第１５話
ゆりが王様とのラブラブデーで喜んで寝ている頃、ヴィラは夢でディランと出会っていた。今日は蛇達は出ていないようだ。周りは真っ白な空間だった。
ヴィラは久しぶりにディランと会えたので、すごく喜んでいた。
「すごく会いたかったんですよ」
「私もですよ。すごく会いたかったですよ。ヴィラ殿」
二人はがしっと両手を握り合った。
「アナスターシャ様は元気ですか？」
「元気ですよ。姫のおかげで城の中はいつも明るいです。教官達もすっかり姫にメロメロでして」
「はは」
「ゆり様は出産されたんですよね？ 姫もずっと気にしてましたよ」
「はい。今年の三の月十三日に王妃は出産しましたよ。男の子です。名前はクロス様。王妃は出産の時大変だったんですけど、ムサカ様が助けてくださったんですよ。我々は、本当にムサカ様に感謝しています」
「そうですか」
「ムサカ様なんですが、実は……若くなりまして」
ヴィラはようやくこのことが伝えられたのでうれしかった。
「ザクート王に変身をやめさせられたんですよね？ それは聞きましたよ」
「その後さらに若くなったんですよ。ハインリヒ殿くらいに」
「……え？」
「詳しくは言えないんですけど、戻った時に皆びっくりされると思います」
「……陛下の夢が現実になったりして。陛下ったらムサカ様がゆり様を恋人にした夢を見たとか、二人が子供を作っちゃった夢を見たとか、そういう夢ばかりみるんですよ」
「子供？ ははは、もしできたらすごいですが」
ヴィラも苦笑いしている。
「さすがにそちらの陛下に悪いでしょう。赤い月を二人が過ごすわけにもいかないでしょうし」
「まあ、そうでしょうねえ」
「さらに若くなったなんて、想像できないですねえ。ムサカ様が帰ってくるのは楽しみですが、姫がいなくなるってことですからねえ。それはこちらにとっては辛いですね。本当に姫の明るさにみんなメロメロでして」
「そういうところは王妃譲りですね」
「本当に」
二人の出会いはそれで終わった。
（王妃がムサカ様の子供を産んだらすごいが、さすがにそれは無理だよなあ）
朝目覚めたヴィラは思っていた。今のラクシュミならば「是非に」といいそうだが、赤い月のラクシュミならばどう思うかわからない。
「あの時の王、怖かったもんなあ。ムサカ様も王ともめたくないだろうし。もめて過去に帰られると困っちゃうしな。それ以前にムサカ様に女性とどうこうなる気があるのかどうかも謎だ」
ムサカが夜がだめだったことを知っているのはハインリヒにカール、ドルイドだけである。他の皆は知らないことだった。
「まあ、あまり王妃を刺激しないようにしよう」
今ラクシュミは気分的に一番楽な時である。アナスターシャとムサカの入れ替わりの日まで、穏便に過ぎてほしいものだとヴィラは思ったのだった。
「土の祭りが終わって、王様との庭園デートも終わって、次は酒祭りね。うれしいことが続くっていいねえ」
蛇の国でのイベントの最後は酒祭りである。うきうきが続いてうれしい限りである。
「今年はジンラ様がいらっしゃるんだもんねえ。楽しみだな」
とラギ。
「楽しみね」
ナナミが言った。
「酒祭りにロイは帰ってくるのかしら？」
とゆり。
「どうだろうね。毎年楽しみにしてるけど、帰ってくればいいね。せっかくだからタロウさんも連れてきてあげればいいのに」
シスが言った。
「そうねタロウ君にもジンラ様を見せてあげたいよね」
「ところで、街の人にはジンラ様のこと内緒にするんでしょ？」
ナナミが聞いた。
「内緒にしないと、パレードの場所取りする人とかいそうじゃない？」
とゆり。元の世界のなんとかランドみたいであるが、自分が一般庶民ならば、朝から場所取りくらいしかねない。
「確かにね。でも噂を聞いた人がどっと集まりそうだな。ちゃんと馬車が走れるかな」
ラギは首をひねっている。馬車が通る道は大道路ってほど広くはない。
「神様相手だからみんな行儀良く見学するわよ。きっと」
ゆりは気楽に言っていた。
「だといいけどね」
さて、神の国では、ジンラが自分の神殿で、紫系の衣装に身を包んでいた。いつも着ている服とは違い、かなり布が重なって豪華である。ローブ部分は裾までグラデーションになっている。
「アマンザどうだ？ 威厳があるように見えるか？」
「はい、かっこいいですよ」
アマンザが答えた。
「そうか？」
ジンラは姿身鏡に自分の姿を映していろんな方向から眺めていた。祭りの服が出来たので着てみていたのである。
「神様っぽいかな」
「神様っぽい？ 神様ですが」
アマンザは笑いそうな顔である。
「こういうの初めてだから緊張するな」
「お祭りに来て欲しいって頼まれたことはないんですか？」
「ないな」
「僕も一緒に行っちゃだめですよね？ 行きたかったなー」
「二人いっぺんに行くのはまずいかもな。まあ私は毎年行くわけではないからな」
「祭りは二日あるから次の日に行っちゃおうかな。お父さん一人じゃなくて妖精を一人連れて行くんですよね？」
「そう思ったが、神官を連れてくってのもいいかもな」
「聖地の神官ですか？」
「神官が祭りにでると、神官が選ぶ今年の祭り大賞だかにエントリーできるらしい。アリアスが言ってた」
「はあ」
「聖地新聞に載ったりもするらしい。どんな新聞かしらんが、聖地の新聞ってくらいだからすごい新聞なんだろ？」
「それは知りませんが、お父さんと一緒に祭りに行けるなら、神官達は喜びますよ」
「そうかな。飾りはどれをつけようかなあ」
ジンラは飾り物を並べて悩んでいた。
時間がかかりそうなのでアマンザは神殿の外に出た。
（お母さんはお祭りに行けるのかな？ どうなんだろう）
アマンザは神殿の外で雷の神様ソルに出会った。ソルは相変わらず、目元は前髪で隠れたままである。
「やあ」
「やあ、ソル、どうしたの？」
「ちょっときて」
ソルはアマンザの手を引いて行った。少し離れた所にルチアとマチルダがいた。
マチルダは猫のリーファをだっこしていたが、リーファはいやそうにじたばた暴れている。
「ん？ どうしたの？」
アマンザが聞いた。
「人間界に遊びに行こう」
ソルが言った。
「え？」
ルチアは片手を挙げている。
「なんでこの組み合わせ？」
「ルーもいきたいって」
「え？ ルチアは話せないのにわかったの？」
「うん」
「どうやって？」
「フギャー」
リーファは暴れていたがマチルダはしっかりリーファを捕まえている。
「嫌がってるから連れて行ってくれないかもよ？」
「多分大丈夫」
「えー」
ルチアは背中からソルとアマンザを押して、四人はひっついた。
「フギャ！」
そのまま四人と一匹は神の国から消えた。そして、四人の目の前には、人間がいっぱいいた。
机がたくさんならんでいて、人間達は椅子に座っていたが、突然現われたアマンザ達に驚いているようだ。
「にゃーん」
リーファは壇上にいた男に飛びついていた。
「おやおや、これは皆さん幸運ですね。神の国の方が四人もいらっしゃるなんて」
リーファが抱きついたのはクーガである。ここは聖地にあるアシュラン神殿の中の講堂である。クーガのお話の最中だった。
「ここどこ？」
アマンザは人間の言葉で聞いた。
「聖地ですよ」
「セイチ。聖地か」
「神の国の方って……」
「すごい。かわいい！ かわいい神様だ！」
「かわいい！」
人間達は興奮気味である。
「紫の髪の方はお酒の神様アマンザ様、金色の髪の方は最近神様になった雷の神様ですよね。名前はソル様。黒と金の髪の神様は終日の女神ルチア様、それから赤い髪の女性は、えーと……」
「マチルダです」
アマンザが言った。
「マチルダ様です。リーファ、こんなに連れてきてしまうなんていたずら好きですねえ」
クーガがリーファに言っている。
「フギャン」
猫は違うとでもいうかのように言っていた。
ルチアは人間達をきょろきょろ見回している。
「ルーは黒髪の人間の女の子に会いたいんだって。火の神殿で会ったらしいよ」
ソルがアマンザに説明していた。
「へーそれって、おかあ、いや、王妃様のことかな。ソル、よくそこまでルチアと意思の疎通ができたね」
アマンザはそこに感心していた。二人の組み合わせは意外な気がした。そしてソルがかなり話すようになったな、とも思っていた。
「うん。なんとなくわかった。その女の子、どこにいるかな」
「蛇の国のお城だよ。この前行った国だよ」
「そうなの？ 僕が会った人かな？」
二人は神の言葉を話していたが、クーガには理解できていた。
ルチアはここは違うとジェスチャーで訴えている。
「リーファ、皆様を蛇の国につれて行ってあげてください」
「ニャーン」
猫はいやそうに横を向いている。
「お願いしますよ」
リーファは仕方なくといった感じでクーガから離れて、アマンザにひっついた。
「リーファ、ごめんね。頼むよ」
とアマンザ。
「ニャン」
「みんなひっついて」
三人がアマンザにひっついて神々は消えた。クーガは胸元に手を当てて頭をさげていた。
（それにしても、あのルチア様、すごい神気だ。やはりすごい女神に違いない）
クーガはルチアの神気に圧倒されたのだった。アリアスほどではないが、それでもルチアは将来上位の神として崇められることになるだろう。
人間達はあまりの出来事に静かになったが、やがて、「俺神様に初めて会った！」「やった！」と喜びだした。
城ではゆりはクーガのファンクラブの会報を読みながら紅茶を飲んでいた。
「今月クーガ様に会えるの楽しみ。またスペード様にも会いたいなあ。私四十年経って気が多すぎるわ」
などと言っていたらヴィラがやってきて、夢でディランに会えたことを話してくれたのだった。
「アナスターシャ、向こうでうまくやってるのね。よかった」
「アナスターシャ様の明るさは、王妃譲りですねって言ってましたよ」
「明るくて何よりだわ。アナスターシャにもクロスを見せてあげたい」
そのクロスは、今へびっちと一緒にゆりのベッドでお昼寝中である。へびっちがよくクロスの世話をしてくれている。
「ムサカ様のことを話したら驚いてましたよ」
「そりゃ驚くよね。ディランと同級生になっちゃったんだもんね。ムサカ様が戻ったら、女性達に迫られて大変だろうなあ」
過去の女性の方が積極的そうである。
そういう想像をしていたら、部屋にわっと人が現われて、二人は「おっ！？」と驚いた。やってきたのは、アマンザ、ソル、ルチア、そしてマチルダである。
ゆりにすればかなり意外な組み合わせだった。
猫がぴょーんと飛び出してきた。
「クーン」
ゆりの横にいたジロウが尻尾を振っていた。ルチアはゆりを見ると、目を輝かせて近づいてきた。
「今日はどうしたの？」
ゆりがアマンザに聞いた。ヴィラは唖然とした様子である。
「ルチアが王妃様に会いたいって」
「え？ 私に？」
ヴィラは横にどき、マチルダを見ていた。一人だけ年頃の女性なので気になったようだ。マチルダは部屋の中をきょろきょろ見て、ハロルドの肖像画の前に立っていた。
ゆりが立ち上がるとルチアはゆりに抱きついてきたので、ゆりはルチアを抱きしめた。
（やっぱりルチアにはばれてるんだろうなあ）
ルチアはうれしそうだ。そんなルチアを見てソルは首をかしげていた。
そしてそんなソルを見てアマンザはどう説明したらいいやらちょっと悩んでいる。
ルチアはゆりから離れるとマチルダをひっぱってきて、ゆりにひっつけとジェスチャーで訴えていた。マチルダはきょとんとしているし、ゆりもちょっと困っていたが、ルチアが強引にマチルダをゆりに引っ付けようとしていたので、ゆりがマチルダを抱きしめた。といってもマチルダの方が背が高いのでゆりはだきついてる感じであるが。ゆりからしたら微妙な感じである。
次にルチアはソルを呼んでいた。
「え？ 僕も？」
ソルはアマンザを見た。
「抱っこされたら良いよ」
「どうして？」
「ルチアが言ってるから」
ソルは首をかしげながらもゆりにだっこされた。ルチアは最後にアマンザを呼び、アマンザもゆりに抱っこされたのだった。
「四人は仲が良いの？」
ゆりが聞いた。
「え、仲が良いことはないんですけど……」
マチルダはルチアにハロルドの絵画を示していた。ルチアは笑顔のハロルドを見ておっという表情である。
ヴィラは（全員王妃が産んだなんて感動するな。それにしても、彼女美人だな）とマチルダを見て思っていた。
「こんなに神様が来ちゃっていいのかな。怒られない？」
ゆりは笑ってアマンザに聞いている。
「どうかな。ばれなきゃ大丈夫かな」
とアマンザ。
「ルーはどうして彼女に会いたかったのかな」
ソルはアマンザに聞いていた。
「彼女は、僕たちにとって特別な人なんだ。だからだよ」
「特別？」
「うん。詳しく言えないけど、特別なんだ」
「そっか。そうだ。ぼく、雷の人に会いたいな」
「バートランドさんのこと？ 彼は今虎の国にいるのよ」
「そうなんだ」
ルチアはアマンザとソルも呼んでハロルドの絵を指していた。どうしても気になるらしい。
「ハロルド様、すごく笑顔だよね」
アマンザが言った。
「うん。すごくうれしそうだな」
ソルはうなずいている。
「じゃあ、みんな、そろそろいこうよ」
アマンザが促した。
ルチアがゆりに手でバイバイし、ゆりも「さようなら」と返した。また来てね、ともなかなか言えない。
「クーン」
ジロウは寂しげな声を出していた。
アマンザはリーファを抱っこして、みんなひっついて消えた。
部屋の中が静まりかえった。
「個性豊かな面々でしたね」
ヴィラが椅子に座り直して言った。
「本当にね。みんな神の国でちゃんと生きてるんだ。そう思うとうれしいな。良いことをしたんだって思えてくる」
自分がこの世からいなくなった後も、彼らは生き続けるんだ、そう思うとうれしかった。
「王妃は良いことをしましたよ。大人の彼女、美人ですね」
「うん。彼女はマチルダっていうんだけど、産まれた時から大人だったの。美人だから何か微妙な気持ちだったわ。人間が好きそうな女性でしょ？」
「好きですよ。強そうで、体が丈夫そう。一族の女性に欲しいです。黒と金の髪の女の子も面白い感じですね」
「うん。元気いっぱい女神ちゃん、いつでも元気いっぱいなの。それにしても予想外な組み合わせだったわね。面白い」
「王妃だけ彼らと意思の疎通がちゃんとできてるから不思議ですね」
「本当にね」
アマンザ達は無事神の国に戻ってきた。場所はカサンドラの神殿近くだった。戻るなり猫はアマンザの腕から抜け出して逃げて行った。
「ありがとう。リーファ」
アマンザはリーファにお礼を言った。
ルチアはみんなに手を振って去って行き、マチルダは無表情のままどこかに歩いて行った。ソルは何か聞きたそうにアマンザを見ている。
「聞きたいことがあるのはわかるんだけど、僕が言っていいのかどうかわからないんだ」
「他にも特別な人いる？」
「いや、僕たちにとって特別なのは、あの人だけだよ。そのうちに話すね」
「うん」
アマンザがジンラの神殿に戻ると、ジンラはまだ鏡の前にいた。床にはサンダルが五足ほどあった。今はサンダルを選んでいるようだ。
（まだやってたんだ。ものすごく気合いが入ってるんだな）
アマンザはそんなジンラに苦笑している。
ソルはカサンドラの神殿の外にある木製のベンチに座っていた。そこにサントスがやってきた。
「あの」
ソルが話しかけた。
「なんだい？」
サントスはうれしそうに聞いた。
「僕虎行きたいな」
「え？ 虎？ なんで虎？」
「虎行きたい」
そしてルチアはガーベラの神殿にやってきて、ガーベラに抱きついていた。ガーベラはルチアの背中をなでなでした。
「今日は海は行かなかったの？ どこで遊んだの？」
ルチアは身振り手振りで何かを訴えている。
「なんか冒険したみたいね」
そこにヴォルフが戻ってきた。ヴォルフは今はもう獣の頭ではなかった。ヴォルフはルチアを見て脅えるように後ずさっていた。
「ルチアは初めてだっけ。ヴォルフよ。あなたの弟、仲良くしてあげてね。ヴォルフ、ルチアよ」
ルチアはヴォルフに目を向けて、ヴォルフに近づいてヴォルフの頭をなでなでした。ヴォルフはびくついて目をぎゅっと閉じていた。ルチアはすっと部屋を出て行った。
「脅えなくて大丈夫よ。ルチアは優しいから」
「……あの神は僕を殺せる」
「え？ なんて言ったの？」
ヴォルフの声は小さすぎて、ガーベラには聞こえなかった。
「お母さん、この世界の切り札は、お父さんじゃない。彼女だ」
「切り札？」
「いずれ、大きな戦いがあるよ。その前に、試練がいろいろとあるかもしれない。神々に負の感情が増幅すれば、あちらに有利になってしまうかもしれない」
「そうなの？」
「うん」
「どうしてそんなことがわかるの？」
「僕にはわかるんだ。だから気をつけて」
「わかったわ。あまり心配しないで。大丈夫。ルチアはやっぱりすごい子なのね」
「うん」
「大人になったらハロルドよりもすごくなるのかしら。楽しみね」
ガーベラは気楽にそう言っていた。
夕方になり、マチルダがハロルドの神殿に戻ってきた。マチルダはハロルドを見てあの絵画を思い出したのか、にやっと笑っていた。その笑いにハロルドは眉をひそめていた。
マチルダが産まれてから、ハロルドは今までマチルダの笑った顔を見たことがなかったのだ。基本、いつでもマチルダは無表情である。
「え？ ど、どうしたんだ？」
マチルダはにやにやしたまま通り過ぎて行った。ハロルドはジェイクに会いに行き、「私の顔、どこか変じゃないか？」と聞いていたのだった。
つづく
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