第４話
7の月最終日、夜中にハロルドがゆりの寝室にやってきた。ジロウは尻尾を振って大喜びである。
「ラーズに聞いたぞ。ラクアにばらしたって。大丈夫か？」
ハロルドはどうやらゆりを心配して来てくれたようだ。
「大丈夫ですよ」
「ラクア、怒ってなかったか？」
「怒ってなかったですよ。私もびびりましたけど、怒るどころか子供に加護までくれて」
「ラクアなら絶対怒ると思ったがなあ。本当に何もなかったのか？」
「はい」
「ウウーウワン、ワン」
ジロウが何かを訴えるように吠えている。ゆりはどきっとした。
「ん？」
ハロルドがジロウを見た。
「ハロルド様に会えてうれしいって言ってますね。うふ」
「本当か？ 何か訴えてないか？」
「まさかあ」
ゆりは笑ってごまかしていた。
「ウワン、ワン」
ジロウはハロルドに片手をあげて何か言おうとしていた。
「もう一人のお前に代われ」
ゆりの左目が蛇の目になった。
「ラクアに何かされただろ」
「だました罰で軽いのをもらいましたよ。半日ペンギンとかいう動物になってました」
「ペンギン？ ……なんかラクアのところでそんな生き物が産まれてたぞ」
「すごい偶然ですよね。ははは」
「笑い事じゃないだろう。蛇の国の王妃なんだから変えるなら蛇だろ。他の動物なんてあんまりだと思うが、半日だけでよかったな」
ペンギンになったのは黒目ゆりの望みである。こちらのゆりは説明するのが面倒だったのか、笑ってごまかしていた。
「他には何かなかったか？ 二度と来るなとか言われなかったか？」
「ラクア様に会う時は、完全なガーベラでいるように言われましたよ」
「完全なガーベラ」
「ラクア様は、もう私達のことを考える気はないんじゃないでしょうか。ハロルド様やラーズ様とは、そういう所が違いますね。二人のように私達とどうこうなろうなんて、全く考えない方なんでしょうね。はっきりしてるというか、他の神様の方が優しすぎるのかもしれないですけど」
「……それがショックなのか？」
「いえ、別に、でも神様全員がそういう反応だったら、ショックだったかもしれないですね。他の神様達は、私達にも興味を示して優しくしてくれるから、彼女ももっと子供を産みたいって思ってるのかもしれないですね。そうそう。サラディン様が火の神殿のお風呂に招待してくださったんですよ。彼女むっちゃ喜んでましたよ」
「人間のままで神の国に来たのか。私は全然知らんぞ。全く」
「サラディン様もみかけによらず、優しいですよね」
黒目のゆりが再び気がついた時には、ハロルドはまだ横にいた。
「ペンギンに変えられていたんだって？」
ゆりはぎくりとした。
「え？ ジロウ君ってば、言っちゃだめでしょ」
「クウン」
ジロウはハロルドの側に座っている。
「いや、犬が言ったんじゃないが。お前その後ラクアとひっつかなかったか？ ラクアのところに変わった動物がいたぞ」
「ペンギンができたんですよ。ハロルド様見に行きました？」
ゆりはうれしそうに聞いていた。
「まだ見てないが、キュリアが見に行ってた。あんなことがあって、よくラクアとする気になれたな」
「神の国に移動したらラクア様が横にいたもんで。次ペンギンに会うのが楽しみなんですよ」
「行かんでいい。ラクアはお前達のことはもうどうでもいいって言ったんだろ？ むしろもう会いに行くな」
「だってあの子が成長したらどうなるのか、気になりすぎるんですもの」
「お前の神経は本当に図太すぎるな」
「おかげさまで」
ゆりは微笑んで言っている。
「全然ほめてないぞ」
ハロルドは呆れて言っていた。
「王も心の中では絶対呆れてると思うぞ。ペンギンに変えられて喜ぶ女なんてお前だけだ。普通そこはショックを受ける所だぞ。お前に普通を期待するのも無理かもしれんが。とにかく、ラクアには会いに行くんじゃない。これ以上刺激すると何をされるかわからんぞ。わかったな」
ハロルドは念を押して去って行った。
ハロルドはまさかペンギンになったのがゆりの願望だとは思わなかったようだ。
「気にするなって言われても、あのペンギン、気になっちゃうよ。どういう種類のペンギンになるのかまださっぱりわからないんだもの。でもまあハロルド様の言う通り、しばらくは我慢しようかな」
自分だとばれたらラクアの神経を逆なでさせるかもしれない。あの時ラクアにはすっかりばれていた、とはゆりは思っていなかった。
「はあ……あの時はついペンギンって言っちゃったけど、蛇の国の王妃としては、蛇を選ぶべきだったよねえ。でも二度も同じ生き物じゃ面白くないからさー」
恋人達はそうでもないが、ラクシュミはあれ以来、ゆりを見るとペンギン姿が浮かぶようである。ゆりに近づこうともしないので、どうにも困ったことになってしまった。カーライルからも散々、「選べたのなら、蛇を選ぶべきだったぞ」と言われてしまった。
「王妃なんだから面白さを追求しなくていい」とも言われたが、
「私から面白さを取ると、一体何が残るんだろう……孕み腹の王妃とか、そんなのいやだし」
妊娠はゆりががんばらなくてもラクシュミががんばっていればできることなので、ゆりとしては、妊娠や出産を前面に出されても、大喜びはできない。もっと中身を褒めてほしい、と思ってしまうのだった。
「お母さんは面白いとか、楽しい人だねってそう思われていたいんです」
ゆりは翌日ハザークの部屋でハザークに言っていた。
「だからってこんな姿にならなくても……」
ハザークは子供達が描いたペンギンの絵を眺めて言っていた。ハザークはペンギンゆりを見ていなかった。子供達が説明するために描いたのだ。レーヌとミシェイラの絵は適当だが、ナナミの絵はあの時のペンギンに近い。
「王が王妃に近寄らないのも無理ないぞ」
「うう」
「お前は見なくてよかったなって王に言われた」
「ううう」
「カーライルに頼んで、記憶を消してもらえ」
「そこまでしなきゃだめでしょうかね」
「王妃は蛇の一族の王妃なんだぞ。他の動物に変えられるなんて、普通はショックを受けるところだ。王も結構ショックだったと思うぞ」
「わかりました」
とういうわけで、ゆりはカーライルに頼むことにしたのだった。
「やれやれ」
カーライルはラクシュミに暗示をかけて、ゆりがペンギンだったときの記憶を消したのだった。
「だが、その話題を出すと思い出すかもしれないからな。子供達にも言わないように言っておくように」
「わかりました。ところでカーライル様は、今私にその気になったりします？」
ゆりはカーライルに聞いてみた。
「ならないな」
カーライルはあっさり言った。
「私もカールにいる時にあの姿を見てしまったからなあ」
「そんなに簡単に愛がなくなるなんて」
ゆりは口を尖らせている。
「愛なんてものは、結構簡単になくなるぞ」
カーライルはまたもやあっさり言っていた。
「え？ じゃあカーライル様は私の恋人はもう降りると、そうおっしゃるんですか？」
ゆりはショックを受けたように聞いた。
「いや、そこまでは言ってない。しばらくその気にならないだけだ。いずれまたみんな盛り上がる時も来るだろう」
カーライルは意味深に言って去って行った。
「え、他の恋人達の気持ちも冷めちゃった？ ガーン」
ゆりはショックを受けたものの、（ま、みんなの記憶までは消さなくていいか。だって、ペンギンはもう二度と見ることができないんだもの。せっかくだから覚えておいてほしい）とも思っていたのだった。
さて、神の国で産まれたペンギンだが、ラクアと子供達がペンギンを海の神殿へと連れて行き、食べ物を食べさせようとしたのだが、ペンギンはがんとして口を開けなかった。
「おなかすいてないの？」
「食べようよ」
マリナールは生の魚をすりつぶしたものを用意してみたが、ペンギンは食べようとしない。
「うーむ……ところでどうして海の生き物がラクアの神気で産まれたのだろうのう？」
マリナールは不思議そうだった。
「さあ、どうしてでしょうね」
とラクア。
「不思議なことだ。食べないのう。ペンギンはここらにもいない生き物だからのう。我々も育てたこともないし」
子ペンギンは手をばたばたさせて不思議な声で鳴いている。
「ペンちゃん、お魚嫌いなの？」
「じゃあお肉は食べるかな？」
ユリアナとイオナはペンギンの顔の横にスプーンで魚のすり身を近づけたが、ペンギンは横を向いた。
「まずいんじゃない？」
「そんなわけないけどねえ」
とレヴァーン。
「まあ、神獣ならば、食べ物を食べなくても飢えて死ぬ事はないと思うがのう」
マリナールは顎ひげをなでながら言った。
「アシュラン様なら、この子の言ってることがわかったりしないんですか？」
レヴァーンが聞いた。
「あ、そうだ。ジュリアンに聞いてみよう」
ラクアはジュリアンの顔を思い浮かべた。
「そうよ。ジュリならわかるかも」
「ジュリなら絶対わかるよ！」
ラクアは自分の神殿に戻ることにしたが、レヴァーンまで一緒についてきた。
「なんで君まで来るの」
ラクアは嫌そうである。
「だって、僕も気になりますよ。ところでこの子の名前はペンなの？」
「ペンちゃんよ」
「ギンちゃんだよ」
ユリアナとイオナは、ペンか、ギンでもめていた。
「ジュリアンを呼んでくるから待ってて」
ラクアはジュリアンを呼びに行き、やがてジュリアンがペガサスに乗ってやってきた。
「こんにちは、あ、すごくかわいい神獣がいる！」
ジュリアンはペンギンを見て興奮気味だった。
「初めまして、僕はレヴァーン、将来二人のどちらかの夫になる予定の男です」
レヴァーンはそう言いながらジュリアンに手を出していた。
「そうなんですか？ 僕はジュリアンです」
ジュリアンはレヴァーンと握手をした。
「レヴァーンは妄想癖があるから無視して」
とラクア。
「この子食べ物を食べなくて困ってるんだ。何が食べたいかジュリアンには分かるかな？」
「話してみますね」
ジュリアンはペンギンの前でしゃがんでいた。ペンギンは両手をばたばたさせて鳴いている。
「不思議な声ですよね。ペンギンの鳴き声なんて聞いたことないけど、こんな声なのかな？」
レヴァーンは首をかしげている。
なんとも形容しがたいが、不快ではない。だが心地よいかと聞かれれば、そうでもない。
「ヒョロロ？」
「ヒョヒョヒョ？」
ユリアナとイオナはペンギンの鳴き声をまねてみたが、ちょっと違うようだ。
「ラクア様、この子、お花が食べたいって言ってますよ」
ジュリアンが言った。
「花？」
「お母さんの神気が関係してるんじゃないでしょうか？」
「どんなお花でもいいのかな？」
「一番いいのはお母さんのお花かな。お母さんを連れてきましょう」
「ねえ、ジュリ、ペンとギン、どっちの名前がいいか聞いて」
ジュリアンがペンギンに聞いてみた所、ペンギンは「どっちでもいいけど喧嘩しないでって言ってるよ」と言ってるらしい。
「そうなんだ。じゃあ二人で相談して決めようね」
「うん」
「クジで決めたら？ 僕が作ってあげるよ」
レヴァーンが葉っぱを二枚持って来て、欠けている葉っぱを選んだ方の名前にするとルールを決めた。二人は葉っぱを選び、ユリアナの方が勝った。
「じゃあペンちゃんね」
「ペンちゃん！」
ペンギンはくちばしを開いてうれしそうに鳴いていた。
やがてザルにお花を一杯入れたガーベラがやってきた。
「お花を持って来たわよ」
ペンギンはなんだかうれしそうで、子供達がお花をあげると、くちばしを開けて食べていた。
「本当に食べてる。すごい」
ラクアは驚いている。
「すごいな。やっぱり神獣だからかな」
ペンギンはガーベラのお花を１０個ほど食べると満足した様子だった。
「面白いわね。お花を食べるなんて」
「カカ様、毎日お花を持って来てね」
「もちろんよ」
「もう少し大きくなったら一緒に泳げるね」
「楽しみだね」
「今度、海で一緒に泳ごう」
とレヴァーン。
「海で泳いだらいなくなりそうな気がするけど」
ラクアがぼそっと言うと、「海にはつれてかない」と子供達はつれなく言っていた。
ペンギンは次の日も、ガーベラのお花だけを食べていた。他に食べたい物はないようで、魚にも興味を示さない。ラクアはむしろほっとしていた。この湖には、ラクアの神気から産まれた魚たちがいるからである。このペンギンの主食が魚だとちょっと困るな、と思っていた。
子供達は神殿の中にペンギンの寝床を作り、ペンギンはその上で暮らした。珍しい生き物なのでいろいろな神がペンギンを見に来た。
「かわいい！」
と女の子達は興味津々である。
「私のお花も食べて」
花の妖精の女の子、フルールは自分の花を持ってきてペンギンにあげてみた。ペンギンはその花も食べてくれたのでフルールは喜んでいる。
「ペンちゃんは女の子？」
水の妖精シレーヌが母親達に聞いた。
「どっちかしらねえ。お花が好きだから女の子かも？」
「お兄様、この子が魚を食べなくてよかったわねえ」
「大人になってもお花しか食べないのかしら？」
しばらく皆の話題はペンギンのことばかりだった。女の子達はペンギンが大きくなって一緒に泳ぐことを期待している。
それから５日ほどして、朝、子供達がラクアを起こしに来た。
「トト様、起きて、すごいよ！」
「ペンちゃんがすごいんだよ！」
神殿の裏側の湖の一角に氷の塊ができて、ペンギンはその上に腹ばいになっていた。
「えー！ これペンギンがしたの？」
「そうだよ。すごいよ！」
「すごい力よ！」
子供達は興奮している。
「さすが神獣」
とラクアが感心していると、「氷にお花があるよ」とイオナが言った。
「あ！」
ペンギンは水を氷に変えただけではなく、その氷の中に花をちりばめていた。
「うーむ……」
それに気がついたラクアはうなっていた。こんなに芸術的な神獣は他に見たことがない。
「すごいな。神獣にこんなに感動させられるとは」
話を聞いたガーベラは、クーリーフンに抱っこしてもらいやってきた。そして湖の上から氷と氷に閉じ込められた花を見て感動していた。
「すごいわ。さすが私の神獣だわ！」
「確かに、すごいセンスがあるよね」
とクーリーフン。花は１カ所に固まっているわけではなく、氷のあちこちにあった。適当に花を置いたというよりは、場所を考えて配置したとしか思えない。
「そうだわ。もっとお花を持って来てみましょう！」
ガーベラは大量のお花を持って来た。ペンギンはみんながいるところでは何もせず、翌朝になると、その花の一部は氷の中に入れられていた。
「すげえ！」
空を飛ぶパティウスやグレンは、それに気がつくと毎朝見に来るようになり、とうとうアシュランもやってきた。ペンギンは、産まれた時よりは大きくなっていたが、まだ黒い産毛がはえている。
「確かにすごいな。芸術的だ」
空から眺めたアシュランは、地上に降りてきて言った。
「さすが僕とガーベラの神獣だよ」
ラクアも鼻が高そうだ。
アシュランは氷の上にいるペンギンを眺めて、「あれはペンギンじゃないな」と言った。
「じゃあ何？」
「ペンギンの姿を借りた何か。ラクア、あれが産まれる前、ペンギンのことでも考えてなかったか？」
「え……いや、別に……何かってなんだい？」
ラクアはちょっとどきっとしながら聞いていた。
「それは私にもまだわからん。だが、結構すごい神獣だと思う」
「へー」
アシュランは氷の上を歩き、ペンギンの頭をなでていた。ペンギンはうれしそうに鳴いていた。
「神獣の箱も作ったらよかったかな。今更か」
アシュランはペンギンを見ながらそんなことをつぶやいていた。
人間界は８の月に入った。気温が上がり、暑苦しい日も多くなってきた。
「母様〜みてみてー！」
ラクアに加護をもらったシスは、なんと水を氷にすることもできるようになっていた。
「シスすごーい！ これでもう誰かに頼まなくても氷が食べられるわね」
ゆりは大喜びである。
「マーアイス！」
とミシェイラがせがんだ。
「アイスを作ろうね」
ゆりはアイスクリームを作ってハザークや子供達と一緒に食べた。
イシュタールはまだ神の国から戻らず、ロイはバートランドに日々特訓されている。ロイは毎日ヘトヘトになっているが、嫌だとは言わないので、「ロイはすごいね」とゆりはロイのことを感心していた。
「うん。ロイはすごいよ。僕もロイに負けてられないなって思うよ」
シスもロイのことを誇らしく思っている。
そのバートランドだが、師匠であるスペードに手紙を出している。その内容は、「近い内に魔物と戦う予定の者がいるとしたら、どういう修行をしたらいいでしょうか？」というものだった。
「魔物？」
魔物と一口にいっても、いろいろいる。空を飛ぶのもいるし、四つ足のものも、二足歩行のものもいる。強さも様々である。
「魔物と戦う予定の者ってどういうことだろう？」
そこがまずスペードにはわからなかったが、とりあえず、「魔物はそこらにいないだろうから、動物を想定して戦う修行をするしかないだろう」と返した。
「もし龍や、豹、虎などが襲いかかってきた時どう反応すればよいか。それらは蛇の国にはいないだろうが、森の奥に入れば熊くらいはいるだろう。日々の修行は人を相手にするしかないだろうが、戦いの勘は戦いの中で磨くしかない。その国は虎の国と仲が良い。虎を相手にするのもいいかもな」
スペードはバートランドにそのようなことを書いた。
バートランドはスペードからの返信を読んで、
「虎、いいかもな。虎の素早さに対応できれば、魔物に襲われても対応ができるかもしれない」
とそう思った。虎は大きいし素早い動物である。しかも怖い。虎をあしらうことができれば、魔物とも戦えそうだ。
いい案だと思ったバートランドは、ロイに、「ロイ君、この国って虎の国と仲が良いよね。ちょっと虎の国に行かない？」と言ってみた。
「虎の国なら城にある魔法陣で行けるよ」
「え？ そうなんだ？ 王様に相談してくれる？」
「うん。わかった」
こうして、バートランドはロイと一緒に、虎の国に行くことにした。
スペードはバートランドへの返信と一緒に、ゆりに手紙を出していた。その手紙を城で読んだゆりは青くなっている。
「ぷ……ぷぷ……」
ゆりの次にその手紙を読んだヴィラは笑っていた。
その手紙には、「バートランドに聞いたんですが、ゆり様の歌声は素晴らしいようですね。私も今度ゆり様の歌を聴いてみたいです」と書かれていた。
「しまったーバートランド君に口止めしとくんだったー！」
ゆりは頭を押さえている。
「ははは、どう言い訳するんですか？ ガーベラ様のこと言っちゃうんですか？」
ヴィラはにやにやしながら聞いている。
「うるさいわね。どうしよう……」
「ちなみにうちの息子も王妃の歌声を絶賛してましたよ。将軍達も知らないみたいですし」
「あれは、ラメーン様の御力なの。そう言ってたでしょ？ そうみんなにごまかしておいて」
「いやいや無理ですって」
「スペード様にはなんて言おう。ところで、この前スペード様に会った時あっちの私もいたの。ヴィラの差し金でしょ」
「夢ならなんでも可能かと思って。二人の王妃に同時に会えるなんて、スペードさんがうらやましいなあ」
「よく言うよ」
「シャナーンなら泣いて喜びますよ」
「ヴィラは泣いて喜ばないの？」
「私は、一人ずつで精一杯ですよ。スペードさんにはなんて返信するんですか？ 今度是非って書くんですか？」
ヴィラは楽しそうである。
「書かないよーだ。ところで、最近みんなから手も握られないんだけど、やっぱりペンギンになったのが原因？」
ゆりは不意に聞いた。
「え？ さあ」
ヴィラは目をさまよわせている。
「じゃあ側に来てちゅーとかしてくれる？」
ゆりは目をキラキラさせて聞いてみたが、「あの姿がまだ目に焼き付いているので、ちょっとその気には……」
と言われてしまった。
「シャナーンやカール君なら大丈夫だと思いますよ」
「カーライル様に王様のあの記憶は消してもらったんだけど、ヴィラも消したい？」
「え、いや、そこまでは。だって王妃が体を張って我々を楽しませてくれたんですから、覚えていたいです」
「そう」
「その気になったら神の国で一杯遊んできてください」
「はあ」
ゆりの部屋にロイが突然入って来た。
「母様、僕ね、明日からしばらく虎の国に行くよ。先生も一緒に」
「しばらくってどのくらい？」
「二ヶ月か三ヶ月だよ」
「そんなに？」
「虎の国で修行しようって先生が言うから」
「そうなの。急いで準備をしなきゃ。侍女はだれが行くのがいいかしらね」
「さっき父様が虎の王様とお話したんだよ。あっちで世話するからいいってさ」
「そうなの？ 急いで国王様や王妃様にお手紙を書かないと」
「ロイ様、先生の言うことをよく聞くんですよ」
ヴィラがロイに近づいて言った。
「僕はあの時とは違うよ」
ヴィラはロイを軽く抱きしめた。
「ロイ、ちゃんとみんなにお別れを言いに行くのよ」
「うん」
ロイは瞬間移動で消えた。
「ロイまでしばらくいなくなるのかあ。寂しくなるわね。アナスターシャは元気でいるかなあ」
ゆりはアナスターシャの顔を思い浮かべている。
「ディラン殿になかなか会えないですね。近いうちに会いたいですが」
その夜はロイのパーティーが開かれて、男達はロイに会いにやってきた。
「フリット、僕あの時とは違うからね。心配しないでね。でも寂しくなったら会いに来ていいよ」
ロイはフリットにこんなことを言っていた。
「そうですね。ロイ様に会いたくなったら行きますよ」
「あの、わしも一緒に行ってもいいですか？ あの魔法陣を抜けてみたいんですよ」
ムサカが言い出した。
「うん。ムサカ様も一緒に行こう行こう！」
ロイは喜んでいる。
「あ、私も行ってみたいです」
カールが手を挙げていた。
「せっかくだから泊まってきたら？」
とゆり。
「いえ、私達はすぐ帰ってきますよ。魔法陣の研究のために行きたいだけですから」
「そうですか？ せっかくだから観光してきたらいいのに」
翌日、バートランドが城にやってきた。ハロルドに「城に行くな」と言われたが、この際守っていられない。ゆりはバートランドに「ロイをよろしくお願いします」と頭を下げていた。
「はい」
「じゃあ行ってくるね。みんな泣かないでね」
バートランド、ロイ、ムサカ、カールは魔法陣に乗り、ムサカは教えてもらった呪文を唱えて魔法陣が光り輝き、４人は消えた。
「ねえ、この魔法陣って、魔力がなくても使えるの？ 前にタロウ君が一人で来てなかった？」
ゆりは横にいたラクシュミに聞いた。
「一人くらいなら魔力がなくとも移動できるんだ。だが二人以上となると魔力が必要だ。自分達の魔力か、向こう側の者の魔力か、どちらかの魔力がな。前に戦の時に、大勢こっちに来て私がぐったりした時があったろ？」
「ああ、そういえばそういうことがあったわね。魔法陣ってすごいね。こんなにすごい距離を移動できるんだから」
「本当に考えるとすごいですよね」
フリットが言った。
「この魔法陣は星の石で刻まれたんだよな。何千年も有効なんだからすごいよな」
とミカエル。
「聖地や羊の国以外にもこういう魔法陣があるんですかね」
シャナーンが聞いた。
「ここにあるくらいだからあるかもなあ。龍の国とかにありそうだな」
ハインリヒが言った。
虎の国に飛んだ４人は、とりあえず国王に挨拶に行った。
「ロイくーん！」
アヤコとタロウがやってきたのだが、アヤコはカールの顔の蛇を見て、「うおー！」と後ずさっていた。
「あ、アヤコさんは蛇が嫌いなんだ」
ロイがカールに言った。
「そ、そうなんですか？」
カールは顔の蛇を手で隠している。
「び、びっくりしたー。あれ？ 王族の人？ あの王様以外に大人の王族がいたの？」
アヤコはムサカの瞳を見て聞いていた。
「私は過去の時代の人間なんです。今未来に遊びに来ているんですよ」
ムサカは簡単に説明した。
「えーそんな魔法があるの？ すごいわね」
「魔法陣を使ってみたくてついてきたんです。私とこの者はすぐ帰りますので、ロイ様をよろしくお願いします」
「わかったわ。それでこちらは？」
「私は雷獣の一族の者でバートランドといいます。今ロイ君の先生をしているんですよ」
「え？ 雷獣？ えー？ どういう縁？」
「まあいろいろありまして」
「雷獣の国は最近祭りが続いているようだの」
国王が言った。
「はい、めでたい事が続いたので、国では浮かれてますよ。実はこちらに来たのは、このロイ君の修行のために、虎を貸していただきたいからなんです。お願いします」
「虎で修行？ ロイ君結構すごいことやるのね。大丈夫かしら」
アヤコは不安そうだ。
「まずは僕とやろうよ」
タロウが言った。
ロイのことはバートランドにまかせて、ムサカとカールは魔法陣の部屋に戻った。
「虎の国王陛下、強そうな方でしたね」
カールが言った。
「そうだな。魔力は低いが、腕力はものすごくありそうだ。多分、あの国王に魔法攻撃は効かないと思う」
「そうなんですか？ すごいですね」
「虎が今も攻撃的な一族だったならば、世界の有様も変わっていただろうな」
ムサカは長い紐を出して、魔法陣の大きさを計っていた。
「向こうの魔法陣と大きさはぴったり一緒だな。書いてある内容も、一部をのぞいて一緒だ」
その一部とは、宛先である。
「同じ魔法陣を刻んで宛先を変えたら、他の場所に移動することも可能ですか？」
カールがムサカに聞いた。
「可能かもしれんが、この大きさの魔法陣を二つ刻むのは、結構大変だろうな。簡単ならば、世界のあちこちにあってもおかしくないだろうし」
「そうですよね」
二人は魔法陣をメモったり測ったりして、２時間ほどで蛇の国に戻ってきたのだった。ゆりはムサカに会いに行ってみた。
ムサカの部屋にはカールもいた。
「アヤコさんという女性に驚かれました」
「あ、アヤコさん蛇が嫌いだから。言うの忘れてたわ」
「あんなに遠くまで飛んでしまうのですから、城の魔法陣はすごいですね」
「聖地にもあったんだけど、そっちの魔法陣はよくわからない文字が書いてあったわ。もしかしたら、あれは神様が作った物かもしれないけど」
「いろいろな魔法陣を研究したら楽しそうですね。目的は回復の魔法陣を作ることですが、魔法陣の図形はともかくとして、聖地の魔法陣も星の石で刻んだのかが気になりますな」
「よければ、私がいただいたバッジで聖地に行ってみます？ 休暇もかねて観光してきたらいいですよ」
ゆりは気楽に言っていた。
「え、いや、しかし……あれは王妃様がいただいたものですから、他の者が使うことはできないのではないですか？」
「そうですかね。私も一緒に行くわけにもいかないですしねえ」
さすがにもうしばらくは、聖地に行きたいと言えそうにない。
「聖地はだれもが一度は憧れる場所ですから、魔法陣は抜きにしても行ってみたい場所ではありますがね」
ムサカは微笑んでいた。
１０日、ゆりはクーガの寝室に飛んで仲良くなってから、「私がアシュラン様にもらった聖地に飛ぶバッジなんですが、他人に貸してもいいと思います？」とクーガに聞いてみた。
「あれですか？ さあ。あなたにしか使えない可能性もありますが、本人に聞かないとわからないですね」
「そうですよね」
「最近何か楽しいことはありました？」
「ラクア様のところにかわいい神獣が産まれましたよ。クーガ様はペンギンは見たことあります？」
「ペンギン？ ないです。どんな生き物なんですか？」
「二足歩行で、お腹が真っ白で背中側が黒くて、体はずんぐりしていて、くちばしがあるかわいい生き物なんです」
「はあ」
「寒い所にいる生き物なんですけど、まだ赤ちゃんで、大人になったらどんなペンギンになるのかすごく楽しみなんです」
「そうなんですか」
「クーガ様〜」
ゆりはクーガに抱きついた。
「もう一回しましょう。私あっちではまだ産後扱いでだれも何もしてくれないので」
「そうですか」
クーガは笑ってガーベラ姿のゆりを抱きしめていた。
その夜ゆりは神の国に飛んでいた。目覚めると、少し離れた所に大きくなったライラとリーフがいて大木の近くで遊んでいる。ここはジンラの神殿の近くのようだ。
（ペンギンも気になるけど、アマンザにも会いたい。アマンザに会おう）
ゆりはジンラのことを相談したかったのでアマンザを捜すことにした。するとちょうどアマンザがこちらに歩いて来るのが見えたので、ゆりは近づいて行った。
「アマンザ、話があるの」
「あ、僕もちょうどお母さんに話があったんだよ」
二人は神殿から少し離れた所に移動した。
「実は私、ラクアにばれたの」
ゆりは小声で言った。
「ラーズ様に聞いたよ。それでさ、お父さんにも、言ってしまおうよ」
「えーと、今？」
「せっかくだから、今から言おうか」
「う……うん……」
ゆりは全く心の準備はできていなかったが、また今度となるといつになるかわからない。
「そうね。一緒にいてくれる？」
「もちろんだよ」
「心強いわ」
二人は手をつないで神殿に戻った。アマンザが酒蔵にいるジンラを呼びに行き、ゆりは神殿の中で座って待っていた。かなり緊張してきている。
ジンラがアマンザと一緒にやってきた。
「ガーベラ、改まって話ってなんだ？」
「えーと、ジンラ、座ってくれる？」
「ああ」
アマンザはゆりの横に座り、ジンラは向かい側に座った。
「何から言ったらいいかしら。あのー……私ね」
「うん？」
「そのー」
ゆりはどう切り出せば良いのか迷いに迷い、アマンザに、「ごめん、言ってくれる？」と頼んでいた。
「お父さんも言ってたでしょ。ガーベラ母さんに別人格があるって。その話なんだけど、その別人格って、人間の女性なんだ」
「……え？」
ジンラはきょとんとした顔をしている。
「お母さんに、人間の女性が時々入っていて、僕は、その人間の女性の時に産まれたんだよ」
「人間の女性？」
「僕は、あの事件の時には、まだそのことを知らなかったんだ。知っていたら、その時に言えたんだけど。お母さんには寿命があるから、お父さんにも知っていてほしかったんだよ」
「人間？ 寿命？ 突然何を言い出すんだ。今のガーベラはどちらのガーベラなんだ？」
「私は、実は人間だったの。ごめんなさい。だます気はなかったんだけど」
「あの事件ってまさか」
「お母さんはあの王妃様なんだよ」
「な……？」
ジンラは立ち上がっていた。
「ほ、本当なのか？ 君があの王妃だっていうのか？」
「そうなの」
「なんでそんなことに」
「最初は、ガーベラの声がでなくて、魂が似てる私と体を交換して、歌ったりしていたの。私はガーベラ様になって、ひょんなことからジンラとああなって、アマンザができたの。ショックすぎるわよね。ごめんね。最近いろいろな神様にばれちゃって、それでジンラにも言っておこうと思って」
「この前お母さんが死にかけた時、僕は言いたかったんだよ。知らないうちにいなくなっちゃうなんて悲しすぎるから」
「信じられない。私は、彼女に罰を与える所だったんだぞ。なんてことだ。私には神である資格なんてない」
ジンラは頭に手を当てて悲痛な声をあげていた。ジンラの体が薄くなっていくのに気がついたゆりは、あわててジンラに抱きついていた。
「ジンラは私を助けてくれたでしょ。それも忘れないで。アマンザが産まれてから、すべてが始まったのよ。ジンラのおかげで、ハロルドの子供だって一杯できたの。ジンラは何も悪くない」
「しかし……」
「ジンラは私の癒やしなの！ 見てるだけで幸せなの。だから消えないで！」
ゆりは心を込めて叫んでいた。
「ガーベラ……本当に君は人間なのか？」
「うん」
「あの時のこと、怒っていないのか？」
「全然怒ってないわよ。むしろ、ジンラには感謝してる。だから、あのことはもう忘れて」
「ガーベラ……って呼んでいいのか？」
「ええ。これからも、別人格のガーベラだって思ってくれるとうれしい」
ゆりは泣きそうな顔で言った。
「ガーベラ……」
ジンラはゆりの背中をなでた。
「実は僕、何度か人間界のお母さんに会いに行っていたんだ」
アマンザがそのことも告白した。
「そうなのか？ しかし、人間の女性が女神に入ることが可能なんて初めて聞いた。アシュランにばれても大丈夫かな」
「アシュラン様はもう知ってるわよ。だから大丈夫よ」
「他の恋人達も知ってるのか？ いつ知ったんだ？」
「ハロルドには結構前にばれて、次にラーズにばれて、グレンにばれて、オルガ、サラディン、ラクア、オルガからはつい最近のことなの。ラクアは数日前」
「そうなのか。みんなで私に黙っていたとは……」
「あの事件があったから、逆に言いにくくなっちゃったの。ジンラが気にしちゃうだろうって思って」
「君はアマンザとライラという贈り物をくれたのに私は……」
「ジンラは私の憧れの神様なの。ジンラの笑った顔が大好きなの。だから、微笑んでガーベラって呼んでほしい」
「ガーベラ……ガーベラ……」
ジンラは泣きそうな顔で女神の名前を呼んでいる。ゆりはぎゅっとジンラに抱きついていたのだった。
その後ゆりは人間界に戻った。目覚めたガーベラにアマンザが、「実はもう一人のお母さんのことを、さっき言った所なんだ」と知らせた。
「そうなの。ジンラ、ごめんなさいね」
ガーベラはジンラに謝った。
「いや、私は自分の神としての不甲斐なさにあきれているだけだ。彼女が生きていてくれて本当によかった」
ジンラはサラディンの神殿にゆりがいたことを思い出し、今になってようやくそういうことか、と納得していた。オルガがゆりの話をしていた時も、かなりゆりに対して好意的だったことも。
（みんなで私に秘密にしていたとは……）
ジンラは男達に腹が立ってきたので、しばらく男達の神殿に酒を運ばなかったのだった。
つづく
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