第６３話
聖地のラーズの湖で虹がかかって後、神の国、ラーズの神殿でクーリーフンがラーズに会っていた。
「みんな喜んだ？」
クーリーフンが聞いた。
「ああ、結構人がいたよ。アシュランもいたし。クーリーフンが言ったのか？」
「うん。クーガが、孤児院の子供達を連れていきたいって言ったから、そっちはアシュランに任せたんだ」
「そうか。他には羊の女の子と白鳥の女の子がいたよ。楽器を持っていたからラメーンが世話でもしてるんじゃないかな？」
「白鳥、王女かな？ あの子の竪琴はなかなか良いんだよ。ラメーンに聞いてこよう」
クーリーフンは去って行った。
ラーズは虹を見に来ていた子供達を思い出していた。孤児院の子供達が大人になり、ラーズの神官になることも今までにあった。神々の中には自分の神官達に特別な思いを抱いている者もいるが、ラーズは神官の顔を覚えているくらいだ。あまり親しく話しかけたりということもなかった。いずれ人間はいなくなってしまうからである。親しくなればそれほど神官の死が辛くなるだろう。だが最近ではラーズの考えも変わっている。神官の死が辛くなるのも、いいのではないかと思うようになった。
ラーズがサーラを連れて虹の予告をしに行った時も、神官達はとても驚いていた。ラーズは気まぐれに虹を出したりしていたが、予告したのは初めてだ。
「もっと話をしてもいいよな。せっかく私の神官になってくれたんだから」
サーラが飛んできた。
「ラーズーサーラも手をおしたいよう」
サーラがラーズの近くまで来て言った。
「手？ ああ、あれか」
最近神々が自分の聖地の神殿に手に色を付けて、それを紙に押した物を飾っていた。人間には好評なようだ。
「サーラの手も飾る！」
「いいかもな。一緒に押そうか」
「うん！ 違うガーベラにもあげる！」
「それは喜ぶだろうな。ジェラルド工房に行こうか」
ついにはジェラルド工房に、手形用の紙と染料がいつも用意されることになった。
人間界蛇の国である。
今年の赤い月は、まったりと過ぎていた。
「ゆり、実は、お前の手料理が食べたい」
ラクシュミが突然こんなことを言い出したので、ゆりは大げさに驚いていた。
「ええ！？」
「ゆで卵が食べたい」
「ゆで卵？」
ゆで卵は手料理か論争は、ラギがいなかったので起きなかった。
「私も食べたい」
「私もー」
と子供達はゆで卵を食べたがったくらいである。
「王様、卵焼きに挑戦してみない？」
「卵焼き？ わ、わかった。挑戦しよう」
「じゃあお昼用に作るわね」
ゆりは微笑んだ。
ラクシュミは、今までゆりが作った食べ物をあまり食べたことがない。それは変わった物を食べてお腹を壊すのを畏れてのことである。王たるもの、ストイックにならねばならないのだ。
「その王様が、私の手料理を食べる日がくるなんてね……」
「ゆで卵と卵焼き、たいして変わらないんじゃない？」
ナナミが突っ込んだ。
「卵焼きの方が、料理って感じがしない？」
とゆり。
「マー、パンケーキつくって」
「レーちゃんも食べたい」
「パンケーキ？ いいわね。お昼に一杯作りましょう。ナナミも手伝って」
「はーい」
こうしてお昼には、ゆで卵と卵焼き、パンケーキが食卓に並んだ。ラクシュミは卵焼きを食べていたので、ゆりは感動していた。
「おいしいぞ。ゆり」
「王様、ありがとう」
「ベツトー、パンケーキもうまいよ」
「食べないの？」
「そうだな。十年後くらいにもらおうか」
ラクシュミは真顔で言って、普通のパンを食べていた。
「十年後には食べてくれるの？」
ゆりは逆に喜んでいた。クロスも「うまい」と言ってパンケーキを食べている。食堂の中はかなりほのぼのしていた。
シスの元には男達から確認思念が毎日届いていた。
（みんな何をそんなに心配しているんだろう？）
シスは、「大丈夫だよ」と返しながら首をかしげていたのだった。
ゆりが作ったパンケーキはハザークの元にも届けられていた。ハザークが食べようとすると、人姿のへびっちがやってきた。へびっちはかなり疲れた様子である。それも赤い月をがんばっているせいだろう。へびっちはハザークのそばにやってきて、パンケーキをじーっと見下ろしていた。
「……食べるか？」
ハザークが聞くと、へびっちはうなずいて、椅子に座ってパンケーキを食べていた。そして全部平らげるとソファに横になっていた。
（全部食われてしまった。おかわりが欲しいが、城に行くのもなあ）
赤い月の期間は、ハザークもゆりに顔を合わせたくない。侍女達は下の部屋で休んでいるだろうし、仕方なくハザークはパンケーキを我慢したのだった。
ラギ達の聖地旅行も七日目である。この日はハロルド神殿から馬車に乗り、まずはガーベラの神殿に行った。ガーベラの神殿にもガーベラのピンク色の右の手形が飾られていた。その後ラクアの神殿、サラディンの神殿、オルガの神殿を巡り、最後にサントスの神殿を参りハロルド神殿へと戻ってきた。この日は神様や妖精に会うことはなかった。ホテルに帰る頃にはもう夜になっていた。今日は遅くなるかもしれないとロイにはあらかじめ伝えてあった。
宿に戻ると、ロイと一緒にイシュタールがいた。
「イシュタール！」
「ラギ様、お元気そうでよかった。昼間ロイ様の稽古を見学したんですよ」
「そうなんだ。火の神殿経由で来たの？」
「そうですよ」
ラギの部屋に荷物をおいたムサカとドルイドがやってきた。
「イシュタールさん」
「お二人もお元気そうですね」
「夕食を食べに行こうよ。僕もうお腹ぺこぺこ」
ロイが促して、一同は夕食を食べに行くことにした。
「私も聖地に来るのは初めてなんですよ。景色が綺麗ですね」
イシュタールが言った。
「そうだね、今が一番綺麗な時期だもんね。イシュタールはいつまでいられるの？ 明日もいられる？」
ラギが聞いた。
「あと一日くらいなら。明日はどこにいくんですか？」
「今日はほぼ馬車だったから、明日は馬車に乗りたくない気分でさ、海岸をぶらついてのんびりするのもいいかなって思ったんだけど、イシュタールがいるならノイトラールに行くのもありかな」
「実は私、海岸で綺麗な貝殻を探したいです」
イシュタールが乙女チックなことを言い出したので、ラギとロイはきょとんとしていた。
「メリッサにあげたくて」
イシュタールはちょっと照れている。
「じゃあ海岸をぶらつくのもいいかもね」
「そういえば僕、海に潜ってでかいイカを捕まえたかったんだよね。海に入ってみたいなあ」
ロイが言った。
「海に入るにはまだ早いでしょ。ロイは明日は稽古は？」
「稽古も行くよ。でも海で泳いでみたい。どうにかして泳げないかなあ」
ロイはどうしても泳いでみたいようだ。
「ムサカ様、どこの神殿がよかったですか？」
イシュタールは言葉が少ないムサカに聞いた。
「どこも素晴らしかったですよ。毎日感動しています。今日はラクア様の神殿が印象深かったですよ」
「ペンギンのぬいぐるみが売っていたんだよ。ラクア様の神獣のペンギンができたから。お母さんにお土産で買ったんだ」
とラギ。
「そうですか。私も神の国でペンギンを見に行きましたよ。とても芸術的なペンギンなんです。氷の中に花を入れたりして、みんな感心してましたよ」
「ペンギンかあ、お母さんがペンギンになったのが懐かしいな」
「僕も見たかったな。かわいかったんだろうなあ」
ドルイドはゆりがペンギンになった所を想像している。
「ねえ、イシュタールは今晩はどこで寝るの？」
ロイが聞いた。
「火の神殿で寝ようかと。明日何時くらいに出ますか？」
「明日は朝ゆっくりして、九時過ぎくらいで」
「わかりました。部屋にろうそくはあります？ 火をたいてもらえたらこちらに移動できるんですが」
「わかった。明日の朝火をつけるよ」
「ではおやすみなさい」
食事の後イシュタールは去って行った。
「さすがに今日は疲れたね。お尻が限界だよ」
ラギはおしりをなでていた。
「そうですね」
ドルイドは笑っている。
「今日はぐっすり眠れそうですね」
四人はさっさとお風呂に行ってぐっすり眠ったのだった。
同日夕方、ラメーンの神殿では、女性達が悲鳴をあげるできごとがあった。なんとクーリーフンがやってきたのである。
「「きゃあああああ」」
羊の一族の王女と白鳥の一族の王女はそろって悲鳴をあげていた。
「ク、クーリーフン様がいらっしゃる！ え？ 本物？ 私の幻かしら？」
「本物だよ。君が来てるって聞いたからさ、一緒に演奏しようよ」
しかも一緒に演奏までしてくれるという。
「え？ 何のご褒美？ どの神様にお礼を言えばいいのでしょう？」
ラウラは完全にうろたえている。
「ラウラ様、よかったですねえ」
サンデリカも涙目である。
「二人はオトモダチだったの？」
クーリーフンが聞いた。
「「聖地で仲良くなりました」」
二人がそろって答えた。
「そうなんだ。じゃあ演奏しようよ。三人に合わせるからさ」
「では、昨日ラウラ様が作られた虹の曲を弾きましょうよ」
サンデリカが提案し、ラウラ主導で曲が始まり、サンデリカとサン、そしてクーリーフンが加わった。神官達は微笑んでその曲を聴いている。
さすが音楽のセンスがあるクーリーフンは、楽譜もないのに三人にすんなり合わせていた。
（私は前世で何か良いことでもしたに違いない）
ラウラは感動しまくり、サンデリカはクーリーフンについ目が釘付けになり、途中手を止めてしまっていた。そんな二人をやれやれと眺めながら王子サンは笛を吹いている。曲が終わった後、クーリーフンは三人の頭をなでなでしてくれた。
「君はいい音を出すね」
クーリーフンはサンを褒めていた。
「ありがとうございます」
「いつまでここにいるの？」
「赤い月が終わるまでです。多分ですが」
サンデリカが答えた。
「そうなんだ。がんばってね」
クーリーフンは去って行った。
十分ほどぼんやりした後ラウラははっと我に返り、「お願いします。クーリーフン様が弾かれた竪琴を私に売ってください」と神官に頼み込んでいたのだった。
つづく
十四部
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