第24話
酒祭り前日である。各街では祭りの準備で大忙しである。酒祭りは一番規模がでかいのが城の北にある街での祭りであるが、他の街でも酒がただで振る舞われたりする。酒好きにとっては楽しみでならない祭りである。
城の北にある街では、パレードの練習が行われていた。通りのゴミや石はすべて綺麗に取り除かれている。新品の馬車にフリットとミカエルが座って、ゆっくりと街の広い通りを馬車で通り過ぎている。馬車は覆いがなく、後ろに座っている人物も通りからばっちり見ることができた。木の椅子の上には綿が入った大きなクッションが置かれていた。クッションには葡萄の柄の刺繍がされている。ミカエルとフリットは馬車の乗り心地を確かめている。馬車の外側にはぶどうの装飾などがされていた。明日の朝、花で飾り付けるつもりである。
街の人達も足を止めて馬車を眺め、子供達は手を振っていた。
「座り心地は大丈夫かな？」
とミカエル。
「大丈夫だろう。明日、御者が緊張しないか心配だが」
フリットが言った。
「緊張するだろうなあ」
御者は、まさか後ろにジンラが乗るとは思いもよらないだろう。街の人達は、王族の誰かが乗るのかと思っている。10分ほど通りを通り、馬車は広場に入った。
「馬車が広場に入った後はどうしようかな。ジンラ様から御言葉でもいただけるのだろうか」
とミカエル。
「そうだな。いただけるといいな」
フリットが答えた。なにせ相手が神様なので、あれこれと要望を言うわけにはいかない。
馬車は問題ないようだ。通りも綺麗に整備されていた。御者は中年の男である。「綺麗な服をありがとうございます」と二人にお礼を言っていた。深い緑の上着とズボンで、革靴もついていた。これらはこの日のためにプレゼントされたものである。
「やはり、王族の方が乗られるですよね？」
御者が小声で聞いた。
「まあ、そんな感じだ」
ミカエルが答えた。
「イヤー緊張しそうだなあ」
「今日はよく寝るようにな」
「はい、家族に自慢できますよ。ははは」
御者の笑顔が明日も続けば良いのだが。
その頃ミルキダスは、国の西側にあるぶどう農園の農場主達に会っていた。
「明日の朝迎えに来ますので、皆さんこの場所に集まっていてください。時間は、十時前くらいかな」
「あのー。ミルキダス様、王様が声をかけてくださるのは、我らにとってもとてもうれしいことなんですが、何も明日じゃなくてもいいと思うんですが……」
農場主の一人が遠慮がちに言った。
酒を造っている者達にとって、酒祭りは一年に一度の大切なお祭りである。この日は祭り会場に行って、街の人達の酒の感想なども聞きたいし、いろいろ忙しいのである。
「実は、会ってくださるのは王だけじゃないんだ。やんごとなき御方が来てくださることになっている。王妃がその方に農場主達に声をかけてあげてほしいと頼んでくださったんだ」
「やんごとなき御方？」
農場主達は目を合わせていた。王様ほどすごい方と言ったらだれだろうと。
「まさか、ジンラ様とか言わないですよね。まさかね」
一人が笑いながら言った。
「他はだれだろう？」
「明日は一応、あなた方のお酒を一瓶ずつ持参するように」
ミルキダスはそれに答えずに言った。
「あのーミルキダス様、はっきり教えていただけまさせんかね。気になって眠れないんですが」
「うちの王妃は、ジンラ様の恋人だよ。それじゃ明日の朝」
ミルキダスはそれだけ言って消えた。
「え？ まさか本当にジンラ様？！」
「まさか！」
「本当なのか？ 信じられん！」
「お前明日は城に行きたくないって言ってなかったか？ 息子を行かそうかって言ってた」
「いや、言ってねえ。絶対わしが行く。死んでも行くぞ。王妃様、いつもありがとうございます。ジンラ様のお酒をいただいて、今度はジンラ様に会えるのか？ 夢みたいだ」
農場主は涙目になっていた。
彼らにとっては、ジンラは憧れの存在である。家にはそれぞれジンラを讃える祭壇があるほどだ。
「神様に会えるなんてな。ドキドキしてきた」
農場主達の目が子供のように輝いていた。
北の街の裏通りにある診療所では、医者がそわそわしっぱなしだったので、看護婦に「先生落ち着いてくださいよ」と言われていた。
「どうしたんですか？ なんかおかしいですよ」
「明日が楽しみ過ぎて落ち着かない」
「先生ったら子供みたいなんだから」
祭りの前日とあって、宿はどこも一杯だった。他の街から祭り目当てでくる観光客もいる。裏通りの宿や食堂も繁盛しているようだ。占い屋のミケの店はまるで関係なかったが、観光ついでに占いをしてくれという客も数人いた。
気になる三人組の男達が店にやってきた。
「俺達は商人なんだが、仕事が成功するかどうか占ってほしい」
そう言ってきた。その三人組は商人という雰囲気ではなかった。人相は悪くはない。普通にそこらにいる男達と変わりはないが、妙な感じがした。それは男達の目つきであったり仕草を見てミケが感じたものである。ミケは愛想よくカード占いをしたのだが、最後には「死神」のカードが出た。
「このカードは？」
男の一人が聞いた。
「死神のカード、逆に出ているからあなた方の仕事は、成功しますよ」
カードは正位置で出ていたが、男達から見ればカードは逆に見えるので、ミケはごまかして言った。
「そうなんだ。それはよかった」
「ちょっと難しいかもしれないが、最後には成功しそうですよ」
「よかったよかった」
「安心したよ」
男達は金を払って去って行った。
（あいつらの仕事はうまくいかない。俺達にすればいいことかもしれんな）
今回は怪しい奴らが何人やってきているのやらわからない。
「街では王族のパレードがあるようだ、って噂されてんだよな。まさかジンラ様とは思わないだろうが。酒祭りも二回目か。もう一年半経ったんだよな。びっくりだよな」
謎の依頼主から二度目の宝石も贈られてきていた。依頼主はミケの行動を知っているのかどうか、それも謎である。大体ミケは王妃様をつきっきりで警護しているわけでもないのだから。
（しかしこの俺が、まさか結婚しちまうなんてな。そうだ。もらった宝石で飾り物でもプレゼントするかな）
ジュリはミケのことを好きだと言っていたが、ミケの方は、一時の気の迷いだろうと思っていた。そのため、いつか別の男を見つけて去ってしまうのではないかとも思っている。
（捨てられたくねえ。おれの名器ちゃん）
なにせミケはジュリの体にどっぽり溺れていた。もう二度と、ジュリのような体の持ち主に会うことはできないだろう。それほどジュリはすごい体の持ち主なのである。夜のことを想像するだけで体がうずくほどである。ミケは精力絶倫というほどでもなかったが、ジュリの体を前にすると興奮しまくってしょうがないし、抱いていると頭が飛んで何も考えられなくなる。まさに麻薬のようなものである。
明日はジュリは休みなので一緒にパレードを見る予定である。先ほどのやつらが敵の回し者ならば、仕掛けるなら酒祭りの最中だろう。何もしていない奴らを殺すわけにもかないので、奴らが何かをしでかすのを待つしかなかった。
（おれも目を光らせておかねえとな。酒祭りで楽しんで夜盛り上がる。これだよこれ。事件があったらそれどころじゃなくなってしまうじゃねえか。俺の楽しみは邪魔させねえぜ）
ミケはミケで燃えていた。
聖地のハロルド神殿である。
神官達は食事中で、妖精であるスペードは食事はしないので、新聞を読んでいた。
スペードは新聞を読みながらにやにやしていたので、神官の一人が「面白い記事でもあるんですか？」と聞いた。
「え、ああ」
今日発行された新聞に、蛇の国の土の祭りのことが載っていたのである。街の人達が楽しむ楽しい祭りだったと書かれていた。アリアスとハロルドが降臨したこともばっちり書かれている。ゆりが言っていた通りだ。
（土の祭りなのにサントス様は降臨されず、アリアス様とハロルド様が降臨されるってのがよくわからんが……この新聞、きっとクーガ様が彼女に渡すんだろうな）
「ジンラ様の神殿で神官達がもめてたらしいですよ。ジンラ様のお供で神官が明日蛇の国に行くらしくて、みんな行きたがってクジをしたらしいっす。なんか蛇の国にはすごいところがあるらしいじゃないですか。どうしてもそこに行ってみたいらしくて」
「俺そこに行ったよ」
ついスペードはぺらっと言ってしまった。
「え？ いつ行ったんですか？」
神官達がスペードに注目した。
「オトモダチのクーガ様に連れて行ってもらった。博物館だろう。神様の手型やらが飾られているんだ」
「スペード様、本当にクーガ様のオトモダチになったんだ。すごいですね」
「すごい」
神官達はそこにまず驚いていた。
「神様の手型って？」
「いろいろあった。十人くらいあるかな」
「想像して作ったんですかね？」
「いや、本当に手の型を取ってもらったようだぞ。ハロルド様の立派な手もあった」
「すごい。俺も見てみたいなあ」
「すごいですね。どうやって神様に頼んだんだろう？」
神官達は不思議そうだった。
（酒祭りは明日か。晴れますように。楽しい祭りになるように）
スペードは心の中でそう祈ったのだった。
城にいるゆりは、明日の朝着る服を選んだ後、ミシェイラとレーヌを誘ってある物を作っていた。男達は忙しかったので、ゆりはハザークから気をもらって、ハザークの部屋でそれを作っている。
「マーみて、じょうず？」
「上手だなあ」
先に答えたのはハザークだった。ハザークの部屋は子供達が作った物や書いた絵が飾られて、かなりごちゃこちゃしていた。土の祭りで子供達が作った物もちゃんと棚に置かれている。飾り棚も増えていた。
「ねえハザーク様、この子達の書いた物を全部取っておくとキリがないですよ。ちょっと整理したらどうですか？」
増える一方なので、ゆりがやんわりと言った。
「捨てられない。全部取っておきたい」
とハザーク。
「絵は取って置いてもいいですけどね。粘土細工とかはもういいんじゃない？」
「嫌だ」
「ハザーク様がいいならいいですけど。あら、かわいくできたわね」
「かわいー」
ゆりと子供達が作っていたのはてるてる坊主である。ミシェイラとレーヌは、てるてる坊主に顔をかいていた。
「パパ、一個ここにかざっていい？」
ミシェイラが聞いた。
「もちろんだ。明日晴れるといいな」
「うん」
「ハザーク様も明日王の間で一緒に見せてもらいましょうよ」
ゆりがハザークを誘った。
「そうだな。せっかくだから、王にそっくりというジンラも見たいしな」
ゆりは自分の部屋の窓際に、十個もてるてる坊主をつるしていた。
「明日は絶対に晴れますように。アシュラン様、お願いします」
そしててるてる坊主に手を合わせている。
夕方、ヴィラがゆりの様子を見に来た。
「王妃、体調はどうですか？」
「ばっちり元気よ」
ヴィラは窓際を見て、「なんか首吊ってる人形がいますけど」と聞いた。
「てるてる坊主なの。晴れるようにおまじない」
「はあ」
ゆりの部屋にシスがやってきた。
「母様、明日の朝、ロイとバートランドさんが祭りのために帰ってくるって」
「ほんと？ よかった。ロイにも見てほしかったもんね」
「タロウさんとガット様も連れてくるって」
「そうなんだ。ああ、楽しみねー。ほんと楽しみねー何も起こらないといいわね」
「うん」
「ジンラ様を見て驚く街の人達が楽しみ！」
「明日は驚くどころじゃないですね」
「本当だよね」
ヴィラもシスも笑っていた。
夕方、ゆりはラクシュミに会いに行った。
「私も明日は楽しみだ。子供みたいにウキウキしてる」
ラクシュミもかなり楽しみにしている様子である。
そしていよいよ祭り当日の朝を迎えた。ゆりは起きるとまっさきに窓を開けて空を見ている。まだ日は昇ってなかったが、雨が降る雲ではなかった。
「晴れそう！ アシュラン様感謝します！」
アシュランが天気を担当しているかどうかはわからないが、一応ゆりはアシュランにお礼を言った。子供達もみんな早起きして、早めに朝食を食べて、それぞれ準備をした。
ジンラはとりあえず城に来てくれるというので、ゆりも子供達も正装してめかし込むのである。ゆりは髪をまとめてアップにし、ジンラにもらった髪留めをつけた。
そうこうしていると、ロイ、バートランド、タロウ、ガットが魔法陣からやってきた。ゆりは子供達と出迎えている。
「ようこそー」
ゆりは四人に近づいて行こうとしたが、ナナミに腕を引っ張られた。
「父様が、母様をガット様に近づけたらだめってさ」
「えータロウ君にガットさーん、お久しぶりー」
仕方なくゆりはちょっと離れた所で二人に手を振り、二人も手を振って返した。
「ゆりちゃん、久しぶりー。今日は一杯酒を飲みにきたぞー」
「いっぱいのんでねー」
「おー！」
「バートランドさんもいつもありがとうー」
「おはようございます」
バートランドも離れた所で頭を下げていた。
「ロイ、みんなをミカエルの屋敷に連れて行ってくれる？ 祭りが始まるまでそこで休んでもらってほしいんだ」
シスがロイに言った。
「休まなくて大丈夫だよ。どうせ、街までみんなで走って行くし、そこらでストレッチとかするし」
とロイ。
「走ってくの？」
ラギが聞いた。
「もち。僕虎でもタロウさんと一緒に走りまくってるよ。ね、タロウさん」
「おうよ！ ラギもちょっとは走ってるかー？」
タロウはラギの背中を軽くたたいていた。
「はは、えーと、たまには」
とラギは半笑いである。
「すいません、これ、お城で預かってもらってもいいですか？」
「もちろんいいですよ」
バートランドが雷神剣をシスに渡していた。
「じゃ、みんな行こう」
「おー」
ロイ、バートランド、タロウ、ガットは本当に城を出て走って行った。
「ガットさん、父様に会わずにいっちゃったね」
とナナミ。
「まあ、また帰ってくるからいいんじゃない？」
ラギが答えた。
「バートランドさん、好青年って感じでいいよね。性格の良さが顔に出てる。たくましいし、頼りになりそうだし、ステキ」
ゆりがむちゃくちゃバートランドを褒めだした。
「やばい。母様、バートランドさんに近づいちゃだめよ」
ナナミに言われて、ゆりは素直に「はい」と言っていた。
城の広間にはいろいろなお酒が運び込まれていた。毎年城にいる者達や、ラクシュミのために用意されているのである。
夕方にはここで親子で宴会の予定であるが、とりあえずここにジンラがくるというので、侍女達は部屋の中を綺麗に飾り付けて、大きな椅子も用意していた。
今日の祭りの警備の責任者は、北の砦の将軍でもあるヴィクターである。ヴィクター以外の将軍達はジンラを見ることができないので、ジンラが城に来る時に、他の三人は城に来て会ったらどうかとゆりが提案し、ナザニエル、ロナウド、キースの三人は朝城にやってきていた。三人ともよそ行きの服装だったので、三人を見たゆりは、「ステキ！」と手をたたいていた。
「王妃も美しいですよ」
ロナウドがゆりをほめていた。
「ありがとう」
「王妃、ありがとうございます。私も昨日から子供のようにドキドキしています」
とナザニエル。
「私もです」
キースが言った。
「私も緊張してきたー」
とナナミ。
「今日はハロ様はこないの？」
ミシェイラがゆりに聞いた。
「ハロ様はこないよ。ジンラ様が来てくださるのよ」
「そうなの？ くればいいのにね」
「ははは」
ミカエルとフリットは門の外でジンラが来るのを待っていた。広間にはムサカもやってきて、「美しいですよ」とゆりを褒めてくれた。
「ありがとうございます」
（考えてみたら、王様とムサカさん、私の三人で顔を合わせるの初めてだわ。まあいいか。今日は気まずがってる場合じゃない）
「馬車が到着されたようですよ」
ムサカが言った。
「シス、私も出迎える、連れて行って」
「うん」
ゆりはシスに連れて行ってもらった。
ジンラの馬車が門から中に入ってきた。ジンラは御者の横に座っていて、地上に降りた瞬間、ゆりはどっと泣きだした。ミカエル達はすぐにひざをついている。
「か……かっこいいー！！ かっこよすぎる！ ジンラ様、最高にステキすぎます！！」
ゆり一人大興奮してわめいていた。
ジンラは額にアメジストがついた金のサークレットをはめていた。その服装もかなり豪華である。トーガは紫色のグラデーデョンで胸元と袖には金の糸で葡萄の刺繍がされていたし、肩から背中にかかるマントにも葡萄や葉っぱ、杯などの刺繍がされていた。腰には金色の帯である。今日はお忍びではないので、ジンラも神の力全開だった。光り輝いている。
荷台から神官が一人降りて来た。御者である神官は若めの男、荷台から降りて来たのは中年の男だった。
その神官は女性が一人騒いでいたので、ジンラ様があきれていないかと思ったが、ジンラは微笑んで女性に近づき、親しげに手を握ったりしていた。
（ジンラ様、あの女性が本気で好きらしい）
「私達はジンラ様の神官です。私はサミュエル、こちらの者はドーハン、今日はジンラ様のお供に共に参りました。どうか今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。今日はありがとうございます」
ミカエルとフリットが神官にお礼を言っていた。
「すいません、この酒なんですが」
神官は二人に指示を出し、ゆりはジンラと手をつないで城に入って行った。シスも後ろからついていっている。若い神官もついていったが、ジンラとゆりはなにやら二人の世界を作っていたので、
こちらの神官も、（本当に彼女が好きなんだ）と実感していた。
広間にはラクシュミもやってきていて、ジンラが来るとひざをついていた。
「すごい。きれい！！」
「かっこいい！」
ミシェイラとレーヌはジンラを見て目を輝かせていた。ナナミはクロスをだっこしている。
「だーだー」
クロスはナナミから抜け出してハイハイしてジンラの側まで行ったので、ジンラがクロスを抱っこした。
「感動です」
ゆりは感無量で泣いていた。せっかくの化粧も台無しだが、アイライナーをいれていなかったのでよかった。
「ジンラ様、今日は本当にありがとうございます」
ラクシュミがお礼を言った。
神官がジンラに通訳し、ジンラも「私も今日は楽しみにしてた」と言っていた。
「陛下はジンラ様に似ていらっしゃいますね」
神官がラクシュミを見てつい言うと、「そうなんです。似てますよね」とゆりが食いついていた。
「背格好も、顔も、よく似てるんですよ」
「そうですね」
神官はゆりの勢いに押されがちである。
「ジンラ様、お祭りの会場の方にお願いできますか？ うちの者達がお連れしますので」
ゆりがジンラに言った。
「ああ、もちろん」
「終わったらこちらに戻ってきていただけますか？」
「わかった」
ゆりはジンラからクロスを受け取った。
「クロス、バイバイして」
というと、クロスは手を振っていた。
ミシェイラとレーヌがジンラに近づいたので、ジンラは二人の頭をなでなでし、「私もお願いします」とナナミもなでなでをせがんでいた。シスとラギは、すでに酒祭り会場の方に移動していてここにはいない。中年の神官が来て、ムサカが「では失礼して、私が御三人をお連れします」と三人を移動させた。
「ジンラ様、むちゃくちゃ気合い入ってたね」
ナナミが言った。
「かっこよかったー！ 感動！」
ゆりは泣きまくりである。
「いやーステキだ。王にやはり似ておられる。素敵な神様だ」
「感動だ」
将軍達は泣いていた。
「ジンラ様、お酒も持って来てくださったようだぞ」
ラクシュミが言った。ミカエル達から聞いたようである。
「至れり尽くせりね！」
「母様泣きすぎ」
ナナミが言った。
「だって、感動するもん。ジンラ様素敵すぎるもん」
「街の人達も号泣するかな？」
「きっとね」
その一時間ほど前、ジンラが乗る予定の馬車は、装飾のために保管していた倉庫から外に出されていた。馬たちも綺麗にブラッシングされている。
あやしい三人組が少し離れた所から馬車を眺めていた。
「くそ、なんとかして馬車に細工をしたかったが、隙がないぜ」
「夜通し見張りがつくとはな」
馬車には夜通し戦士達の見張りがついた。少し離れたところでわざとひったくりをして事件を起こしてみたりもしたが、その戦士は微動だにしなかった。
「こうなったら馬を狙うぜ」
「そうだな。俺達は、祭りの妨害さえすりゃ金がもらえるからな」
パレードの最中に馬が傷つけば、馬車はまっすぐ走れず、運がよければ横転するかもしれない。男達はそれをねらったのだった。
「やったらすぐ逃げねえとな」
「そうだな」
男達は小さい声でぼそぼそつぶやいていた。
その男達をたまたま見かけた占い屋のミケは、魔法を使って男達の会話を離れたところで聞いたのだった。
（やっぱりあいつら悪いやつらだったか。ジンラ様が乗るって知ってんのかね。まさか妨害しねえと思うが、俺もパレードに集中したいしーおっいい人みつけた）
男達と反対方向にシャナーンがいるのが見えた。
「ジュリさん、俺ちょっとシャナーン様に用があるんで、そこの店の前で待っててくれます？」
二人はパレードの場所取りのために早めにやってきていたのだった。
「わかりました」
ミケは素早く移動して行き、シャナーンに事情を説明した。シャナーンもミケの言葉をすぐに信じ、すぐ男達を連行したのだった。
男達の荷物からは鉄の小さい塊が発見された。そしてＹ字の木にゴムをつけた武器、他には小さい鋸や金槌、吹き矢のようなものまであった。
「俺達はただの旅行者でー」
「旅行者がこれで何をする気だったんだ？ 三人共明日の夜まで牢屋行きだな」
尋問していたのはジュノーだった。
「えー」
「そんな殺生な」
「すぐ殺されたいならそれでもいいが？」
「おとなしく牢屋に入ってます」
三人はおとなしく牢屋に入ることになったのだった。
商店街の広い通りに人が集まってきた。通りには仕切りの紐がはられて、通りの真ん中は通れないようになった。
「どなたがパレードするのかしらねえ？」
「シス様かしら？」
戦士達は人を誘導している。
パレードの始まりの場所にジンラが現われた。その輝かしい姿に、その場にいた者達は一瞬我を忘れた。御者の男も呆然としている。
「あれに乗ればいいんだな」
ジンラは馬車に乗っていた。
「ありがとうございます。では私は失礼します」
ムサカはゆり達に映像をみせなければならなかったので、すぐに城に戻っていた。すっかり呆然としている御者に、ミカエルがやってきて声をかけた。
「昨日と同じだ。後ろに我々がいると思って走ればいい」
「え……ええ！？ 無理ですよ。粗相があったら、俺、俺死んじゃいますよ？」
御者の声は裏返っている。
「大丈夫だ。昨日走ったのと同じでいいんだから」
「でも……まさか神様……」
「父ちゃんがんばれ！」
「がんばれー！」
御者に声援が飛んでいた。
「わかった。がんばります！」
御者はジンラに頭を下げて、覚悟を決めて御者台に乗った。
「後ろを見なきゃいいんだ。ミカエル様が乗ってると思おう。出発しまーす！」
御者は馬を走らせた。
「え？」
「ええ？」
「えええー！！！」
人々がざわめいていた。光の柱が空に昇っているのが見える。
「あああああーなんてことだー！！！」
「神様だ！」
「ジンラ様だ！！」
「おおおおー！」
シスとラギは、建物の上の方に上がり、その様子を眺めていた。
「みんなびっくりだね」
「そりゃそうだよ。ジンラ様、かっこいいね」
「うん」
城では映像を見ているゆりはまた興奮している。
「私の夢がまた一つかなった気分。うれしい！」
「これがジンラか、王に似てるな」
ハザークが言った。
「かっこいいね」
「ジンラ様のシンジャになろーね」
「うん」
ミシェイラとレーヌもジンラのことを気に入ったようである。
そして神の国では、ガーベラがアマンザ、クーリーフンと一緒に、パレードを眺めていた。
「あー私も一緒に乗りたかったなー」
とガーベラ。
「ふふ、お父さん、馬車で手を振った方がいいのかな？ って悩んでいたんですよ」
アマンザが笑って言った。
「振ってもいいんじゃない？」
「でも神様なんだから振らなくていいんじゃない？」
とクーリーフン。ジンラは手を振らずに、右を見たり左を見たりしていた。
「今日のジンラ、すごく気合いが入ってるわね」
「本当にね」
通りの人々は、感動して泣く者もいたし、ひれ伏す者もいた。戦士達は紐をはって仕切りを作っていたが、それを乗り越える者はいなかった。
「おお、我が神よ」
裏通りの医者も、ジンラを無事見ることができて号泣していた。
馬車が通った後、人々は馬車の後をぞろぞろ歩いて追っていた。そして馬車は広場に入った。広場にはロイ達もいた。神官達は先に広場に移動して待っていた。馬車が到着すると、ジンラは馬車から降りた。広場にいた皆が膝を突いた。通りにいた人々もやってきたので、広場は結構な人がひしめいていた。無事広場に来ることができて、御者は心底ほっとした表情だった。
神官達は広場に二つの酒樽を運んでもらっていた。ジンラが指示を出すと、神官達は酒樽のふたを開けた。
中年の神官がジンラの横に並んだ。
「皆さん、静粛にお願いします。これからジンラ様から皆様に贈り物があります。お酒が飲める方は口を開けてください。飲めない方、または御子様は口を閉じていてください」
一族の子供達はみな口を開けていた。ジンラが手をかざすと、樽の中のお酒が粒のようになり無数に空に舞い、その粒は人々の口の中に入っていた。
「うまっ」
「うまーい！！」
「おいしい！」
「ジンラ様から、祭りを楽しんでほしいとの仰せです」
「ありがとうございます！」
「ありがとうございます！！」
ジンラの酒を味わうことができて、皆感動していた。
「こんなもんでいいかな？」
神官がミカエルに通訳した。
「はい、十分です。ありがとうございます。では、城の方にお戻りください」
「ジンラ様が、あのクッションが欲しいそうです」
神官がミカエルに伝えた。
「クッション？ 馬車の席にあったあれですか？ わかりました」
ムサカが飛んできて、ジンラと神官達を城に戻したのだった。
広場に集まっていた人々は、夢でもみていたような感じで、やがて散っていった。
「ああ、おいしかったなー」
ロイはうれしそうだった。
「本当にうまかった」
とバートランド。
「来てよかったー」
ガットも言った。一口飲んだだけでこの満足感である。タロウは一人ふらふらしていた。
「あれ？ タロウも飲んだのか？ 酒飲んだことあったっけ？」
「だって、せっかくだから」
タロウは真っ赤な顔で座り込んでいた。
城には農場主達がやってきていた。ジンラを見るや、感無量の表情である。
「おお、ジンラ様」
「夢のようだ」
「感動だ！」
広間では、ジンラが農場主達が持って来た酒を試飲してくれることになった。ジンラはガラスの杯に注いだ酒を眺めてあれやこれや言い、神官が通訳していた。農場主達は恐縮しつつもうれしそうである。
「ジンラ様にここまでしていただいて申し訳ないな」
ラクシュミがゆりにぼそっと言った。
「王様、違うよ。ジンラ様、すごくうれしそうじゃない。どちらも酒造りに生涯を捧げてきたんだもの、そこには神も人間もないのよ」
ゆりが言った。
「そういうものか？」
「そうよ。ジンラ様は彼らのこと、同胞だっていっていたもの」
「そうか。まあ確かに、うれしそうにも見えるな」
ジンラは皆の酒を試飲して感想を述べたが、批判的な意見などはいわず、それぞれ良いところだけを言っていた。神の国とは違い、人間界での酒造りは、天候に左右される。ぶどうが不作な年もあるだろう。虫にやられたり、木が病気になることも。だからこそ、最高の酒が出来たときは、心の底から感動できるに違いない。そういう意味では、自分は農場主達がうらやましいとジンラは言っていた。ジンラは農場主達に自分の酒を振る舞い、農場主達も打ち解けて、ジンラにいろいろ質問していた。
「じゃあそろそろ」
とジンラが言い出したとき、神官達は目的の一つを思い出していた。
「ジンラ様、もう少し待ってください。私達、どうしても話題の博物館に行ってみたいのです」
「ん？ そうか、行ってきたらいい」
「では私がお連れしましょう」
ムサカが神官二人を博物館につれて行った。
「私が代わりに通訳をしますよ」
ゆりが通訳をかって出て、農場主達とジンラの話もさらに盛り上がったのだった。
話題の博物館に来た神官達が、「は！？？？？」と驚いたのは言うまでもない。
ジンラが去った後、街の広場では例年通りの祭りが行われていた。その場には未来の剣聖バートランドや虎の王族ガットまでいたので、警備に来ていた下級戦士達は、「俺達いらないよな」
「確かにいらないな」などと言っていた。タロウはのびたままである。
「ロイ君ののみっぷりはすごいな」
大人と同じくらい飲むロイにバートランドは感心している。
「一族の男ですからね」
ロイは親指をあげていた。
「こんにちは、ガット様、話しかけても良いですか？」
ミカエルの息子ラリーや他の子供達が集まってきた。
「おお、いいぜ。なんでも聞いてくれ」
男の子達はたくましいガットに目を輝かせて、「どうすればそんなにたくましくなれるのか」、などと質問していた。
シスとラギが城に戻った時には、ジンラと神官はもういなくなっていた。
「あー遅かったかー」
ゆりはもう楽な服に着替えて広間で食事を食べていた。
「ラギが聞きたいような話が一杯だったわよ。何してたの？」
ゆりが聞いた。ラギはミルキダスの娘達を見つけて、つい話しこんでいたのだった。
「ちょっと、いろいろ。それで何を話してたの？」
「ぶどうの話とか、いろいろ」
「もっと具体的に」
「だからいろいろだって」
「それじゃわからないー」
ラギは頬を膨らませていた。
「ジンラ様すごかったよ。みんな感動してたよ。母様ありがとう」
シスはゆりにお礼を言った。
「ジンラ様の好感度が上がれば私は満足よ」
「信仰度ね」
「そう、それ。みんなお酒が飲めたんだってね。よかったね」
「そうだよ。僕たちももらっちゃった。えへへ」
「私達はじかに飲めたもんね」
とナナミ。
「あ、まだある？」
ラギが聞いた。
「もうない。農場主達がわけて持って帰ったから」
「そうか。まあ、みんな喜んでよかったよ」
「そうね。よかったね」
各街でも大きな騒ぎは起きなかったようだ。今年は例年に比べて、酔っ払って騒ぐ者も少なかったらしかった。酒場ではジンラを讃える歌が繰り返し歌われていたそうである。
夕方ロイが城に戻ってきて、ゆりに会いに来た。
「母様また妊娠したんだって？ 僕がいなくて大丈夫？ あれをとらなきゃいけないんじゃない？」
「あれねえ、もういい加減食べなくていいってことにならないかなあ」
アレとは、ゆりが妊娠すると食べているアレのことである。
「いざとなったらどうにかなるでしょ。大丈夫。ロイは今の間にバートランドさんに鍛えてもらいなさい」
「うん。この前さ、元気いっぱい女神ちゃんが虎の国にきたんだよ」
「え？ ほんと？」
「それでね」
ロイは虎が話せるようになって戻ってきた話もした。
「へーすごいね。あの四人仲がいいのかな。一緒にあちこち冒険なんてほほえましいわねえ」
ゆりは神の国での子供達が楽しそうなのがうれしかった。
「マチルダ、虎の国で大人気だったでしょ？」
「みんな結婚してくれって言ってた」
「だろうね」
その後、男達が皆ゆりにお礼を言いに来た。
「私のおかげっていわれても、違う気がするけど。みんな喜んでくれてよかった」
ジンラも楽しんでくれたようなので、ゆりもほっとし、その夜はぐっすりと眠ったのだった。
神の国に戻ったジンラは、クッションを二つ持って帰っていた。ミカエルは予備のクッションも一緒にプレゼントしたのである。
「おかえりなさーい」
ガーベラはクーリーフン、アマンザとその後酒を飲みながらジンラを待っていた。
「ただいま。結構楽しかった」
「よかったわね。来年は、私が馬車に乗っちゃおうかしら」
「みんなが興奮するからだめ」
クーリーフンが笑いながら言っていた。
ジンラはクッションを木製のソファの上に置いていた。
「座ったら気持ちがよかったからもらってきた」
「へー」
ガーベラはクッションに座ってみた。
「ほんとね。気持ちいい」
「だろう？ 服を着替えてくる」
ジンラは自分の頭にはめていたサークレットをガーベラの頭にはめていた。
「似合う？」
「ああ、似合う」
ジンラは奥に行った。
「すごく楽しかったみたいね。人間とふれあうのって、神にとっては刺激になるんじゃない？」
とガーベラ。
「そうだね。ジンラは人間と関係がある神様だからね」
クーリーフンが言った。
奥で着替えながらジンラは、（もっと人間と関わってもよかったのかもしれないな）などと思っていた。
（一時は、一人孤独に酒を造っているなどと思ったこともあったが、人間界にはたくさん仲間がいたんだな。しばらく、そういうことも忘れていたような気がする。一定の条件で酒が造れる私よりも、彼らの方が、よっぽどすごいじゃないか。酒造りの情熱を、彼らから分けてもらった気分だ）
「行ってよかったな」
ゆりのためだと思っていたが、終わってみれば、自分のためになったような気がしたジンラだった。
つづく
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