第20話
「私の人生結構大変なことになってきたわね……」
ゆりはつい今までの人生を振り返っていた。
ミシェイラにはハザークの血も流れているが、ついにラクシュミ以外の子供ができてしまったかもしれない。
「いつかやらかすかも、とは思ってたけどなあ。ハロルドの子供とか、そっちを想像してたけど、まさか相手がムサカさんなんて、ちらりとも想像してなかったわ」
ゆりが過去に召喚された時、ムサカはどこから見ても老人だった。まさかこんな未来が待っているとは。
（私がこっちに来てからの転機って、ガーベラと入れ替わるようになったことよね。ガーベラと体を入れ替えたりしなければ、アシュラン様と会うこともなかったのかなあ）
ゆりは、もしガーベラになることがなかったらどうなっていただろうと考えてみた。
「もしかしたら、一度戦が起こったかもね。それから、ミカエル達との関係も変わっていたかも？ 過去にいけたとしても、ハインリヒは恋人にならなかったかも。その場合ハインリヒはこっちに来ない。ドルイドの生まれ変わりもできない。イシュタールの事件はどうなっていただろう。結構大事じゃない」
元々ガーベラがゆりと体を入れ替えることにしたのは、アシュランがガーベラに手を出そうとしてヒルデリアにガーベラが罰せられたのが原因である。
「アシュラン様の浮気癖のおかげってこと？」
認めたくないが、起点はそこである。ガーベラになれたおかげでゆりは神の国で息抜きができた。普段ゆりが行けるのは城の外の庭園くらいだった。神の国をうろつくことは、ゆりにとっては貴重なストレス解消でもあった。
「アシュラン様はすごいってことか。アシュラン様の足も未だにすごい人気だもんね。私もアシュラン様に感謝しよう」
ゆりは改めてそう思ったのだった。
十の月十五日の夜、ゆりはクーガと出会っていた。クーガと出会うのは土の祭り以来である。
一度仲良くなってから、クーガは土の祭りの話をしだした。
「土の神官が、聖地でも子供が楽しむ祭りをしたいって言ってましたよ」
「そうですか。いいですね」
「ところで、最近何かありましたか？」
クーガが聞いた。ゆりには見えていないが、霊体達は相変わらず仲よさそうにいちゃいちゃしている。
「えーと、まあ、いろいろありました」
クロス出産の時は、クーガも心配させてしまったので、また妊娠したとはなかなか言いづらかった。
「どっちでいろいろあったんですか？」
「あっちでもこっちでもいろいろ、あ、そうそう、神の国では狼の顔の男の子が産まれましたよ」
「狼の顔？」
「ハロルド様の子供で妖精ですよ。とってもかわいかったです。狼だから将来りりしくなりますよ」
「へー……」
その時、クーガの脳裏にふと映像が浮かんだ。それは遠くの空から地上を眺めた映像だった。
だだっ広い丘に、無数の黒っぽい群れが見えた。
（あれは？）
クーガの目線が下降して、地上に近づき、群れの概要が見えてきた。空を黒っぽい龍のような物が飛び回っている。そして地上には人ではない生き物たち。2本足で歩行する人のようであるが人ではない外見の生き物は、手に斧のようなものや弓矢を持っている。四本足の獣もいる。人間界ではいないような獰猛そうな獣である。凶暴な犬のような生き物やイノシシのような生き物も見えた。その先頭にいるのは、銀色の毛並みの狼のような頭をした生き物だった。人間のように二本足で立つ生き物は、たくましい体つきで、かなり強そうに見える。手には巨大な槍を持っていた。
「クーガ様？ どうしたんですか？」
クーガはゆりに揺すられてはっと我に返った。
「どうかしたんですか？」
「いえ、別に」
クーガは目線をさまよわせていた。確かに幻のような映像が脳裏に浮かんだのである。
「汗かいてますよ。体調が悪いんですか？」
「え？ 汗？」
確かにクーガは汗をかいていた。夏でもないのに珍しいことである。
「私、どのくらいぼんやりしてました？」
クーガは額に手をあてた。額にもじっとりと汗をかいていた。
「五分くらいですかね」
「さっき、狼の頭の子供が産まれたっていってましたよね。どんな毛並みの狼なんですか？」
「銀色の毛並みですよ」
「銀色……」
先ほどの幻の狼と同じである。
（だがまさか、ハロルド様の御子様が向こう側につくわけがない。先ほどの映像はなんだったんだろう）
「仕事のしすぎでお疲れじゃないんですか？ 今日はもう休んでください」
ゆりはクーガを気遣うように言った。
「そうですね」
クーガが寝転び、ゆりもその横に寝転んだ。
「その子の名前はなんというんですか？」
「えーと、ヴォルフ君です」
「ヴォルフ……」
クーガは不吉な映像を忘れることがなかなかできなかった。
朝になり、ゆりは自分の部屋に戻っていた。ゆりは結局自分の子供ができたことはクーガには言わなかった。
（まあ、いずれ言えばいいか）
ゆりの横には今ナナミが眠っている。
（ナナミも大きくなったなあ……もう十九歳になるんだもんね。でも自分はあんまり変わらないから、この世界万歳って感じね。四十年で八人もこの国の人口を増やしたんだ。私すごいよね。将来王族がいっぱいになるね」
ゆりだけが子供を産みまくってもしょうがないのだが、男達も順調に子供を増やしている。ユリウスも二人目を妊娠中である。
「そうだ。セリアはもうすぐ生まれるんだよね。二人目は前回より楽だといいんだけど」
セリアの前回の出産の時は、ゆりがかけつけてセリアの手を握ったのだった。
「今回はエルの子供なんだよね。どっちが産まれるかな」
ちょうどその頃、早朝からお腹の痛みを訴えたセリアは病院に運ばれていた。
そしてゆりが子供達と一緒に朝食を食べている時、
「王妃様、無事セリアさんが出産しました！」
との吉報が舞い込んできた。
「おーーー！」
「もう産まれたの？ おめでとー！！ どっち？」
「女の子です。セリア様と一緒の黒髪の女の子ですって」
「女の子なんだ。無事産まれてよかった」
「よかったね。乾杯しよう」
「しようしよう！」
子供達は酒をついで乾杯した。
「エルバートは泣いてるんじゃない？」
ラギが言った。
「きっと泣いてるよね」
とシス。
病院では、初めて我が子を見たエルバートは泣きまくっていた。
「感動する。セリアさん、本当にありがとう」
「なんか前回より楽でした。よかった」
セリアはようやく身軽になり、ほっとしていた。セリアが元気そうなのでミカエルやセリアの母カーラも安心顔である。カーラとキースの子供は昨年産まれたばかりである。親子で一歳違いの子供を産んだことになる。結構珍しいケースである。
「すっごくかわいい！ 妹が二人でうれしいなあ」
病室の外に出て、五歳になるセルジュも喜んでガッツポーズをしていた。
「将来おにいちゃーん、って慕われるんだろうな。おにいちゃん、おべんきょわからない。ここ教えて、ああ、ここはね。おにいちゃん、あったまいい！ じまんのおにいちゃんね！ 君だって自慢の妹さ。ははっ」
「セルジュさんってば」
セルジュは一人芝居を始めていたので、ミカエルが止めていた。ミカエルも病室から出てきたようだ。
「セルジュさん、いつになったら前世の記憶があるのを暴露するんですか？」
ミカエルがこっそり聞いた。セルジュは以前、キースと何歳になったら暴露する、とかいう約束をしていた。
「……まあいいじゃないか。十五歳くらいまでは。たまにはママンと一緒に寝たいし」
「ママン……」
「ママン、僕怖い夢見ちゃった。あら、一緒に寝ましょうって、ママンが一緒に寝てくれるんだ。今の僕の一番の楽しみさ」
セルジュは爽やかな顔で言っていたが、ミカエルの頬は引きつっている。
「もっと他に子供らしい楽しみを見つけてくださいよ」
「僕の夢は、今生こそは赤い月を満喫すること、だからね。ぶっちゃけ他はどうでもいい」
「いや、どうでもよくないでしょ。王もセルジュさんには結構期待してるんですから」
「わかってるって。でもうれしいよ。ミカエルが僕の代わりに立派に王の笑わせ要員を努めてくれてさ」
セルジュがうれしそうに言っていた。
「いえ、笑わせ要員じゃないですよ」
ミカエルはそう言ったが、実際ミカエルに課せられたのはそういう役目だった。
「でも、セルジュさんがもし生きていたら、私よりもずっとうまく王を笑わせることもできたでしょうね」
「ミカエルはよくがんばったよ。えらいえらい」
セルジュはミカエルの頭が届かなかったので、ミカエルのお尻をなでていた。ミカエルは飛び退いている。
「お前達何ばかなことやってるんだ」
キースがあきれ顔でやってきた。
「セリアは元気そうだ。よかった」
「よかったですね」
「本当に」
セルジュとミカエルがうなずいた。
「おめでとう」
瞬間移動で病院の廊下にやってきたのは、カールだった。今はカーライルが表に出ている。
「あのエルバートがついに父親になったんだからな。私も感慨深い」
「赤ん坊を見てください」
キースが促して、カーライルは病室に入って行った。
「ところで、王妃が妊娠されたんだよな？」
キースが小声でミカエルに聞いていた。
「あ、はい」
「今回は赤い月の子じゃなかったせいかあまり王も大々的におっしゃっていないんだが。私もヴィクターに聞いただけだし。お祝いを言いに行ってもいいのかな」
「まだできたかもしれないって段階なんですよね。フレイ様が王妃を見ても、まだわからないみたいで。もう少ししたら分かるでしょう」
「そうか。王から御言葉があるまで待った方がいいかな」
「そうですね。まあそれからでも」
「王妃様は、ものすごく頑丈な体の持ち主ですね」
セルジュが口を挟み、キースはセルジュの頭をぺしっとたたいていた。
「だって、大人になってほぼ妊娠してないです？」
「確かに、王妃は妊娠期間の方が長い。出産の時は我々をあんなに大泣きさせたのに、けろっと妊娠しちゃうんですから。我々は次の出産を思うとドキドキが止まらないですよ。五年ほど間を空けてもよかったと思うが」
ミカエルが言った。ゆりを心配しているのだった。もう十分子供を産んだのだから、これからはもっと自分の体を労ってほしい。男達はそう思っていた。
（子供に魔力があるらしいから逆に心配だ。出産の時無事だといいが）
ラクシュミよりもムサカの方が力が上なだけに、心配なのだった。
「王妃様は強運の持ち主だから大丈夫だよ。ミカエルの子供ももうすぐ産まれるよね。楽しみだね」
とセルジュ。
「そうですね。子供が無事産まれたら、私はもう一仕事終えた感がありますよ」
ミカエルの今の彼女は全員一度出産できたことになる。ミカエルの目的の一つは達成されるのだった。
「王にバカ言うな。まだがんばれと言われるぞ」
とキース。
「そうだよ。ミカエルも二百までがんばらないとね。若い彼女でももらったら？」
セルジュが言った。
「今時の若い女の子にはもうついていけない」
「じいさんみたいなこと言うんじゃない」
ミカエルはセルジュに尻をたたかれていた。
（王妃はムサカ様とくっついちゃったかあ……まあムサカ様が若返ってからそういう予感はしてたけど、それをどう思えばいいのか自分でも分からない。嫉妬してるわけでもないし、ありがたいと思うべきなのかどうなのか。私はムサカ様がうらやましいと思っているのかな）
この世界は魔力の強さで序列が決まるといってもいいほどである。ミカエルだって、一族の中ではうらやましがられている方である。女性には魔力が強い男と赤い月を過ごしたいという本能があるからだ。
（でもムサカ様の人生を思うと、あんまりうらやましいとは思えないし、ムサカ様は王妃に出会えてよかったってことなのかな。黒目の王妃も、ムサカ様と仲良くするのかな）
ムサカのことに関しては、ミカエルもどう思えばいいのかさっぱりわからなかった。ラクシュミはあまり気にしていないが、来年の赤い月のラクシュミがどう思うか、それを考えると怖い。
（相手が一族の男でよかったけどな）
それだけはヴィラ同様ミカエルもほっとしている所だった。
その後ミカエルはラクシュミに報告に行き、ゆりに会いに行った。ゆりは部屋でクロスと遊んでいた。
「セリアの子供の名前は決まった？」
「はい。アンジェリカです」
「アンジェリカ。かわいい名前ね」
「カーライル様も喜んでいましたよ」
「だろうね。孫ができた感覚じゃない？」
「そうでしょうね。あんなに早く親になれるなんて、エルバートは幸運なやつですよ。私が初めて親になったのは九十三の時ですから」
「それを考えたら早いわね。シャナーンも」
ソファの上で寝転んでいたクロスがごろんと体を動かしてソファから落りようとしていたので、ゆりはあわてて手で支えていた。クロスは床に降りると、ハイハイしだした。
「え、おおーー！ クロスすごい！ いつからハイハイしてるの？ 私知らなかった」
「私も初めてみましたよ」
クロスは結構な速さで手足を動かしている。
「すごいすごい」
クロスは産まれて七ヶ月である。子供の成長は早い。近いうちに歩き出し、おしゃべりもするようになるのだろう。
ゆりがふとミカエルを見ると、ミカエルは目を細めてクロスを眺めていたが、ちょっと雰囲気が違うように感じられた。
「ねえ、ミカミカ出てない？」
ゆりはつい聞いた。
「出てないです」
とミカエル。
「今ちょっと出てた気がしたんだけど。ほんとに出てなかった？」
「出てないですよ」
「ほんと？ ミカミカ、出て来て私を冷たくあしらってよー」
ゆりはミカエルの袖を引っ張って言った。
「ミカミカったら」
「王妃は相変わらずですね。まあそういうところは安心しますけど」
ミカエルはゆりの肩を抱いた。
「ところで、王妃もムサカ様と仲良くするんですか？」
「え？ さあ。ごまかしてるんじゃなくて、本気で分からない。でも赤い月の王様のことを思うと、私は仲良くしない方がいいのかな、と思うし。でも赤ちゃんのパパなら、仲良くした方がいいのかと思ったり。ムサカさんは過去に帰っちゃう人だから、難しいな」
「子供が産まれたらここに残りたくなっちゃうかもしれないですよ」
「せっかくだから、戻って強い女の人とひっついてほしいよ。過去の時代だって王族がいっぱいいた方がいいに決まってるだろうから」
「そうですね」
「ムサカさんがずっといると、王様が本気で王位を譲っちゃうかも」
「ははは、それは、あり得る話ですね」
ミカエルは笑っていた。
（スペード様の時は私がだめだったから、今回は私の方がしっかりしなくちゃ）
黒目のゆりはそう思っていた。
「ところで、酒祭りの話なんだけど、酒祭りは来月の八日と九日、パレードは八日、午前、午後、どっちだっけ？」
「ジンラ様の都合が良い時間でいいんですが、午後の方が人が集まってるから、午前中にした方がいいかもしれないですね」
「じゃあ、十時くらい？」
「そうですね。馬車は広場に入っていきますけど、王妃はいけないし、通訳はどうしましょうかね」
「そうね。私は行けないよね。人が多すぎるもんね。もしかしたら、通訳の妖精さんを連れて来てくれるかも。そこらへんの打ち合わせをしに行きたいんだけど」
「子供達も喜ぶだろうなあ。いまだにアリアス様とハロルド様に出会えたことを話してますよ。子供達にとっては生涯忘れることはできない出来事でしょう」
「そうね。街の人達も喜ぶね。博物館の手や足の型にあんなに喜んでくれるんだもん。せっかくだから館長さんにもそれとなく話してあげたら？」
「そうですね」
「館長さんの喜ぶ顔が目に浮かぶようだわ」
自分は行けないとしても、ゆりも酒祭りが楽しみでならなかった。
城の北にある街の商店街にて、占い屋のミケは買い物中だったが、たまたまいつも店にくる王妃の侍女がその店にいたのでミケは声をかけた。青い短髪の若い女性、名前はジュリである。
「こんにちは」
「こんにちは、ミケさん。この間のお祭り、とても楽しかったですね。私なんて未だに興奮してるんですよ」
「はは、そうですね。楽しかったですね」
ミケは素早く侍女を観察したが、今日は怪しげな様子はなかった。
「今日は買い物ですか？」
「はい、私は今日は休みで、仲間内でちょっと宴会をしようっと話になったので、買い出しです」
「そうですか。えーとその……また街に来る時があったら、帰りにでもちょっと顔を見せてくれたらうれしいんですけど」
（またあんなことがあったらことだしなあ）
という理由でミケが言った。
「え……はい……ではまた行きますね。私買い物が終わったので、今日はこれで」
「はい、また」
侍女は去って行った。
その夜は侍女達の宴会だったので、ジュリは広間のミケとのやりとりを皆に話した。
「えーそれって愛の告白じゃない？」
「好きだから会いたいってことよね」
「来年の赤い月、誘われたらどうする？」
仲間は興奮気味に食いついてきた。
「え？ 赤い月！？ やっぱりあれって、告白？」
ジュリはどぎまぎしていた。ミケの言葉が意味深だったがために、ジュリの方は（もしかして、私に気があったりして）とは思っていたのだが。
占い屋の人相はあまりよくないので、仲間はだれも「うらやましい！」とは言わなかった。
なにせ彼女達はいい男を見慣れているのである。
「ジュリはミケさんのことどう思ってるの？」
「え、いやー……考えたことがなかったから……」
本当にそういうことを考えたことがなかったので、ジュリは悩んでしまった。
「そういえば、ジュリ、占いで近々いい人が現われるっていわれなかった？ もしかしたら占い屋さん本人だったりして」
「まあ、結婚するには、いいかもよ？ だって魔力がある一般人って貴重じゃない？」
「そうよね。そういう意味じゃ、もてても不思議はないわよね」
「あんまり女性が群がるイメージはないけど」
とジュリ。
「まあ好きにしたらいいじゃない」
「うん」
このときの話を、他の侍女がついゆりに話してしまった。ゆりも同様にくいついている。
「ジュリ、占い屋さんに告白されたんだって？ どうするの？」
ゆりも興味津々でジュリに聞いた。
「告白といっても、好きって言われたわけじゃないんです。ただ顔がみたいって」
「それって好きと一緒じゃない。ラーズ様に生涯を捧げるのもいいけど、好きって言ってくれる人とひっつくのもいいかもよ。ジュリが嫌ならしょうがないけど」
ゆりにとっては占い屋は恩人だったので、ミケに対して悪い印象はなかった。
「実は私、王妃様にお仕えしていて思っていたんです。私も、子供を産みたいなって。もしかしたら、これはチャンスかもしれないです。別に、ミケさんのことは嫌じゃないし、いい人だなって思ってましたし」
「そう思うならいっちゃえいっちゃえ♪ 今日はもう上がって良いから、ミケさんにその思いを伝えてきなさい」
「わかりました！」
ジュリは素直な性格だったので、そのまま突っ走って行ってしまった。
「カップルが誕生するのかな？！ ステキ！」
城ではゆりは喜んでいた。
ジュリは着替えて馬車に乗り、北の街にある占い屋の店に直行した。ちょうど店は開店した所である。
「おはようございます」
ジュリは元気いっぱいの声で挨拶した。
「おはようございます。今日は早いですね。休みなんですか？」
ミケが聞いた。
「あの、昨日の話なんですけど、私、お受けしようと思うんです」
ジュリが胸に手を当てて言った。
「昨日の話、ああそれで来てくれたんですね」
「来年の赤い月、一緒に過ごします」
ジュリがずばりと言った。占い屋の方はきょとんとした顔付きである。
「はい？」
「私、実は初めてなんですけど、なんとかがんばります」
「はあ、何を？」
「ですから赤い月です」
「はい！？」
「昨日のこと、赤い月のお誘いだったんですよね？」
ジュリは純粋な瞳で聞いた。
「え……いや……」
ミケはかなり困っていた。あれがそんな話にまで発展するとは、夢にも思わなかった。
「ち、違いますよ。そういうことじゃないんです」
「え？ 違う？」
「昨日のあれは、えーと……その……あなたが心配だったので、元気な顔がみたいっていうか……」
ミケはしどろもどろである。
「それって好きってことですよね？」
「えーと、でも、こんなおっさんに告白されるなんて、いやでしょ？ 俺は全然女に相手にされない男なので。だからその、時々元気な顔が見られれば、それで十分っていうか。それに、そうだ。あなたに手を出すなんて、王妃様に怒られちまいますよ」
「王妃様は、がんばってっておっしゃってました」
「はいい！？ いや、普通反対するでしょ！」
「ミカエル様だって、ミケさんに一目置いてますよ」
「あなたのご両親だって反対しますよ。俺みたいな男が相手なんて」
「両親は別に。私は大人ですし。孫の顔が見られたら喜びますよ」
「ま……まご……いや、俺は実は悪いやつなんです。もう何人も人を殺したし、俺みたいな男とひっついちゃいけねえですよ」
「今はいい人じゃないですか。私、一生結婚しないかもしれないって思っていたので、人生の転機ってこういうことかなって思ったんです。ミケさんも言ってたじゃないですか。近々いい人に出会えるって」
「いや、それは俺じゃないですよ。絶対」
「でもミケさんにしか告白されてないですもん」
「考え直した方がいいです。いい男はいくらでもいますよ。あなたはかわいいし」
「私のこと好きなんですか？ 好きじゃないんですか？ どっちなんですか？」
ジュリはミケに迫る勢いで聞いた。
「それは……その……そりゃもちろん、好きですよ。でも俺みたいな顔の子供が産まれたら、かわいそうでしょ？」
「別にかわいそうじゃないですよ。ミケさんは自分を卑下しすぎですよ」
「あなたはラーズ様の顔が好きなんでしょ？」
「はい、でもラーズ様と結婚はできないので。結婚してもラーズ様は信仰しますよ。もちろん」
（けっ……こん……）
ミケは気が遠くなってきた。
「結婚は、赤い月が終わってからと前と、どっちがいいです？」
話は進みまくっていた。こうなったら仕方がないと、ミケは最終手段に出た。
「あなたがその気なら、今夜、予行練習をしようじゃないですか。俺はいやらしい男なんで、一度じゃ満足できず、二度も三度もしてしまうかもしれません。逃げるなら今ですよ」
ミケは悪そうな顔で言った。
「わかりました。じゃあ今夜きますね」
ジュリはくるりと回転して店を出て行った。
「え？ 来るの？ 本当に来たらどうしよう！」
ミケの方が困っていたのだった。
つづき
１４部
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