第３１話
神の国である。空を飛んでいたクーリーフンは、お花畑に座っている人物を見つけて、地上に降りた。
「やあリーベ、何をしているの？」
そこにいたのは、翼がないクーリーフンのような姿をしたリーベである。リーベは、ダーナの神殿で産まれた不思議な生き物で、普段は青っぽいプヨンとした弾力があるスライムのような感じなのだが、こうして男の姿に変身もできる。葉の妖精コンビ、ライラとリーフがよくリーベに食べ物をあげている。リーベは食べ物を取り込むことができるのだ。リーベは産まれた時よりもでかくなってるし、移動も早くなった。
「考えてる」
リーベが答えた。人の姿の時は、リーベはおしゃべりもできる。一言二言だけだが。
「何を考えてるの？」
「僕の役割」
「役割？ 難しいことを考えてるんだね」
「どうしてうまれたのかなって」
リーベはこの世界では唯一の存在である。神獣のようでもあるし、謎の存在だ。クーリーフンはリーベの横に座った。
「みんなを楽しませることが君の役割なんじゃない？ 君はそこにいるだけでいいんだよ」
「みんな、楽しい？」
「ライラとリーフは喜んで君に食べ物を持って来たりしてるじゃない？ みんな君が好きだよ」
「ありがとう」
リーベは不思議な存在ではあったが、善なる存在である。それだけで、神の国にいていい理由にはなっているはずだ。
（僕の変身姿も慣れたしね。それにしても、最近不思議なことが多くて楽しいね。ちょっと前までは、僕もそう不思議に思うことなんてなかったけど）
クーリーフンは見かけは若いが結構な長い時を生きている。神の国でもいろいろ事件はあったが、こんなにしょっちゅういろいろ起きたことなどなかったし、ドキドキワクワクすることなどそうはなかった。神々にとっては単調な時代だった。ガーベラはラクアの事件以来恋人を増やすこともできなかったし、人間界に降りれば男達が興奮しすぎてしまうので人間と接触もできず、男達との間も倦怠期になりつつあった。
神は飽きにくいとはいっても、同じような毎日ばかりでは鬱屈してしまう。その単調な日々を変えてくれたのがゆりだった。
（彼女はガーベラだけではなく神の国にも驚きと喜びを与えてくれた。彼女がいなくなった時のことを思うと恐ろしく思うくらいだ。彼女はいろいろ面白い神獣を産んでくれたけど、リーベは唯一彼女と関係ない生き物なんだよな）
リーベについては、アシュランでさえよくわからないらしい。
「神の力、くれる？」
「ん？ いいよ」
リーベはクーリーフンと手をつないでいた。リーベは神の力を自分の中に取り込むことができるようだ。そうして成長している。神の力をごっそりもっていかれるわけではないのでクーリーフンにとっては負担になることではなかった。
「ありがとう」
二人は手を離した。
「もしかしたら、いずれは妖精とかになるんじゃない？」
クーリーフンが聞いた。
「さあ、わからない」
リーベは首をかしげていたのだった。
人間界蛇の国では、ゆりは儀式らしいことをしたが、蛇霊神はこなかった。ゆりは男達と愛を深めたい気分だったので、儀式になろうがなるまいが、どっちでもよかった。
子供達はムサカが儀式要員になったのか興味津々だった。そういうことに興味をもたないでほしいのだが。
「それで……ムサカ様と仲良くなって、王妃の気持ちはどうですか？」
ゆりの部屋で恐る恐る聞いていたのはヴィラである。
「うーん、気分爽快？ いや違うか。まあ、普通に安心した感じ？」
ゆりはそう答えた。
「王よりもムサカ様が好きとかそういうことはないんですか？」
「うーん、そこまでは別に」
「では王の方を愛してます？」
「うん」
「あっちの王妃はどうですかね」
「ムー様のこと結構好きみたいだよ。あれっきりじゃなかったから、きっと喜んでるんじゃないかな」
「ムー様……」
「あの時のムサカさんね。ムー様」
ヴィラはポリポリと頬をかいている。
なかなかややこしいことになってきたが、黒目のゆりはムサカのことをラクシュミよりも愛している、とまではならないようだ。ゆりの表情は悩みもなくすっきりしているほどだった。
一族の女にとっては、強い男に心惹かれるのは本能である。強い男の子供を産みたい、そう思うのも。
（蛇の目の王妃は一族の性質が強いから、こっちの王妃よりはムサカ様に惹かれるのは当然だよな。こっちの王妃はいつもながらあっさりしてるな。こっちの王妃を動揺させることができるのは、彼だけか）
彼というのはスペードのことである。黒目のゆりは神に抱かれても全く平気なのにスペードだけはだめだった。それも本能というものなのかもしれないが。
「ムー様ってどういう性格なんでしょうかね。ムサカ様と同じように温和ならいいんですけど、赤い月がもめるようなら、その間どこかに行っていただくしかないですかね」
「私がアシュラン様にもらった、聖地に瞬間移動できるバッジがあるでしょ？ あれ、私の子供達も使えるんだ。来年の赤い月の間、ラギか誰かとムサカさん、聖地に行ってもらうってのはどうかな。ムサカさんも聖地に行ってみたいだろうし」
「聖地ですか……」
「とりあえず来年はね」
「あの時の王は大丈夫でしょうかねえ。今回我々を怒ったりはしないと思いますが。王妃にきつく当たらないかも心配です」
「大丈夫でしょう。とりあえず、生きててよかったって言ってくれると思うよ。本当に死ぬとこだったし」
「あの時のことを思い出すと泣けてくるんですよ。思い出させないでください」
ヴィラが悲しげに言った。
「ごめん」
出産から半年以上経過したが、男達はその時のことを思い出すと本気で泣いている。
「でもこれだけ子供がいたら王様も笑顔で引退できるよね。アナスターシャも強くなって帰ってくるはずだし」
「王妃もいなきゃだめですよ。王にとって王妃は幸せの象徴なんですからね」
「うん。王様は本当に優しくなったなあ。前の眉間にしわを寄せた王様が懐かしい」
ゆりは笑っていた。
その頃王の間では、へびっちがクロスを連れてきて、クロスは王の間の中をハイハイしまくっていた。
「随分早くなったな」
ラクシュミは椅子に座ったまま言っている。
「もうそろそろ歩くのか？」
クロスは銀色の髪に金の瞳の持ち主である。将来シス系になるのか、ロイ系になるのか、みんなも注目している。
クロスはラクシュミの椅子の側まで行くと、椅子につかまって立ち上がっていた。
「おお！」
扉の側にいる番兵が声をあげた。
クロスは得意げな表情をしていたので、ラクシュミは「すごいすごい」と言っていた。
「へびっちがずっとクロスの世話をしてくれているんだってな。ありがとう」
ラクシュミはへびっちにお礼を言った。へびっちはクロスとよく一緒に寝ているようだ。最近クロスの夜泣きは減ったらしい。クロスの背中の二匹の蛇は極端に大きさが違っていたが、小さい方の蛇が大きくなってきた、と報告があがっていた。
王の椅子の周りをつかまり立ちしていたクロスだったが、やがてへびっちに抱っこされて出て行った。クロスは去り際にラクシュミに手を振っていたので、ラクシュミも「慣れてきたか。よかった」とほっとしていたのだった。
儀式もどきから三日ほど過ぎて、ゆりはシス、ラギ、ナナミを自分の部屋に呼んでいた。
「実は、ムサカさんを恋人にしたの。そしてこの子はかなりの確率で、ムサカさんの子かもしれない」
ゆりは３人にはそう打ち明けることにしたのだった。子供達は３人共口を開けていた。
「そうなんだ。すごいね」
とラギ。
「二人が仲良くなったのかな、とは思ってたけど、赤ちゃんの父親なんだ」
「どんな子が産まれるのか楽しみだね」
シスにナナミが続いた。さすが一族の子供達、「母様ひどい」とはだれも言わなかった。
「多分、大々的に発表はしないと思うから、本当にそうでも王様の子供として育てられると思うけど。だからあなたたちもミカエル達以外には言わないでね」
「わかった」
「それからね、来年の赤い月のことなんだけど、ムサカさんを聖地に行ってもらおうかなって思ってるの。私がもらったバッジ、私の子供なら使えるから、あなたたちの誰かが一緒に行って」
「僕行きたい」
まっさきに手を挙げたのはラギである。
「シスにーも行こうよ」
「赤い月の間ってことは、一〇日ってことだよね？ そんなに国から離れてもいいのかな」
シスはちょっと躊躇しているようだ。
「王様にはまだ聞いてないけど、先に王様に聞いてからの方がいいかな」
「今度はロイでもつれていったら？ 先生は赤い月の間は国に帰っちゃうし、聖地に行ってスペードさんに修行してもらえば？」
ナナミが言った。
「え？ スペード様に修行？ いいかも。いや、でも迷惑になるかも」
ゆりの目はきらめいていた。
「一〇日くらい大丈夫だよ。先生の先生だし」
「そうかなあ。とりあえず、後で王様に聞いてみるね」
ゆりがラクシュミに聞いた所、「ムサカ殿がそう希望するならいいんじゃないか？」とのことだった。
シスの部屋で、ラギが、「シスにーも一緒に聖地に行こうよ」と誘っていた。
「今回は長いからね。赤い月の間、男達は城に来られないから、僕は何かあったときの為に城にいたいんだ」
シスはたのもしくも言っていた。さすが長男である。
「そうか。シスにー、かっこいいよ」
ラギは微笑んでいた。
「ロイは喜んで行くんじゃないかな」
「そうだね。ロイは最近頼もしくなったから、勝手にいなくなったりしないだろうし」
「今度はゆっくりできるから全部の神殿に行けるんじゃない？」
「うん。楽しみだな」
昼間ムサカは城にいなかったので、夕方、ゆりはムサカの部屋を訪ねてその話をしてみた。ムサカは驚いている。
「貴重な御力を私のために使ってもいいんですか？」
「もちろんいいですよ。いろいろ助けていただいているのでご褒美だと思ってください」
「そうですか。なら御言葉に甘えさせてもらいます」
聖地は大陸の者達にとっては憧れの場所である。一族の王族ともなれば、国から離れて巡礼に行くということもなかなか難しい。普通は馬車などと使っていかねばならないからだ。 ムサカ自身来年の赤い月のことを心配していたので、今回の話は渡りに船だった。
「ラギに、ロイに、ムサカさん、そうだ。ドルイドも連れて行きますか」
「ドルイドもいいんですか？」
「はい。ドルイドがいた方がムサカさんも楽かなと思うので。ロイも修行仲間がいた方が楽しいでしょうから」
「王妃様、私に気を遣っていただいてすいません」
ムサカは目を細めている。
「いえいえ。過去の時代でも聖地にはなかなか行けないですから。女王様にいい土産話になりますよ」
ゆりは微笑んで言ったのだった。
ゆりは自分の部屋に戻ってあれこれ考えた。
「侍女は、いなくても大丈夫かな。ホテルに洗濯サービスとかあるだろうし、今度クーガ様に相談してみよう。私はいけないけど、ラギの土産話を聞くのが楽しみだなあ」
ゆりは聖地に行ったときのことを懐かしく思いだしていた。一泊二日の聖地旅行、いろいろな神様に会うことができた。
「今行ったら、もっと神様が出て来て大変なことになっちゃうかもね」
ゆりは自分で言って大受けしていたのだった。
聖地である。
この日聖地はどんよりした曇り空だったが、ハロルド神殿から少し離れた空き地にて、スペードは神官達に稽古中だった。聖地といえども事件が起きることがあるので、その時には戦える神官達が活躍する。この中から神官戦士がうまれるわけだが、神官戦士になれる者は少ない。神の加護をもらえばだれでもなれるわけではなかった。精神面でのタフさは、神の加護ではどうにもならないからである。
この日空き地にやってきた者がいた。肩までの銀色の髪の青年である。見た目冷やかな印象を感じる顔立ちで、背は高く、結構良い体つきである。陽気な雰囲気はなく、どちらかというと影がありそうな雰囲気だった。服装は青系のシャツとズボン。青年は身長よりもはるかに長い槍に斧がひっついた武器、ハルバードを手に持っていた。
（妖精？）
その男を見たスペードはそう思った。だが見たことはない妖精である。
「何かご用ですか？」
スペードは男に近づいて聞いてみた。
男の瞳は、左目は青空のような青で、右目は、黒に黄色い瞳孔だった。スペードはその目にねぼすけを思い浮かべていた。
「君、僕のお母さん好き？」
青年がそうスペードに聞いた。
「あなたのお母さん？ どなたですか？」
「僕のお母さんは二人いて、一人は黒い髪で、耳が丸いよ」
「え？」
スペードはゆりを連想したが、ゆりにこんな大きな子供はいない。
「好きなの？ どうなの？」
「好きですよ」
詳しく話してくれそうになかったので、スペードはとりあえずそう答えた。
「そう。じゃあ戦おう」
男はヴォルフである。ヴォルフはスペードに剣を投げていた。スペードが剣を受け取った。剣はずっしり重い。鞘を見るだけでわかった。
「神の国の剣じゃないですか？」
「うん。君達はもう帰って」
ヴォルフが他の神官達を見回して言うと、神官達はあわてて空き地の隅っこに移動していた。
「じゃあやろう」
ヴォルフが空き地の真ん中に移動した。
（何がなんやらさっぱりわからん）
スペードの頭の中は「？」マークが並んでいたが、この男と戦ってみたいと思い、剣を鞘から抜いた。スペードも空き地の真ん中に移動した。
「じゃあ行くよ」
ヴォルフは槍を構えてスペードに突進した。
「はえええ！！」
「みえない！」
隅っこにいた神官戦士達が思わず声をあげた。一般人の目では捉えることができないほど、ヴォルフの動きは素早く、振り下ろしたハルバードをよけたスペードもびっくりしていた。
（戦い系の妖精だ！）
ヴォルフは重い槍をまるで木の棒のように振り回している。ハルバードという武器は、槍のように相手を刺すこともできるし、斧のようにも使える武器だった。重い故にそれを扱うにはかなりの力が必要である。三度目の攻撃を避けたスペードは跳躍し、ヴォルフの後ろに回って剣を振るったが、ヴォルフは素早く後ろを向いてハルバードでそれを受け止めていた。
「あのーもし、嫌いって言ったらどうなったんですか？」
離れたスペードが聞いた。
「帰ったよ。だって、お母さんのことが嫌いなら、君が死のうがどうでもいいし」
ヴォルフは無表情である。が、どこか凄みがあった。妖精相手にはあまり感じたことはない凄みである。
「ってことは、これは稽古なんですね。あなたは俺に稽古をつけてくれてるんだ」
「ま、そうかな」
といいながら、ヴォルフは前に出てハルバードを振るっていた。普通の神官ならば、一発で即死間違いなしである。
「こええ」
「すげえ」
神官達は固唾をのんで見守っている。
一瞬でも気を抜いたら命がない、そんな戦いが目の前で繰り広げられていた。そしてそれから三時間ほど経ってようやくヴォルフはハルバードを立てた。
結局スペードはヴォルフを切りつけることはできなかった。そして、せっかくの剣はぼろぼろである。
「ありがとうございました」
ヴォルフが手を出したので、スペードは剣を返した。
「あの、あなたのお名前は？」
「ヴォルフ」
「ヴォルフ様？」
（確かハロルド様にそのような名前の妖精が産まれたとかなんとか）
「じゃあさよなら」
ヴォルフは剣を鞘にしまい、武器を持ったまま消えた。
スペードは息を吐いてその場に座り込んだ。
神官達が駆け寄ってきた。
「スペード様、すごいですよ」
「よく傷もなくすみましたね」
「手加減してくれたからだ。彼が本気になれば俺の首は飛んでいたかもしれない」
「すごいですね」
「一体どなたなんですか？」
スペードがこれだけてこずるのだから、相手はかなりの強さである。神か妖精でないと逆におかしいくらいだ。
「……ちょっとクーガ様のところに行ってくる」
スペードは立ち上がると、姿を消したのだった。
クーガは外から帰ってくつろいでいたところだった。疲れた様子のスペードを見て、「神の国で稽古でもしてきたんですか？」と聞いた。
「いえ、さっき、初めて見る妖精が来たんですよ。ヴォルフ様、ご存じですか？」
スペードは椅子に座りながら聞いた。ここは神官達がくつろぐための部屋である。
「え？ ヴォルフ？」
「彼が俺に稽古をつけてくれたんです」
「よかったですね」
クーガはあっけらかんと返した。
「それで、彼は、ゆり様の子供だって言ったんですよ。どういうことでしょうか？」
「え？」
「母親の一人が、ゆり様だと。ゆり様のことが好きかって聞かれて、好きだと言ったら稽古をつけてくれたんです。もうわけがわからんです」
「…………」
クーガも、どう説明すればいいのか悩むところである。
「クーガ様、真相を知っているのなら、ずばり教えてくれませんかね。ゆり様のことでは今までいろいろ疑問に思ってきましたけど、今回のことはさっぱりわからない。ヴォルフ様は、妖精ですよね？ ゆり様が母親ってどういうことなんですか」
「……ヴォルフ様、ねぼすけさんの目をもってたでしょ？ ねぼすけさんの目と右目を取り替えたんですよ」
「え？ あれねぼすけの目なんですか？ そういえば、この前会った時ねぼすけの目が違った。聞いてもちょっと事情があってとしか教えてくれなかったですよ」
「ねぼすけさんは全部知ってますから、あっちに聞いてください」
クーガは、真相を話してゆりともめるのも面倒だったので、ねぼすけに投げたのだった。
「わかりました。ねぼすけに聞きます」
スペードはさっさと去って行った。
そして寝ているねぼすけをたたき起こしたのだった。
「ねぼすけ起きろ！」
「もーなんだよ！」
ねぼすけは布団を抱きしめている。
「今日、お前の目を持つ妖精にあった。目を取り替えたんだってな。その妖精について知っていることを全部教えろ」
「教えられるわけないだろ」
ねぼすけは目を閉じたまま言った。
「あの妖精とゆり様はどういう接点があるんだ？ 教えろ！」
スペードは布団を引っ張っていた。
「あ、ちょっと！」
「あの妖精がゆり様の息子ってどういうことだ！」
「何それもー」
ねぼすけは頭をかきながら起き上がっている。
「ヴォルフ様が言ったんだ。ゆり様の息子だって」
「へー」
「ヴォルフ様がなんで俺のことを気にしたんだ？」
「うーん……彼、僕の目で見た物が見えるようだよ。それでスペードがゆりちゃんと仲が良いってことも知ったんでしょ。納得した？ おやすみ」
ねぼすけは寝ようとしたが、スペードに支えられて起こされた。
「全然分からん。ゆり様の子供ってどういうことだ？」
「彼、なんかしらんけどゆりちゃんのことを慕ってるみたいだよ」
「妖精が人間を慕う？ なぜ？」
ねぼすけは座ったまま目を閉じて寝ようとしていた。
「起きろ」
スペードはねぼすけの肩をふるっている。
「クーガ様は、お前が全部知ってるって言ってたぞ」
「げ」
「なんでだ。お前もゆり様の恋人なのか？」
「違うよ。僕はただのお友達だよ」
「どうしてゆり様は俺には話してくれないで、ねぼすけには話してるんだ」
「それは、スペードのことが特別だからだよ。知ったらドン引きしてもう会ってくれないと思ってるからじゃない？」
スペードは横目でねぼすけを睨んでいる。
「クーガ様は全部知ってて彼女の恋人なんだろ？」
「スペードはどこまで知ってるの？ 彼女がラーズ様を恋人にしてるってのは聞いたよね。他は」
「いろいろな神とプラトニックな関係だって言ってた。ハロルド様も入ってるって。彼女は人間版ガーベラだから、男が一杯いるのはしょうがないというのは聞いた」
「彼女は、神々にとっては本当にガーベラなんだ。ガーベラ様は、彼女と体を取り替えて遊んでて、それで彼女が時々ガーベラとして神の国で過ごしてる。その時いろいろ子供ができて、神々は彼女に感謝してるわけ。それでもう一人のガーベラだって思ってる」
「……はあ？」
スペードは口をぽかんと開けた。
「ヴォルフ様も、彼女がガーベラになっている時にできた子供なんだ。だから、ゆりちゃんのことをママだと思ってる」
「はあ……」
スペードの頭の中の処理能力は追いついていないようだ。
「スペード、ゆりちゃんに会っても知らない振りをしてあげなよ。彼女は神の国の平和に貢献したいと思ってて、アシュラン様にも期待されまくってる。でも、それと、スペードとのことは別なんだ。君をからかってるわけじゃなくて、本気でハロルド様やラーズ様よりもスペードの方がいい男だって思ってるんだ。一般的常識からいったら信じられないけど、ああいう彼女だからガーベラ様になれてるともいえる。常人には無理だから」
「……どう思えばいいのかさっぱりわからん……あ」
（以前、カードのスペードのお礼にガーベラ様が巻き貝とお酒をくれた。でもカードの１００人目の所有者はガーベラ様ではなくゆり様で……）
「そうか、ようやく合点がいった。彼女はガーベラ様で俺にお礼を言ってくれたのか」
ようやくいろいろなパズルが組み合わさってきた。
「君はハロルド様の子飼いだからさ、知ったらもう会ってくれないと思ったんだよ」
「そうだったのか……お前はなんで知ってるんだ。ゆり様を問い詰めたのか？」
「うん。問い詰めた」
「ヴォルフ様の父親はハロルド様だよな？」
「うん。でもヴォルフ様は、ハロルド様のことはそんなに好きじゃない。ママの言うことは素直に聞いてるけど。それで、ヴォルフ様、お前の所にきて何かした？」
「稽古をつけてくれた。すごく強かったぞ」
「子供姿だよね？」
「いや、青年だったよ。さすがハロルド様の息子だけはあるって感じだった。ゆり様のために、俺に稽古をつけてくれたようだ」
「やっぱりママっこだな」
ねぼすけはぼそりと言っていた。
神の国に戻ったヴォルフは子供姿に戻り、ジェラルドに剣とハルバードを返していた。ジェラルドは、ぼろぼろの剣を見てしばし沈黙している。
ハルバードにも傷があったが、すごい傷はなかった。
「あのー相手は生きてますよね？」
ジェラルドは確認するように聞いたのだった。
つづく
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