第60話
今現在、ゆりの侍女は六人いる。主な仕事は、お茶の準備、部屋の掃除、ベッドメイク、食事の配膳などである。王妃の心の状態に気を配り、何かあれば王に報告することも仕事である。そしてたまに広間でパーティーが開かれたりする時には、侍女達もそのお手伝いをする。ゆりの侍女の仕事は一般的女性にとっては高給であるが、たまに敵に狙われるというリスクもあった。そのリスクがあっても、募集があれば女性が殺到する。この国では、王妃様はもはや女神のごとき幸せの象徴としてみなされているので、その王妃様の側で仕えたいと思う女性も多かった。加えて城にいれば王様に会えたり、上級の戦士達にお近づきになれるということだってある。あわよくばなどと思う女性もいるため、侍女の選考にあたっては、外見が派手な女性は落とされる。その女性に対する周りの評判なども裏では調べられており、男性遊びが激しい女性、浪費癖がある女性なども、一次審査で落とされていた。そのため、ゆりにとっては親しみやすい外見の女性達でそろえられている。一方子供達の世話をする侍女は、半数は一族の血が混じった女性達だった。子供達が増えまくったため、今では固定侍女は二人、そのほかの侍女はシフトで回している。こちらは募集ではなく、戦士達からの声かけである。王妃の侍女の侍女頭は猫の一族のミラであり、子供達の侍女頭も別にいた。両方の侍女達の休憩部屋が城の中にあり、そこで侍女達は食事も食べている。伝達事項があれば、壁の掲示板に紙がはられて、各自で確認する。シフト表もはられていた。今赤い月の間なので、彼がいる侍女は休みが多いが、ラギもロイもいないので、なんとかなっていた。掲示板に新たな紙が追加されていた。それは王妃様の美容液についての紙だった。今は侍女達で美容液を作製し、瓶に入れる予定であるが、契約外の仕事であるために、手伝いたくない者は手伝わなくてもよいから名乗り出てほしい、ということが書かれていた。その紙には王妃のサインがあった。王妃様からの御言葉だということがこれを見ればわかる。
休憩にきた侍女がそれを読み、「なるほど」と言っていた。そこに他の侍女が来て、「何それ？」とその紙を読んだ。
「美容液の手伝いをしたくない者はしなくていいだって。あなた名乗り出る？」
「まさか。それにもう、前払いで報酬はいただいでいるもの」
「そうよね。それについては王妃様はご存じないんじゃないかしら」
美容液を作るにあたって、濃度をどの程度にするか、という実験には、侍女達が全面的に協力している。その上、侍女達の母親や姉妹もその恩恵にあやかっていた。それが美容液を作る対価にすでになっている。若い女性よりも、中年以降の女性達の方が、美容液に対する喜びは大きい。肌のシミが薄くなっていたり、しわが薄くなったりと、目に見えて変化がわかるからだ。
「うちのおばあちゃんがね、すごく喜んでたんだ。何歳になっても、女なんだねって思ったわ」
「そうなんだ。売り出されるのが楽しみね」
「そうね」
『この国には美と愛の女神がいるんだよ。この国で暮らす女性達の肌は、綺麗でいてほしい』
男ガーベラの願いは、今や侍女達の願いでもあった。どの侍女も、全面的に協力する気満々である。
聖地では、ようやく念願のジーに会えたロイは、宿に戻ってからラギにうれしそうに話した。
「ようやく会えたんだ。よかったね。僕たちは神様か妖精かと思ってたけど、神様だったんだ」
「神様が剣を教えてくれたなんてすごいよね。僕感動したよ。ジー様、僕が大きくなったからびっくりしてた」
「そうだね。あれから随分経ったもんね。ドルイドとムサカさんは、イシュタールがどうして半妖精になったのか聞いたんだっけ？」
ラギが二人の顔を見た。
「私は、それとなく聞きましたよ。死にかけて神様に助けていただいたと」
ムサカが言った。
「私は、あまり気にしたことがなかったです」
とドルイド。
「その頃事情があって、ロイは剣の修行をつけてもらったんだ。その時は神官って言っていたけど、実は神様だったみたい」
「顔も違ってたよ。前よりハンサムだった」
ロイが付け加えた。
「ニー達は今日はどこに行ったの？」
「プリンを食べて博物館に行った」
ラギが簡単に答えた。
「そうなんだ」
ロイは詳しくは聞かなかった。
聖地四日目、この日はロイは元気に出かけていき、残りの三人は神殿巡りで馬車を予約していた。
「まずはジェラルド様の神殿に行こう！」
ジェラルドの神殿は、職人達にとってはまさに聖域である。職人達は毎年、年はじめにジェラルドの神殿をお参りするのが決まりのようなものだった。ジェラルドの神殿は神殿にしては珍しく二階建てだった。神殿というよりは、貴族の屋敷っぽい外観であり、屋根は青く、いくつも窓があった。神殿の中に入ると、広い吹き抜け状のエントランス部分があり、遙か高い天井には、神々の絵画が描かれていた。
「おー」
「これはすごいですね」
「わー」
三人は上を見上げて感嘆の声をあげている。教会にある絵画よりも遙かに大きく、そこにいたのはアシュラン、ヒルデリア、ハロルド、ライオネル、サントスだけだった。ヒルデリアに配慮しているのかもしれない。
ローブを着た中年の男の神官が近づいてきた。
「ようこそいらっしゃいました。まずは、一階奥の部屋へどうぞ」
朝一番に来たので、他に巡礼客はなく、ラギ達は一階の奥に案内された。そこには等身大のアシュランとヒルデリアの真っ白な石像が並べられており、大きな木の箱が間に置かれていた。
ラギはつい箱の中をのぞいている。中には銀貨がいくつか入っていた。
「こちらの箱は、職人達が腕があがるようにとお金を入れて願掛けする箱なんですよ」
神官が説明してくれた。
「なるほど、ジェラルド様の石像とかはないんですか？」
「ありません。ジェラルド様は、ご自分の姿を彫ることはないのです。こちらのアシュラン様とヒルデリア様の石像は、ジェラルド様が一万五千年ほど前に彫られたものです」
アシュランもヒルデリアも優しく微笑んでいた。とてもそんな昔に彫られたとは思えない綺麗な石像である。
「ジェラルド様が彫られたアシュラン様は、時々動くことがありまして、一万年ほど前もこの神殿から出て行ってしまわれたことがありました。ご自分で帰ってこられたのですが」
「へー」
三人は、石像が歩いて神殿を出て行く所を想像していた。
「ジェラルド様の作品は、命が宿るほどに素晴らしいものなのです。この神殿は他に五部屋あります。動物たちや神々の像には御手を触れないようにおねがいします。家具の部屋の家具は、触ってもかまいません。一階の土産物屋にある作品は、聖地の職人達が作った者です。よかったらお土産にどうぞ」
「わかりました。ありがとうございます」
ラギはせっかくなので、木箱に銀貨を入れて、他の部屋を見学することにした。一階左の広い部屋にあったのは神々の部屋である。様々な神々の石像が四十体は並べられていた。アシュランとヒルデリアは先ほどの部屋にいたので、ここにはいなかった。男性はハロルド、アリアス、サントス、と続き、女性はカサンドラ、ディアメラ、ダーナと続いていた。
「おおー！」
「すごいですね」
「ガーベラ様……」
神々の顔がよくわかる石像である。男性と女性は別に並べられており、胸が大きいガーベラは、やはり他の女神よりも肉感的だった。
「これだけ並ぶと圧巻だね」
「ですね」
「ジンラ様だー。うちのお父さんがいるみたいで楽しいよね」
ラギはジンラの前でにやにやしている。子供達の石像はなかった。
神々の像をじっくりと眺めて、部屋を出て階段を上り、二階の部屋に入った。そこも広い部屋だったが、そこにいたのは木彫りの動物たちだった。
「おおーうわあ」
その部屋で一番大きいのは龍である。龍は二メートルほどの大きさである。
「大人の龍にしては小さいよね？」
ラギが聞いた。
「そうですね。もっと大きなのもいるでしょうね」
普段龍をまじまじと眺めることはないので、三人はつい龍をまじまじと眺めていた。かなり大きな木を彫ったのだろうと思ったが、龍の体の翼や尻尾は、継ぎ足して作られていた。目はぎょろりとしていて、かなり迫力がある。
そのほかには大きな動物は熊やペガサス、ユニコーンがいた。麒麟やヌエ、虎、そして獏もいる。蛇の国にいない動物たちも多かった。犬もいたが、ジロウに比べると、野性的である。ちゃんと蛇もいた。
「すごい。楽しい。こうしていると、うちにいない動物も多いんだね」
ラギが言った。
「そうですね。豹や狼も、森の中にはいないですもんね」
ドルイドが答えた。中には、猫やリス、ウサギのようなかわいらしい動物もいた。
「王妃様が喜びそうだな」
ドルイドが言った。
「お母さん、昔は毛があるかわいい動物に飢えてたみたいだからね」
動物の部屋を堪能し、二階にある別の部屋に行った。そこには大きな作品が部屋の中に一つ置いてあるだけだったが、それが素晴らしかった。聖地の立体模型である。蛇の国の教会でフウガが作ってくれた物の大きなものだった。全長三メートルはあるだろう。すべて木で造られ、色もついていた。自然物もうまいことできている。
「すごいね」
「すごいですねえ」
「すごいなあ」
階段を降りて、一階右側の部屋に入った。そこは家具の部屋だった。机や椅子、鏡台、大きな鏡などもあった。どれも綺麗な装飾が施された素晴らしい作品だった。
「武器の部屋ってないんですかね？」
ドルイドが聞いた。
「ガイドブックによれば、武器は人が触りたくなるからないんだって」
ラギが答えた。
「なるほど」
家具の部屋の横には土産物の部屋があった。そこには小さい木彫りの動物たちなどがいた。博物館にはなかったお土産である。
「うわー欲しいな」
「動物たちはセット販売もしていますよ」
土産物屋にいた神官が教えてくれた。
「セットで買います」
「僕は、蛇と、ペガサスが欲しいな」
とドルイド。
「私もアゼル様とアナベル様に何か買いたいな。どれがいいかな？」
「うーん」
「セットで買ったらいいじゃないですか。買いましょう。図鑑だけじゃわからないですから」
ラギが言った。
「そうですね。では私もセットで」
「ありがとうございます」
動物たちのセットはそこそこの値がついていたが、ラギ達はそれらを買い求めてからジェラルドの神殿を出た。
「結構見応えがありましたね」
とドルイド。
「そうだね。やっぱり半日経っちゃったね」
馬車まで戻ると、御者は昼寝をしていた。
「お待たせしてすいません」
声をかけると御者ははっと起きていた。
「いえいえ、ジェラルド様の神殿は結構すごいですから、時間がかることは予想していました。次は風の神殿でいいですか？」
「はい、お願いします」
三人は馬車の中でもって来ていたサンドイッチを食べた。
「なんだか、すごく贅沢な時間を過ごしている気分です」
ムサカが言った。
「本当ですよね」
風の神殿は、風の神四人にまとめてお祈りできる神殿だった。風の神の中でもウィルが一番力が強く、リーダー的な存在らしい。神殿にはウィルの手形が飾られていた。
「手形だ」
ラギが喜んでいる。続いて近くにある緑の神ジュライの神殿に向かった。緑の神だけに神殿の中も様々な植物の鉢が置かれていた。そこにも手形があった。続いて、帰り道にある森の神の神殿にやってきた。森の神は老人姿で、他の神々からは長老と呼ばれて親しまれている。本当は他の神と同じように若いのだが、見た目が綺麗過ぎるために、外では老人姿になっているらしい。森の神の神殿は、他の神殿とは違い、木造だった。神殿の周りも窓以外は 葉が生い茂っている。森の神の像も木像で、あごひげが長い老人だった。三人は森の神様にお祈りをした。
「森で採れた果実ですが、いかがですか？」
巡礼客が休憩するスペースがあり、机の上には、ピンクや紫のベリーや五センチほどの大きさの緑色の実などが置かれていた。
ラギはその実を口にいれてみた。甘酸っぱくておいしかった。
「お母さんが好きそうだなあ」
「国の中の森にはないんでしょうかね？」
とドルイド。
「この大きな実はあまり見たことはないなあ」
その後、ラギ達は馬車に乗って宿まで戻ったのだった。
「これで十一個の神殿を巡ったよ。後九個でスタンプがたまるね、明日はアリアス様の神殿、ディアメラ様の神殿、光の神殿も行きたいね。ガーベラ様の神殿はあさってかな」
宿でロイと合流してお風呂に行き、部屋でくつろいでいると、宿の者が「お客様のお知り合いの方がいらしてます」と知らせてくれた。部屋にやってきたのは金色の短髪の男の神官だった。
「あれ？ トロントさん？」
「こんばんは。聖地にようこそ」
トロントの正体はクーリーフンであるが、ラギはまだ知らない。
「トロントさんは、何度かお城にも来てくれた神官さんだよ」
ラギがロイに説明した。
ラギはトロントを部屋の中に入れて座ってもらった。
「ラーズ様の神殿に行かれる予定はありますか？ ガーベラ様が、特別な虹が見られるように頼んでくださるようですよ」
「え？ 本当ですか？」
ラギは目をまん丸くしていた。
「明日は馬車を予約したので、あさって行こうかな。ハロルド様の神殿からラーズ様の神殿まで、馬車でどのくらいかかるでしょうか。前回はスペードさんが瞬間移動で連れてってくれたので、わからないんです」
ラギが言った。
「ああ、なるほど。じゃあ、あさっての朝、瞬間移動ができる者に誰かきてもらうようにしましょう。あさっての朝一番にラーズ様の神殿に行くということでいいですか？」
「よろしくお願いします」
ラギは頭を下げた。
「では、九時頃宿の外で待っていてください」
「はい」
トロントは去って行った。
「特別な虹って何？」
ロイが聞いた。
「普通の虹は半円を描いてるけど、特別な虹は直線なの。前回ラーズ様が見せてくださったんだ」
「直線？ 僕もみたい」
「一緒に行こう」
「うん」
その後トロントことクーリーフンは、神の姿でアシュランの神殿にやってきていた。夜だったのでクーガは驚いている。
「一体どうしたんですか？」
「別にどうもしないよ。ちょっと頼みがあってさ。今、あっちのお母さんの子供達が来てるでしょ？ あさっての朝、あの子達をラーズの神殿近くの湖までつれて行ってほしいんだけど、何か用事はある？」
「用事は特にないですよ。ラーズ様の神殿で何かあるんですか？」
「ラーズが虹を見せてくれるんだよ。朝九時に、一番でかい宿にお願い」
「あのー孤児院の子供達も先に連れていってもいいですか？ 見せてあげたくて」
普通の虹はいつもかかっているが、特別な虹はめったに見る事は出来ないのだ。
「いいよ。全員移動させるの大変じゃない？ クーガがだめならヴォルフに頼もうかと思っていたんだ。こっちはヴォルフに頼もうか？」
「はあ……あ、そうだ。いっそのこと大神に頼むのはどうでしょう。孤児院の子供達と仲良くやっておられるようですし」
「ああ、クーガが一緒に虹をみたがってるって言ったら喜ぶかもしれないね。言ってみるよ」
「別に一緒に虹を見たいわけではないですが、お願いします。では私はあさっての朝、宿の方に行くことにします」
「お願いね」
クーリーフンは去って行った。
「ラーズ様の虹か……子供の頃見たことがあったな。あの時は多分、大神がラーズ様に頼んだのだろうけど」
聖地が嫌で仕方なかった頃のことである。直線の虹を見ても、「わー」と感動することがなかった。
今ならば、子供の時とは違い感動できるかもしれない。
（といっても、あの時ほど感動することはもうないかもしれないが）
ゆりがまとった神気が美しいと感じた。あの時のことを思い出し、ふっと笑ったクーガだった。
つづく
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