第61話

「お姉様、私は毎日聖地で充実した時間を過ごしています」

羊の一族の王女サンデリカは、ゆりのことを心の中で「お姉様」と呼んで慕っていた。国に戻ったらゆりに長い手紙を書こうと思っている。

「いや、この感動は直接伝えたい。やっぱりお姉様に会いに行って直接お話したいわ」

音楽漬けの毎日は、大変でもあったが楽しくもあった。上質な音楽に触れると、心が満たされる。自分も、他人に喜んでもらえるような曲を奏でたいと、そう思っている。

昨日はラメーンがやってきて、直接指導もしてくれた。その時、サンデリカは個室に呼ばれて、弟サンの話を聞いたのだった。サンが長い間話をしなかったのが、声に魔法がかかってしまうからだとは。サンデリカにとっては衝撃的な話だった。まさかサンが、そんな重荷を背負っていたとは、家族はだれも夢にも思わなかった。同時に、サンに信頼されていなかった気がして情けなくも思った。

ラメーンは、サンデリカがサンと仲も良く、母親も同じなので、サンの助けになってもらいたいと思い、サンデリカに打ち明けることにしたようだ。このことは今は両親にも黙っていてほしいとも言われた。

「わかりました。これからは、私がサンを守ります」

サンデリカはラメーンにそう誓った。

（そのためには、サンに負けないように私もがんばらなければ）

この日の昼間のことである。同じ聖地にいるラギから手紙が届いた。聖地内ならば、半日で手紙を届けることができるのだ。

「明日の朝九時過ぎ、ラーズ様の神殿近くの湖で、ラーズ様が特別な虹を見せてくださいます。お二人は行くことは可能ですか？　一緒に虹を見ましょう」

と書かれていた。サンデリカはサンにも手紙を見せた。

「特別な虹ってなんだろう？　見たいな」

ラメーンの神殿とラーズの神殿は、地図によれば、かなり距離があった。朝行く事が可能か、サンデリカは神官に手紙を見せて聞いてみた。女性の神官は驚いていた。

「まあ、ラーズ様が予告して虹を見せてくださるなんて珍しいですね。これは行きたいですね」

話を聞いた白鳥の一族の王女も「私も行きたいですわ！」とはしゃいでいた。

「もしかしたらラーズ様にお会いすることもできるのでしょうか」

白鳥の王女ラウラは目を輝かせている。ラウラの好きな神はクーリーフンだったが、ラーズのことも好きなようだ。ラーズの虹に神官達も興味を示していたために、どうやって行こうか話していたら、ちょうどラメーンがやってきたので、神官達は膝をついていた。

「みんな集まって何かあったのかな？」

「実は……」

神官の一人がラメーンに話した。

「それは素晴らしい。明日の朝、私が皆を連れて移動しよう。早めに移動して湖のほとりで音楽会を開こう」

ラメーンは乗り気だった。

「美しい景色に感動するのは良いことだからね。感動は、音楽の糧にもなる」

「やったあ」

「楽しみですねえ」

神官達もうれしそうだった。

「神殿が空になっても良いんでしょうか？」

サンデリカがこそっと横にいた神官に聞いてみた。

「十時までに戻れば問題はないです。今は巡礼客も少ないですし」

「そうですか。皆様と行けるなんてうれしいです」

「楽しみですわ」

「姉様、ラギ様にお手紙を書かなきゃ」

「そうですわ。私、このことをラギ様に伝えなきゃ。今日中に宿に手紙が届くでしょうか？」

サンデリカが神官に聞いた。すると、聖地の居住区に住んでいる神官が、夕方宿に届けると言ってくれたので頼むことにした。

「さて、それではレッスンをはじめよう。先日教えた曲を三人で演奏してみてくれるかな」

子供達とラメーンは個室の方に移動して、ラメーンのレッスンを受け、サンデリカは手紙を書いて神官に頼んだのだった。


神の国である。

ガーベラの神殿では、ガーベラが、「来るのが子供達だけなら、私も行こうかしら」などと言っていた。

「お母さんが行ったんじゃ、ラーズの虹が目立たないんじゃない？」

クーリーフンが言っている。

「そうかしら。あの子達が来るんじゃ人間姿にもなれないし、鏡で見るだけで我慢しようかしら。クーリーフンは行ってあげなさい。興奮して子供が湖に落ちるかもしれないから」

「クーガがいるから大丈夫だと思うけど」

「孤児院の子供達って十人以上いるんでしょう？　小さい子供もいるかもしれないし、大人は数人いた方がいいんじゃない？」

「まあ行ってもいいけどね」

クーリーフンは、クーガと孤児院の子供達も行くことは話したが、アシュランが来ることは話していなかった。アシュランは時々人間に化けて孤児院の子供達を遊びに連れて行ったりもしていた。アシュランにとっては息抜きのようなもののようだ。

「明日晴れればいいわね」

「そうだね」


聖地のハロルド神殿では、稽古にやってきたロイが、「明日はラーズ様の虹を見に行くので午後から来てもいいですか？」とスペードに聞いていた。

「特別な虹をラーズ様が見せてくれるんだって言ってました」

「特別な虹？　予告してくださるなんて珍しいな」

「いいな。俺も見たいな」

他の神官達もざわざわしていた。

「九時過ぎみたいですよ」

ロイとスペードが神殿を出て行こうとしたら、ちょうどやってきた者がいた。

「ハロルド様！」

なんと神殿にきたのはハロルドだったので、四人いた神官達はあわててひざをついた。ロイは周りをきょろきょろみて、同じようにしている。

「お前がいるって聞いたんできたんだ。ちょっと来い」

「え？　僕？」

ハロルドはロイをひっ捕まえて神殿の奥の部屋に連れて行った。そして部屋の扉を閉めて、ロイを見た。

「ライオネルがお前にかけた封印を今解こうと思う」

「ええ？」

「せっかくスペードが相手をしているんだから、全力でやっとけ」

ハロルドはロイの右腕に触れた。ハロルドは手を離し、「じゃあな」と言ってさっさと消えてしまった。

「あ……ええー」

ロイはあわててシャツを脱いで右腕を見た。ライオネルの肉球の印は消えて剣のあざがあった。


ロイが部屋を出て広い部屋に戻ると、神官達が皆ロイに注目していた。その中に女性が一人いた。

「ハロルド様は？」

その女性が聞いた。

「もう消えましたよ」

がくっと女性は頭を下げていた。

「まだそこらにいらっしゃるかも！」

女性はだっと走って神殿を出て行った。

「リティアついてないな……ちょっと惜しかったなあ」

他の神官が同情するように言っていた。先ほどいた女性はハロルド大好きリティアだったのだ。

「ハロルド様は君に何を言ったんだい？」

「実は……」

相手はハロルドの神官達だったので、ロイは素直に本当のことを言った。小さい頃ハロルドの加護をもらったこと、加護のせいで調子に乗り、それをライオネルに咎められて加護が封印されたことを。そして、ハロルドはライオネルがしてくれた封印を解いていったのだ。

「そうだったんだ。ロイ君のお母さんって、すごい美人なのかな？　子供なのに加護を与えられるってすごいよね」

神官の一人が聞いた。

「僕のお母さんは、数年前にここに来ましたよ。スペードさんが付き添ってくれたんですよ」

「え……ガーベラ様が仲が良いって言ってた女性かな」

オーロラを見にガーベラがここに来たことがあった。その姿を神官達は思い出していた。

「ガーベラ様と仲良しですよ」

「そうなんだ」

「まあとりあえず、行こうか」

スペードが促して、ロイは神殿を出て行った。どうにもロイの様子がおかしかったので、スペードは、「うれしくないの？」と聞いた。

「僕、ライオネル様のことがすごく好きなんです。大人になって強くなってから、ライオネル様に封印を解いてもらうのを楽しみにしていたので」

「ああ……それはなんというか、君にとっては複雑だね」

「複雑です」

戦ってみると、ロイはかなり強くなっていた。スピードも力も昨日とは明らかに違う。だがロイはうれしそうでもなかった。今のロイは小さい頃のロイとは違う。今は自分の努力で強くなっていくことに喜びを感じていた。急に強くなっても素直に喜べないようだ。

（だってこれ僕の力じゃないし）

と思ってしまうのだ。

「ハロルド様は考えがあって今封印を解いていったんだと思うよ」

スペードはロイの心境を察して言っていた。

「もうライオネル様は神殿にいないのかなあ」

ロイはまた封印してほしそうだったので、スペードはやれやれと頬をかいたのだった。

夕方、ロイは宿に戻ってラギ達と合流した。ロイの異変にすぐ気がついたのはムサカだった。四人は部屋で話をすることにした。

「何かありましたか？」

「実は……」

ロイは今日あったことを話した。

「ええええー！」

三人は驚いている。

「それで、なんで落ち込んでるの？」

ラギが聞いた。

「だってさー僕、大人になってライオネル様に会えるのを楽しみにしていたんだよ」


『強くなったな。ロイ、お前はもう大丈夫だ。封印を解いてやるぜ』

『ありがとうございます。ライオネル様！　僕、この日を楽しみにしていました』

『これからもがんばれよ』

『はい！』


「っていうような展開を楽しみにしていたんだ」

ロイは一人で寸劇してくれた。

「そうかあ。まあ、いいじゃない。強くなったんだし」

とラギが言った。

「もうライオネル様との絆が切れた気がしてショックだ」

「そんなことないよ、それに文句を言ってたらハロルド様の加護、返せって言われるかもよ？」

「わかってるよ、だからハロルド様には何も言ってないよ」

「ちゃんとお礼を言った？」

「言う前に行っちゃったもん」

「加護はだれでももらえるわけじゃないんだから。感謝しないとだめだよ」

「わかってるけどさあ」

ロイは頬をふくらませている。

「でも、なぜ今封印解かれたんでしょうね？」

ドルイドは首をかしげていた。

どうして今なのか、何か理由があるのかないのか、そこがわからない。

「さあ」

宿の人が手紙をもって来てくれた。送り主はサンデリカだった。

「二人も明日虹を見ることができるんだって。よかった」

「では夕食を食べに行きましょう」

四人は宿にあるレストランに行った。

「三人は今日はどこに行ったの？」

ロイが聞いた。

「まずはアリアス様の神殿に行って、光の神殿に行って、イサドラ様の神殿に行って、ディアメラ様の神殿に行ったよ。ディアメラ様の神殿の外には、月の馬車が飾られていたよ。新しくしたから古いのを飾ってるんだって。土の祭りで来てくれた月の神官様がちょうどいてね、お話ししたよ。明日は馬車の予約はしてないんだ。どうなるかわからなかったから」

「僕は午後から行くってことにしといた。そろそろ馬車も飽きたんじゃない？」

ロイがドルイドに聞いた。

「国に戻ったらもう馬車に乗ることはないですからね。そう思うと貴重な気もしますよ」

「そうだな。しかし瞬間移動のありがたみが身に染みる」

ムサカが言った。

「ははは、そうですね」

とラギ。

「ラギ様は、戻ったらもっと長距離を飛べるようにがんばりましょうね」

「はい、がんばります」

四人は笑いながら食事をして、次の日を楽しみに眠ったのだった。


つづく

十四部

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