第39話
アシュランは自分の椅子の上にある巻物を見てどきりとした。以前は何かわからなかった。これを見るのは二回目である。
アシュランは恐る恐る巻物を手に取り、それを開いた。今回も、書かれている文字を理解できた。
『人間の世では約半年後、あの地にて聖戦が行われるだろう。様々な神が新たに誕生したこと、お祝い申し上げる。
私が予想できる最高の布陣は以下の通りである。できる限りの神の参戦が望ましい。
そして開戦ラッパが高らかに響き亘る事を望む。
戦いの神 ハロルド
獣の神 ライオネル
終日の神 ルチア
雷槍神 ランスロット
雷の神 ソル
光の神 ラスター
光の神 ルース
風の神 ウィル
風の神 ブレッザ
火の神 サラディン
水の神 ラクア
守りの神 ジェイク
癒やしの女神 キュリア
力の神 バリアス
月の女神 ディアメラ
土の神 サントス
夜の神 オルガ
ラッパ吹きの神 ヴァル
神獣使いの神 ジュリアン
神獣
トルメンタ、イグニス、ハンター、リリー、モーグ、ニコラ、バルト
妖精
ヴォルフ、バロイ、プータロー、リヒト、イッシク、フォース、アーク、ルカ、スタンリー、イーライ、ハリスン、ブラッド、戦乙女達
精霊の加護を受けし者
スペード、ハート、イシュタール、リアン、クーガ』
「クーガ！？」
アシュランは最後の文字に目を止めて驚きのあまり声を発していた。文字は最初の方から徐々に消えていた。
「精霊の加護、光の精霊か」
クーガは小さい頃から光の精霊に好かれていた。
「うーん……」
文字はすべて消えてしまい、巻物そのものも消えてしまった。
アシュランは椅子に座った。
（まあいい、クーガの事は今は置いておこう。今の名簿、全員今いる者達だった……よな？ 戦乙女ってのが気になるが、そういえばマチルダの名前はなかったな。戦乙女ってのに入ってるのかな？）
マチルダの名前はバロイ達よりも上にきそうであるが、名前はなかったのが不思議だった。
（前回よりは楽な戦いになるといいが）
前回も戦には勝った。だが、神の国の守りの力は衰え、アシュラン自身の力もかなり下がってしまった。戦がきっかけで、人間達も混乱の時代を迎えることになってしまった。ハロルドやライオネルは、妖精を大勢死なせてしまったので、ショックからなかなか立ち直ることができなかった。神々にとってかなり悔しい戦いだった。
前回はサラディンやラクアは神殿から出ることができず、戦に出ることはできなかった。今回は子供達がいるので戦に出ることも可能だろう。
「ソルは子供のままでも戦えそうだ。ランスロットは、まだ無理だな。ヴァルのラッパか。一時的に成長させるしかないな」
半年後、ヴァルが大人になっていればいいが、それはかなり無理だろう。アシュランには神を成長させる力もある。だが、子供から一気に大人に、しかも神の力を大量に使うとなると、大人でいられる時間は限られるだろう。しかも精神力が追いつかないと、大人になっても力を発揮するのは無理である。つまり、神としての自覚があるかどうかという問題なのである。
「ルチアはどうだろう。終日の神とあったような。女神ではなく神か。これも謎だ」
アシュランはとりあえず、主な神々を集めて情報を共有しておくことにした。
夕方、アシュランの間に神々が集まった。
集まった神は、ヒルデリア、ハロルド、ライオネル、ウィル、カサンドラ、サラディン、アリアス、ジェラルド、そして記録の神コーカサス、記憶の神バスティアンである。ヒルデリアの横には雷獣トルメンタもいた。そして、なぜかハロルドの背中にはルチアもくっついていた。アシュランの間には長椅子がたくさん並べられている。神々はそれぞれ長椅子に腰を下ろした。
「ルチアも来たのか」
アシュランが言った。
「なぜかひっついてきた」
「そうか。ルチアにも関係ある話だからいい」
ルチアはにこにこしてハロルドの横に座った。
「聖戦が起こる時期が判明した。今から半年後だ。人間界では六の月か七の月あたりだな」
「半年後……」
声を発したのはハロルドだった。
「前回は、まさかあんなにすごい戦いになるとは思っていなかったので準備もあまりできなかったが、今回は万全で臨みたい。サラディンやラクアには今回は参戦してもらう。ラクアは今日は海に行ってるから呼んでないが、カサンドラ、明日にでもラクアには伝えておいてくれ」
「わかりました」
カサンドラが答えた。
「オルガとジュリアンには私が伝える。ところでアシュラン、戦名簿は来たのか？」
サラディンが聞いた。
「実は来た」
「戦名簿？ なんだそれは」
ハロルドが聞いた。
「これは私だけしか知らないことだったんだが、前回、戦の前に戦に参戦する者の名簿が来た。今回も来たんだ」
「なぜそんな重要なことを知らせてくれないんだ」
ハロルドはちょっと怒っている。
「前回の名簿、半数以上は存在していない神の名前が記されていたんだ。その名簿を書いた者は、未来予知の能力でもあるらしい。半数以上は存在していなかったから、予知は適当だと思うが、今回は、とりあえず大体の者は存在している。中には子供もいるがな。その名簿の内容を読み上げてくれ。コーカサス」
「はい」
コーカサスが本を手に立ち上がった。コーカサスは巻物にあった内容を最初から読み上げた。一言一句同じだったが、最後はクーガの名前はなかった。アシュランは、クーガの名前だけはぶいてコーカサスに伝えていたのである。
「精霊の加護？ ハート達も加護を受けたのか？」
ハロルドはイシュタールのことしか知らなかった。
「ハートは風の精霊と接触して悩んでいたけど、加護はもらったのかな？」
ウィルが首をかしげている。
「なあ、アシュラン、神だけで戦うってやっぱり無理か？」
ライオネルが聞いた。
「難しいだろう。最前線に立てるのが、お前とハロルドだけではな。ジェイクもいるが、まだ子供だし。ランスロットは今回はまだ無理だろう」
「あいつらはまだ生まれて間もないんだぜ。せっかく生まれたのに」
ライオネルは悲しそうだった。
「私の神獣の名前もあったが。三頭。娘達が研究していたが、神獣の中でも力が強い三頭だ」
アリアスはライオネルがしょげていたので、神獣を出したくないとは言えなかった。ちなみに、ディアメラは前回、途中から弓矢で参戦している。今回も喜んで参戦するに違いない。ディアメラはヒルデリアと顔を合わせないようにしているので今日は来ていない。
「ルチアはもう戦えるのかな？」
ハロルドがアシュランに聞いた。
「今はまだ無理だろう。ヒルデリアに大人にしてもらって戦ってもらうか。その場合でも、多分もって半日だと思う。ルチアはまだよくわかってないと思うが、戦えるか？」
アシュランはルチアに聞いてみた。ルチアはガッツポーズをしている。
「ルチアが行くのは最後の半日になるだろうな」
「そうか。期待してるぞ。ルチア」
ハロルドは半分冗談でルチアの肩に手を乗せていた。ルチアは両手でガッツポーズをしていた。
「ところで、マチルダの名前はあったかな？」
「ありませんでした」
コーカサスが答えた。
「なんでないんだ？」
「戦乙女ってのに入ってるんじゃないですか？」
「戦乙女……乙女といえば乙女か？」
ハロルドは首をかしげている。
「カサンドラは名前はなかったが、参謀として参戦してくれ」
アシュランがカサンドラに頼んだ。
「もちろん、そのつもりです」
「それから武器も重要だ。ジェラルド、頼んだぞ」
「お任せください」
ジェラルドが胸に手を当てた。
話が終わった後、ヒルデリアはしょげたままのライオネルに寄り添っていた。
「ウィル、ラスターとルース、ブレッザにも言っておいてくれ」
アシュランがウィルに言った。
「ああ、三人とも今日は人間界だ。アシュラン、戦が近づくと、人間界に降りるのは禁止になるよな。やっぱり」
「そうだな。いよいよとなったらそうなるな。聖地も数日船の行き来は禁止になるだろう。来年五の月には、その旨を人間にも知らせた方がいいな」
「半年か。あんなに悲しい思いは私だってもうしたくない」
ウィルは唇をかみしめていた。前回の戦にウィルも出ていた。妖精達の消滅をこの目で見たのである。
「今回は倍の神が出ることができるんだ。前回よりも、神の力は維持できるはずだ」
ハロルドが二人に言った。
「ソル様もいらっしゃるので、向こうの雷魔法に対抗できますよ」
トルメンタが言った。魔物も魔法を使ってくるのである。
「そうだな。ラクアにサラディン、サントスもいれば、向こうの自然魔法には抵抗できる。怖いのは闇の魔法だけだ」
ウィルが加えた。
「妖精達は死なせねえ」
ライオネルが言うと、ルチアはうなずいていた。
「ルチアは戦う気満々だな」
アリアスが言うと、神々は笑っていた。
海側である。今日はラクアは娘達と一緒に海の方に来ていた。ラクアは海の神殿で海の神マリナールと歓談中だった。娘達は海で遊んでいる。
「セスティナは最近ではすっかり様変わりした。本当にルチアには感謝しとるよ。以前は、わしもセスティナにどう接したらいいものかさっぱりわからなかった。セスティナは皆とも距離を置いておったしな。今では海の皆との関係も以前よりは大分ましになっとるよ」
「本当に明るくなりましたよね」
たまにしか海に来ていないラクアでさえ、セスティナの変化に気がつくほどだった。なにせ表情がまるで違う。ルチアと遊びまくってつきものでも落ちたかのようである。
その時である、マリナールは強い力を感じてはっと目を見開いた。
「今何か感じたが、ラクアは感じなかったか？」
「え？ いえ、別に」
「念のため矛をもってくる」
マリナールは立ち上がり、広間を出て行った。それと同時に海の妖精が広間にあわてて入って来た。
「大変です。海に魔物らしき影があるとのことです！」
「え！？ 娘達が！」
ラクアはあわてて海岸に瞬間移動した。海岸には数名の神と、泣いているラクアの娘達、レヴァーンがいた。
ラクアは娘達の無事に胸をなでおろしていた。
「よかった」
「トト様ーペンちゃんが！」
「ペンちゃんを助けて！」
ユリアナとイオナはわんわん泣いている。
「え？ ペンちゃん？ そういえば今日は一緒だっけ」
一度試しに連れてきてみようと、今日はペンギンを連れてきたのだった。
「すいません。悪い物の気配を感じて、二人を慌てて移動させたんですが、ペンちゃんを連れてくることができなくて」
レヴァーンは申し訳なさそうに言った。
「魔物らしき気配は感じないけどなあ……」
ラクアは海に意識を集中させたが、魔物がいる気配はなかった。ごく微量によくない気配を感じるくらいである。
「ペンちゃんは海では泳ぎの達人だから、大丈夫だと思うけど」
ラクアは海を見渡しながら言った。
「わーんペンちゃん」
「ペンちゃーん！」
「あ、あれを！」
海の神々が海を指さしている。
見ると、一匹のペンギンが水面からひょこっと顔を出し、また潜っていた。
「ペンちゃん？」
ペンギンはやがて海岸に泳いできて、何もなかったかのように砂浜にあがっていた。
「ペンちゃん！」
「よかったあ！」
娘達はペンギンを抱きしめて、レヴァーンは「よかったー」とほっとしていた。矛を持ったマリナールが海に入って行った。マリナールはやがて海の上に氷の塊を浮かせ、海岸に戻ってきた。
「レヴァーン、二人を神殿に連れて行って」
ラクアが言った。
「はい。二人とも行こう」
「ペンちゃんも来て！」
レヴァーンは二人を連れて行き、ペンギンもよちよち歩いて行った。
マリナールが氷の塊を砂浜に置いた。その塊は、２メートルほどの氷の塊で、中には真っ黒な何かが入っていた。
「こ、これは……」
「魔物だ」
「魔物！？」
マリナールの言葉にその場にいた者達は騒然とした。
「しかも、細切れになっておる。その後氷で固めたのだろう。海の中にあった。誰か、これと戦った者はおるか？」
マリナールが周りにいた海の神々に聞いた。皆首を横に振っている。
「おそらく、やったのはあのペンギンだ」
「え……ペンちゃんが？」
ラクアは驚いている。
「他にだれも戦っていないのだからそうだろう。あのペンギン、すごい神獣に違いない。ラクア、大事にするんだぞ」
「は、はい。それはもう、大事にしてますけど」
マリナールは矛を氷に近づけた。氷の中の魔物は光に当たって消滅した。氷も砕けて落ちた。
「そういえば、アシュランが、ペンギンは仮の姿だと言ってましたよ」
「子供に好かれるようにあの姿になっておるのかもしれんな。わしはあたりを浄化してくる。妖精はしばらく海に入らないように」
マリナールはまた海に入って行った。
「まさかペンちゃんが……」
ラクアは神殿に戻った娘達に会いに行った。娘達は大きなベッドでペンギンと一緒に寝ていた。ラクアはこのペンギンが魔物を細切れにした場面は想像できなかった。
（本当のペンちゃんはどんな姿なんだろう。怖い姿だからかわいくなってるんだよな。怖い姿か）
ラクアは怖い姿を想像してみたが、それも想像できなかったのだった。
そしてまた神の国、カサンドラの神殿の中の一室では、ラーズとサーラがエスメラルダに会いに来ていた。エスメラルダは産まれた時よりも少し大きくなっている。髪も少し伸びていたし、ごろごろ動くようになった。
「パパだよー」
「パッパ」
エスメラルダはラーズのことをパパだと認識しているようだ。ラーズが抱っこするときゃっきゃと喜んで頭の上に五色の玉が現れていた。
「おねえちゃんよ。ねーっていってみ」
サーラが言っている。
「ネ」
「ネー、おねーちゃん。サーラおねーちゃん」
「ネ」
「いつになったらお外で遊べるかなあ」
「さあねえ」
エスメラルダのお世話妖精サミュエルは、同じ部屋にいて座って三人を眺めている。
「ラーズの家くればいいのにさ」
「ははは」
エスメラルダについては謎が多いので、ラーズも自分が引き取りたいと強引に言うことはしなかった。エスメラルダが来るということは、サミュエルもひっついてくるということなのである。
「こしょこしょ」
サーラはエスメラルダの手をこしょこしょし、エスメラルダはきゃっと笑っていた。ラーズはエスメラルダのあの白い姿が今も忘れられず、笑っているかわいいエスメラルダをみると泣けてくるのだった。
「パッパ」
「うん。パパ」
「ネ」
「おねーちゃん」
「サ、サミュ」
エスメラルダがサミュエルを見て言っていた。サミュエルはその言葉にがーんとショックを受けたような顔になった。
「エスメラルダ様が初めて私の名前を……」
サミュエルは感動のあまり泣いていた。するとコロンと床に白い玉が落ちていた。サミュエルはそれを拾っていた。
「エスメラルダはお利口さんだね」
ラーズは気がつかなかったが、サーラは気がついてサミュエルの側に来ていた。
「それなあに？」
「涙ですよ」
「なみだ？」
「うれしいとできるんです」
「そうなんだ。サーラもできるかな？」
サーラは泣こうとしたが、泣けなかった。
「じゃあそろそろ行こうかな。またな。エスメラルダ」
ラーズはエスメラルダの頬にちゅっとキスしてサミュエルにエスメラルダを渡し、去って行った。
「ばいばーい」
エスメラルダはご機嫌で笑っていた。
「精霊の涙がこんなに量産できてしまうとは……今の姿でもできるとは思わなかった」
「マッマ」
「ガーベラ様に会いたいんですか？ もう一人のママにもまた会いに行きましょうね」
「きゃは」
エスメラルダはご機嫌で笑っていたのだった。
つづく
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