第28話

グレンとのデートの日が終わり、次の日、ゆりはサントスとどうやってすごそうかずっと考えていた。農園デートでもしたい所だが、王妃の立場ではなかなか難しい。

「そうだ、祭りの時に植えたオレンジの木、あれからどうなったんだろう？　苗を見に行くくらいなら出ても大丈夫かな」

土の祭りの際、記念にオレンジの木を飢えたことをゆりは思い出した。あれから一月経っただけだが、サントスとオレンジの苗を見に行くのもいいかもしれない。

「苗を見に行くだけだけど、グレンと同じ所にいくってのもなんだしねえ」

自分の人形の側にグレンの人形を置いてきたので、サントスと一緒に見るのもちょっと気まずい。朝食時、子供達にオレンジの苗を見に行く話をしたら、シスとラギが一緒に行きたいと言った。

「じゃあ一緒にいきましょう」

「母様、サラディン様の部屋、サントス様の部屋に変えておいたから」

ナナミがにやりと笑って言った。

「そうなの。ナナミはなんというか、そういうの気が利くわね」

（子供達にお膳立てされる浮気……）

ゆりは目を閉じてちょっと斜め上を向いている。

「シス、思念で王様に聞いてみてくれる？　まだ王様の了解は取ってないの」

「わかった……オレンジの苗を見に行くくらいならいいって。博物館とかはいかないの？」

「サントス様の理想の手があるからなあ。人も多いし、その後は城でまったりしようかな。外はどこも二人で歩くってわけにはいかないもんね」

「そうだね」

ゆりは食後、ラクシュミがいる部屋に行き、その話をした。

「王様、オレンジの木、枯れてないよね？」

「枯れたって話は聞かないから、大丈夫だろう」

「だといいけど」

ノックの音がして、門の前にいる番兵が部屋に入ってきた。

「王妃様にお客様です」

「もう、サントス様がいらしたのかしら？」

番兵達には、今日も特別な客が来ることは伝えていた。

「いえ、先日神官様と一緒にいらした方ですよ」

「あら、私の部屋に通してくれる？」

「わかりました」

番兵は去って行った。

「先日の神官ってクーリーフンだろ？」

ラクシュミが聞いた。

「そうよ。王様も知ってたんだっけ？　妖精さん、何の用だろう？　じゃあ行ってきます」

ゆりも部屋を出た。

ゆりは自分の部屋に戻り、目をまん丸くしていた。妖精サミュエルは、赤ちゃんを抱っこしていたのである。カールがかった金色の髪、青い瞳の女の子である。すごくかわいい。

「あ！」

ゆりは感動してだーと涙を流していた。

「まだ見てないだろうと思って連れてきたんですよ。この子に人間界を見せたくて、これからいろいろな所に行こうと思ってるんですよ」

サミュエルが説明した。

「あの時の子がこんなにかわいくなったなんて、感動！　感動だわ！」

ゆりは泣きながら近づいた。サミュエルが赤ちゃんを差し出してきたので、ゆりは赤ちゃんを抱っこした。

「きゃは」

赤ちゃんの上に五つの玉のようなものが浮かんだのでゆりは驚いてのけぞっていた。

「かわいい。本当にかわいい。感動する。ガーベラになってよかった」

どの子が産まれた時も感動したが、この子はもしゆりがガーベラになっていなかったら、こうはなっていなかったかもしれない。それを思うと、感慨もひとしおである。ゆりは涙が止まらず、サミュエルもちょっともらい泣きしていた。

「ジロウ君、見て、かわいいでしょ」

ゆりは犬のジロウに赤ちゃんを見せ、ジロウは座って尻尾を振っていた。

「王様や子供達に見せてもいい？」

「いいですよ。私はここで待ってますから」

「ありがとう」

ゆりは赤ちゃんを抱いたまま部屋を出て行った。

「ワンワン」

ジロウはサミュエルに尻尾を振っていた。

サミュエルはじーとジロウを見下ろしている。

「クウン？」

ジロウは首をかしげてサミュエルを見上げていた。


ゆりは大泣きしながら赤ちゃんを見せていたので、ラクシュミや子供達の方がびっくりしていた。

「実はこの子は神の国では珍しく、苦労してできた子供なの。だからうれしくて。光の女神様なのよ。名前は、えーと、エスメラルダちゃん」

「光の女神？　ガーベラ様が光の女神を産んだなんてすごいね」

ラギは驚いていた。アリアスとダーナの娘達である春の三姉妹は春の女神と言われているが、光系統の女神である。光の神や光の妖精はいるが、光の女神という名称の女神はいない。これはガーベラが上位の女神を産んだということなのである。

「ガーベラ様も喜んでるだろうね」

とシス。

「かわいいね」

「かわいい」

「あー」

シスが抱っこしているクロスも、エスメラルダを見て声を発していた。

「抱っこさせて」

ナナミが手を出してきたのでゆりはナナミに赤ちゃんを渡した。

「きゃは」

赤ちゃんの上に５つの玉が現われていたので、ナナミはのけぞり、みんな驚いていた。

「今のなんだろう？」

「おもしろーい」

「赤ちゃん面白いね」

「かわいいな」

ゆりはみんなに赤ちゃんを紹介して、自分の部屋に戻った。

「ありがとうございます。うれしかったです」

「いえいえ、では私達はこれで」

サミュエルはエスメラルダを受け取ると、そのまま消えてしまった。

「感動……ん？」

ゆりは部屋にいたジロウに目を止めた。

「んん？」

ジロウの首には、いままでなかった首輪がしてあった。青い皮のベルトに、金色の鈴が一つついていた。鈴の直径は三センチほどの、かわいい鈴である。

「この首輪はどうしたの？」

「ワン？」

ジロウも首をかしげている。

「さっきの彼がしてくれたのかな？　まあいいか。窮屈じゃない？」

「ワン」

ジロウは尻尾を振っている。きつくはないようだ。

「ならいいか」

ジロウは嫌がっていないので、ゆりはあまり気にしなかった。


一方、ゆりが連れてきた赤ちゃんを見た後、子供達はまたそれぞればらばらに散っていた。

ミシェイラとレーヌは庭園にいて、なじみの蛇達に挨拶をしていた。

「ロンに、ミンに、ケンに、あとだれだっけ？」

「うーんと、コッコ？　ケッケ？　忘れちゃった」

「キッキじゃない？」

「そうだっけ？」

などと二人は話している。すると、二人の斜め上の空間の一部がゆらゆらしているのにレーヌが気がついた。

「ミーちゃん、あれみて」

「ん？　なんだろう？」

揺らめきは少年のような姿を取った。だが、景色と同化しているかのようであり、はっきりとは見えない。

「決めた。お前と友達になる」

半透明の少年のような物体は、ミシェイラを指差して言ったのだった。声からして少年のようである。

「え？」

「どっちがいいかなって思ったけど、お前の方が髪が面白いから」

と不思議な少年が言った。レーヌは黒髪だが、ミシェイラは、銀の髪に、頭の左右に金の房がある。

「ありがたく思えよ。俺様の友達にはめったになれないからな」

不思議な少年はえらそうに言っていたが、ミシェイラは口をへの字に曲げていた。

一方レーヌはちょっと泣きそうである。

「レーちゃんの友達にならないのなら、ミーも友達にはならない」

ミシェイラが腰に手をあてて言った。

「はあ？」

「ミーの友達になりたかったら、レーちゃんのお友達にもなりなさい」

「うーん……わかったよ」

少年の方があっさりおれていた。

「どうせならニーとネー達ともオトモダチになって。クロスとも」

とミシェイラ。

「俺様はあんまり人前には出られないのよ。秘密の存在なんでね」

「じゃあなんできたの？」

ミシェイラが聞いた。

「それは……お前の母ちゃんが、なんかいいことをしたらしいからだよ」

「ふーん？」

「とりあえず、お前達二人とオトモダチになる。それでいいだろ」

「あなたのお名前はなあに？　私はレーヌ、こっちはミシェイラ」

レーヌが聞いた。

「名前は、好きによんでくれ」

「じゃあ、トウメイ君？　透明だから」

ミシェイラが言った。

「トウメイ君よろしく」

「トウメイ君よろしく」

「よろしく」

トウメイ君が右手を出してきたので、ミシェイラがその手を握ろうとしたが、実態がなく手を握ることはできなかった。続けてレーヌも握手しようとしたが、手を握ることはできなかった。

「トウメイ君は、本当にトウメイなんだね」

レーヌが言った。

「うん。今日は挨拶。また今度あそぼうな」

「バイバイ」

「トウメイ君ばいばい」

トウメイ君は消えた。

「不思議な人だったね」

とミシェイラ。

「うん。でも面白い人だね」

とレーヌが返した。


所変わって聖地である。

ハロルド神殿にやってきたスペードは、中にハートがいるのに気がついた。ハートは元一角獣の一族、顔は傷だらけで、体格の良い、中年の男で、今は妖精である。

ハートはスペードを見るなり、「相談に乗ってくれ！」と慌てた様子で近づいてきた。何かあったようである。

二人は小部屋に移動した。

「一体何があったんだ？」

スペードが聞いた。

「実は……風の精霊とかいう女性が、俺に加護をくれるっていうんだ。それはうれしいんだが、代わりに満足させてくれと言ってきた」

「……はあ？」

「つまり、精霊を満足させたら加護をくれると言うわけだ。意味がわかるか？」

「精霊って抱けるのか」

スペードはぽかんとした表情で聞いた。

「そう言うくらいだからできるんだろ」

「それで、美人か？」

「うん、まあ美人は美人だが」

「いいじゃないか。抱けば」

スペードはあっさり言った。

「そういうわけにいくか。俺は、死んだ妻に操を誓っている。妖精になってからも全くそんなことはしていないんだ」

ハートは宣言するように言っていた。

一角獣の一族は愛情深く、一度伴侶を決めると、浮気はめったにしないようである。そして再婚率も低い。

「じゃあ加護はいらないのか？」

「うーん……加護は欲しいがなあ……ウィル様に相談したら、そりゃ抱くべきだ、とか言われた。精霊の加護がついたら戦での生存率は格段にあがるって。精霊は気難しいから、めったに助けてくれないらしい」

「なるほど、実は、俺は、雷の精霊って存在に会った。俺が会ったのはばあさまで、俺の為にパンツを作ってくれるって言うんだ」

（そういえば、俺のパンツはどうなっただろう？）とスペードは思いながら言った。

「うらやましい。俺と精霊交換してほしいくらいだ」

ハートは本気で言っている。

「考えてみれば、風の精霊は精力絶倫のお前にぴったりだと思う。なぜ私の所にきたのだろう」

ハートは首をかしげている。

「別に精力絶倫じゃないが……せっかくだから精霊と仲良くしたいた方がいいぞ」

「うーん、俺は遊びでそんなことはできない」

「なら、精霊と再婚すれば？」

「精霊と再婚？　そんなことができるのか？」

「抱けるくらいならできるんじゃないの？」

「うーん」

ハートは腕を組んで悩んでいた。

「世の中にはいろんな精霊がいるんだな。神獣トルメンタも雷の精霊らしいし」

スペードが言った。

「そうだな。前回の大戦、ウィル様が知る限り、風の精霊の加護を得た者はいなかったらしい。だから話をしたら驚いていた。精霊の加護は、神様の加護よりレアらしい」

「へー火に、風に雷、他にはどんな精霊がいるんだろう？」

扉がドンドンとノックされて、ねぼすけが中に入ってきた。

「あれ、ハートもいたんだ」

「よお」

ハートは片手を挙げた。

「肩に何かいるぞ」

スペードが指摘した。ねぼすけの左肩に、何か茶色い生き物が乗っている。

「これ、ヤモリみたい。スペードに見せようと思ってきたんだ」

「ヤモリ？」

「実は夢の中で、でかいもぐらに穴堀り競争に誘われたんだ。僕はスコップで掘ったんだけど、翌朝こいつがベッドにいた。それで逃げようともしないし、何か不思議な力を感じるんだ。土の神殿で聞いたら、ヤモリだって。僕はトカゲかと思ったんだけど、違った」

「……もしかして、精霊？」

ハートが恐る恐る聞いた。

「これが精霊？　これが？」

とねぼすけ。

ヤモリはねぼすけの顔をじっと見ている。

「ねぼすけやめろ。なんか怒ってるぞ」

スペードが言った。

「精霊ってもっとこう、すごい生き物かと、いって！」

ヤモリの手がねぼすけの頬をぺんとたたいていた。

「小さいのにいってっ！」

「やっぱり精霊なんだ。いいな。俺と精霊交換してほしい！」

ハートがうらやましげに言っていた。

「え？　精霊交換？」

ハートが説明すると、ねぼすけは、「僕はそっちがいいな。交換したい」と言い、ヤモリに頭突きをくらっていた。小さいのに結構なダメージだったので、ねぼすけは頬をさすっていた。

「痛いって」

「交換は無理っぽいな」

スペードは苦笑している。

「これが精霊様かあ……何の精霊だろう？　土掘り競争をしたから、土かな。君にはどんな力があるのかな？」

土の精霊は今度はそっぽをむいていたのだった。


蛇の国の城に、とうとうサントスが現われていた。出迎えた番兵達は、感動して拍手していた。

「すごい」

「すごいです！」

サントスはきょとんとしている。瞬間移動してきたジュノーも「おおっ！」とつい感嘆の声をもらしていた。

サントスの気は昨日のグレンと同じように一族の気を帯びていたのだが、サントスは上級戦士並みの気の力をもっていたのである。ちなみに昨日のグレンは肌にはっきり蛇はいたが、気の力は下級戦士程度の強さだった。

「ようこそいらっしゃいました。王妃の元に案内しますね」

ジュノーはそう言いながらも（これは身内びいきってやつだな）と思い、王の間で同族の強い気配を感じたラクシュミも、（アシュラン様、息子はかわいいんだな）などと思っていたのだった。

つづく

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