第１６話

過去の時代では、ディランがヴィラと夢で出会ってから、ディランが未来での情報を女王やアナスターシャ達に伝えていた。

「え？　ムサカがもっと若くなった！？」

予想通り、女王はかなりびっくりしている。

「うらやましい。ムサカずるいぞ。私も若返りたいものだ」

妙齢になってきた女王はぶつくさ言っていた。

「私達くらいになっちゃったなんて……」

とフークス。

「ムサカ様、未来で楽しそうですね」

ルークが言った。

「まったくだのう」

と女王。

「姉様、弟君が無事産まれてよかったですね」

アゼルがアナスターシャに言った。

「うん。クロスに会うのが楽しみだな」

「未来は相変わらず毎回驚くことばかりだのう」

女王はそこに感心していた。

「本当に。ムサカ様とカールが楽しそうで何よりですよ」

ディランが言った。


未来では、三の月に産まれたクロスは産まれてから半年が経過していた。今のところ無事育っている。へびっちが父親のようにクロスの世話をしていた。そのため、クロスはへびっちのことを父親のように思っているようだ。とてもなついている。へびっちのおかげかクロスの背中の蛇はとても落ち着いていた。

「へびっちがいてくれてよかった」

とゆりは思ったが、へびっちも思えば数奇な運命である。イシュタールが死にかけなければ、へびっちが人になることもなかった。ゆりの肌の蛇の孫が産まれることもなかった。

「世の中不思議なことが一杯あるわよね」

ゆりはしみじみと思ったが、現に今、ゆりが知らない間に不思議なことが起こっていた。

ゆりはムサカの部屋にやってきていたが、ゆり本人は全く気がついていない。ゆりの体は今、ゆりの肌にいる金蛇達にのっとられている。しかも耳が大きくなっていた。金蛇達は勝手に残っていた最後の紫の実を食べたのだ。

「ムー様ひどい。私達の気持ちを無視するなんて」

金蛇達はしくしくと泣き出した。

「え、別に無視したわけではないですが……」

ムサカは少々戸惑った様子で言った。

「がんばってアピールしたのに」

「私は陛下を裏切るわけにはいかないんですよ。わかってください」

「これは裏切りではないです。愛です。私達は最後にムー様の子供が欲しい。男の子を産んで、王様にくっつけたいの」

「え？」

「だから、恋人になってほしいの」

金蛇達の予想しなかった言葉に、ムサカはしばし固まっている。

「……それならば、カールが今肌にひっつけている蛇を、陛下にくっつけたらどうですか？」

カールがつけている子蛇は、過去の巫女とへびっちの間の子供である。

「やだ。王様には私達の子蛇をくっつけたい」

「しかし、この時代では子蛇を作るのも大変ですよ」

「だからね。ムー様がすごくその気にならないと無理なの」

金蛇達はムサカの指に自分の指をからめていた。

「会うたびにあなたたちは性格が違いますね」

「ムー様の性格がよくわからないから、ようすみてた。本体と同じで、やさしそうかなって」

「私も自分の肌の蛇の性格はよくわかりませんが……」

金蛇達はムサカの膝の上に強引に乗った。

「赤い月はどうだった？」

「えーと……私が変化したのはもう随分前のことですからね。記憶をなくしたりはしなかったと思うが……どっちみち、ゆり様本人を無視してこういう話を進めるのは無茶ですよ」

ゆり本人は、金蛇達の行動を全く知らないのである。

「いいの。めんどうくさいから」

「面倒くさいからってわけにはいかないですよ」

「じゃあ、ムー様から迫ってくれる？」

金蛇達は顔を近づけて聞いた。

「え？」

「今夜忍んできてくれればいいから」

「いやいや、無理です」

「なら、本体は無視。私達には今しかないから、今、ムー様に出て来てもらう。それで、ムー様とお話する」

「私も無視されるのは困ります」

「ムー様がいいならいいじゃない。この体は美人じゃないからやかもしれないけど、私達は美人だから」

金蛇達は自信満々である。

「そういう理由では……」

「ムー様はいつか過去に帰るでしょ？　だから、いまのうちに置きお土産をちょうだい。ムー様が今研究していることよりも、はるかにこっちのほうがいいもの。王様の力があがるし」

「女の子しか産まれなかったらどうするんですか？」

「その時は、がんばって再挑戦かな。でも、一度出産するとだいぶ力なくなっちゃうからなあ。ムー様がいる間にできるかどうかはわからない。私達はこの出産に賭けたいの。だから、今回は他の男達とは仲良くしない。ムー様とだけしたい」

「…………」

「今夜、私達が来るか、ムー様が来てくれるか、どっちか」

「今夜？」

「今の方が力強いから」

「もし、私の蛇が嫌がったらどうするんですか？」

「その時はあきらめる」

ムサカは目を閉じた。

なんとも急なことになったものである。

（置き土産か……）

そのためにムサカもいろいろ頑張っているのだが、そういう置き土産をせがまれるとは思わなかった。

（ゆり様との子供が欲しいと言われるよりは、子蛇の子供のほうが気楽ではあるが。うーむ……）

「実は、自信がないんですよ。しばらく女性の相手はしていないですからね。前に変化したのも随分前ですし」

今ゆりがムサカの膝に乗っているが、ムサカはそこまでムラムラもしていなかった。変化するほど興奮できるかどうかという不安がある。

「なんとかがんばって」

「はあ」

金蛇達はムサカにちゅっとキスした。

「がんばって愛し合いましょ♪」

「はい」

ついにムサカはそう答えてしまった。

（女性にこれだけ言われて答えないというのも情けない。それに肌の蛇の子供ならば、私自身がもし興奮できなくてもいいってことだし）

ムサカの体と肌の蛇同士の交わりは別なので、それならばいけるかもしれないとムサカは考えたのだった。

（しかし夜這いかあ……この城でそういうことをするのも抵抗はあるが、他の場所でってわけにもいかないしな……それにこの時代で肌の蛇が体から出たり戻ったりできるのだろうか？）

ムサカが悩んでいるとゆりは目を閉じた。そして目を開けた。

「え？！？」

ゆりは明らかに驚いているようだ。ムサカの膝から落ちそうになったので、ムサカがあわてて支えていた。

「え……ええ！？」

「ゆり様気がつかれたんですね」

「え……あの……」

ゆりは周りをキョロキョロみている。

（ちょっと！　突然やめてよ！　びっくりするでしょ！）

黒目ゆりは、もう一人の自分のせいだと思っていた。

―私は知らないわよ

（ええ！？　どういうこと？）

「あの、私はどうしてムサカさんの膝に乗っているのでしょうか。記憶障害か何かかしら」

ゆりは引きつった顔で聞いた。

「いえ、実は、ゆり様の中の金蛇達が、ゆり様の体を操っていたようです」

「え？　金蛇？」

「ゆり様、私の蛇の子供を産んでください」

ムサカは心を決めて、ゆりの手を握りしめて言った。金蛇のせいだというのも情けないと思ったのだろう。

「はい？」

ゆりは目を見開いたまま固まってしまったのだった。


ゆりはその後自分の部屋に戻ったのだが、どうやって戻ったのかさっぱり記憶がなかった。

「蛇の子供を産んでくださいって……ええ？　ええー？　何いきなり。ええー？？？」

侍女が部屋にやってきてゆりを見て言った。

「紫の実を食べたのですね」

「え？」

ゆりは鏡で自分の顔を見た。

「ほんとだ。勝手に食べてる」

（金蛇達が勝手にこんなことをするなんて。しかも子蛇って……前に死ぬかもしれないとか怒ってたのに、どうしたんだろう？　若返ったムサカ様にほれちゃったとか？）

「私の体もややこしいことになってきたわね」

もう一人の自分に、ガーベラに、次は金蛇達である。

「うーん、うーん」

ゆりは悩みながら部屋の中をうろついていた。

「今夜会いましょうって言ってたけど、どうしよう」

―私はムサカさんいいと思う。私にまかせてよ

もう一人のゆりは乗り気のようだ。

「そうね。じゃあ、よろしく」

黒目ゆりはもう一人の自分に丸投げすることにした。蛇の目のゆりが表に出て来た。

「もうちょっと詳しく聞いてこようっと」

蛇の目のゆりはムサカの部屋の前に瞬間移動して、またムサカに会いに行った。

金蛇達がムサカに何を言ったのか、聞きたいと思ったのだ。そして、ムサカに話を聞いて、ゆりは衝撃を受けた。

「えー金蛇達がそんなことを考えていたなんて……でも、王様に子蛇をつけたいのなら、今カールにいる子蛇をくっつければいいのに」

「自分達が産んだのじゃなければいやだと言ってましたよ」

「ただ単に、ムサカさんの蛇さんと仲良くしたいだけなんじゃないかしら。ムサカさんは、変化すると体に蛇はいるんですか？　それともいろいろな色の鱗が出るだけなんですか？」

ゆりは膝を進めて聞いた。

「実は、私は変化すると、肌に二匹蛇が出るんです」

「えーステキ！！」

「ですが赤い月以外で変化したことはないんですよ」

（ムサカさんの蛇、絶対見たい！）

「わかりました。今夜私がムサカさんをその気にさせてみせますね」

ゆりは胸をたたいていた。気分的にかなり盛り上がっている。

「うまくいくといいんですが……」

「でも、金蛇達の申し出をよく受ける気になりましたね」

「実は、土の祭りの最中、金蛇達が私にアプローチしてくれていたんです。それがすごくかわいかったんですよ」

「アプローチ？」

「こう、二匹でハートの形になろうとしたりしてくれたんです。私は肌の蛇を見ることができるので、ついずっと見てました。あれがかわいくて」

ムサカはちょっと恥ずかしそうに指で説明してくれた。

「ハート……」

ゆりはハートの形になる金蛇達を想像していた。

（何それ、かわいいじゃない！　しかも肌の蛇をずっと見られていたなんて……それってもう好きってことでは？）

「私もムサカさんの蛇さんが見たいです。見られるだけじゃずるいです」

「はあ……」

ムサカは照れた様子である。

「陛下になんと言ったらいいやら」

「王様には事後報告でいいです。うまくいくとは限らないですし」

「そうですね」

「ムサカさーん。チューしてください」

ゆりはムサカにひっついてキスをせがんだ。ムサカは軽くキスしてくれた。

「今夜儀式部屋で会いましょう」

「はい」

部屋に戻ったゆりは、侍女に今夜儀式部屋を使うことを伝えた。

「わかりました。今からチェックしてきますね」

儀式部屋はいつでもキレイにされているが、一応侍女は確認しに行った。

（金蛇達は最後にムサカさんの子蛇を産んで終わりにする気なのかも。この時代でうまくいくといいけれど）

神と交わった後、ゆりの一族の力はあがったのだが、今は妊娠するかもしれないのでそういうわけにはいかない。金蛇達は赤ちゃんに子蛇をくっつけたいわけではないのだ。

（ってことは、ムサカさんとも体を交えるってのはできないってことか。残念。まあ、それに近いことができればいいかあ。赤い月の王様は、子蛇をくっつけること、喜んでくれるのかな？）

もし、本当にムサカの子蛇がラクシュミにひっつけば、ラクシュミももっと楽になるに違いない。

「へびっちはどうして子蛇を王様にくっつけようと思わず、カールにひっつけたのかしら。母親である金蛇達を気遣ったのかな。それとも……蛇の色？　王様はやっぱり金色の蛇じゃないとだめだと思ったのかも？」

子供達がもらった子蛇は全員金色ではないが、それも生まれつきついていたりしたりで仕方がないことだ。

「アナスターシャ、シス、ラギ、レーヌ、ナナミがもらった子蛇は金色、ロイとミシェイラは違う。もしかしたら、王族の力や結界の強化には金蛇の方がいいのかもね。そりゃ王様にくっつけるなら、ムサカさんの子蛇の方がいいよね。紫の実くらいでうまくいけばいいけど。もしうまくひっつけたら、ムサカさんから気を一杯もらった方がいいわね」

肌の蛇が子供を産むという歴史的珍事に三度目はあるのか。

「なんか緊張してきたわ」

ゆりは落ち着かない時を過ごし、ムサカは、「明日以降ドルイドとハインリヒに顔を合わせづらいな。まさかこんな展開になるとは……」などと言っていたのだった。


つづく


14部

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