第７話
「え……ちょ、これどうしたの？」
「わー……」
「すごくうれしそうだね」
ゆりの部屋に飾ってあったハロルドの絵画なのだが、サントスのいたずらで、ハロルドは超笑顔になってしまった。絵を見た子供達も、思わずにまにましている。
「ほぼ半裸で微笑むハロルド様、いいよね。家宝にしたい。ただ本人がこれを見たら撤去しちゃうかもしれない。どうしよう」
ゆりは本気で悩んでいた。
「確かに笑顔のハロルド様ってなかなかないね」
とラギ。
「思わず笑っちゃう絵だね」
ナナミは笑っていた。
「ところで、どうしてこうなったの？」
「あ、そうそうサントス様にも私がガーベラだってばれちゃった。ガーベラの恋人全員についにばれちゃったの。サントス様がいたずらしていったのよ」
「ええー？ サントス様怒ってなかった？」
「怒ってなかったわよ。私のこともガーベラだと思っていいか、なんて言われちゃった」
ゆりは照れたように言った。
まさかあんなにサントスと仲良くなってしまうとは、ゆりも予想外だった。確かにサントスが言う通り、ガーベラの時のように時間をかけられていたら、ゆりは亡くなってしまうが。
「サントス様って、未だに自分に自信がないようなんだけど、すごい神様なんだから胸を張っていればいいのになあ。見た目を気にしてるのかしら？ かわいくて好きだけど」
「サントス様は一見地味だけど、良い土がなければ、僕たちはおいしいご飯も食べられないんだよね。重要な神様だよね」
ラギが言った。
「そうなの。もっと自信に満ちても良いと思う。私達にとっては土って重要だもん。土の祭りってどこかにないのかな？ どろんこ祭りしたら楽しそう」
「どろんこ祭り？ ロイが好きそうだね」
シスが言った。
「そうね。そういえば、ロイは虎で迷惑をかけてなけりゃいいけどね」
そのロイだが、今は虎の国で虎を相手にハードな訓練をしていた。それを見たアヤコは、
「ねえ、ロイ君の敵は何を想定しているの？」
とバートランドに聞いていた。
「え、えーと……虎のような猛獣です」
バートランドはそう答えている。
「猛獣？ 龍以外と戦う予定でもあるの？」
「世の中何があるかわかりませんから」
「ふーん」
アヤコは首をかしげながらもそれ以上聞かなかった。ロイの修行にはタロウ達も一役買っている。バートランドは虎の男相手でも互角に戦っていたので、虎でも気に入られ、毎晩宴会に誘われている。
「雷獣の男ってもっとすましてるのかと思ってたけど、きさくなのね」
「アヤコちゃん、まさかあいつを好きになってないよね。だめだよ」
アヤコが他の男のことを口にすると、すぐガットが飛んでくるのだった。
「好きになってないわよ。でも彼は虎の連中には好かれてる」
「あいつは強いからな。それに真面目にロイを強くしようとしてる。普通、他の一族の子供を鍛えたりしないぞ」
「そうよね。謎よね。裏はなさそうだけど」
「あいつ、魔法で子供の怪我を治してくれたんだ。それで兄貴が気にいっちまって」
「裏はないとは思うけど、一応ロイ君のこと気をつけてあげてね」
「ああ。わかってる」
「どういうツテで彼をやとったのかしら？」
そこがアヤコにはさっぱり分からなかった。
蛇の国では、ゆりは真面目に新しい祭りをしたいと考えていた。ゆりはこの国の大蔵大臣てき存在であるジェダンを呼んで相談することにした。ゆりの部屋にきたジェダンはハロルドの絵画を見て、「ハロルド様のこんな顔の絵画は珍しいですな」と驚いていた。
「いいでしょ？ こっちまで楽しくなっちゃう」
「はは、そうですな。それで相談とはなんですか？」
「実は、土の祭りのようなものをやりたいの」
「土の祭り？」
「他の国でそういう祭りってあるかしら」
「豊穣の祭りは結構あちこちであるようですが、土の祭りはあまり聞いたことはないですね。あるかもしれないですが」
「この国はイベントが少ないから、子供たちが楽しむようなイベントを増やしたいの」
「具体的な案があるんですか？」
「私がいた世界ではどろんこ祭りなるものがあって、水田とかでやったんだけど、この国には水田がないから、収穫が終わった後の畑を使うとかどうかしら。土を投げ合って遊んだり、土の中に宝物を入れて、みんなで探すとか」
「ほお」
「土の神様に捧げる祭りにしたいの。場所は、東と南の街とかでもいいかもね。お酒の祭りは北と西がメインだから」
お酒の祭りは北の街で大々的に行われるが、ぶどう畑は主に国の西側にあるので、西の街でも盛り上がるのだった。たまには違う街も盛り上げてあげたい。
「南の町は教会で盛り上がったから、東の街でやろうよ。とりあえず１カ所でやって様子を見て、盛り上がったら増やすとかするのもいいかもね」
「そうですな。夏野菜の収穫が終わった後の畑でやってみますか？ お試しで、大人も参加できるようにしましょう」
「うん。楽しそう！」
話はトントン拍子に決まり、十の月一日にさっそく祭りが開催されることになった。
ゆりは子供達に祭りのことを話した。
「ロイは呼び戻してあげないと、後でむくれるかもよ」
とラギ。
「そうね。後で魔法の鏡を使わせてもらおう」
ゆりは魔法の鏡でロイを呼んでもらった。ロイはかなり疲れた様子で、祭りの話を聞くと、「僕のための祭りじゃん。絶対行きたい」と喜んでいた。
ロイは一時的にこちらに帰ってくることになり、バートランドは虎に残るそうだ。その間自分の修行をしたいとか。
「王様、子供達への景品は何がいいかしら？」
ゆりは王の間でラクシュミに聞いた。
「さー何が喜ぶんだろうな」
「それからできたら炊き出しがしたい。芋汁みたいなのをみんなに配るの」
「したいってお前は行けないぞ」
「変装してもだめ？」
「だめだろう」
「炊き出し用のでかい鍋なんてないかな」
「酒祭りの時料理を配ったりしていたから、でかい鍋くらいあるんじゃないか？」
「じゃあそれを使って、スープみたいなものでも。あ、そうだ。寮のおばさまにレシピを考えてもらいましょう。炊き出し係は東の街の女性達を雇ってー……お金はラギに出してもらおう。お金持ちだから。私は景品を考えよう。何がいいかなあ」
ゆりはウキウキしながら王の間を出て行った。たとえ自分が行けないとしても、みんなが楽しんでいる所を想像するだけで楽しい。
「土の祭りですか。楽しそうですね」
ゆりの部屋で話を聞いたシャナーンが言った。
「東の街かあ。子供達が大移動しそうだな」
「一族の子供達は行っちゃうかもね。今年はお試しで１カ所、急な話だしね。すごく盛り上がったら来年から増やしてもいいかもね。土の中に景品をいくつか埋めたいの。何がいいと思う？」
「そうですねえ。景品を埋めるのも大変なので、石に番号を書いて、それを埋めるってのはどうですか？」
「そっちの方が簡単でいいかも」
「ところで、ハロルド様の絵画、変えました？」
シャナーンは壁の絵画に目を向けて聞いた。
「変わったの。笑顔のハロルド様、いいでしょ？」
「はあ、なんだかここで王妃に何かしづらいですが」
「私もどうにかして祭りに行きたいんだけど、良い案ないかなあ」
「そうですねえ。ムサカ様にひっついていれば、危険はないと思いますが。今回は急な祭りなので、敵もそうこないとは思いますし」
「ムサカ様にお願いしちゃおうかなーどうしても炊き出しを手伝いたい！」
「え？ 王妃はそんなことをしなくても」
「やりたい。私が発案だからやりたいの！」
「王妃……」
「というわけで、ムサカさん、お願いします」
ゆりはムサカに護衛を頼んでいた。
「いいですが、王の許可はでますかねえ」
「ムサカさんが一緒なら出ますよ。ありがとうございまーす」
「おおっ」
ゆりはどさくさに紛れてムサカに抱きついていた。
新聞にも、「王妃様主催、土の祭り開催」と記事が載った。場所は東の街付近の畑とあった。
祭りの内容は、土の神様を讃えつつ、皆で泥まみれになって遊ぼうとあった。みんなが注目したのは、泥の中に用意される宝物である。
「土の祭りだって。楽しそう！」
「どんな祭りなんだろう？」
「宝物ってなんだろう？」
この朝の東の街の人達の話題はもっぱら祭りのことだった。
「お父さん、宝物って何があるんだろう？ 知ってる？」
ヴィラの屋敷にて、息子のヴィンセントがヴィラに聞いた。
「さあ、なんだろうな」
「僕も行っていいよね？」
「どうやって？ 馬車でか？」
「えーみんな行きたいでしょ？ 誰か連れて行ってよ」
子供達は瞬間移動もできるが、遠い距離はまだ無理だった。同じ国とはいっても東の街へは馬車で行くと半日はかかる。城と北の街は近いが、東の街は城から結構離れていた。
「祭りのお手伝い要員なら前日につれて行ってもらえるぞ。畑を綺麗な泥地にする作業がある」
「やる！」
子供達は祭りの手伝い要員で東の街にいけることになった。
城の北にある街の裏通りにある占い屋には、ゆりの侍女がやってきていた。
「ミケさん、１０の月１日って空いてます？」
「10の月１日？ 別に予定はないですけど、東の方で祭りをやるんだってね。新聞で読みましたよ」
「そうなんです。そのお祭りに一緒に行ってくれません？」
「祭り見学にですか？」
「はい。私は祭りのお手伝いをするんですけど、ミケさんは、祭りに参加するなり見学するなり、きっと楽しいですよ」
侍女はにこにこしてミケを誘っていた。
どうやらこれには裏がありそうだ、と思ったミケは、「もしかして、ミカエル様に俺を誘えって言われました？」と聞いてみた。
「よくわかりましたね。ミカエル様が、占い屋は絶対喜んで行くって言ってましたよ。これは内緒の話なんですけど、王妃様が行かれるかもしれないんです」
「え？ 本当ですか？」
「まだ決まってはいないんですが、王妃様は行きたくてしょうがないんです。王妃様発案の祭りですから。王妃様も実はミケさんに会いたがってるんです。直接お礼が言いたいって。だから、東の街で会えたらいいなと思いまして」
侍女は小声でひそひそ言った。
「行きます」
「なら当日朝早く城門前に来てもらうことになりますから」
「わかりました」
侍女は差し入れを置いて去って行った。
「俺、初めて王妃様を守れるんだ？ すげえ」
王妃本人に会えるかもしれないので、ミケは喜びつつも、感動していた。
「この際、服を新調するかな」
王様には普段着で会ってしまったので、王妃に会うときはちょっとはましな格好で会いたいものだ。ミケはさっそく店を出て洋服屋に向かったのだった。
祭りのことを相談した五日後にはジェダンが祭りの見積書を持ってゆりの元に来てくれた。
「祭り一つでもお金がかかるわね」
ゆりは見積書を見ながら言った。炊き出しのスープは無料で配りたい。２００人分くらいを想定しているが、材料費やら人件費やらで結構かかる。
「酒祭りが控えているからあまりお城のお金は使いたくないし、来年から場所を増やすのは無理かな。１カ所が精一杯かも。ラギのお金も限界があるし」
「そうですな。宝探しも参加費は取らないんでしょう？ 入るお金がないですからな。１カ所でもいいではないですか。宝物は決めましたか？」
「男の子用と女の子用にわけることにしたの。大人用はまだ考えてる」
「そうですか」
「突然のことなのにありがとうね」
「いえいえ。みんなの楽しむ顔が早く見たいですな」
子ども用は男女に分けた商品を侍女に買ってきてもらうことにした。男の子用の景品には剣なども入っている。
「大人用はどうしよう。宝石は酒祭り用にも置いとかなきゃいけないしなあ。宝石店で買ってくるしかないかな」
何か一つはすごいものを用意したいものだ。
そんなことを考えていたら、その夜、夢の中で神の国に行けた。
ガーベラの神殿でクーリーフンがいたので、ゆりは、「恋人全員にばれちゃったの。知ってる？」と聞いた。
「知ってるよ。だれも怒らなくてよかったね」
「うん。あ、そうだ。前に言ってたガーベラの服、もらっていい？ ジンラ様の服の横に飾りたいの」
「いいよ。好きなの持って行ったら？」
「ガーベラのお気に入りの服とかあるんじゃないの？」
「似たようなのが多いから別にどれでもいいよ」
クーリーフンはガーベラの服をいくつか持って来てくれた。
「どれがいい？」
「えーと、かわいいお花がついてるこれにする」
ゆりはピンクの花の飾りがついている服を選んだ。クーリーフンは麻袋にガーベラの服を入れてくれた。
「ありがとう。これからサントスに会いに行くの。土の祭りを今度することになってね。その報告なの」
「そう。いってらっしゃい」
「行ってきます」
ゆりはサントスの元に移動した。
サントスは畑で鍬を持って作業中だった。
「サントス〜！」
ゆりは畑の側で手を振った。
「あ、ガーベラ」
ゆりの横を茶色いうさぎがぴょんぴょんはねて行った。
「サントス聞いて、私ね、土の祭りを開催することにしたの。どろんこ祭りよ」
「どろんこ祭り？ あ、あっちのガーベラなんですね。会いに来てくれたんだね」
サントスはうれしそうだった。
「うん。土の神様を讃えながら土で遊ぶ祭りをするの。楽しそうでしょう？」
「楽しそうですね」
「土の中に番号を書いた石を隠して、宝探しとかもするつもりなの。他の国にそういう祭りってあるかしら？」
「えーと、豊穣を祝う祭りの中にそれらしきものがあったかな。土の祭りっていうよりは豊穣の祭りですけど。土の祭りってあんまり聞かないですね。聖地の土の神殿では年に一回やってますけど。土で遊ぶ祭りじゃなくて、きた人達に農作物を配ったりする祭りですね」
「そうなの？ じゃあ泥遊びの祭りは初めてかもね」
ゆりはとにかくうれしそうだったので、サントスも照れながらも微笑んでいた。
「その祭りはいつあるんですか？」
「十の月一日にあるの。城の東にある街近くの畑でやるって。もし神の国で見る事ができたら、ガーベラと一緒に見てね」
「きっと楽しいですね。そうだ。宝物、私も何か提供しますよ」
「え？ いいの？」
「アシュランの倉庫から適当に何かもらってきます」
「いいのかな」
「いいです。そんなすごいものじゃなければ。アシュランの石像とかいっぱいあったから」
「みんな絶対喜ぶわ。そうだ。ペンギンがどうなったか気になってるの。一緒に見に行きましょうよ。今いい？」
「あ、うん」
ゆりはサントスの手を握り、ラクアの元に移動した。
ラクアの湖の上の一角に氷が張られて、その上に青いペンギンがいたのでゆりは驚いていた。
「すごっ青い、青いペンギンだ……ラクアが氷を作ってあげたのかしら？」
ゆりはひそひそ声でサントスに聞いた。
「あの氷はペンギンが張ったんですよ。ペンギンの能力なんです」
「え？ すご！」
ペンギンの高さは一メートルくらいである。くちばしも目の周りも青い。
「ペンギンはお花を食べるんですよ。夜には氷の中にお花を入れてるんです」
「えー？ 芸術的ペンギンなの？ すごっ！ ほんとだ。よくみたら氷にお花が入ってる。すごい！」
ゆりははしゃいでいたが、後ろに何か気配を感じて振り向くと、ラクアが立っていた。
「あら、ラクア、何度見てもかわいいわね。うふっ」
ゆりはとたんにガーベラになりきっている。
「湖に氷があっても魚たちは大丈夫？」
「うん。反対側に避難してるから大丈夫だよ」
ラクアが言った。
「そう。よかった」
そこにパティウスが飛んできた。パティウスは手にきらりと光る何かを持っていた。
パティウスがペンギンにそれを掲げると、ペンギンはすぐに氷から湖に入ってしまった。
「まってよー！」
パティウスはペンギンを追いかけ、ペンギンは逃げていた。
「一体何をしてるのかしら？」
「さあ」
やがてパティウスがこちらにやってきた。
「それはなんなの？」
ゆりが聞いた。
「真実の鏡だよ。海側で借りてきたんだ」
「よく貸してくれたね」
ラクアが言った。
「絶対割らないって約束したんだ。アシュランがあのペンギンは仮の姿だっていうからどうしても本当の姿が見たくてさあ」
「へーそうなんだ？ あの子変身しちゃうの？」
「そうらしいよ」
「だからどうしてもこの鏡にペンギンを映したい！」
パティウスはもう一度チャレンジしていたが、ペンギンは湖では早く、全く鏡に映らなかった。
「だめだー」
「あのペンギンちゃん、水の中に入ると素早いわね」
「そうですね。泳ぎが上手だなあ」
とサントス。
「その鏡見せて」
ゆりは何も思わずにパティウスから鏡を借りて女神の顔を映した。すると、女神の顔は、みるみるうちに黒髪のゆりの顔へと変化し、ゆりは思わず胸に鏡をあてた。
ゆりは横にいたラクアをちらりと見た。
「今の見た？」
「何を？」
「見てないならいいの」
「確かに真実の鏡ですね」
サントスには見えたようだ。
「うん。やばい鏡だわ。パティウス、諦めて鏡を返してきたら？」
「せっかく借りてきたのにさーもう一度」
パティウスは懲りずに鏡を持ってペンギンを追いかけたが、ペンギンはなかなか鏡に映ろうとしなかった。
「ねえ、ラクアは気にならない？ ちょっと協力してよー」
パティウスはラクアに頼んでいた。
「本人が嫌がってるんだからやめてあげなよ」
とラクア。
「本当の姿かあ。サントスは、あのペンギンがどんな姿に変身すると思う？」
ゆりはサントスに聞いた。
「さあ、想像がつかないですね」
「ラクアはどう思う？」
ゆりはラクアにも聞いた。
「さあねえ。魚に変身したりして」
「魚だとしたらすごく大きな魚になっちゃうね。案外虎みたいな生き物だったりして」
後ろから何かがひっついてきて、振り向くと、子豹がいた。
「あ、大きくなったね」
前に産まれた神獣の子豹である。結構大きくなっていた。豹紋がある豹だが金色の毛がキレイである。ゆりは子豹をなでなでした。子豹は顔をすり寄せてきている。
「かわいい」
子豹はサントスにもすりよっていた。サントスも子豹をなでなでしている。
「今もサントスがご飯をくれてるの？」
「はい。リリーはお酒しか飲まないけど、この子は肉を食べるんですよ。面白いですよね」
「面白いわね。この子も普通の豹とはちょっと違うみたいだけど、どう違うんだろうね」
この日はペンギンや子豹を眺めたり、湖でペンギンと遊ぶ子供達を眺めたりして、和み気分でゆりは人間界に戻った。ガーベラの服もちゃんともってきている。
「土の祭り、ガーベラと仲良く見てくれたらいいなあ。招待したい所だけど、酒祭りにジンラ様を呼んでるし、続けて神様が来るのはおかしいもんな。サントス様が景品を用意してくれるって言ってたから、それを一等にしよう。他は何を用意しようかなあ」
ゆりは侍女達と祭りで用意するものを書き出したり、ミカエル達にも相談したりして、必要な人員などを考えたりもした。
「あ、なんか私王妃様っぽいことしてる」
ゆりは自分で感動していた。
「王妃様っぽいって王妃様じゃん」
と部屋に入ってきたラギが言った。
「あ、ちょうどいい所に来たわ。これ、炊き出しの費用、よろしく」
ゆりはラギに見積書を見せた。
寮のおばさんに考えてもらったスープを当日配ることにした。200人前なので結構な量である。当日は街の飲食店の人達にも屋台を出してもらうつもりである。
ラギと一緒に部屋に来たシスが横から紙をのぞいた。金額を見ると、かなりの額である。
「ラギ、これ大丈夫？ ほかに景品代もだしてるんでしょ？」
「このくらいなら大丈夫だよ。景品の代金はお母さん持ちだよ。一応お母さん用の予算があるからそれを使うんだって」
「そうなんだ。このスープはお金はもらわないの？」
シスが聞いた。
「ただで配りたい。今回はおためしだから。次からはいけそうなら有料でもいいし。人件費は城でも負担してくれるって」
とゆり。
「そっか。景品は何を出すの？」
「それは後のお楽しみよ」
「そっちもタダなんでしょ？ 大人はお金をとってもいいんじゃない？」
「そうね。庶民が負担にならない額ならいいかもね。収入が何もないんじゃ苦しいかな。大人だけお金をもらおうかな。お金もらって景品が豪華な方がいいかな」
ゆりは部屋にいた侍女に聞いてみた。
「その方がみんな喜びますよ」
「じゃあそうしようかな。私もう一つ遊びを考えたんだけど、蛇レースとかってしてもいいと思う？」
「蛇レース？」
シスとラギが同時に聞いた。
「コースを作って、１０匹くらいの蛇に競争してもらうの。それは、みんなに賭けてもらう。一族的にはどう思うのかな？ 蛇が無理ならブタラレースでもいいんだけど」
「蛇レース、楽しそう。蛇って行動が読めないからだれが一番になるか全く分からないし」
とシス。
「そうだね。レースくらいじゃみんななんとも思わないかも。蛇レース、へびっちをだしちゃだめ？」
ラギが笑いながら聞いた。
「へびっちが出たら一等になっちゃうじゃない。だめでしょ」
ゆりは笑って答えた。
「レースをするなら券を作らなきゃね。蛇の長さはそろえて、王様の許可が出たら、あなたたち蛇を集めてくれる？」
「いいよ。なんだか楽しそう。ルーは出たい？」
ラギは近くにいた蛇のルーに聞いてみた。ルーは興味なさそうに顔を横に向けていた。
神の国では、サントスが土の祭りのことをガーベラに話していた。
「楽しそうね。サントスも参加したいんじゃないの？」
「来てとは言われなかったからなあ」
「そういえば、ジンラが祭りに呼ばれて行くって言ってたっけ。それでサントスを誘えなかったのかもね。そういう時こそ、人に化けてこっそり見学しに行ったらいいんじゃない？」
「人に化けて？」
「私も行きたい所だけど、彼女の顔になっているのもダメだろうしなあ。神殿で祭りの様子を見てるわ。お供にアマンザを誘ったらいいんじゃない？ アマンザは最近よく人間界に行ってるから」
「お祭り見学かあ。思い切って行こうかなあ。そうだ。彼女にお祭りの景品を提供する約束をしたんですよ。雲の上の神殿に行ってこなきゃ」
「景品？ 私も何かあげる」
「ありがとう。じゃあちょっと行ってきますね」
サントスはガーベラの神殿から出て行った。
「楽しくなりそう。ネルと一緒に見学しよっと」
サントスがすごく楽しそうなので、ガーベラは楽しそうに言っていたのだった。
一〇の月一日の祭りに向けて、本格的に準備が動いていた。祭りに参加したい子供達は前日に行って祭りの準備を手伝うようだ。
「そんなに大勢泊まれる場所があるの？」
ゆりが聞いた。
恋人達の子供達は大きい子達だけ手伝いに行くようである。
「旅館はもう予約で埋まったらしいですよ。子供達は役所で雑魚寝するみたいです」
ミルキダスが答えた。
「そうなんだ。それも楽しそうね。戦士達は仕事を増やしちゃったから怒ってない？」
「だれも怒ってないですよ。それどころかみんな楽しみにしてるくらいで。祭りに参加したい人達が他の街からもくるかもしれないです」
「そうなの。私も楽しみ。ムサカさんが側にいてくれるんなら行ってもいいって、王様が許可してくれたの」
「よかったですね」
「酒祭りは行ったことがないから、本当にうれしい！ 本当は遊びにも参加したいけど、それは我慢しなきゃね」
ゆりは子供のように喜んでいるので、ミルキダスも微笑んでいた。
その頃ラギの部屋では、シスとラギに他の子供達が7人集まり、祭り用のチケットを手作りしていた。中にはドルイドもいる。ドルイドとラギは違うテーブルで丸い石にペンキで番号を書いていた。宝探し用である。石も子供達が探してきたものだった。
フリットの子供ソフィアは、シスと一緒に作業ができるのでとてもうれしそうである。
「シス様、子ども用の景品ってもう買ったんですか？」
ミカエルの子供ラリーが聞いた。
「女の子用はアクセサリーが主で、男の子用は剣とかがあるって言ってたよ」
シスが答えた。
「剣かあ。いいなあ。欲しいよな」
「うん」
ヴィンセントとクリスの目が輝いている。
「一等は僕が取る」
ラリーが宣言し、
「そうはさせるもんか。な」
「うん。僕だって剣がほしいもんな」
二人は答えていた。
「ソフィアは宝探し、参加するの？」」
シスがソフィアに聞いた。
「泥まみれになるんでしょう？ どうしようかな」
「クララとリリーはどう？」
シスがミルキダスの子供クララとリリーに聞いた。
「私達はお祭りのお手伝いがしたいので、参加はしません」
「そうなんだ。ありがとう」
「私も、私も当日もお手伝いします」
ソフィアが手をあげて言っていた。
「ありがとうね」
「そのかわり、ゼッドが参加しますから」
とクララ。
「ゼッドがいたか、強敵だな」
「確かに」
ラリーとヴィンセントは真面目にゼッドを恐れている。
「ドルイドは参加する？」
ラギがドルイドに聞いた。
「僕は警備要員ですから。王妃様の邪魔をするヤツは、許さない」
ドルイドはドルイドで張り切っている。
「シス様もラギ様もロイ様も祭りに行かれるんですよね？ ナナミ様達も？ もしかして、クロス様以外行かれるんですか？」
ソフィアが聞いた。
「ミシェイラは行きたがってるけどね。子供も大きい子と小さい子じゃ差がありすぎるから、１５歳以下とかわけたほうがいいかもね」
シスが思いついていた。
「それもそうだね。ちょっとお母さんに言ってくるよ」
ラギが部屋を出て行き、少しして戻ってきた。
「是非そうしようって」
「石は予備があるから、そっちに番号をかきましょう」
ドルイドが新たな石を取って言った。
「小さい子の商品は何がいいと思う？」
「何がいいですかねえ」
ゆりとミルキダスは今城の厨房にいた。ゆりは大きな鍋でゆで卵を作っている。ゆで卵は子供達のリクエストである。
「ところで、景品によっては参加者が殺到するかもしれないですが、宝探しの参加者は早い者順にしますか？」
「景品は、当日まで内緒にしておくよ。じゃないとすごい人が来そうだから。並んだ順かな。畑一つで何人くらい参加できると思う？」
「一つの畑で３０人くらいですかね。畑二つ分くらいでやるって言ってましたから、６０人かな。すぐ枠がうまっちゃいそうですね」
「そうね。60人用じゃ少ないかな。大人は二回にわけてやろうかな」
「景品をさらに用意しなきゃいけないんじゃないですか？」
「大丈夫。実は、サントス様が何か提供してくれるって」
「それはすごいですね」
「何を持ってきてくださるのか楽しみ。恋人達以外には内緒よ」
「はい」
ゆりは大量のゆで卵を子供達のおやつに出した。子供達も祭りをすごく楽しみにしているようだ。
「僕は全力で祭りの警備をしますからね」
ドルイドは目を輝かせてゆりに言った。
「ありがとう。ドルイド」
「ムサカ様がいて危険ってあるのかな？」
ラリーがこっそり話していた。
「まあ、何が起こるかわからないからね。ムサカ様は王妃様にひっついているんだろうし。王族がたくさん集まるって知ったら、こっそり来る敵もいるかもね。僕たちだって一応攻撃対象だし」
とヴィンセント。
「そうか。ムサカ様がいるからって油断しちゃだめだよな」
「祭りで浮かれすぎないようにしような」
男の子達はうなずいていた。
博物館にて、いよいよジンラとガーベラの服が展示されることになった。早朝、ゆりはハインリヒにつれて行ってもらって展示を見に行った。子供達も一緒である。
服は一階の神様の手型の奥、ゆりの石像の近くに展示してあった。
「二階にしようかと思ったんですが、人が並ぶのを想定すると、やはり一階の方がいいかと思いまして」
と館長が言っていた。
「一階はかなりぎゅうぎゅうになってきましたね」
ハインリヒが言った。
「本当にね。うれしい悩みね」
「わーキレイ！」
「キレイ〜〜」
二人の服は木でできた人形が着ていた。ガーベラの服はちょっと透けている。ピンクのお花の飾りがキレイだ。
「かわいい！」
「お花かわいいね」
ミシェイラとレーヌも喜んでいた。
「ジンラ様の服は良い匂いがしますね。ガーベラ様の服も」
「本当にね」
ラギとシスは、ゆり姿のガーベラを思いながら、微笑ましげに服を見つめていた。
展示は今日からということで、すでに博物館の前には人が並んでいた。その中には裏通りの診療所の先生も混じっている。ジンラの服の展示を見て感動した先生は、診療所に戻った後も酒を飲んでジンラに乾杯したのだった。
九の月半ば、夜サントスがゆりの部屋にやってきた。今回も猫が一緒である。サントスが持っているでかい木箱から猫が出て来た。
「昼間来るのがちょっと恥ずかしくて、夜でごめんね」
サントスはゆりに謝っていた。
「いえいえ、うれしいですよ」
「ワンワン」
ジロウも尻尾を振っている。
「お祭りの景品をいろいろ持って来たんですよ」
「わっうれしい」
ゆりはベッドから降りた。
「まず、これが雲の上の神殿の倉庫にあったアシュランの木像」
サントスは箱から上にはみでている一メートルほどの木像を出して床に置いた。
「おおーアシュラン様、ハンサム」
「これはジェラルド作でね、時々ポーズが変わるんだよ、面白いでしょ？」
「え？ なんでそんなすごい木像が倉庫にあるんですか？」
「ジェラルドが彫ったアシュラン像はたくさんあってね、アシュランが気に入らないヤツは倉庫においてあるんだ。だから、日の目を見ると木像もうれしいかもよ」
「はあ」
ゆりはじっくり木像を眺めた。夜だがサントスの神の光があるので普通に見る事が出来る。細かい作りでとんでもない芸術作品である。
「それでこれが、カサンドラからもらったタペストリー」
サントスはゆりに丸まった布を渡した。布を開いて見ると、５０センチ四方の大きさで、木々とユニコーンが織られていた。
「すごい」
「それから、アリアスからは大理石の像をもらったよ。これが一番重かったんだ」
真っ白のアリアス像は５０センチほどの小さい物だが、作りは立派だった。
「これもジェラルド作だよ」
「え！？」
「アリアスは木像があまり好きじゃなくてね、大体石で彫られてるんだよ。アリアスの神殿にいたらちょうどダーナが来てさ、ダーナがその場で笛を吹いて、その笛をくれたよ」
アリアス像の次は横笛が出て来た。
「それからジェラルドにはガラスペンをもらった。このお酒はもちろんジンラからで、ガーベラからは美容液。どうしたの？」
ゆりが途中から口を開けたままだったので、サントスが聞いた。
（祭りの景品が豪華すぎるんですが……）
「こんなに神の国のものを祭りの景品にしちゃっていいんでしょうか？ アシュラン様に怒られません？」
「怒られないよ。もっと持ってこようかと思ったんだけど、クーリーフンにこの辺にしといた方がいいって言われて。足りなかったらもっともらってくるよ？」
「いえ、いえいえいえもう十分です。これだけでも十分すぎますよ。本当にアシュラン様に怒られません？」
ゆりはあせったように聞いていた。
「うん。あなたは、私のために祭りを開こうって思ってくれたんでしょう？ その気持ちがうれしくて」
「サントス様ったら。私の楽しみのためなのに」
「とにかくうれしいんだ。こんなにわくわくするのも久しぶりなんだよ。今日はもう帰りますね。じゃあまた」
「本当にありがとうございます」
「リーファ、行こう」
サントスは猫と一緒に帰って行った。翌朝子供達にこれらの物を見せたところ、
「これを祭りの景品にするなんて、お母さん正気？」
と言われてしまった。
一方サントスは、ゆりの役に立てたことがうれしくて、上機嫌で神の国に戻っていた。サントスはアシュランとヒルデリアの息子なので、サントスが雲の上の神殿の倉庫をあさったとしてもだれも何も言うはずがなかった。倉庫にあるのはアシュランが気に入らないもので、気に入ったものは表や聖地においてあるのだ。実際この時も、「アシュラン、倉庫から木像か石像を一個もらっていきますね。人間にあげたいんです」とサントスはアシュランに一応許可を取っている。
「あれは気に入ってないやつだから、表にあるやつにしたらどうだ？」
とアシュランが言うと、
「倉庫にずっといてかわいそうだから。倉庫にあるやつにしますよ」
とサントスは答えていた。
「そうか。なんかうれしそうだな」
「はい、うれしいです」
サントスはとにかくうれしげだったので、アシュランは（一体何があったんだか）とその時はまだゆりがらみとは知らなかった。
神の国では夕暮れ時、サントスがカサンドラの神殿に戻ると、カサンドラがテーブルの上に置いてあるものをサントスに渡した。
「アリアスが置いていったぞ。太陽の石を作ったからあげるといっていた」
「太陽の石？」
袋はずっしり重かった。石は十個くらい入っていそうだ。
「彼女にはもう十分だって言われたけどどうしようかな」
「すごい祭りになりそうだな」
カサンドラは笑っている。そこにディアメラがやってきた。
「土の祭りの景品を集めてるって聞いたわよ。人間の祭りに神々の物を配るなんて正気なの？」
「うん」
「そう。じゃあはい」
ディアメラはサントスに小さい皮の袋を渡した。
「なんだい？」
「月の石よ。あげるわ。サントスがそれをどう使おうが、私はもうどうでもいいわ。それじゃね」
ディアメラはそう言ってさっさと去って行った。
「景品にしてくれってことみたいですね」
「そうだな。素直にそういえばいいのに。景品が豪華すぎて人間達が喧嘩になるんじゃないか？」
カサンドラは笑いながら言ったが、あながち冗談でもない。
「そうですかね」
「どんな祭りになるか興味があるな。私も人間に化けて行こうかな」
「じゃあ一緒に行きます？ アマンザと行こうと思っていたんだけど」
「行こう。平和に祭りが終わるのか、とても気になる」
サントスがゆりの部屋に景品を持って来て二日後、ラーズが夜ゆりの部屋にやってきた。
「ゆりちゃんってば、最近会いに来てくれないんだから」
「ごめんね。前回はサントス様に会いに行ったから」
犬のジロウはしっかり邪魔してゆりとラーズの横に座っていた。
「サントスがこんなに君に興味をもつとは参ったな。はい。これ。クーリーフンが頼まれてたけど、私が代わったんだ。祭りの景品の追加だって」
「えー」
ラーズはゆりに袋を渡した。袋は結構重い。
「太陽の石と月の石」
「太陽の石は一杯入ってますね」
ゆりは中から袋を二つ取り出した。一つは結構重く、暖かい。もう一つは中身は一つだけのようだ。それから小さい皮袋がたくさんはいっていた。至れり尽くせりである。
「アリアスはサントスに弱いからね。一杯作ったんじゃない？」
「アリアス様はサントス様が大好きなんですね？」
「大昔さ、アリアスとディアメラが産まれた時、ヒルデリアは半狂乱になったようなんだけど、サントスはそんなヒルデリアから二人をかばったりしたようだよ。だからアリアスは今でもサントスが好きなんだ。ディアメラもきっとそうだよ。サントスのことは、男では唯一ってくらい信頼してる」
「そうなんだ」
「サントスは地味な神だけど、結構すごい神なんだ。そんなサントスにあっさり気に入られるなんて、君はすごいよ。そうそう、景品のことは伏せてゲームをした方がいいってカサンドラが言ってたよ。人間達が喧嘩になりかねないからって」
「そうですよね。ところで一般の人が神様の物をもらって、家に泥棒が来たりしないでしょうか。そっちも心配かも」
「人間には信仰ってものがあるし、泥棒するやつにはバチがあたるさ」
「そうですね」
ラーズがゆりに顔を近づけようとすると、ジロウがラーズの肩に手をかけていた。
「他の神にもそうやって邪魔してるんだろうな」
「ワン」
「本当か〜？ 全く。ラクアは君に興味持ってない？ 大丈夫？ 結局穏便にすんだようだけど」
「穏便にすみましたよ」
ゆりは微笑んで言った。
「ところで、太陽の石は知ってますが、月の石にはどんな効果があるんですか？」
「淡い光を放つからランプがわりになるよ」
ラーズは石を袋から取り出して見せた。
「あ、ほんとだ」
ラーズが去った後も、ゆりは月の石を眺めていた。部屋の灯りにはちょうどいい。
「便利だから私がほしい。でも景品としてもらったんだからだめだよね」
これだけの景品はもう二度と集まらないに違いない。
翌朝、子供達に景品が増えたことを報告すると、
「お母さん、本当に全部景品にしちゃうの？ 正気？」
とまた言われてしまったのだった。
つづく
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