第21話
（本当に来るとは困った……）
夜が更ける前に、本当にジュリはミケの家にやってきたので、ミケは困っていた。
（どう考えても俺がどうにかしていい人じゃないぜ）
「あのー本当に他にいいなと思う人とかいないんですか？」
ミケはジュリに聞いた。
「はい」
「そんなことないでしょう。世の中男はいっぱいいるんですよ？ あなたに合う男だっていっぱいいますよ」
「ミケさんは、私があなたを選ぶってのが信じられないんですか？」
ジュリはきょとんとした顔で聞いた。
「俺は産まれてこのかたもてたことがないんで。数年前まで、人に言えない悪い仕事もしてましたし。あなたのような人はまともな男とひっつくのがいいですよ。まあ確かに俺には魔力がありますし、あなたが魔力がある子供がどうしてもほしいってのならわかりますけど」
街に住んでいる庶民のほとんどは魔力がない。魔力に対する憧れがあるのもわかる。魔力がある子供を産むために、好きでもない男とひっつくということだってあるだろう。
「うーん、確かにそういう気持ちもありますし、とりあえず、お試しで付き合ってみませんか？ 王妃様がおっしゃってました。一緒にいて楽しいって思える人と結婚しなさいって。食べ物の好みが似ていたり、同じ事で感動できたり、そういうことが大事だって」
「はあ、お試しって……俺に抱かれちゃってもいいってことなんですか？」
「はい。仲間は、体の相性も大事だって言ってました」
ジュリは照れもせずに言っていた。
（開き直った処女は恐ろしいぜ。意味がわかってて言ってるのかね……こうまで言うのならいただいちまおうかな）
この国は女性の処女性には全くこだわらないので、これが原因でジュリが今後他の男と結婚できないとかそういうことにはならないだろうとミケは思った。
(俺が襲うわけじゃねえ。向こうがいいと言ったんだし）
「本当に抱いちまいますよ？ 朝になって俺に犯されたーとかって訴えるのなしですよ？」
「はい」
「何するか本当に分かってますね？」
ミケはダメ押しのように聞いた。
「ミケさんったら私はこれでも75歳ですよー実は赤い月に全く反応しないタチなのです。でも男性に興味がないわけじゃないですよ。神様は大好きですし永遠の憧れです。それはそれとして、私も普通に赤い月にいたして子供がほしくなっちゃったんです」
「わかりました。じゃあ、こっちに来てください」
ミケはジュリを奥の部屋に誘い、二人は一晩こもったのだった。
翌朝ジュリは、「体の相性はどうでしたか？」とミケにきいてみた。
「い、いいと思います」
ミケは小さい声でそう答えた。
「よかった。次は朝食持参で来ますね」
ジュリは元気はつらつで去って行った。
「恐ろしい……なんて恐ろしい女だ……」
ミケはふるえる声で言っていた。
「彼女、すごい名器だ。娼婦にもあんなすごいのはいなかったぜ。自分では気がつかないだろうが、彼女がもし娼婦にでもなったら大変なことになるな」
ミケは昨晩ジュリを抱いて信じられないほどの絶頂を味わったのだった。しかも彼女の方もまんざらでもなさそうだった。経験がないというのは本当だろうし、まさか芝居ではないだろう。
（しかもまた来るって言ってたし。彼女と赤い月を過ごしてみたい）
ミケは今まで感じたことがない衝動を感じていた。
ミケの手にはジュリの髪の毛が握られていた。ミケは魔法を唱えて、ジュリの体調を計る魔法の玉をゆりの魔法玉の横に並べたのだった。
一方、ジュリは街で城行きの馬車に乗っている。
（ミケさん、ごめんね。私裏技使っちゃった）
ジュリは心の中で舌を出していた。昨日一旦城に戻ったジュリは、部屋で幻のような男ガーベラに出会ったのだった。
「恋愛の相談ならのるよ」
ガーベラはそう言ったので、ジュリは素直に相談した。自分は男性経験がないので体にいまいち自信がないことを。自分でも女性の魅力にあふれているとは言えない。それくらいなら今まで男から声をかけられていただろう。
「君は本当に彼が好きなの？」
「なんとなくピンときたんです。ミケさんと結婚して、子供ができる未来が想像できたというか」
「そうか。そういう感覚は大事かもね。なら裏技を教えてあげよう。体で男を虜にする方法。知りたい？」
「知りたいです」
「そのかわり、彼を一生可愛がってあげなきゃならないよ？ 飽きたから捨てるなんてことは許されない。一生彼の面倒を見る気があるなら教えてあげよう」
「彼と結婚してもいいって思ったくらいですから」
「じゃあこれをあげよう」
男ガーベラは青い花びらを一枚ジュリに渡した。
「行為の前にこれをあそこに入れるんだよ。そうすれば、彼は君の体の虜になるだろう」
「二度目からはどうなるんですか？」
「一度そうなれば体はその感覚を取り戻すから、効果はずっと続くんだよ。だからね、これを使うなら、彼を捨てることはできないんだ。よく考えて」
「わかりました、ありがとうございます」
こうして、ジュリはその裏技を使ったのだった。
（ミケさんのどこがいいのかって聞かれたら私にもわからないけど、でもタイミングって大事だと思う。子供がほしいなって思ったこのタイミングでああ言われたから、今いくしかない、みたいな。はじめてだったけど、私も気持ちよかったし、あの裏技は私にも効果があるのかも）
ジュリはその後「ミケさんと仲良くなりました」と爽やかに仲間やゆりに報告していた。
「おめでとう」
とゆりも喜んだ。
「ミラも誰かと恋愛したらいいのに」
侍女の中ではミラは一番の古株である。ミラが去るのは辛いが、ミラに幸せになってほしいとも思っていた。
「私はここを離れたくないですもん。もう今さら私の恋愛はいいですし」
「まだいけるでしょ」
「王妃様から離れるなんて、考えられません。でもジュリも勇気がありますよね」
「ミケさんが運命の相手だったのかもよ」
ゆりがジュリの話を気をもらうついでにミカエルにしたところ、ミカエルはすごく喜んだ。
「それは素晴らしい。是非とも占い屋には永住してもらいたいと思っていたんですよ。魔力がある子供が産まれるかもしれないですね。楽しみだなあ」
ミカエルはすでにその先を想像している。
「ミカエルったら」
「うまくいくといいなあ」
「うまくいくわよ」
ジュリが次に占い屋の店にゆりからの差し入れを持って行った時、ミケはすごくうれしそうだった。
「王妃様がゆっくりしてきていいよって言ってくださいました。なんなら泊まってきたら、なんて。ふふ」
「と、泊まります？」
ミケはすかさず聞いていた。
「とりあえず、一緒に食べましょう」
ジュリが持って来たバスケットの中には、夕食が二人分入っていた。
「そうそう、ミカエル様からミケさんに預かってきましたよ」
ジュリは分厚い、手紙にしてはでかい封筒をミケに渡した。ミケがそれを開いてみた。中には折られた二枚の紙と、ミカエルからの手紙が入っていた。
『男なら覚悟を決めろ』
手紙にはこう書かれていた。別の紙を見ると、「結婚申し込み書」と書かれていた。
（げっ、あの人何考えてるんだか。え？ もしかして……）
「あの、俺と仲良くするようにミカエル様に頼まれました？」
ミケはジュリにきいてみた。
「頼まれてません」
ジュリはすぐに答えた。
「ミカエル様からの手紙、何が書いてあったんですか？」
「えーと、その……結婚申し込み書なんてものが……」
「えーミカエル様ったら。さっきは私にあんなことを言っていたくせに」
「あんなこと？」
「何もすぐ一人に絞ることはない。いろいろな男と体験してみてから決めるのもいいぞ、なんて」
「だ、だめですよ。だめです！」
ミケが慌てて言った。
（彼女がとんでもない名器だって知れたら、他の男に取られちまう。それはいやだ）
「あの、この国の結婚ってどういうことなんですかね。結婚したら、浮気はなしってことなんですか？」
それぞれの国では結婚制度もいろいろ違う。結婚に関心がなかったミケは、よく知らなかった。
「そうですね。この国の場合は、恋人の場合は相手が浮気しても、文句は言えないってとこありますね。夫婦になると、浮気相手を訴えて慰謝料を請求できたりします。そのほかは、財産分与ですね。夫婦じゃないと、相手が死んでも遺産を自分の物にできないとか。恋人の家に住んでいても、もし恋人が死んでしまったら、その家は恋人の両親や兄弟がもらうことになるんですよ。子供が産まれてから結婚するケースも多いですよ」
「なるほど、じゃあ、ジュリさんと結婚したら、ジュリさんは俺だけの人になるってこと？」
「はい、別に、他の人としませんけど。私ガーベラ様に、あなたが私を望んでくれる限り、あなたの側にいるって約束しました」
「は、はあ、そうなんですか？ それはうれしいかな。でも、確実にするためには、あなたと結婚した方がいいですよね」
ミケは言いながらも、（自分でも何言ってるのかさっぱりわからねえ。酒も飲んでないのに酔ってるのか？）などと思っていた。
「私は結婚したいですよ。だって子供がほしいですから」
「結婚しましょう」
ミケはついに言ってしまった。
「え？ 本当ですか？」
（俺はこの子が好きなのかも。今も俺の体がこの子の中に入りたがって暴れそうなんだよ！ もうどうにでもなれ！）
「ジュリさん、もう我慢できないんです。抱かせてください」
ミケは迫り気味に頼んでいた。
「先に夕飯は食べないんですか？」
「とりあえず一回お願いします」
ミケはジュリを寝室に連れて行った。ちなみに布団は新しくなっていたので、ジュリはのんきに「新しくなってますね」と言っていた。
「あなたのために新品を買いました」
「ミケさんったら」
再度仲良くなっても、気持ちよさは変わらなかった。
（超名器、超名器ー！）
とミケは心の中で叫んでいる。
（この子は千年に一人の名器の持ち主かもしれん。他の男に知られるわけにはいかん。この子もなぜか俺がいいと言ってるんだし、ここはもう決めるしかない）
「ジュリさん、ずっと俺の相手をしてください」
「はい」
朝には、ミケは結婚申し込み書にサインを書いていた。
役所から報告を受けたミカエルは喜んだ。
「これで、もし占い屋が死んでも、魔道具は彼女のものになるな」
「こらこら、まさか殺す気じゃないだろうな」
王の間でミカエルに言ったのはフリットである。
「まさか。私は二人の子供に期待しているんだ。殺すわけないだろう」
「一族以外で魔力持ちは貴重だからな。結婚したらゆりの侍女はやめるのか？」
ラクシュミが聞いた。
「子供ができるまで続けるんじゃないんですか？」
とミカエル。
この国では結婚式なんてものはしない。役所に書類を出して親戚に紹介すればそれでおしまいである。ジュリは役所に書類を出した後、ミケを両親に紹介した。
「娘をよろしく」
とこちらも挨拶だけで終わった。
（まさか本当に結婚しちまうなんて。この子としたいんだからしょうがねえ）
ミケは自分で自分が信じられなかったが、ジュリの体に参ってしまっていたので、もう仕方なかった。
（来年の赤い月が楽しみで仕方ねえ。それまで彼女が妊娠しないようにしないと）
「私ミケさんのとこに住んでもいいですか？」
ジュリが聞いた。
「え？ 王妃様の侍女の仕事はどうするんですか？」
「通いでもできますよ。子供ができるまでは続けたいです。次の休みの時に、私の品物とか運んでもいいですか？」
「は、はい、手伝いますよ」
「ミケさん、ずっと仲良くしましょう」
ジュリはミケの手を握りしめて言った。
「はい。仲良くしましょう」
（彼女は、俺の運命の女なんだ……）
こうして、ミケの身辺は一変したのだった。
商店街の面々も、ミケが結婚したと知り、祝福してくれた。
「ミケさんもすみにおけませんね」
裏通りの医者が祝いに酒を持ってきてくれた。
「いやー、話がとんとん拍子に決まってしまって。そうだ。彼女からすごいことを聞きましたよ。酒祭りですけど、なんとジンラ様が降臨されるそうなんです」
「ええ！？」
「ジンラ様が馬車に乗って通りを通られるとか」
「ええええー！！！！ 本当ですか？」
「本当ですよ。酒祭りの初日の午前中みたいですよ」
「すごく楽しみだ。そんなすごい情報を、ありがとうございます」
医者は飛び上がらんばかりに喜んでいた。
商店街でも酒祭りの準備が始まっていた。暦は11の月に入ったのだ。酒祭りはもうすぐである。
「やばい、ジンラ様に会いたいのに会えない！」
ゆりは神の国に行けてなかったので、ジンラと酒祭りの打ち合わせができず、困っていたのだった。
つづく
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