第６２話
聖地六日目の朝、ラギは起きるやいなや、窓から外を眺めた。
「やった、晴れてる！」
晴れの日に虹を見るというのもおかしいが、大雨だったならば虹どころではない。晴れてよかった、とラギは思った。
前回はゆりと聖地に来た時に、虹がかかっていた。今回はラギにとっては二度目である。貴重な虹を二度も見ることができるのだから、幸運だ。
ロイが目を覚ました。
「おはよーラギにー」
「おはよう。ロイ。晴れてるよ。今日もはりきっていこう」
「うん」
ロイはねぼけた顔でうなずいていた。
朝九時前、ホテルの前で待っているといつもの白地に金の模様が入った神官服を着たクーガがやってきた。
「おはようございます」
「おはようございます」
四人は挨拶を返した。
「では行きましょうか。ひっついてください」
四人は手をつないで、クーガは四人を連れて移動した。移動するやいなや音楽が聞こえてきた。
「あ！」
湖のほとりで曲を奏でていた人達がいた。羊の一族の王女サンデリカに王子サン、白鳥の一族の王女ラウラもいる。大人が三人混じっていたが、その一人からは金色の気が上がっているのが見える。五人は近づいて行った。
「ラメーン様がいらっしゃいますね」
クーガが言った。
「ラメーン様？ あ、そうか。あの時は変装されていたから姿が違うんだ」
羊の一族の歓迎会の時のラメーンは人間に化けていたので、外見が今よりも地味だった。キラキラと輝く大きな湖に、澄んだ音色が響きわたっていた。湖のほとりにはかわいい花があちこちに咲き、青や黄色のチョウチョが飛んでいた。合わせて春の若葉が生い茂っている。この景色だけでも美しかった。さらに極上の音楽まで響いているとは、なんとも贅沢である。
「おはようございます。クーガ様」
小さな声で話しかけてきた三人の神官達がいた。ラーズの神官達だろう。腰に虹色の紐の飾りをつけている。
「おはようございます。このようなことがあるなんて珍しいですね」
「珍しいというか、初めてですよ？ どうされたんでしょうね」
ラーズの神官達が首をかしげている。
「あ、ヴォルフ兄さんだー」
ロイが声をあげた。少年ヴォルフと一緒に綺麗な少年が近くにやってきた。ラギ達は見たことがない神様だ。空から小鳥たちが飛んできてその少年の肩に留まっていた。
「彼はジュリアンだよ。クーリーフンに、子供が興奮して湖に落ちたら助けてあげてって言われたんだ」
ヴォルフがロイに説明した。
「そうなんですね。僕は泳ぎは得意ですよ」
ロイは親指を上にあげている。
「ところで君は何かあった？」
「ハロルド様の加護が発動して強くなりました」
「そうなの？」
クーガとラーズの神官三人はジュリアンに頭を下げていたが、ラギは達三人はついぼんやりとジュリアンを見つめていた。次々と鳥が飛んでくるし、地面を見ると、リスまでやってきた。もっとでかい鳥も飛んできてジュリアンに抱っこされている。いつの間にか曲が止まり、サンデリカとラウラがやってきた。ラーズの神官達は、ラメーンに近づいて頭を下げてお礼を言っていた。
「クーリーフン様に似ていらっしゃるわ。なんて素敵な神様かしら」
「本当だわ」
女の子達は遠巻きに、ジュリアンの美形顔にうっとりしているようだ。サンはラギの側にやってきた。
「おはよう」
「おはよう。楽しくやってるみたいですね」
ラギが言うと、サンはうなずいていた。
（あの時とは別人のようだな）
サンは歓迎会の時は陰気な雰囲気だったが、今はかなり明るくなっていた。聖地での生活を楽しんでいるようだ。
「ジュリアン様おはようございます」
ロイが挨拶し、ヴォルフが通訳していた。ジュリアンはにこりと笑って返していた。
「きゃーステキ」などと女の子の声が飛んでいた。
「すごい次々と飛んでくる」
ドルイドはあちこちから鳥が飛んでくるのに驚いていた。ジュリアンの周りは鳥で一杯になった。青や赤、緑など、いろいろな色の鳥がいる。
「青い鳥は幸運の鳥って言われてるんだよね。レミングっていうんだ。お母さんの石像に乗ってる鳥がこの鳥みたいなんだよ」
「レミング、かわいい鳥ですね」
レミングは尻尾が長い青い鳥だった。小鳥たちはそれぞれが鳴いて賑やかである。
ハロルド神官の神官達や、孤児院の子供達がやってきた。子供達にはアシュランの神殿でみかけた大人の男がつきそいで来ていた。
「クーガ様ー」
「この人どうして鳥が一杯とまってるの？」
小さい子供達がわらわらとクーガの側にやってきた。
「ジュリアン様は神様だよ。動物たちはジュリアン様が大好きなんだよ」
「綺麗な神様、私もだっこして」
小さい女の子が手を出していた。ジュリアンは抱っこしていた鳥を降ろして、女の子を抱っこしてあげていた。
「うらやましい！」
「優しい！」
ラウラとサンデリカは二人で盛り上がっている。
ジュリアンはヴォルフに近づいてこそこそ話していた。
「あそこにいるの、アシュラン様じゃない？」
子供達と一緒にいる金髪の男をこっそりみながら聞いた。
「そうみたいだね。ここは知らんぷりしておこう」
ヴォルフは返した。
「そうだね。わかった」
湖に虹が出現し、人々がどよめいた。虹は湖から空に向かって一直線にのびていた。
「すごい！」
「綺麗！」
「すごーい！」
大きな虹だった。きっとラーズが誕生した時も、こんな虹が湖にかかっていたのだろう。
「ラーズ様ー！」
サンデリカとラウラが叫んでいた。ラーズはいなかったが、つい叫びたくなったのだろう。
垂直にかかる虹は上の方から消えていき、今度は半円の大きな虹がかかった。さらにその上にも二重の虹がかかっている。
「すごい」
人々は拍手していた。すると虹の横に、様々な色の髪の少年達が現われて人々に手を振っていた。
「虹の妖精達だ」
ロイが声をあげた。
そして虹の妖精達の近くにラーズも姿を現した。
「ラーズ様！」
「ラーズ様ー！」
サンデリカとラウラは大興奮して両手を振っていた。ラーズと虹の妖精達は手を振って去って行ったのだった。
「感動ですわ！」
「私も感動しましたーインスピレーションがわいてきましたわ。良い曲が作れそうですわ」
「私も！」
「僕たちラメーン様から宿題をいただいているんだ。虹を見た後に虹を連想した曲を作ること」
サンがラギに話した。
「そうなんだ。良い曲ができそう？」
「うん。じゃあね、またね」
「またね」
ラメーンに促されて、ラメーンの神官達とサン達は去って行った。ヴォルフとジュリアンも去り、ロイはハロルドの神官達と話をしている。
ジュリアンが先ほど抱っこしていた少女はムサカの側に来て、「おにいさん王族なの？」と聞いていた。
「そうだよ」
ムサカがちょっとしゃがんで言った。
「じゃあすごい魔法が使えるの？」
「ここでは使えないんだよ」
「神官のお兄さんは魔法が使えるよ。すごいんだよ」
「そうなんだ」
「手とか足とかも造ってくれるんだよ。すごいでしょ」
「それはすごいね」
ムサカは疑問に思いながらも言った。
「ね、すごいでしょ？」
女の子は右手をあげてムサカに見せていた。ムサカははっとしている。女の子の右手は普通の手ではなかった。木か何かで造られた手のようだが、指が動いている。
女の子は走って仲間の元に戻っていった。
「あの子の手はどうなってるんでしょう？」
ドルイドが聞いた。
「さあ……」
クーガがこちらにやってきたので、ラギがクーガに聞いてみた。
「ああ、孤児院の子供達の中には、手や足がない子がいましてね。造っているのはジェラルド様ですが、あの神官が魔法で動くようにしているんです。そのおかげで、普通に暮らせてますよ」
「すごいですね」
ムサカが言った。すごいのは先ほどの少女の指である。どのような魔法であれほどまでに細かく動くようになっているのか、ムサカにはさっぱりわからなかった。
「あの子は生まれつき右手がなくて、孤児院で保護されたんです。義手がついたのは去年のことなんですが、うれしくてみんなに見せているんですよ」
「成長すると、やはり義手も大きくなるんですよね？」
ラギが聞いた。
「そうですよ。あの子が大きくなるたびに、手も取り替えられるでしょう。ジェラルド様は芸術品を造るだけではなく、こういうこともしてくださっているんです。素敵な神様だと思いませんか？」
「はい、すごい神様だと思います」
「素晴らしい神様ですね」
ムサカもドルイドも感じ入っていた。
「ところで、あの金髪の神官様もすごい神官様なんですか？」
ラギが聞いた。
「ああ、あの方は、道楽者で有名な神官です。気にしなくていいです」
とクーガはあっさり言っていた。
「え？ でも、すごい方なのでは？」
「すごいですがあまり気にしないでください。ラーズ様の神殿には行かないのですか？」
「あ、行きたいです。ロイ、神殿に行こうよ！」
ラギ達四人はクーガと共にラーズの神殿をお参りしたのだった。
ヴォルフとジュリアンは神の国、ガーベラの神殿に戻ってきた。
「おかえりなさい」
ガーベラが言った。
「虹が綺麗だったよ」
ジュリアンはうれしそうである。
「私も鏡で見ていたの。子供がはしゃいで湖に落ちなくてよかったわね。虹の七人も行ってくれたのね。私も七人とラーズの合体虹なんて初めてみたわ」
「ヴォルフは人間といっぱいお話してたね。すごいね。いつの間に言葉を覚えたの？」
ジュリアンがヴォルフに聞いた。
「秘密」
とヴォルフ。
「アシュラン様までいたからびっくりしちゃった。アシュラン様も人に化けたりするんだね」
ジュリアンがガーベラに聞いた。
「昔はよく人間に化けてヒルデリアに怒られていたわよ。最近はどうか知らないけど。ねえヴォルフ、このお花、ラクアの神殿まで持って行ってくれる？ 今日ラクアは神殿にいないから瞬間移動ができないのよ」
「いいよ」
ガーベラは大量の花が載った大きなザルをヴォルフに渡した。ヴォルフはザルを持ってすぐに消えた。お花は、ペンギン用である。
「ヴォルフって不思議な妖精だね。瞬間移動ができるし人間の言葉も話せるし」
いろいろな妖精がいるが、ヴォルフはその中でもかなり力が強い方だし、力も特殊だ。
「そうね。でもジュリアンだってすごいわよ。動物たちはみんなあなたの虜になっちゃうんだもの。ある意味最強じゃない？」
「どうして？」
「人間の世界は、動物たちなしでは語れない世界だもの」
ガーベラは微笑んで言った。
ラギ達一行は、ラーズの神殿をお参りした後、ホテルに戻ってきてクーガと別れた。
もうお昼だったので、宿のレストランで食事を食べることにした。
「ラーズ様の虹もすごかったですけど、ジェラルド様のすごさも再認識しましたね」
ラギが言った。
「本当ですね。ジェラルド様は優しくてすごい神様ですよね」
とドルイド。たった一人のために造られた義手に、三人はかなり感動したようだ。
「ロイは午後稽古にいくんだよね？ ロイがどこまで強くなっているのか見学に行きませんか？」
ラギが提案した。
「いいですね。私も気になりますし」
とムサカ。
「行きましょう」
こうして、食後四人そろってハロルド神殿に移動した。
神殿近くの空き地にて、スペードとロイの木剣での打ち合いを三人は見学した。
「すごい」
ロイのスピードも力も、確かに以前よりも増している。跳躍力さえも。
「すごいな」
ドルイドは体がうずうずしているようだ。
「今のロイなら大人相手でも通用しますかね？」
ラギはムサカに聞いた。
「そうですね。相手が彼のような達人でもない限り、通用すると思いますよ」
「すごいや。たのもしい弟がいてよかった」
ラギは心の底から言っていた。二人の打ち合いが終わり、ラギはロイをほめまくったのだが、ロイは「でも僕の力じゃないし」と喜んではいなかった。
「ロイが今までがんばってきたから、さらに強くなれたんだよ。今までの稽古があってこそじゃない」
とラギが言うと、ロイは「そうかな？」とちょっと浮上していた。
「そうだよ。加護の力だけじゃないよ。今までの君の努力がなければ、あんなには動けないよ」
スペードがさらに言うと、ロイは「そうですか？」とさらにその気になっていた。
「先生、ドルイドも剣が得意なんです。相手をしてあげてくれませんか？」
気を良くしたロイはスペードに頼み、スペードが了承したのでドルイドも参加することになった。ロイは素振り、ラギとムサカはベンチに座ってドルイドを眺めている。
「黒目の王妃様が、あの人のこと好きなんですよね？」
ムサカがぼそっと聞いていた。
「え？ はあ、そうですね」
ラギはどきっとして答えている。
（確かにスペードさんはかっこいいよ。さすが元剣聖だけあって、動きも綺麗だ。お母さんに見せたいくらい）
ゆりがここにいればキャーキャー言いそうだ、とラギは思っていた。
「確かにあの人強いですよ。私と戦っても私が負けるかもしれない」
「ええ？ 魔法でも勝てないってことですか？」
ラギは驚いている。魔法込みならば、ムサカの方が強いだろうと思っていた。
「すぐにはやられないでしょうけど、魔法を使う間に攻撃されそうだ。それにああいう人に魔法は効きにくいんですよ」
「へえー？」
「完全に精神統一した状態で剣を振るうことができる人。カールやハインリヒでも無理でしょう。その境地に達してこその剣聖なんでしょうね」
「へー」
「どちらの王妃様も、強い男が好きですね」
「ははは」
ラギは乾いた笑みを発していた。
（今の恋人達に、過去の恋人に、憧れの人に、神様達まで、お母さんの男関係すごすぎー。もしうちのお父さんがいつも嫉妬深かったら、世界の歴史さえ変わっていたのかもしれない。冗談ではなくまじでそう思う。お父さんには悪いけど、ムサカさんの子供がどんな風に育つのか、とっても楽しみなんだよね）
ラギは口には出して言ってないが、子供がどんな力を持って生まれてくるのか、楽しみでしょうがなかった。
（聖地旅行もむちゃくちゃ楽しい。あと四日かあ。ガーベラ様の神殿にも行かなきゃね）
ぜいぜい言いながらドルイドが戻ってきた。足もフラフラだ。
「さすが先生の先生は強いですね」
「ドルイド君も子供にしてはなかなか強いですよ」
スペードの方は全く息があがっていない。
「次僕ー！」
ロイがスペードに向かって行った。ドルイドはぐったりとベンチに座り込んでいる。
「ドルイドだってすごいよ。僕なんて、十秒も相手にならない、いや二秒かな」
ラギははなから戦闘要員ではなかったので、剣の稽古はあまりしなかった。ラギからすれば、ドルイドだってたいしたものである。
「ラギ様はもう剣を習う気はないんですか？」
ドルイドが聞いた。
「僕は攻撃系はロイに譲って、探索系の魔法とかがんばりたい。ムサカさんがいる間に。ソル様がその可能性をくれたから」
「いいですね」
とドルイド。
「可能性がたくさんあるってうれしいことだね」
この日はロイの稽古が終わるまで見学し、一緒に宿に戻ったのだった。
つづく
十四部
目次