第12話
蛇の国東の街、祭りを見学した男が一人家に戻ってきた。
男は娘達が部屋の中にいるのを見て残念そうに言った。
「なんだ、戻っていたのか。探したんだぞ。祭りになんと神様が降臨されたんだ。お前達にも会わせたかったのに……？」
家の中の雰囲気が変だった。妻は泣いていたが、なんだかうれしそうだし、娘達は二人とも笑っている。
「どうしたんだ？」
上の娘の笑い顔を、久しぶりに見た気がした。
「お父さんったら、よーく見てよ」
上の娘が近づいて来た。よく見ると顔が違う。
「あ……あーーー！！！！」
「見て、私のお腹」
下の子が服をめくってみせた。二人とも肌にただれたような痕があったのだが、今は綺麗な肌になっていた。
「一体どうしたんだ？ 何があったんだ？」
男は夢でも見ているかのようだった。
「私達神様に会ったのよ。とっても美しくて優しい神様に」
「アリアス様か？ まさかここにも寄られたとか？」
「違うわ。ガーベラ様よ！」
「ガーベラ様！？ いつ会ったんだ？」
「祭りでこっそり行った時に出会ったの。王妃様の侍女さん達に親切にしてもらっていたら、ガーベラ様が来てくださったのよ。今日は内緒にしておくれって。明日、誰かに聞かれたときには、夢で神様に出会ったって言ってって。だから今日はみんなには内緒よ」
「そうか。よかったなあ。本当に良かった」
男は泣いていた。
「ガーベラ様の信者になったのよ。これからは、教会に行くたびにガーベラ様に祈るわ」
「よかった。今日はなんて良い日なんだ」
「私達王妃様にも会えたんだよ。王妃様も優しい方だったよ」
下の子もうれしそうに言った。
「そうかそうか」
男の涙はなかなか乾くことはなかった。
祭り会場では、ようやくミシェイラとレーヌは昼食を食べていた。
「うまっ！」
「うまいね！」
「おいしいね、でしょ」
ラギに訂正されたが、二人はおかまいなしである。
「カールありがとう」
シスがカールをねぎらった。カールはスープを持って来た後は、最後に残った野菜を運んで来てくれた。聖地から運ばれてきた野菜は三分の一に減っていた。
残りの野菜は、ゆりの提案でお手伝いに来てくれた女性陣と準備を手伝った子供達に配られることになった。景品用のテントでは、フリットがカボチャを四等分にカット中で、ミルキダスが袋につめていっている。
「楽しいですね。子供達にも神様を見せてあげることができて、うれしかったです。あのゼッドも感動して泣いていたんですよ」
ミルキダスが楽しそうに言っていた。
「私もうれしい。アリアス様を見た時には、私もちょっと泣いた。ハロルド様もすごいが、二人がそろった所を見ることができるなんてな。奇跡の祭りとして歴史に残るな」
「ふふ、王妃が関わるとなんでも歴史に残ってしまいますね」
「ははは、そうだな」
二人は笑っていた。
ゆりは神官達のテントに来ていた。神官達も昼食中である。
「今日はとってもすごい祭りになりました。皆さんが来てくださったおかげです。ありがとうございます」
ゆりは心底感謝しているかのようにお礼を言った。
「いえ、我々のおかげではないですよ。皆さんの信仰の賜でしょう」
太陽の神官が答えた。
「そうですね。そうだ。私二年前に聖地に巡礼に行ったんですよ。太陽の神殿もお参りしたんですよ」
ゆりはその時のことをふと思い出したので言った。
「本当ですか？ それはそれは」
「神様を感じられることができて、とても楽しい経験でした」
「何月のことですか？」
土の神官が聞いた。
「えーと、二年前の、十月二十日と二十一日ですね」
「その頃貴賓が聖地に来たとかで、噂になったんですよね。オルガ様とクーリーフン様が神殿で出迎えていたって。サラディン様も顔を見せにいらしたとか」
ゆりはぎくりとした。
「私は貴賓っていう柄ではないですが……それではそろそろ失礼します」
ゆりは逃げるようにテントから去って行った。
「やはり貴賓ですかね？」
土の神官が首をかしげている。
「どうして土の祭りをしようと思ったのかしら。サントス様はどうして知ったのかしらね？」
月の神官が疑問に思った。
「そうだね。王妃様は、サントス様かアリアス様と知り合いなのかもしれない」
土の神官はそう推測した。
「そうかもね。こんな風に人々が喜んでる祭りって初めて。アリアス様もつい降臨されちゃったところを見ると、こういうお祭りの方がお好きかもしれないわね」
と月の神官。
「ははは、太陽の祭りは真面目な祭りが多いからね。あまりふざけると神の怒りをかうんじゃないかと思って真面目になっちゃうかもしれないけど」
「まあそうだな。神を奉る祭りは本来人々が楽しむ祭りではないからな。逆に笑ったら怒られるような祭りが多いな」
と太陽の神官。
「あ、そうだわ。風の神官から噂を聞いたんですけど、この国には神も驚く美術館？ だかがあるって。もし行けたら行ってみてほしいって言われたんですよ。誰かご存じないです？」
月の神官が思い出したように言った。
「博物館でしょう。私は行きましたよ」
クーガが答えた。
「どんな所ですか？ なんかすごいらしいですけど」
「すごいです。あれは見た方がいい。祭りが終わってからだと遅くなるし、今のうちに行きますか？」
「え？ いいんですか？ 行きたいです」
月の神官はうれしそうだ。
「戦士の方に言ってきます。待っててください」
クーガはテントを出て行った。
「神も驚くってどんなすごい物があるんでしょう？」
月の神官はわくわく顔である。
「私は知らないが、一体何があるのだ？」
太陽の神官は噂は知らなかった。
「僕も初耳ですよ。なんだか楽しみですね」
と土の神官。
クーガがフリットを連れて戻ってきた。
「彼にすぐ入れるようにしてもらいました。行きましょう」
クーガは皆を連れて博物館まで飛んだ。そして神官達はすぐに博物館の中に入って行った。
「うおっ！？」
三人が驚きまくったのは言うまでもない。
土の神官はサントスの手を見つけて、「ちょっとサントス様、お茶目すぎやしませんか？」とサントスの理想の手に涙ぐんだりしていた。
「あのーどうやって集めたんですか？」
太陽の神官が後ろで控えていたフリットに聞いた。
「王妃が直接頼んだのは二人ほどで、後は勝手に増えました。神様が他の神様に声をかけてくださったようで」
「はあ……信じられない。まさかアシュラン様の御足をじっくり眺めることができるとは！」
太陽の神官は感動して泣いている。
「ディアメラ様の手もおいて欲しい。でも私には頼めない」
月の神官は残念そうに言った。
「マリナール様の手の存在感、アシュラン様の次にすごい」
三人は感動しまくっていた。
祭り会場では、蛇レースの準備が行われた。蛇は六匹、それぞれ色が違う２メートルほどの蛇が用意されている。100メートル先のゴールに一番先にたどりついた蛇が一番になる。掛け金は決まっていて自分が選んだ蛇が一番になれば二倍になり、一番以外だと掛け金は没収されるという単純なルールにした。蛇の箱の側に人々が集まっていた。子供達もいる。相手は大人を想定しているので、掛け金は子供の小遣いよりは高い設定である。
「だれもゴールにいかなかったらどうするんだろう？」
クリスが言った。
「ゴールに肉をぶらさげるって言ってたよ」
とヴィンセント。
ジュノーと一緒に人姿のへびっちがやってきた。
「やあ、楽しんでるかい？」」
ジュノーが子供達に聞いた。
「とっても楽しいです！」
「へびっち、どれが一番勝つと思う？」
クリスがへびっちに近づいて聞いた。へびっちはすっと真ん中の蛇を指さした。
「緑？」
今度はその横の蛇を指している。
「緑まだら？」
そしてわからんと両手を広げていた。
「わかんないのね」
「これより券の販売を始めまーす、各券は100枚で終わりです」
「俺は黒蛇にかけよう」
「俺は赤」
人々が券を買う列に並び始めると、へびっちも一緒に並んでいた。
「へびっちも買うの？」
クリスが聞くと、へびっちはコインを一枚クリスに見せた。
「お金もらったんだ。どれにかけるのさ？」
へびっちは内緒とばかりに前を向いた。クリスとヴィンセントはへびっちの後ろに並んで券を買った。
「へびっち、どれを買ったの？」
クリスが聞くとへびっちは券を見せた。
「緑まだらか。僕は黒にした」
「僕は緑」
とクリス。
「みんな聞いて、一匹はうちの庭にいた蛇なのよ。だから私はその蛇に賭けるわ。じゃん」
ソフィアが側にやってきて券を見せた。
「緑だ」
「そうなの。終わったら連れて帰ってあげなくちゃ」
ソフィアは今日は子供達の競技の参加賞配りを手伝っていた。
鈴の音が鳴った。
「十五歳以下の子供達、ゲームをするから集まってくださーい。ゲームは簡単だから小さい子でも大丈夫ですよー」
あちこちで同じ案内がされていた。
「何のゲームをするんだろう？」
クリスが聞いた。三人は三十歳以上なのでゲームには参加できない。
「じゃんけんゲームよ。その景品はお父さん達がだしたのよ」
ソフィアが説明した。
「じゃんけん？ へー。ティナにもやらせてあげたかったなあ」
ティナは二歳になるクリスの妹である。小さすぎるのでお留守番である。
「うちの父さん（ジュノー）ティナをセルジュさんにくっつけたいと思ってるんだよ」
クリスが笑いながら言った。
「いいじゃん。セルジュさん絶対将来強くなるし」
とヴィンセント。
「私はシス様の妻を狙う〜」
ソフィアが照れたように言い、二人は「知ってる〜」と答えていた。
小さい子達が案内された草地に集まっていた。
「皆さんじゃんけんは知ってますか？ よーく聞いてくださいね。じゃんけんは」
まずルール説明がされて、司会達はグーチョキパーのでかい板を子供達に見せていた。
フランツとセルジュもいた。
「最後の五人に残ると、景品として、こちらの王妃様そっくりの人形を差し上げます！」
司会は黒髪の女の子の人形を持っていた。
「かわいい！」
「欲しい！」
人形は結構でかい。身長70センチはありそうだ。かわいい青いドレスを着ていた。
「え？ あんな人形があったんだ？」
景品を知らなかったゆりは驚いていた。このゲームの景品は、男達が用意してくれたのである。ゆりは子供達の後ろの方にいた。ゆりの横にミカエルがやってきた。
「かわいいでしょう。うちにも二人いますよ」
とミカエル。
「え？ そうなんだ？」
「黒目の王妃と、蛇の目の王妃がいるんです」
「へー」
「では始めますよー。後出し、ごまかしは失格ですからね。しっかり手を上に出してください。じゃーんけーん」
セルジュは最後の五人に残って人形をもらっていた。
「やった、ケイリーへのお土産ができた！」
「よかったね」
フランツは１回目で負けてしまった。
蛇レースの場所にカサンドラとサントスがいた。カサンドラは券を買ってきてサントスに見せていた。
「黒蛇にした」
「あなたなんでも参加しますね」
「せっかくだからな。蛇は前にまっすぐ進むことはあまりしないと思うが、ちゃんとゴールに行けるのかな？」
「券の販売は終わります。レースが始まります」
レースが行われる草地では、「ヨーイドン」で蛇が箱から出された。
「青い蛇がんばれー」
「黒がんばれー」
と声援が飛んでいる。蛇達はその場でまったりしていたが、ゴールに肉が置かれると、それに気がついた蛇達が動き出した。
「がんばれ！」
「一気に行けー」
緑と黒の蛇がするっと動いていった。赤い蛇は横の方に移動し、「そっちじゃないー」と声が飛んでいた。緑まだら、青まだらの蛇は寝ているかのようにその場にいる。
青い蛇が、緑と黒の蛇を追っていた。
「青い蛇、追い越せ！」
皆の声援が飛ぶ中、緑の蛇が一番早くゴールした。
「一番は緑の蛇です！」
「やったー」
「残念！」
外れたへびっちはがっくりと下を向いていた。
「さすがうちの庭にいた蛇ね」
ソフィアはうれしそうだ。
粘土の作品作りは締め切られて、その頃ようやく神官達は博物館から戻ってきた。クーガ以外は興奮した様子である。
「あんなにすごい物が見られるなんて、来てよかった」
太陽の神官は涙目になっていた。
神官達による粘土の作品審査が始まった。他の場所ではテントの後片付けが始まっている。これで終わると思うと、なんだか寂しかった。
ゆりはカールに寮母さんに渡してほしいと太陽の石を預けた。
「すごく喜びますよ」
「みんなスープを絶賛してたって伝えてね」
「はい」
ゆりが食器の片付けをしてくれている女性達にお礼を言いに行くと、逆に女性達からお礼を言われた。
「こんなに楽しいお祭りができるなんて、私達こそ王妃様に感謝します」
毎年してほしい、という声もあがっていたが、祭りで結構お金を使ったので、悩む所である。
「毎年は無理よねー。五年、十年ごととかなら可能かも？ 今日みたいな景品を集めるのは無理だろうけどね」
「いろいろな祭りをするのも楽しいかも。ガーベラ様の祭りとか」
ゆりの横にいたラギが言った。
「ガーベラ様の美容祭りしたら楽しそう。でもガーベラ様頼みになっちゃうからねえ。ま、とりあえずは、酒祭りが楽しみだな。酒祭り、みんな驚くよーうふふふ」
なんといっても酒祭りではジンラ降臨が決まっている。
「馬車でパレード！！ あのームサカさんの魔法で、お城で酒祭りの様子を見せてもらえます？」
ゆりは甘えるようにムサカにお願いした。
「いいですよ。王の間で王と一緒ご覧になってください」
「ありがとうございます。ムサカさんのおかげで、私の楽しみが増えてうれしいです」
ゆりは本当にうれしそうだ。
「では私達先に失礼しますね」
侍女達は先に城に戻り、来ている子供達も帰りたい者はカールが城まで連れて帰ることになった。
「王妃様、とっても楽しかったです。ありがとうございます」
ラリー達がゆりに会いに来た。
「みんな、手伝ってくれてありがとうね」
ゼッドはクーガに会いに行っていた。
「クーガ様、また会えてうれしいよ」
「私もうれしいよ」
「また来てくれる？ みんなクーガ様のお話が聞きたいって言ってるよ」
「そうか。また教会でお話をしにくるよ」
クーガが言うと、ゼッドはにこっと笑い、「絶対だからね」と言って去って行った。
神官達の粘土作品の審査が終わった。作品に名前はついていなかったのだが、特賞を取ったのは、ミシェイラが作った城だった。
「やった！」
ミシェイラは飛び跳ねて、みんな拍手をした。
「ミシェイラおめでとう」
「がんばったもんね」
「うん」
レーヌの蛇は特別賞に入った。
「よかったね」
「おめでとう」
ゆりも子供達も喜んでいる。
特賞は月の石だったので、ミシェイラがもらってゆりは結構喜んでいた。レーヌは豪華なクッキーセットをもらっていた。
土投げの優勝者には男女共にレストラン券が渡された。
こうしてすべての競技は終わった。
「皆さん、最後に祭りを盛り上げてくださった神官様達にお礼を言いましょう」
「神官様、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
神が来たのは神官がいたのもあるだろうと、人々は熱心にお礼を言った。
「これで祭りはおしまいです。今日神様に出会えて感じた喜び、信心の心を、いつまでも忘れないようにしましょうね」
司会の言葉で祭りは終わった。
「では我々はこれで聖地に戻ります。楽しかったですよ」
クーガがゆりに言った。
「ありがとうございます」
神官達は皆に頭を下げて、消えた。
「王妃、こちら、畑を貸してくれた者なんですが、是非王妃にお礼を言いたいと言ってるんですが」
フリットが畑の持ち主を連れてきた。中年の男である。
「私もお礼を言いたいわ。ありがとう。おかげで楽しい一日だったわ」
「こちらこそありがとうございます。まさか、俺の畑の近くにアリアス様とハロルド様がお立ちになるなんて！ 俺はもう感動して、今も心がふるえています！」
男はかなり興奮していた。
「そう。とにかくありがとう」
「では失礼します。あの周りを石でかこっておかねえと」
神が現われた場所は神聖な場所として、名所になることもあった。
「ではそろそろ戻りましょう」
ムサカが言った。
「そうね。みんなありがとう」
ムサカは子供達とゆりを城に移動させた。
ユリウスとジュメは片付けを手伝っている。
「随分うれしそうだな」
ジェナサイトがユリウスに言った。
「私はずっとアリアス様に会ってみたいと思ってたからな。会えてすごくうれしい」
「私もうれしいです」
とジュメが言った。
「俺もすごくうれしい。羊の人達の歓迎会から神様に会いまくっているが、いいのだろうか」
「ははは、ちゃんと教会でお祈りしないとな」
ユリウスが笑っている。
「そうだな。教会に行ってお祈りをしよう。基本はそこだな」
ジェナサイトはうなずいていた。ジュメはイシュタールがここにいなかったのが残念だと思っていた。
祭りが終わり、警護の者達の仕事も終わりをむかえていた。近くにある怪しい者用のテントには、最終的には八人が留め置かれている。その中の明らかに怪しい四人は、もう死刑宣告がされていたので、顔が青くなっていた。
「じゃ、僕はこれで！」
ドルイドは爽やかに去って行った。
「お前達は解放してやる。もうおふざけをするんじゃないぞ」
「ありがとうございます！」
ちょっと怪しかった者達四人はロナウド将軍により解放された。
「それでこっちの四人はどう始末しようかな」
「ひえええええ」
「命だけは」
四人とも縛られたまま頭を下げていた。
「殺すと言いたいところだが、慈悲深い我らの王妃が、殺すなとの御言葉だ。今日は神様が降臨されためでたい日だからな。どうせ雇い主は龍の国なんだろう？」
ロナウドが聞いた。
「違います。実は、羊の国です。友好的にみせて、実は」
「せっかく命は助けると言ってるのに、ばかなのか？」
ハインリヒがあきれた様子で言った。
「本当なんですよ。油断していると、挟み撃ちにされますよ」
「そうだそうだ」
他の男も言っている。
「お前達の処遇だが、山の中に放置してやることにした。がんばって下山しろ」
「え？ 山？」
ハインリヒは四人を連れて北の国境付近の高い山に行き、天井付近に放置したのだった。
城に戻ったゆりは、怪しい奴らのことはまるで知らなかった。
「平和に終わって良かった。ねえミシェイラ、月の石たまに貸してね」
ゆりがミシェイラに頼むと、ミシェイラは「あげる」とゆりに石を渡していた。
「え？ いいの？」
「ミーは魔法で明るくできるもん。ほら」
ミシェイラは手の上に光の球のようなものを出して見せた。
「え？ いつからそんなことできるようになったの？」
ゆりは驚いている。
「先生がすごいもんね」
ラギが言った。先生とはムサカのことである。
「うれしい。この石欲しかったの。ありがとう」
「よかったね。レーちゃん、パパに報告に行こう」
「うん」
ミシェイラとレーヌは消えた。
「パパ、特賞をもらったんだよ！」
「すごい！ よくがんばったもんな！」
すでにラクシュミから結果は聞いて知っていたが、ハザークは大喜びしていた。
「パパ、ここに粘土飾ってもいい？」
「もちろんだ」
二人が作った作品はハザークの部屋に飾られることになってしまった。ハザークの部屋は、すでに子供達の作った物や書いた物であふれている。ゆりの部屋には粘土のジロウが置かれた。
ゆりはムサカと別れて、スープ作りを手伝ってくれた料理人達にお礼を言いに行き、王の間に行った。王の間にはジロウもやってきた。
「平和に終わってよかったな」
ラクシュミがゆりをねぎらうように言った。
「うん。みんなうれしそうだった。私もうれしかったよ」
「ジロウもよくがんばったな」
「ワン！」
ジロウは胸を張っていた。
「疲れたろう。ゆっくり休んでくれ」
「うん」
部屋に戻ると、ゆりにはお茶の準備が、ジロウには大きな骨が置かれていた。ジロウは喜んで尻尾を振っている。
「よかったね。ジロウ君」
「ワン！」
「今日はとっても楽しかったです」
部屋にいたミラが言った。
「男ガーベラ様にも会えたんですよ。幸せ」
ミラは青い花を持っていた。
「本当に、今日はみんな楽しそうでよかった。私もすっごく楽しかったよ。まさかハロルド様が来るとはびっくりだったけど」
「サントス様はいらっしゃらなかったですね」
「きっとどこかで見てくださっていたわよ」
サントスとカサンドラは神の国に戻っていた。
「お帰りなさい。楽しそうな祭りだったね」
ガーベラが言った。
「うん。楽しかったよ。マリスが来るとはびっくりした。それにアリアスやハロルドまで」
「ふふふ。私達もびっくりしたわよ」
「またあるのかなあ。私も行ってみたいな」
ネルが言った。
「あそこまで豪華な祭りは、何度もできないだろうな」
とカサンドラ。
「なにせ、アリアスからの提供品がすごかったからな、ははは」
「まるでアリアスの祭りのようだったよ」
サントスも笑っていた。
祭りの夜、ゆりも子供達も、さすがに疲れてぐっすり眠った。
祭りでアシュラン像をもらった若者は、居間にアシュラン像を飾ったのだが、その夜夢を見た。なんとアシュランが男の前に現われたのである。
若者は平伏した。
「お前がもらった私の像だが、あれを換金することはできないのだ。それを言いに来た」
「換金だなんて滅相もない。絶対しません」
「ならいいが……あれは教会に寄付しろ。代わりにお前にふさわしい物をやろう。その方がお前にもいいだろう」
「わかりました。ありがとうございます」
男は地面につくほどに頭をさげていた。
翌朝、男はさっそくアシュランの木像を教会に寄付しに行った。牧師は喜んだ。
「街のみんなが見る方がいいものな。俺にふさわしい物ってなんだろう？」
男が家に戻り農作業小屋に行くと、真新しい鍬や鋤、道具を運ぶ大きな一輪車、大きなジョウロが置いてあった。
「おお。すごい！ アシュラン様、大切に使います。ありがとうございます。さっそく道具を使ってみよう」
男は鍬と鋤を持って小屋を出て畑に向かった。すると女が一人近づいて来た。
「あの……」
「はい？」
「私の名前はルーシーと言います。あなたのことが好きです」
男は驚いて道具を落としそうになっていた。
「えーと、初めて会うような気がするんですけど」
「初めてではないです。そちらが覚えていないだけかと」
「そうなんですか？ 俺のどこが好きなんですか？」
「優しいところです。前にあなたに助けてもらったことがあるんですよ。私、実はその後あなたを見かけたので、後をつけて、ここにいることを知って、何度か遠くから見てました」
「あなたのような美人を助けたことなんてあったかな。全然覚えてないですけど」
男は首をかしげた。女は結構な美人である。何かあったら忘れないはずだ。そこで男はピンときた。
（もしやアシュラン様が俺にこの子を！？）
「じゃあ、俺と結婚してくれますか？ 実は妻募集中でして」
「はい」
「本当に？ やったあ！ こんな美人と結婚できるなんて夢みたいだ。アシュラン様、ありがとうございます！」
男は道具を置いて空に手を合わせている。
女は男ガーベラに顔を戻してもらった女だった。以前街で子供に石を投げられた時、男がかばってくれたのである。その時女は顔はほぼ隠していたので、男も女の顔はよく見ていなかったようだ。
「昨日の祭り、行きました？ 俺レースで一位になって、アシュラン様の木像をいただいたんですよ。そしたら夢でアシュラン様が現われて、教会に寄付しろって。教会に寄付して戻ってきたら、これらの道具が置いてあったんです。すごいでしょう？ アシュラン様が、俺に、この俺に贈り物をくださったんですよ。あなたもきっとそうだ。俺に妻を世話してくださったんだ」
「それは違うと思いますけど、私の場合は、ガーベラ様が、恋をして幸せになりなさいって言ってくださったんです」
「そうなんですか。二人で幸せになりましょう」
「はい」
二人は手を握り合った。
こうして、祭りのおかげで一組のカップルが誕生した。
ところが祭りのおかげでもやもやしている男が一人いた。
祭りの間中ムサカはゆりにひっついていたのだが、実は一つ悩ましいことが起こっていた。一族の女になったゆりの背中には、二匹の金色の蛇がいたのである。ムサカがゆりに触れると、
『みてみて』
と訴えてくるのだった。
ムサカがゆりの背中を見ると、蛇達は懸命に何かをしようとしていた。
（なんだろう？）
ついムサカがゆりの背中をじっと見ていると、蛇達はどうやらハートの形になろうとしているらしかった。下は尻尾同士をくっつけて、上は頭を左右対称にくるんと丸まろうとしていたのである。なかなかうまくいかず、二匹は途中悩んだりしながらまた再開していた。それを見ていたムサカは、どう反応していいやら悩んでいた。
（ゆり様は全くその気がないのに蛇達がその気満々というのも不思議というかなんというか……）
蛇達はゆりの意思とは全く関係ないところで動いているようだった。肌の蛇の不思議を感じずにはいられないムサカである。
二匹の蛇がハートの形を作るには、ゆりの背中はちょっと小さすぎるようだ。それでも苦労しながら、蛇達はなんとかハートらしき形を作っていたので、ムサカは小さく手をたたいていた。
（かわいいことはかわいいが……いっそ私の蛇と勝手にくっついてくれたらいいんだがなあ）
そういうわけにもいかないので、ムサカは蛇達のアプローチにちょっと困りつつ、だがもっと見ていたいようなそんな気持ちでゆりと一緒にいたのだった。
つづく
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