第５５話

ラギ達一行は、ハロルド神殿から魔法陣でアシュランの神殿横へとやってきた。アシュランの神殿は、神殿の中でも一番大きくて、立派な建物である。巨大な教会のような荘厳な外観だった。

「おー……」

ムサカが声を発していた。

「大きいね」

とロイ。神殿の両側には巨大な塔がひっついていた。

「あ、ジャックだ。子供ができたんだ！」

アシュラン神殿の前には七色の綺麗な色のクジャクたちがいた。ラギが前回見たクジャクと、子供達のようだ。ジャックは羽を広げてサービスしてくれた。

「これがクジャク、なんて綺麗な鳥なんだろう」

ドルイドは感動するように言っていた。

「今日はクーガ様はいらっしゃるのかな。僕らがいつ来るか言ってなかったからなあ」

四人は神殿の中に入っていった。大広間の天井はものすごく高かった。神殿の中は神聖な気と光で満たされていた。

「おーおー……」

ムサカはそれしか言うことができなかった。広間の左右にある大きなステンドグラスはキラキラ輝いていてとても綺麗だった。天井からは光の粒が降り注いでいるかのようだ。何もかもが夢のような美しさだった。

「シューシュー」と空気が抜けるような音が聞こえてきた。

「あ、ちょうど始まるんだ」

ラギはショーが始まることを察した。神官達が人々を誘導している。今日は十人ほどの子供達の団体もいた。

「なにが始まるの？」

ロイが聞いた。

「これからお楽しみだよ」

ラギ達も広間の隅に移動した。白いもやが部屋の中に立ちこめてきた。そのもやが形を作った。ユニコーンである。白いモヤ状のユニコーンはアシュラン像の周りを走って回っていた。

「すげっ」

次にユニコーンは四頭のペガサスが牽く馬車に変わった。御者には太陽の神アリアスらしき神が乗っている。

「すごい！」

モヤは前回と同じように様々な形に変化して、人々を驚かせた。形の変わり方は前回と同じようである。

「すごっ」

ロイも目を見開いている。十五分ほどでもやはなくなり、ショーは終わった。ラギ達は拍手していた。

「あれって魔法なんでしょうか？」

ドルイドがムサカに聞いた。

「さあな、さっぱりわからない」

「何回見てもすごいね」

「すごいすごい」

団体の子供達も喜んでいる。子供達は年齢も性別もバラバラだった。それを引率しているのは若い金髪の男である。

（どういう団体なんだろう？）

ラギは疑問に思った。

「そうだ。クーガ様がいらっしゃるか聞いてみよう」

「マリカはいますか？」

ロイが先に神官に聞いていた。

「ロイ、さんを付けなきゃだめだよ」

ラギがあわてている。

「僕たちクーガ様とマリカさんの知り合いなんです。お二人はいらっしゃいますか？」

ラギが聞いた。

「ちょっと待っていてください」

神官が二人を呼びに行ってくれた。少しして二人がやってきた。

「あークーガ様だ」

「クーガ様！」

団体の子供達の方がクーガを見つけて取り囲んでいた。

「こんにちは」

クーガは優しく子供達の頭をなでている。マリカもやってきた。

「マリカ！　元気だったんだね」

「久しぶりですね。ロイ様」

ロイはうれしそうにマリカに近寄っていた。

「ほんとだ。肌の色が変わってる。今は僕の方が足が速いよ。また勝負しようよ」

「ロイ様は変わらないですね」

「僕明日からスペードさんに稽古つけてもらってるから、暇だったら来てね。あと八日もいるから」

「分かりました。顔を見に行きますね」

クーガもこちらに来てくれた。

「暖かくなってよかったですね。今年は聖地も結構雪が積もって大変でした」

「本当に春になってよかったです」

「私はムサカです。大変お世話になりました」

ムサカがクーガに頭を下げていた。

「こんにちは、長くいらっしゃるようなので、聖地を堪能していってください」

「はい」

「あのークーガ様、あの子供達はどういう団体なんですか？」

ラギが小声で聞いた。子供達は金髪の男に促されて神殿を出て行こうとしていた。「クーガ様ばいばーい」と手を振っているので、クーガも笑顔で手を振って返していた。

「聖地にある孤児院の子供達ですよ」

「孤児院？」

「聖地にあるんですよ」

「そうなんですか」

「あの金髪の先生は神官だね」

ロイが言った。

「ジー様と同じ気がする。肝心のジー様はどこにいるんだろう。聖地で会いたいのになあ」

ロイはぶつぶつ言っていた。

「神官……なんですか？」

ラギがクーガに聞いてみた。彼は神官が着るローブなどは着てはいなかった。戦士が着る服でもない。青系のズボンに襟付で背中側が長い上着を着ていた。足が長いのか様になっていた。

「まあそんな感じです。ロイ君はなかなか鋭いですね」

「ねえマリカ、ジー様知らない？　子供の神官でさ、すっごく強くてね」

ロイはマリカにジーのことを聞いていたが、マリカにも分からないようだった。四人はアシュラン神殿の中を見学し、アシュランにお祈りをした。ロイ以外はスタンプラリーのスタンプも押して回っている。

四人は次にヒルデリアの神殿に行った。ヒルデリアの神殿は女性の信者ばかりが十人ほどいた。今日は赤ちゃん人形の列もそんなになかったので、ラギはロイを誘って赤ちゃんの人形を抱かせてもらった。

「ん？　どこかでみた人形だね」

ロイが言った。ラギは前回人形を見なかった。

「そうだね。ミシェイラがもらった人形に似てるよね」

ドルイドとムサカははヒルデリアの像の前で祈っている。ムサカはその後、土産物コーナーにいて買い物をしていた。妊婦に良い薬草や飲み物などを売っているのである。

ラギ達も、（お母さんが健康妊婦でいられますように）とお祈りし、神殿の中を見学した。ムサカはやはりゆりにお土産を買っていたようだ。

「聖地って楽しいね」

ロイが言った。

「でも明日からは稽古するんでしょ？」

ラギが聞いた。

「うん。一番すごいアシュラン様の神殿を見たから、もういいかな。子供の神官はいないんだってさ。ジー様は、神官じゃなかったのかな」

ロイは残念そうだった。

「生きてれば、きっと会えるよ」

「うん。そうだね」

「あのーもう一度、アシュラン様の神殿に行ってもいいですか？」

「もちろんいいですよ」

ムサカの希望で再びアシュラン神殿を見学し、四人は夕方魔法陣で戻ったのだった。


神の国では、次の日もジェイクは海に来ていた。元々の身体能力の高さからか、二日目には海の中を潜って泳げるほどに泳ぎは上達していた。

「さすがだわ」

海の女神であるセスティナも驚いている。

ジェイクは泳げるようになると、海の世界が楽しめるようになった。陸の世界とは生き物なども何もかもが違う。ジェイクもタフなほうだったが、そのジェイクが感心するほどルチアはタフだった。海の中を自由自在に泳ぎまくっている。

「ルチアって、海の女神みたいだね」

陸に上がった後、ジェイクがルチアに言った。ルチアはガッツポーズを取っている。

「ははは」

「ジェイクもすごいわよ。あなたたちは三人ともすごいわ」

「海って綺麗だね。マチルダは、見てるだけで楽しいのかな？」

マチルダはいつも砂浜にいるだけである。海の中に入ることはできないのかもしれないが、なぜいつも一緒なのか、ジェイクには分からなかった。

「楽しいんじゃない？　じゃなきゃいつも来ないわよ」

とセスティナ。

「そうか。マチルダはきっと、ルチアのことが大好きなんだね」

「ルチアは性格的には男だからね。男で生まれてたらよかったのに」

セスティナが残念そうに言っていた。

その後、神の国の方に戻ると、ルチアに促されて、ヴォルフは火の神殿にジェイクとルティアナ、マチルダを連れて移動した。ルチアにとってはお決まりのお風呂コースである。ジェイクはサラディンが怒りはしないかとびびっていたが、ルチアは自分の風呂のごとくである。マチルダは皆の髪を洗うと風呂から出て行った。ジェイクは初めてのお風呂だった。昨日は海だけである。

「……ねえ、ヴォルフ、ルチアと一緒にお風呂に入ってもいいのかな」

ジェイクはすでに一緒に風呂に入りながらも、困った顔である。

「妹だから、いいんじゃない？」

「姉さんとも入ったことないのにさ」

「神様はあまりお風呂に入らないじゃない。ま、いいんじゃない？」

「いいのかなあ。ルチアは全然気にしてないねえ」

ルチアは風呂が気持ちいいという表情である。男二人のことはまるで気にしていなかった。

「気持ちいいね。なんで他の神様はお風呂に入らないんだろう？」

「さあ」

「サラディン様本当に怒らないだろうね」

「大丈夫だよ」

「ルチアといると、なんだか調子が狂うね」

ジェイクは笑っていた。

「明日も海に行くのかな。僕はいつまでルチアと一緒に遊べばいいんだろう」

「僕、明日は聖地に行きたいんだ。僕の知ってる男の子が来るみたいだから、会いに行こうと思って」

「知ってる男の子って？」

「人間の男の子だよ。蛇の国のロイ君」

ジェイクが目を見開いていた。

「え？　ロイ君？　どうしてヴォルフがロイ君と知り合いなの？」

「たまたま。ジェイクも知ってるの？」

「ロイ君は、僕が初めて知り合った人間だよ。いろいろ事情があって、何日か剣の使い方を教えたんだ」

「そうなの？　ジェイクも行く？」

「え？」

「ロイ君に会いたくないの？」

「会いたいけれど……僕はあの時神として会ったわけではないし……お父さんに聞いてみないと」

「別に聞かなくてもいいよ。相手は人間だよ。躊躇してる間に死ぬかもしれない。会いたいなら会いなよ」

「……そうかな」

「そうだよ。神の時間でそのうちなんて言ってたらだめだよ」

「そうだね。……あれから何年経ったんだろう。ロイ君、大きくなったのかな」

ジェイクがロイに初めて会ったとき、ロイは十二歳、本当に小さな子供だった。人間世界では七年ほど前の話である。

「すごく懐かしいな」

「ルチアは聖地に行く？」

ヴォルフが聞いたが返答はなかった。ルチアは風呂の中ですっかり寝ていた。


「お父さん、今日はジェイクも来てるみたいよ」

ルティアナがサラディンに報告していた。

「楽しそう。私も一緒に入りたいなー」

「だめだろ」

「でもルーちゃんもいるよ？」

「だめ」

「ぶー」

ルティアナは頬を膨らませていた。最近風呂に来る人数が増えているので、サラディンは早めに風呂に入ることにしていた。子供達に来るなと言えばすむが、サラディンはすでにルチアを娘のようにかわいく思っていた。神殿に寄りつかなくなったら、寂しいと思うだろう。以前の自分ならば考えられないが、ルチアに慕われたままでいたいと思う自分がいる。

「まあしょうがないか」

随分丸くなったものだ、と自分でも思うサラディンだった。


つづく

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