第37話
神の国である。音楽の神ラメーンの神殿にて、ラメーンに獣姿のライオネル、ライオネルをクッションがわりにしている愛の妖精シャリィがいたが、ラメーンの前にもう一人いた。ラメーンの神殿には楽器を演奏するために絨毯が敷かれていて床に座ることができるのだが、ちょこんと座っているのは、子供である。ラメーン達にとってはこの前産まれたばかりの、まだ歩けもしない子供だった。ラッパ吹きの神、ヴァルである。ヴァルはハロルドとゆりガーベラの間にできた子供である。くりっとした金髪、青い瞳、とてもかわいい子供で、将来はどんな美男子になるのか、ガーベラはとても楽しみにしている。ヴァルは将来的には剣を持って戦う神ではない。だが、アシュランによれば、ハロルドにとっては助けになる神とのことだった。産まれた時から小さいラッパを持っていて、そのラッパは、戦の開戦ラッパになるとのことである。実はラメーンもそのラッパがとても気になっていた。吹いてみたいと密かに思っていた。今日はヴァルが自分からここにやってきたのである。もちろん自分で歩いて来たわけではない。風の妖精が連れてきたのである。
ヴァルはちょこんと頭を下げていた。
シャリィは「かわいい！」とでも言いたげにヴァルを眺めている。
「えーと、どうしたのかな？ 何か私に言いたいことでも？」
ラメーンは金色のラッパを気にしながら聞いた。ヴァルはコクコクうなずいている。ヴァルはラッパを少し上に上げていた。
「もしかして、ラッパの吹き方を教えてほしいとか？」
ヴァルはうなずいている。
「ヴァル、それは君の神器だ。心配しなくても、君が大きくなれば、立派に吹けるようになるよ」
ラメーンは安心させるように言った。ヴァルは首を横に振っている。
「今吹きたいというのかね？ それは無茶だろう。君はまだ歩けもしない子供なんだよ」
ちなみにラメーン自身は、産まれた時から大人だった。産まれた時から音を奏でる才能があり、衝動にかられたように楽器を作りまくった。笛やハープ、リュート、オカリナ、鉄を使う楽器はジェラルドの手を借りたが、神の国で名品として扱われる楽器は、ほぼラメーンが作っている。音楽は、心の栄養である。この世に音楽がなかったならば、寂しい世の中になっていただろう。
ヴァルはラッパを下に置いて、絨毯の上に手をつき、立ち上がろうとしていた。
「お」
ライオネルが声をあげて、シャリィも目を見開いている。ヴァルはなんとか立ち上がり、フラフラ体をゆらしつつ、一歩前に足を出していた。
シャリィが手をたたいていた。
ラメーンはヴァルが転びやしないかと、はらはらしながら中腰になっている。ヴァルはゆっくりと歩いてラメーンの元まで来て、ラメーンがヴァルの体を支えた。
「ヴァル、やったな」
ライオネルが喜んでいた。シャリィはうなずきながら拍手している。ヴァルはどうだ、と言わんばかりに満足げな顔でラメーンを見上げている。
「いや、歩ければいいってものではないんだが……私が君に教えようにも教えようがない」
というと、ヴァルは口をへの字に曲げていた。
「なあ、ラメーン、ちょっとそのラッパ吹いてみてくれよ」
ライオネルが頼んだ。
「その神器が本当はどんな音色なのか、聞いてみたい」
シャリィもうなずいている。
「私も実は吹いてみたいが……吹いてもいいか？」
ヴァルはラメーンの横にちょこんと座り、うなずいていた。
「なら遠慮なく」
ラメーンはどきどきしながらラッパを取りに行き、元の場所に座った。ライオネルもシャリィもわくわく顔である。ラメーンはラッパの口元を布で拭いてから、口に当てた。
雲の上の神殿である。
ハロルドはアシュランと二人きりの時に、アシュランにヴォルフのことを話していた。ねぼすけと右目を取り替えた話をすると、アシュランも驚いていた。
「知らなかった。どうやって取り替えたんだ？ リアンは大丈夫なのか？」
「大丈夫だってクーリーフンが言ってた。あいつ、普通に帰って行ったらしいぞ」
「そうなのか？ ならいいが……どうしてそんなことをしたんだろう？」
「さあ。昼間どこで何をしてるやらさっぱりわからん。私のことを嫌ってるし、産まれた時に喜ばなかったからだとガーベラに言われた」
「喜ばなかったのか？」
「狼の頭だったんで戸惑ってしまった。ヴォルフはあっちのガーベラに気がついて会いに行ったんだと。しかも土産を持って行ったりしているんだ。その上大人になった姿を見せてくれたと言ってた。私にはちっとも見せてくれないのに」
「へー大人になった姿」
「ガーベラによれば、金色の狼だそうだ」
「金色？ 銀色ではなくて金色なのか」
「ああ、産まれた時は銀色の頭だったけどな。あいつ、時々武器を持っていったりしているんだが、どこで使ってるやらわからん。神の国ではないのかな」
さっぱり噂が入ってこないので、ヴォルフが神の国で武器を使っているわけではないだろう。
アシュランはあごをなでている。アシュランもヴォルフのことは気にはしていた。だが、悪さをしているわけではないのなら、あまり干渉するわけにもいかない。
「ヴォルフはガーベラのことは慕っているんだな？」
「ああ、それは間違いないようだ」
「ならほっとくか。だが目を取り替えたってのが気になるな。ちょっとリアンに聞いてみるか」
アシュランも、ヴォルフの力の全容は把握しきれていなかった。
一方ラメーンの神殿である。
ラメーンは開戦ラッパを吹いてみた。戦いの開始の合図、戦士達を奮い立たせるような、そんなイメージでラッパを吹いた。
いつも「ぶー」とか「ぶおー」という音ばかりが鳴っていたので、ライオネルもシャリィも「おおー」という顔付きでラッパを聞いている。ラッパはかなりの音量で、確かに広い戦場に響かせることもできそうだった。
ラッパの先に金色の渦ができて、それが形になり、下にぽとっと落ちてきた。
「ん？」
それは金色の鳥である。ラメーンはラッパから口を離してその鳥を見た。皆の視線が鳥に集中している。金色の鳥は五十センチほどの大きさで、全身金色に輝き、金色のトサカがあった。鳥はきょろきょろと周りを見て、ライオネルを見つけると、すたすた歩いて行き、ライオネルの体に乗っていた。
「おお？」
「ライオネル、何か感じるか？」
ラメーンが聞いた。
「おお、なんか、良い気持ちだ。力がみなぎってくるような気がしないでもないぞ」
「曖昧だな」
「だが、良い気分だぞ」
ヴァルはパチパチ手をたたいていた。
「結構いい音だったな。ラッパを吹くと鳥が現われるのかな？」
とライオネル。鳥はしばらくライオネルの上に乗っていたが、消えてしまった。シャリィが捕まえようとしたが、無理だった。
ラメーンはラッパを眺めている。
「もしかしたら、ヴァルが大きくなると、このラッパも大きくなるのかもしれないな」
「神器も成長するってことか？」
ライオネルが聞いた。
「もしかしたらだがな。ラッパにしては小さいからな。これが真価を発揮するのは、やはりヴァルが大きくなってからってことだな」
「大きなラッパになったらどうなるんだろうな。鳥が一杯でてくるのかな？」
「かもな。今焦っても仕方がないということだ。ヴァル」
ヴァルはまた口をへの字にしていた。
（何かを察しているのかもな）
そんなヴァルを見てライオネルは思ったのだった。
聖地である。冷たい雨が降りしきる夕方、アシュラン神殿に訪問者がいた。クーガが客間に行くと、金髪の男が座って待っていた。
「大神」
「よお、ちょっと用があって、ついでにクーガの顔を見に来た」
アシュランは人の姿をしていた。テーブルの上には酒の瓶が二本置いてあった。
「土産だ」
「これはありがとうございます」
「これからリアンに会いに行くんだが、最近やつに会ったか？」
「会いましたよ」
クーガはアシュランの向かい側に座った。
「どこか変わってる所はなかったか？」
「目のことですか？ その話なら知ってますよ」
「そうなのか？ なんて言ってた？」
「ヴォルフ様が、リアンさんが見ている物が見たくて、片目を取り替えたんです。リアンさんはどうやって取り替えたのかは怖くて聞けないって言ってましたよ」
「リアンが見ている物？」
「ヴォルフ様は自分が産まれた時にガーベラの中にあの王妃様がいたことに気がついていたみたいで、リアンさんに彼女がいる場所を聞いて、会いに行ったんですよ。リアンさんは、ヴォルフ様が王妃様に何かしたらどうしようとヒヤヒヤしていたみたいですが、二人は和気藹々と過ごしたようですよ。ヴォルフ様は、どちらのガーベラ様のことも慕っているみたいです」
「私は全然知らなかった」
「最近、ヴォルフ様はスペードさんに稽古をつけてあげてるみたいですよ」
「はあ？」
「それで、スペードさんにゆり様のことを教えてくれ、と言われたんですが、面倒なのでリアンさんに丸投げしました。スペードさんも王妃様がガーベラになっていたことを知ってしまったかもしれないですね」
「ちょっと意味がわからないんだが、ヴォルフがなぜスペードに稽古を？ ヴォルフは子供なのにそんなに強いのか？」
「稽古の時は大人になっているみたいですよ。ねぼすけさんの目で、王妃様がスペードさんを好きなのを知って、稽古をつけてあげてるみたいですよ」
「はあ……」
「ヴォルフ様は、ゆり様のことをかなり慕ってるみたいですよ。金色の狼はどうかと言ったのも彼女ですし」
「そうなのか」
「彼女の底抜けの明るさに、ヴォルフ様も癒やされるんでしょう。あまり口出しはしないであげてください」
「私はただ、リアンに目のことを聞こうとしただけだ。ヴォルフを怒ったりする気はない。神の国で悪さをしたわけでもないからな」
「そうですか」
アシュランはクーガと別れた。
（そういうことならスペードに会いに行ってみるか）
アシュランは次にハロルドの神殿に行き、個室にスペードを呼んだのだった。
「大神、珍しいですね。どうかなさったんですか？」
アシュランが直接ここに来ることは珍しいので、スペードは驚いていた。
「今クーガに会ってきたんだが、最近ヴォルフがお前に稽古をつけてるって聞いた。本当なのか？」
「本当ですよ」
何事かが起きたわけではないようなので、スペードはちょっとほっとしていた。アシュランに促されて椅子に座っている。
「あいつ、どうだった？ 強かったか？」
「半端なく強いですよ。ハルバードを軽々と操るんですから。彼は魔物との戦いで私が死なないように、稽古をつけてくれてるみたいです。ねぼすけもハルバードを使うことがありますが、段違いの速さです」
「へーヴォルフは大人になったり子供になったりできるんだな」
「ゆり様のことを相当慕ってるみたいですよ」
「王妃のことをリアンから聞いたのか？ ガーベラになってたことも聞いたか？」
「はい」
「彼女はスペードには格別な想いがあるみたいだから、あまり気にしないようにしてやってくれ。彼女のような人間は、二度と現われることはないだろう。彼女が死ぬ時が、本当に怖いくらいだ」
「私は、直接彼女に会う機会は全然ないですが……クーガ様はどこかで彼女としょっちゅう会ってるんですよね。うらやましいです」
「あれはまあ、千歳の誕生日プレゼントだったからな」
「私、実は妖精になって今年でちょうど五百年なんです」
「そうか、もうそんなになるか」
「はい」
「…………」
「…………」
スペードはちょっと微笑んでアシュランを見つめている。
「わかったわかった。何か望みがあるなら言ってみろ」
「ありがとうございます」
スペードは深く頭を下げた。
12の月15日、ゆりは昼間はハザークの部屋で、ハザークとディーンと一緒にジャッツーの話を聞いていた。ジャッツーは頭が二つあり、どちらにも意思があるようだ。体は一つなので、二人が別の方向に行きたい時はどうするのだろうと、そこが気になる蛇である。
そこにフリットがやってきた。
「王妃、神官のマリカさんが王妃に会いたいとやってきましたよ」
「え？ マリカ？ ほんと？」
「以前城にいた女性ですよね。聖地の神官だったんですね」
「そうよ。会いに来てくれるなんてうれしいなあ」
ゆりはフリットに部屋に移動させてもらった。そして部屋にいた神官に会った。
「？」
ゆりは頭に大きな「？」を浮かべている。そこにいたのはマリカではなかった。
「こんにちは、王妃様」
そこにいた者はゆりに挨拶し、「では私はこれで」とフリットは去って行った。侍女もお茶とお菓子の用意をして去って行った。犬のジロウは今日は子供達と外に出ている。
「私、とうとう頭がいかれたかもしれない。スペード様が見える」
そこにいたのは女性でもなく、スペードである。スペードは緑系の上着にズボン姿だった。聖地で会ったときの服装である。
「スペードです」
「ええ！？」
「大神に誕生日の祝いとしてあなたに会わせてもらいました」
「えええー！？ 本人？ 本人ですか！？」
「本人ですよ」
「えー！ えー！？」
ゆりはスペードに近づいてちょんちょんと触ってみたりもした。
「触れる。夢じゃない！」
「夢じゃないですよ」
「夢じゃないんだー」
現実にまたスペードに会えたのがうれしくて、ゆりはつい泣いていた。
「座りましょう」
「はい」
ゆりはこの際なのでスペードの横に座っていた。
「あのーみんなにはマリカに見えてるんですか？」
「そうみたいですよ。俺が直接ここに来るのはまずいでしょうし。これをあなたにあげます」
スペードは一枚のカードをゆりに渡した。カードにいたのはスペードの騎士である。
「え、これ……」
「スペードの騎士は引退して、今はねぼすけがスペードの騎士の後を継いでます」
「え？」
「百人目の持ち主が女でも、もう大丈夫ですよ」
「でもいいんですか？ スペード様は活躍したいかも」
ゆりはカードを手に取り言っていた。
「大丈夫ですよ。スペードの騎士も、あなたの側にずっといられてうれしいと思いますよ。これほど好きになってくれた女性はあなただけだと思いますし」
「永遠に私だけのスペード様でいいんですか？」
「はい」
「うれしいです」
ゆりはカードの百人目の女性がスペードを好きになるのではないかとひやひやしていたのでうれしそうだった。
（あれだけすごい恋人達がいてそれでも俺が好きだって言うんだからわけがわからんが……まあいいか。ハロルド様もああおっしゃっていたし、話をするくらいいいよな）
「そうだ。バートランドが、あなたがすごく歌が上手だってほめてましたよ。俺もあなたの歌が聴きたいな」
「え」
「神様が恋人にいるすごい王妃様だって言ってましたよ」
「え……はは、あははは」
ゆりは笑ってごまかそうとしていた。
「俺にも歌ってくださいよ」
「いや、その歌は……」
ゆりはガーベラになっていることがばれてるとは知らなかったので、かなり困っていた。
「実は、あの時のあれは私ではないんです。ラメーン様の神の力です」
「ラメーン様？」
「あの場にラメーン様がいらしてくださってまして、その御力で私の歌もすごくなったんです」
「ラメーン様も恋人なんですか？」
「違いますよ。あ、そうだ。まだ予定なんですけど、来年の赤い月の間、うちのラギとロイが聖地に滞在する予定なんです。バートランドさんもお国に帰るので、ロイも聖地に行かそうかと思って。私は行けないんですけど、大人一人子供三人の予定です」
ゆりはさっさと話題を変えた。
「そうなんですか。シス君はこないんですか？」
「シスは長男だから10日もあけられないって自分で言ってるんです。ロイはスペード様に会いに行くかもしれません」
「もちろんいいですよ」
「ホテルの予約っていつからしたらいいですかね」
「赤い月の間は空いてるとは思いますが、観光客もそうはいないですし」
「じゃあ来年になってからでいいですね」
「そうですね。ところで、バートランドは今もこの国にいるんですよね？」
「今はロイと一緒に虎の国にいますよ」
「虎ですか」
「虎で鍛えてもらってるみたいですよ。うちは虎の国ともわりと仲がよいので」
「そうなんですか」
「あのー手を握ってもいいですか？」
「はい」
スペードが手を出したので、ゆりはうれしげに手を重ねていた。
いろいろ話をしている間にあっという間に三時間ほど経過し、「そろそろかな」とスペードが言い出した。
スペードの胸にある金色のバッジがピカピカしている。
「ではまた、ゆり様」
「今日はとってもうれしかったです」
二人は立ち上がり、スペードの姿は消えてしまった。
「うれしかった……」
ゆりはしばらくうれしさの余韻に浸っていた。
（スペードの騎士様はねぼすけ君が受け継いでるのかあ。髪がぼさぼさのまま？ それともオールバック？ カードにはエリザベスちゃんもいたりして）
ゆりは新カードの想像をしながらも、しばらくにやにやしていたのだった。
つづく
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