしたんだろうな」

少ししてルチアは戻ってきた。手に黒い何かを握っている。

「わっ！　コウモリ？」

ガーベラはちょっとぎょっとしている。

ルチアはコウモリを指さして、髪を指していた。

「わかった。黒い髪？」

ルチアはうなずいている。

「黒い髪がどうしたんだ？」

とラーズ。

ルチアはコウモリを放した。コウモリはパタパタ飛んで神殿を出て行った。

ルチアはまた頭の横から肩まで手を下ろしている。

「黒髪の女の子に会ったみたいね」

ガーベラはそこまで気がついた。

「え？　それって……」

ルチアはガーベラを指している。

「ルチア、人間界に行ったの？」

ガーベラが聞いた。ルチアは首を横に振っている。

「じゃあどこで会ったのかしら。彼女はもう一人の私よ。ルチアにとってはお母さんみたいなものよ。ルチアは彼女を見て気がついたのね。でも知らない神様もいるから、このことはあまり言っちゃだめよ」

ルチアが「どうして？」というような顔をしている。

「彼女は人間なの。時々私になっているのよ。今度彼女に会ったら、抱きしめてもらいなさいね。そうだ。アマンザとクーリーフンとサーラは知ってるから言っても大丈夫よ。大人では、ラーズ、オルガ、サラディン、ハロルド、アシュラン、それからグレンは知ってるわ。他の神様は知らないの。わかった？」

ルチアは首をかしげていたが、やがてうなずいた。

「自分で気がつくなんてすごいわ。彼女は人間だから人間界に住んでいるのよ。また会えたらいいわね」

ルチアはうなずいて去って行った。

「……あんなこと言っちゃっていいのかな」

ラーズはちょっと不安そうである。

「自分で気がついたのなら言ってあげなくちゃ。ごまかすのはよくないわよ」

「そうかな。ところで、彼女が全員にばらしたいと言ったらどうする？」

「彼女が思うとおりにしたらいいと思うわよ」

「ラクアだけは気がかりなんだけど」

「でももし、彼女がいなくなってからこの話を聞いたら、どう思うのかしら。ラーズだったらどう？」

「そりゃ、生きてる内に知りたかったって言うだろうよ。死んでから聞いたんじゃ怒ることも感謝することもできないもんな」

「残りはサントスとラクアとジンラか……一人私から言ってみようかしら」

「え？　ガーベラが言っちゃうのか？」

「一番言いにくいラクアに言っちゃおうかしら」

「えー言っちゃうのか？　かなり怖いぞ」

「ラクアには彼女が言うよりは私が言った方がいい気がするし」

「大丈夫かなあ」

「明日、ラクアの機嫌がよさそうだったら言ってみようかな」

「怖い。怖くて今日眠れない。眠れないから朝までひっつこう」

そう言いながらラーズはガーベラにひっついていたのだった。


つづく

１4部

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