第27話
神の国である。カサンドラの神殿にやってきたクーリーフンは、神殿の外にいるカサンドラに目を止めた。カサンドラはぼんやりした表情で突っ立っている。
「どうかしたの？」
地上に降りたクーリーフンが聞いた。
「いや、どうもしないが、ちょっと怖いことを考えてしまった」
「怖いこと？」
「最近子供が増えて、神の国も活気づいているだろう？ もしこれが、我々全員が見ている夢だったならば、この夢が覚めた時、我々は生きていけるのだろうか」
「それは怖すぎるよ」
「きっと絶望して生きる気をなくしてしまうだろうな。今が楽しすぎてついそんなことを考えてしまった。子供がいると、毎日が新鮮で楽しいな。ソルは最近ルチアやアマンザと仲が良いようだぞ。妖精の時はあんなに引っ込み思案だったのに、神になってからソルは変わった。私もうれしい」
「そうだね。ソルはすごく変わったね」
「大人で産まれた神はそう変わらないだろう？ 子供は変化するから面白いな。アイナにエスメラルダがどんな風に成長するのか楽しみだ」
「そうだね。僕も楽しみだよ」
でかい黒い猫がのっそりと神殿から出て来た。クロである。
「あ、キュリアも来てるんだね。僕も行こう」
クーリーフンがカサンドラの神殿の中に入った。エスメラルダがもらった部屋にはアイナもいて、仲良くベッドで並んでいた。子供はネルに、ソル、サーラ、キュリアにジェイク、ルティアナもいた。
「私もこんな赤ちゃんのお世話がしたーい。お母さん産んでくれないかなー」
ルティアナが言っていた。
「かわいいねー」
「かわいい」
その光景を見たクーリーフンは、（これが夢だったら僕だって絶望しちゃうよ。あの人は自分がどんなすごいことをしたかまるでわかってないんだろうな。そこがいいところだけどね）と思っていた。
神の国にいたイシュタールも女神誕生を知っていた。それがガーベラの子供だと知ると、（きっと王妃だ。ああ、王妃は最高だ。私も鼻が高い！ だれにも言えないのが辛い！）などと誇らしく思っていたのだった。
人間界では、グレンが来るというので、ゆりは前日の夜から気をもらいまくっていた。
デートの最中に気が欲しくなるなんて最悪だからだ。ゆりはグレンが来ることを夕食時に子供達には話していた。
「わかった。私に任せて。塔の内装をグレン様仕様にしとくね」
ナナミはさっそく侍女に指示を出していた。
「グレン様お休みが取れてよかったね」
とナナミ。
「うん。そうだね。いつもアシュラン様にこき使われてるからね。たまにはいいんじゃない？ そうそう、あさってにはサントス様も来るからね 」
とゆり。
「そうなの？ じゃあグレン様が去った後にサントス様仕様にしなきゃ」
神様の塔は5部屋あって、ハロルド、ラーズ、オルガ、サラディン、自由部屋となっている。
「今のところハロルド様とラーズ様、オルガ様は部屋を使ってるけど、サラディン様の部屋は使ってないよね。サラディン様の部屋も自由部屋にしておいたら」
シスが言った。
「母様サラディン様は来る予定ない？」
ナナミの問いに、ゆりは「ないない」と答えていた。
「でも、イシュタールが戻ってきたとき、ショックを受けない？」
とラギ。
「ショックは受けないわよ。神の国では仲良くしてるもん」
と言いながらゆりは、（そういえば、サラディン様が鳥をかわいがってるとか、今度見に行かなきゃ）とそのことを思い出していた。
「オルガ様の部屋は触らないでね。オルガ様、たまにいらしてるみたいだから」
ラギが言った。
「母様に会うわけじゃなくて？」
とナナミが聞いた。
「そう、こっそりいらしてるみたいだよ」
「きっと、あの部屋が落ち着くのよ。だからオルガ様の部屋はあのままにしておこう。せっかくだからグレン様と二人でどこかにいきたいんだけど」
「博物館とか？ そうだ。教会に行ったら？ あの模型をみせてあげたらどうかな？」
シスが提案した。
「そうしようかな」
「もう一人の母様」
ナナミの問いかけに、ゆりの左目が変化した。
「母様は神様に来てもらうならだれがいい？」
「私？ うーん」
「ハロ様を呼んであげなよーかわいそーだよー」
ミシェイラが言った。
「ハロ様は人間姿にはならないだろうからね。人間で会うなら……オルガ様とか、一度ズボンをはかせてみたい。グレン様も好きだよ。前は冷やかを装っていたけど、今は、素直にデレてくれるところとか、かわいいし。どの神様もそれぞれステキだよ。うん。よく考えてみたら、ハロルド様とサントス様って、両親が同じ兄弟なんだよね。あれだけ似てない兄弟もいないよね」
「ライオネル様もだよ」
とラギ。
「そうだね。ハロルド様とライオネル様が兄弟ってのは納得できるけど、ライオネル様とサントス様が兄弟も不思議な感じね。アシュラン様とヒルデリア様の息子の神はこの3人だけなんだよね。なんか少ない気がするけど」
「そのうち二人を恋人にしちゃった母様はすごいよ」
とシスは誇らしげである。
「サントス様は意外だったな。ガーベラしかだめだと思ってたから。ところでミシェイラとレーヌ、もしハロルドに会っても、グレンがここに来ることは言っちゃだめよー」
「言うもーん」
とミシェイラ。
「今度クーリーフンから何かもらってきてあげるから」
「絶対言わない」
ミシェイラはすぐ答えていた。
（明日はどこまでいっちゃうんだろう？ それが一番気になる）
蛇の目のゆりはこんなことを思っていたのだった。
そして翌朝、ゆりは化粧をして深い緑のワンピースを着て部屋で待っていた。グレンがどうやってくるかわからなかったので、ゆりは一応門番に（私を訪ねてくる者がいたら知らせるように）と伝えてある。
朝10時くらいになり、侍女が部屋にやってきた。
「王妃様、グレン様らしき方がいらっしゃいましたが」
「ほんと？」
「その方は突然王様の結界の中に現われたのですが、王妃様に確認していただけないとこちらに通せないとのことで」
「わかった。すぐ行くわ」
ゆりは部屋から出て行った。ゆりと一緒に犬のジロウもついてきている。そして城の前で、グレンらしき人を発見した。
「グレン……ん？」
その人物はものすごく真っ赤な顔で困った表情をしていた。グレンはなんとイチゴ柄のズボンにシャツ姿だった。さらに驚くことに、グレンの頭の上に茶色い耳がついている。さらに大きな茶色い尻尾も。髪は茶色だった。
「ええー！？ 犬？ 犬の一族になってる！？」
「あーえーと。王妃様、すいません、なぜここにいるのか、なぜこんな姿なのか、私にもさっぱりで……」
グレンは困った様子だった。
「ワンワン」
ジロウは尻尾を振っている。するとグレンの尻尾がちょっと動いていた。
「尻尾かわいい。さわっていい？」
「え、はあ」
ゆりがグレンのお尻から生えている尻尾に触れたとき、尻尾がお尻から離れたのでゆりはびっくりしていた。
「え！ とれた！ どうしよう！」
「え？」
尻尾が取れると同時に、グレンの頭の上についていた耳はなくなり、変わりに顔の横に耳がついた。ゆりが触っていた尻尾もなくなった。
「耳もなくなっちゃった」
「そうですか。驚きました」
グレンはほっとしている。
「おおっすごい」
「すごい」
グレンの側にいた門番達が驚いていた。
「王妃様、すごいですよ」
「何がすごいの？」
「この方、今は同族の気を帯びています」
「え？ そうなの？ 犬の次は蛇の一族になってるの？ すごい」
その場にハインリヒがあらわれた。ハインリヒはグレンが来ることは知っていたのか、グレンに頭を下げて、「グレン様は、イチゴがお好きなんですね」と言っていた。
「いや、これは……」
「アシュラン様のいたずらよ。ハインリヒ、服を貸してくれる？」
「いいですよ。まずは、お二人を部屋にお連れしますね」
ハインリヒはグレンとゆりを部屋に連れて行った。
「あのー今日私が来ることを知ってました？」
グレンがゆりに聞いた。
「知ってましたよ」
「私は何がなんやらさっぱりわからないんですが……アシュラン様に、『お前に重要な任務を与える』とか言われて……重要な任務ってなんでしょうか」
「ここで私とデートすること」
「はい？」
「とりあえず、その服を着替えてからにしましょうね。さっきの犬グレンもかわいかったなあ。アシュラン様もいたずらが好きだね。うふふ」
ジロウが部屋に入ってきた。
ハインリヒが服を持って来たので、グレンはゆりの寝室で服を着替えた。ハインリヒの方が背が高いので、グレンにはちょっと服が大きかったようだが、そんなに変でもない。
「驚いたな。肌に蛇がいるなんて」
「え？ 今なんて？」
ゆりは過剰に反応していた。
「胸に蛇がいたんです。この一族になってるからでしょうかね」
「ちょっと来て」
ゆりは寝室にグレンを引っ張って行き、「お願い、蛇を見せてください」と頼んでいた。
「いいですが……そうか。蛇の一族なので、あなたも蛇が好きですよね」
「もちろんです」
グレンはシャツを脱ぎ、ゆりは「おおおおー！！」と声をあげていた。
グレンの胸にいたのは茶色系統の蛇だったが、なかなかの大きさで、しかもでかい。蛇の胴体はグレンの体の周りを回ってた。
「すごい！ かっこいい！ すごい！」
蛇は結構濃い色だったのでゆりは興奮し、しまいには天を見て、「アシュラン様！ グッショブ！」と親指をあげていた。
ゆりの左目は蛇の目になり、こちらのゆりも「でかいしはっきりしてる。ステキ！」と興奮していた。
あまりのゆりの興奮ぶりにグレンはぽかんとしている。
「グレン様〜」
蛇の目のゆりはグレンに抱きついていた。
「あのー。それで、私はなんでここに来たんでしたっけ？」
グレンがもう一度聞いた。
「私達といちゃいちゃするため〜」
「……はい？ もしかしてアシュラン様に頼まれたんじゃないですよね？」
「頼んだの。服を着て」
グレンはシャツを着て、二人はベッドに座った。
「あっちに変わるね」
黒目のゆりが出て来た説明した。
「実は昨日アシュラン様に会ったんです。アシュラン様が、また子供を産んだご褒美をくれるっていうから、グレンを一日貸してってお願いしたの」
「ええ！？ そんな貴重なお願いを私のために！？」
グレンは驚きまくっている。
「私のためよ。本当は、景色の良いところを二人でうろうろしたかったんだけど、今は季節的にちょっとね。それに聖地でってなるとハードルが高くなるし、ここでなら、だれもたいして何も言わないからいいかなって。突然でごめんね」
「まさか。そんな理由だったとは」
「それにしても、イチゴ柄って……ぷぷっ」
ゆりはベッドの上に置かれていたイチゴ柄のシャツを手に取り笑っていた。
「でもこれ女の子が着てもかわいいかも。私がもらっていい？」
「はい。でも、私のことはわざわざアシュラン様に頼まなくても、言ってくださればいつでも来ましたよ」
「いいの。それだとあまりゆっくりできないでしょ。今日はグレンと一緒に行きたいところがあるの。ちょっと待ってて人を呼んでくるから」
ゆりは出て行き、グレンもゆりの部屋の方に移動した。犬がハロルドの絵画の前で座っていた。
グレンはハロルドの絵画をじっくり見て、「笑顔だ……」とつぶやいた。
「わざわざ私を呼んでくださるなんて……本当に、あなたはなんてかわいいんだ」
グレンの口から、本日一度目の「かわいい」が出ていた。
外は雨が降り出していた。再びハインリヒがやってきて、ゆりとグレンは移動させられた。場所は南の街にある教会である。中にはだれもいなかった。
「この教会はね、クーガ様が建て直しを協力してくださったんですよ。内緒なんですけど、聖地の方で結構お金を出してくれたみたいなんです」
「そうなんですか」
グレンはあたりをきょろきょろ眺めて、天井画に目を止めていた。
「牧師さんもだれもいないね」
ゆりがハインリヒに言った。
「しばらく空けてもらうように頼みました」
とハインリヒ。
「そうなんだ。あの模型、出せるかな」
「私が出せますよ」
ハインリヒは教壇に隠されている聖地の模型を出してくれた。
「あ！」
「え？ どうしたの？ どこか壊れてる？」
ゆりも模型に近づいた。
「あ！」
ゆりも声をあげた。
「どうかしたんですか？」
グレンが聞いた。
「神様が……神様がいっぱいいる。すごい！ いつからみんないるんだろう？」
なんと模型の神の神殿の横に神様がひとりずつ立っている。ガーベラの神殿にはクーリーフンもいた。ものすごく小さい人形である。倒れることなく立っているので、足がひっついているようだ。
「これは、すごく細かいですね」
グレンが模型を眺めて言った。
「私もいるのよ。探してみて」
「え……あ、本当だ。かわいい」
グレンは魚を食べているゆりを見つけた。
「かわいいでしょ。アシュラン様が増やしてくれたんだ。グレンはいないかな」
「私は神殿がないですからいないんじゃないでしょうか」
「うーん……」
ゆりは模型のはじから眺めていき、ふわふわの綿の葉っぱの間に何かを発見した。
綿を慎重に指でどけてみると、座っているグレンらしき人形を発見した。
「あ、いた！」
「こんなところに……」
とハインリヒ。
「一人で寂しいから私の横に移動させよう」
ゆりは人形を指でつまんで自分の人形の横に移動させた。グレンはぷっと笑っている。
「人形もきっと喜んでいるでしょう」
「だといいな」
「ああ、ダーナ様に会ったのがなつかしいな……王妃、またダーナ様に会いたいです」
ハインリヒはダーナの人形を見ながらつぶやいていた。
しばらく教会で過ごして後、3人は城に戻り、ゆりはグレンを誘って食堂で昼食を食べた。グレンは自分の絵画に見守られながら、ちょっと気まずそうである。グレンが一族の男になっていたので、子供達は感心していた。
「そうだ、後で教会の模型を見に行ってみなさいよ。楽しいことになってたわよ」
ゆりが子供達に言った。
「なになに？」
ラギが聞いた。
「見てからのお楽しみよ」
「後で行ってみようよ」
「うん」
「母様、塔の部屋も行くよね？」
ナナミが言った。
「うん。後で行ってみるね」
「毎日食事が賑やかでいいですね」
グレンが言った。
「そうですね」
とゆり。
グレンは出されたお酒を少し飲んでいた。
「歯磨きをしてくるのでちょっと待っていてくださいね」
ゆりは食後食堂を出て行き、グレンと子供達だけになった。
「グレン様、母様、グレン様のこと超好きみたいだよ」
ナナミの言葉に、グレンはどきっとしていた。
「ハロ様にばれないといいね」
とミシェイラ。
「え……」
子供達はみな生暖かい目でグレンを見つめていた。
「…………」
ゆりが戻ってきた。
「じゃあ、雨が降ってるから、私が塔につれて行ってあげるね」
ナナミがゆりとグレンを塔に瞬間移動させた。ナナミはすぐに去って行った。
「ここに何かあるんですか？」
グレンが聞いた。
「別に何もないんだけど、実はここ、神様に来てもらう塔なの。5部屋あって、ハロルドとラーズ、オルガの部屋があるの。それで今日はグレンが来てくれたんで、今はここがグレンの部屋」
「はあ」
棚には黄色い花が生けてあった。そしてガーベラの大理石の像も置いてあった。ベッドと棚、机や椅子があるだけのシンプルな部屋である。
「今日は真面目にお話したり、手をつないだりしてすごそうかなって思っていたんだけど、ごめん、今から興奮モードに入っていいでしょうか」
ゆりの目つきが変わっていた。
「え？ 興奮モード？」
「また、あの蛇が見たい。グレンを裸にしちゃいたい」
「ガーベラ様……どんどん興奮してください。興奮しまくってるかわいいあなたが見たい」
「グレン！」
「ガーベラ様！」
二人は抱き合い、そのままベッドに倒れ込んでいた。
「ガーベラと違い過ぎてがっかりしないでね」
「あなたはあなたでかわいいです」
二人は多いに盛り上がり、仲良くしまくった。
（本当にこういうつもりじゃなかったんだけど、もういい。次はいつグレンにゆっくり会えるかわからないんだもの）
「ガーベラ様とこうなれるなんて感激です」
グレンは本気で喜んでくれたので、ゆりもうれしかった。
「ありがとう。ガーベラと違い過ぎるのに喜んでくれてありがとう」
「あなたはかわいいです。とっても」
「グレンだってステキよ」
ゆりはグレンの肌にいる蛇をなでなでしながら言った。
（しっかり最後までしてしまったー。さすがにここまで来てだめってわけにもいかないし。元は神様だからいいかー）
恋人の一人としたわけではないのでゆりは気楽に考えていた。
「ところで、妊娠したりしないでしょうか。ちょっと心配になってきましたが」
グレンが言い出した。
「実はもう妊娠しちゃってるの」
「そうなんですか？ 赤い月の子供ではないですよね」
「そうなの。でも子供に力があるかもしれない。そうだ。グレンは、どうして赤い月以外の子供に力がないのか、理由は知ってる？」
「赤い月は、一族の魔力を最も継承しやすい時期なんです。赤い月以外の子供に魔力が全くない子供がいるということは知っています。でも、全員ではないです。魔力がある者もいましたよ。赤い月以外で産まれた子供で優れた魔法使いだった者も知っていますよ。昔鵺の国にソバートという魔法使いがいたんですが、彼は赤い月で宿った子供ではなかったです。ある時鵺の国で大地震が起こりましてね。ソバートは魔法で倒壊する建物を支えたり、地面が割れるのを防いだりして、大勢を逃がして助けました。彼はその時亡くなってしまったんですが、アシュラン様は彼にいたく感動していましたよ」
「そうなんだ。私鵺ってみたことがないの。どんな動物？」
「鵺は、虎を小さくしたような感じで、おとなしい動物ですよ。神の国では、アデリーヌ様やイサドラ様の神殿によくいるかな。今はもういないですが、昔鵺の長老で尻尾に蛇がいる方がいましたよ」
「えー！ 尻尾に蛇？」
「かなり魔力が高い方でしたね。彼が生きている頃は、鵺の国では蛇を殺すことは禁じられていたんですよ。私はハンターを見て、彼のことを思い出したんです」
「へー会ってみたかったなあ。鵺の長老さん、この国に来てみたかっただろうな」
「そうでしょうね」
いつアシュランのお迎えがくるかわからなかったので、二人は服を着て話すことにした。
「昔の人達はどうして魔力が強かったのかしら。グレンは知ってる？」
「昔、魔力の玉がごろごろ地上に転がっていたからです。それを取り入れた人間達は魔力を持ったんです。中には動物たちも」
「どうして魔力の玉があったの？」
「それらは自然に発生したとも言われてますし、精霊が与えた物ともいわれてますよ」
「精霊。グレンは精霊に会った事はある？」
「風の精霊の声を聞いたことはありますよ。ヒルデリア様によれば、トルメンタは雷の精霊の一人だそうです。昔、アシュラン様の浮気で落ち込んでいるヒルデリア様を慰めたくて、トルメンタがヒルデリア様の元にやってきたんです。ヒルデリア様はトルメンタを大層気に入ってましてね。一度亡くなったときは、かなり悲しまれてましたよ。トルメンタが再び来てくれて、私もすごくうれしかったです」
「うんうん。よかったよね」
「精霊も不思議な存在でしてね、普段はどこにいるのか、我々にもよくわからないですよ」
「そうなんだ。この世界は不思議でいっぱいね」
「あなたも不思議で一杯ですよ」
「私は、愛が一杯。なんちゃって」
「ふふふ」
グレンは笑っていた。
「我々はこんなに楽しいんですから、一杯でよかったです」
グレンの周りがぽわぽわっと光り輝いてきた。
「あ、そろそろおむかえかもしれません。ガーベラ様、とてもうれしかったです。ありがとうございます」
「こちらこそ。楽しかったよ。ありがとう」
グレンの姿は消えてしまった。
「……やってしまった……ハロ様にばれないといいけど……」
（肌に蛇がいるとは反則だよね〜サントス様にもいたらどうする？）
ともう一人のゆりが言っていた。
「まさか続けざまにするってのも」
（サントス様が迫ってきたらどうする？）
「ガーベラの手を握るのに一万年以上かかったサントス様が……それはそれで燃えちゃうかも。人間姿、どんな姿か楽しみ」
明日はアシュランのいたずらがあるのかどうか、気になる所である。
神の国に強制送還されたグレンは、自分の神殿に戻されていた。グレンは寝室にこもり、「ガーベラ様！ かわいすぎる！ 好き。全部好きだ！」などと叫んでいた。
そしてアシュランの間にはサントスがやってきていた。
「アシュラン、何の用ですか？」
アシュランはサントスを近くに呼び、ぼそぼそっと耳元でささやいた。
「え？ あっちのガーベラが私に会いたいって？」
アシュランはサントスにはちゃんと前日にその話をしていたのだった。
「人間姿のお前と、いろいろ話がしてみたいとさ。どうする？」
「もちろん行くに決まってるじゃないですか。ガーベラの頼みを、私が断るわけないです」
サントスは真顔である。
「あ、そう。じゃあ、時間が来たら鳥を送る。ここに来てくれ」
「わかりました」
サントスはちょっとうれしそうな顔で去って行った。
「あいつをあんなにも手懐けるとはな……いやはや……」
昔、サントスに恋人を作ろうと、アシュランもヒルデリアもいろいろしたことがあったのだが、うまくはいかなかった。ゆりのことを知ればサントスは怒るだろうとアシュランは思っていたのだが、サントスは意外にもゆりのことを気に入ったようだ。祭りの喜びようでもわかる。
（人間姿で会いたいと言われて喜ぶんだからなあ。ハロルドなら絶対嫌がりそうだ）
人間界では、ラクシュミも、「神様に人間姿になってくれって頼むのって、失礼じゃないのか？ よく怒らないな」などとハインリヒ相手に休憩室で言っていた。
「グレン様、うれしそうでしたよ。怒ってないんじゃないですか？ それよりも二人が塔で何をしてるのか気にならないんですか？」
「一族の男になってるって？ ゆりが燃えちゃうかもしれないな」
ラクシュミは嫉妬するわけでもなく言っていた。
「我々の立場がないじゃないですか」
「ゆりがお前達と最後までしないのは、赤い月のことを考えてのことだろう。ゆりはお前達のことだってちゃんと好きだぞ」
「わかってますよ」
（王が変わらないってのは安心するが……今王妃のお腹にいるのはムサカ様の子供の可能性が高いし。ごたごたしなくてよかったな。というよりも、王妃が来る前の王の生活が、過酷すぎたんだろうな……）
ハインリヒは話で聞いただけだが、ラクシュミは戦で大勢亡くしているし、街中も暗いムード一色、戦士達も、なんとか長生きして一人でも子供を残したい、当時はそれしか考えていなかったようだ。赤い月は国の存亡をかけた行事であり、楽しさなんて全くなかったようだった。王妃が現われて、この国は変わりだした。
（王にとって王妃は、幸運の女神なんだろうな。気が多すぎる幸運の女神だが。王妃に呼ばれて喜んで人間になってる神様も神様だよなあ……）
「王が嫉妬深かったら、この国もちょっと変わっていたんですかねえ」
「私が嫉妬深いのは一年で十日くらいでいい。そうだ。昔、ゆりがアナスターシャを妊娠したときのことだが、私は妊娠した女は抱かないのが普通だ、と思ってゆりに何もしなかったんだが、ゆりがかなり傷ついてしまって大変なことがあった。ハインリヒ、ムサカ殿にやんわりそのことを伝えておいてくれ」
「王妃の相手をするように言うんですか？」
「ゆりが傷ついたらかなり面倒なんだぞ。かなり。かなり」
ラクシュミはかなりを強調している。
「詳しくはミカエルから聞いてくれ。あの時私は本当に大変だった」
「私の時代でも、妊娠した女性とはあまりしないですからね」
「他の男じゃ代わりにならんらしい。だから、言っといてくれ」
「王でもだめなんですか？」
「今回父親がムサカ殿ならば、ムサカ殿もそうしないとだめだろ。お前の目的は子供だけなんだろ、とかゆりに思われたら困るんだ」
「わかりました。とりあえず、ミカエル達に詳しく聞いてみます」
「当時は私も神経をすり減らしたもんだが、そのかわり、その後の喜びは大きいからな。今回黒目のゆりはムサカ殿の相手はしていないようだが、何があるかわからないからな。侍女達にはよくゆりを観察しておくようにと言ってある」
「確かに、妊娠中の女性は難しいですからね」
「ハインリヒの子供ももうすぐ産まれるな。楽しみだな」
「はい。男か女か、楽しみです」
ドルイドは一気に成長してしまったので、二番目の子は、ゆっくりと育ってほしいものである。
一方、ゆりに話を聞いたラギ、シスはシャナーンと一緒に南の町の教会にいて、そこの牧師と一緒に模型を見ていた。
「あ、すごい！ 神様がいる！」
「ほんとだ！」
ラギもシスも模型を眺めて驚いている。
「あーすごい！ アシュラン様！」
牧師はアシュラン人形にお辞儀していた。そしてシャナーンは、「王妃の側にグレン様が！ うらやましい！」とグレン人形をうらやましがっていたのだった。
つづく
十四部
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