第７７話　別れ

神の国では戦に向けての準備も大詰めである。石場にて投石器のための大きな石が集められていた。妖精達にまじり子供のヴォルフとルチアも石運びを手伝っていたのだが、その場にハロルドがやってきた。

「おっ手伝ってくれるのか、ありがとう」

ハロルドがにこやかにヴォルフに話しかけたが、ヴォルフは無視した。それを見たジェイクは、頬をかいている。

「ヴォルフはどうしてお父さんに冷たいんだろう？」

ジェイクの隣にいたバリアスは、「さあ」と首をかしげていた。

「ま、いいんじゃない？」

「いいのかな」

「妖精は自由でいいんだしさ」

「まあそうだけど……」

バリアスやジェイクがハロルドを無視するのとはわけが違うらしい。妖精は親の言うことに従わなければならないという決まりはない。自由にどこに行き、何をしてもいいことになっている。

怪力のバリアスもでかい石をひょいひょい運んでいた。するとルチアが対抗意識をもやしたのか、石を二つ同時に運び出した。バリアスを見てにやりとしている。

「力の神だから力比べで負けるわけにはいかないかなあ」

バリアスはものすごくでかい石を持ち上げながら言っていた。ルチアもまけじとでかい石を探している。

「バリアス様、その石は投石器に使えませんよ」

ジェラルドの声が飛んで、バリアスは石を降ろしたのだった。

「前から思っていたんですけど、僕らに様なんてつけなくていいですよ。ジェラルド様はすごい神様なのに本当に腰が低いんですから」

とジェイクがいうとジェラルドは苦笑していた。


「おい、ヴォルフ、お前は今度の戦に出るつもりなのか？　私が嫌いなら出なくていいから、ガーベラにでもひっついてろ」

ハロルドはヴォルフの背中に言っていた。ヴォルフは振り向いたが、何も言うことはなかった。半分ハロルドの嫌みのようなものだったが、もう半分は、出て欲しくないとハロルドが思いだしたからだった。妖精は死ぬこともある。生まれたばかりの妖精を戦に出させるのは酷な話である。


五の月半ば、聖地の神官達に向けて、いち早く神の言葉が下った。

それは、六の月から七の月の間、聖地と大陸間の船の行き来が数日、場合によってはもっと長い間制限される可能性があるとのことだった。物資の貯蔵をあらかじめしておくようにとの御言葉だった。上の方の神官達はあらかじめこのことを知っていたので、すでにそれらの手配は少しずつ行われていた。今回、すべての神官達にその言葉が伝えられたのである。

「神の国で、神々の力が著しく減る現象が起こるだろう。聖地の周りの海は、海の神マリナールが聖域を作って守るために、船の行き来はその間制限される。その間大陸では魔物が出やすくなる。神官戦士達はその討伐にあたるように。神官達は、聖地の安全と、神への祈りを捧げるように」

その間聖地に巡礼に行くことはできないために、主な国にもそのことは伝えられた。それぞれの国の牧師が一人ずつ、夢の世界でどこかに集められて、その場にて最高神アシュランにより神託が下ったのだった。牧師達は最高神に実際に会うことができて、皆感動のあまり泣いていた。

蛇の国では、北の街の教会の牧師がその場に呼ばれて神託を受けた。牧師は目覚めた時は信じられない面持ちだったが、ただの夢ではないことはわかっていた。牧師は早朝、ラクシュミにそのことを伝えに城にやってきた。そして、六の月からしばらく、国の外の街道が危険になる可能性があるために旅は控えたほうがいいと告げた。今国にいる商人達にもそのことを伝えなければならないと。

「なにがあろうと信仰の気持ちを絶やさぬように、との御言葉でした。人々の信仰が神々の力を強めるからと」

「そうか。わかった」

ラクシュミはイシュタールのことがあるので近々何かありそうだとは思っていた。やはり、という感じである。ラクシュミは朝四人の将軍達を集めて、そのことを話した。

「一体何があるんでしょうか。イシュタールも関係しているんでしょうか」

ヴィクターがちょっと不安そうにラクシュミに聞いた。

「多分な。我々は、神々を信じて祈ろう」

「そうですね」



聖地では、様々な噂で人々は騒然としていたが、ある晩クーガがスペードの家を訪ねてきた。

「こんばんは。一緒に酒を飲んでください」

「こんばんは……」

「あっちにいきましょう」

クーガはスペードに触れて強引にアシュラン神殿へと移動させていた。二人がやってきたのは前回酒を飲んだ部屋である。

「何かあれば教えてくださいと言ったのに、冷たいですね」

クーガはすねるようにスペードを見ていた。

「いやあ、ははは」

スペードは頭をかいている。

「あなたはその戦の数日前には神の国に行くんですよね」

クーガは杯に酒を継いでスペードに渡した。

「そうですね」

「私も行きます」

「…………」

「絶対行きます」

クーガは座って背筋を伸ばし、言った。

「クーガ様は、神の国には入れないんですよね？」

スペードが聞いた。

「そうなんですが、たとえば、スペードさんにおんぶされたらどうでしょう。行けませんかね」

「おんぶ？」

「だっこよりおんぶのほうがいいですね」

（真顔で何いってるんだ？）

スペードはちょっと口を開けたまま、動かなかった。

「クーガ様には、聖地の人々を安心させるというお仕事があるでしょう」

「神官長がやりますよ」

「わざわざ危険なことに首を突っ込むことはないですよ。下手すれば死ぬんですよ？」

「わかってます」

「戦は我々に任せてください。多分、とてつもない数の魔物がやってくるでしょう。聖地だって完全に安全ではないんですから」

「でも、行くって決めたんです。私をおんぶしてもらって魔法陣を越えましょう」

「おんぶでも無理じゃないですか？　それに俺が大神に怒られますよ。せめてカサンドラ様を説得してみたらどうですか？」

「うーん……」

「あなたはここにいてくださいよ。あなたが死ねば悲しむ人がたくさんいるんですから」

「あなたにだっているでしょう」

「俺はそんなにはいないですよ。せいぜいハロルド神殿の神官達くらいで」

「どこかの王妃様は号泣するでしょう」

「それはクーガ様だってそうでしょう」

「別に死ぬと決まったわけじゃないでしょう。私は、オトモダチと一緒に戦いたいんです」

「戦いは三日四日かかるみたいですし、神の国にはトイレはないですよ」

「その時がきたら、そこらでします」

クーガは美しい顔でとんでもないことを言い出した。

「ファンの皆さんが泣きますよ」

「ないものはしょうがないでしょう」

結局、クーガは意見を曲げなかった。

（まあ、クーガ様が神の国に行くのは無理だろう。なんでそんなに戦に出たがるんだか）

戦い狂でもない限り、出たくはない戦いである。スペードは酒を一杯だけ飲んでアシュラン神殿を去った。

（まあ、カサンドラ様を説得することはできないだろう）

スペードも、クーガには聖地にいてもらいたかった。聖地の人々のためにも。

（……最後にもう一度ゆり様に会えるかな。いろいろあったが、ここ数年は楽しかったな）

感情の起伏の激しい数年だった。

（結局、ガーベラ様のことは俺には打ち明けてくれないんだろうなあ。ねぼすけもクーガ様も知ってるのに。だが、もしもっと前から知っていたら、ハロルド様に遠慮して仲良くなることはなかったかもしれない）

「仕方ないのかもな」

スペードは星空を眺め、つぶやいていた。


六の月に入り、とうとうロイとバートランドのお別れの時がやってきた。風の精霊がバートランドに伝言を運んで来たのである。バートランドがロイに伝えると、ロイは泣いていた。

「先生、今まで本当にありがとうございました。また会えるよね」

「もちろん。君の成長を、俺も楽しみにしているよ」

「ううう……」

バートランドはロイを軽く抱きしめていた。

（絶対に死ぬなよ。必ず、生きてまた会おう）

話を聞いて、ナナミ、シス、ラギがミカエルの屋敷にあわててやってきた。

「先生、今まで長い間ありがとうございました」

「また来てくださいね」

「絶対ですよ」

他の子供達も泣いていた。

「みんな良い子達だ。俺は君達の成長も楽しみにしているよ。この国のことが好きだよ。蛇はまだ苦手だけどね」

というと子供達は笑っていた。夕方には迎えが来るというので、この日はそのままミカエルの屋敷で宴会という流れになった。いろいろな者がバートランドに別れを言いに来た。もちろんドルイドも。ゆりも行きたかったが行けず、仕方なく子供達にラクシュミ経由で伝言を頼んだ。

そして夕方、闘技場にて、ロイだけを見送りにバートランドが荷物を持ってたたずんでいると、ハロルドが姿を現した。

ハロルドはロイを見ると、「後で私の部屋に行く、母親に言っておいてくれ」と言った。

「わかりました。ハロルド様、バートランド様をぼくの先生にしてくれてありがとうございました」

「私がしたわけじゃないが」

「じゃあ元気で」

バートランドの言葉に、「さようなら」とロイは元気よく言って返し、二人は消えた。


バートランドはてっきり雷獣の国に戻るのかと思っていたが、ハロルドが連れてきたのは雷獣の国ではなかった。どこかの森の中である。

「ここはどこですか？」

「鵺の国の近くにある森だ」

「ヌエ？」

「実は、前回の魔物との争いの時、ここが一番被害が大きかったんだ。だから、しばらくこの国にいてほしい」

「はあ」

「鵺の国にはすでに話はしてある。そこに一人私の加護がある剣士がいる。本番までそいつの相手をしてくれ」

「わかりました」

「今からお前に私の加護をつける」

「え？　ほんとですか？」

「ああ、戦いが終わったら加護は回収するからな。一時だけの加護だ。それから、お前は今日から剣聖だ。剣聖を助っ人に連れてくると話してあるから、剣聖を名乗るように」

「はあ、加護をもらったら剣聖じゃないのでは？」

剣聖とは、人間で最高の剣士の称号である。ハロルドの加護をもらったら、もう人間のうちではない。

「加護は一過性だからいい」

ハロルドはバートランドの体に触れた。バートランドは体が温かくなるのを感じた。

「ハロルド様の加護って、人数制限とかあるんですか？」

バートランドはつい聞いてみたくなった。

「ある。これは私の力の一部をわけあたえているのと同じなんだ。たくさん加護を与えるだけ、私の力が減ってしまう」

「そうなんですか」

「じゃあ王宮の前までつれて行く。剣聖だと名乗って入れてもらえ」

「わかりました」

ハロルドはバートランドを鵺の国の王宮の前まで連れてきてさっさと消えた。

（ロイ君と別れたばかりなのになあ。全く）

王宮の門の前にいた門番二人は一瞬バートランドに警戒の姿勢を取ったが、すぐに警戒をといて膝を突いた。

「ん？　もしかして、鳥がいるのかな？」

バートランドには見えなかったが、バートランドの頭の上には金色の鳥が止まっていた。

「剣聖のバートランドです。神様の命によりこの国に来ました」

「バートランド様、お待ちしておりました。どうぞ中へ」

バートランドは丁重に王宮内に案内された。そしてすぐに国王に謁見することになった。肩までの金髪の国王は年は二百歳ほど、口とあごにヒゲがあった。金目で結構な魔力を身にまとっていた。

「よくぞ来てくださった。バートランド殿、しばらく滞在してくださるとのこと、感謝しますぞ」

国王はかなり低姿勢でバートランドにお礼を言っていた。国王はすでに神の国での戦のことを知っているのか？　とバートランドは感じた。どうもそんな感じである。

「バートランドです。神から命を受け、この国でしばらくお世話になることになりました。こちらの国に、ハロルド様の加護を受けた方がいると聞いたのですが」

その時、三人の女性と男の子が一人王の間に入って来た。

（お？　まさかこの王子が？）

ロイのことを考えるとありうるとは思ったが、違っていた。明らかに抜きん出て強い者がいる。

「第三王女のシュシューです。ハロルド様から加護を与えられたのがシュシューです」

国王が一番に紹介したのが三番目の王女だった。

三番目の王女は背は三人の中で一番高い。長い金髪はポニーテールにしてある。他の二人の王女はドレス姿だったが、シュシューだけは騎士のようなズボン姿だった。気の強そうな美人である。

「シュシューです。実は最近魔物がちらほらに現われるようになりまして、私が駆除しておりましたが、剣聖様がしばらく滞在して手伝ってくださるとのこと。誠にありがとうございます」

シュシューは頭を下げ、バートランドも「こちらこそよろしくお願いします」と頭を下げた。

（すでに魔物がきてるのかよ！　それで王様もあんなことを言ったのか）

バートランドは先ほどの王の言葉に納得した。

「来てくれてありがとうございます」

「ありがとうございます」

子供の王子と他の王女達もバートランドに頭を下げていた。国王が他の三人の紹介をした。

「まずは、部屋に案内しましょう。どうぞこちらに」

シュシューにより、バートランドはかなり広い豪華な部屋に案内された。

「後ほどメイドをよこしますので、なんでも命じてください。夜伽が必要でしたら、言ってくだされば好みの女性をご用意致します」

シュシューはさらっと言ったので、バートランドは聞き間違いかと思った。

「え？　夜伽って言いました？」

「はい、遠慮なく言ってください」

「いやいや、俺はそんなに節操なくないですから」

「生粋の一族の女性は無理ですが、そのほかの女性ならば、剣聖様の子種をいただけるのならば、名誉なことです」

シュシューは真面目な顔で言っている。

「はあ？」

（え？　剣聖って、そんなにすごい立ち位置だっけ？）

バートランドはかなり混乱しつつ、「大丈夫です。俺は赤い月以外はあまり欲情しないので」と言っておいた。

「そうですか。わかりました。では、明日からよろしくお願いします」

シュシューは頭を下げて出て行った。

「びっくりしたー。所変わればか。広すぎて落ち着かん。もっと狭くていいんだけどなあ」

こうして、バートランドの次の生活が始まったのであった。


蛇の国では、バートランドがいなくなってしまったので、食事の時も子供達はしんみりしていた。特にロイは結構泣いたようだ。こんなに急な別れになるとは、ゆりは（アレ、渡しておいてよかった）と思っていた。バートランドに渡した精霊の涙のことである。ゆりはその後、ロイからの伝言があったので、塔のハロルドの部屋にいた。ジロウも一緒である。

「ここで会うの、久しぶりのような気がするね」

「ワンワン！」

「今日はラブラブって気分じゃないけど、どうなるんだろう」

部屋に金色の光が入ってきて、ジロウは大きく尻尾をふりふりしていたのだった。


つづく

１４部

目次