第１７話

どきどきの夜がやってきた。今夜は大きな上弦の月が夜空に浮かんでいる。

「一体どうなるんだろう。ドキドキするわ」

そう思いながら蛇の目のゆりは儀式部屋に瞬間移動した。儀式部屋には月の石が置かれていた。そのおかげで部屋の中は暗くはない。

（蛇同士が仲良くできるのか。それとも私とムサカ様が仲良くなっちゃたりして。そうなるとムサカさんは城を出て行くとか言いそうだけど）

ムサカは過去の時代でも王様になってもおかしくなかった人物である。魔力は圧倒的に高い。ラクシュミほど美しいというわけではないが、目元は優しげで、性格も穏やかだ。王族なのに腰が低いところがまた素晴らしい。側にいるだけで一族の者ならだれでもうれしい気分になってしまう。女性ならなおさらである。

（まさか過去で会ったおじいちゃんとこんなことになるなんて、運命の女神もびっくりだわ。ムサカさん、変化したらすごそうだな。王様以上にすごいかもしれない。みてみたーい）

ゆりがムサカの変化の想像をしていたらムサカが現われた。

「ムサカさーん」

ゆりは恋人気分でムサカに抱きついていた。

「王妃様、これが良いことなのかどうか、私には本当にわからないんですが……陛下が傷つくような気がして」

ムサカには迷いがあるようだ。

「王様は傷つかないですよ。過去の時代の王妃様は、恋人とかいなかったんですか？」

「私が知ってる王妃達に恋人はいなかったですよ。あの時代の王はそこまで寛容ではないですよ。女王の考え方は陛下と似てますが」

「あ、そうか。巫女がいたからかな。巫女がいなくなって王妃が儀式をやらなきゃいけなくなったから、そこから王妃が恋人を作るようになったのかもしれないですね」

「過去の時代では女の奪い合いなども普通にありますからね。座りましょう」

ムサカが促し、二人はベッドに座った。布団にはハートの模様がついている。ムサカはそれをちらりと見て顔に手をあてていた。

「あのー私肝心なことを知らないんですが。ムサカさんはどうして老人に変身していたんですか？」

ゆりが聞いた。

「それは、女性よけのためです。実は、病気で不能になってしまったんです。それで」

「そうだったんですか。でも老人にならなくてもいいと思いますけど。今思い出しても完璧でしたよ」

「やるからには完璧を目指して、完璧に老人になってました」

「ふふ」

「というわけなので、しばらく女性には触れていないんですよ」

「そうなんですね。ムサカさん良い匂い」

「王妃様も良い匂いですよ」

「蛇同士の前に、本人同士も仲良くなった方がいいと思うんです」

ゆりは迫り気味である。

「はあ」

「裸でひっついてみます？」

ゆりはわくわく顔である。元々王族の香りには一族に対して魅了の力がある。

「体には自信がないんですが……」

「体力系だと思ってないんで大丈夫です」

ムサカはちょっと躊躇していたが、ゆりの方は思い切って寝間着を脱いでいた。ゆりは白のちょっと透けたセクシーな下着を着ていたので、ムサカはちょっと引き気味だった。ゆりはショーツとブラジャーだけでムサカにひっついた。

「王妃様の肌は柔らかいですね」

「はい。それが自慢です」

「あなたはどうしてそう無邪気なんですか？　恋人があんなにいて無邪気さを保っているのがすごいです」

男女間のドロドロした話がゆりにはないので、逆にムサカには不思議である。

「そうですよね。あっちの私は常に相手を幸せにしたいって思ってますからね。私は自分が幸せになりたいと思ってますけど、基本的に平和主義なので、誰かと争ったりしたくはないんです。私は男の人の蛇を見るのが好きなので、ムサカさんの蛇さんも楽しみです」

ゆりの目は子供のように輝いていた。

「はあ」

「あ、金蛇」

ゆりのお腹の方に二匹の蛇の顔が見える。胴体は後ろにあるようだ。

「ムサカさんの蛇さんと大きさが合えばいいなあ」

ムサカはゆりの頭をなでなでした。

「私と仲良くなって、王との仲が気まずくならないですか？　私はいざとなったら帰る方法もありますけど」

「ムサカさんが突然帰っちゃったら王様泣きますよ。王様にとっては今が一番平和な時なんですから」

「その平和を壊そうとしている気がしないでもないです」

「金蛇達はこの恋にかけてますからねえ。彼女達、私達の蛇なのに全然私達の言うこときかないんですから。どっちみち、ムサカさんが私に興奮できなかったら無理ですから」

「そうですね」

ゆりはムサカにぎゅっと抱きつき、ムサカもゆりの背中に手を回した。

今宵どんな不思議なことが起きるのか。ムサカも好奇心を捨てることができなかった。ムサカも覚悟を決めて、服を脱いだ。

ゆりはブラジャーを取っている。

「ムサカさーん」

ゆりは甘えるようにムサカにひっついていた。

「あなたの肌は本当に柔らかい。とりあえず、もっとキレイになってください」

「はい」

ムサカの手がゆりの胸をなで回した。

（すごい、過去の王様みたいな人から愛撫されてる！）

蛇の目のゆりは一族の気質が強く出ているので、ムサカに触られるだけで感動していた。

（すごい。すごーい！）

ムサカの金色の瞳を間近で見ているだけで、ゆりは感動しまくり涙目になっていた。

口づけをされると興奮の度合いが強くなり、ゆりの匂いが変化してきた。

「匂いが甘くなってきましたね。すごいな。くらくらしそうだ」

ゆりの右胸の上に青い花が現われた。

「かわいい」

ムサカは青い花に口づけた。

（してほしい。してほしーい！）

ゆりは足をむずむずさせている。

「こちらも触ってほしくなりました？」

ムサカの手がゆりの太ももをなでた。

「はい！」

ゆりの元気の良さにムサカは苦笑しつつ、ゆりの下半身へと指を滑らせた。

（感動……）

ムサカの指がゆりの下半身へ伸びて、体の中へと滑り込んだ。

「中もすごく柔らかいですね。すごくうれしそうに締め付けてきてますよ」

「うれしいです。ムサカさんはどうですか？　体がぞわざわしたりします？」

「してますよ。あなたの匂いに酔いそうなほどです。ゆり様、どうか私を正常に戻してくれませんか？」

ムサカに懇願されて、ゆりは目を輝かせていた。

「もちろん頑張りますよ」

普通の一族の男ならば、この状態のゆりと肌をひっつけただけで興奮しまくるところである。

「今度は私に愛撫させてください！」

ゆりは愛欲に満ちた瞳、というよりは、子供のように目を輝かせて言っていた。

ゆりはムサカにパンツを脱いでもらい、ムサカに口づけてからそっと下半身へ指を滑らせた。

（興奮してー）と心の中で願いながら。

ゆりは口での愛撫を始めた。

「ゆり様」

「ムサカさん好きです」

ゆりは喜々として口での愛撫を続け、ゆりの熱意が通じたのか、とうとうムサカの体が興奮状態になってきた。

「うれしいです」

ゆりは喜んでいる。

「すごい。ありがとう。これは、ご褒美をあげないといけないですね」

「はい。一杯ください！」

ムサカは少し笑ってゆりを抱きしめようとした。

「ちょ、ちょっと待った！　ムー様ったら、そういうことじゃなくて」

ゆりが突然手でつっぱねた。どうやら金蛇が表に出て来たようだ。

「君達は引っ込んでいなさい」

「え」

「我々の望みは、そういうことじゃないんだよ。レディ」

「えー」

ムサカはゆりの目の前で手を横にふっと振った。蛇の目のゆりは目をぱちくりさせている。

「さあ、想像してごらん。今は三の月、空には赤い月が輝いている。今宵は、赤い月だ」

ムサカの身に変化が訪れていた。目尻が上にあがり、瞳孔が細長くなっている。肌に蛇の鱗の模様が浮かんでいる、と思ったら、からまる二匹の大きくて長い蛇だった。一匹は金色で、もう一匹は、いろいろな色の鱗だった。

「すごい。かっこいい！　ステキすぎる！　ムサカさんは王族なのに蛇が出るんですね」

ゆりは興奮しまくっていた。

「少し興奮したときには鱗が、かなり興奮した時には、蛇が出てくるんですよ。久しぶりなのでうまくできるかな」

変化状態のムサカを見て、ゆりの興奮は一気に最高潮に達していた。

「好き、好き！」

ゆりはムサカに抱きつき、ムサカはゆりを横たわらせて、ゆりの足を広げて、一気に挿入した。

「ああ。好きー！」

「かわいい人だ。ご褒美を楽しんで」

「はい」

「すごく気持ちがいい」

「私も、気持ちいいです。すごく……」

ムサカは体をつなげたままゆりに口づけた。

「んん……」

二人の異様な空間は光の膜で囲まれていた。

「好き……好きー！」

ムサカの動きが早くなり、とうとうつながったまま果てていた。

「感激です」

ゆりは涙を流さんばかりに喜んでいる。変化状態のムサカは、こちらのゆりにとってはうっとりするほど美しかった。ゆりの表情がふっと変わった。

「ムー様ひどい。ほしいのは私達の子供なのに」

「肌の蛇の子供を産んで、それがどうなるんだい？　その子は、伴侶を見つけることは永遠にできない。かわいそうじゃないか」

ムサカは冷静な声で返していた。

「でも、赤い月以外の子供ができても、力がないかもしれないじゃない」

「だが、あるかもしれない。二人目の子にあったんだから、三人目もあるかも」

ゆりはぷくっと頬を膨らませている。

「冒険もほどほどにしなさい。私は、他の男達とは力は格段に違う。今までどうしてこういうことが起きなかったのか。考えたことはあるかい？　危険すぎるからだ」

「だから、これで終わりにするから」

「だめだよ。普通に、私の子供を産んで。男の子ならいいな。カールがもらった子蛇をくっつけられる」

ゆりはムサカの腕をつねっていた。

「ムー様のいけず！」

「王も浮気相手の子蛇をもらってもうれしくないと思うけどね。君達がかわいかったからこうして抱く気になったんじゃないか。おいで、ちゃんと妊娠するようにいっぱいしよう」

「ぐすんぐすん。もういいわよーだ。ぷん」

金蛇達は膨れたまま引っ込んだ。

蛇の目のゆりが気がついた時には、ムサカの膝の上に乗っていた。

「ムサカさん、私良すぎて気絶してた？」

「はは、そうかも。もっとしよう」

「はい！」

こうして夜は更けた。



翌朝、黒目のゆりが気がつくと、自分のベッドで寝ていた。寝間着もちゃんと着ている。

「ん？　昨晩はどうなったんだっけ？」

黒目のゆりに全く記憶がない。

（ねえちょっと、どうなったか教えてよ）

黒目のゆりは、もう一人の自分に聞いてみた。

―……私、しばらくは出られないかも。後はよろしく

「はい？　蛇達はうまくいったの？」

―さー

「どっちなの！」

―昨晩については、何も聞かないでー

「え？　ちょ、ちょっと、どういうこと！？　なんだか、下半身に違和感があるような気がしないでもないんだけど……興奮してムサカさんと仲良くなったとか？　気になりすぎる！」

ゆりはぱっと顔を洗って着替えて、ムサカの部屋に行ってみた。ちなみにゆりの姿はまだ一族の女のままである。

扉をノックするとムサカが出て来た。

「ムサカさん、あの」

ムサカは廊下を見回してゆりを中に入れた。

「昨晩のことを教えてください」

ゆりが聞いた。

「実は、記憶がないんですよ」

「え？」

「王妃様に会って、話をしたんですが、途中から記憶がないんです」

ムサカは戸惑った表情で言った。

「そうなんですか？」

「ですが、王妃様と仲良くなった気もします。私の肌から、王妃様の匂いがするので」

「やっぱりそうなんでしょうか。ムサカさんすいません」

ゆりも場数を踏んでいるだけに、キャーキャー騒ぐことをせず、むしろムサカに申し訳ないと感じていた。

「巻き込んでしまって申し訳ないです」

「謝らないでください」

「元々、私の蛇が暴走したんですからムサカさんは悪くないです。蛇同士が仲良くできたのかが気になるんですが、ムサカさんにはわからないですよね」

「はい」

「わかりました。このことでムサカさんが気にする必要はないですよ。悪いのはこちらですから。だから、気にしないでくださいね」

「いや、そう言われましても……」

「では失礼します」

（ムサカさんの蛇さん、きっと相手をしてくれたんだよね。よかったね、金蛇ちゃん）

ゆりは心の中でそう思っていた。

ゆりは部屋の外でハインリヒに出会ってしまった。ハインリヒはゆりを見て目をぱちくりさせている。

「え？　王妃……」

ゆりは明らかにムサカの部屋から出て来たので、ハインリヒは怪しんでいる。

「実は、ムサカさんを恋人にしちゃった♪」

「はあ？」

「じゃあね」

ゆりは明るく言って去って行った。

ハインリヒはノックもせずにムサカの部屋に入った。

「ムサカ様、王妃を恋人にしたって本当なんですか！？」

「え？　それは……」

ムサカはハインリヒから視線をそらせた。ムサカの体からあきらかに興奮したときのゆりの匂いと同じ匂いがする。

「あれ？　でもムサカ様、不能でしたよね。まさか治ってないですよね？」

「さあ」

「治りました？」

ハインリヒが窺うように聞いた。

「さー」

ムサカは首をかしげている。

「治ったんですか？」

「何も分からない」

「ムサカ様ったら」

「ハインリヒ、すまんが、王ともめそうになったら、私は逃げる」

「えー！　逃げないでくださいよ」

「いなくなったらそういうことだと思っていてくれ」

「そんな、王も怒らないですよ。ムサカ様、もしかして過去に戻る呪文とか知ってるんですか？」

「知ってる。万が一のことを考えて覚えておいた」

「突然帰らないでくださいよ？　魔法陣とか中途半端なままなんですから」

「それは心残りだが、しょうがない」

「しょうがないじゃないですよ。大丈夫ですから。ムサカ様にそんな情熱があったとは。それで、治ったんですか？」

「分からない」

「ムサカ様ってば」

ムサカは「分からない」で最後まで通していた。


一方ゆりはラクシュミの元を訪ねている。ラクシュミは朝食を食べた後お酒を一杯飲んでいる所だった。

「王様、おはようございます。お話があります」

ゆりは真面目な顔で言い出したので、ラクシュミは嫌な予感を感じていた。

「それって、悪い話か？」

「実は私、浮気しました」

「……？」

（今更何を言い出すんだ？）

と心の中でラクシュミが突っ込んだのは言うまでもない。


つづく

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