第13話
蛇の国東にある畑での土の祭りが平和に終わり、次の日の新聞に大きく記事が載った。
「土の祭りに二人の神様が降臨された」
見出しはこうだった。景品の豪華さよりも、祭りで神様が降臨されたことの方に人々は興味を惹かれたのだった。
「神様が降臨されるなんてすごいよなあ。俺も一度でいいから神様に会ってみたいよ」
「本当だよな」
北の街で馬車を制作中の職人達が話していた。王からの依頼で、貴賓が乗るための特別な馬車を制作中である。荷台部分には豪華な椅子をつけてほしいとの依頼であるが、周りに覆いはない。職人達は、（王様が乗られる馬車だったりして？）と思っていた。他に貴賓が思い浮かばなかったのだろう。馬車は酒祭りまでに作ってほしいとの依頼だった。時々ミカエルやフリットが馬車の制作具合を見にやってくるのだった。だれが乗るのか聞いても、「当日のお楽しみ」とはぐらかされている。
「酒祭りも楽しみだよな。この馬車いつ使うんだろうな」
「楽しみだな」
酒祭りは来月に迫っている。
土の祭りの翌日、ロイは再び虎の国に帰っていった。もうしばらく虎で修行したいとバートランドは思っているようだ。
ゆりの部屋ではミラが、「王妃様、男ガーベラ様の絵画か石像がほしいと思いません？」とゆりに聞いていた。
「思う。すっごく思う。でも男ガーベラ様の絵画を描ける人がいないと思う」
「ですよね。でもガーベラ様の信仰のためにも、絵画がほしいですよね」
「むちゃくちゃほしい。みんなに見せたい。そうすれば、ガーベラ様の信仰もあがると思うし」
「そりゃもうあがりまくりますよね」
男ガーベラは世界的に認知されているわけではないので、もっと世の中に知られてほしいとゆりもゆりの侍女達も思っていたのだった。男ガーベラの絵画を描いてもらうには、男ガーベラが画家の前に出る必要があるので、なかなか難しいだろう。
「女のガーベラ様の信仰度もあげたいんだけどね。ガーベラ様ってばダーナ様に押されてるから」
「そうですね」
ガーベラへの信仰は蛇の国では結構あがっているが、ダーナの信仰度の上をいっているわけではない。
「もっとガーベラの石像を増やしたいんだけどな。学校や砦とかに飾りたい。ちょっと今はお金がないからそのうちに増やそう」
土の祭りでゆりもラギも結構な金額を出したので、今はあまりお金がなかった。
「五日のことも楽しみですし、来月の酒祭りも楽しみですね」
「うん。楽しいことが続きそうでうれしいね」
とゆり。
とりあえずは、ラクシュミとの庭園デートの日はもう数日後なのだ。
「また号泣しちゃうんだろうな、ハンカチいっぱい用意しておかなきゃね」
ゆりは笑っていた。
女神ガーベラはその頃、サラスベの実を持参して豹の国に行き、豹の長老とお楽しみだった。すっかり新しい楽しみが芽生えてしまったガーベラである。
そしてそのノロケ話を、夕方聖地にてクーガに聞かせていた。ガーベラは青い髪だがゆりそっくりの顔でやってきている。そんな話を聞かされてもクーガもどう反応していいやらわからなかった。
「どうして私に話すんですか？」
クーガが聞いた。
「あなたが私に何の感情もないから。だからいいの。私を好きな人には話せないでしょ？」
確かに、ねぼすけには聞かせたくない話である。
「豹の長老は結構な年じゃなかったです？」
「ちゃんと若返ってもらってからしてるから大丈夫よ」
「ならいいですが、そうだ。蛇の国の王妃様の耳が大きかったんですよ。なぜかご存じですか？」
「あ、そうそう私も思った。魔法かしら」
「魔法でもないような気がしたんですが」
「じゃあ何かしらね。あなたたちってたまに二人きりで会ったりしてるの？ どこでどうやって仲良くしてるのかいい加減教えてよ」
「秘密です」
「ハロルドに言っちゃうわよー」
「別にかまいません」
「もーつまんないんだから」
ガーベラはぷんと横を向いた。
ガーベラが神の国の自分の神殿に戻ると、クーリーフンが「ハロルドが探してたよ」と言ったので、ガーベラはハロルドの元に移動した。ハロルドは自分の神殿で酒を飲んでいた。
「ガーベラ会いたかったんだ。今夜ここで寝てくれ」
「えー」
「いいだろ」
「しょうがないわねー」
ハロルドの望みはわかっていたので、ガーベラは渋々了承することにした。
というわけで、ゆりは夜神の国でガーベラになっている。ゆりは祭りのことを聞かれるかとドキドキしたが、ハロルドが気にしていたのはゆりの耳だった。
「あれは、虎の国にある不思議な実を食べたせいですよ。こっちの一族に変身できる実があるんです」
「そんなのがあるのか」
「ハロルド様に会えてみんな喜んでましたよ。ありがとうございます」
「アリアスに突然連れて行かれたんだ。土の祭りってなんなんだ。お前の発案だろ」
ハロルドはゆりを指さした。ゆりはその指先を握り、「国民が楽しむ祭りをしたかったんです」と言った。
「どうせなら私の祭りをしろ」
「ハロルド様の祭りといって思いつくといえば……重量上げ競争とか？ 龍の国ではハロルド様のすごい祭りをやってるらしいから、こっちでは別の祭りをしたいと思って」
「お前、サントスにばれてから、サントスと仲良くなっただろ」
ゆりはぎくりとした。
「あいつは案外難しいと思ったのに、簡単にその気にさせるとは……」
ハロルドの頬がひきつっている。
「まあまあ」
「あっちで誰かとしてないだろうな。私が最初だからな」
「はいはいって、神様との子供が出来る可能性があるんですけど、それはまずいです」
「そうだな。とりあえず、こっちで仲良くしよう」
ハロルドはゆりに覆い被さった。
「ガーベラ、実は、私は、でかい犬が欲しい」
「でかい犬？」
「私は猫より犬が好きだ」
キュリアはでかい猫のクロをかわいがっている。ハロルドはあの猫を見て、でかい犬が欲しいと思ったのだった。
「神獣の話ね、でかい犬かあ……」
ゆりはでかいジロウを思い浮かべていた。ジロウに乗ってる自分も想像している。
「いいかも。でかい犬。産まれるといいわね」
「ああ。もちろん子供の方がいいけどな」
ハロルドはガーベラ姿のゆりを抱いた。すると、天井付近にキレイに二人の神気が交わってぐるぐる回っていた。
「あ、良い感じかもしれない。何か産まれるかもしれない」
「ほんとか！？」
ハロルドは喜んで二度目もがんばった。女神のお腹に淡い光が灯った。
「やった。子供だわ」
ゆりは喜んでいる。
「子供？ 子供か！？」
二人は喜んで子供が出てくるのを待った。辺りがピカッと輝いて、二人の間に別の存在が出現していた。
「やった！ ……ん？」
ハロルドは喜んで、次に目を見開いていた。ゆりも思いっきり目を見開いている。
「？？？？？」
「あれ？ えーと……神獣でもないし……子供だよね？」
「いや、あの……こういうのを望んでいたわけではないんだが……」
ハロルドはあせったように言っていた。
「こういうの、じゃないでしょ。かわいそうなこと言わないで」
とゆり。
「だが」
「かわいい」
ゆりは子供の頭をなでなでした。そこにいたのは子供、というには少しおかしかった。頭は銀色の毛並みに覆われていて、口も前にせりでている。まるでオオカミのようであるが、体は人間の子供の体なのだ。銀色の毛があるのは顔の周りだけ。子供の頭と体は、火の妖精のプータローに似ていた。
「私のせいか？ 私が犬がほしいと言ったせいか？」
ハロルドはちょっと泣きそうである。
「犬っていうよりオオカミじゃない？ かわいいじゃない。この子神？ 妖精？」
ゆりは布団で子供の下半身を覆っていた。
「妖精だな」
「ジェイクのは大きすぎるかな。バリアスの服を持ってきて」
「あ、ああ」
ハロルドは気が抜けたように立ち上がり、部屋を出て行った。ゆりはプータローを見ているせいか、さほどショックではなく、むしろ、「大人になったらすごくかっこいいんじゃない？」などと言っていた。
「りりしくなりそうだし。何か話せる？」
子供は横に顔を振っていた。
「何の妖精だろう。結構筋肉質よね」
男の子はバリアスくらいだが、腕は筋肉が結構ついているし、体も小さいのにがっしりしている。
「わかった。力持ち？」
その頃ハロルドは神殿の外にでて、「違うんだ。そういうことじゃないんだ！」と叫んでいた。
ハロルドが服を持って寝室にやってくると、子供は女神を抱き上げていて、ゆりは「すごいすごい」と拍手していた。
「ハロルド、この子はすごい力の持ち主よ」
「そうか。服を持ってきたぞ」
ゆりは子供に服を着せてあげた。
「ジェイク達に会わせてあげましょうよ」
「あ、ああ。アシュランにも何の妖精かきかなきゃな。私にはよくわからん」
「そうなの。名前は何にする？」
「うーん。ヴォルフ……はどうだ？」
「ヴォルフ君？ いいんじゃない？ 気に入った？」
子供はゆりに抱きついていた。
「かわいい〜〜〜」
ゆりも抱きしめてあげた。
「お前よく平気だな。私はかなり混乱しているんだが」
「顔がブタラとかなら私もショックだったけど、オオカミよ。かっこいいじゃないの。今度プータロー君に会わせてあげてね」
「ああ」
ヴォルフを他の子供達に見せたところ、
「面白い顔してるね」
とキュリアはストレートに言っていた。
「よろしくね」
とジェイクは普通に対応している。
バリアスはヴォルフの顔を近くでじろじろ眺めていた。
「バリアスったら」
ジェイクはバリアスの体を後ろに引いている。
「どうしてこんな顔をしてるの？」
「バリアス」
ジェイクはバリアスの口をふさいでいた。
「もがもが」
「みんな仲良くしてね」
ゆりが笑顔で言った。
「もう夜だし、雲の上に行くのは明日にするか」
とハロルド。
「部屋ができるまで僕と一緒に寝よう」
ジェイクがヴォルフを連れていった。
「マチルダはいないの？」
ゆりがハロルドに聞いた。
「今日はいないな。マチルダは一応部屋はあるが、ここで寝ることはそんなにないかもな」
「ルーちゃんとこに一緒にいるのかも。わからないけど」
とキュリア。
「ヴァルはもう寝てる」
とハロルド。ヴァルはラッパ吹きの神である。ヴァルよりもヴォルフの方が成長している。
「そうなんだ。じゃあみんなおやすみ」
ゆりは気が抜けた様子のハロルドを寝室に引っ張っていった。
「ハロルド、ちょっと座って」
ゆりはハロルドをベッドに座らせた。
「いつもは子供が産まれたら飛び上がらんばかりに大喜びするでしょ」
「別に喜んでないわけじゃない。ただ、私のせいのような気がして」
「犬じゃなくて顔はオオカミよ？ あの話のせいじゃないでしょ。ちゃんと他の子と同じようにかわいがってあげて」
「わかってる」
「じゃあ大喜びして」
「やった」
ハロルドは小さくガッツポーズしてみせた。
「もっと喜んで」
「やった！」
ハロルドは手を上にあげていた。
朝方、ゆりは人間界に戻り、ガーベラが目覚めた。今回はガーベラは人間界には行かなかったようだ。
「ガーベラ、子供ができた」
ハロルドの言葉にガーベラが起き上がった。
「ほんと？ どこにいるの？ 名前は？」
「名前はヴォルフ。ジェイクと一緒に寝てる。顔がちょっと」
ガーベラは素早く寝室を出て行ってしまった。そして少しして戻ってきた。
「銀髪のかわいい子ね」
「銀髪？ まあ銀髪といえないこともないか？」
「何の妖精かしらね」
「さあ、雲の上に連れて行ってみよう」
「私も行くわ」
ジェイクとヴォルフが部屋から出て来た。
オオカミのような顔のヴォルフを見て、「おもしろいかぶりものね」とガーベラが言い出したので、ハロルドもジェイクもびっくりしていた。
「おい、ガーベラ。何言ってるんだ」
「え？ 何って？ かぶり」
ハロルドはあわててガーベラの口を塞いで奥に連れて行った。
「ヴォルフは産まれた時からああなんだ。変な事を言わないでくれ」
ハロルドは小声で言った。
「え？ 本当に？ でもさっき寝てる時は普通の顔だったわよ」
「え！？」
「銀髪の子供が寝てたわよ」
「どういうことだ？ とりあえず、雲の上に連れて行ってみよう」
ハロルド達はペガサスで雲の上に移動して、ガーベラは頃合いを見計らってハロルドの元に移動した。
アシュランの間に行くと、ヴォルフはジェイクの後ろに隠れて明らかに脅えていた。
「大丈夫。僕たちのおじいちゃんだよ？」
ジェイクが優しく言ったがどうもだめなようだ。アシュランは立ち上がり、ジェイクの後ろのヴォルフを眺めた。
「どうしてこんな顔をしているんだ？」
アシュランが手を出そうとすると、ヴォルフはさっと離れてしまった。
「アシュランにもわからないのか？」
ハロルドが聞いた。
「わからん。妖精だな。普通の」
「普通の？」
ハロルドがアシュランを見た。
「きっと恥ずかしがり屋なんだろう。ほら、ソルみたいに」
ヴォルフはガーベラの後ろに移動していた。ガーベラはヴォルフの背中をなでている。
「ヒルデリアに会いに行きましょう」
ガーベラはヴォルフと手をつないで部屋を出て行った。
「つまり、どういうことなんだ？ 戦い系なのかそうでないのか」
ハロルドがアシュランに聞いた。
「本人がしたいようにさせればいい。別に何の妖精ということはない」
アシュランは普通の表情である。
「私の子供なんだぞ。戦い系ではないならどうすりゃいいんだ」
「いろんな子供がいてもいいじゃないか」
「だが、あの子ガーベラを抱っこしてたぞ。力はある」
「自然にまかせろ。そのうちに、自分の得意分野に気がつくだろう」
「うーん」
ハロルドにしては、なんともすっきりしないことになってしまった。
ヴォルフはヒルデリアには脅えなかった。ヒルデリアもライオネルを産んでいるだけにヴォルフの外見を見て驚いたのは一瞬だった。
「寝ている時は銀髪の子供だったのよ？ 顔を見られるのが恥ずかしいのかしら？」
ガーベラはヒルデリアに聞いた。
「さあのう。まあ本人の自由にさせるといい」
「そうね。ねえ、クーリーフンに会ってね？ ヒルデリア、私の神殿に送ってくれる？」
「いいぞ。ではな。またおいで」
ヒルデリアは優しく言って二人を送った。
ガーベラの神殿には、ラーズとランスロットがやってきていたがクーリーフンはいなかった。
「あ、その子どうしたんだ？」
ラーズがヴォルフに近づいた。
「昨晩産まれたの。ヴォルフよ。ヴォルフ、ラーズに、ランスロットよ。ランスロットは半分ハロルドの子供でもあるのよ」
ランスロットはヴォルフの側で顔を眺めて、「かっこいー」と言っていた。ヴォルフのほうがランスロットよりは背がかなり高い。
「サーラは？」
「サーラは水の神殿だ。ペンギンを見に行ってる」
「そう」
ヴォルフは外を指していた。
「外に行きたいの？ 自由に行っていいわよ」
ヴォルフは神殿の外に出て行った。
「ハロルドの反応はどうだった？」
ラーズが聞いた。
「ちょっとうろたえてる感じ？ でも、寝てる顔は普通の子供の顔だったの。どっちにもなれるのよ。あの子」
「そうか」
「だっこ」
ランスロットが手をのばし、ガーベラはランスロットを抱っこした。
「まあいろんな子供がいていいわよ。ね、ランス」
「うん」
ランスロットはうなずいていた。
ガーベラが神殿の外に行ってみると、ヴォルフは座って花を眺めていた。その隣には豹のレオが座っている。
「お花好き？」
ガーベラが聞くと、ヴォルフはうなずいていた。その後ヴォルフを見たクーリーフンは、「ハロルドの子供にしてはおとなしい感じの子ができたね」と言った。
「まあ私の子供でもあるからね」
とガーベラ。
「見かけは強そうだけどね」
その夜は、ヴォルフに聞いてみた所ガーベラと一緒にいたいようだったので、ガーベラは「一緒に寝ましょう」とヴォルフと同じベッドで寝てみることにした。
ヴォルフがすっかり眠ってしまうと、顔が普通の男の子に変化していた。銀髪は肩くらいまでのストレートである。
（普通の顔よね。起きるとあの姿になるのかしら。本人はどっちがいいと思ってるんだろう？）
誰かが来る気配を感じた。寝室にこっそりきたのはハロルドである。ハロルドは寝ているヴォルフを見て驚いていた。
「ほんとだ……ちょっとほっとした」
ガーベラは少し横に移動して、ハロルドはその横に入って来た。
「いろんな子供がいていいんだよな」
「そうよ。いいのよ」
「そうだな」
ハロルドはようやく納得したのか、そのまま眠ったのだった。
ゆりがアシュランからもらった箱のガラスの花は、十個目が入っていた。
「ようやく十個かあ。あの子どういう風に成長するのかな。兄弟仲良くしてくれたらいいな」
ハロルドの子供は七人目である。あと一人でゆりとラクシュミの子供に並ぶのだ。
「神様みたいに王様の子供もぽんと産まれたらいいのにねえ」
クロスを産むときに死にそうになったゆりだったが、今ではまた妊娠してもいいかな、と思っていた。他人にすれば、凄まじい精神力である。
「とりあえず、五日の夜は王様と仲良くできるかな？ まだだめって言われちゃうかな。変身して会うか、そのままで会うか悩むわね」
紫の実はあと一個残っていた。
「記念日だから元の姿のままがいいかあ。四十年ねえ……こんなに波瀾万丈な人生になるなんて全く思わなかったわね。そしてこんなに恋人ができるなんてね」
ゆりは自分自身に苦笑しつつ、この世界に来てからのことを思い出していたのだった。
つづく
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