第34話
神の国である。ハロルド神殿の近くに広がっている草原にて、戦える妖精達は剣や斧、弓矢の武器で戦いの練習をしている。この場にはライオネルも時々やってきて妖精の相手をしてくれていた。妖精の中にはイシュタールもいるし、火の妖精バロイとプータローもいる。バロイは力がありでかい斧も扱えそうだが、プータローの方は力はさほどではなく、弓矢の稽古中だった。ハロルドは離れた所にジェラルドがいるのに気がついて、近づいて行った。
「よおジェラルド、いつもすまないな」
武器はすべてジェラルド工房で作られている。ハロルドはジェラルドにお礼を言っていた。
「いえいえ、ところで、ヴォルフ君はいないんですか？」
妖精の中にヴォルフはいなかった。
「あいつはここに来たことがないぞ」
とハロルド。
「そうなんですか？ 今日も武器を持って行かれたので、ここかなと思ったんですが。彼が戦う所を見たくてきたんです。ここじゃないのか」
「ヴォルフが武器を持っていった？ なんの武器だ？」
「ハルバードと剣ですよ」
「ハルバード？ ライオネルの武器じゃないのか？」
「いえ、ライオネル様は斧です」
「そうなのか。そんなの持ってどこに行ったんだ？ 外れか？ 今日はやつらが来てる様子はないはずだがな」
「いないのならしょうがないですね。せっかくだから少し見学していきます」
ジェラルドは妖精達が武器を振るう様子を見学することにしたようだ。
「ジェイク、ちょっと来い」
ハロルドはジェイクに声をかけ、妖精の相手をしていたジェイクはハロルドに近づいてきた。
「今日ヴォルフを見たか？」
「いいえ、見てませんよ。彼はほとんどお母さんの神殿の方にいるようなので」
「そうだよな」
ヴォルフがハロルド神殿にいたのは初日だけだった。そのほかはハロルド神殿に来たことがない。
「まあいい、後でガーベラの神殿に行ってみよう」
どこかで何かをしていれば噂も届くだろうと、ハロルドはこのときはたいして気にしなかった。
その頃聖地では、ヴォルフ先生によりスペードの稽古二回目が行われていた。神官達は隅っこの方でハラハラしながらスペードを見守っている。神官達に分かるのは、自分達がもしヴォルフの相手をしたら、一発で死ぬ、ということだけだった。ヴォルフはそれほど恐ろしい相手である。スペードも二回目ともなれば何も聞かずにさっさと剣を受け取って相手をしていた。こんなにすごい相手に個人的に稽古をつけてもらえるなんて、スペードにとってはありがたいことなのである。大きな武器相手にどう動きどうかわすのか。剣を主な武器にしているスペードは、接近しなければ敵は倒せないのだ。相手の武器をかわして剣の間合いに入る。ヴォルフ相手にはこれが至難の業であった。この日も二時間ほどやりあってからヴォルフは武器を立てた。
「帰る」
「ありがとうございました」
スペードは剣を返した。ヴォルフは去って行った。神官達が近づいてきて、「今日もすごかったですね」と言った。
「すごいのはヴォルフ様だろう。俺に傷一つつけていないんだからな」
「スペード様がすごいんじゃないんですか？」
「ひやっとすることはあったぞ。だが、彼は、俺を傷つけないようにしている」
それがスペードにはよくわかった。
「そうなんですか。すごいですね」
「すごい戦闘能力ですよね」
（ママっこか。ゆり様の前では、笑ってたりするのかな。全然想像ができないが）
ヴォルフは基本無表情でスペードに接しているので、彼がゆりの前で笑顔でいるという想像が全くできなかった。
そのヴォルフは、ジェラルド工房に武器を返して、またいなくなっている。
人間界蛇の国では、珍客ジャッツーはみんなに敬われていた。彼は知識が豊富で古代語にも詳しいというので、ラギはいろいろ聞きまくっている。ミシェイラよりもラギが喜んでいるくらいである。ジャッツーはハインリヒと一緒に遺跡に行ったりもしていた。試しに始祖三人の名前を遺跡で言ってみた所、遺跡の周りに細い光の柱が3本上がり、ハインリヒは興奮していた。だが、やはり十人の名前を言わなければ中に入れそうにない。
「導き手か……俺達が話してみるのは無理だろうな。水蛇殿の話によれば、遺跡の謎がわかり、王の子供達の誰かが過去に飛んで、遺跡の中にあった魔法か何かを使った。導き手はそれで満足していた。ならもう、導き手は今後現われることはないかもな。満足してあの世に行ったのかもな」
ジャッツーが言った。ややこしい話だが、遺跡の地下が一度暴かれたらそれっきりというのであれば、そういう可能性もあった。
「近いうちに謎がわかるってことですよね。どうやって始祖様達の名前がわかるのか、楽しみだな」
ハインリヒは、自分が生きている内に遺跡の謎が分かりそうなのでうれしそうである。そしてこういう話ができる新たな存在が現われたことにも喜んでいた。
「しかし、もっと簡単なヒントがどこかにあるはずだがな。この魔力が薄い世の中ではないとわからないヒントが」
その鍵は一体どこにあるのか。それはまだ謎である。
城では、フリットに「実は王妃がムサカ様と仲よさげなので、ミカエルが寂しそうにしているんですよ」と聞いたゆりは、ミカエルを部屋に呼んでいた。
「私はミカエルのことも大好きだよ。あの日は、あっちの私がムサカさんと仲良くしてただけだし」
ゆりは長椅子でミカエルにひっついて言っていた。
「別に傷ついてはいないですよ。この世の中、強さこそ正義ですからね。逆にムサカ様が王妃に優しくしてくれる方が私もうれしいです。ただ、私の心は複雑なんですよ。下級戦士達もきっとこういう気持ちなんでしょうね。弱いから仕方ない、みたいな。ところで下級戦士の中でも、王妃に近づきたい者は結構いるんですよ。我らが排除してますがね」
ミカエルの心情も複雑だったが、昔ゆりの死んだふりを見ただけに、ムサカが穏やかで優しい性格なのはありがたいと思っていた。二人があんまり仲良くなりすぎるのも悲しいが、だからといってムサカがゆりにそっけなくされるのは困るのだ。あんな悲しい思いは二度としたくない。それでなくても、クロス出産の時はゆりが死ぬのではないかと皆思ったくらいなのだ。ゆりが元気で明るく過ごしているのならば、多少だれと何をしようがどうでもいいという心境になるのも無理はないだろう。
「え？ そうなの？」
「王妃は人気者ですよ。彼らにとっては憧れの女性なんですよ」
「そうなんだ。照れるな」
ゆりは頭をかいている。
「王妃は相変わらずですね。儀式の後ムサカ様にのめり込んでないんですか？」
「ムサカさんのことは好きだよ。みんなと同じくらい」
ゆりはあっさり言った。
「そりゃちょっとムサカ様がかわいそうですよ。赤ちゃんの父親でもあるんですから」
「向こうの私はもっとムサカさんを特別に想ってるかも。でも私は、ムサカさんのことは好きだけど、みんなとの四十年だって大事だよ。みんなのこと愛してるって言ったでしょ。シスなんて私がすごいって言うけど、ガーベラになれたのは、みんなが私を好きになってくれたからだよ。途中で誰かが私を拒否してたら、ガーベラにはなれてないと思う。だから、私がしたことは、みんなの手柄でもあると思うよ」
「王妃ってば」
「ミカエルも、よくずっと私を好きでいてくれたね」
「死ぬまで好きですよ」
二人は軽く抱きしめ合った。
「ミカエル〜そしてミカミカ！ ミカミカ最近出て来た？」
「出て来てないです。まだ未練があるんですか？」
「あるに決まってるでしょ」
「私の子供を産んでくれたらミカミカもでまくってくれると思いますが」
「みんなの子供を産まなきゃいけなくなるじゃん。却下却下」
「つれないなあ」
などと言っていたらドアがノックされて、侍女が顔を見せた。
「王妃様、妖精のヴォルフ様がいらしてますよ」
「ヴォルフ君？」
ゆりが立ち上がり、ミカエルはずりっと横に滑っていた。侍女の後ろに子供のヴォルフが立っていた。今日は普通に訪ねてくれたようだ。
「よく来たわね。いらっしゃい」
ゆりは笑顔で出迎えて、ミカエルはヴォルフに礼をして去って行った。
「今日はどうしたの？」
「お母さんとお話がしたくて来ちゃった」
「そうなの。こっちでお話しましょう」
ゆりは長椅子の方にヴォルフを引っ張って行った。
「あれからルチアちゃんと海に行った？」
ヴォルフは首を横に振った。
「海はすごく広くて楽しいわよ。絶対行ってみて。この国って内陸部でしょ。海にはなかなかいけなくて、この前神の国で海に行った時、綺麗で感動したの。イルカにつかまって泳いだりしたのよ。イルカっていうのはね、このくらいの生き物で、かわいくてね」
ゆりは海の素晴らしさをヴォルフに聞かせていた。ヴォルフは黙って聞いている。
「海の中がまたすごいの。別世界。見たこともないいろいろな生き物が泳いでいてね、綺麗な魚とか、大きな赤いエビとか、サンゴとか、とにかく陸にはいない生き物がたっくさんいるのよ。おいしい食べ物もたくさんあるの。神の国で食べたホタテがすごくおいしかった。海の神様達はホタテとか貝とかちょっと食べたりしてね、私も宴会でたべることができたのよ。海は夕方も綺麗だし、夜も綺麗よ。夜になるとピカピカ光る生き物がいてね、すごく綺麗なの。もっといろんな神が海に行ったらいいと思うんだけどね。海を眺めるだけでも心が洗われるわ。砂浜には綺麗な貝殻があったりね。一度でもいいから行ってみてね」
「うん」
「なんで子供で産まれたと思う？」
ゆりが聞いた。
「さあ、なんでだろう」
「それはね、たっくさん遊べってことなの。大人で産まれたら一杯遊べないでしょ？」
「ふーん、そうなんだ。ところで、お母さんのこと、みんなが知ってるわけじゃないんだよね？ だれが知ってるの？」
「今はガーベラの恋人達はみんな知ってるわよ。アシュラン様も知ってるし、子供では、アマンザと、クーリーフン、ルチア、サーラくらいかな」
「そうなんだ。僕お母さんと話してたら海が見たくなってきた。ちょっと行ってくる」
「今から行くの？ 気をつけてね。あんまり遠い所に泳いで行っちゃだめよ」
「うん。じゃあね」
ヴォルフは去って行った。
「かわいい子ね。アマンザとは違ったタイプで」
ゆりは微笑んでいた。
ヴォルフは本当に海に飛んでいた。瞬間移動がかなり得意なようである。海岸にはマチルダが座っていて、ヴォルフを見てちょっとだけ微笑んでいた。海にはルチアと海の神々達が数人いるようだ。
「これが海か……」
湖とは違い、海の水はまるで生きているかのようだった。どこまでも広い大海原、キラキラ光る水面、寄せては返す波。
魔物の世界に海はない。川や湖はあるが、陽の光は当たらず、いつも薄暗かった。
魔物はどうやって産まれるのか。自然発生ではなく、母親から産まれる。だが、魔物達は愛情に乏しく、子供がある程度大きくなると、放置する。子供は食べ物も自分で調達しなければならない。そこから育たなければ死ぬだけである。
だが戦ともなれば団結する。意思の疎通もなぜかできている。それは魔物達を統率している存在がいるからだ。
ヴォルフは前世で自分がなぜ戦いに行ったのか、までは覚えていなかった。
魔物の世界は強さこそ正義である。弱い物は淘汰され、強い者しか生き残れない。
欲しい物を奪うには敵を殺すしかない。彼らの悲願はやはり領土奪還であり、アシュランの封印がとけるのを今か今かと待ち望んでいるに違いない。
（僕は多分、光の世界優位のこの状況を覆すことができる唯一の存在に違いない。光の剣さえなくなれば、アシュランは魔物を淘汰することはもうできないのだ。だけど、今はこの世界を壊したくはない）
「あの人は、僕を一番最初に好きになってくれた人だから」
ゆりが一番ならば、ガーベラは二番目にヴォルフを好きになった存在ということになる。
頭をなでなでされた。いつの間にか横にマチルダが立っている。
海にいたルチアがヴォルフに気づいてこちらにやってきた。
ルチアはおいでおいでと手でジェスチャーしている。ヴォルフが動かなかったので、ルチアはヴォルフの手をひっぱって海に連れて行こうとしていた。
「あー僕泳いだことないんだけど」
ルチアはおかまいなしにヴォルフを海に連れて行った。
「キキー」
と何かが鳴くような音が聞こえてきた。海に大きな生き物がいる。
（あれがイルカ？）
足が着かない所まで連れていかれたが、ルチアが怪力でヴォルフを支えていた。
「こんにちは。あなた、はじめて見るわね。妖精よね？ 私は海の女神セスティナよ」
海にいた女神がヴォルフに近づいてきた。海と同じ髪の色の女神である。
「僕、ヴォルフ。綺麗だな」
ヴォルフが海面から顔だけ出していうと、海の女神セスティナは、口を開けていた。
「まあ、なんて素直でかわいい子なんでしょう。いつでもここにいらっしゃい」
ルチアはイルカにヴォルフをつかまらせた。そして手を横に振っている。
「え？」
イルカは海に潜っていき、ヴォルフも一緒に潜っていった。ヴォルフは必死にイルカにひっついていた。目を開けると、澄んだ青い世界が広がっていた。
（海の中、確かに別世界だな）
色とりどりの魚たち、岩にひっついている草のようなものも、地上にあるものとは違う、魚以外の生き物たちもいた。みんな気持ち良さそうにすいすい泳いでいる。でかい亀も泳いでいた。
（確かに綺麗だけど、かなり苦しくなってきた）
ヴォルフはぶくぶく泡を出している。イルカをトントンすると、イルカは海面に向けて上昇し、ヴォルフは海面から顔を上げて息をすうことができた。
「大丈夫？ ルチアったら強引なんだから」
セスティナはヴォルフの心配をしていた。
「うん、大丈夫。ルチアちょっと」
「？」
ヴォルフはイルカにつかまったまま、ルチアの耳元でひそひそつぶやいた。ルチアは右手の親指をぐっと上にあげて、海の中に潜っていった。
「海って綺麗だね」
「気に入った？ 海の妖精じゃないんだからあまり無理しないようにね」
海にしばらくいると、足を動かしてイルカにつかまらなくても海面から顔をだすことができていた。ルチアが海から上がってきた。なんと両手にでかいエビを持っている。ルチアはそのまま砂浜に向かって泳いで行き、砂浜にぽいぽいエビをほっていた。そしてマチルダになにやらジェチャーしている。
「エビをどうするのかしら」
セスティナは不思議そうである。
「食べてみたいんだ。もっていっていいかな。すごく綺麗なお姉さん」
「まっ！」
セスティナは口元に両手をあてている。
「食べるならホタテとかいいわよ」
「僕も採りたい」
「じゃあ息を一杯吸って、イルカにつかまってきてね」
「うん」
イルカが近づいてきて、ヴォルフは思いっきり息を吸い込んでイルカにつかまった。
夕方、ゆりが部屋にいると、侍女が「王妃様、城の前にヴォルフ様がまたいらしてますよ。門まで来てほしいそうです」と言いに来た。
「今度はどうしたんだろう？ そういえば、ヴォルフ君ってこっちの言葉が達者ね」
ゆりが門の前までいってみると、ヴォルフがでかい麻袋を持って立っていた。
「どうしたの？」
「これあげる」
「ん？」
袋からは水が滴っている。ゆりは袋の中を見て驚愕した。袋の中に入っていたのは、でかいエビやらホタテやら、イカやら、見たことのないような魚まで入っていた。みんなわさわさ動いている。
「え？ え！？ とってきてくれたの！？」
「うん。半分以上はルチアがとった」
「なっ……」
ゆりは感動して涙ぐんでいた。まさかこんな贈り物をされるとは思わなかった。
「ありがとう。すごくうれしいよ。ありがとう。ルチアにも喜んでたって伝えてね」
「うん。じゃあね」
「本当にありがとう！」
ヴォルフは消えた。
「信じられない。まさか、まさかこんな贈り物をされる日が来るなんて……シスを呼んでくれる？」
「はい」
門番がシスに思念を送り、シスに袋を厨房までもっていってもらった。そこでゆりは袋の中の物を広げて見た。
「でかいエビが六匹もいる。すごい！」
「すごいね。母様よかったね」
とシス。
「うん。感動だわ……」
厨房では料理人がいたのだが、食材を珍しげにながめていた。ホタテが10個、イカもいた。魚はいろいろな種類のが十匹もいる。
「今日はバーベキューだ！ でかいエビとホタテは生で食べよう。そうだ。ロイが世話になってるし、アヤコさんにもおすそわけしよう。シス頼める？」
「うん、僕行ってくるよ」
ゆりは適当にわけたものを袋に入れてシスに渡した。ゆりは子供達を呼んで、生きている海の生き物を見せた。でかいエビはわさわさ足を動かしている。
「すごいいっぱいだね」
とラギ。
「あ、イカの赤ちゃんがいる」
ナナミが言った。
「これが普通のイカの大きさなのよ。これがホタテ。中においしい貝柱が入ってるの。この魚はよくわからないけど、こっちの貝はなんだろう。ちょっとあけてみてくれる？」
「はい」
料理人に手の平くらいの貝を開けてもらった。
「あ！」
中には真珠の玉が入っていた。
「みて、真珠よ。こんな風に貝に入ってるの。面白いよね」
「へー」
「なんでだろう？」
女の子達は不思議そうに貝を見ていた。
「お母さんエビを食べて大丈夫？」
ラギが聞いた。
「大丈夫じゃなくても食べたい。多分大丈夫大丈夫」
ゆりはでかいエビを一匹もって包丁で頭を落として殻をはいでみた。
「マーすごーい」
レーヌが横で眺めている。中にはおいしそうなエビの身が入っていた。
ゆりは生のエビを食べてみた。
「うまい！ うまい！ 感動だわ！」
「この魚たちはどうしますか？」
料理人が聞いた。
「特別ボーナスだすから、イカとこの魚たち、何個か唐揚げにしてくれる？ あと残りの魚は焼こうかな」
「わかりました」
その夜、城の中は香ばしい匂いが漂っていた。でかいエビとホタテをもらったアヤコはかなり喜んだようだ。
子供達は魚の唐揚げを食べていた。ゆりは海のエビではじんましんはでなかったので、大喜びで食べまくっていた。
ハインリヒとムサカも呼ばれて食堂にやってきている。
「お酒にあいますね」
「おいしいですよ」
二人は酒を飲みながら魚やイカの唐揚げを食べていた。シスとラギは生のホタテを食べてみている。
「うん、おいしいよね」
「プリプリしてるね」
「王はいらっしゃらないんですか？」
ムサカがゆりに聞いた。
「王様はあまり変わった物は食べないんです。お腹を壊したら大変だからって。ハザーク様にはおすそわけしましたよ」
「パパにイカを見せてあげたの。はじめてみたって言ってた」
ミシェイラが言った。
「ハザーク様はでかいイカは見てなかったみたいだからね。それにしても、ガーベラの子供達はみんな優しくて良い子だなあ……」
ゆりは感動しながら食べていたので、時々涙目になっていた。
神の国では、ゆりに会った後、ヴォルフはガーベラの神殿に戻っていた。ガーベラは「海の匂いがするわね。海に行った？」とヴォルフに聞いた。
「うん」
「今日は海にルチアはいた？」
「うん。一緒にいた」
「さっきハロルドが来てたわよ。あなたに会いたがっていたわよ」
「僕は別に会いたくない」
「そうなの？」
突然ルチアがガーベラの神殿に入ってきて、ヴォルフを見つけると、ヴォルフの手をつかんで強引にひっぱって行った。
「あらあら、仲良くなったのね」
ガーベラは微笑ましく見送っていた。
ヴォルフはルチアに神殿の外に引っ張られて馬に乗るように指示された。
「？？？」
二人が馬に乗ると馬は走って行き、やがて火の神殿についた。
「ここで何をするの？」
ルチアはいいから来いとばかりにヴォルフをひっぱって、神殿の中にある風呂に連れて行った。そこにはすでにマチルダがいた。ルチアはヴォルフがいようがかまわずに服を脱ぎ、マチルダに頭を洗ってもらって風呂に入っていた。ヴォルフがぼんやり立っていると、ルチアはヴォルフに服を脱ぐようにジェスチャーしている。
「……まあいいか」
ヴォルフも服を脱いでマチルダに髪を洗ってもらった。マチルダは二人の髪を洗うと風呂から出て行った。ヴォルフも風呂に入ってみた。
「お湯に入ったのは初めてだ。そうだ、あっちのお母さん、喜んでたよ」
ヴォルフが言うと、ルチアはうれしそうににっと笑っていた。
「これって遊んでるってことになるのかな？」
ルチアはうなずいている。
「そうか。遊んでるんだ。……ぷっ」
ヴォルフはなんだかおかしくなって笑っていた。
火の神殿の他の部屋では、「ルーちゃんがヴォルフを連れてきて一緒に風呂に入ってる」とルティアナから聞いたサラディンは、「すっかり風呂屋みたいになってるな」と膝に真っ赤な鳥を乗せて言っていたのだった。
つづく
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