第76話 戦の準備
ここは神の国のはずれの方にある、高い崖に囲まれた広い野原である。雷の神ソルに、雷獣トルメンタ、ソルに頼まれてアマンザとルチア、マチルダもやってきていた。ここにはヒルデリアの力で移動してきている。
野原に短い丸太が離れて置かれて、ソルはそれに電を落としてみていた。どれくらい狙いをつけて雷を落とすことができるのか、試しにやってみたかったのである。かなり正確に雷を落としていたので、アマンザは拍手していた。
「すごいね。ちゃんと狙ってできるんだ」
「そうだね。ルチア、頼むよ」
ルチアはうなずいて、ちょっと離れた所からでかい石を空高く放射状に投げていた。ソルはそれをめがけて雷を落とした。一つ目は外れたが、二つ目は命中した。ルチアは次々石をぽいぽい投げている。本番の的はもっと大きいはずなので、多少外れてもかまわないだろう。なかなかの命中率でソルは雷を出していた。
「ソル様、広範囲に雷を出すことはできますか？」
トルメンタが聞いた。
「やってみていい？」
「私達は離れてますね」
一同はソルの後ろに離れ、ソルは意識を集中して、広範囲に雷撃を浴びせていた。凄まじい爆音にアマンザは耳を塞いでいた。
「すごい！」
ルチアはものすごくうれしそうだが、マチルダはいつもと変わらず無表情である。爆音が終わり、アマンザがソルの側に行った。野原は一面焼け野原のようになっていて、煙が上がっていた。
「すごいね」
「こういう技って、味方が前にいたら使えないね」
とソル。
「そうですね。でも、弱い魔物を殲滅するには有効ですよ。本番では、神の力を乗せて雷を落としてください。もっと効きますから」
トルメンタが言った。
「神の力を乗せて」
「そうした場合、一日何度もこの技は使えないと思うので、力切れに気をつけてください」
「神の力が切れることなんてあるの？」
アマンザが聞いた。
「ありますよ。力が切れると、何もできなくなってしまいますから、それはまずいです。ソル様の力はすごいですけど、まだ生まれたばかりですもの。力の総量はハロルド様と比べると五分の一くらいでしょう。成長すれば総量もあがりますよ」
「これで五分の一なんだ。すごいなあ」
アマンザは驚いている。
「ソル様が認知されて人間の信仰があがれば、ソル様の力もあがりますよ」
「じゃあさ、ルチアはどうなの？ ルチアが成長したら、真面目な話、神の序列でどこまでいくの？」
アマンザは純粋に疑問に思って聞いた。ソルの序列は、サラディンやラクアと同等になるとの予想はつくが、ルチアの力はよくわからない。
「さあ、どこまでいきますかねえ。上の方だとは思いますけど」
そのルチアは、まだ石が残っていたのか、思いっきり前に投げて、その石がかなり離れた崖にめり込んでいた。ものすごい怪力である。
「ルチアの武器は、石でいいんじゃない？」
アマンザが言った。ただの石でも魔物の体を貫通できるだろう。武器として有効である。
「確かに。でも大量の石を持ち歩くのも大変ですけど」
とトルメンタ。
「ルチアは子供のままでも魔物と戦えそう」
多分戦えるだろう、とトルメンタも思っていたが、アシュラン達がルチアにかけている期待は、ものすごいものがある。ルチアが大人になったときどれほどの力を持つのか、それを見てみたいのだ。
「きっとルチア様は大人になって戦うことになるでしょうね。力が一番未知数ですから」
「そっか。大人になったルチアか、想像ができないなあ」
（マチルダみたいにたくましい系の女性だったりして）
アマンザはそういうルチアを想像した。
「トルメンタ、聞きたい事があるんだ。前回の戦でトルメンタが死んだ時のこと、聞いてもいい？」
ソルが聞いた。
「もちろんいいですよ」
「辛いことなのにごめんね」
「大丈夫ですよ。前回は、なにせ、前例がないことでしたので戦いの準備が不足していたことも原因ですが、戦力不足でもありました。最初の方に出てくる魔物達はあまり強い魔物ではなかったのですが、徐々に強い魔物がでてきて、三日目には神の力をそぐ魔物達が現われて、そこらから危うくなってきたんです。戦いの場の神の力が低下し、魔物の瘴気にあてられて消える妖精が出始め、私も消えました。私は、敵の雷を防御する役割を担っていたんです。強い魔物は多彩な攻撃をしてきますので。今回はソル様もいらっしゃるので、敵の雷攻撃を防ぐことも前よりは楽でしょう」
「うん、がんばる」
アマンザはソルやルチアの心配はしていなかった。神なので、何かあっても死ぬことはない。戦にリリーが出るかもしれないので、そちらを心配していた。リリーは神獣だが、死ぬこともあるからだ。
（ぼくは応援することしかできない。全員無事だといいんだけど）
アマンザ達子供達にとっては未知の戦が近づいていた。
その頃神の国、ジェラルド工房である。朝ヴォルフが工房に武器を取りに来た時のこと、ジェラルドが「見てほしい」と武器をヴォルフに見せていた。それは、鉄でできた巨大なブーメランである。一メートルほどのでかさで、片方の内側だけ切れるように刃になっていた。
「ヴォルフ君ならこれを使えるかな、とちょっと作ってみたんですが、どうですかね？」
とジェラルド。ヴォルフはブーメランを受け取って沈黙している。普通の戦う妖精ならば、これを使うのは難しいだろう。これはブーメランなので、戻ってくることもある。それを自分で受け取るのもかなり難しい。素早い動きと力が要求される武器である。たとえば、戻ってきたブーメランが味方を攻撃するのも困るわけである。
「うーん、どうだろう。ちょっと使ってみないとなんとも」
「ちょっと使ってみてくれます？」
「うん。じゃあ今日はこれを使ってみる」
今日はスペードの所にいこうとしたが、予定を変更することにした。大人姿で神の国の外れにやってきて、ソル達に遭遇した。ソル達の方がヴォルフに気がついて近づいてきた。
「それ、武器だよね？」
アマンザが聞いた。
「使ってみてって言われて、広い所じゃないと使えないからね。ちょっと投げてみるから、離れた所にいてくれる？」
「わかった」
アマンザ達はヴォルフからかなり離れた場所に移動した。ヴォルフはブーメランを投げた。それは一〇メートルほど行ったところで軌道を変えてこちらに戻ってきた。
「おおー」
「すごい」
アマンザとソルが感心している。戻ってきたブーメランをどうやって受け取るのかみんなはドキドキして見ていたが、ヴォルフは受け取らずにさっと逃げて、ブーメランは後ろにそのまま飛んで行き、木に突き刺さっていた。
ルチアが走って行き、ブーメランを引っこ抜いている。ルチアはヴォルフに自分がやりたいと主張したので、ヴォルフはソル達の側に移動した。
「あれを受け取るのは難しいよね？」
アマンザが聞いた。
「うん、ちょっと難しいな。下手したら手が切れるし」
ブーメランの内側は片方刃になっている。もう片方を握らなければならないが、かなり回転して飛んでいるので、ヴォルフにも至難の技である。ルチアは思いっきりブーメランを投げていた。同じようにブーメランが回転して飛んでくる。ルチアならば受け取れるのか？ 一同固唾をのんで見守っていたが、ルチアは結局ひょいと逃げ、ブーメランは飛んで行った。ルチアでも受け取るのは難しかったようだ。
「使い捨てにするならば使えるかな。でも魔物の手にわたったら魔物がこっちに投げてくるかも」
「それは怖いですね」
とトルメンタ。マチルダはルチアの側に行き、ダメだとでも言うかのように、手を横に振っていた。
「危ないからダメって言ってるのかな？ マチルダが意思表示するなんて珍しいね」
とアマンザは思った。ルチアはブーメランを取りに行き、ヴォルフに返していた。
そこに伝令の神、グレンの娘のライサが飛んできた。
「ようやく見つけた。ルチア様、ジェラルド様が工房に来てほしいっておっしゃってます」
ルチアはオーケーとばかりに親指を上にあげていた。
「私と行きますか？」
ルチアはヴォルフの肩に手を乗せている。
「じゃあお願いしますね」
ヴォルフが瞬間移動できるのをライサは知っていたのか、そのまま飛んで行った。
「えーと、みんなも行く？」
「行く！」
他の者達もヴォルフにくっついて、一緒に工房に飛んだ。トルメンタは工房で去って行った。工房の前には巨大な武器がいろいろ置いてあり、アマンザとソルはそれを眺めた。荷台に載った巨大な弓が5つ、投石器が３つある。ルチアが工房の中に行き、ジェラルドを呼んできた。
「皆さんおそろいでって、あれ？ ヴォルフ君ですか？」
ジェラルドは、大人版ヴォルフを見るのが初めてだったようだ。
「うん」
「なるほど、大人になって武器を使っていたんですね。ようやく納得しました。ブーメランは使えましたか？」
「投げるのは簡単だけど、受け取るのは難しいな」
「やはり難しいですか。ヴォルフ君ならできそうだと思ったんですが」
「投げるだけならいいですけど」
「空を飛ぶ魔物には有効かもしれないですね。それでルチアちゃんにお願いがあったんですよ。この投石器に使えるようなでかい石を探してもって来てほしいんです。大きさとしては、このくらいかな」
ジェラルドは両手で五十センチほどを示していた。
「明日は戦う妖精達も石集めをするんで」
ルチアはオーケーとばかりに親指を上げて、ヴォルフの手を握って上に上げていた。
「一緒にやれって言ってる？」
ヴォルフが聞くと、ルチアは当然とばかりもうなずいた。
「まあいいか、この前雪かきを手伝ってくれたし」
「がんばってね」
そういう力仕事は手伝えそうにないので、アマンザとソルは応援だけすることにした。その後ヴォルフはスペードに稽古をつけに行き、ロイの所にも行った。ハロルドの加護が発動していたため、ロイの動きはかなりよくなっていた。
しばらく動いてロイがへろへろになった頃、
「ヴォルフ兄さん、母様に会ってよ。母様も喜ぶよ？」
とロイが言った。
「え、そう？」
「行こう行こう」
ロイがそういうので、バートランドを街で置いてから城に行った。ゆりは喜んで、ヴォルフといろいろ会話をしたのだった。
神の国では夕方、メリーアンがガーベラの神殿に飛んでやってきた。
「ママ、聞いて、私レベルアップしたの」
「レベルアップって何？」
聞いたことがない言葉だったのでガーベラが聞き返した。ガーベラは今日はメリーアンが作った服を着ていなかった。毎日同じ服を着るわけにもいかないので、数日おきに着ることにしている。色違いも作ってもらうつもりである。
「成長したってことよ。今までは、布に『魅了』の効果を入れることしかできなかったんだけど、「安眠」という効果を入れることができるようになったの！」
「安眠？ へーすごいわねえ」
「多分寝間着を作ってたからだと思うけど、最高神夫婦の寝間着ができたんだけど、それに付けるべきか迷ってるの。どうする？」
「アシュランとヒルデリアの寝間着ができたのね。どんなのか見たいわ。工房にあるの？」
「うん」
工房にはジンラの神殿からの方が近いので、ガーベラはメリーアンを連れてジンラの元に移動して、そこからはジンラが送ってくれた。服飾工房の方で、メリーアンは寝間着を見せてくれた。男物には見慣れない物がついていた。ボタンである。ボタンがある服は、神の服では珍しい。寝間着の色は白かったが、植物の模様が入っていた。
「この模様はどうやっていれたの？」
「布を作ってたら自然にできたんだって。面白いよね」
「自然に？ へー。手触りはいいわね」
ガーベラは服に触ってみていた。すべすべである。
「肌触りにこだわったの」
「そうなの。このボタンは何でできてるの？」
ボタンの色は透明がかった青で、宝石のようにも見える。
「ボスがくれたの」
「ボス？ ジェラルドのこと？」
「うん。石のようなものだって。小さくて軽いからいいかなって。女性用はこれで、魅了が入ってるの」
ヒルデリアのは薄いピンク色の布地で、襟元と裾にひらひらがついてなかなかかわいらしい。こちらは柄がなく無地だ。
（想像すると笑えるけど、案外こういうかわいいのも好きかもしれないわね）
「安眠はどうする？」
メリーアンが聞いた。
「入れない方がいいかもね。安眠しちゃったら仲良くなれないしー。これを持って行きましょう」
「ママが持って行ってくれない？ 私は別の作らなきゃいけないから」
「いいわよ、わかったわ」
「ハロタンはガウンみたいなのがいいってー」
「ハロタン？」
「体を見に行ったらそう言ってた」
「ハロタンってハロルドのこと？」
「そうだよ」
「ハロタンって言って怒らなかった？」
「お前は母親にそっくりだとかぶつぶつ言ってた」
「ぶっ」
ガーベラは思わず吹きだした。
その後ガーベラは、アシュランに寝間着を持って行った。
「すべすべした生地だな」
アシュランは寝間着を触ってみていた。
「ヒルデリアにもあげるから、どんな服かあとで見せてもらってね。なかなかステキだったわよ」
「ふーん」
その後ガーベラはヒルデリアに寝間着を渡した。
ヒルデリアは、「私にはかわいらしすぎないか？」などと言っていたが、「夜寝るだけだもの、別にいいじゃない。今夜はこれを着て寝てみてよ。なんといっても、神の国で初めての生地で作った寝間着なんだからね」と言って去って行った。
（さて、どうなることやら。私もガウンみたいなのが欲しいわね。すぐ脱げるし）
「ハロタン……ぷぷっ」
ハロタンという言葉がかなりツボにはまったらしい。ガーベラは思い出しては笑ってしまっていた。
さて次の日である、ヴォルフはルチア、ジェイクと石集めだとかででかけ、ガーベラはメリーアンの作業を眺めるために工房を見学していた。他の妖精も手伝って、すでにいろいろな神の寝間着を作っているようだ。サーラの寝間着には花の飾りがついてかわいかった。ラーズのはズボンだけのようだ。
そこにグレンがやってきた。グレンは小さい宝石箱のようなものをもって来ていた。
「ヒルデリア様から、メリーアンさんに服のお礼ですよ」
「お礼？ なんだろう？」
箱を開けたら、子ども用のブレスレットが入っていた。金の輪に花のようにピンクの宝石がついているかわいいものである。
「かわいーやったあ」
「よかったわね」
ガーベラがメリーアンの右手首にブレスレットを付けてあげた。
「似合うわよ」
「うれしいな」
「ヒルデリア様は大変ご機嫌でしたよ」
「そう。よかったわ」
（魅了がきいたわね）
（魅了がきいたんですねー）
ガーベラは工房にいた妖精達と目で会話したのだった。
つづく
１４部
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