第３３話
ゆりは頭が二つある蛇を見たまま固まっていた。この蛇の国でも、こういう蛇は珍しい。ゆりが実際に見るのは初めてだった。ミシェイラとレーヌはぐっすり眠っているが、かわいい服を着ていた。
ベッドの上には白いふわふわなものが二つ置いてあった。ゆりはそれに触ってみた。マフラーのようだ。
「向こうでもらったのかな。素敵な服ね。しかし、面白い蛇さんね」
すると双頭の蛇がかまくびをあげたので、ゆりはびっくりして後ろに下がっていた。
「おお、そなたが母なる者だな。俺達の名前はジャッツー。しばし遊んで来いと命じられてここに来ることになった。これからよろしく頼む」
右の頭の蛇がしゃべっていた。ハザークでさえ、蛇の時は話さない。蛇の声は、中年の男性といったところか。
「おはようございます。ジャッツーさん？ えーと、精霊さんってことですか？」
ゆりは驚きつつ聞いた。
「精霊か？ と問われればそのくくりになるのかもしれんが、一般的に精霊とは、自然の力を伴った者達のことであるからな。俺達は精霊のようであり、精霊ではない。ま、あいまいな存在かな」
「はあ……とりあえず、しばらくいてくださるんですか？」
「この子達が死ぬまでいろとか適当なことを言われた。とはいっても、俺達は適当に行ったり来たりすると思うが、とりあえず、俺達のベッドを用意しておくれ。ふかふかのベッドでシーツは毎日取り替えてほしい」
「はい。ベッドにシーツ……」
その時ミシェイラが目を開けた。そしてミシェイラは横にいるジャッツーを見た。
「蛇ちゃん、これからもミーと一緒にねよーよ」
「んー？ 夜中に蹴らんか？」
左の蛇が聞いた。
「蹴らないよ。アーねえは蹴るけど、ミーは大丈夫」
「とりあえず、この寝室にベッドをもう一つ入れてもらいましょうか」
ジャッツーは大きな蛇なので、ゆりが提案した。
「そうしてもらえるとありがたいな」
「王様を呼んできてもいいですか？」
「俺達が移動しよう。最初くらいは謙虚にいかんとな」
「最初だけはな。けけけ」
「楽しい蛇さんですね」
ゆりは笑っていた。
「ミーも蛇ちゃんと行く」
「お嬢ちゃん、蛇ちゃん呼びはやめなさい。ジャッツーさんと呼んで」
左の蛇が言った。
「名前呼びにくい」
「先生って呼んだらどう？ すごく賢そうだから」
「じゃあ先生」
「先生か。悪くないな」
「先生、いいね」
ジャッツーはまんざらでもなさそうだった。
ミシェイラは完全に起きたがレーヌは起きなかったのでそのまま寝かせて、ジャッツーとゆり、ミシェイラは、ミシェイラの瞬間移動で食堂に移動し、そこにラクシュミと他の子供達に来てもらうことになった。ミシェイラが思念を全員に送っている。
「先生は精霊の国で産まれたんですか？」
食堂に移動した所でゆりが聞いた。食堂にいた侍女は、双頭の蛇を見て驚いている。
「いや違う」
「それはまだ秘密」
「そうですか」
ミシェイラがジャッツーの体をなでなでしていた。
ラギがやってきた。
「おはよーおっ？ おおっ？ すごい双頭の蛇だ！」
「みんながそろったら紹介するからね」
とゆり。
シス、ナナミ、そしてへびっちが抱っこしたクロスがやってきた。さらにラクシュミもやってきた。みなジャッツーを見て「おおっ」という表情である。
ジャッツーはへびっちを見て、顔を横にしていた。
「こちらジャッツーさん、しばらく城にいてくれるんだって。ジャッツーさん、こちらが私の夫であるこの国の王様、そして長男シス、ラギ、ナナミ、クロスです。子供はもう二人いるんだけど、今は別の場所にいるの
。クロスを抱っこしてるのがへびっちです」
「よろしく」
「子だくさんだな」
と蛇達。
「こんな立派な双頭の蛇を見るのは初めてだ」
「それにすごく綺麗ですね」
ラクシュミにシスが続いた。ラギはしゃがんでジャッツーの体をじろじろ眺めている。ジャッツーの全長はのびれば三メートルはあるだろう。立派な蛇である。
「先生はミーのおともだちだよ。あ、そうだ。昨日ね、イシュタールに会ったんだよ」
「え？ ほんと？」
ゆりが聞いた。
「うん。一緒に木のお城をみたの」
「その服ももらったの？ すごくかわいいね」
ナナミが言った。
「うん。もらった！」
「イシュタールはどうしていたんですか？」
ゆりがジャッツーに聞いた。
「火の精霊が連れてきた。この子達の知り合いだから。途中泣いたりした時のために」
「泣いてないよ。すごく楽しかったよ。綺麗な人がいたよ」
「よかったね」
「よかったな」
「いいな。僕も行ってみたいよ。木のお城って木でできたお城ってこと？」
ラギが聞いた。
「ううん。大きな木の中に部屋がいっぱいあるの。それでね、首にね、あ、ない」
ミシェイラは自分の首に触ってマフラーがないのに気がついた。
「マフラーならベッドにあったわよ」
「それももらったの！」
「よかったね」
「ところでレーヌは？」
ナナミが聞いた。
「まだ寝てるわよ。いろんなことがあって疲れたんじゃない？」
とゆり。
クロスが床に降りてジャッツーの胴体に触っていた。
「しかし、さすが母なる者はすごいな。こんなにたくさん子供がいるとは」
「うむ。さすがだ」
蛇達はゆりに感心しているようだった。
「あのーその母なる者ってなんですか？」
ゆりが聞いた。
「あの方の転生のきっかけとなったのがあなただからだよ」
「精霊達は皆、あなたに感謝しとるよ」
「そうですか。王妃とかゆり、で呼んでいただけるとうれしいんですが」
「じゃあゆりさん」
「はい」
「とりあえず、みんな朝食を食べましょう。先生は何か召し上がります？」
「今はいい」
「そうですか」
ラクシュミは去って行き、子供達は席に座ったが、クロスはジャッツーの胴体の上に乗り、うれしそうにしていた。
「ところで、こちらは人かな？」
ジャッツーはへびっちを見て聞いた。
「へびっちは蛇ですよ」
ゆりがいうと、へびっちはドロンと蛇になっていた。緑色の蛇である。
「おおー見事な人化だ」
「そんなにでかい蛇ではないのにな」
へびっちはすぐに人に戻り、いそいそと服を着ている。
「あ」
ゆりは女の子達を気にしたが、みな平気そうだった。
「何度か見たから平気よ」
とナナミ。
「そうなの？ へびっち、女の子の前でだめよ」
ゆりがやんわりと言ったが、へびっちは全く気にしていなかった。
「きゃはは」
ジャッツーの胴体が動き、クロスが喜んでいる。
「後でハザーク様にも紹介しないとね」
ゆりがミシェイラに言った。
「うん！ パパも喜ぶよ」
「パパはさっきの王様じゃないのか？」
ジャッツーが聞いた。
「さっきのはトーだよ」
「？」
「ミシェイラにとってはどっちもお父さんなんです」
ラギが説明した。
途中でレーヌがやってきて、レーヌとミシェイラは、昨晩行った木のお城のことを皆に話してくれた。
そして食後、ハザークの元に行くことになった。
「ハザーク様の反応が見たいから僕も行く」
「僕も」
「私も」
と結局クロス以外の子供達も一緒に行くことになった。シスの瞬間移動で、一同は一気にハザークの塔に飛んだのだった。
一方珍しい蛇を見たラクシュミは、王の間に来たミカエルとフリットにその話をした。
「ミシェイラが双頭の蛇を連れてきたんだ」
「どこから連れてきたんですか？」
ミカエルが聞いた。ミカエルとフリットは精霊女王の話など知らなかったので、ラクシュミは、
「えーと、神の国かな。ミシェイラとレーヌが招待されて、昨晩行ったんだ。それで連れてきた。立派でしかも話す蛇なんだ。びっくりした」
と言った。
「へー、私も見たいな。今どこにいますか？」
とミカエル。
「ハザークの塔だ。しばらく城にいるらしいぞ」
「双頭の蛇と言えば、子供の頃、見つけたことがあったよな」
フリットがミカエルに言った。
「そうそう。つかまえたことがあったな。双頭の蛇は、あまり寿命が長くないようなんですよね。だから見つけても小さいのだけで」
「立派な蛇だったぞ」
「会うのが楽しみですね」
蛇関係で驚くことはそうないため、二人はわくわく顔である。
一方、ハザークに紹介しようとゆりと子供達はジャッツーと一緒に塔にやってきた。たまたまハザークの部屋にはディーンもいた。
「パパ、お友達ができたよ。名前はね、えーと」
ミシェイラが紹介しようとし、「ジャッツーさんよ」とゆりが続いた。
「パパ、仲良くしてね」
とレーヌ。
ハザークは目をまん丸くしてジャッツーを眺めている。ラギ、シス、ナナミはハザークの反応を見てにやりとしていた。
「なんて立派な双頭の蛇だ」
「長老さん初めまして」
「よろしくな」
蛇達が挨拶をした。しゃべったので、ハザークはさらに驚いている。一方ディーンも前のめりになってジャッツーを見ていた。ジャッツーもディーンを見た。両者は１０秒ほど見つめ合っていたが、やがてディーンが「あー！」と声をあげた。
「もしかして、叔父貴？ なわけないよな。だが似てるな。俺の叔父貴はこんな緑系の双頭の蛇で、おれが子供の頃いなくなったんだよな」
蛇達は視線を合わせて、それからディーンを見た。
「こりゃ驚きだ」
「まさか昔の俺達を知る者がいるとは」
「え、ってことは、やっぱり叔父貴なの？ まじかよ！」
ディーンは驚きのあまり立ち上がっていた。
ゆりも子供達もぽかんとしている。
「え？ 先生はディーンさんの親戚なの？ じゃあハザーク様とも親戚？」
ゆりが驚きながら言うと、ハザークは、「はあ？」と間の抜けた声を出していた。
ディーンの説明によれば、ディーンの父親の弟がジャッツーのようだ。当時親戚は結構いて普通の蛇の方が多かった。ジャッツーは人化はしなかったが、知能は高く、話すことができた珍しい蛇だった。ディーンも当時ジャッツーと話したことがあったが、ディーンが子供の頃ジャッツーはいなくなってしまった。親戚によれば、「旅にでも出たんだろう」とのことだった。当時も双頭の蛇は珍しく、たまに産まれても大きくならずに死んでしまったようだ。ジャッツーのようにでかい双頭の蛇は珍しいので、ディーンも覚えていたらしい。
「だが、それにしては小さくないですか？」
ディーンが聞いた。もしジャッツーが今まで生きていたならば、かなり大きく長い蛇になっているはずである。
「実は俺達は、ある日精霊の世界に迷い込んだんだ。そこで出会った者達と意気投合して、そこの者にしてもらった。だから、成長はあの時のまま止まっているんだ。あそこで暮らすには、仲間と縁を切る必要があった。仲間には旅にでるから探さないでくれ、とだけ伝えて、あっちに行ったのよ。しばらく向こうで暮らして、たまにこっちにふらりとやってきたりもしたな。その頃にはもう俺達が知っている者はいなかった。戦の様子を見学したりもしたよ。この国が弱くなっていく様も見てきた。世の流れだから仕方のないことかと思っていた。元々こちらと縁を切るということが、向こうで暮らす条件だったからな」
右の蛇が説明してくれた。
「ところが、精霊のまとめ役である王の意見がころっと変わってな。しばらくお嬢ちゃん達の遊び相手になってやれとさ。俺達の成長を止めたのもあの人だからな、こっちで関わっても罰は受けないってわけだ」
左の蛇が続いた。子供達もゆりも、ジャッツーがディーンとハザークの親戚だったという事実にびっくりしすぎて、ぽかんとしたままだった。
「よくわからないけど、叔父貴、このハザークは姉さん、ディラネイラの子供だよ」
ディーンがハザークを紹介した。
「ああ、噂は聞いてる。ディラネイラ、懐かしいな。かわいい子だった。お前は、やんちゃ坊主だったが」
「それで、お前も一緒に長生きしていたのか？」
ジャッツーがディーンに聞いた。今度はディーンが身の上話をし、「全くバカなヤツめ」とディーンが説教されることになってしまった。
「今は心を入れ替えているからさ、ところで、どうしてハザークだけこんなに長生きしているのか、叔父貴にはわかるかな？」
「それについては俺なりの見解があるが……嬢ちゃん達、座りなさい」
「あ、はい」
子供達とゆりは、長椅子に座って話を聞くことにした。
「昔の蛇達の中には結構な魔力を持った者が多かった。中には未来予知をする者もいた。遠い未来、確実に一族は廃れるだろう。そういう予知もされていた。だから遺跡を造った。そして、同時に始祖の血統が続くことを強く願っていた。それは祈りのようでもあり、魔法のようなものでもあった。そこのハザークさんが長生きしているのは、そういう力が働いてるせいかもしれんな」
「始祖達の魔法だっていうのか？」
ディーンが聞いた。
「魔法というか、執念ともいえるが、ところで、お前についても気になることがある」
ジャッツーがディーンを見ている。
「俺？」
「女を寝取って魔法で姿を封じられていたと言ったな。その話も何かひっかかる。女を取ったくらいでそんなに長い間罰を受けるかな。しかもこの魔法にはかなりの魔力が使われたはず。もしかしたら、裏で取り引きがされていたのかもしれんな。遠い未来に始祖の血を残すために、お前が選ばれて魔法をかけられたんじゃないか？」
「はあ！？」
ディーンにとっては、今日最大の驚きであった。
「まさか、そんな……」
ディーンはよろめいている。
「もしくは、このハザークさんが長生きすることも予知されていて、その親戚になるお前が選ばれたとか。赤の他人よりも親戚の方が、ハザークさんも気が紛れるだろうしな。とりあえず、ディラスデュップラスアミドスの血だけは残ったというわけだ」
「……叔父貴、さらっと始祖の名前を言ったね」
ディーンが言った。シスとラギの二人はかなり緊張した面持ちで聞いている。
「もう死んでるんだからいいだろ」
「俺が言った時は、本人が怒って出て来たよ」
「ふーん、出てくるかな？」
一同は緊張していたが、だれも出て来なかった。
「叔父貴、もしかして他の始祖の名前も知ってる？」
「三人は覚えてる。後は忘れた。似たような名前が多くてな」
「アヴィールの遺跡に入るには、始祖十人の名前がいるんだよ。それが全然わからないんだ。導き手っていう蛇の霊が助言を残していってるらしいんだけど。俺も昔聞いたけど覚えてなくて」
「今までわからなかったんなら、あえてわからないようにしたのかな。いや、違うな。遺跡の目的が一族の衰退を食い止めることだったならば、一族の力が高い時代に遺跡が暴かれるのはまずかったはず。導き手も後世に残してくれ、という言い方をして回っていたんじゃないか？ 導き手自身、いつまで出てこられるかわからなかっただろうしな。それなのに何も伝わっていないということは、はて、どういうことだろう？」
ジャッツーも首をかしげていた。
「導き手の言葉が古すぎて、皆理解できなかったんじゃないか？」
とディーン。
「昔ならば解読できた者もいたはずだろうがなあ。今まで遺跡が荒らされなかったのが逆にすごいな。始祖連中はさすがに残りの名前を知ってるんじゃないか？ 出て来たのなら聞けばよかったのに」
「そういう雰囲気じゃなかったんだよ。すぐ消えちゃったし」
「そうか」
ミシェイラとレーヌは、話が難しかったのか座ったまま寝ていた。ゆりとシス、ラギ、ナナミは二人の話を緊張した様子で聞いている。ハザークは、「我の親戚……」とまだそこに驚いたままだった。
「あ、二人はそろそろ訓練とかあるんじゃないの？」
ゆりがシスとナナミに聞いた。
「だけど、話が気になりすぎて」
「一族の運命についてだもんね」
「ラギが後で教えてくれるから大丈夫よ」
ゆりは自分が、とは言わなかった。
「そうだ、カーライルとムサカさんも呼ぼう。ハインリヒも呼んでくれる？」
ディーンがシスに頼んだ。
「わかりました」
シスが三人に思念を回した。
「すごい展開になってきてびっくり。ハザーク様、親戚が増えてよかったね」
ナナミがハザークに言った。
「あ。ああ……」
「ところで先生、精霊の世界の事って、みんなに話していいんですか？」
ゆりがジャッツーに聞いた。
「いいんじゃないか？ そこを説明しないと、俺がどうしてここに来たか説明がつかないし」
右の蛇が言った。
「でも、精霊さんって、今まで人間達とは関わってなかったんでしょう？」
「あなたが人間じゃなかったら関わらなかっただろうけど、この国に肩入れしてもいいとの確約も取ったからな。俺の知識を全部しゃべっても、怒られやしないのさ」
「じゃああの女神様のことを言ってもいいんですか？」
「いいんじゃないかな。話すななんて一言も言われてないし。第一隠す気ならうれしげにここに連れてこないだろう」
「はあ」
「まあいいさ」
「あのーゆりちゃんは一体何をしたんだ？」
そこを知らなかったディーンがゆりに聞いた。
「どうせならみんなが集まってから話しますね」
ハザークの侍女がお茶とお菓子を用意してくれた。ミシェイラとレーヌは、寝室に移されている。
「しかし、こんな未来の時代でまさか叔父貴に会うとは……ばあちゃんもびっくり。もしかしてばあちゃんもグルだったのか？ もう何もかもわからん」
ディーンは頭をかいている。
「我もびっくりだ。ディーンにも驚いたが、まだ現われるとは……原因は王妃なのか？」
ハザークがゆりを見た。
（私のスケベ心が原因……とはみんなに言えないな）
ゆりは笑ってごまかしていた。
ラギは部屋に残り、シスとナナミは部屋を出て行った。シスはラクシュミに報告に行った。
「え？ 彼はハザークの親戚なのか！？」
ラクシュミも驚き過ぎて立ち上がっていた。
「すごい展開ですよね。ハザーク様なんて、びっくりしすぎて固まってましたよ」
「彼はこの国で産まれた蛇様なのか。確かにすごい展開だな」
「楽しいですね。僕ワクワクしてますよ。後で一緒にラギから話を聞きましょう」
「そうだな。私もワクワクしてる」
（しかしゆりはどんどんすごくなるな。この国、神の国、次は精霊の国まで変えたとは……いやはや……すごい妻を持ったもんだ）
ラクシュミはゆりにも感心していたのだった。
ハザークの部屋に、ムサカ、ハインリヒ、そしてカールに入ったカーライルがやってきた。三人共双頭の蛇にまず驚いている。
「なんて立派な双頭の蛇だ。そういえば、昔、お前の親戚に双頭の蛇がいたな。覚えているか？」
カーライルがディーンに聞いた。
「本人だ」
ディーンが言った。
「え？ まさか」
「彼は俺の叔父貴だ」
「はあ！？」
ゆりの予想通りカーライルは驚きまくっている。
「人が驚く様子を見るのって面白いね」
ゆりが横にいるラギに言った。
「うん。びっくり耐性があっても、これは驚くよ」
とラギ。
「お前のおじさん？ 今まで一体どこにいたっていうんだ？」
カーライルが聞いた。
「とりあえず、皆さん座りましょう。長い話になりますから」
ゆりが促して、カーライルはディーンの横に座り、ムサカとハインリヒは椅子に座っていた。
「叔父貴はカーライルの事は知ってる？」
ディーンがジャッツーに聞いた。
「会った事があるかもしれんが覚えてないな」
「しゃべった……」
ハインリヒがぼそりと言っていた。
「とりあえず、私からざっと説明しますね」
ゆりはガーベラの体を借りて子供を産んだこと。その子供が精霊の女王様の生まれ変わりで、精霊達に感謝されたことを説明した。ラギとジャッツー以外はぽかーんとして聞いている。
さらにミシェイラとレーヌが精霊の国につれて行ってもらい、ジャッツーを連れて帰ったことを話した。
「ところが彼は、昔精霊の世界に行ったディーンさんのおじさんだったというわけなの」
「…………」
まるで物語のようだったので、皆無表情だった。
「嘘っぽいけど本当なんですよ。それでね、この蛇先生は私達も知らない過去のことをいろいろ知ってるから、三人を呼んだの。始祖様の名前も知ってるって」
「本当ですか？」
ハインリヒが一番に反応した。
「三人だけな。俺の先祖はディラスデュップラスアミドス。『大いなる金蛇』と呼ばれた蛇だ。金と銀の縞模様の蛇は始祖の中でも魔力が高く、名前は『ヤハイヤデュップラスアミドス』それでおそらく導き手と呼ばれる者達の始祖は『アーリャ・ダグーダ』だ」
ハインリヒはメモしたいと思ったが、ラギがちゃんと紙に書いていた。
「二人は最後が同じなんですね」
ムサカが言った。
「俺の推測では、五人は最後が同じじゃないかな。五人というか、五匹というか、ようするに、始祖十匹の中で、人にはならなかった者達には、「デュップラスアミドス」「契約」という言葉が名前に入っている。蛇のままでいても一族のために協力するという、「契約」を名前に刻んだんだ」
「なるほど」
ムサカが納得したように言った。
「始祖十人の内、五匹はアシュランの力で人に変わり、五匹は蛇のまま、人化したりした。アーリャ・ダグーダは、人に変わった蛇だ。子孫は霊になってもがんばってるんだからすごいな」
「えーと、つまり、人間の男に乗りうつって女性を抱いて呪文を教えてる蛇さんは、蛇ではなくて人ってことなんですか？ てっきり蛇様かと思ってましたが」
ハインリヒが聞いた。
「人だが、霊になってからは蛇の要素も強く出ていたのかもな。アーリャダグーダは、自らの魔力を抱いた女の子供に分け与えることができたらしい。生前はかなりの人気者だったらしいぞ。子孫もその能力を受け継いで、死んだ後も、その力は健在だったのかも。すごい話だな。導き手がいつからそういうことをしているかは謎だが、なぜ大昔に解読されなかったのか。それが謎だな。難しい古代語だとしても」
「俺とハザークは昔遺跡の第一層に入ったことがある。他にも入ったことがある者はいたんじゃないか？」
ディーンが言った。
「そうかもしれんな。俺はまだ遺跡にも行ってないからなんともいえないが」
「重要なのはその下だってばあさまが言ってた」
「その下がまだ手つかずなら、逆にすごいな」
ディーンに続いてジャッツーが言った。
「実は、魔法書に始祖様を召喚する魔法陣があったんです」
ハインリヒが言った。
「へえ、本に書いてあるのなら、誰かが召喚したんじゃないか？」
ジャッツーが言った。
「命と引き換えになる覚悟がいるって書いてました」
「そうか。まあ、事を急ぐ必要はないだろう。しばらく戦もないし。そのうち遺跡に行ってみよう」
「お願いします」
ラギは熱心にメモっている。黒目のゆりは途中で引っ込み、蛇の目のゆりになっていた。
「遺跡の謎がちょっと進んだね」
蛇の目のゆりがラギに言った。
「うん。すごいよね」
「私は、不思議な蛇の霊にあった。遺跡にあるのは、始祖達を召喚する魔法じゃないのか？ 彼がそのようなことを言っていたんだ」
カーライルが聞いた。
「さー俺もそこまでは知らん。俺の予想では、魔力を一時だけ著しく上げる道具とかそういうものがあるのかと思っていたが。もしくは魔力の玉」
「私が飲み込んだあれか」
「これだけ厳重に隠すくらいだからそれくらいじゃないかなと」
「ところで、こちらはなぜ王様よりも魔力が強いのかな？」
ジャッツーがムサカを見て聞いた。ハインリヒがムサカのことを説明した。ミシェイラとレーヌが起きてきて、話はおしまいになった。
ゆりはムサカに部屋まで送ってもらった。
「ムサカさーん、チューしてください」
蛇の目のゆりが言ってみると、ムサカはゆりを抱きしめてキスしてくれた。
「気をあげましょうか」
「うれしいです」
二人は長椅子に並んで手をつないだ。
「あんなに立派な双頭の蛇がいるとは、驚きましたよ。しかも話しているんですから」
「話す蛇はいないですもんね。私も二つ頭がある蛇を見たのは、ハインリヒの蛇紋くらいですが」
「ああ、ハインリヒの蛇紋はそうですね、……横の部屋に行きましょうか」
ムサカが顔を寄せて言った。
「え？」
「もっとひっついて気をあげたいです」
（ムー様って柔軟！）
蛇の目のゆりは喜んでついていき、別室でいちゃいちゃしまくった。
（気をもらいながら抱かれるの最高に好き！）
「もしかして王様に何か言われました？ 適当にかまってやれとか」
「私がこうしたいんです。王妃様の中は、本当に気持ちいいですから」
実際今のゆりは一族が興奮する匂いを発しているし、体も柔らかくて気持ちいいので、ムサカが興奮するのに困ることはなかった。しばらくなかった性欲が今になってどっときているのかもしれない。
「ムー様」
「王妃様はほんとにかわいいですね」
黒目のゆりが目覚めた時には、昼か夜か分からず、横にムサカがいたのでびっくりしていた。
「そろそろ向こうに戻りましょうか」
「はい」
ムサカはゆりが服を着るのを手伝ってくれたので、こちらのゆりも、（昔の王様に比べると、ムサカさんってかなり柔軟な人なんだな）と思っていた。
「今の王妃様を見たらハインリヒが妬きますね。私の気でぴかぴかしてるから」
「え、ムサカさんったら」
「今になってディラン達の気持ちがよくわかりますよ。本当に」
「ムー様……」
こっちのゆりもつい「ムー様」呼びをしていた。
双頭の蛇ジャッツーは、今はミシェイラの部屋にいた。ミカエルとフリットはミシェイラの部屋にやってきてジャッツーに挨拶している。
二人はその前にゆりの部屋に行き、別室の方にいる気配を感じていた。相手の男もわかっている。
「ミーどしたん？」
ミシェイラがちょっと悲しげなミカエルを見上げて聞いた。
「なんでもないですよ」
「なでなでしてあげる」
「そうですか？ うれしいです」
ミカエルが頭を下げて、ミシェイラがミカエルの頭をなでなでした。
フリットはそんな二人を見て苦笑している。
「なやみがあったらね、先生にきいたらいいよ」
レーヌが言った。
「そうですね。先生、魅力的になるにはどうしたらいいですかね？」
ミカエルは双頭の蛇につい聞いていたのだった。
つづく
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