第18話
（浮気……この先を聞くのが怖い。またわけのわからん男が出て来たんじゃないだろうな）
ラクシュミはドキドキしていた。
ゆりが次に口を開こうとした時、ラクシュミは「ちょっと待て」と止めた。
「相手は、私が知ってる男か？」
（頼む、そうだと言ってくれ）と願いつつラクシュミが聞いた。
「ムサカさんです」
「ムサカ殿？ なんだ、またよくわからん男が出て来たかと思ったじゃないか」
ラクシュミは心底ほっとしていた。
「なんで改めて言い出したんだ？」
「ムサカさんは王様級だから、なんか浮気っぽいかなって思って」
ゆりは大真面目だった。
「じゃあ今までは浮気じゃないのか？」
「うーん、浮気、かな？ でも私はみんなとは常に真面目に付き合ってるから、浮気っていう言葉を使うとおかしいかなあ」
「ムサカ殿がお前にその気になったんだな。誘ったのはあっちのゆりだろ。どうせ」
「え、いや、そーいうわけでもないけど、まあ仲良くなったのはあっちですけど」
「お前は違うのか？」
「私は記憶がないのでわかりません。でも、今後ムサカさんが王様に会いづらいかも」
「私は、ムサカ殿にゆりと何かあっても気にしないってもう言ったがな」
「そうなの？」
「美人が大勢いた過去の時代から来た王族の人がその気になるなんて、すごいじゃないか」
ラクシュミは純粋に感動していた。
「てっきりムサカ殿は女性がだめかと思っていたが」
「大丈夫になったのかも？ ところで、王様最近すっかり気が抜けちゃってるからなんか心配になってきたわ。ムサカさんがいなくなったらショックで寝込むんじゃない？」
「そうかもな。私にとっては、誰かを頼るなんてのは初めてのことなんだ。私が王になったときの戦では、身近な者達が大勢いなくなってしまった。あの頃の私には夢も希望もなかった。こんなにいっぱい子供が出来るなんて、そしてこの城に、自分よりも強い王族がいるなんてな。私がお前に望むことは一つだけだ。私よりも先に死なないでくれ。私はお前に看取られて死にたい」
「ええー突然何を言い出すの」
「私にとってはお前は幸せの象徴みたいなものだ。だから、お前がいない生活なんてもういやなんだ」
「王様ったらやだー、そんな話しないで」
ゆりはぽろぽろ泣いてしまった。浮気から変な話になってしまった。
ゆりは食堂に行き、朝食を食べた。
（私は王様の苦労は分かった気になっていたけど、ちゃんと分かってなかったのかも。ムサカさんは、王様がどれほど望んでも得られなかった存在だったんだろうな。気まずくしてしまったのは申し訳ないなあ）
「どうしたの？ なんか暗いじゃない」
ラギが聞いた。
「あのね、未来のあなたたちって、歴史を変えに過去に現われたりするじゃない？ 王様が王になった時の戦を救ったりは、できなかったのかなあ」
「ん？」
ラギは首をかしげてシスと目を合わせた。
「うーん、そこまでは無理じゃない？ そこまで変えると、お母さんとお父さんがひっつく未来まで変わっちゃうかもしれないでしょ」
ラギが考えながら答えた。
「そうかな」
「最優先するのはそこだから。過去が変わりまくると、僕らも産まれなくなっちゃう」
「そんなのやだ」
ミシェイラが言った。
「ミーはマーから産まれたい」
「そうだよね。なんでも変えるわけにもいかないよね。今日はみんな何のお勉強をするの？」
ゆりが子供達を見回して聞いた。
「僕は今日はムサカさんに教えてもらう予定だよ」
シスが言った。
「ミーはレーちゃんと一緒にシスにーの訓練を手伝うんだよ」
「えーすごいじゃない」
「この二人、最近すごいんだよ」
ラギが感心するように言った。
「ムサカ様の目の付け所がやっぱりすごいんだけどね」
「うん。すごいね」
ナナミがうなずいていた。
（ムサカさんが城から去らないようにしないと、子供達からも怒られそう。私ならできる。ガーベラだから）
ゆりは自分で自分を励ましていたのだった。
神の国である。
狼の頭で産まれた妖精ヴォルフは、今は銀色の髪の少年である。ヴォルフはジェラルド工房にやってきて工房の中を眺めていた。工房の中はすでに様々な剣や槍などの武器が作られて、大きな斧もあった。同じような武器がいくつもある。
「こんにちは」
ジェラルドがヴォルフに声をかけた。
「こんにちは。あれはライオネル様のですか？」
ヴォルフがでかい斧を指した。
「そうですよ」
「僕も欲しいな。武器」
「どんな武器が欲しいんですか？」
「うーん。先端が尖ってて、あんな斧みたいなのがついてるのが欲しいです」
「ハルバードですか。あれくらい長くても平気ですか？」
「はい」
「なら作りましょう」
ヴォルフはうれしそうに「ありがとうございます」と言って去って行った。
「やはり戦い系らしいな。ハロルド様が喜びそうだ」
ジェラルドはひげをなでていた。工房の武器造りはしばらく続いている。大きな戦ともなれば一人武器が一つでは足りない。最低5本は用意しなければならない。星の石から作られた武器も多数並んでいた。戦がいつ起きるのか、それはジェラルドにもわからない。
イシュタールは相変わらず剣を振る日々だったがたまの息抜きもあった。話題のペンギンも見せてもらった。まさかゆりがそのペンギンに変身したことは知らなかったが。ハロルドの所の妖精達とすっかり仲良くなり、一緒に酒を飲んだりもした。イシュタールの体つきは、以前よりもかなりたくましくなっている。何度か魔物討伐にも行った。
（国に帰る時には胸を張って帰りたい）
イシュタールはそう思っている。
この日、アマンザは酒の神様の仕事で酒蔵で酒の味を確かめていた。その横では妖精達が酒を瓶に移し替えている。アマンザは産まれたばかりの酒の神なので、いろいろな酒を作ってみたいのだが、みんなに受けるのは結局いつものお酒なので、主に造られるのはブドウから作られる赤紫色のお酒である。だが女神達からは果物で作られるお酒も好まれるので、そちらも少量だが作っていた。今はリンゴやミカンのお酒を造っている。アマンザはリンゴから造ったお酒を味見していた。
「うん。甘みもあっておいしいな。お母さんが喜ぶかも」
アマンザの頭の中には二人の母の顔が浮かんでいた。
（あっちのお母さんにも今度持って行ってあげちゃおうかなー）
などと思っていたら、酒蔵の扉が開いた。ずんと入って来たのは背が高い女性である。
「マチルダ？」
マチルダはアマンザを見ると近づいてきて、アマンザの腰に腕を回して荷物のように運んでいった。
「？？？ どうしたの？」
酒蔵の外にはソルとルチアがいた。前回蛇の国に行ったメンバーである。
「虎に行こう」
ソルがアマンザに言った。
「虎？ 虎の国ってこと？ 今から？」
「うん」
だが今日は猫はいないようだ。
「カサンドラ様に神器を借りたんだよ。これで行こう」
ソルの腕には金色の腕輪が輝いていた。
「へー。虎かあ。そうだ。行くならお土産を持って行こう。お酒とか」
アマンザはすっかり人間界にお土産を持って行くのになれていたのでそう思った。ルチアがマチルダにジェスチャーすると、マチルダはうなずいて、酒蔵に歩いて行った。
「あ、マチルダが持ってくるの？ 僕も行くよ」
アマンザは妖精に出かけることを言付け、マチルダは酒樽をひょいとかかげて持って行った。
（最近人間にお酒をあげまくってるけどいいのかな。まあいいか。蛇の国だけじゃだめだよね。いろんな人にお酒を味わってほしいもんな）
「ソル、カサンドラ様は4人で行くって知ってるの？」
アマンザはソルに聞いた。
「知らないかも。ルチアが虎みたいって」
ルチアは何度もうなずいている。
（この二人の意思疎通、毎度のことながら謎だな）
とアマンザは思った。
「じゃいこう」
酒樽に四人がひっついて、そのまま移動した。
移動先は市場が並ぶ通りだった。突然現われた四人に、周りにいた人達は「おっ？」という表情である。マチルダは大人だが、他の三人は子供なので、一目で神だ、妖精だ、と騒がれなかった。
「美人だ……」
「面白い髪の子がいる。だれだろう？」
男達は皆背が高く、たくましかった。さすが虎の国だ、とアマンザは感じた。
「ソルはこの前会った雷の人に会いたいんだよね？」
アマンザが聞くと、ソルはうなずいた。
「とりあえず、この樽を持って歩くの大変だから、さっさとあげよう。あの、ちょっと」
アマンザが周りにいた男達を呼んだ。男達はきょとんとしながらも近づいてきた。
「神様のお酒、王様にあげて」
アマンザは樽を指して言った。
「え？ 神様のお酒？」
「どーぞどーぞ」
「へ、へえ、ありがとうございます。 ？？？」
男達はよくわからなかったが酒樽を受け取った。
「王様、あげてね」
「は、はい」
ルチアが何かをみつけたのかびゅっと走って行った。そして戻ってきたのだが、両手にでかい虎を抱っこしていたので男達が驚いていた。虎は両手両足を上にあげる格好で抱っこされていた。
「ルチアにかかると虎も猫みたいだね」
アマンザがいうとソルは「ははは」と笑っていた。
「あの子すげえ」
「一体だれなんだ？」
虎はぬいぐるみのようにおとなしくルチアに抱っこされていた。しかも、虎の顔を見るとかなり緊張した様子である。
「あの子ただもんじゃないぜ」
「すごいわ」
周りはざわついていた。大人の虎の男でさえも、あのように虎を抱っこすることはできない。虎はそれほどプライドが高い生き物なのである。しかも、虎はかなり重い。おそるべき怪力である。
「あのー、雷の人、どこにいます？」
アマンザは周りの者に聞いた。
「雷、えーと、ソル、小さい雷を出してくれる？」
「うん」
ソルは手の平にばりっと雷を出したので、周りの者達がびびっていた。
「雷の人！ 人！ 男」
アマンザが説明した。
「雷の男、あ、バートランドさんのことかな？」
「そうかも。近いから連れて行ってあげますよ」
「ありがと」
四人は虎の男に連れられて歩いて行った。ルチアはでかい虎を抱っこしたままなので、顔は隠れている。よくまっすぐに歩けるものだ。
市場を抜けて少し歩くと、開けた草原があった。そこにバートランドとロイがいた。
「あーアマンザ様だ！」
ロイがアマンザに気がついた。そこにはガットと他の男達もいた。虎の男達は抱っこされている虎に一番に注目していた。
「雷の人、いた」
ソルはバートランドを見つけたのでうれしそうである。
「すごいや。僕の人間語、すごく上達した！」
アマンザは人間と意思疎通がちゃんとできたので喜んでいた。
ルチアはようやく虎を地面に降ろしていた。虎は両手両足で立つや、素早く逃げて行った。
「こんな女の子が抱っこしてたんだ。すげえ」
「すごいっすね」
ルチアはどうだ、とばかりに両腕を上にあげて曲げていた。一見華奢に見えるのにすごい力だとガット達は感心している。
「俺に会いに来てくれたんですか？ うれしいなあ。雷の神様になったんですよね。見てください。雷神剣をもらったんですよ」
バートランドはソルに雷神剣を見せていた。
そしてロイはアマンザと会話をしていた。
「今日は遊びにきたんですか？」
「うん。彼女がルチア、あっちがマチルダ」
「ルチアって元気いっぱい女神ちゃんですよね。母様がそう呼んでる。いつも元気いっぱいなんだって」
「ルチア元気、いつも元気」
ルチアは違う虎を見つけてダッシュでつかまえに行った。
「走るのも速いな」
「すごい女の子だなあ。そしてこっちのお姉さん、すごい美人ですね。お姉さん名前はなんていうの？」
男達はルチアを見たりマチルダを見たりしている。
マチルダはきょとんとした顔をしたままで、ロイが「マチルダさんっていうんだって」と説明した。
「マチルダさん、美人だね。俺のこと殴ってくれないかな？」
男達はでれっとしている。
「ガットさん、早く城に行った方がいいよ」
ロイがガットに言った。
「なんで？」
「アマンザ様はお酒の神様なんだ。王様にジンラ様のお酒をあげたみたいだよ。早く行かなきゃ飲めないかもよ」
「え？ ジンラ様のお酒？ ほんとか！？」
「うん」
「兄貴まってくれー！！」
ガットは叫びながら走って行き、他の連中もついていった。
ソルはマチルダになにやら話していた。マチルダはうなずいている。マチルダの右手に剣が現われた。
「すごい！ 先生がんばれ！」
ロイがバートランドに声援を送った。
「え？ え？」
バートランド一人よくわかっていないようだ。
「ソル様は先生に彼女と戦ってほしいみたいですよ」
「えー」
マチルダの方が先にバートランドに向かっていき、剣を振るっていた。バートランドは後ろに下がってよけている。
「まじか」
「先生本気でやらなきゃ負けちゃうよー」
「がんばれーがんばれー」
ソルは神の言葉で声援を送り、ルチアは楽しそうに飛び跳ねていた。
一方、慌てて城に戻ったガットは、「兄貴ー！！」と城の中を探しまくった。そしてある部屋で国王である兄を見つけた。
「ガット、慌ててどうしたんだ？」
「兄貴、すごい酒をもらっただろ？ どこにあるんだ？」
「酒？ はてなんのことやらわからんが……」
国王はさっぱりわからんという顔をしていたが、国王からはすでに酒の匂いがしていた。
「もしや、全部のんじまったんじゃないだろうな」
「はて」
「はてじゃねえ。兄貴から酒の匂いがするぞ！」
「ばれてしまっちゃ仕方ない。王妃に見つかってとりあげられちゃった」
「俺にもくれーい！」
ガットがようやく酒樽を見つけた時には、すでに酒樽は空になっていた。その場には王妃とアヤコがいた。
「ぐす……俺も飲みたかった……」
ガットは空の樽を見て泣いていた。
「王様がほとんど飲んじゃったのよ。はい。ガットの分」
アヤコはでかいコップをガットに渡した。そこには並々と酒が入っている。
「アヤコちゃん愛してる！」
ガットは感動しながら酒を飲んだ。
「うめえ」
「本当においしいお酒だわ。ジンラ様のお酒って……信じられないわ」
「本当に。このお酒、だれが持って来てくれたんでしょうね」
王妃もアヤコも驚いた様子である。
「あ、ダラン草原にまだ神様がいるぞ。アヤコも会いたいなら行こう」
「え？ 本当？ 行く行く！」
酒を飲んだガットは、アヤコをおんぶして走って行った。
草原にはしばしば雷の筋が上がっていたので、それを見た人達が草原に集まってきていた。
バートランドは雷神剣を本気で誰かに振るったことはなかった。今日が初めてである。
マチルダは並の強さではなかった。遠慮していればこちらが負けてしまうと悟ったバートランドは、本気で相手をしていた。
ロイは目を輝かせて二人の戦いを見守っている。
「すげえな」
ロイの横にタロウがやってきていた。
「二人とも速い。目で追うのが難しいくらいだ。すごいな」
「すげえ、ほれるわ。結婚してほしい！」
「俺と結婚してくれい！」
とマチルダに叫んでいたのは虎の男達である。
ソルがルチアに何か話し、ルチアはオーケーとばかりに親指をあげていたので、ソルがアマンザに話し、アマンザがロイに話した。
「先生、剣の魔法を使ってくれっていってるよー」
ロイがバートランドに伝えた。
「え？ 魔法？ 何の魔法？」
バートランドはマチルダの猛攻を受けながらも言っていた。
「よくわからんけど、魔法の剣なんでしょ？ 雷神剣なだけに雷が出るとか？」
ロイが考えながら言った。
「試してみよう」
バートランドは後ろに飛んでマチルダと間合いを取り、魔力を乗せて剣を振った。そこから雷の筋が放たれて、マチルダの体を取り巻いた。
「おお！」
「すげえ！」
「すごい！」
ロイも手をたたいている。鎖のようなものがマチルダの体の周りを回り、マチルダを呪縛していた。鎖には電撃が加わっている。人間ならばかなりきつい攻撃であるがマチルダは力を込めてその呪縛をといていた。マチルダはすぐに反撃に移り、前方に移動してバートランドと間合いを詰めた。
「うおっ」
マチルダが振るった剣をバートランドはのけぞってそらし、その次の時、雷神剣から再び光の筋が放たれた。その衝撃でマチルダの体は後ろに飛んでいた。
ガットとアヤコが来たのは、その時だった。
マチルダの手にあった剣は消えていた。マチルダは普通に立ち上がっていた。
ソルはうれしそうに手をたたいている。
「先生すごいや。さすが先生だよ」
ロイもうれしそうだった。
ソルはアマンザに話し、アマンザがロイに話した。
「先生、その剣はもっとすごい魔法が使えるようだよ。本当は敵が大勢いる方が真価を発揮する、みたいなことを言ってる」
「へーそうなんだ。すごいな」
アマンザは神の言葉で、「あの剣は君に関係があるの？」とソルに聞いた。
「ずっと前に作られたものだけど、多分作らせたのは精霊」
「精霊？」
「きっとそのうちに、あれが必要な時がくるよ」
「そうなんだ？」
アヤコはアマンザに、「お酒をありがとうございます。とってもおいしかったです」と話しかけた。ロイがアマンザに、「母様の友達のアヤコさんだよ」とアヤコを紹介した。
「ともだち？」
「耳が一緒でしょ？」
アヤコが自分の耳を指していた。
「ほんとだ！」
バートランドはマチルダに握手を求めたが、マチルダは手を出さなかった。
「ありがとうございます。強いですね」
「結婚してください」
「ほれました！」
虎の男達がわらわらとやってきてマチルダに告白していた。バートランドは代わりにソルと握手していた。
「そうだ。雷獣の国には行きましたか？ みんな待ってると思うんですが」
ソルはアマンザをつついている。アマンザがバートランドが言っていることをなんとなくソルに伝えた。
「まだ行ってない。蛇と虎だけ」
「是非行ってあげてください」
「行く時はアマンザも一緒」
ソルがアマンザに言った。
「うん。いいよ」
（あの二人も一緒になりそうだけど……)
アマンザは男に囲まれているマチルダと、虎を追いかけているルチアを見ながら思ったのだった。
そろそろ帰ろうという時になった。ルチアはでかい虎をかかえてきている。
「もしかして連れて帰ろうと思ってる？」
アマンザが聞くと、ルチアはうなずいていた。虎は嫌そうだったが、ちょっと諦めた顔付きである。
「ルチア様はさすが元気いっぱい女神ちゃんだよね。僕でもあんなことはできないや」
ロイはルチアに感心していた。
「ガットさん、彼女あの虎を神の国につれて行きたいみたいだよ」
ロイがガットに言った。
「そうなのか？ いいなあ。俺も行きたいな」
「うらやましいな」
「達者でな」
「帰る時は神様のお酒をもらってきてくれな」
だれも止めなかったので、虎はルチアに連れて行かれることになってしまった。
「さようなら」
「また来てくれな」
「さようなら」
「ゼッタイに来てくださいね」
みんなに見送られて、四人と虎は神の国に戻ったのだった。アマンザは、人間との意思疎通がかなりできるようになったので満足だった。
（もっと人間と話したい。カサンドラ様に習おう）
アマンザはそう決心した。
その夜目覚めたオルガは、自分の神殿の広間にでかい虎が寝そべっているのを見て「おっ！？」と足を浮かせたのだった。
虎の国でそんなことが起っているとは、ゆりは知る由もなかった。夢の中でもう一人の自分と出会うことができたので、ムサカとのことを詳しく聞いている。
「あれはきっとあの時のムサカさんよ。すごくよかった。あの時のムサカさん」
もう一人のゆりは、ぽーとした表情である。
「あの時の……赤い月でもないのに出てきてくれたんだ？」
黒目のゆりは驚いていた。
「うん。というわけで、来年の赤い月は聖地に逃げよう」
蛇の目のゆりは黒目ゆりの肩に手を乗せて言った。
「はい？」
「だってゼッタイやばいでしょ。あの時の王様に会うのが怖い。聖地に逃げようよ。一日くらいならスペードさんと過ごしてもいいからさ」
「何言ってるのよ。一日って後の九日はどうする気なの？」
「クーガ様とすごそうかな」
「却下に決まってるでしょ。赤い月に聖地なんて、みんなに睨まれるでしょ。無理よ」
「命がかかってるだから男達のことは無視」
「いやいや。あの時の王様、怒るかなあ。どうだろう」
今回は黒目ゆりがムサカにぞっこんというわけではなかったので、こちらのゆりはわりとのんきなものだった。
「ん？ あ、あなたたち、結局どうだったの？」
黒目ゆりは少し離れた所に金蛇達がいるのを発見して近づいた。
「ムサカさんの蛇さんと仲良くなれた？ どうなの？」
金蛇達はゆりとは目を合わさない。
「さては振られたんでしょ」
蛇の目のゆりが言った。
「まさか、だって彼女達はガーベラ級の美人蛇なんだから、振られるわけは……」
蛇達が丸まった胴体の中に頭を入れ込んでいる。元気なさげである。
「あらら、そうなの？ まあ、そういうこともあるわよ。あなたたちには彼氏が一杯いるんだからいいじゃない。元気をだして」
黒目ゆりは励ますように言った。
「とにかく、来年の赤い月はやばいって」
「やばそうなら王様があの時の王様を出さないようにするんじゃない？ ムサカさんの方が城から逃げそうだけど。勝手に過去に帰っちゃわないといいけど」
「王様と争うくらいなら帰っちゃうかもね。そういう人だもんね」
「ところで、ムサカさんの子供ができるなんてこと、ないよね？ もしかして、ある？」
黒目ゆりが恐る恐る聞いた。
「あるかも。どうせなら、赤い月にムサカさんと子供を作りたい。無理だろうけど」
「それはさすがに無理でしょう。そこまでくると王様がかわいそうになっちゃう」
「まあね。でも死にたくないから、赤い月は聖地に逃げよう」
「無理だって」
「当日書き置きだけ残して逃げたらいいじゃない。行っちゃえばこっちのもんよ」
「無理無理」
二人のやりとりは結構続いたのだった。
つづく
十四部
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