第64話
ラギ達は聖地八日目、この日はのんびりと海岸を散歩して海を眺めたり、貝殻を拾ったりして過ごした。イシュタールは娘のために綺麗な貝殻を集めている。蛇の国は内陸部にあるために、一生海を見る事がない者が大半だろう。ドルイドも海の知識は持っていたが、実際に見ると、想像以上に雄大である。ラギに言われて三人は海の水をなめてみたりもした。
「海ってすごいですね」
「そうだね。知らない生き物がこの中には一杯いるんだもんね」
ラギが答えた。以前庭園に来たでかいカニやイカが海の中では生きている。
ムサカもつい綺麗な貝殻を拾っていた。土産物屋にも売っていたが、自分で拾うのも楽しいものである。
蛇の国では、天気もよかったのでラクシュミが、「ゆり、東屋に行こうか」と言い出して、東屋で二人でお茶を飲むことになった。
「王様が、イベントでもないのに外に出てくれるなんて……」
ゆりはもう泣いている。庭園は春の花が満開だった。
「ちょうど花も綺麗だな」
「そうね」
「ラギの花壇は何が植えられているんだ？」
ラギの花壇にはドクドクしい色の花が咲いていた。
「しかし、あれだけ雪が降ったなんて、今では嘘みたいだな」
「ほんとね。春ってありがたいね。太陽の光に感謝ね」
「そうだな」
「王様、博物館のことどうするの？ 新しい手形も壁に飾っちゃう？」
「いっそのこと神様関連の物だけの博物館にして、他の物をよそに移そうかと考えている。ラクア様の手などは、あの場から我々は動かせないだろうし、博物館を改装となると、何ヶ月か閉めなければならないからな。アシュラン様の御足を見に通っている者達もいるようだし、皆の楽しみを奪うのも悪いしな。新聞に載ったんだが、足腰の悪い老人が、博物館に通っているうちにしゃきしゃき歩くようになったらしいぞ」
「すごいね」
「お前のアイディアからすごいことになったな。私も、引退したら博物館に行くのが楽しみだ」
「一緒に行こうね」
「ああ」
神様の手でこんなに盛り上がるとはゆりも思っていなかった。最初に石膏の手をくれたハロルドには感謝しかない。
二人でほのぼのしていたらミシェイラとレーヌがやってきた。
「ねえ、ベツトー、あのね、蛇先生にね、赤い月の間マーに会ってもいいか、聞いてねって言われたの。いい？ 悪い？」
ミシェイラが聞いた。
「あの蛇先生なら別にかまわないぞ」
「わかった。マー、何時にお話できる？」
「じゃあ、一時間後に私の部屋で」
「分かった。伝えるね」
二人は手を振って消えた。
「蛇先生か、しかしハザークの親戚だとは、いまだに信じられないな」
二人はその後も手をつないでいろいろな話をして、ラクシュミはゆりを部屋に送り去って行った。
「庭園デート、いい！」
蛇先生ことジャッツーは、すでにゆりの部屋にいた。
「おまたせしました」
「いやいや、赤い月の間にすまんな。昨日精霊から緊急の用件を頼まれてしまって」
「何かあったんですか？」
ゆりは椅子に座って聞いた。
「実は、精霊の国で珍しい鉱石が手に入ったらしい。武器を作るにはうってつけのもので、人間界ではまず手に入らない代物なのだが、精霊の王はあなたにあげてもいいといってる。といってもゆりさんは戦うわけではないから、ゆりさんが武器をあげたい人物用ということになるが。せっかくなのであっちで武器を作ってくれるそうだ。どうせここに鉱石をもってきても打てる鍛冶屋もそういないだろうしな。作れる武器は、片手剣、大剣、槍、斧のどれか一つだと。どれにする？」
ゆりは目をぱちくりさせていた。
「えーと、そんな貴重な物を私がいたたいでもいいんですか？」
「いいよ」
「じゃあ、イシュタールに聞いてからでいいですか？ なんか大きな戦いがあるっぽいので」
「イシュタール殿はもう剣をもっとるよ。あれも同じ鉱石からできておる剣らしい」
「そうなんですか？ じゃあどうしよう……一族以外の人にあげるって、王妃的にはまずいですかね。その戦いに出るであろう別の人とか。でも妖精さん達は、神の国の武器が使えるんですよね」
「その鉱石でできる精霊の武器は、精霊の力をつけることができるんだよ。ジェラルド様の武器もいいが、そちらもレアだから。それから、精霊の武器は気難しくてな、かなりの使い手ではないと使いこなせないかもしれない。ゆりさんの恋人達じゃ、ちょっとどうかな。無理かもしれん。それか、平凡な武器になってしまうかもしれないな」
「じゃあ、元剣聖のスペード様なら大丈夫ですね。妖精のスペード様のために、超すごい剣を作ってください！」
「スペードという名前の男ね。わかった。伝えとくよ」
「このことは、みんなに内緒でお願いしますね」
「わかっとるよ。その男が武器を使えるといいけどな」
「スペード様なら、大丈夫ですよ」
ゆりは完全に信じていた。
「あ！ 図々しいお願いいいですか？ 超すごい剣の超ミニサイズのレターナイフ、私用にお願いします。その鉱石じゃなくていいんで」
「レターナイフ？」
「はい、レターナイフです。形が同じなら、材質はなんでもいいですから」
「伝えとくよ」
「ありがとうございます！」
「ゆりさんはほんと面白いな」
「うん、おもしろい」
双頭の蛇はどちらも言っていたのだった。
その日の夜のこと、聖地にいるスペードの家の扉がドンドンたたかれて、スペードが出ると、以前ここに来た金髪の小さい老婆がいた。
「あ、俺のパンツができたんですか？」
スペードはちょっとうれしそうだった。
老婆は首を横に振っている。
「パンツはもう少しでできるよ。今日は別の用じゃ。ちょっとわしらの国まで来ておくれ」
「はあ」
老婆はスペードと共に移動した。移動した場所には、とてつもなく大きな幹回りの木があって、スペードは「うおっ」と思わず声をあげていた。
よく見ると木には窓のようなものがいくつもあり、扉もある。
「ここはもしかして、精霊の国ですか？」
「そうだよ。そこをまっすぐいっておくれ」
老婆が杖で示す方にスペードが歩いて行くと、動物たちが広い円状に集まっている場所があった。人型の精霊もいる。
「スペードさん、こっちに来てください」
顔を右に向けると、雷獣がいた。
「トルメンタ様ですか？」
「そうです。こちらの武器から一つ選んでください」
雷獣トルメンタの横には木の箱に様々な武器が入れられていた。剣だけでも何種類もある。スペードには相手の意図がさっぱりわからなかった。
「あのー、俺はどうしてここに来たんでしょうか？」
「実は、あなたに武器を作ってあげることになりました」
「ええ！？」
「でも、あなたの実力を見ないと武器をあげることはできないので、あの精霊と戦ってください。認められるようにがんばってくださいね」
「は、はい」
武器を持っている精霊らしき青い髪の男が立っていた。その武器は、刀身は長めで湾曲していた。
「三日月刀？」
疑問は後にして、スペードは剣を選んだ。剣だけでも十本ほどあった。それぞれ長さや重さが違う。スペードが選んだのは刀身が一メートルほどの片手でも両手でも使えるバスタードソードだった。普通の人間が使うには重めだが、ハロルドの加護があるスペードには重さは苦にならない。
「えーと、よろしくお願いします」
スペードは青い髪の男に近づいて行き、頭を下げた。その精霊は青い髪は風に漂うようにふわふわゆれていて白い下が膨らんでいるズボンをはいていたが、上半身は裸だった。結構な筋肉がついている。見た目若く見えた。
「ジャブラ、がんばれよー」
「殺すなよー」
周りから声援が飛んでいたが、スペードには言葉の意味はわからなかった。精霊の方が先に動いた。一気に間合いを詰めてスペードに向かっていき、湾曲した刀を振るっていた。
「おおー！」
スペードはバスタードソードでそれをよけ、攻撃に転じていた。
（かなり強いな。そして早い。だが、ヴォルフ様の方が怖かったな）
ハルバードを振るうヴォルフに比べると、相手をしている精霊は強いとはいっても、恐怖の対象にはならなかった。しばらく二人の応酬が続いた。周りにいた妖精や動物たちも盛り上がり、声援を送っている。一時間ばかりやり合った後、精霊は後ろに下がって三日月刀を下に降ろした。人型の精霊達から拍手が飛んでいた。
「スペードさん、すごかったですよ」
トルメンタが側にやってきて言った。
「ありがとうございます。楽しかったです」
背の低い男の精霊三人がわらわらとやってきて、スペードの手にさわっていた。
スペードはなすがままにされている。
「彼らは鍛冶屋です。彼らが武器を作るんですよ。刀身の長さは、こちらと同じくらいでいいですか？」
トルメンタが聞いた。
「あ、はい、これくらいでお願いします」
トルメンタは鍛冶屋の精霊達に通訳しているようだ。
「あのー、どうして俺に剣を作ってくれることになったんですか？」
スペードはトルメンタに聞いてみた。
「それは……」
おしりをばしっとたたかれた。後ろに老婆がいた。
「それはお主が男前だからではないのか〜？ ちなみに剣の名前はもう決まっとるよ。『超すごい剣』じゃ」
「超すごい剣？」
「聞くだけですごそうな剣じゃの」
背が低い男達は何やら言っていた。
「名前に恥じない剣を作らねばと言ってます」
「どうすごくするか悩む、じゃと。ひゃっひゃっひゃ」
老婆はおかしげに笑っていた。
（精霊さんのネーミングセンス……だが楽しみだ。どんなすごい剣ができるんだろう）
スペードは子供のようにわくわくし、帰りはトルメンタが聖地まで送ってくれた。
「超すごい剣、楽しみですね」
トルメンタが言った。
「はい、すごく楽しみです」
剣の名付けにゆりが関わっているとはちらりとも思わず、スペードはうきうきしながら自分の家に戻ったのだった。
つづく
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