第59話
聖地組はそれぞれ充実した二日目をすごし、城にいるゆり達は平和な赤い月初日を終えた。気をもんでいるのは、城にいけない男達である。
「王妃は大丈夫だろうか」
ヴィラはゆりの心配をしすぎて自分の赤い月どころではなかった。赤い月が始まると、男は城に行くことはできない。ゆりが大量の気を欲したならば話は別であるが。
幸いシスに思念で聞くことはできたので、ミカエルが代表してシスに聞き、ミカエルが男達に「昨晩は大丈夫だって」と思念を回していた。
大丈夫だと言われても、いろいろ不安はよぎる。なにせ、赤い月のラクシュミは、ヴィラ達にも何をするのかさっぱり予想がつかないからだ。
「ああ、本当にミアはかわいいなあ」
「ニー」
「ニーだってさ、お父さん聞いた？ 僕のことニーって言ったよ！」
昨年三の月に生まれたミアは一歳になる。赤い月前にジュノーと子供達を呼んでお祝いをした。ミアはヴィラ譲りの青みがかった銀髪、水色の瞳の女の子である。ヴィンセントは妹がかわいくてしかたがないといった感じである。二人の年齢差は三十二歳もあるのだ。
「僕がミアに文字を教えてあげるからね。そのほかにもいろいろ教えてあげるよ」
父親であるヴィラ以上の溺愛ぶりである。
ヴィラとジュノーの彼女は途中入れ替わったりしながらも今三人いる。ようやく二人目の彼女に子供ができ、残るは一人である。できることならば、全員に子供を生ませてあげたいとヴィラも思っている。
子供を作ることは一族の男としての最も重要な責務である。女性にとってもそうである。なるべく強い子供を産むことが大切なことだった。平和になり、そういう義務感も多少薄れてはいたが、まだまだこの一族は人が足りない。二人子供ができたヴィラは幸運だった。もし今も子供がいなかったならば、自分には子種がないのかもしれない、という疑惑に脅えながらも、赤い月を過ごしていたことだろう。
ゆりの恋人達の中でも、一番周りに驚かれているのはミルキダスである。ゆりに出会った当初、ミルキダスは赤い月を女性と過ごすどころではなかった。それが今や、四人目の子供が生まれる所なのである。彼女は最初からキャシーとジェシカで変わらない。他の女性からアプローチを受けることもあるが、ミルキダスは断っているようだった。彼女達の方は「もったいないですわ！」とミルキダスにむしろ彼女を増やしたほうがいいのではないかと言うほどなのだが。ミルキダスは彼女達にも明らかに愛情を感じているようだ。キャシーとジェシカの屋敷で子供達は過ごしていて、ミルキダスが毎晩食事を食べに通ってきている。周りからみれば、なんとも微笑ましく見えるようだ。
ゆりがこの世界にやってきてからすべてが好転していた。できることならば、この平和な世界を、今はいない父親にも見せたかった。自分の死後を案じて去って行ったであろう父に、「大丈夫ですよ。この国は、こんなにも変わるのですから」と安心させてあげたかった。最も自分が当時そんな言葉を言われたとしても、「世迷い言を……」と一蹴しただろうけれど。
ヴィラの部屋の扉がノックされた。
部屋にやってきたのはヴィラの母である。
「ねえ、王妃様の美容液、いつから売り出すか聞いてくれた？」
「さー、私は売らない方がいいと思うんだけどなあ」
ヴィラはため息交じりに言っている。
「なんでよ」
「母さんみたいに目の色を変える女が殺到しそうで、大変そうじゃないですか」
「だって、それはしょうがないじゃない。肌のハリが違うんだもの」
「赤い月も関係ないのに、そんなに美しくなってどうするんです？」
ヴィラは思わず聞いていた。
「女というものは、何歳になっても美しくなりたいものなのよ。あれ？ 先生なんか今日は肌が輝いてるねって、この前言われちゃったのよーうふふ」
母親はうれしそうだった。ヴィラの母親も、ジュノーの母親も、家で毎日のんびりくつろいでる生活は送ってはいない。元中級以上の女性達は、若手の教育にあたったりして国に貢献していた。
「女性達が輝くのはいいことよ」
とゆりは言っているが、美容液で騒動が起きるのは心配である。
城では、午後、ゆりが美容液を売り出すという話を聞いたナナミは、「私も手伝いたい！」とかなり乗り気だった。
「まあ、とりあえず一緒に作っている所に行ってみる？」
「行く！」
「私も行く」
ラクシュミも見たがったので、ゆりは侍女二人に頼んで城の中にある部屋に案内してもらった。美容液を作る用に空いている部屋を使っているのである。そこにはでかいカメが十個もあった。
「すでにカメの中には水とガーベラ様のお花が入ってます。小瓶を頼んでいる所でして、でき次第小分けにしたいと思います。それを第一弾として売り出したいです」
「なるほど」
「良い匂いだね」
「そうね」
部屋の中は花の良い匂いがした。
「肌荒れ用に、油脂をまぜて軟膏みたいなものも作ったらいいよね」
とゆり。
「そうですね」
「いずれ種類を増やせるとよいですね」
「ところで、すべてを侍女達にやってもらうというのも、大変じゃない？ 別に人を雇った方がいいのかしら」
「大丈夫です。全侍女で協力しますから」
「でもねえ」
子供が八人もいるので侍女の数も多いが、子供達の侍女は、今では専属ではなく、持ち回りで他の子供達の世話もしている。
「じゃあ、全侍女からアンケートを取ってくれる？ この美容液の仕事を分担されるのがいやではないのかどうか。いずれは、化粧品を作っている会社の人達に協力して欲しいとは思っているんだけど」
「私達もできればずっと携わりたいと思ってます。男ガーベラ様の要望を聞いて手伝っている、というのが、私達にとってご褒美なのです！」
侍女は胸を張っていた。
「そ……そうなの？」
「はい！ ご褒美以外の何ものでもありません！ それから帳簿付けはササラさんが任せてほしいと言ってました」
「なるほど、ササラは得意そうだものね。まあ、まだそんなに大がかりじゃないけれど、ラギも手伝いたいって言いそう」
「そりゃ言うだろうな」
とラクシュミ。
「王妃様、この美容液の名前を考えていただけないでしょうか」
「ああ、名前かあ……ナナミはなにが良いと思う？」
ゆりはナナミに聞いた。
「うーん……『ラブル』は？ 古代語で愛って意味があるの」
「ラブル？ いいじゃない？ じゃああとはラベル？」
「小瓶は回収式にしたいと思ってます。瓶にラベルを貼る手間もありますから、説明の紙をそえる感じで売りたいと思ってます。ササラさんのお父さんのお店にもって来てもらえば小銭と交換できるという感じにしたらどうかと」
「ササラのお父さんが手間じゃない？ 大丈夫かしら」
「大丈夫だって言ってましたよ」
ゆりの侍女ササラのお父さんは、城の北にある街で、大きな雑貨店を開いていた。城に品物を卸すこともある。
「とりあえず問題点があればその都度解決するように致しましょう」
「そうね。わかった」
侍女達はかなりやる気になっているようなので、ゆりは任せることにした。
ナナミは美容液を移す時には手伝うとやる気になっている。
（美容液を作るのは簡単でも、小分けにして売って、回収して小瓶を洗う、これも手間よねえ。特別手当だけでいいのかしらん）
数が増えれば増えるほど、作業は大変になりそうだ。美容液を継続して売るならば、侍女の仕事とは離していずれはそれだけの場所と人を用意する必要があるだろう。
「ガーベラ様がやめたといえば終わっちゃうけど……もしかして、私の寿命頼り？」
世の中の女性のためにも、ゆりが長生きする必要があるようだ。
侍女達と別れた後、廊下でラクシュミがゆりの腕を引っ張っていた。
「なあゆり、次にできたら私も使ってみたいな」
「ええ！？ 王様も？」
ゆりはかなりびっくりしていた。
「もしかしてあかぎれとかできてるの？」
ゆりはラクシュミの手を取って手の平を眺めた。傷はないようだ。
「なんかすごそうだから使ってみたい」
「王様ったら、それ以上美しくなってどうするの？」
ゆりは笑っている。
「ねえ、母様、完成したらどこで売るの？」
ナナミが聞いた。
「どこにしようかしらねえ。北の出店？」
「北だけでは不公平って意見が出そうじゃないか？」
ラクシュミが言った。
「じゃあ同時に４つの街に出店を出すとか？ それだけの数が用意できるかな。一族の女性達はどうしようかな。殺到しそうだから、初回は抽選とか？ 瓶の回収も、それぞれの町の雑貨店に頼む感じになるね」
「一族の女性は別に売るの？」
ナナミが聞いた。
「一族の女性はお金をもってるから、美容液の濃度を上げて、その分高くするつもりなの。庶民の女性達用は安く売りたいと思ってるのよ」
「なるほど。お店、すごく人が並びそうだね」
「うーん、そうね。人の誘導に戦士達の手も借りなきゃいけないかも」
「販売は学校に行っている大きめの子供達に手伝わせたらどうだ？ すぐ売り切れるだろうし、お前の手伝いならば、皆喜んですると思うぞ」
「いいの？ 授業妨害じゃない？」
「半日くらいいいだろう。この国にどんな人が住んでいるのか、知るのも勉強だ」
「楽しそう」
ナナミが言った。
「ナナミはだめだぞ」
「分かってるけど、楽しそう」
「私も本格的に売り出すのが楽しみ」
騒動が起こるのはわかりきっているが、喜ぶ女性達のことを想像するのも楽しみである。
その夜、ゆりは王の寝室で待っていた。
「今夜こそあの時の王様とお話がしたい」
ゆりはそう思って待っている。
そこにラクシュミがやってきた。
「王様？」
「……ゆり……」
ラクシュミはがばっとゆりを抱きしめた。
「お前が生きていて良かった」
（あの時の王様？）
「本当に生きていてよかった……」
「王様」
ゆりはラクシュミの背中に腕を回した。ラクシュミはゆりの頭をなでたり頬をなでたりしている。
「お前が元気で生きているならば、もうどうでもいい」
「王様、心配かけてごめんね」
その夜は、穏やかにラクシュミと仲良くなることができてゆりは安心した。ゆりが安心している隙に、ラクシュミはゆりを取り替えていた。
蛇の目のゆりは表に出て来てびびっている。
「別に怒ってはいない。お前が一緒に過去に行きたいと言い出さなければ」
「まさか、そんなことは言いません」
蛇の目のゆりはびびりながら答えていた。
「ならいい」
「……怒ってない？」
「この世は強さこそ正義。お前が強い男に惹かれるのは、仕方がないことだ。あっちのゆりの時は、そういう理由ではなかったから私も激しく嫉妬してしまった。今は大丈夫だ」
蛇の目のゆりはかなり緊張していたのか冷や汗をかいていたが、ほっと胸をなでおろしていた。
「お前の方は何度も妊娠して辛くないのか？」
黒目のゆりはどんなに辛い出産でもちょっと日にちがたつとけろりとしているが、もう一人のゆりも同じとは限らない。
「私は、正直もういいんじゃないって思うけど、あっちの私タフすぎるよね」
「そうだな。タフだな」
「でも、子供の成長を見るのが楽しいし、出産の時は辛いけど、まあしょうがないのかな」
ラクシュミはゆりの頭をなでた。
次の朝、食堂でラクシュミはゆりの横に座って頬にチュッチュしていたのでミシェイラとレーヌが目を輝かせた。
「「ベツトーだ！！」」
「二人ともムサカ殿に様々なことを学んでるそうじゃないか。後でその力を見せてくれ」
「うん！」
「わかった！」
「あ、今ハインリヒの子供が生まれたぞ。女の子だそうだ」
「女の子？ やった！」
「ハインリヒおめでとう！」
「おめでとう！」
「乾杯しよう」
ラクシュミとゆりは子供達と乾杯した。
「僕は後で見に行こうっと」
「いいなあ。女の子かあ。今度は普通に大きくなることを祈ってそう」
ゆりの言葉にシスはぷっと吹きだしていた。
シスはハインリヒの子供を見に病院に行き、他の子供達は城の広間でラクシュミに自分の稽古の成果を見せることにした。クロスはゆりが抱っこして、広間のはじっこに座っている。ゆりにはラクシュミによる結界がはられていた。
「じゃあ、ネーいっくよー」
ミシェイラとナナミが戦うことになった。ミシェイラは両手を広げて意識を集中させていた。両手に何かの塊が見える。
「おお？」
ゆりが驚いていると、ミシェイラはその光の塊をナナミに飛ばしていた。ナナミはその塊をよけて、ミシェイラにひょいと同じ物を飛ばしていた。
「おおおっ！？」
ミシェイラは瞬間移動でナナミの後ろに移動して、再び光の塊をナナミにぶつけ、ナナミはまた瞬間移動でそれをよけ、というような感じで二人は戦っている。ナナミは手加減しているようだが、ミシェイラもなかなかすごい。
「漫画みたいなことしてるわね。すごい」
二人の周りの空間には部屋に被害がないように結界がはられていた。
「おおおっ……おーおおおー！」
「マーおーばっかりだね」
レーヌが言った。
「だって驚いちゃって。ねえクロス」
クロスはきゃっきゃと笑っている。
続いてレーヌとナナミが戦うことになった。
「ミシェイラすごいね」
「これくらいふつーよ」
ミシェイラは両手を腰にあてて言っていた。
「すごい……」
レーヌもミシェイラと同じようなことをしていた。普通に宙に浮かんでいるし、普通に瞬間移動もしている。
「すごい……」
クロスが暴れるのでゆりはクロスを床に降ろした。
「どうしたの？」
「むむむ」
クロスは目を閉じてうなっている。
「うん？ 出そう？」
ゆりはトイレかと思ったが、クロスの顔の前に光の塊が出来て、前に発射されていた。
「ええ！？」
「クロスすごーい」
ナナミとレーヌが戦いをやめていた。
「やった！」
クロスは喜んでいる。
「クロスもすごいぞ」
ラクシュミがクロスを褒めていた。
クロスはゆりを見て、「しゅごい？」と聞いていた。
「すごい。クロスもすごいよ」
「やった！ やった！」
「みんなすごい。すごいよ」
「さすがミーの弟だね」
ミシェイラが言うと、クロスは胸を張って「うん！」と言っていた。
（子供達が将来戦うなんて思いたくないけど、自己防衛も必要だし、複雑だわ）
子供達が敵と戦って敵を殺す。
そういう場面だって、この先出てくるかもしれない。ゆりは知らないだけで、ロイはすでにそういうことをしているのかもしれない。ゆりはそう思っていたが、だれにも聞けなかった。そうだと言われたらどう言い返すのだろうか。
人の命は大事だから殺してはいけない、なんて言えるわけもない。殺さなければ、次に自分の子供が殺されるかもしれないのだから。ここは、そういう世界なのだ。
ラクシュミがゆりの側にやってきた。
「何も深く考える必要はない。ただ、子供達の成長を喜んでやればいいんだ」
ラクシュミはゆりの心情を察したらしい。
「うん。そうだよね。みんな頼もしいね。その調子でがんばってね」
ゆりは不安な気持ちは心の奥にしまい、笑顔で子供達の頭をなでたのだった。
つづく
十四部
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