第14話
ある日の夕暮れ時、ガーベラが雲の上の神殿にやってきた。ガーベラは誰かと手をつないでいる。子供のような身長だが、顔は子供の顔をしていなかった。その子供は銀色のオオカミのような頭をした子供だった。
「ん？ その子は……」
「ようやく……との子供ができたと思ったのに……はあ……いえ、ここは喜ぶべきところなのかもね。この子は私の願いをかなえてくれるのかも。アシュラン、私もう、限界なの。そろそろ、そろそろ終わってもいいんじゃない？ この世界」
「ガーベラ！？」
「全然変わらない毎日なんだもの。もう飽きたわ。うんざりなの。退屈なのよ。さ、ぼうや、本当の姿になりなさい。あなたは……なんでしょ？」
子供の周りに黒い気が満ちた。さらに子供の姿がどんどん大きくなっている。服がやぶれてさらに大きくなると、子供の体にびっしりと毛がはえてきた。毛は銀色から黒に変化していた。
「やめろ！ ガーベラやめさせるんだ！」
「素晴らしいわ。さ、終わらせて。何もかも」
子供だったものは大人の背丈ほどに成長していた。そして真っ赤な瞳をガーベラに向けると、大きな口を開けてガーベラの首にかみついていた。ガーベラだったものは消えてしまい、光の塊は散ってしまった。
「ガーベラ！」
止める暇もなかった。それほど獣の行動は素早かった。
「ウオーン！」
その獣は一吠えすると部屋を出て行ってしまった。
「ガーベラ……」
闇の気が近づいているのを感じた。神の国の外れに闇の軍勢が押し寄せてきていた。
「はっ！」
アシュランは異様な夢を見て目を覚ました。
「なんて夢だ」
まるで世界の滅亡の始まりのような夢だった。
「はあ……」
アシュランは珍しく汗をかいていた。
（ガーベラが産んだあの子、夢の中では少し違っていたな。まがまがしい感じがした。あのガーベラは一体……）
『全然変わらない毎日なんだもの。もう飽きたわ。うんざりなの。退屈なのよ』
夢のガーベラはそう言っていた。
「……そうか。わかったぞ。あの夢の世界のガーベラは、王妃に会っていないガーベラなのかもしれない」
今のガーベラならば、あんなことは絶対言いそうにない。
「だとすれば、夢のようなことは起きないのか」
アシュランはそのことにほっとした。
（あの子、夢のようなまがまがしい感じはなかった。ちょっとおかしな妖精だなとは思ったが、本人の前だから言わなかったが。ガーベラが違うから、あの子もあんな風にはならなかったということかもしれない）
歴史には様々な分岐点というものがある。一旦世界が滅びに舵を取り始めると、方向を転換するのは容易ではないのだ。
『あなたは、滅びの使者なんでしょ？』
夢の中のガーベラは、あの子のことをそう言っていた。
（あの王妃、蛇の国だけではなく、この世界をも救ってくれたのかもしれないな）
一人の人間の存在が、世界にこんなにも影響を与えるまでになってしまうとは。
「私も予想しなかった。王妃がガーベラになることを見逃しててよかった」
アシュランはあの時の自分の判断に、心底ほっとしていたのだった。
オオカミの頭がついた子供ヴォルフは、神の国では穏やかに受け入れられていた。なにせライオネルやプータローがいるので、おかしな目で見られることもなく、変わった子が生まれたな、程度のものだった。
ヴォルフを見たライオネルは、「かっこいいじゃないか」と喜び、プータローも好意的だった。
ジュリアンは、「もしかして、神獣と妖精が産まれるところだったのが混じっちゃったとか？」と首をかしげたが、「それならアシュランがこの子を見た時に気がついたんじゃない？」とガーベラが言ったので、「そりゃそうですよね」と自分の意見を引っ込めた。
「寝てる時は普通の頭になってるから、ヴォルフが強く願ったら、頭も変わると思うわよ。それより私はこの子の力が気になってるんだけどね。まあ、まだ子供だからおいおい分かるでしょう」
ヴォルフは外に遊びに行った。神殿の中に虹の女神サーラがやってきた。
「ガーベラ、ペンちゃんのお花」
「あ、そうそう。用意しなきゃ。ちょっとまってて」
ガーベラは神殿の外に花を咲かせに行った。
「ジュリもペンちゃんをみにいこーよ」
サーラが神殿にいたジュリアンを誘った。
「いいよ。いろんな神獣がいて楽しいね」
「うん！」
ジュリアンの横には豹のレオがいてゴロゴロのどをならしていた。ジュリアンはレオの頭をなでた。
「君もかわいいよ」
一緒に産まれたリリーに比べると、レオの外見は普通の豹に近い。ただ、ヒョウ柄の黒以外の毛が金色なだけである。
ガーベラがザルに花を大量に載せて戻ってきた。
「そうだ、ジュリアン、レオって、弓矢で死んだりするのかしら？」
ガーベラがジュリアンに聞いた。
「え？ どうして？」
「噂を聞いたんだけど、人間界では、豹の毛皮って高く売られてるんですってよ。豹の国の外では、豹狩りも行われてるんですって。だから気になったの。神獣だと思われずにもし弓矢で射られたりしたら、レオは死んじゃうのかしらって」
「しんじゃやだ」
サーラがレオの背中にひっついた。
「うーん、どうだろう。神獣だって死ぬことはあると思うけど。レオ、人間界は豹の国以外行っちゃだめだよ」
ジュリアンがレオに言ってみたが、レオは無反応である。
「勝手に人間界に降りないならいいんだけどね」
レオは重かったのか、体をゆすってサーラをおとそうとしていた。
「じゃあ水の神殿に行きましょう」
「行こう行こう」
ガーベラはジュリアンに花が入ったザルを渡してサーラを抱っこし、ジュリアンにもひっついた。三人にレオも一緒に水の神殿にいるであろうラクアの元に移動したのだった。
人間界蛇の国では、今日は特別な日である。
ゆりがこの世界にやってきて四十年になるのだ。
「四十年だなんて信じられないわ。そんなに経っただなんて……四十年も経ったのに私の外見はそんなに変わってない。ありがとう。この世界」
ゆりはそのことに感動していた。
全く変わっていないわけではないが、ゆりにすればたいして変わってはいない。途中体重の増減はあったが、今は元に戻っている。
「女らしくなったくらいですもんね。王妃はまだまだ若いですよ」
ミカエルはそう言ってくれた。
「ありがとう。この世界に来たのがこっちでいう五十歳くらいだとしたら、まだ九十歳だもんね。王様は一二五歳だから年の差三十五歳ってことか」
今日はいろんな街でお祝いが行われ、商店街はバーゲンセールらしい。
「王妃がこの世界にやってきたことが、この国の分岐点でしたよ。王妃がいなかったら、私は早死にしていたかも」
「ミカエル」
ゆりはミカエルに抱きついた。
「王妃〜おめでとうございます」
シャナーンがやってきたので、ゆりは今度はシャナーンに抱きついていた。
「王妃、百年後も愛してます」
「私も！」
「プレゼントです」
「ありがとう」
シャナーンはテーブルの上にあった物を見て「あ」と言った。ミカエルが持って来た贈り物と自分の贈り物が同じだったのだ。
「かぶってしまいました」
「ハンカチ？ 今日は何枚あってもいいわよ」
ゆりはシャナーンの贈り物をあけてみた。花の刺繍がついたハンカチだった。その後男達がみんなやってきたが、贈り物はみなハンカチだった。
「皆私の涙を期待してるのね」
「ところで、王妃はどうしてこの世界に来たんですか？ 私はまだ知らないんですけど」
ハインリヒが言った。
「どうしてって聞かれると偶然だけど、偶然いろいろ重なったかんじ？」
「さっぱりわかりません」
「運命ですよ。運命が二人を結びつけたんですよ」
カールが言った。
「まあ、そうかもね」
ゆりの左目が蛇の目になった。
「私は産まれてから、三十八年くらいってことかな？」
こちらのゆりが産まれたのは、ゆりがアナスターシャを妊娠してからである。
「そうですね。王妃の四十歳の時もお祝いしましょう」
ジュノーが言った。
「そうね。あれからいろんなことがあったけど、だれも死んでないのがうれしいな。ヴィラは死にかけたけど生き返ったし」
「そんなことがありましたね」
ヴィラは懐かしそうに言った。
「私にとっては、夢のように楽しい四十年でしたよ。これからもずっと楽しいと思うとわくわくしますよ」
ミルキダスが言った。
「本当にそうですね。四十年で城の中がこれほど賑やかになるなんて」
とフリット。
ノックの音がして、誰かが部屋に入ってきた。その人物を見て、みんなの目が見開いた。
「王妃！」
「イシュタール！」
「今日はお願いして戻ってきました」
「イシュタール！」
ゆりはイシュタールに抱きついた。そして黒目のゆりもイシュタールに驚き、抱きついていた。
「会いたかったよ」
「私もです」
「よかった。今日は戻ってこられないかなって思っていたんですよ」
ミルキダスは目を潤ませて喜んでいた。
「王妃、頼んで作ってもらいました」
イシュタールがゆりに渡したのはハンカチだった。四隅に花の刺繍があるかわいいハンカチである。
「ありがとう！」
「まさかの全員かぶりか」
ミカエルは笑っていた。なんと全員の贈り物がハンカチである。
「今日はいいですよ。何枚あっても足りませんから」
ヴィラの言葉に皆笑っていた。
ゆりは最近行われた土の祭りのことをイシュタールに話した。イシュタールは微笑んで聞いている。
「ところで、イシュタール、なんだかさらにたくましくなったよね」
「毎日剣を振ってますので」
イシュタールが頭をかいた。
「まだしばらくかかりそうなのか？」
ミカエルが聞いた。
「そうだな。詳しくはわからないが、あと一年か二年はかかりそうかな。みんなにはすまないが。ところでバートランド様は今日はどちらかな？」
「バートランドさんはロイ様を連れて虎の国に行ってるんだ。今年中はむこうかもな」
フリットが説明した。
「虎の国」
「バートランドさんはロイ様を集中的に鍛えたいみたいだ」
「そうなのか」
「そろそろ行こうかな」
ゆりはそわそわしだした。ラクシュミとの庭園デートは十時からである。まだ三十分はありそうだが、ここにいるのも落ち着かなかった。
「今日は晴れてよかった。それだけが心配だったの」
「我々はここで飲んでます。王妃、風邪を引かないようにしてくださいね」
今は秋、時々冷たい風が吹いている。
「わかってる。ショールをはおっていくわ」
ゆりはショールを背中にかけて、大量のハンカチを手に部屋を出て行った。
「では、我々は飲みましょうか。酒を頼んで来ます」
ヴィラが出て行った。
「イシュタール、本当にたくましくなったよな」
ミカエルがイシュタールを上から下に眺めていた。
「向こうでの任務って、稽古なのか？」
「詳しく言えないんだ。すまんが」
「お前が強くなる分には別にいいけどな。我々は」
「そうだ。クロス様がみたい。行ってくる」
イシュタールは部屋を出て行った。
「この四十年、いろいろあったな。イシュタールは半分妖精になっちゃうし」
ミカエルが言った。
「でも、以前よりは楽しいじゃないですか。イシュタール殿だっていきいきしてますよ」
とジュノー。
「そうだな。我々も、こんなに子供ができるなんてなあ」
「本当にな」
ミカエルの言葉にフリットが同意していた。
侍女達が酒を運んで来た。
「じゃ、今日は一日飲もう。王と王妃がいつまでも仲が良いことを祈って」
「そうだな」
「乾杯」
ゆりの部屋で男達は宴会を始めた。子供達は今日は勉強はなしである。ミシェイラとレーヌ以外はこっそりと庭園デートをのぞくつもりだ。ジロウも今日は二人と一緒にいる。
庭園はこの日のために花が植えられたりしていたが、東屋の周りは侍女達がキレイにお花で飾っていた。ゆりは早めにきて庭園をうろうろしている。天気がよかったので寒くはなかった。
「ああ、どきどきするわ」
ゆりは大量のハンカチを重ねて東屋のテーブルにおいた。一枚は手に握りしめている。
「お母さんがんばって」
「母様がんばっ」
「がんばってね」
子供達がゆりに声をかけに来た。
「がんばる。でもがんばるのは私じゃなくて王様じゃない？」
「そうかも」
などと話していたらラクシュミが庭園にぱっとやってきた。子供達はあわてて散った。
「王様、なんか早くない？」
「お前が早めにいると聞いてきたんだ」
「……うう……」
ゆりはさっそく目元にハンカチをあてていた。
「天気がよくてよかったな」
「うん」
「ゆり、今までありがとう。これからも、一緒にいてくれるか？」
「うん」
ゆりはうなずきながらも号泣していた。
少し離れた所では、侍女達ももらい泣きしていた。侍女達は涙を拭いて東屋にティーセットの準備をした。二人は花壇を眺めた後は、東屋でお茶を飲んだ。ゆりはずっと泣いている。
「ハンカチ一杯用意したんだな」
ラクシュミは山になったハンカチを見て苦笑している。
「みんなハンカチをくれたの」
「そうか。実は私も用意していたんだが」
「もちろんもらいます」
ラクシュミは懐からハンカチを出してゆりに渡していた。青系のチェック柄だった。
「お前は私のために何度も命をかけてくれたのに、私はお前のためにたいして何もしていない。お前が幸せだと思うことならなにをやってくれてもかまわない。ただ、私を捨てないでくれ」
「王様、王様を捨てたりなんてするわけないよ」
ゆりは号泣しまくり、ハンカチを次々と使っていた。
「約束だからな。ずっと私の妻でいてくれ」
「うん。もちろんだよ。王様」
その様子をのぞいていた子供達はもらい泣きしていた。
男達の宴会にはムサカも加わっていた。ムサカは魔法陣の進捗状況などを男達に話していた。
「隕石の石で彫った魔法陣が一番効果が高く長続きするので、王の間の床に彫ったらどうかと最初思ったんですが、考えるとちょっと難しいですね。床は結構でこぼこしてますから」
「そうですね。真っ平らじゃないですからね」
ミカエルが言った。
「そこで、考えたんです。四角い平らな石を王の椅子の周りに配置するのはどうかな、と。その石に魔法陣を彫れば、結界のような効果で、王の魔法力が回復できるのではないかと、これはまあ私の想像なんですが」
「魔法陣についてはもうムサカ様に一任するしかないです」
フリットが言った。
「その前に魔法陣を完璧にする必要がありますがね。完璧な魔法陣ならば、一つあれば、手を当てるだけで魔法力が回復するとか、そういうのもできると思うんですよ」
「なるほど。夢は広がりますね」
ミカエルが楽しそうに言った。
「ムサカ様は最近生き生きしてますからね。研究とか、好きでしょう」
ハインリヒが聞いた。
「ああ、好きだ。過去に戻る前になんとしても完成させたい」
「ムサカ様の顔を見た女王陛下の顔がみたいですね」
「もうじいやとは呼べないですね」
ハインリヒに続いてカールが言った
「ところで遺跡の謎は発展しないですね」
ジュノーがハインリヒに言った。
「そうだな。始祖様方の名前が必要だからなあ。どんな文献にもないし、こんなにも長い間秘密が明かされなかったんだ。謎を解明するのは難しそうだ」
ハインリヒも時々遺跡に行っている。自分が産まれる前、父に蛇が乗りうつっていた、という事実を知ったものの、特別な呪文のようなものをハインリヒが思い出すことはなかった。
「どんな宝があるのか気になりますね」
ヴィラが言った。
「気になる」
庭園では、ゆりは泣きすぎて目がはれぼったくなっていた。
「ゆり、そのへんにしないと、目が腫れてきてるぞ」
「だって王様が泣かすから」
「私は普通に感謝してるだけだが。そろそろ戻るか？」
「え。王様待って、次はいつ？」
「次？ 次は……十年後かな？」
「え？ 十年も外に出ない気なの？」
ショックを受けたゆりを見て、ラクシュミは「冗談だ」と言った。
「来年の今日も出よう。あとは、子供達の誕生日とか」
「よかった！」
「ゆり、今夜はがんばるからな」
「うん！」
最後にうれしそうな「うん」が出て、庭園デートは終了になった。
部屋に戻ってきたゆりを見て、男達はぎょぎょっとした表情になった。
「王妃、顔が……」
「ちょっと泣きすぎちゃった。これって、魔法で治せる？」
この場にムサカはもういなかったので、ゆりはカールを見た。
「えーと、治せるかな？ やってみましょう」
「あ、やっぱりいい。これは幸せの腫れだから。デートが終わったらお腹すいちゃった。みんなで一緒にお昼ご飯を食べましょう」
その後食事が運ばれてきて、ゆりは男達と一緒にご飯を食べた。
「イシュタールは神の国では何を食べてるの？」
ゆりはイシュタールに聞いた。
「神の国では、食べなくてもお腹がすかないんですよ」
「え？ そうなの？」
「食べ物をもらって食べることもありますよ。妖精達の宴会に誘われることがあって、その時とか」
「そうなんだ」
「ジンラ様のお酒が飲み放題か？ いいな」
ミカエルが言った。
「はは。みんなに申し訳ないと思いながら飲んでるよ。では私は、子供達に会ってきますね」
「うん。会ってあげて。彼女達にも」
「王妃、ずっと元気でいてくださいね」
「もちろんよ」
ゆりはイシュタールと手をつないで別れた。
「ハインリヒ殿、あの時の歌をまた歌ってくださいよ」
ジュノーがハインリヒに頼んだ。
「歌えないって。あれはやはり私じゃない。……いや、歌おう。今日はお祝いだから。リュートを持ってくる」
ハインリヒはすくっと立ち上がって消えた。
「おお！？」
男達は目を合わせている。
リュートを持って来たハインリヒは超美声で歌い出し、男達は感動して泣きだした。
ミルキダスは号泣している。男達にもハンカチが必要なようだ。
（ガーベラ様、サービス精神が旺盛だなあ）
もう歌っているのは男ガーベラに違いなかったのでゆりはそう思っていた。最後にハインリヒに入った男ガーベラはゆりにウインクしていたのだった。
夜にはゆりの目の腫れも引いていた。ゆりはこの日は際どい寝間着を着て王の間の寝室にいる。
（久々の王様とのラブラブ〜〜）
ラクシュミが寝室にやってきた。
「王様見てこれ、ジュノーにもらったの」
ゆりは真っ白なスケスケキャミソールを着ていたので、ラクシュミはちょっと引いていたが、すぐに、「かわいいかわいい」と言っていた。
「本当にそう思ってる？」
「妊娠に気をつけるようにとフレイに言われてしまった。確かに気をつけなきゃな」
「できたらできたでしょうがないわよ」
「お前の精神力はすごいぞ。そのタフさがお前の魅力でもあるな」
「タフさには自信があるから」
「じゃあ、まあ、するか」
その夜ラクシュミはがんばり、どちらのゆりとも抱き合ったのだった。
神の国では夕方、オオカミ頭のヴォルフがガーベラの神殿に帰ってきた。
「あら、お帰りなさい」
ヴォルフはガーベラに抱きついてきたので、ガーベラはヴォルフの背中をなでなでした。
―お母さん、この世界、好き？
「え？ あなたが話してるの？」
声はガーベラの心に響いてきた。
―この世界、好き？ 楽しい？
「ええ、楽しいわ。私はこの世界が大好きよ」
ガーベラはヴォルフを抱っこして答えた。
―僕のことも好き？
「ええ、大好きよ」
ガーベラはしゃがんでヴォルフの額にちゅっとキスした。
ヴォルフの頭がぶれてきた。
「え？」
オオカミの頭が人と同じ頭に変わっていた。前髪は眉あたりまで、ストレートの髪は肩まであった。あどけない青い瞳がガーベラを見上げていた。
「お母さんが好きなら、僕もこの世界が好きだな」
「かわいい。どちらかというと顔は、私よりじゃない？」
ヴォルフの顔は、勇ましいというよりも、かわいい系である。
「体はハロルド系で、顔は私系？ 面白いわね」
「僕はお母さんのために産まれたんだよ。お母さんが嫌になったら、この世界を壊してあげる」
「じゃあ私がこの世界が好きなうちは、この世界を守ってくれる？」
「うん」
「そうなんだ。じゃあよかった」
ガーベラはヴォルフの言葉を深く受け取らずにそのまま受け流した。
「この世界は楽しいことがいっぱいよ。一緒に楽しみましょう」
ガーベラがヴォルフの両手を握りしめていうと、ヴォルフはうなずいていたのだった。
つづく
十四部
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