第38話
十二の月十五日、その夜は、クーガに会う日だったが、ガーベラ姿のゆりの左目がまた変わっていた。
「何かあったんですか？」
クーガが聞いた。
「また変わってます？ 今回は前回とは違うんですよ。彼女にとってもいいことがあったんで、今夜はその余韻に浸りたいみたいです。あんまり気にしないでください」
ガーベラ姿の蛇の目のゆりが言った。
「気になりますよ」
「スペードさんが、カードの騎士をねぼすけさんと交代したんですって。それでスペードの騎士のカードをくれたんです。もう百人目になった女性がスペード騎士に憧れることはなくなったんで、彼女は大喜びしてますよ」
「はあ」
「スペードさんがアシュラン様に頼んだんでしょうね。彼女は純なとこがあるんで、スペードさんと手をつなぐだけで喜んでるんですよね。私からみればもどかしいですが。彼女クーガ様のことも好きですからって言ってましたよ」
「……人の巡り合わせって面白いですね。あなた方がもっと早くスペード会っていたらどうなっていたんだろう」
「最初に来たのが蛇の国ではなく聖地だったらスペードさんと会えたかもしれないですけど、すでに妖精ですからねえ。それこそスペードさんが人間で若い時代に知り合えていたら、ひっついて子だくさんコースもあったかもしれないですが、その場合蛇の国は滅亡してるかもしれないです。神の国もいろいろ変わってたんですかね。いや逆に変わらずだったのかな。ハロルド様はガーベラとくっついてないかもしれないし、あんなに子供がたくさんできていなかったかも。第一私は産まれてないですね。クーガ様自身はどうですか？ 千歳の誕生日のお願い、もし私達に会っていなかったら、人間になりたいと言ったと思います？」
「どうでしょう。言ったかもしれないですね。神官としての自分を捨てて、人間の身で生まれ故郷にもう一度行ってみたかった」
「クーガ様の生まれ故郷って、麒麟ですか？」
クーガは目を見開いていた。
「前に、麒麟の長老さんの話をしたときに過剰に反応していたから、もしかしたらそうかなって思いました。彼女は気がついてなかったですけどね」
「そうです。聖地に麒麟はいないんですよ。私が産まれてから、ヒルデリア様は麒麟を嫌うようになってしまって……」
「そうだったんですか」
「でも誤解しないでください。私はヒルデリア様のことが嫌いではないんです。あの方は、以前私がものすごく落ち込んでいる時に、助けようとしてくださったことがあったんですよ。大神が、すぐに私をただの人間にしていればよかったのに、そうはしなかった。悪いのは大神なんです」
「アシュラン様も悪いですけど、アシュラン様にもいろいろきっと悩みがあって、クーガ様はアシュラン様にとっては今は癒やしの存在なんですよ。アシュラン様を見ていると、最高神をやるのも大変そうだなって思いますから」
「わかってます。最近では、ちょっとは話を聞いてあげてます。以前は、会話もそう続かなかったですから」
「そうなんですか」
ゆりは笑っている。
「麒麟の話、彼女には内緒にしておいてくださいね。私のために何かしでかしかねないですから」
「そうですね。ヒルデリア様に直談判とかしかねないですからね」
「絶対だめですよ。あなた方と会えなくなったらそれこそ悲しいです。私の楽しみなんですから」
「クーガ様〜」
蛇の目のゆりはクーガに抱きついて、そのまま二人はいちゃいちゃしたのだった。
13の月に入った。今年も様々な出来事があった。ゆりにとって一番の出来事は、やはりクロス出産である。ゆり自身死を意識した出来事だったが、無事持ち直し、今はあの時のことが夢だったかのように元気になった。そしてすでにもう妊娠してしまった。ゆりのお腹も休む暇もない。
神の国での大きな出来事といえば、ソルが雷の神になったことも重要なことだったが、エスメラルダ誕生が最も喜ばしいことだった。ゆりはそのおかげで精霊と知り合うこととなり、蛇の国にはジャッツーという昔この国にいた蛇がやってきた。様々な巡り合わせが重なり思いもかけない方向に発展していく。「実に面白い」とラクシュミは言っている。
きっとそのうちに遺跡の謎がわかるのだろうが、どうやって分かるのか、ラクシュミは想像しながらドキドキしているのだった。
「本当に面白いな。こんな面白い世の中になるなんて全く想像していなかった」
今は国の中は様変わりしているから新しく産まれた子供達には逆に想像もできないかもしれないが、この国はかなり暗い国だった。ラクシュミも見る夢といえば暗い夢ばかり、この国がいつまで存続できるのか、それすらわからなかった。それも当然である。ラクシュミが死ねばもうこの国はそれで終わり、そんな悲壮感も漂っていた。一族の力が衰えれば新しく産まれる子供達の力も減っていく。それも当然である。親より強い子供を産むなど、不可能なのである。力が上の連中は、なんとか子供を作らなければ死ぬに死ねない、とそういう覚悟で赤い月を過ごしていた。この一族は、元々精力が強くない。赤い月以外で女性にムラムラきて襲いたくなるようなこともあまりない。興奮したくてもできない。赤い月に女性を抱かなければならないのに抱けない。そういう男性も多かった。ゆりの恋人達の中では、赤い月をわりと平気で過ごしていたのはミカエルくらいのものだった。フリットは、赤い月が近づくたびに吐きそうになったくらいだし、ヴィラやジュノーも３の月は、最も嫌な月だった。イシュタールに至ってはその頃不能であったし、ミルキダスは全く興奮できないと自分で思っていたのでその頃はひたすら暗かった。
それが今や、ミルキダスは三人の子供がいて、さらに産まれるという。恋人達は新しい恋人カールをのぞいて、全員子供ができた。男達は儀式のおかげで体の中が変わったかのように、自然に興奮できるようになった。これは男達にも自信につながった。赤い月はもう嫌な月ではない。恋人を失望させずにすむのである。今は、赤い月を楽しむ余裕すらある。当時はまったく想像できない世界である。
城の中は子供達の笑い声が毎日響いている。ハザークもミシェイラの顔を見るだけで毎日幸せそうだった。未来は明るい。今は明るい道筋がはっきりと見えている。
今ゆりはムサカの子供を宿しているのかもしれないが、今のラクシュミは嫉妬の欠片もなく、「ハロルド様の子供とかじゃなくてよかった」と言っていた。
「神の子供なら、ここで育てられないかもしれないからな」
「はあ……」
目の前にいるのは医師のフレイである。ラクシュミとムサカで一悶着もなかったのでフレイはほっとしていたが、ミカエル達が恐れているのは、赤い月のラクシュミだった。ゆりともめなければよいのだが、とそう思っている。
「実は王妃が妊娠すると毎回食べているアレのことなのですが、王妃が、今回はちょっと様子を見てみようとおっしゃっているんですよ。考えてみれば、アレの習わしは、王の子供をみごもった王妃だけにあることなので、ムサカ殿は王ではないし、そこのところはどうなるのかな、と」
「ああ、なるほど。だが、ムサカ殿の方が、私より王っぽいが、そこはどうなんだろうな」
ラクシュミはあごをなでながら言っていた。
「わかりません。今回は食べずにためしてみたいそうなのです」
「そうか」
今ロイがいないので、自発的にメメントを捕ってくる者もいなかった。
「もし体調が崩れたら、その時は仕方がないから食べるとおっしゃっているので、そうしましょう」
「そうだな。しかしゆりの体は本当に頑丈だな。あんなに死にそうになっていたのに、こんなに短期間で回復するとは。一族の女性ならば、再び妊娠するのは無理だと思う」
「そうですな。他の医師達も、王妃の体の素晴らしさに感動すらしてますよ。体はこの一族の女性ではないから、で説明できますが、あの精神力は素晴らしいですからね」
「ゆりの精力は素晴らしいな。まさに愛欲の女神だな」
「そうですね」
「ゆりの精力が強くなかったら、こうはなってなかったんだろうからな」
ラクシュミは全く浮気する気はないが、時々ゆりに来るガーベラに対しては、ちょっとした想いを抱いている。それこそ側にいてくれるだけで胸がドキドキするようなものである。そういう相手とは、抱き合うよりも、ずっと手を握るくらいでドキドキしていたい、そうも思っている。だからハザークがうらやましいとも思っていなかった。
「今のところ気になるのは赤い月だけか。あっちの私が出ないようにした方がいいのかとは思っているが、ゆりはゆりで会って話がしたいとか言ってるし、困ったものだ」
蛇の目のゆりは、赤い月のラクシュミに会うのをびびっているのだが、黒目のゆりの意見は違っていた。ラクシュミはもう一人の自分が何を思っているのか全く予想できないので、交代したくないと思っている。
「赤い月の自分か、本当にややこしいな」
ラクシュミは一人でぶつくさ言っていたのだった。
その頃、ゆりの部屋にはエルバートに入ったカーライルがやってきていた。セリアは出産してかわいい女の子を産んでいる。エルバートも今はかわいい娘にデレデレだろう。ゆりはエルバートの娘アンジェリカのことを聞いていた。
「カーライル様も孫が産まれた気分なんじゃないですか？」
「まあ、そうだな。ハザークにも言われたが、女の子っていいな。将来はどちらの力を受け継ぐのか、楽しみだ。ところで、ミカエルに来年も赤い月の講義をしてくれと言われた。要望が多いらしくて」
「是非お願いします」
「もう前回ので言いたいことは言った。あれ以上となるとないんだが」
「前回来られなかった人もいるでしょう」
「本当は、直接まぐわってるのを見せるといいと思うんだがな」
カーライルは真面目な顔で言っていた。
「刺激が強すぎないです？」
ゆりも真顔で返している。
「繊細な人も中にはいると思うので、そこまで露骨なのもどうかと思いますが。そうだ、シャナーンがやった朗読会、今度は男性向けにやってみたらどうですか？」
「朗読会かあ」
「カーライル様が男役をやってみたらどうですか？ ふふっ」
「王妃も際どい話を書いてみたらどうだ」
「書こうかと思ったんですが、恥ずかしくて。そうだ。匿名で質問を募って、カーライル様がそれに答えるとかいいんじゃないですか？ 匿名なら質問しやすいでしょうし」
「いいかもな」
「ところで、一族の男の別の性感帯、まだ知らないままなんですけど、教えてくださいよ」
「教えない」
「ずるーい」
「赤い月に王妃の淫気が配れればいいのにな。あの匂いがあればどんな男もすぐ興奮できるんだが。香水のようなものはあったが、王妃の匂いにはかなわない。何をどうやっても興奮できない者達がいるようなんだ。王妃に会わせたいくらいだ」
「ははは」
「あ、すごーくいいことを考えたぞ。王妃が興奮した後の服をもらえばいいんだ」
「服ですか？」
「王妃の匂いがしっかりついているだろうから、王妃の服があれば、どんな一族の男でも興奮できるはずだ。試しに渡してみようか」
「えーパンツとかやですよ」
「下着はまずいだろう。上に着てる服でいい。あっち行こう」
カーライルは別室を指差している。
「え、でも、カーライル様は今エルバートにいるんですよ。エルにそういうことされてるみたいで困っちゃうじゃないですか。セリアに悪いし。カールに入ってからでいいじゃないですか」
「セリアは逆に喜ぶ。大丈夫だ」
「大丈夫って言われましても。この服はだめですよ。じゃあ、別の服に着替えてきます」
「ああ、待ってる」
ゆりは今着ていた服は聖地旅行の時の服なので、誰かにあげたくはなかった。他のワンピースに着替えて戻ってきた。
「本当に今からあっちに行くんですか？」
「ああ、思いっきり気持ち良くさせてやる」
（この誘惑に逆らえない〜ごめん、エル）
ゆりはカーライルと別室に行き、ついエルバートに入ったカーライルに服を着たままいろいろされたのだった。カーライルの方も服は着たままである。
（やっぱりカーライル様テクニシャンすぎる！）
「カーライル様、このことエルには秘密にしてくださいね」
「ああ、秘密にしておくから、口づけをしよう」
ゆりはカーライルと口づけながら、指で下半身をまさぐられ、昇天させられていた。
「んーもー好き」
「なかなかいい具合にピンクになってきたな。匂いもいい感じだぞ」
「ああーん……」
「いつかハザークに体を貸してもらいたいんだがな」
ゆりは三度いかされて服を脱いで、寝室の方に移動させられた。
「王妃、じゃあな」
「はあ」
ゆりは下着姿のままベッドに突っ伏していた。
「つい誘惑に負けてしまった。ハザーク様のところにいっちゃおうかな」
ゆりはその後ハザークの塔に行き、ハザークと仲良くしたのだった。
夕食時、シスがゆりに伝えた。
「カーライル様が、秒で成功したって言ってるよ。母様に伝えてって」
「秒で成功？ 秒で！？」
「何のこと？」
ラギが聞いた。
「秘密」
「教えてよ−」
「教えなーい」
（秒で成功、じゃあその人、カーライル様の前で興奮しちゃったのかな）
ゆりはそんなことを思いながら夕食を食べたのだった。
神の国である。ねぼすけはハロルドの神殿近くの草原にやってきていた。そこでは今日は五人の戦士達が剣を手に戦いの練習をしていて、中にはイシュタールもいた。めどがついた頃、ねぼすけはハートに声をかけて、皆から少し離れた場所に移動した。
「ハート、妖精の話はどうなったの？」
ねぼすけが聞いた。今日はそれが気になってきたのである。
「爆笑された」
「え？ 爆笑？」
「結婚してくださいと言ったら爆笑された」
「いきなり求婚したんだ……」
「加護は無理かもな。まあ仕方ない」
ハートは諦めている様子である。
「ハートは本当に真面目だねえ」
「ねぼすけは彼とうまくやるんだぞ」
ハートはねぼすけの肩に手を乗せた。彼とは、ねぼすけの肩にいるヤモリである。そのヤモリが手でねぼすけの頬をぐいぐい押している。
「え、何？」
怒っているというよりは、あっちに行けと言っているようなので、ねぼすけはヤモリが示す方に歩いて行ってみた。草原から離れて、木々が生えている場所に行くと、木の裏にいた誰かが逃げて行った。
「だれかがいたような」
「精霊がいた」
か細い声が聞こえて来きた。
「へー精霊？ あれ？ ヤモリ君しゃべった！？」
ねぼすけは驚いて肩にいたヤモリを見た。
「精霊って、ハートに求婚された風の精霊？ 美人なのかな？」
「さー」
「美人の土の精霊とかいない？」
ヤモリはべーと舌をだしていた。
「風の精霊さん、脈あったりしてね。ところで精霊と妖精ってどこが違うのかな？ 抱き合ったりってほんとにできるの？」
その後は何を聞いてもヤモリが答えてくれることはなかったのだった。
その頃、雷の神ソルは、アシュランにお願いされて、雷獣の国にやってきていた。カサンドラが一緒である。ソルがどうしてもアマンザも一緒がいいというので、アマンザも一緒だった。アマンザは酒を一樽もってきている。三人は城の近くに現われていた。話はすでに聞いていたらしく、一族の者達は城の前の広場に出て待っていた。三百人ほどはいるかもしれない。
「雷の神様をお迎えできるとは、我らにとってこの上ない喜びでございます！ さらにもう二方いらっしゃってくださるとは！」
雷獣の国民は喜び、皆平伏してしまったので、ソルは驚いてカサンドラの後ろに隠れてしまっていた。アマンザもぽかんとしている。ソルはカサンドラの後ろから出てくる様子がなかったので、カサンドラが代わりに言った。
「私は知恵の女神カサンドラ、こちらはお酒の神アマンザです。お酒も持ってきました。雷の神ソルはこの通りまだ子供で、しかも産まれたばかり。初めて大勢の人間に会って驚いているようです」
「申し訳ありません。たくさん集まってしまいましてこれでも少なくした方なのですが……」
国王が申し訳なさそうに言った。
カサンドラが促して、ソルはおずおずとカサンドラの横に並んでいた。
カサンドラがぼそぼそとつぶやき、ソルは「ソルです」と言っていた。広間にやってきた雷獣がいた。その雷獣は黄金の毛並みで、ソルの近くまでやってきた。
「トルメンタ」
「皆さんにソル様の雷を見せてあげてください」
トルメンタが言った。
「うん」
ソルの手からバリバリと雷が起こり、空に上がって行った。
「おおー」
と歓声が起こった。他の雷獣達もやってきた。
「トルメンタの仲間が一杯いるんだね」
「はい、ここは雷獣の国ですから」
雷獣達はソル達に頭を下げていた。トルメンタが来てくれたので、ソルは幾分緊張もとけたかのようである。
アマンザはアマンザで、（お酒、一樽じゃ足りないかもなあ）とそっちの心配をしていた。ソルは他の雷獣達もなでなでしていた。雷獣の人達は、ソルが動くと共に視線も動かしている。やはり雷の神に対する思いは格別のようである。
「アマンザ様、お酒をありがとうございます。ジンラ様に感謝していることをどうかお伝えください」
国王がアマンザに言っていた。
「はい」
「カサンドラ様、実はソル様を奉る神殿を建立したいと思っております。どう思われますでしょうか」
国王が続けて聞いた。
「神殿ですか。しばらくは、教会で祈りを捧げていただくのが良いかとは思いますが。神殿となると巫女を選ぶことにもなるでしょうし。あ、そうだ。とりあえず、ヒルデリアの神殿でソルにも祈りを捧げればよいのではないですか？ ヒルデリアはソルのことを随分可愛がっておりますから、気分を害することはないですよ」
この国にはヒルデリアの神殿がある。普通神殿はその神だけの物なので、そこでは一人の神を讃えるのが普通だった。だが、ヒルデリアはソルをかわいく思っているし、二人は関係がある神である。ソルも一緒に奉られてもヒルデリアが怒ることはないだろうとカサンドラは思った。
「そうですか？ では、とりあえず明日からヒルデリア様の神殿にてソル様にも祈りを捧げさせてもらいます」
カサンドラは雷獣をなでているソルの元に行った。ちなみにアマンザは前の方にいた人間の一人に、「この国のお酒を瓶で三本ほどもらえますか？」と頼んでいる。他の皆は国王以外平伏したままだった。
「ソル、この国にソルの神殿を建てたいそうだ。私はとりあえず、ヒルデリアの神殿でソルにも祈りを捧げたらどうかと言ったのだが、ソルはどう思う？」
「ん？」
カサンドラはアマンザを手で呼んでいた。
カサンドラはアマンザとトルメンタにも同じ話をした。
「僕は、神殿はいらない。僕よりも、お父さんや、ヒルデリア様にお祈りしてほしいな。僕は産まれたばかりだし、そんなにえらくない。だからいらない」
ソルが言った。
「ソルらしいね。でももっと大雑把に考えてみたらどう？ 君への祈りは、すべての神様への祈りでもある。お祈りしてくれるなら、してもらったらいいんじゃないかな？」
アマンザが言った。
「そうなのかな」
ソルは首をかしげている。
「神官とか巫女、君が選んだら？ この前の雷の人みたいにさ」
「え……」
「それはいい。せっかくだからソルが選んだらいい」
カサンドラも賛成し、トルメンタも「それはいいですね」と言った。
「僕が選んでいいの？」
みんながうなずいていたので、ソルは人間達を見回した。ちなみに、先ほどのは神の言葉なので、人間達には聞こえてはいない。
ソルは平伏している人間達を見回しながら歩いて行き、アマンザもソルの後を追った。城の前に広がる広場の外にはでかい門があり、その外にも人間達がいた。外にいた者達は、ソルが近づいてくるとあわてて平伏している。
「彼女がいいな」
ソルが指していたのは、門の外、前から二番目にいた三〇歳くらいの金髪のお提げの少女だった。街の者のような質素な服装である。アマンザは少女の肩をぽんぽんとたたいて、
「君がソルの巫女だよ」
と人間の言葉で言った。
「え？ 私ですか？ ですが、私は貴族ではありませんが……」
雷獣の国では力がある者達は貴族と呼ばれ、力によってランクもわけられている。一族でありながら街で普通に暮らしている者達もいるのである。
「でもソルが選んだんだからいいよ」
アマンザが言った。
「いいんでしょうか。私には魔力もありませんけど」
少女は立ちながら両親達をきょろきょろ見回している。その両親は顔をあげることもできず平伏していた。
アマンザが少女を連れて来てソルに通訳した。
「君には魔力があるよ。僕が解放してあげる」
ソルは少女に近づいて胸元に手を当てた。そこから力が注ぎ込まれ、少女は大きく目と口を開けていた。
「おおっ！」
カサンドラが声をあげた。少女の気が一気に解放されたのがわかった。少女の体の周りの気の色がかなり変わった。黄色い雷獣の一族特有の気が以前よりも濃くなっている。
「ああ、ありがとうございます。ソル様の巫女を誠心誠意務めます」
少女は喜んで平伏していた。
少女の両親は泣いていた。少女の両親は一族の者とはいっても、魔力は薄そうだった。今は、娘の方が魔力がかなり強く感じられる。
カサンドラは少女の謎を推理した。
（もしかしたら、この少女は赤い月以外に産まれた子供？ 魔力がなかったために貴族が自らの子供として育てなかったのかも。その力をソルが解放した？ ということは、魔力が体の奥底に眠っていたということなのか？」
カサンドラはいろいろなことを考えながら、国王にソルが少女を選んだことを説明していた。
「ありがとうございます。いずれは、雷の神殿を建立したいと思います」
「では我らはそろそろ行きます」
アマンザは人間からお酒を受け取り、三人は姿を消した。人間達は口々にお礼を言っていた。
三人は神の国の神殿、アシュランの間に戻っていた。
「どうだった？ みんな喜んだだろう？」
アシュランが聞いた。ソルがうなずいた。
「とても喜びましたよ」
カサンドラが答えた。
「僕、ヒルデリア様に会って来ます」
ソルはどうもアシュランとはあまり話せないらしい。さっさとアシュランの間を出て行った。
「アマンザ、今日は助かった。ありがとう」
カサンドラがアマンザにお礼を言った。
「いいえ、僕は何も」
「二人はいつの間に仲良くなったんだ？」
アシュランが聞いた。
「えーと、つい最近ですよ。実は、ソルが神様になったときに、僕もその場にいたんです」
「そうなのか？ 知らなかった」
「ソルはルチアとも仲がよいんですよ」
「そうか」
「アシュラン、アマンザをジンラの神殿に送ってください。私はヒルデリアに話があるので」
「ああ。わかった。じゃあなアマンザ」
アマンザは頭を下げて、消えた。
「子供達も、いろいろ楽しんでいるようだな」
「そうですね。ところで、先ほど雷獣の国で、ソルが自分の巫女を選んだのですが、その少女、魔力がなかったのです。ソルは少女の力を解放し、少女は魔力を得ました。その少女、赤い月以外でできた子供だったのでしょうか」
「さあな、見てないのでわからんが、魔力にふたをされている場合もあるのかもな。赤い月と魔力については、子供それぞれに違うからな。私は国を離れた子供にしか魔力をやることはできないからな。ソルにはそういう制約はないが、魔力がまったくない子供に魔力をやることはできないとは思うが」
「君には魔力がある。解放してあげるとソルは言ったんです」
「なら、やはり魔力に蓋をされた状態だったのだろう」
「なのでしょうかね。では失礼します」
カサンドラもアシュランの間を出て行った。
カサンドラはヒルデリアに、先ほど人間とした神殿の話をした。とりあえず、ヒルデリアの神殿でソルへの祈りも捧げたらどうかと提案したことを話すと、ヒルデリアは「私はかまわない」と言っていた。
「聖地にもソルの神殿を建てたいが、ルチアの神殿も建てるべきかのう。カサンドラはどう思う？」
ヒルデリアが聞いた。
「そうですねえ。でもルチアの順位はまだ決まってませんからねえ」
「僕神殿は別にいらないけど、建ててくれるならルーと一緒がいいな」
ソルが言った。
「ルチアと一緒がいいか。仲良く隣同士でもいいのではないか？ すぐ建てるわけではない。この世が落ち着いてからになるだろうがな」
「そうですね」
アシュランの不戦の命が消える頃、この世はすっかり落ち着いているのかどうか、それはまだ、女神達にさえわからなかった。
アシュランはその後雲に乗って散歩にでかけ、二時間ほどして雲の上の神殿に戻ってきた。アシュランは自分の椅子を見てはっと目を開いていた。
椅子の上には、巻物のようなものが載っていたのだった。
つづく
十四部
目次