第５話
時折、無性に今の生活が嫌になることがあった。
日々、酒を造ったり運んだりの繰り返し。自分はそういう神でそれが仕事ではあったのでそれが嫌だと思ったわけではない。やめたいと思ったわけではない。ただ、永遠と続く生活に、時々嫌気がさした。
そういう時は気晴らしに人間界に降りたりしたのだが、完全には気は晴れなかった。
人間はいい。いずれ人生は終わる。その時まで、走り続ければいい。だが神は、その生に終わりはない。走り続けて、息切れして、休んで、また走らねばならないのだ。
友といえる神もいるし、自分を慕う妖精達もいる。愛しい恋人も。だが、一万年を超えた頃から、孤独を感じるようになった。
アリアスの神殿に酒を持っていった時などは、娘達に囲まれたアリアスをうらやましく思うこともあった。
もし子供がいたら、酒造りも楽しくなるのだろうか、と想像したりもした。子供の話題は他の神々にもしにくいものである。言った所でどうしようもない。ヒルデリアだって、実の息子のハロルドに、可能ならば子供を与えたいと思っているだろう。
酒の神は永遠に一人なのかもしれない。
あるとき、何もかも変えたいと思った。
思いもかけずアマンザが産まれた時、私の気持ちはキレイにリセットされた。あの鬱屈した感情も、今は感じない。アマンザは私にとっては救いだったのだ。
アマンザが産まれた時、ガーベラの中にゆりがいたと聞いて、ジンラは以前ゆりを責めたことを激しく後悔していた。ゆりと別れた後も、完全にその気持ちは消えない。
「お父さん、そんな気持ちでお母さんと接するのは、時間がもったいないですよ。これからは、お母さんと会う時は、楽しい時を過ごしましょうよ」
アマンザにはこう言われた。確かにそうだ。人間の生は神にとってはあっという間。後悔している時間がもったいない。
「といっても、彼女にそう簡単に会うことはできないし……ん？ そういえば、私は彼女の恋人だった。会いに行ってもおかしくないんじゃないか？」
ジンラはその設定を思い出していた。
人間界では蛇の国の王妃はジンラの恋人だということになっている。突然ジンラが行ったとしても、恋人が会いに来たのね、くらいに思われるだろう。
「おかしなことじゃない。うん。そうだ。行こう」
ジンラは酒蔵にいた妖精達に、「ちょっと人間界にでかける」と言った。
「本日のお酒の仕込みは？」
「アマンザに任せる」
「はあ」
アマンザはアマンザで、「え？ 今日僕冒険に行こうと思っていたんですが……」と言い出した。
「アマンザばかりずるいぞ。今日は私に譲れ」
「いいですけど、行くなら何か贈り物を持って行ったらどうですか？ そうだ。花束とか」
「花束？ 花か。わかった」
ジンラはでかけて行った。アマンザは「ふふっ行ってらっしゃい」とジンラを見送っていた。
こうして、夏のある日、ジンラが城にやってきた。突然だったので城の門番達もびっくり、ラクシュミやゆりも当然びっくりである。
ジンラは馬車で来ていて、門番達は馬車に積まれた荷物を降ろすのを手伝った。酒樽が一つと、大量の花である。
ミカエルに話を聞いたゆりは城の前に移動した。
「ジンラ様！」
「やあ、少し話がしたくて来てしまった。このお酒は君との時間を借りるお詫びに王に、この花は君への贈り物だ」
ジンラが笑顔で言った。
「まあ、うれしい！」
とゆりは喜んでみせたが、でかい木箱に入れられていた花は１００本以上もありそうなほどで、両手で持って喜ぶことなどできそうになかった。お花の良い匂いがする。花の種類も色も、様々だった。
「こんなに抜いて花の妖精さん、怒らなかったですか？」
ゆりはつい聞いてみたくなった。
「また植え直すって言ってた」
「そうですか」
後ろの方ではミカエルが笑いたそうな顔をしていた。
「とりあえず、一部だけもらってすぐ部屋に飾りますね。どうぞ中に入ってください」
「ああ」
ゆりは花を１０本ほどもってミカエルに「後はよろしく」と言ってからジンラと一緒に部屋に行った。自分の部屋の前まで来たゆりは、ラクアの絵画だけでかくなっているのを思い出したが、ここまで来て中に入らないのもおかしいので、ジンラを部屋に入れた。
「突然なのでびっくりしましたよ」
（聞いていたら絵を取り替えていたんだけどなあ）
ジンラはゆりの部屋に入るなり、当然、壁の絵画に視線を向けていた。
「あの、実はラクア様が、絵を贈ってくださって、前の絵はいまいちとかおっしゃって」
「そうか」
ゆりはジンラも絵を贈ってくるのではないかとドキドキしたが、そこまでは言わなかった。ゆりは花瓶に持っていたお花を差し入れた。
「綺麗な花ですね。良い匂いだし」
「女性はやはりお花が好きか？」
「はい、好きですよ」
今日のジンラは落ち込んでいる風ではなかったので、ゆりはほっとした。ゆりとしては、あの事件のことはもう気にしてほしくないと思っていた。
「実は、あなたの恋人だという話だったのを思い出して来てしまった。恋人なら、突然来ても変じゃないかなと」
「前もって知っていたら、キレイに化粧していたんですが」
「今のままで十分だ」
「ジンラ様ってば」
ゆりは恥ずかしげに笑っていた。
その頃王の間では、ラクシュミが「こんなにジンラ様のお酒が飲めていいのだろうか」と酒樽をもらって喜んでいた。
「そうですね。よかったですね、王、ジンラ様がでかい絵画を王妃に贈るかどうか賭けましょう」
ミカエルが笑いながら提案していた。
「絶対贈ってきそうだ。ラクア様のよりさらにでかいのが来るんじゃないか？」
「どんどんでかくなっていくんですか？ 最終的にはハロルド様からどでかいのが来たりして」
二人はそういう想像をしていた。今日は子供達は皆城の外に出ていたので、ジンラが来ても騒いでいたのは城にいた大人だけだった。
「神様にこんなに会えるなんて、俺達すごいよな」
と門番達も喜んでいる。
ゆりの部屋では、ジンラがゆりのために何かしたいと言い、ゆりが「十分いろいろしていただきましたよ」と遠慮していた。
「最近、ライラが私にパパと言うようになったんだ」
「パパ？ ライラちゃんが？」
「最初に呼ばれた時はびっくりした。じわじわとうれしくなって、ライラはアマンザとは違った喜びがある」
「そうですか。かわいいですもんねえ。ライラちゃん」
「君にはいくら感謝しても足りないくらいだ。遠慮なくなんでも言ってほしい」
「私は別に、好きでしただけですけど……あ、そうだ。実は、博物館の館長が、ジンラ様の服を飾りたいって言ってたんですが、服をいただくのは可能でしょうか」
ゆりはこの際だと思って頼んでみた。
「私の服？ これか？」
ジンラは紫系のローブ状の服を着ている。腰帯には金糸で葡萄の葉っぱの刺繍がしてあったりと豪華だ。
「はい！」
「いいとも」
「本当にいいんですか？ みんな喜びます。私ももちろんうれしいです」
「服なんぞたいしたことはない。もっと他にないか？ 君は私の心を劇的に変えてくれたんだ。遠慮しなくていい」
「えーとじゃあ、実は、前からジンラ様に是非ともお願いしたいことがあったんですが、今年の酒祭りの主役に来てください」
ゆりは真っ赤な顔で言った。
「酒祭り？ ああ、最近アマンザが毎年来ているが、わかった」
「本当ですか？ すごくうれしいです！！ 私は祭りに行けないかもしれないけど、でもうれしい。馬車でパレードとか可能ですか？」
「馬車でパレード？」
ゆりのお願いはエスカーレートしていた。
「えー祭りにジンラ様が来てくださるんですか！？」
王の間にて、ゆりに話を聞いたジェダンはびっくり仰天していた。
「うん。馬車にパレード、絶対見たい！ けど王様の中継で見るしかないのかなあ。そうだ。ムサカさんならもっとすごい映像で見せてくれるかも！」
ゆりは想像するだけで興奮している。
「そりゃすごいな。無理にお願いしたんじゃないのか？ 大丈夫か？」
ラクシュミはゆりを心配している。
「ううん。快く引き受けてくれたよ。目の前で神様を見ることができるなんて、みんな喜びまくるね。失神するおじいちゃんとかいるかもしれない」
「事前に言うと場所取りする連中がいて大変かもしれないですね」
とミカエル。
「じゃあ当日いきなり？ それもみんな混乱するんじゃない？ ますます失神しちゃうんじゃない？」
「そうですかね。どっちがいいかなあ」
ミカエルは首をかしげている。
「楽しくなってきましたな。今年の酒祭りはすごいことになりますな」
ジェダンも興奮に頬を紅潮させている。
「超楽しみー！！」
夕方城に帰ってきた子供達も、話を聞いて大興奮である。
「すごいや！ お母さんありがとう！」
食事中、ラギは興奮していた。
「酒祭りかあ。お母さんが誤解されて祭りで一年が経つんだね。ジンラ様が祭りに現われてくださったら、国外にもお母さんの無実をアピールできていいよね」
シスはそんなことまで考えていた。
「ジンラ様が母様の恋人になったことで無実をアピールできてるんじゃないの？」
ナナミが聞いた。
「国外ではデマじゃないかって思ってる人も大勢いるってジェダンが言ってたよ。祭りで来てくださる時は、お忍びじゃないでしょ？」
「聖地でも神様が降臨されたってわかるって言ってたもんね」
とゆり。
「母様、ジンラ様、ラクア様の絵画を見て何か言ってた？」
ナナミがにやにやしながら聞いた。
「いや別に」
「絶対でかいのが来ると思うよ」
「全部でかくなったら壁に入らなくなるんだけど……」
ゆりの侍女が食堂にやってきた。
「王妃様、多分妖精さんだと思うんですが、ジンラ様の衣装を持って来てくださったんですが」
「え？ もう！？」
「衣装！？」
ゆりは食器を横にどけて、食堂で衣装を広げてみた。
「わー！！」
「すごい！」
「きれい！」
「きれー！！！」
紫系のローブだが、布がふんだんに使われて、今日見たジンラの衣装よりも豪華に見える。
「すごい。こんなすごいの着てるジンラ様は見たことないけど」
「ジンラ様も人間にはすごい衣装を見せたいんじゃない？ やったね。博物館の目玉がまた増えたね」
ラギもシスも喜んでいる。
「明日にも持ってくの？」
ナナミが聞いた。
「とりあえず、王様に着てもらおう」
「えー？ 誰かが着たら価値が下がらない？」
とラギ。
「いや、これは私の中では絶対だから」
ゆりは嫌がるラクシュミに強引にジンラの衣装を着てもらった。結構似合っていたので、子供達は拍手している。
「我が生涯に悔いなし！」
ゆりは感動のあまり泣いていた。
「何言ってるんだ……脱ぐぞ」
ラクシュミはさっさと脱いでいた。翌朝博物館にジンラの衣装が届けられた。博物館の館長も、叫んで興奮している。
「すごい！ どこに飾ろう！ とりあえず、衣装を飾るトルソーを注文しなければ！ 王妃様によおくお礼を言っておいてください」
館長の反応をシスから聞いたゆりは、城でにやりとしていた。
「そうだ。ガーベラの衣装ももらってこよう。それで二つを横にならべてもらうの。二人がずっと恋人でいられるように私の願いを込めて。女性用の服を飾る台も作ってもらっといて、胸元は大きめで」
ゆりは先にトルソーの発注を頼んでいた。
翌日、新聞に博物館の記事が載った。『博物館にさらに目玉が！？』の見だして、館長がさらにすごい物を手にいれたらしい、と書いてあった。
それを読んだ街の人達は、「アシュラン様の足以上にすごい物はそうないだろう」「まさかアシュラン様の手が？」と想像していた。
ちなみにアシュランの足は未だに大人気である。何度見ても感動して泣けてくるらしい。他の街から泊まりで来る者もいて、宿屋も大盛況のようだ。
街の裏通りの診療所に、占い屋のミケがやってきた。ちょうど患者が途切れた所か、先生はお茶を飲んでいた。
「先生、今日の新聞読みました？ 博物館にさらに目玉が加わるんですって」
「読みましたよ。神様関係なんですかね？」
「ジンラ様関係ですよ」
ミケが小声で言い、先生は「うご！？」と変な声を出していた。
「ほ、本当ですか？」
「さっきミカエル様が来て教えてくれたんです。ミカエル様はもう見たって言ってましたよ。ジンラ様の何だと思います？」
「なんでしょう。あ、酒杯とか？」
先生の目はもう子供のように輝いている。この医者、ジンラを心から崇拝しているジンラの信者なのだ。
「衣装だそうですよ」
「衣装！？ いつから表に出すんだろう？ その日は休診にしなければ！」
先生はジンラの酒を飲んだ時くらいに興奮していた。
ミケが自分の店に戻ると、店の前に女性が立っていた。青系の短い髪の若い女性である。
「あ、よかった」
ミケをみるや、女性はほっとした表情だった。
「こんにちは、今日も王妃様のお使いですか？」
ミケが聞いた。この女性、王妃の侍女である。ゆりはミケが独身だと聞いて、時々食べ物などを侍女にもたせていた。
「そうなんです」
「いつもありがとうございます」
ミケは店を開けつつお礼を言い、王妃の侍女を店の中に入れた。
「今日はキッシュを持って来ました」
侍女はバスケットから食べ物が入ったガラスの容器とお酒を出してミケに渡した。
「ありがとうございます」
「あの、この前の占いのことなんですけど、私に好きな男性が近々できるだろうって言ってましたよね」
「ああ、そうでしたね」
前回、侍女の頼みで、ミケは占いをしてあげたのだった。
「近々っていつごろですかね？」
「さー」
「一年以内くらいでしょうかねえ」
「そこまで詳しくはわからないですねえ。ま、いずれあなたにとっていい男が現われるってことですよ」
「ラーズ様以上にいい男が果たしているんでしょうかねえ」
この侍女、ラーズ大好き侍女である。男の基本をラーズにおいている時点で、好きになる男のハードルは高すぎるだろう。
「ははは、俺が言うのもなんですが、男は顔じゃねえですし」
ミケは苦笑している。
「どんなすごい男が現われるのか楽しみなんです」
「あ、そうだ、さっきミカエル様が来てジンラ様の衣装のこと教えてくださったんですよ。あなたは見ました？」
「見ました。とっても素敵な衣装でしたよ」
「そうですか、ところで、あなたここに来るまでにどこかに寄りました？」
「え？ いえ、お城を出て、まっすぐここに来ましたけど」
「じゃあ、誰かに接触したりしなかったですかねえ」
「さっき、気分が悪そうな男の人がいて、その人を介抱しましたよ。結構すぐに元気になったんでよかったですが」
「そうですか。ちょっと失礼」
ミケは侍女の顔の前に手を当てた。侍女は目を閉じた。侍女の体がふらついて、ミケは侍女の体をそっと床に座らせた。ミケは侍女が持っていたバスケットの中を確認し、次に侍女のワンピースのポケットの中に手を入れた。
「あった！」
ポケットの中に何かが入っている。それは五センチほどの丸い玉で、ミケがそれをつまむやいなや真っ赤に輝いた。
「魔術返し」
ミケは自らの魔力でその玉が爆発しようとする力を押しとどめた。玉の輝きはふっと消えて、真っ白になった。
「ふうーよかった。相手は俺よりかなり下だ」
ミケは額ににじんだ汗をぬぐっていた。敵の魔力がミケより上だったならば、玉は爆発し、ミケは侍女もろとも死んでいただろう。
「この子が城に入ったところで爆発させる気だったのかな？ 王様の結界は越えられなかったと思うが……」
誰かがこの玉に気がついても爆発する仕掛けのようだった。王妃の暗殺は無理でも、爆発の巻き添えを誰かがくらう可能性もある。
「ふざけやがって。この子が俺の所に来てくれてよかったぜ」
「ではまた来ますね」
「王妃様に喜んでいたって伝えてください」
ミケがかけた催眠術のおかげで、侍女は何事もなかったかのように店を去って行った。
侍女が表通りにでると、なんだか通りが騒がしかった。
話を聞いてみると、男が一人突然苦しんで死んだようだ。
「まあ怖いわね。早く城に戻ろう」
侍女は街から馬車に乗り、城に戻ったのだった。
神の国である。
虹の神ラーズは、「ジンラがなかなか許してくれない」とオルガの神殿で愚痴っていた。
「そうか。まだ怒ってるか。怒るならハロルドに怒れば良いのに。一番ガーベラに子供を産んでもらってるし、一番彼女に接触してるし、ずるい」
とオルガは子供のように言っていた。
「そうだよな。悪いのはハロルドだよな」
とラーズも同意している。
「一番悪いのはお母さんのような気もするけど」
と言ったのはクーリーフンである。
「僕も同罪になっちゃうけどね」
「ジンラはもういいとして、ラクアがあっさりしてたのも意外だったな。もっと怒るかと思ってた」
オルガが言った。
「彼女はラクアのためにならないことは何もしていないからな。まあラクアは、彼女自身とどうこうなろうとは思っていないみたいだが」
「そうだ、ルチアが火の神殿で彼女に会ったみたいなんだ。それで、お母さんだってことに気がついたみたいなんだよ。あの子もサーラ並に鋭いね」
クーリーフンの言葉にラーズとオルガは驚いていた。
「そうなのか？ すごいな」
「神の国では彼女もなかなかルチアに会えないだろうに。まさか人間の姿で会うとはな。サラディンもちゃっかり彼女を神殿に招待するとは……ここまで来たら、サントスにも打ち明けるのか？」
オルガがクーリーフンに聞いた。
「そうなるだろうね。でもサントスは繊細そうだから、どう話を持って行くかお母さんも悩んでるみたい」
「そうか」
「ところで、ラクアの所のペンギンとかいう神獣、面白いよな。サーラが毎朝見に行ってるんだよ。氷がキレイだから。ほんと、彼女は面白い神獣を産んでくれるよなあ」
ラーズは感心しながら言っていた。
「夜もキレイだぞ。氷の周りがキラキラ輝いてみえるんだ。私もティラも毎晩見に行っている」
オルガもペンが作る芸術に惹かれた一人のようである。
そのペンギンだが、毎日花を食べていたので、こども達は「花柄になったりして」と期待していたが、花柄の毛にはならなかった。黒い毛は生え替わり、真っ青な毛に変わっていた。ペンギンの毛は黒ではなく、青だった。ゆりが変わったペンギンほどでかいペンギンではなく、身長は一メートルほどである。お腹は真っ白で手と背中、頭は青く、くちばしの下側だけが黄色かった。湖の中を泳ぐようになったので、子供達はさらに喜んでいる。そしてペンが作る氷も、さらにすごくなっていた。氷の表面に雪の結晶のような模様が刻まれているのである。それに気がついたラクアは、「うーん、すごい」とまたうなっている。この不思議な神獣のおかげで、水の神殿はいまや話題の的である。
ラーズがオルガに愚痴っている頃、ガーベラはカサンドラと一緒に丘の真ん中に座っていた。
「こんな所に呼び出して、一体何の話だ？」
ガーベラがカサンドラをここまで連れてきたのだった。
「神殿じゃだれが突然来るかわからないから。実は私の話を聞いて欲しいの」
「うん？」
ガーベラは、サントスに話すより前に、カサンドラにゆりのことを告白したのだった。カサンドラの目は途中からまん丸くなっている。
「まさか、神になって平然としていられる人間がいるとは……」
カサンドラはラクアと同じ視点で驚いていた。
「ガーベラも無茶なことをするな。実は、ガーベラの様子が時々変だな、とは思っていたが、まさかそんなことだったとは……」
「どうして彼女の時は、出産率が高いのかしら。カサンドラはそこはどう思う？」
「うーん……」
「私じゃだめだったのかしら」
「ガーベラが出産しやすい時期ではあったから、というのはあると思うが」
「彼女は、出産の前兆とか、そういうのを感じるのがすごくうまいのよね。虹の７人の妖精が助けを求めているのに気がついたのも彼女だけだし。私には気がつかないことに、彼女は気がつきまくって、今すればできるかもって時にして、子供ができてる。すごいでしょう？ さらに彼女はどの神と仲良くなっても、次の朝には、普通の王妃に戻ってるの」
「すごいな。普通の人間ならば、完全なガーベラになりたいと考えるかもしれない。確かに面白い人間だ。そういえば、前に私の元に来てハロルドを連れていく時、神気がどうの言っていたな。神気が気にならないか、と。彼女にとっては、子供が産まれそうな気配を感じる神気だったのかもなあ」
「まあそんなわけで、今はもう、そのことを知らないのはサントスだけなの。サントスならどういう反応をするかしらねえ」
「うーん、予想がつかないな。なにせ、サントスは最近ガーベラと仲良くなったばかりだからな」
「ネルもソルもアイナも、彼女の時にできたのよね」
「彼女はサントスの神の生にもがっつり関わっているな。言った方がいいだろうな。善は急げだ。サントスを連れてこよう」
「うん」
カサンドラは立ち上がり、去って行った。
やがて、サントスがうれしそうな顔でやってきた。
「ガーベラ、話って何ですか？」
「横に座って」
「はい」
サントスがガーベラの横に座った。
「ネルのことなんだけど、以前桃の妖精だったとき、私達はネルの名残を探していたわよね。神の国には見つからなくて、私は人間界でそれを発見した。あの時のことを覚えてる？」
「ええ、よく覚えていますよ。ガーベラはどこからそれを持って来たのか、あの時詳しく話してはくれなかったですよね」
「その時のことを今話したいの。実は、ネルの名残を、人間の女性が持っていたの。私は彼女からそれを受け取って、神の国に持って来たのよ」
「人間の女性？」
「実はね」
そこからガーベラの告白が始まった。
途中目を見開いて、信じられないという面持ちでガーベラの話を聞いていたサントスだったが、次第に暗い表情に変わっていた。
「私は、ガーベラとはなにもなかったということなんですか？」
「違うわ。私はしっかりとサントスと愛し合ったわよ。彼女がサントスと仲良くなったのは、多分アイナの時だけよ」
「そう……ですか。どういう反応をすればいいのか全く分からない」
「そうよね。彼女の存在を、サントスにも知ってほしかったの。サントスと仲良くなったのは、彼女がきっかけのようなものだから」
今ガーベラは、ゆりの存在をサントスに知ってもらいたいと思っていた。ゆりがしてきたことを、自分の手柄のようにしている気がしていたのである。
「他のみんなは怒らなかったですか？」
「うん」
「そうですか。私は、予想外のことすぎて頭が追いついていかないです。そんなことがあるなんて驚いたし、子供達が産まれた時の相手がガーベラじゃないってのも驚いたし」
「もう一人の私だから、ガーベラじゃないことはないの」
「でもあなたじゃない」
「でもサントスのことは愛してるわよ。最初に、サントスと抱き合ったのは私だからね。私の愛は疑わないで欲しいの。私の中にもう一人のガーベラがいて、もう一人のガーベラは人間の女性だった。どちらの私も、あなたのことは大好きだから」
「その女性ってだれなんですか？ まさか私はその人に会ったことはないですよね？」
「あるわよ。蛇の国の王妃様」
「ええ！」
サントスは驚きのあまり立ち上がっていた。
人間界、この夜はかなり暑い夜だったので、ゆりは布団を蹴飛ばして寝ていた。水魔法が使えるようになったシスは、子供達のベッドの横にたらいを置いて、氷の塊を作って回ってくれた。ゆりのベッドの下にもそのたらいがあったが、もう水になってしまっている。
ようやく寝かかったときに、「ワン」と吠えるジロウの声が聞こえてゆりは目を開けた。
「え？」
部屋の中がやけにまぶしい。これは神の輝きである。
「え？ ハロルド様？」
ゆりは目をこすって体を起こした。
「人間界は夜だったんですね。すいません。向こうはまだ夕方だったもので」
ハロルドの声ではない。かなり優しげな声である。
「え？ あれ？ え！？ サントス様？」
ようやく姿が見えた。しかも予想外の相手である。
「ニャーン」
サントスの手から、猫が降りて来た。
「ワンワン」
「ニャーン」
ジロウが尻尾をふって猫に近づいた。
「えーと、あの、こんばんは」
ゆりは正座をして頭を下げた。
「ガーベラから全部聞きました」
「……え！？」
「あなたとその話をしに来たんです」
眠気が吹っ飛ぶサントスの言葉に、ゆりは固まっていたのだった。
つづく
１４部
目次