第３話
神の国にて、女神ガーベラは、ラクアに秘密を打ち明けようと決心して、翌日決心が鈍らないうちにラクアに告白した。ラクアの神殿から離れた所では、ラーズが心配そうに様子を窺っている。
果たしてラクアは怒るのかどうか。ラーズがドキドキしていると、ガーベラがラクアの神殿から出て、湖を渡ってきた。
「ガーベラ、ど、どうだった？」
ラーズはがーべラに近づいて行った。
「うーんとりあえず、あたりさわりのない所から告白したんだけど、へえ？ って反応されただけだったわ」
「へえ？」
「私の言い方が悪いのかしら。ラーズ、ちょっとラクアと話をしてみてくれない？」
「いいぞ」
ラーズは水の神殿まで飛んで行き、神殿の中に入った。ラクアは椅子に座って足を組んでいる。表情を見ると、怒ってるわけでも悲しんでるわけでもないようだ。
「なあ、ラクア」
ラーズが話しかけると、ラクアはラーズに顔を向けた。
「ガーベラの話、どう思った？」
「君も聞いたのか？」
「え……ああ」
ラーズはラクアの向いにある椅子を逆に向けて座った。普通に座ると背もたれが邪魔だからである。
「信じられないな。ガーベラがそんな残酷なことをするなんて」
ラクアは顎に指をあてて言っていた。
「……ん？」
ラーズは首をかしげている。
「残酷？ ラーズはガーベラからどんな話を聞いたんだ？」
「ガーベラが、時々人間に体を貸していたと聞いた」
「それがなぜ残酷なんだ？」
「残酷だろう。その人間、自分の体に戻った時、ガーベラとの差に苦しむことになるじゃないか。自分が本当は女神じゃないかと勘違いだってしてしまうかもしれない。どんな美女だって、ガーベラにはかなうわけないんだ。その人間の精神が病んでないかとそれが心配だ」
どうやらラクアはガーベラに入っていたという人間の心配をしているようだ。ガーベラもゆりのことはまだずばり言っていないようだった。
「彼女は大丈夫だ。じゃあ、ラクアはガーベラが人間に体を貸していたことに関しては、怒ってないんだな？」
「僕がなぜ怒るんだ？」
「ほら、ガーベラが人間に体を貸していたとき、ラクアに会ったかもしれないだろ？」
「僕は会ってないだろう。会えばわかるはずだ。なにせガーベラとは一万数千年の付き合いなんだからね」
「…………」
（このままうやむやでよくないか？）
ラーズはこんなことを思った。
「ラーズだってそうだろう。中身が違って気がつかないはずがない」
「うーん……」
ラーズは頭をかいている。
「あのな、ラクア、そのことについては、我々はだれも気がつかなかった。なにせ、その人間の性格はガーベラによく似ているんだ。私も気がつかなくて、サーラが変なことを言うもんで、それで気がついたくらいだ」
「そうなの？」
「私達は、皆何度も彼女と会ってる。ガーベラの恋人で彼女のことを知らないのは、今はもう、ラクアとジンラとサントスだけだ」
「僕とも何度も会ってる？ 本当？」
ラクアは目を見開いている。
「たとえば、えーと、そうだ、ガーベラの髪が短くなった時、ガーベラは激しく落ち込んでいたんだけど、すぐ立ち直っていただろ？ ガーベラは落ち込んだままで、途中から人間の彼女が交代していたんだ」
「え？」
「彼女はガーベラの助けにもなってる」
「そう……なんだ？ それはびっくりだな。まるで気がつかないなんて」
「ま、そういうこと」
ラーズはここらで逃げようと席を立ったが、「その人間って僕が知ってる人？」とラクアが聞いた。
「えーと、うん」
ラーズは座り直して答えた。
「……もしかして、蛇の国の王妃？」
ラーズはぎくりとしたが、うなずいていた。
「そうなんだ。それでガーベラが彼女のことをあんなに気にしていたんだ」
ラクアは納得したような顔付きである。
「しかし、ガーベラになって平常心でいられるとは、すごいな」
しかもゆりに感心している。
（怒ってない。よかったー）
ラーズは心底ほっとした。
「それで、ガーベラはどうしてそんなことしたの？ 彼女に頼まれたとか？」
「いや、ガーベラが始めたんだ。彼女がガーベラになった時に、面白いことが起きたりするんで、それで、時々入れ替わってた」
「誰か彼女と寝たりはしていないの？」
ラーズがぎくりとしていた。ここは重要な所である。嘘をついて後でばれるのも怖い。
「……ラクアは、もし自分が彼女とそうなっていたとしたら、怒るか？」
「そんなことはしてないと思うけど、なってたら……怒るかな。だって中身が違うなんて詐欺みたいなものだ」
「でも、もう一人のガーベラももうガーベラだし、人間が入ってると思うとおかしいが、もう一人のガーベラってことでよくないか？」
「もう一人のガーベラって……今まで一体ガーベラは彼女に何回体を貸したんだ？」
「さーもうわからん」
「そんなに？ ラーズはそっちのガーベラでも喜んで抱けるのか？」
「うん」
「ばからしい。僕は無理だ。だって中身がガーベラじゃないんだぞ」
「彼女は彼女でかわいいんだ。ガーベラとは違った良さがある」
「信じられないね。他の連中も呆れてるだろう」
「そんなことないぞ。ハロルドなんて彼女の方をガーベラより気に入ってるくらいだし」
「なんで」
「まあ、いろいろ」
「オルガは怒ったんじゃないか？ なにせガーベラの一番目の恋人だ」
「オルガは……むしろ彼女に好意を抱いてるぞ」
「なんで」
先ほどより大きな声だった。
「まあ、いろいろ」
「いろいろってなんだ」
「いろいろ……」
ラクアは眉をひそめている。
「実は、ユリアナとイオナは彼女がガーベラの時に産まれたんだ」
ラーズがずばっと言った。
「はあ？」
「彼女の出産率がすごく高いもんで、みんなもまあいいかって」
「……出産率？ ……まさかニイニは違うだろうね」
ラクアは抑揚のない声で聞いた。
「……実は、海に行ったのは彼女だ」
「は！？」
「彼女はガーベラになりきっていただけだ。怒らないでくれ」
ラーズは何度も「怒らないでくれ」と言っていたが、ラクアには聞こえなかった。
ラクアは最後の言葉が衝撃的すぎて感情が追いつかなかった。
「信じられない。僕がガーベラだと思って抱いたのが人間だったって言うのか？ しかもラーズは分かってて抱いたなんて」
「でもそのおかげでニイニが産まれたんだし」
「そういう問題じゃないだろう！ 中身がガーベラじゃないんだぞ？」
「ガーベラだよ。私にとっては。いや、私達にとっては彼女もガーベラなんだ。出産率が高いとかいうのを置いといて、彼女のことも大事なんだ。彼女に怒ってもいいが、彼女が死んだ後にしてくれ。彼女は人間だ。いずれ死ぬ。この前だって死にかけた。今はやめてくれ」
ラーズは悲しげな表情でラクアに訴えていた。ラクアははーと大きな息を吐いている。ゆりが死にかけた時、ラーズの瞳の色が変わっていたことをラクアは思い出した。ラーズにとってはそれほどの衝撃だったのだ。
「出産率が高いって、他にはどの子を産んだの？」
「アマンザから始まって、ティラとルティアナ以外は彼女の時にできたんだ。それから神獣達も全部」
ラクアは口を開けたまましばらく閉じなかった。
ラクアはその後ガーベラに会いに行った。
「ガーベラ、ラーズから全部聞いた。彼女のことも」
「ラクア、怒るなら私に怒ってちょうだい。彼女には怒らないで」
「……そりゃそうだろう。君は、彼女を利用しているんだから。神に頼まれて、彼女も喜んでガーベラになっていたんだろう。ただ、彼女が強靱な精神力の持ち主じゃなかったら、彼女の心の方が崩壊していたよ」
「わかってる。私になれるのは、彼女だけでしょう。最初は声がでなくなって、歌いたくてたまらなくなっていたから、彼女と体を取り替えていたんだけど、そのうちに、彼女もガーベラの一部になったのよ。途中でやめるべきだったかもしれないけど、今は彼女も、今のうちに一杯子供を産みたいって思ってくれてるから」
ガーベラの目がうるんできた。
「彼女すごいでしょ？ 長年わだかまりがあった海側とも、あっさり仲良くなっちゃって。彼女はあのアシュランとも対等に渡り合ってるのよ。彼女は長い神の生で見つけた、唯一のもう一人のガーベラなのよ。彼女のおかげで、私は神の国で感じていた閉塞感のようなものを打ち破ることができたの。もっと自由にしていいんだって彼女に教えてもらったの」
「彼女がいなくなった時、君も辛いだろうに」
「それが彼女を巻き込んだ私への罰よ」
ラクアが自分の神殿に戻ると、湖の上にニイニが浮いていた。湖にはラクアが愛してやまない娘達、妹の子供のシレーヌもいる。少し前まで、ここには子供などいなかった。一万数千年、神殿の周りの湖は静かで、光景は変わることはなかった。今は賑やかで、それがちっともわずらわしくない。
（今思えば、海でのガーベラははしゃぎすぎていた。今日のガーベラは印象が違うだの以前とは違うだの、みんな言ってたな……）
あの時ラクアも、ガーベラがお腹を出している時点で「あれ？」とは思ったが、まさか中身が違うなんて思いもしなかった。
（食べ物を食べていたのも人間だったからか。それにしてもラーズと３人でするのも躊躇ないとは……私は彼女と他にもしたのだろうか？）
一体何度中身が違うガーベラと交わったのか、ラクアにはさっぱり分からなかった。
７の月１８日、朝、ゆりが子供達と食堂で食事を摂っていると、慌てた様子でゆりの侍女がやってきた。
「王妃様、大変です。ラクア様がいらっしゃっています」
「え？ ラクア様？」
「え？ ほんと？」
子供達もゆりと同時に反応していた。
「今日はなんだろう？」
「王妃様をお部屋でお待ちです」
「わかったわ。すぐ行く」
ゆりは水を一杯飲んでから、食堂を出て行った。
（ラクア様、今日はなんだろう？ もしかして、これは、打ち明けるべきタイミングってやつ？！）
人間のままラクアに会うことはそうないので、今日を逃すともうないかもしれない。
（もしラクア様の機嫌が良かったら、話そうかな、怖いけど）
ゆりは自分の部屋に入った。
「お待たせしました。おはようございます」
「おはよう」
ラクアは部屋の中で立ち、壁の絵画を眺めている。
「僕の絵はいまいちだと思うんだが」
「そりゃもう本人の方が何百倍も素敵ですよ」
ゆりは笑顔で言った。
「あの、私が出産後、来てくださりありがとうございました。皆さんのおかげですっかり元気になりました」
「元気になってよかったね」
「はい」
「……ガーベラとラーズに聞いたよ。君がガーベラになっていたことを」
「え」
ゆりはどきっとした。
「僕は何度、君と交わったんだろうか。それが気になる。ユリアナとイオナの時は、交わったわけじゃなかったよね」
「はい……海の夜だけです」
ゆりはおずおずと答えた。
「あの夜だけ？ 君は最初から僕と３人でしたの？」
「はい、すいません」
ゆりは真っ赤な顔で謝っている。
「君はガーベラにもっといろんなことを要求してもいいと思うよ」
「え？」
思ってもいない言葉だった。てっきり怒られると思っていた。
「君はガーベラが好きだから、ガーベラのためにいろいろしたいと思っているんだろう」
「そうですけど、それだけじゃないですよ。あの時海に行ったのは私の意思ですし。海で泳げて、むちゃくちゃ楽しかったです」
「君は男好きってようには見えないけどなあ」
「男、好きです」
ゆりは真面目な顔で宣言していたが、言ってから（それはないだろう）と自分でも思っていた。
「いえ、ガーベラ様の恋人はみんな好きって意味です」
「君は本当におかしな人間だ。ガーベラが言う通り、ガーベラになれるのは君だけなんだろうな。まあ、そのことについては僕ももういいや」
「怒ってないですか？」
「だが、だまして僕と交わったことについては、僕は怒ってもいいと思うよ。君だって、もし昨晩夫に抱かれて、中身が全然違っていたら、怒るだろう？」
「は、はい……」
「君のことは感心するが、それとこれとは別だからね。でも子供達に免じて罰を選ばせてあげよう」
（子供達に免じてなしにはしてくれないんだ……）
ゆりはちょっと思ったが、どうせなら自分も楽しめるような罰がいい。
（そんな罰あるかな？ うーん）
「では、これでお願いします」
ゆりは自分から言った。
ゆりの部屋の外では、シスにラギ、ナナミ、ロイがラクアが出てくるのを待っていた。するとラクアが出て来たので、子供達はそろって「おはようございます」と挨拶した。
「おはよう」
ラクアは子供達を見回した。
「一番上は、君かな」
ラクアがシスに聞いた。
「はい。この中では僕が一番上です」
「他にも上がいるの？」
「姉様は、今離れた所にいて、しばらく帰ってこられません」
「そう。じゃあ君にするか」
ラクアはシスの右腕に触れた。
「これは、ガーベラと我々を助けてくれているお礼だよ」
「ラクア様も気づかれたんですね。僕の母様はすごいでしょう？」
シスはうれしそうに母親自慢をしていた。
「ああ、すごいね」
ラクアはシスの腕から手を離した。
子供達はラクアを城の外にある井戸まで見送り、ラクアはそこで消えた。
「シスにーいいなあ。もしかして加護をもらったんじゃない？」
ナナミがうらやましげに言った。
「そうなのかな？」
「いいなあ」
とロイ。
「ロイはもう加護があるじゃない」
とナナミ。
「あ、そうか。ライオネル様の加護があった」
「違うでしょ。ハロルド様の加護よ。大人になったら封印をといてもらえるじゃない」
「そうだっけ」
「お母さんの部屋に行こうよ！」
「うん。行こう行こう」
子供達はゆりの部屋に移動した。そして、部屋の中にいる生き物を見て、大きな「？」を頭の中に浮かべていた。その生き物は、部屋の隅にいる鏡の前にいる。
「くーん、くーん」
その生き物の横では犬のジロウが座っていた。
「えーと」
「何？」
「これは何？」
「え？」
「？？？？」
子供達はジロウの横にいる生き物を見ていたが、それが何かはさっぱりわからなかった。それは座ったジロウよりも背が高く、お腹側は白く、背中側は黒い。頬と胸、くちばしの下辺りはうっすら黄色かった。部屋の中にゆりの姿はない。
「え？ もしかしてお母さん？」
ラギが恐る恐る聞くと、その生き物はコクコクうなずいていた。
「え？」
「えええええー！？」
「なんで？ ラクア様怒ってなかったのに！」
子供達は驚きながらも不思議がっている。
「ところで、何の生き物？」
ナナミはゆりらしき生き物に触ってみていた。
「すごく硬いよ」
「なんだろう？」
「何？」
「わからない」
ラギでさえ、この生き物が何かはわからなかった。それも仕方がない。この生き物はここらにも、この大陸にもおそらくはいない生き物だった。
（ペンギンよ。ペンギン。かわいいでしょ？）
ペンギン姿のゆりは手をばたばたさせていた。
（しかも皇帝ペンギンじゃない。ああ、海を泳いでみたい。きっとすごいスピードで泳げるんだろうなあ）
ペンギンになったのはゆりの希望だった。海系の生き物でかわいいのを選んだらペンギンになったのだ。
「しかし、でかい生き物だね。こういうのどこかにいるのかな？」
ペンギンの身長はナナミとそう変わらない。
「確かに威厳すら感じる生き物だね」
とシス。
「あまり強そうには見えないけどね」
とラギ。
「僕父様に言っちゃったよ。母様がクロシロになったって」
「お母さん、どのくらい変わってるの？」
ゆりは手を一度あげて下げた。
「一日かな？ ミシェイラとレーヌに見せようか」
「クロスは？」
ナナミが聞いた。
「クロスには刺激が強いかもしれないからやめとこうか」
「それもそうかもね」
ラクシュミが部屋にやってきた。そしてペンギンゆりを見て、目を点にしていた。
「ラクア様に罰を受けたのだろうか？」
ラクシュミもラクアが来たことは知っていたのでそう思った。
「ラクア様、怒ってなかったですよ。そうだ、僕に何かしてくれたんです」
シスはそれを思い出した。
「そうそう、それを確かめなきゃ」
とラギ。
「ラクア様だから水関係じゃない？」
とナナミ。
「そうかな？」
シスは部屋の中の棚にある花瓶を見て、それに近づいて片手をあげた。
「水よ、出て来い」
シスは古代語で言ってみた。
すると、水がちょろちょろと花瓶から出てきて空中で止まっていた。
「おっおー！！！」
ラギが興奮している。その水はシスの所まで来てシスの手の間で丸くなっていた。
「すごい。水魔法が使えるようになったんだ！」
今まで、シスに水を動かす力はなかったのだ。
「すごい！ すごいーーーー！」
ミシェイラとレーヌがやってきた。二人はゆりらしき生き物を見て目を見開いている。
「え？ これがマーなの？ かっこいい！」
「マーかっこいいね！」
二人は自分達よりも背が高いゆりペンギンに抱きついていた。
ゆりは口を開けて不思議な声で鳴いていた。
「なんだかうれしそうだな」
ラクシュミが呆れるように言った。ラギとシスは水魔法でいろいろ遊んでいたが、ラクシュミはゆりが動物に変わったショックで、水魔法に喜ぶどころではなかったのだった。
夕方にはゆりは元の姿に戻った。
「あー戻っちゃった」
ミシェイラが残念そうに言った。
「マーすごくかわいかったよ」
とレーヌ。
「あれはね、ペンギンっていうのよ。寒い所に住んでるの」
ゆりはようやく説明できるので喜んでいた。
「ペンギン？」
「どこにいるの？」
「さーラクア様が知ってたくらいだからどこかにいるんじゃない？ 王様に会わなきゃ」
ゆりは王の間に行った。
「王様、元に戻ったよ」
「よかったな。ところで、ゆり、魚くさすぎるんだが……」
「え？ そうなの？ じゃあ行くね」
ゆりはさっさと王の間を出て行った。ゆりの部屋にはシスとラギがやってきた。
「母様、ラクア様に加護をもらったんだよ！ 腕に水みたいな模様があるんだ」
シスがうれしそうに言った。
「よかったね」
「ラクア様、母様には怒ったの？」
ラギが聞いた。
「そんなには。ペンギンになったのはどっちかというとご褒美みたいなもんだし。ペンギン、かわいかったでしょ？」
「うん。ところでなんか魚くさいね。お風呂に入った方がいいんじゃない？」
ラギがずばり言った。
「うん。そうする」
ゆりは早々にお風呂に入ったが、魚臭さがなかなか取れなかった。しかも侍女に聞いたら、かなり臭かったらしい。
「もしかして、これが罰だったりして」
とゆりは思った。
ゆりの部屋ではゆりが元に戻ったと聞いて、ミカエルとヴィラにカールがやってきていた。男達は全員ペンギンゆりを見に来ている。そして目をシロクロさせたのだった。
「元に戻ってよかったですけど、あの不思議な生き物もかわいかったですねえ」
とカール。
「前回蛇になった時は大変だったなあ」
ミカエルはゆりが蛇になった時のことを懐かしく思いだした。
「そんなこともありましたね」
とヴィラ。ペンギンと蛇、どちらがいいかと聞かれたら、これも悩む所である。
「王妃様いろいろ変えられているんですね」
カールは微笑ましげに言った。
「笑い事じゃないがなあ。シス様が加護をもらったし、結果的には、まあよかったけどな」
「それで、どうしてラクア様に姿を変えられたんですか？」
カールは肝心な所を知らなかった。
「カールはまだ何も知らなかったっけ？ 話せば長い、ハインリヒ殿に聞いたらいいよ」
「そうします。王妃様といると、毎日ドキドキの日々ですね」
カールの言葉に、二人は「ははは」と乾いた笑みを浮かべていたのだった。
その夜、カールはハインリヒと酒を飲みながら、実はゆりがかなり前からガーベラになって神の国で神様の子供を産んでいる、という話を聞いて、びっくり仰天していた。
「王妃様の凄さは私の想像を遙かに超えますね」
もう感嘆するしかないといった感じである。
そしてゆりは、魚臭さが完全に取れなかったので、自分の部屋で寝ていた。
（まあ、結果的には、許してもらえたってことかな。もう来るなとも言われなかったし」
ペンギンに変えられる前、ゆりは、「もうガーベラ様の姿では私に会いたくないですよね？」とラクアに聞いてみた。
「ガーベラにもうならないとは思わないんだね。神々を愛してしょうがない、ってわけにも見えないけど、君にとってガーベラになる魅力って何かな？」
「子供が産まれて、それを喜ぶ神様を見るのが好きなんです。それって見る事ができるのは私だけなんですよ。神様ができる前って、何か兆しのようなものを感じる時があるんですよ。でもそれは、他の神様はまったく気に留めないことだったりするんです。私は、その兆しに気がついたら、躊躇なく、神様と仲良くなって子供をたくさん産みたいんです。いろんな子供ができて楽しいし、みんな喜ぶから」
ゆりは目を輝かせて言っていた。神様といちゃいちゃしまくりまーす、と宣言しているようなものだが、ゆりにとっては真面目なことだった。
「そうか。一つ約束してほしい。僕の前では、完全なガーベラでいておくれ」
「それって会いに行ってもいいってことですか？ でもだましてもいいんですか？」
「今後はいいよ」
「わかりました」
というようなやりとりがあった。
（完全なガーベラで、か。まあそうは言っても、怖いからしばらくラクアのところには行かなくてもいいかな）
などと思いつつ、ゆりは目を閉じた。
すると夢で神の国に行ってしまった。しかも目を開けると横にラクアが寝転んでいる。
（げえ！）
しかもガーベラは裸である。
「さ、もう一度しよう」
ラクアが女神の体を抱きしめてきた。
（あれがあってすぐにだなんて……）
「ラクアったら、私もう満足しちゃった♪」
ゆりはガーベラらしく言ってみた。
「君が一度で満足なんてするわけないだろう」
とラクア。
「あらー私だって一度で満足することあるわよ」
「ないよ。ほら、いつものように足を広げてがばっとおいで」
「いやだわ。そんな、がばっとなんて」
ラクアは迫ってきていたが、ゆりは逃げ腰である。
「あ、そうだ。たまには星空の下、二人で歩きましょうよ」
ゆりは体を起こして言った。
「今日は星ないよ」
「え？ ほんと？」
「曇り空で星も月もない」
「そーなんだ……」
「ガーベラ」
ラクアが体を起こした。
「ラクア」
ゆりはラクアの体を両腕ごと抱きしめた。
「しばらくこうしていたい」
（そしてラクアを寝かせよう）
ゆりは力を込めてそのまま押し倒そうとしたが、ラクアは倒されなかった。
「そんなに胸を押しつけて、手を離してくれないと触れないよ。ああ、君が上に乗りたいの？」
「違うの。このままラクアの胸に抱かれて眠りたいなって思って」
「その前にしようよ。あれ？ もしかして君は……」
ラクアがはっとした表情をした。
「今の私は本物よう」
「そうだよね。ああ、ひっついてると興奮してきたよ。ガーベラ、そのままおいで」
（ぐう、ええい。ままよ！）
ゆりは覚悟を決めてラクアに口づけた。そのままゆりが上に乗ったままラクアに抱かれてしまった。
「ガーベラ、気持ちいいかい？」
「気持ちいい。ラクア」
何度も突き上げられて、ゆりは昇天していた。
（よかったーばれてない。くそーこういう時に限って綺麗ならせんを描いているわ！）
ベッドの上の方に、二人の神の気がキレイにらせんを描いていた。何かが起きそうな感じである。
（くー。私的にはこれでどこかに行きたいけれど、あれが、あれが気になる！）
「ガーベラ、どうしたの？」
ラクアが聞いた。
（あれを見過ごすわけにはいかーん。もう行くしかない）
「ラクアーもう一度しましょう！」
ゆりはラクアに突進する勢いで迫ったのだった。
「今度は私は下がいいわ」
「ガーベラったら急に元気になって」
こうして二度ラクアと交わり合い、ゆりはらせん状の神の気が動いているのを見た。
（よし、なんか来い。来い。来い）
「来い！」
「え？ 何が？」
「なんでもないの。絶頂よ来いってこと」
「ああ」
やがて二人は絶頂をむかえた。
（こーい。こーい）
ゆりは正座をして上を眺めている。
「何を見てるの？」
「ぐるぐる」
「ぐるぐる？」
ラクアも同じように上を見た。すると、白い物体が下に落ちてきた。
「よし、きたー！」
ゆりは両手でそれをキャッチした。
「卵だわ。しかも大きい！ 鳥かしら？」
ゆりは目を輝かせてラクアに聞いた。卵は女神の両手をひっつけたくらいの大きさである。
「さあねえ、なんだろう。鳥だとしたらかなり大きいね」
卵の殻にヒビが入り、ゆりは卵をシーツの上に降ろした。
二人が見守っていると、殻が持ち上がり、中から何かのヒナが出て来た。全体的に黒いが、普通の鳥ではない。
「え……あれ？」
ヒナは翼っぽくない手をしている。
「ペンギンだ」
とラクア。
「ええ！」
「ガーベラ、ペンギンを見たことある？」
「え？ な、ないわよ。ペンギンって何？」
ゆりはドキドキしながら聞いた。
「ペンギンは海の神殿の遙か北の方にいるんだけど、僕と君の神獣でペンギンができるなんて」
「大きくなったらどうなるんだろう。楽しみね」
ゆりはヒナをなでなでした。
（ペンギン、神の国にもペンギンが！ どんなペンギンか楽しみー）
ゆりは結構うれしかった。
「ユリアナとイオナも喜ぶわよ。一緒に泳げるもの」
「ガーベラ、ペンギンが泳ぐって知ってるの？」
ゆりはぎくりとした。
「だって、この手、飛べなさそうじゃない？」
「そうだね」
「かわいい。海に行けば世話の方法もわかるわね」
「そうだね。小さいから魚はまだ食べないだろうし、明日の朝行くよ。ガーベラも行く？」
「私はいいわ。今回は子供達と行ってきて」
「わかったよ。子供達に早く見せたい。起こしてしまおうかな」
「きっと喜ぶわよ」
ラクアはヒナを連れて寝室を出て行った。ゆりはほっと胸をなでおろしている。
「しかし昼間あれがあってペンギンなんて……ピックリ過ぎるわ。次に来るのが楽しみだわ。どんなペンギンなんだろう？」
ゆりはわくわくしながらも人間界に戻ったのだった。
「ガーベラ、子供達喜んだよ」
ラクアがしばらくしてから戻ってきた。起きていたガーベラは、黒いヒナをのぞきこんでいる。
「鳥？」
「ペンギンだよ。彼女は帰ったんだね」
ラクアは最初から知っていてゆりにいたずらをしたのだった。
「ペンギンって？」
「海の生き物なんだけどね。彼女面白かったよ。必死に君になりきってた。ラーズの気持ちが分かってきた。もう一人の君でいいかあ。ガーベラも、以前のガーベラより楽しそうだし」
「楽しいわ。だっていろんなことが起きるんだもの。大人になったらこの子どうなるのかしら」
「まさか彼女をペンギンに変えた後にペンギンができるなんてなあ」
「ペンギンに変えたって？」
「彼女がペンギンになりたいって言ったから、半日変えたんだ。普通は二度としないので許してくださいって許しを請う所だけど、面白いね。彼女うれしそうにペンギンになってたよ」
ラクアが笑いながら言っていた。
「ラクアも彼女の面白さにはまっちゃうんじゃないの？」
「はは、僕はもう彼女については知らなかったことにするよ。その方がいいからね」
「そう」
「しかしまあ、予想外のことが起きたな」
ラクアはうれしげにペンギンになっていたゆりを思い出して、やがて腹をかかえて笑い出したのだった。
その数日後のこと、蛇の国の城に王妃様あての届け物があった。それは額に入った立派な絵画だった。
「ラクア様だ！」
「ほんとだ。ラクア様の絵画だ！」
湖のほとりで座っているラクアの絵画で、ゆりの部屋にあるのよりも良いできだった。
「お母さん、取り替えなきゃ」
「え？ でも……他の絵とバランスが取れないし……」
その絵画は、出来はいいが、部屋にある絵画よりも一回り大きかった。
「でも、ちゃんと飾ってあるか見にくるかもよ？」
「来ないでしょう」
「来るよ」
「えー来るかなあ」
「だから飾らないと……」
「食堂じゃだめかな」
「だめでしょ」
「ラクア様、母様のことが気に入ったんだよ。きっと」
シスがうれしそうに言った。
「これを飾ると他の神様からもでかいのが来る可能性が……」
「それはそれでいいじゃん」
「うーむ……せっかくだからなあ。飾るかあ」
ゆりはでかいラクアの絵を一番右にして飾ることにした。
「じゃあこの絵は僕がもらうね。ラクア様に加護もいただいたから」
元の絵はシスの部屋に飾られることになった。
「これを見たらハロルド様はさらにでかいのを絶対送ってくる気がするけど」
とラギ。
「来たら、塔に飾ればいいんじゃない？ 全部でかいと壁に並べられないし」
とゆり。
「ところで、ジンラ様にはばらさないの？」
ラギが聞いた。
「ジンラ様はねえ、あの事件があったから、知ったらきっとジンラ様が落ち込むと思うんだよね」
「そうかもしれないね。もっと早く知っていたら、あのことは起きなかったもんね」
「今度アマンザに会ったら相談しようかな」
こうしてゆりの部屋のラクアの絵は取り替えられたのだった。
つづく
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