第58話
とうとう赤い月の夜である。ベッドで待っているゆりの元にラクシュミがやってきた。
「王様」
「ゆり……その……やはり今年はやめないか？」
そこにいたのは普段のラクシュミである。
「王様、何度も言ったでしょ。大丈夫だって」
「だから何を根拠に言ってるんだ」
「それは長年の夫婦の勘？」
「勘だけじゃだめだ。朝になったらお前が死んでたらどうするんだ」
「大丈夫だって」
「せめて一年、間をあけないか？」
「でも、気になるじゃない。来年まで気になるなんてやだし」
「あっちにはこのまま一生引っ込んでもらってもいいくらいだ」
「えーそんなのやだよ。やっぱり今年会いたい。王様絶対大丈夫。絶対に大丈夫だから」
ゆりは暗い部屋で目を輝かせて言っていた。
「うーん」
「私を信じて！」
「しかしあっちのゆりはびびってるだろう」
「そうだけど、でもこのまま一生会わないなんてやだし」
「わかった。とにかく今夜は寝よう。実は考えて心配しすぎて疲れた」
「えー王様ったらー」
ラクシュミは本当に寝てしまった。よっぽど疲れていたようだ。
（王様の心配も無理はないけどなあ……私ってば、ついに、王様以外の人の子供を妊娠してしまったようだし。王様は気にしてないみたいだけど、あっちの王様は分からない）
まだラクシュミの子供の可能性もゼロではなかったが、ムサカの子供の可能性の方が高いようだ。同族で、ムサカは国王クラスの力の持ち主なので、周りからは何も言われなかった。赤い月以外の子供なので子供の力はどうなのか、それが気になるところだ。もし魔力がなくても、雷の神ソルに見てもらったら、ラギのように魔力が身に宿る可能性もある。
（王様、ごめんね。でも、私が王様とうまくやっていくことができたのも、あの時の王様のおかげだよ。あの時の王様がいなかったら、私は王様とうまくやっていけなかったよ。きっと）
ラクシュミの性格は今でこそ温和になってきたが、当時は世間話すらまともにできなかった。二人でデートすることもなく、ラクシュミから言われる言葉は連絡事項くらいだった。それで愛せというのも、むちゃな話である。もう一人のラクシュミがいなかったならば、ゆりはラクシュミを愛せていたかどうかもわからない。
（あっちの王様ととにかく話がしたい）
その夜はゆりもそのまま寝てしまった。
「あれれ？ ベツトーじゃないの？」
「いつものトーだ」
ミシェイラとレーヌは、朝食堂でラクシュミを見てすぐ気がついたようだ。
「どうして分かるんだ？」
ラクシュミが聞いた。
「ベツトーはね、いつもマーにチュッチュしてるよ」
「今日はチュッチュしないもんね」
「チュッチュ……」
ラクシュミはちょっと遠い目をしていた。
ゆりはぷっと笑っている。
「オハヨオハヨ」
侍女に抱っこされてクロスがやってきた。
「クロスおはよー」
「おはよー」
皆が挨拶を返した。
「もうすぐクロスの誕生日だな」
ラクシュミが言った。銀髪が輝くクロスはわんぱく盛りである。まだ歩き回ることはしないが、何かにつかまって移動することは上手だ。
「クロスはまだ瞬間移動はしないんだよな？」
ラクシュミは子供達に確認するように聞いた。
「それはまだみたいですね。でも、力は強いよ」
シスが答えた。
「それから、カーライル様が言ってたんだけど、クロスは魔力が強いから気をつけるようにって」
「シスが子供の時よりも強いのかしら？」
ゆりが聞いた。
「まあそうだな。背中の蛇の力も大きいだろう。クロスの力については、まだ未知数だな」
「クロスの背中の蛇なんですけど、小さかった方がかなり大きくなってきましたよ。二匹の蛇の大きさがそのうち同じくらいになるんじゃないかな。カーライル様によれば、へびっちがそうなるように誘導してるんじゃないかって言ってましたよ」
「へびっちすごいね。さすが兄ね」
ナナミが感心していた。
「へびっちがいてよかったね」
とゆり。
「トー、ミーのリンリンも大きくなったよ！」
ミシェイラが言った。
「レーちゃんのマリアンヌも大きいよ」
とレーヌ。
「マリアンヌ？ 背中の蛇に名前をつけたの？」
ゆりが聞いた。
「うん」
「そうか。しかしへびっちの子孫、すごいな。さすがお前の息子なだけはある」
「ははは、まあそうだね」
ミシェイラの右腕にいる子蛇は、へびっちとハザークの侍女の子供蛇である。そしてレーヌの背中にいるのは、へびっちと女王の子供蛇だった。
「次に生まれてくるのが男の子なら、カールが預かっている子蛇を付けることができるね」
とシス。
「そうね。なんかすごいね。こんなに子蛇が増えるなんて」
「本当にね」
シスはちらちらとラギの席を見ていた。
「ラギが恋しいみたいね」
「はー、ラギがいないとなんだか寂しいや。僕にとってラギって、特別な存在なのかも」
シスはため息交じりに言っていた。
「我慢しなさい。私なんてしばらくアーねえには会えないんだから」
とナナミ。
「そうだよね」
「私はお前達がうらやましいぞ。私が子供の時は、そういう存在はいなかったからな」
「王様……」
「一年あっという間だな」
「そうね。シスは昨日で三十一歳。私は今何歳なんだろう？ １００歳くらい？」
こちらに来た時が六十歳くらいだと仮定すると、そのくらいになる。
「まだまだ若いな」
「そうね。あと四十年はいける？」
「母様だったら二百歳になってもきっとかわいいよ」
シスが笑顔で言ってくれた。
「ありがとう」
「母様が二百歳になる頃には、兄弟何人になってるだろうね」
ナナミが言った。
お腹の中の子が最後の子になるのかどうか、それはまだ分からない。
「ねえねえ、ニーどこ？ どこ？」
クロスが言った。クロスが言う「ニー」がラギかロイかは分からないが、ミシェイラが「聖地にいったのよ」と教えていた。
「いないの？」
「いないの。私達が遊んであげる」
「うん」
「僕はちょっとハザーク様のところにいくんだ」
とシス。
「たまには、ミシェイラ達の遊びでも見学するか」
ゆりとラクシュミは珍しく、ミシェイラの部屋でミシェイラとレーヌの遊びを見学することにしたのだが、その奇妙な遊びに驚愕することになる。
それはおままごとだった。最初は。
ミシェイラの部屋にあるヘビや女の子のぬいぐるみが並べられて、「今日は病院をします」とのミシェイラの声で始まった。
「一番の人、先生の部屋までヒコーキで移動してください」
ミシェイラが言うと、レーヌがヘビのぬいぐるみを持って木の箱に入れて、「びゅーん」と飛ばしていた。
「……はあ？」
ゆりはぽかんとしている。
ミシェイラは「どこが痛いですか？」とヘビのぬいぐるみに聞いていた。
「おなか」
レーヌが答えた。
「ぼくはぼくは？」
クロスが聞いている。
「クロスは次のカンジャだからまっててね」
レーヌが言うとクロスは「うん」とうなずいていた。
「おくすりをあげますよ。おわりです。帰ってください」
「はーい」
ぬいぐるみは再び木箱に乗って宙を飛んでいた。
「次はクロス君、先生のところまでヒコーキで来てください」
クロスははいはいして行こうとしていたが、「クロス君はヒコーキよりも大きいのでそのままとばします」とレーヌが言って、クロスはそのまま宙を飛んでいた。クロスは足をじたばたさせている。
「きゃきゃっ」
クロスはふわふわ浮いてミシェイラの元まで来た。
「クロス君どこが痛いですか？」
「いたくないよ」
「いたくない病気かも。あ、こりゃ大変だ。逆立ちしなきゃ治りません。逆立ちしてください」
「サカダチ？」
「両手を床について、逆に立つことよ。逆立ちができなかったら死んじゃう。がんばってやりなさい」
「うん」
クロスは両手を床について、そのままひょいと足をあげていた。
ゆりは目をまん丸くしていた。一歳児は頭が大きいし、逆立ちなんて普通はできないはずだ。
（あれ？ 普通にできるものなのかな？）
ゆりはラクシュミを見たが、別段驚いている様子もなく、普通の顔で子供達を見ていた。
（あれ？ おかしくないの？）
クロスは逆立ちしたまま手を移動させて前に進んでいる。
（ええーすごくない？ それよりもヒコーキって……）
「これでクロス君は治りました。念のためぐるぐる回っておきましょう」
ミシェイラが言うと、クロスの体がそのまま横に回転していた。
（えー！！）
クロスは十回転ほどして床に伏して、「きゃきゃっ」と笑った。
「もっと！」
「もっとですか？ しかたないですねええ」
ミシェイラは大人のような話し方をして、クロスの体はまた横に回転していた。
「きゃー！ ひゃひゃっ！」
クロスは喜びまくっている。
「これで診察は終わりですよ」
「先生ありがとうー」
レーヌが言って、病院ごっこは終わった。かなりツッコミどころ満載の病院である。
「あのーさっきヒコーキって言わなかった？」
ゆりがようやく口を挟んだ。
「マーの世界の空を飛ぶ乗り物だよ」
レーヌが言った。
「どうして知ってるの？」
「マーと乗った」
「ええー？ ……もしかしてあなたがお腹の中にいるときに見た夢のこと？」
「空をびゅーんと飛ぶの」
「あの時の夢を覚えているなんて……」
「マーがいた世界はね、扉の向こうにあるんだよ。扉は一杯あってね、その中の一つだよ。レーちゃんは前に扉を開けて行こうとしたんだけど、誰かが止めたんだ。ここから行くと家に帰れなくなるよって言われて、やめたの」
「いつのこと？」
「うーん、忘れた。むやみに違う所にいっちゃだめなんだって」
「そりゃそうよ。勝手にどこかに行っちゃだめよ」
「うん」
「外であそぼーよ」
ミシェイラが言った。
「うん」
「クロスもいこう」
ミシェイラはレーヌとクロスを連れてさっさと行ってしまった。
「扉……王様、さっきのびっくりしたよね。王様？」
ラクシュミはぼんやりしていたが、ゆりの呼びかけに顔を向けた。
「あの二人は、病院に行ったこともないのになぜ病院のことを知っているんだろうな」
「え？ 疑問に思うのそこ？ クロスの逆立ちについては疑問に思わなかったの？」
「実は、私は逆立ちをしたことがない」
「そう。って、クロスの力すごすぎない？」
「クロスは握力がすごいからな」
「すごすぎでしょう」
「しかし、ミシェイラの先生はかなり強引だったな。なんて怖い先生だ」
「ぷっ最初から突っ込む所ばっかりよ。飛行機で移動しなきゃいけない病院って一体……レーヌが飛行機のことを知ってたのにもびっくりしたわ」
「たまに子供達の様子を見るのも面白いものだな」
「あんな遊びをしているなんて……」
「子供達は遊び仲間が側にいていいな」
ラクシュミはうらやましそうだった。
（王様も、子供の時一杯遊びたかったんだろうなあ。かわいそう）
時々ミカエルやフリットは来たかもしれないが、しょっちゅう子供と遊ぶことはできなかったのだろう。
「子供達は本当に恵まれている。遊べる兄弟、優れた師。これもお前のおかげだ」
「王様……ところで今晩はさ、思い切ってあの時の王様に代わって」
「うーん。そうだな。ま、気が向いたら」
「王様ったらー」
「ラギ達は今日はどの神殿にいるんだろうなあ」
ラクシュミは話題を変えていた。
そのラギ達だが、ラギ、ドルイド、ムサカは、朝食を食べてすぐ、土産物屋が並ぶ通りの裏にある路地の奥にある店の前にいた。飲食店のようだがそんなに大きくはない。しかし、店の前にはラギが行った時、すでに十人もの客が並んでいた。全員男である。
「随分人気がある店なんですね」
ムサカが言った。
「そうですね。大丈夫そうかな？」
ラギは並んでいる人数を素早く数えている。
（十人なら大丈夫だろう）
並んでいる男達は、ムサカを見てちょっと驚いていた。そしてひそひそ話している。
ムサカの金色の瞳を見れば王族だというのはすぐわかる。それで驚いたのだろう。
「あのー一緒に並んでもらってすいません」
「いえ、いいですよ。何事も経験ですし」
ドルイドはぷっと笑っている。三十分ほどして整理券が配られた。整理券を手にすれば、店が開く九時までここから離れてもいいようだ。
まだ一時間ほどありそうだが、土産物屋もまだ開いていないため、三人は店の前にいた。
「あのーすいません」
並んでいた二人組が声をかけてきた。若い男達である。
「どちらの王族の方なんですか？ 僕たちはノイトラールで働いている者です。何度かここに来ているんですが、王族の方が並んでいるのを見るのが初めてだったので気になってしまって」
「ヘビです」
ムサカが答えた。
「蛇？ え？ あんな遠い所からいらしたんですか？ すごい。それなのにここにいらっしゃるとは」
男達はなんだか感動しているようだ。
「話を聞いてくださってありがとうございます」
男達はペコペコ頭を下げて元の列に並んでいた。
「……食事がおいしい店なんですよね？」
ムサカがラギに聞いた。
「えーはい、王族の人って普通列に並んだりしないから驚いたんじゃないですか？」
「まあそうですね。大体外で食事をすることが少ないですからね」
ドルイドはまたぷっと笑っていた。
（おかしい。おかしすぎるー！）
ラギはそんなドルイドを肘でこづいていた。
そうこうしているうちに時間になった。先ほど朝食を食べたばかりなのに、ラギは一体何がそんなに食べたいのだろうとムサカも思っていたが、店の中に入り、壁にかかっている文字を見て、目を見開いていた。
「……ラギ様」
「ごめんなさい」
店の中には客は十人が入るのがやっとくらいだったが、とても清潔で、花も飾られていた。そしてガーベラ様の半裸の絵も飾られていた。
「お待たせいたしました。おっぱいプリンです」
ウエイトレスの若い女性が食べ物を運んで来てくれた。グラスの器に載ったプリンは、直径十五センチほど。見事に半円で、おまけに乳首らしきものもあり、ほんのりピンク色もついていた。まさにおっぱいである。
「すごい」
ラギは感動している。
「これは、子供が食べてもいいのだろうか」
ムサカは複雑な表情で頭に手を当てていた。
「本当は僕たちだけで来ようと思ったんですけど」
「それほど食べたかったんですか？」
「食べたかったです。僕はガーベラ様の超信者といってもいいくらいガーベラ様のことが好きなので」
「そうですか。まあいいですが。ほんのり冷たいですね」
グラスはひんやりしていた。プリンもとてもおいしそうである。
「おいしいですよ」
ドルイドはさっそく食べていた。ラギはうれしそうな顔でプリンを眺め、とうとう口に入れていた。
「おいしい」
ムサカは普通に食べていた。もっと何かあるかと思ったが、案外普通だったので、ドルイドは残念に思った。
三人はお金を払ってから店を出た。ラギはこの日、アシュランのブローチを上着の下の服に付けている。こんな小さな店でもブローチ効果があるのか謎だが、普通にお金を払いたい気持ちもあった。ブローチをもらったのはゆりで、自分ではないからである。
「博物館に行きませんか？」
「いいですね。行きましょう」
三人はその後博物館へと向かった。
一方ロイは、朝食後、一人で魔法陣を抜けて、ハロルドの神殿に来ている。神殿は開いていたが、まだスペードは来ていないようだった。
「僕この辺を走ってきまーす」
ロイは荷物を神官に預かってもらってそこらを走ってきた。一時間ほどして戻るとスペードが来ていた。
「稽古場があるので行きましょう」
「はい」
スペードはバートランドからの手紙を受け取っていた。バートランドがロイに集中的に稽古をつけている理由も書いてあった。スペードとしては複雑だが、少しでもロイの生存確率を上げたい。
「ロイ君は……」
「呼び捨てでいいですよ。先生の先生なので。僕の父様が、僕には師匠運があるねって言ってました。同族の先生に、神官のジー様に、バートランド先生でしょ、スペード先生に、それからヴォルフ兄さんもそうだし」
「ヴォルフ兄さん？」
「妖精のヴォルフ様は僕のお兄さんっぽい妖精なんです」
「その妖精が君に稽古を？」
「はい！ 僕ここに来る話をしたから、もしかしたら来てくれるかも」
「そうなんだ。神官のジー様って？」
「わかりません。マリカに聞いても、そういう神官は知らないっていうし、どこにいるんだろう？」
ロイは首をかしげていた。
稽古ができる草地にやってきた。
「じゃあやろう」
「はい！」
スペードは木剣を使ってロイの相手をした。バートランドが鍛えただけあって、ロイは子供にしては動きもかなりいい。なかなか見込みがありそうな子供だった。
（バートランドが小さい頃を思い出すな。性格も、なんか似てるし）
スペードは昔を懐かしみながらもロイの相手をしていた。一時間ほどやりあって休憩時間になった。
ロイはリュックに竹でできた水筒と昼食用のサンドイッチ、タオルを入れてきていた。
タオルで汗を拭き、ベンチに座って水を飲んでいる。
「先生、おしっこしたくなったらどうしたらいいの？ そこらでしてもいい？」
ロイが聞いた。ここらにはトイレはなさそうだ。
「神殿まで我慢できそうになかったら、すみっこでしてもいいよ」
「よかった」
「王族なのにいいの？」
「もれちゃったら困るしーさっそくしてきまーす」
ロイは草地のすみっこの方に走っていき、そこで用を足していた。
スペードはベンチに座っていたが、何かの気配を感じてはっと顔を向けた。そこにいたのはジェイクだったのでスペードは驚いた。
「ジェイク様？」
ジェイクが「やあ」と片手をあげた。
ジェイクともう一人、銀髪の少年がいた。用を足したロイが戻ってきた。
「あ、ヴォルフ兄さんだ！」
「え？」
スペードは少年ヴォルフを見るのは初めてだった。
「僕に会いに来てくれたの？」
「そうだよ」
「うれしいなあ。ちょっと待ってね。手を洗わなきゃ」
ロイは水筒の水で手を洗ってタオルで手を拭き、改めて二人の側に寄っていった。ロイがジェイクを見た。ジェイクは目をうるうるさせている。
「ロイ君、元気そうだね」
「僕のこと知ってるの？ えーと、妖精、じゃないっぽい？」
ジェイクからは金色の光は上がっていなかった。背はヴォルフよりも高い。りりしい顔立ち、青い瞳の少年である。
「僕は、ジーだよ」
「ジー……ええええー！ ジー様？」
「彼はハロルドの子供のジェイクだよ」
ヴォルフがさらっとばらした。
「えーそうだったの？ あの時と見かけが違う？」
「ちょっと変えていたんだ。君のこと、気にしてたんだよ。元気でよかった」
「ジェイク様だったんだ。神官に聞いてもだれも知らないって言うから、どこにいるのかと思ってたよ」
ジェイクはロイの頭をなでなでした。
ロイの後ろでは、スペードはぽかんとした表情だった。
「大きくなったね」
「まだまだだよ」
「君はここで何をしているの？」
「稽古だよ。先生の先生に教えてもらってるんだ」
「スペードが先生の先生なの？」
スペードは何度か神の国でジェイクと顔を合わせている。
「そうなんだ」
「いつまで聖地にいるんだっけ？」
ヴォルフがロイに聞いた。
「えーと、あと七日？ 十一日には帰るよ」
「そう。がんばってね」
「君に会えてうれしかったよ。またね」
「また会いに来てね」
ジェイクとヴォルフの二人は去って行った。
「ジー様って、神様だったのか。すごいね」
ロイは改めて感動していた。
「一緒にいたの、ヴォルフ様って言ってたけど、子供だったね。大人になったヴォルフ様に会ったことはある？」
スペードがロイに聞いた。
「ヴォルフ兄さんは、変身できるんだよ。顔が金色の狼になったりもするんだよ」
「そうなの？」
「それから僕の母様のことむちゃ好きみたい。母様といるとうれしそう」
「そうなんだ」
「じゃあ稽古の続きをお願いします」
「ああ」
スペードはいろいろ驚き過ぎて、集中するのに時間がかかったのだった。
神の国では、ジェイクがロイに会えて感動していた。
「大きくなってた。最初はすごく小さかったんだよ。こんなに。いやもっとあったっけ？」
ジェイクは手で身長を示していたが、「そんなに小さい子に剣を教えたの？」とヴォルフは驚いていた。
「あの時はいろいろ事情があったんだよ。それにしても、ヴォルフは人間の言葉、なんでそんなに上手なの？」
「えーと、いろいろあって」
ヴォルフはねぼすけの片目のおかげで、人間の言葉も堪能だった。
「瞬間移動もできるしすごいね。父様が、剣を合わせようとしても逃げられるって嘆いてたよ。なんで相手しないの？」
「僕は、ハロルドのことは嫌い」
「どうして？」
「どうしても。まあいいじゃない。君はハロルドが好きなんだから」
「じゃあ、僕と剣を合わせようよ」
「やだ。理由がないもん」
「なんで？」
「理由がないから。僕はこれからルチアがいる海に行くよ。君は行く？」
「行くよ」
ヴォルフはジェイクを連れて海に移動したのだった。
つづく
十四部
目次