第23話

目の前に魔物達の軍勢が見えた。突然の光景にたじろいでいたのはねぼすけである。

（なんだなんだ？　またバリアス様の夢かな？）

半端ない魔物の数だった。こんな光景は以前にも見たことがある。ねぼすけがいたのはまさに戦いの最前線で、光の側はライオネルやハロルド、光の神や風の神達、そして妖精達が見えた。ねぼすけの姿は透けていた。魔物達が体を通り過ぎていったので、ねぼすけは「わっ」と驚いている。

「ガガーン」

と空が割れるような轟音が聞こえてくる。雷の筋がいくつも魔物側に落ちていた。光側の攻撃のようである。雷が落ちた魔物達は消えていたが、あまりにも魔物が多すぎる。

ハロルドの光の剣から放たれる光の攻撃で魔物達が一掃されてもいたが、次々に魔物がわいていた。ねぼすけが神の国の外れでもみたことがないような体が大きな魔物達もいる。

「すごいな。こわー。これは未来なのか過去なのか？」

ねぼすけはドキドキしながらも戦いの様子を眺めていた。長い柄がついた斧を持った魔物が見えた。身長２メートルほどのその魔物はそんなに大きな魔物ではなかったが、全身真っ黒な毛並みで、頭は狼のような感じで、瞳は真っ赤である。ハロルドの攻撃を素早くよけて前に進み、妖精に斧をふるっていた。その魔物は動きが素早すぎた。妖精は避けることができずに消滅してしまった。

「ああー」

ねぼすけは思わず声を出していた。

「あれは僕だよ」

後ろから声が聞こえてきて、ねぼすけはびくっと体を震わせて後ろを見た。そこにいたのは銀髪の少年妖精、ヴォルフである。

「ヴォルフ様！？」

ヴォルフの右目は、ねぼすけの瞳だった。やはり交換されたらしい。今は目のことを気にしていられなかった。ヴォルフは今、何か重要なことを言ったのだ。

「今、なんておっしゃいました？」

「あの魔物が僕だったんだ」

「……はあ！？」

ヴォルフが指さしていたのは、真っ黒な毛並みの狼のような頭の魔物である。

「ど、ど、どういうことですか？　まさかそんなわけはないでしょう」

「確かに僕は魔物だった。この戦いで死んで、気がついたらまた産まれたんだ。おかしな話だろう？　ほら、僕が死ぬ所だ」

ハロルドが素早く移動して光の剣で魔物の首を飛ばし、その魔物は消滅した。すべての光景がばっと消えて、辺りは真っ白になった。そこにいたのはねぼすけとヴォルフだけである。

「つまり、僕は以前自分を殺した神の息子として生まれ変わったというわけだ。そのせいか、ハロルドは僕のことを内心気味悪く思っている」

「まさかそんな……ははは」

魔物が神の国で転生する。そんなばかなことがあるのだろうか？

魔物に倒された妖精は、二度と生き返ることはできない。転生などもかなわないと言われているのに。

「まあ、僕が産まれたのは、魔物達の怨念の賜かもしれないけどね。再び狭い暗い世界に閉じ込められてしまったから。あいつらは、あそこから出たくてしょうがないんだ。魔物も月や太陽の下で生活したいのさ。だから、あいつらは、アシュランの光の剣を奪いたくて仕方ないんだ。魔物ならば光の剣に触れることはできない。だけど、ハロルドの子供の僕になら、可能かもしれない」

ねぼすけは背筋が凍るほどの寒気を感じつつ、ヴォルフの話を聞いていた。

「だから、一言、お母さんが僕を見て、『気味が悪い子だ』といえばよかった。もしくは、この世界をつまらないと感じていればよかった。僕はお母さんを殺してあげることができたんだけど、お母さんはそう言わなかった。僕を見て『かっこいい』と本心で言ってたし、この世界が楽しいってさ。だから僕は、この世界を滅ぼすのはやめたんだ。今のところはね」

「今のところは……」

「この話をアシュランに言おうかどうか考えてる？　別に言ってもいいよ。アシュランはハロルドよりも、僕のことを気味悪く思ってる。僕はそういうのは分かるんだ」

「しかし、魔物が妖精になるなんて……信じられませんが」

「神も妖精も、善の力だけを持っているわけじゃないよ。たとえば、力も過ぎれば災いになるし、雨だって過ぎれば嵐になる。すべてが無に返るのが悪いこととも思わない。またそこには違う世界が産まれるだろうから。もし魔物達の世界が産まれたとして、それがいいとか悪いとか、判断する者によって意見が違うだろう。アシュランは魔物達を最初に一掃した。魔物側から見れば、ただの殺戮だよ」

「……ま、まあそうかもしれませんが……」

「僕は滅びの神にもなれたけど、お母さんはそう望まなかったから、方向転換しなきゃいけなくなったんだ。それで、この世界のことをいろいろ知りたくなった。人間のこととかも。君の目をもらったのも、君が見た物を僕が見たいと思ったからだよ。君は元人間だから、他の連中よりいろいろ見ているだろうと思ってさ」

「そうですか」

どうやって目を交換したのか、ねぼすけは聞くのが怖かったので聞けなかった。

「黒髪の耳が丸い女の子、彼女はどこに住んでるの？」

ねぼすけは再びどきりとしたのだった。


人間界、朝である。

食堂にやってきたゆりは子供達を見回して、不思議そうな顔をしていた。

席に座っていたのは、シス、ラギ、ナナミ、ミシェイラ、レーヌ、そしてもう一人、ラギとナナミの間に座っていた。銀色のストレートの髪の男の子である。年齢は５歳のレーヌと同じくらいかもしれない。顔立ちはなかなか整っている男の子であるが、左右の目の色が違う。左目は綺麗な青い瞳、右目は黄色い色が混じっていた。ゆりはその目を見てねぼすけを連想していた。

その子供は他の子と同じように朝食を食べているし、他の子供達は違う子供が交じっていることを気にする様子もなかった。

「みんなおはよう」

「おはよう」

子供達が挨拶を返した。

給仕の侍女がおかわりをもって回っていた。

「ヴォルフ様おかわりはいかがですか？」

「もういいや」

とその子が答えた。

（ヴォルフといえば、狼の頭の子？　変わったんだ？　私に会いに来てくれたんだ）

ゆりは素早くそう察してにこにこしていた。

（みんなに暗示でもかけてるのかも。すごい力）

ラギとシスは酒祭りの話をし、レーヌとミシェイラは、祭りに行っちゃだめだと言われたのか、うらやましがっていた。

ゆりは部屋に戻った後、侍女に一人になりたいと伝えて待っていた。

ヴォルフが部屋にやってきた。

「私に会いに来てくれたのね？　いつその顔になったの？　びっくりしちゃった」

ヴォルフはゆりの側にやってきてゆりの顔を見上げていた。

「どうしてあの時あなたがいたの？」

「私は時々ガーベラの体を借りてるのよ。だからあなたが産まれた時もいたの」

ゆりは長椅子の方にヴォルフをつれて行き、並んで座った。

「あなたはすぐ気がついていたのね。ごめんね。だますつもりじゃなかったんだけど、怒ってない？」

「怒ってない」

「そう。よかった」

「お母さんって言っていい？」

「もちろんいいわよ」

「実は僕、どういう風に成長するかちょっと迷ってるんだ。お母さんも考えてよ」

「私が考えてもいいの？」

「うん。実はね、僕、以前は魔物だったんだ。死んで、気がついたらこっちで生まれていたんだよ」

「そうなの？」

「うん。だからきっと、あの獣の頭は、その名残りなんだよ」

「うーん、それは違うと思うな。だって、あの頭、むちゃくちゃかっこよかったじゃない。見るからに神の眷属って感じだったわよ」

ゆりは真面目に応答していた。

「そう思ったの？」

「うん。銀色の狼。かっこいい。大人になった姿も見たかったわ。想像するだけでかっこいいじゃない。それにしても、前世のことを覚えているなんて、辛くない？」

「お母さんは、どうして僕が産まれたんだと思う？」

「きっと、あなたが神の国で生まれたいって思ったのよ。だれかに愛されたり、自分も誰かを愛したりしたかったんじゃないかな」

「うーん、そうかな」

「きっとそうよ。あなたには個性的な兄弟がいっぱいいるから、一緒に遊んだりしたらどう？　楽しいわよ。ルチアちゃんなんてすごいから、一緒に遊び回ったらいいわよ」

「そうだね。じゃあお母さん、大人になった僕を想像してみてよ」

「そうねー。銀色のストレートの髪の美丈夫、顔はもちろんハンサムで、体つきは、ハロルドほど筋骨隆々じゃなくて、ほどよい引き締まった筋肉の持ち主。足はすらりと長くて、それで力持ち。そして、何かあった時には、銀色の狼の頭に変身するの。そうするとあなたの力は三倍くらいになるのよ。あ、ちょっと待って、銀色の狼も素敵だけど、黄金の毛並みの狼も素敵。どっちでもいい。どっちも捨てがたい。なでなでしたい」

「金色の狼かあ」

「変身姿はあなたの希望で。腰には金色のベルト。真ん中にはハートマークを入れてほしい。ガーベラの子供っぽいでしょ？」

「ベルトにハート」

「愛と勇気にあふれた妖精、ステキ」

ゆりは想像して喜んでいた。ヴォルフの以前魔物だったという告白も、軽く受け流しているところがゆりらしい。聞いたのがガーベラだったなら、もっと違った反応が返ってきたかもしれない。

「ちょっと大人になってみる」

ヴォルフは立ち上がり、「あ、そうだ。服を脱いでいい？」と聞いた。

「タオルを持ってくるわ」

ゆりは寝室に常時用意されている大きなタオルを持って来てヴォルフに渡した。

「じゃあちょっと向こうを向いてて」

「はーい」

ゆりは背中を向けた。そして五分ほどして、「いいよ」と言われたので顔を向けた。そこには腰から下をタオルで隠した美丈夫がいた。

ほどよく引き締まった体つきの、背が高い、銀色の髪の男である。

「すばらしい！！！！」

ゆりは大拍手をしていた。

「感動だわ！　ステキよ！」

ゆりはあまりに感動したので涙目である。ヴォルフの風貌は、冷ややかなハンサムといった感じである。

「すごいわ。すごすぎるわ。ガーベラに見せたいわ」

ゆりはうるうるしていた。

「じゃあ、変身するよ」

「変身もしてくれるの？」

ヴォルフの顔の周りがもやっとしてきた。そして金色の毛並みが現われて、耳がでて、口元が前にせり出してきた。

「おおー」

ゆりは拍手している。

ヴォルフの頭は、獣の頭に変わっていた。黄金の毛並みの狼である。

「素晴らしい！　感動だわ！」

「銀より金がいいかな？」

ヴォルフは獣頭で話していた。

「どっちもいいけど、こっちの方が神の国の戦士って感じがしていいかも。ライオネルと同じように、大地を守る戦士だわ。あ、待って、何かが足りないわ。うーん……あの、よかったら、ほんの少しだけ、胸毛とかつけてもらえない？」

ゆりは最後にはバカな要求をしていた。


その後少年姿のヴォルフは神の国に戻った。

（変な人だったな。のんきで、楽しい。僕を怖がると思ってたのに、全く怖がらないなんて）

ゆりは「お願い、ちょっとだけでも触らせて」と言って、ヴォルフの頭に頬擦りもしていた。怖がるどころかむちゃくちゃ喜んでいた。

神の国に戻ったヴォルフは、ジェラルド工房にいた。

「あ、ハルバードができてますよ」

ジェラルドがヴォルフを見て言った。先端に槍のような鋭い武器と、斧が合わさったような武器である。

「どうも、あのーハートマークがついた金色のベルトが欲しいんですけど」

ヴォルフはジェラルドに頼み、「ハートマークですか。ハートはピンクがいいですかね」などと真面目に返していたのだった。


一方、ゆりの居場所を話してしまったねぼすけは、目覚めた後どうしようかと頭を悩ませていた。

ヴォルフがゆりに危害を加えることはないと思うが、もし万が一ゆりに何かあったらどうしようという考えも頭の中を巡っている。

「一応ゆりちゃんに忠告しておく方がいいかもしれない。夢でといっても今夜まで我慢ができない。うーん、どうしよう」

ねぼすけは、コウモリの国とバクの国にはすぐ行けるのだが、蛇の国は無理だった。

「そうだ。クーガ君に頼もう」

ねぼすけはクーガに頼むことにしたのだが、クーガは三時までは忙しいというので、クーガの仕事が終わるまで待っていた。

クーガが来た時、ねぼすけはアシュランの神殿の一室で普通に寝ていた。

「リアンさん、終わりましたよ」

クーガが揺すると、ねぼすけははっと目を開けた。

「悪いねクーガ君、直接ゆりちゃんに話があってさ、蛇の国につれて行ってくれないかな」

「あなたまで彼女の恋人になったとか言うんじゃないでしょうね」

クーガは怪訝な表情で聞いていた。

「僕は違うよ。どうしてもゆりちゃんに話しておきたいことがあってさ。今夜まで待ちたくないんだよ」

「はあ、しょうがないですねえ。ところで、その目、どうしたんですか？」

「いろいろあってね」

クーガはねぼすけを連れて、蛇の国の城の門まで飛び、普通の客人らしく、王妃に面会を頼んだのだった。


部屋にいたゆりはクーガが来たと聞いて喜んだが、部屋に来たのはねぼすけだった。

「あれ？　クーガ様は？」

「今日は普通に用があってきたんだよ」

ねぼすけは部屋の鍵を閉めた。

「どうかしたんですか？」

ねぼすけは普段と違い、かなりあせっている様子である。

「君、ガーベラ様の時、ヴォルフ様を産んだだろう？」

「はい」

「そのヴォルフ様に君のことを聞いて、教えてしまったんだ」

「もう会いましたよ」

「ええ！？」

「今朝城に来て、子供達に交ざっていたので驚きましたよ。その後話しました。良い子でしたよ」

「ほんと？　怖いこと言ってなかった？」

「いえ別に。どんな大人になるか迷ってるんだって言ってたので、私の好みを伝えました」

「君の好み……」

「ところで、目が違いません？　どうしたんですか？」

ゆりはようやくねぼすけの目のことを聞いていた。

「ヴォルフ様と取り替えたんだ。それで彼は、僕がゆりちゃんのことを知ってるって気がついたみたいだ」

「目を取り替えた。どうやって？」

「それは僕は知りたくない。怖いから。君に何もなくてよかったよ。じゃあこれで」

ねぼすけは去って行こうとしている。

「ちょっとクーガ様は？」

「あ、そうか」

ねぼすけはクーガを呼びに行き、ようやくゆりはクーガに会えた。

「一体何の話だったんですか？」

クーガが二人に聞いた。

「私がガーベラ様の時に産んだヴォルフ君が、私に会いに来てくれたんですよ。将来の姿に悩んでるっていうから、私の要望を伝えて、銀の狼より金色の狼の方が神っぽくていいかなって言ったんです。そうしたら変身してくれました。かっこよかったですよ。銀色の毛並みの狼と、金色の毛並の狼、二人はどっちがかっこいいと思います？」

二人はぽかんとしていた。ねぼすけは口を開けたままだったが、クーガは金色の狼を想像していた。以前、銀色の狼の頭の妖精が産まれたと聞いた時にいやな光景が頭に浮かんだが、今は浮かばなかった。

「金色の狼の方がいいですね」

クーガが答えた。

「やっぱりそうですよね？」

「君は最強だね」

ねぼすけは、ゆりを尊敬しているというよりは、あきれた顔付きだった。

「悪いフラグは全部へし折るね。君はすごいよ」

「悪いフラグがどこに立っていたんですか？」

ゆりは心底わからなそうに聞いていた。

「ま、怖いことがなくてよかったよ。あ、二人きりでチューでもしたかったらどうぞ」

「しないですよ。では王妃様また」

「また来てくださいね」

ゆりは二人と握手をして、二人は去って行ったのだった。

「悪いフラグ？　どこにあったんだろう？」

ゆりは考えたがやっぱりわからなかった。


聖地に戻ったねぼすけは、「あー。安心した。帰って寝よう」と自分の家に戻って安心した表情で眠ったのだった。


「一体なんだったんだか」

クーガはねぼすけがゆりに会いに行った理由は分かっていなかったが、「金色の狼でよかった」と、そのことに関しては、安心していたのだった。


つづく

一四部

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