第42話

「この人が、僕のお母さん？」

ソルは固まったままぼんやりゆりを眺めていた。

「ソル、あの後もたくさん練習したんだよ。今後は、国の人が巫女を守ってくれると思うよ」

アマンザがゆりに言った。

「よくがんばったね」

ゆりはソルに近づいて言った。


（外見上はまったくお母さんにみえないけれど、本当に僕のお母さんなの？）

ソルはゆりの手を握ってみた。すると、映像が見えた。


『彼女に再び害が及ばないように、守ってあげないの？』

ソルが見たのは、ガーベラがソルに言ったあの場面だった。

『もっと偉そうに。上から目線で。胸を張って』


「あ、お母さんだ」

ゆりはソルの体を抱きしめた。

（どうしてお母さんになってたのかわけがわからない。あなたの目的はなんなの？）

ソルは混乱していた。どうして人間が神になったりするのかわからなかった。


『私は神様の子供を産んで、神様も幸せにしたい！』

ソルはゆりの決意を感じて驚いていた。


「カサンドラ様もお母さんのこと知ってるみたいだよ。人間的発想だなって言ってたよ」

アマンザが言った。

「人間的発想。そうかな」

「普通は巫女に危害を加えた子に罰を与えるところだけど、お母さんは、そうじゃなくて、ソルに巫女を守らせようとしたからじゃない？」

「あんまり、人間に直接罰を与えたりさせたくないな。そういうのは人間にさせたらいいのよ」

「カサンドラ様はお母さんのことほめてたよ」

「知恵の女神にほめられるなんてうれしいな」

「あれ？」

その時違う所から声が聞こえて、三人はきょろきょろ周りを見た。部屋に入ってきたのはクーリーフンだった。

「もしかしてソルにもばらしたんだ？」

「うん。そうなの」

アマンザが答えた。

「そっか。お母さんありがとう。おかげで助かったよ」

クーリーフンがゆりに笑顔を向けた。

「私は別に何も。ソルががんばったからだし。あ、そうそう。私クーリーフンにお願いがあったの。何かちょーだい」

「え？」

「クーリーフンから何かもらうってミシェイラに約束しちゃったの。もちろん遊んでくれるんでもいいけど」

「いいよ。その前に、神殿に置いていった物について聞きたいんだけど」

「あ、精霊の涙？　忘れてた。精霊さんにもらったんだけど、なんでも、体力がものすごく低下したときに、回復する物とか言ってた。あれをイシュタールの仲間達にあげたいから、ジェラルドにあれを入れる袋を頼もうと思ったの。イシュタールには私があげたから、他の人の分をお願い。ちなみにイシュタールにはベルトにつけられるような物を作ったの」

「精霊の涙。へーそういうのがあるんだ」

「詳しくはサミュエルさんに聞いてちょうだいよ」

「うん。わかった。せっかくだから、今からお姫様達に会ってくるよ。二人ともちょっと待っててよ。一緒に帰ろう」

「ありがとー！　これで約束を守れたわ。二人はハザーク様の塔にいるわよ」

ゆりは大喜びである。クーリーフンは部屋を出て行った。

ソルはもじもじしていたが、やがて「ありがとう」と言った。

「あのままだったら僕、約束を破るところだった。トルメンタを守るって言ったのに。人間の悪意を知って、その悪意を持たせたのが自分のような気がしたんだ。なんかもう嫌になって、逃げたくなったんだ」

ゆりはソルの頭をなでなでした。

「だれもが最初から立派な神だったわけじゃないわ。ハロルドだって、昔は悪さばっかりしてたでしょ？」

「そういえばお母さん、何度もハロルド様みたいにえらそーにって言ってたね」

アマンザが笑いながら言った。

「だってハロルドっていっつも自信満々でえらそーにしてるじゃない？　これ本人に言っちゃだめよ。絶対だめだからね」

アマンザが笑い、しまいにはソルも笑っていた。

「もしかしてルチアも知ってるんだ？」

「うん。ルチアも知ってる。マチルダは知らないと思う。子供の中では、僕とルチア、ソル、サーラだけだよ。知ってるのは。大人ではお母さんの恋人達とアシュラン様、カサンドラ様は知ってる」

「ヴォルフ君も知ってるわよ。この前遊びに来てくれたの」

ゆりが言った。

「そうなんだ。どうやって遊びに来たの？」

アマンザが聞いた。

「瞬間移動っぽいわよ」

「ヴォルフすごいね。僕は神様だけど瞬間移動はできないのに」

アマンザが言った。神や妖精の能力は様々のようである。


その頃クーリーフンはハザークの部屋にいた。ミシェイラとレーヌがそこにいたからである。その部屋には今日は双頭の蛇ジャッツーとディーンもいた。子供達は今日は文字の練習、大人達は大人の話題を話していた。突然クーリーフンがやってきたので子供達は喜びまくり、大人達はぽかーんとしている。

「クーだー！！！」

二人はクーリーフンを見て目を輝かせていた。

「やあ、お姫様達、あれ？　変わった蛇さんがいるね」

クーリーフンがジャッツーを見た。

「先生よ。パパの親戚なの」

ミシェイラが言った。

「へーそうなんだ。お母さんに何かあげてって言われたんだけど、僕の時間をあげるね」

「じかん？」

ミシェイラが首をかしげた。

「僕の竪琴を聴いてくれる？」

「うん」

「やったー！」

レーヌは喜んで飛び跳ねている。

「ここで弾いてもいいですか？」

クーリーフンがハザークに聞いた。

「あ、ああ、もちろん」

「じゃあ竪琴と、そこの丸椅子を借りよう」

「もってくるー」

二人は丸椅子を持って来た。クーリーフンがディーンを見た。

「あなたも親戚？」

「は、はい。親戚です」

ディーンはどぎまぎした様子である。ジャッツーはどちらも口をぽかーんと開けたままだった。

クーリーフンは丸椅子に座って竪琴をかなでた。ハザークもディーンも思わずきちんと座って聞いていた。クーリーフンは途中から歌も歌い、子供達も大人達も、うっとりしながら聴いていたのだった。


クーリーフンがゆりの部屋に戻ってきた。

「じゃあ帰ろう」

「うん」

「ありがとう〜みんなまたね」

「うん」

「さようなら」

クーリーフン、ソル、アマンザは猫のリーファを抱っこして消えた。

「三人ともガーベラの子供なんだよ。すごいよねー」

ゆりは犬のジロウににまにましながら言い、ジロウはワンと吠えていた。


神の国に戻ると、リーファはぴょんと飛び降りて、去って行った。場所はカサンドラの神殿の外だった。

「あ、サミュエルさんいるかな」

クーリーフンはカサンドラの神殿に入って行った。

「驚かせてごめんね」

アマンザがソルに謝った。

「僕は人間をたくさん知ってるわけじゃないけど、あの人が特別だってのは分かったよ。あの人は光だね。そして、僕らのお母さんだ」

「うん」

アマンザは微笑んだ。

カサンドラの神殿の中の奥の一室にクーリーフンが行ってみると、うまい具合にサミュエルがいた。ベッドにはエスメラルダが寝ている。

「こんにちは。ちょっといい？」

「はい、なんですか？」

サミュエルが立ち上がろうとし、クーリーフンは「そのままでいいよ」と言ったので、また座っていた。

「実はお母さんに精霊の涙をたくさんもらったんだ。こっちの戦士に役立ててほしいっていうんだけど、精霊の涙について詳しく教えてくれないかな」

サミュエルはふっと笑っていた。

「こっちに渡すなんて、彼女らしいですね。自国の戦士のためにとっておけばいいのに、精霊の涙は、怪我による負傷で持っている者の生命力が著しく下がった場合、一度だけ生命力が最高値まで戻るんです。そうなると精霊の涙は砕けてなくなります。そういう魔道具のようなものです。ただ、同じ日に二個も三個も使うことはできません。さらに、人間の病気には使えません。私も他人に何個もあげたことはないので確かなことはいえませんが、ひと戦一個使えると思っていた方がいいでしょうね」

「へーすごいんですね。彼女はガーベラでもあるので、彼女の感覚では、こちらの戦士も自国の民のようなものなんですよ」

「ほーなるほど。じゃあ追加分はあなたにあげましょう」

サミュエルは棚の引き出しにあった袋をクーリーフンに渡した。クーリーフンが中をみると、透明な宝石のようなものが五個入っていた。

「ちなみに、それはうれし涙じゃないとできないんですよ」

「どうもありがとう」

「いえいえ。ここの借り賃ということで」


クーリーフンはさっそく精霊の涙を全部ジェラルドの元に持って行った。

「精霊の涙？　聞いたことはないですが、確かにこれから何らかの力を感じますね」

ジェラルドは一つ手に取り、言った。

「それにしても、どうやってもらったんですか？」

「実は、エスメラルダは精霊の生まれ変わりなんだよ。それでお母さんは精霊にすっごく感謝されてるんだ。それでくれたの」

クーリーフンは簡単に説明した。

「へーそうなんですか。知らなかった。精霊の生まれ変わり。なるほど。そういうこともあるんですねえ」

ジェラルドは簡単に納得していた。

「それでね、お母さんが、戦いに出る戦士達がこれを持てるように、袋を作ってほしいって」

「わかりました。丈夫な素材がいいですね」

「武器の製作は終わったの？」

クーリーフンが聞いた。

「まだ作りますよ。黄金の弓矢の矢ももっと欲しいですしね」

「がんばってね」

ジェラルド工房にヴォルフがやってきた。クーリーフンはヴォルフに「やあ」と声をかけた。

ヴォルフは「うん」とだけ言って手に持っていた巨大な斧がついた武器と剣をジェラルドに渡した。剣は鞘と別になっていた。

「よろしく」

「はい」

ジェラルドは嫌な顔もせずに受け取り、ヴォルフは去って行った。クーリーフンは武器を眺めた。

「どこで使ったんだろう？」

「それが謎なんですよ。ハルバードの方は毎回たいした傷はついていないんですが、こっちはすごいんですよ」

ジェラルドはハルバードを立てかけて、剣を見せた。剣の刀身はゆがんでいるので鞘に入らなかったようだ。

「ちなみに、結構丈夫な剣なんですが、まあ斧には負けますからねえ。でも折れてないんだから、剣を使ってる方も結構強いと思うんですけど、相手がだれなのかわからないんですよねえ」

「へー。ヴォルフもいろいろしてるんだね」

「彼は興味深い妖精ですね」

「そうだね、そうだ。落ち着いたらさ、神殿の横にミニ神殿でも建ててくれないかな。子供用に」

「はは、そうですね。御子様、増えましたもんね」

ガーベラの神殿には、広い居間に、ガーベラとクーリーフンの寝室、衣装部屋や物置になっている部屋が４つあったが、今、クーリーフンの部屋にジュリアンが一緒に寝ていて、ヴォルフはジュリアンがいた元衣装部屋を一つ使っている。ハロルドの神殿は部屋が余っているが、ヴォルフはこっちの方がいいらしい。せっかくなので、子供達のための神殿を建てたいとガーベラもクーリーフンも思っていた。他の子供達が遊びに来ても泊まっていけるようにもしたいのである。

「考えておきますね」

「よろしくね」

クーリーフンは去って行った。


人間界蛇の国のお城では、夕食時、ミシェイラとレーヌがうれしそうに、「クーにほっぺにちゅーしてもらった！　いいでしょいいでしょ！」と姉と兄に自慢していた。

「えーいいなー私もちゅーしてもらいたかったなー」

ナナミはうらやましがっている。

「よかったね。結局クーに何かもらったの？」

ラギがゆりに聞いた。ゆりは蛇の目のゆりになっている。

「チューをもらったんでしょ？」

「時間をもらったんだよ」

レーヌが言った。

「時間？」

「クーの時間をもらったの。竪琴を弾いてくれてね、歌も歌ってくれたの。すっごくよかったの！」

「へー。なるほど。ところで、部屋にはハザーク様だけだったの？」

ゆりが聞いた。

「ディーンさんと先生もいたよ。二人とも驚いてた」

ミシェイラが言った。

「そりゃ驚いただろうね」

シスが笑っている。


ハザークの部屋では、クーリーフンが去って三時間も経つのに、ジャッツーもディーンもぼんやりしたままだった。

「いつまでぼんやりしているんだ？」

ハザークが二人に聞いている。

「いや、あれはぼんやりするだろう」

「うん。すごかったな。俺も、こんなに間近で神様を見るのは初めてだ。感動した」

「俺も感動して胸がドキドキしたよ。平然としているハザークの方が変だぞ」

ディーンがハザークに言った。

「我は、たまにガーベラに会ってるからな」

ハザークは珍しく自慢げに言っていた。

「うらやましすぎる。俺だってガーベラに会いたい」

「俺も会いたい。蛇でもどきどきするんだから神様ってすごいなあ」

ジャッツーは感動するように言っていた。

「ガーベラに会ったらもっと感動するのかな。やっぱり胸はすごいのか？」

ディーンが前のめりになって聞いた。

「それは、いえない」

「なんで言えないんだよ」

ハザークの部屋は盛り上がり、部屋の外にいた二人の侍女達は、

「楽しそうですね」

「本当にね」

とうれしそうだった。今はハザークの話し相手としてディーン、カーライル、ジャッツーがいる。以前はラクシュミがたまに飲みに来る程度だった。今は子供達もよく来るし、ハザークが暇な時があまりなくなった。それが侍女達はうれしいのである。

「カーライル様以外は王妃様のおかげね」

「そうね。へびっち様も、王妃様がいなければ会えなかったものね」

「来年こそは」

「私達も子供がほしいわね」

侍女達は恋する乙女の表情で言っていた。


今年ももうすぐ終わる。そして、世界にとっては運命の年ともいえる一年がやってくるのである。来年が終わる頃この世界がどうなっているのか、神々の長アシュランにもわからなかった。


「ところでさ、私の体まだなんともないんだけど、あの儀式、効いてるのかな？」

食事中、黒目のゆりが思い出したように言った。

「あ、そうだね。もしかしたら効いてるかもね」

シスが言った。

「でも妊娠してまだ三ヶ月くらいでしょ？　まだわからないよね」

とラギ。

「そうかな。儀式が有効だといいなあ。効いてますように」

ゆりは祈るように言っていたのだった。


つづく

14部

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