第43話
クーリーフンを間近でみたのが衝撃的だったのか、ディーンはその後ゆりに会いに来て、「ガーベラ様が来たら絶対に会わせてね」と再び頼んでいた。
「子供達にも伝えておきますね」
ゆりはそう答えた。
「うん。お願いね」
ディーンはむちゃくちゃうれしそうに言って部屋を出て行った。
「みんなは神様になれちゃったから、ディーンさんの反応が新鮮よね」
ゆりは部屋にいたジュノーに言っていた。
「ディーンさんの気持ちはよくわかりますよ。我々だって初めてガーベラ様に出会った時は、その夜なんて胸がドキドキして眠れなかったですもん。もう何年前になるんだろう。懐かしいなあ」
「そうね、最初にガーベラが私に来たのはもう二十年以上も前になるもんね、まさかこんなに長い付き合いになるとは思わなかったよね」
「城の門番達でさえかなりの神様に会ってますからね。ジンラ様のことだけ自慢していいと言われて酒場で自慢しているようですよ」
「そうなんだ」
「ところで、外はむちゃくちゃ寒いですよ。もう雪が降ってますし」
「雪？ 全然気がつかなかった」
「昨日の夜から降ってますよ」
「ほんと？」
ゆりは窓際に移動して窓を開けてみた。こちらの窓は城の前方がみえるのだが、外の景色がどうも変である。遠くの方は雪が降っているようだが、城の周りは降っていないようだ。
「なんか変じゃない？ 窓を開けても、そんなに寒くないような気がするんだけど」
「ようやく気がつきました？ これ、ムサカ様の魔法ですよ」
「え？」
「王の結界に合わせて、あまり寒くならないようにムサカ様が魔法をかけてくださっているんですよ。今月に入る頃からしてくださってますよ」
「ええー？ そうなの？ 全然気がつかなかった。だから城の周りに雪が積もってないんだ？」
「そうですよ。ハインリヒ殿がたまに暖かくしてくれるじゃないですか。あれのでかい版ですよね」
「なるほど、さすが王族。すごい。むっちゃすごい」
「すごいですよね。ムサカ様が城から離れても、魔法はずっと維持されてるんですから」
「さすがムー様だよね」
（こんな広範囲に暖房魔法をかけることができるなんて、すごすぎる）
ゆりは改めてムサカのことをすごいと感じていた。
「この冬は大変って言ってたけど、やっぱり大変になるんですかねえ」
「あんまり雪が降らないといいね。ルーは最近あんまり動かないよ。ゴショクもそうみたい。外よりあったかくても、蛇達は冬は苦手だよね」
「我々も苦手ですよ。早く春になってほしいです」
ジュノーは心の底からそう願っていた。
雪は降り続け、次の朝には場所によっては１メートル以上もの雪が積もってしまっていた。戦士達は建物が倒壊しないように対応に追われた。
「街の人達は大丈夫なのかなあ、博物館とか、教会とか」
ゆりは城の中で心配していたが、ラギが「大丈夫だったみたいだよ」と教えてくれた。
「重要な建物はムサカさんが魔法で守ってくれてたみたい。やっぱりすごいよね」
「すごい。ムー様」
ゆりはムサカにお礼を言いに行ったが、ムサカには「風邪を引かないようにしてくださいね」と気遣われた。
「ああ、ここに来ると外に出たくなくなりますよ」
王の間でぼやいていたのはミカエルだった。
「あったかい……」
「やっぱりこの冬は寒くなりそうだな」
ラクシュミが言った。
「我々は大雪にあまり慣れてないですからね。しかしここでこうだと麒麟の国とか大変でしょうね」
「そうだな。食べ物とか大丈夫そうか？」
「備えてましたからなんとかなります」
「ならいいが」
「ムサカ様って、好きになった女性に尽くすタイプですね」
ミカエルが言った。
「ん？ この魔法か？」
「いろいろ王妃の体のことを気にされてますよ。同じ男としても尊敬します」
「そうだな。ものすごくありがたい」
自分の子供のためといえばそれまでだが、ムサカはいろいろなことによく気がついてくれるので、ミカエル達はムサカを尊敬しまくっていたのだった。もちろんラクシュミもムサカには感謝している。自分の人生でこれほど安心できることは今までなかった。ムサカはいずれいなくなってしまうだろうが、その頃には、たのもしくなったアナスターシャも帰ってくるし、シス達も成長していることだろう。
「王はあまり気を抜かないようにしてくださいね。安心感が顔に出てますよ」
ミカエルが笑いながら言った。
「今私がもし死んでも、どうにでもなるんだからいいよな。ものすごく安心できる」
「縁起でもない。やめてくださいよ」
「そうだな引退して教会や博物館に直接行きたいしな」
「それくらいならムサカ様に頼めば今でも可能じゃないですか？」
「引退後の楽しみにしているんだ」
「そうですか」
あの暗い日々が今では夢のような気さえしていた。こんなにこの国が変わるとはだれが予想しただろう。
願わくば、この平和な時がいつまでも続くように、二人ともそう願っていたのだった。
その夜も、ゆりの食卓には変わらず野菜が入った料理が並んでいた。
「雪なのに野菜が手に入るんだ？ ありがたいね」
ゆりは深く気にしなかったが、畑の一角にムサカが魔法をかけて、雪から防いでいた。それもゆりの栄養を考えてのことである。
事情を知っていたシスとラギは、
―ムサカさんすごいね
―うん。すごい
と思念で会話していた。
夕食を食べてゆりが自分の部屋に戻ると、人になったへびっちとクロスがいた。
クロスはソファにつかまって横にずりずり歩いている。
「歩くのが上手になったね。へびっちはどこで寝てるの？ 外はすごく寒いんでしょ？」
へびっちは身振り手振りでゆりに答えていた。
「ここで寝てるんだ？ しばらくそれがいいわね。侍女さん達も喜ぶだろうし」
「マーマー」
クロスがゆりを見上げて言った。
「ママだよー」
「マーうまうま、まだ？」
「う……まだだねえ。春になれば、また果物が食べられるからね」
「うう……」
クロスは悲しそうだ。クロスはサントスにもらったイチゴがむちゃくちゃ気に入ってしまったようだった。
「よしよし。他の食べ物で今は我慢してね」
ゆりはクロスの頭をなでなでした。
蛇の国でも結構雪が降っていたが、聖地でも雪が1メートル以上積もっている所もあった。神官達は雪かきに追われている。
今年最後の日、アシュラン神殿には、クーガの誕生日を祝いたいファン達が十人もやってきていた。中にはフウガもいる。アシュラン神殿の周りも真っ白で雪が積もっていた。クジャクたちは神の国に避難している。
「クーガ様、誕生日おめでとうございます！」
「皆さん寒いのにありがとうございます。今日も船は出ているんですか？」
クーガが聞いた。
「船便はかなり減ってますけど、一日二便は出てますよ。俺達は昨日から聖地に泊まって宴会でしたけど」
フウガが答えた。
「寒いから気をつけてくださいね」
「クーガ様を祝うためなら、雪もなんのそのです。どうぞ」
ファンクラブ会長が花束をクーガに渡した。こんな時期に花が？ と思いじっくり見てみると、造花だった。
「生のお花が手に入らないので、私達で作りました」
「上手にできてますね。ありがとうございます」
「それとこれも受け取ってください」
別の女性が手紙の束をクーガに渡していた。
「クーガ様〜握手をお願いします」
全員クーガと握手をして去って行った。皆クーガに会えたので満足そうだった。
ありがたいことに、アシュラン神殿の横の魔法陣を使えば、船着き場近くまで飛ぶこともできる。
だが最近さすがに巡礼者は少なかった。神官達も雪と悪戦苦闘している。
（蛇の国はどうなんだろう。雪で教会が倒壊していなければいいが）
クーガは蛇の国のことを思った。
クーガにとって思い入れのある教会である。無事であってほしい。次ゆりに会えるのは二の月である。
（麒麟の国もどれだけ雪が積もってるやら）
クーガが自分の部屋に戻ると椅子に座っている男がいた。
「…………」
「誕生日おめでとう」
男が座ったまま言った。
「はあ、どうも」
クーガはわりとそっけなく答えた。座っていたのは金髪の男、光をおさえているがアシュランである。
「北の方は雪がひどいんですかね」
クーガはちょっと聞いてみた。
「アリアスが太陽の石を配りまくってた。まあなんとかなってるだろう」
「そうですか」
「こればっかりは、どうにもならないからな」
「蛇の国はどうなんですか？」
「教会は無事だったぞ」
「そうですか」
「年明けはもっと寒くなるかもな。風邪を引かないようにな」
「はい」
「じゃあ行くか。またな」
アシュランは姿を消した。
ノックの音がして、出るとクーガのおつきの者がいた。
「クーガ様にお手紙ですよ」
「ありがとう」
それはゆりからの手紙だった。
『クーガ様、誕生日おめでとうございます。私達は元気ですよ。クーガ様も風邪には気をつけてくださいね 二人のゆりより』
手紙には大きめの文字でこう書かれていた。
「あなたこそ風邪を引かないようにしてくださいね」
クーガは手紙を見つめながら言っていたのだった。
新年が明けた。
人間界だけではなく、神の国もひんやりする朝、ラクアの神殿の外では、驚愕の声が上がっていた。
「す、すごい！」
「すごーい！」
「ペンちゃんすごい！」
青いペンギンは胸を張って誇らしげにみえた。ペンギンはラクアの神殿の外の湖の一部に氷を張っていたのだが、朝みると、その氷の上に氷の彫刻のようなものが三つあった。女の子三人の彫刻である。氷でできた像はユリアナ、イオナ、ラクアの妹の子、シレーヌだった。木像のようになめらかではないし、本人にそっくりではなかったが、なんとなく子供達の特徴を捉えているし、なによりこれを作ったのは神獣なのである。
「これ私だね」
「こっちは私だ！ そっくりだよ。すごいよ」
ユリアナもイオナも大喜びだった。
「にてる？」
シレーヌは氷像の横に並んでみた。身長は同じである。
「にてるにてる！」
子供達は手をたたいている。
「うーん、すごすぎる。どうやって造ったんだろう？ ああ、溶かしたくない。どうしよう」
ラクアは悩ましげに言っていた。
氷なので、いずれは溶けてしまう。ラクアとしては、永遠にここに置いておきたいくらいだった。
「カカ様にみせよーよ」
「そ、そうだね。溶ける前にガーベラに見せよう」
ラクアはガーベラを呼びに行った。
お花持参でやってきたガーベラは、氷の像を見て「すごい！」と感動していた。
「ペンちゃんが造ったの？ すごいじゃない」
みんながすごいすごいというものだから、ペンギンは恥ずかしくなったのか水の中に潜ってしまった。
「氷を削ったのかしら？ それともこういう形の氷を造ったのかしら？」
ガーベラはそこが疑問だった。
「ペンちゃんは、自分が作業しているところはだれにも見られたくないみたいなんだ。この前パティウスが見張ってたら、その間は何もしなかった」
ラクアが言った。
「そうなの。芸術を理解する神獣なんてすごいわよね」
「あ、本当だ。すごいね」
ジュリアンが話を聞いてやってきた。するとペンギンは水からあがって、よちよち歩いてジュリアンにひっついていた。
「すごいね。どうやって造ったの？」
ジュリアンがペンギンに聞いていた。ペンギンはなにやらジュリアンに言っているようだ。手をぱたぱたさせている。
「内緒？ そうか。すごいね」
ジュリアンがペンギンの頭をなでると、ペンギンはうれしそうにしていた。
「ペンちゃんまたつくってね」
「今度はトト様とカカ様つくって」
「ペンちゃんもつくってよ」
子供達は好きなようにリクエストしていた。
「本当に、なんてすごい神獣なんだろう」
ラクアはペンギンに感心しっぱなしだった。今やペンギンはラクアの神殿にはなくてはならない存在になっていた。もしいなくなったならば、かなり寂しく物足りなく感じることだろう。
「神獣って寿命はあるのかな？ 長生きすればいいなあ」
ペンギンはジュリアンに何か訴えていた。
「ラクア様、ペンちゃんがもっと寒い所に行ってみたいそうですよ」
「寒い所？ 聖地の僕の神殿に行ってみる？ 雪が積もってるみたいだから、ここよりは寒いよ」
ペンギンは手をぱたぱたさせていた。
「行きたいみたいです」
「みんなでいこうよ」
「ジュリもいこう！」
「うん」
「いってらっしゃい」
ガーベラが見送り、ラクアと子供達にシレーヌ、ペンちゃんにジュリアンは移動したのだった。
聖地のラクアの神殿の外の湖の水は、寒さですっかり凍っていた。一面真っ白である。
「すごーいまっしろだ！」
「白いね！」
「僕、雪を初めてみた」
ジュリアンは雪の塊に触ってみていた。辺りには人がいなかったが、声が聞こえたのか神殿から人が二人出て来た。
「ラクア様！」
「やあ、こんなに雪が降ると大変だね」
「会えてうれしいです」
「感激です」
二人の神官は泣きそうである。
「ユリアナとイオナは知ってるよね。こっちの子が妹の子でシレーヌ、この子はガーベラの子のジュリアンだよ」
ラクアが神官に子供達を紹介した。神官達はびっくりするやらうれしいやらである。
「それであそこにいるのが最近産まれた神獣のペンちゃん」
「ペンちゃん」
そのペンちゃんは湖の上にはった氷の上をよちよち歩き、女の子達も続いていた。氷の上にも雪が積もっている。
「さすがにこの雪じゃ巡礼者もいないだろうね」
ペンちゃんが雪の中に入って遊んでいると子供達もマネしていた。神や妖精は凍えて死ぬことはないのでみんな平気そうだ。
「ところで、君達は寒さは大丈夫なの？」
ラクアが神官を見た。
「はい、太陽の神官から暖かい道具をいろいろもらいましたので、なんとかなってます」
「そう。神殿よりも、命の方を優先してよ。ここを無人にしたって怒らないからさ」
ラクアが優しげに言っていた。
「はい。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
神官達は涙ぐんでいる。
ふとみると、ジュリアンが大きな白い塊を手に持っていたが、それは動いていた。
「何を持ってるの？」
ラクアが聞いた。
「今転がってきたんですよ」
それは背中は鎧のような真っ白な甲羅に覆われていて、よく見ると顔のようなものと白い短い尻尾があった。
「ミンクですね。冬寒い時に出てくる生き物ですよ」
神官が説明してくれた。
ラクアがジュリアンに通訳した。
「ミンク、かわいいなあ」
顔は体の割りには小さく、隠すこともできた。
「丸くなって転がって移動できるなんて面白いな」
「ミンクは警戒心が強い生き物でして、人間にあまり慣れないんです」
神官が言っていた。ジュリアンが下に降ろすと、ミンクは白いボールのようになっていた。
「元気でね」
ジュリアンはミンクをなでなでし、ミンクは転がって行った。
「この雪が暖かくなると全部溶けてしまうんだからすごいですねえ」
雪が初めてのジュリアンは辺りを見回しながら言っていた。
「人間は寒さで死ぬこともあるからね。神殿の周りの雪だけでもどうにかしておこうかな。ちょっと神殿の中に入ってて」
「は、はい」
神官達は神殿に入った。
ラクアは神殿の上と周りに積もった雪を溶かし、みんなで神の国に戻った。
ガーベラの神殿に戻ったジュリアンは、聖地で雪を見たことを話した。
「景色が全部真っ白でした。綺麗でしたよ」
「この冬は寒いって言っていたものね。聖地も雪で一杯なのね。私の神官達は大丈夫かしら」
ガーベラは自分の神官達のことを気にしていた。
「瞬間移動もできるし、いざとなったら逃げられるとは思うけど」
「今回は神殿が崩れるほど降らないとは思うけどね」
クーリーフンが言った。
「そういえば、昔私の神殿が倒壊する事件があったよね？」
ガーベラは記憶をさかのぼっていた。今まで何度か大雪の時が降った時があった。一番ひどかった時には、ガーベラの神殿が雪の重みに耐えられずに倒壊してしまったのだ。
「そんなことがあったね。神官達はすでに避難していたから無事だったけど、神官長がその時残ると言い張って強引に移動させたとか言ってたなあ。あの時神殿を建て直したんだよね。三千年くらい昔かな」
「雪って大変なんだね」
ジュリアンが言った。
「綺麗なだけじゃないからね。降り積もるとやっかいなんだよ」
「僕、雪をどかしに行ってあげるよ」
ヴォルフがそう言ったので、ガーベラもクーリーフンも驚いていた。
「ええー？ どうやってどかすの？」
「スコップとかで？ でかい丈夫なスコップはあるかな」
「ジェラルド工房ならあるかな？」
クーリーフンが言った。
「ヴォルフが行くなら私も行く。そうだ。せっかくだから差し入れを持って行ってあげましょう。サントスに何かもらおう。明日行きましょう」
「うん。僕工房に行ってみる」
ヴォルフは去って行った。そして戻ってきたヴォルフは、手にでかい鉄製のスコップを持っていた。長さは子供のヴォルフ以上あるし、武器にもなりそうなくらいでかい。実際武器にもなるだろう。
そのスコップを見たジュリアンはこれを使うヴォルフが見たくなり、「僕も行きたいな」と言っていた。
「どうやってあれを使うのかすごく気になる」
「僕も気になる。みんなで行っちゃおうか」
クーリーフンが言った。
次の日、ヴォルフは青年になっていたのでジュリアンは驚いていた。
「あれ？ 成長してる」
「ヴォルフいい男でしょ？」
ガーベラはヴォルフと腕を組んでいた。
「みんなでおでかけなんて初めてね。シャリィもくればよかったのになあ。じゃあみんなひっついて」
ガーベラは神の姿の時は聖地の自分の神殿に移動することができるので、皆を連れてそのまま移動した。
「きゃああーーーー」
「嘘でしょう！？」
神殿の中には二人の女性神官がいて、ガーベラたちを見て驚いていた。
「はあい、雪で大変だって聞いたから様子を見に来たのよ。これ差し入れ」
ガーベラが言ってクーリーフンが麻袋を渡した。
「ありがとうございます」
「感激です」
神官達はすでに号泣している。
「さすがに信者はいないようね」
「雪がすごいですから馬車も動いていないんですよ」
「そうかあ」
神官達はガーベラを見たりクーリーフンを見て、ジュリアンとヴォルフを見た。
「こっちのかわいいのがジュリアン、サラディンとの子供で、こっちがヴォルフ、ハロルドとの子供なの」
「すごい、今日はご褒美デーですか？」
「今日来てよかったー！！！」
神官達は感無量といった感じである。ヴォルフは神殿の外に出て戻ってきた。
「とりあえず神殿の上の雪を下ろすから、中にいて」
「わかったわ」
やがて「ドサドサ」雪が落ちる音が聞こえてきた。音が聞こえなくなったのでジュリアンが扉がちょっと開けて神殿の外をのぞいてみた。すでに入り口付近の雪は少なくなっている。
ヴォルフはでかいスコップで大量の雪をかき、ぽいぽい遠くにほおっていた。ジュリアンにもさすがにあれがどれほど重いかくらいはわかる。自分には絶対に無理だ。
「す、すごい」
「すごい力だ」
横にクーリーフンもいた。
「男だわー。ステキ！」
ガーベラもうれしそうだ。神官達も外に出て来て、ヴォルフを見て目をまん丸くしていた。
「すごいです！」
「さすがハロルド様の御子様」
あっという間にガーベラ神殿の周りの雪はなくなった。ヴォルフは全く疲れていない様子である。ある程度綺麗に雪がなくなったところで、
「僕ちょっと他に行きたい所があるからこれで」
ヴォルフはそう言って消えてしまった。
「ヴォルフはすごいね。あの怪力、ハロルドくらいありそうだな」
クーリーフンが言った。
「すごいですね。すごいとしか言えない」
とジュリアン。
「ヴォルフは瞬間移動もできるし、すごい妖精よね。じゃあみんな、他の神官達にもよろしく言っておいてね。無理しないように。危なくなったらさっさと逃げるのよ」
「はい。他の神官達は言ったら悔しがって泣くと思いますけど」
「絶対泣きますね。皆さんに会えてうれしかったです」
「じゃあね」
ガーベラたちも姿を消した。
ヴォルフがやってきたのは蛇の国の城の前である。
「あれ？ 雪はないんだ」
蛇の国の城の上に雪はなかった。だが、正門の外は雪だらけで、馬車が通る道にも雪がつもり、門番もいなかった。ヴォルフの足も膝上まで埋まっている。
「魔法か。よかった。せっかくきたし、この道の雪をどかすかな。これって、修行になりそうだな」
ヴォルフは猛烈な勢いで雪かきをしていった。
夕方、城にやってきたミカエルは、「王、不思議なことがあったんですよ。城から北の街に通じる道の雪がどかされているんです！」と不思議そうに言っていた。
「へームサカ殿がやってくれたのか？」
「そう思ってムサカ様にお礼を言ったら、道については違うっておっしゃるんですよ」
「そうなのか？ だれがしてくれたんだろうな」
「あの距離の雪をどかすなんて、かなり大変ですよ。大変だからほっておいたくらいなんですから。おかげで明日は馬車が通れそうですよ」
馬車が通れない間は、戦士達が瞬間移動で城に物資を運んだりしていたのだった。
「よかったな。だれがしてくれたんだろうな」
「魔法で雪をとかしたとかではなく、よけてあるんですよ。だれなんでしょう」
ミカエルは首をかしげまくっていた。
ヴォルフはゆりに会いに行かなかったので、夕食の時間にその話題になったが、ヴォルフがしてくれたとはゆりも気がつかなかった。
神の国ガーベラ神殿にて、明くる日、子供のヴォルフが寝ていると部屋に入ってきた者がいた。ルチアである。ルチアはヴォルフを起こして海に行こうと誘っているようだった。
「僕、今日はやりたいことがあるから行けないんだ。何をするのかって？ 雪かきをするんだ。昨日したら結構面白かったんだ。あのスコップで雪をどかすんだよ」
ヴォルフの部屋に昨日使ったでかいスコップがたてかけてあった。ルチアはそれをしげしげと見つめている。そしてなにやらジェスチャーをはじめた。
「ルチアもやりたいの？ ルチアにできるかな。僕成長してからするんだけど」
ヴォルフがその場で成長してみせると、ルチアは目をまん丸くしていた。
「子供のままだとさすがに大変だよ？ ルチアも成長できる？」
ルチアは目を閉じて念じてみた。だが、無理のようだ。だが、どうしてもやりたそうだった。
「じゃあジェラルド工房でスコップをもう一個もらっていこう」
ルチアは親指をぐっと上にあげていた。
ガーベラの神殿の外にはマチルダもいたので、三人はヴォルフの瞬間移動で工房まで移動して、その後蛇の国の城付近まで移動した。昨日雪かきをした道はそのまま残っていた。あれから雪は降っていないようだ。
「じゃあ違う道をやろう、城からあっちに通じる道を作ろう。あれ？」
ルチアがいない、と思ったら、雪の上につっぷしていた。
「なにしてるの？」
ルチアは起き上がり、何やらジェスチャーしていた。うれしそうだ。
「そっか、雪をいっぱい見るの初めてなんだ。初めてっていろいろいいよね」
マチルダは雪を一杯手に持ってみている。
「じゃあ雪かきをしよう」
ヴォルフがスコップで雪をかいてほおるのを見て、ルチアもまねしだした。
（子供でもルチアの力はやっぱりすごいな）
ルチアはでかい鉄のスコップを軽々と扱っていた。少しするとコツを覚えたのか、雪かきのスピードがあがっていた。こうして二人は横に並んでルチアは右に雪をほおり、ヴォルフは左に雪をほおった。マチルダは後ろからついていきながら、宙を舞う雪を眺めていた。
城に物資を運んでいたヴィラは、物資を届けた後、なんとなく城の上空から周りを見ていたのだが、西の方に雪が飛んでいるのがみえた。
「ん？」
よく見ると誰かが雪かきをしているようだ。
ゆりが王の間に呼ばれてやってきた。
王の間にはヴィラがいた。
「王妃、この前出会ったルチア様が雪かきをしてくださっているんですが」
ヴィラが言った。
「え？ ルチアちゃんがいるの？」
「お前が頼んだんじゃないのか？」
ラクシュミが聞いた。
「まさか。神様にそんなこと頼むわけないでしょう。どうしてしてくれてるんだろう？ じゃあ昨日のもルチアちゃんが？」
「ルチア様とマチルダ様、それから銀髪の青年がいるんですよ。そちらも神様か妖精じゃないかと思うんですが」
「銀髪？ もしかしてヴォルフ君かな？ ほら、この前魚とか持って来てくれた子よ。三人で遊びにきてるのかも。ヴィラ、みえる所に連れて行ってよ」
「じゃあ上着を着てください。西側のバルコニーからならみえるかな」
ゆりはヴィラに部屋に連れてきてもらって、ゆりは防寒着を着てまた移動させてもらった。城の西側のバルコニーから、雪かきの様子が小さく見えた。
「もうあんなにしたんだ」
三人は城から結構離れていた。
「すごい速さですよ。人間ではありえないです」
ゆりはバルコニーからしばし眺めていた。
「王が雪かきをずっとしてもらっていいのかって聞いてますが」
「いいよ。別に頼まれてやってるわけじゃない。多分、遊んでるんだよ」
ゆりが微笑んで言った。
「遊んでるんですかねえ」
「むしろ邪魔しないであげて」
「わかりました」
ヴォルフとルチアの間に距離が出てきた。ルチアは子供姿なので、さすがに疲れたようである。普通の人間ならば、スコップに大量の雪を乗せて投げるのも一苦労である。それをひっきりなしに続けるのだから、疲れない方がおかしい。
「ルチア、やめたかったらやめていいんだよ」
ヴォルフが後ろを見て声をかけると、ルチアは再び猛然とスコップを使ってヴォルフに追いつこうとしていた。
（ルチアって面白いな）
ルチアのヴォルフに対する感情は、完全なる好意なので、ヴォルフもルチアには冷たくできなかった。ちなみにマチルダのヴォルフに対する感情は、かわいい子供に優しくしたいようなそんな好意である。
ヴォルフが待っているとルチアが追いついてきた。
「ルチア疲れた？」
そう聞いてみると、ルチアは横に首を振っていた。
二人で雪かきを続け、ようやく、西の街らしき門がみえてきた。北に抜ける道よりもこちらの方が距離が長い。だがルチアと二人だったので昨日よりは時間はかからなかった。
「ここで終わりだ。じゃあ帰ろうか」
ようやく雪かきが終わり、ヴォルフは二人を連れて姿を消した。
いつの間にか門の外に道ができていたので、街の人達は「見てみろよ。すげえ」「道ができてる！」「どなたの魔法なんだろう？」と驚いた。
城の近くでは、シスとラギが雪かきでできた道を歩いていた。
「すっごいね」
「うん。すごい」
二人でしたとはとても信じられない。馬車が一台通れるくらいの道ができて、雪が傍らに積まれていた。
神の国に帰った後は、今度はルチアがヴォルフを誘い、火の神殿のお風呂に入りに来ていた。ヴォルフは子供に戻っている。
「今日は早い時間に来たな」
広間ではサラディンが言っていた。神の国ではもう少しで夕方といった時刻である。
お風呂に入っているルチアはぐったりしていた。やはり疲れたらしい。
「ルチア、明日も行く？」
とヴォルフが聞くと、ルチアは首を横に振っていた。
「せっかくだから道を四本作りたいな。今日はルチアと遊んで楽しかったよ」
ヴォルフが素直にそういうと、ルチアはちょっと考えるように目を閉じていた。そしてかっと目を開いてジェスチャーしていた。やっぱり明日も行くと言っているかのようだ。
「別に無理しなくていいよ」
ルチアは両手でガッツポーズをしている。
次の日、本当にルチアはスコップを持ってガーベラの神殿にやってきた。
「二人でどこに行くの？」
クーリーフンが聞いた。
「あっちのお母さんのお城の周りに道を作ってる」
ジュリアンがいなかったので、ヴォルフはそう答えた。
「頼まれたの？」
「ううん。僕はただ遊んでるだけだよ」
ヴォルフは青年になってルチアと一緒に行ってしまった。
「遊んでる？」
少ししてから、クーリーフンはガーベラと一緒に魔法の鏡で蛇の国の城の周りをみてみた。
北と西に道ができている。昨晩は雪が降ったのか、道にも少し雪が積もっていた。
「すごーい。これをヴォルフがしたの？」
どちらも結構な距離である。二人とマチルダは城の南の道を作っていた。あまりのスピードにガーベラはぽかんと眺めていたが、クーリーフンは笑って「怪力コンビの誕生だね」と言った。
「マチルダはやらないのね」
マチルダは二人から離れたところをついていっていた。
「遊びか、確かに、楽しそうだね」
ヴォルフの顔を見たクーリーフンは、そう言って微笑んだのだった。
つづく
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