第78話　ハロルドの言葉

蛇の国にある神様の塔の最上階で待っていたゆりと犬のジロウの元に、ハロルドがやってきた。ハロルドは鎧はつけていなかったが、腰には剣をさしていた。ここに来るのに武器を持ってくるのは初めてである。

「ワンワン！」

ジロウは大喜びでハロルドの周りを回っている。ゆりは立ち上がり、「こんばんは」と挨拶した。

「ああ、元気か？」

「はい、元気です」

「神の国はヘンな妖精のおかげで楽しそうだぞ。ほら」

ハロルドは持っていた袋をゆりに渡した。

「わーい、なんでしょう」

袋はあまり重くない。開けてみると、服が一着入っていた。

「あ、もしかして！？　寝間着？」

薄いピンク色のネグリジェのような服が入っていた。首周りにはフリルがついている。肌触りは柔らかく、つるつるしていた。

「お前用にガーベラが作ってもらったんだと。今日ここに来ると言ったら持って行ってほしいと言われたんだ」

「私用なんですか？　すごーい」

ゆりは服を広げてうれしそうだ。だが、なんとなく眠くなってきた。

「それには安眠の効果があるからな。今は袋にしまってくれ」

「安眠効果が？　すごいですね。ありがとうございますってガーベラに伝えてくださいね」

ゆりは服をたたみ、袋に入れた。

「魅了がつけられることは聞いたけど、安眠効果なんて、メリーアンすごいですね」

『うちの子すごい！』と自慢したいくらいである。

「私も作ってもらった。おかげでよく眠れてる」

ハロルドが剣をベッドにたてかけて、ベッドに腰を下ろした。ゆりも横に座った。

「そうなんだ。アシュラン様はなんかおっしゃってました？」

「肌触りがいいと言ってたぞ」

「そうですか。気に入ってるならいいなあ」

「ガがなんであんな妖精になるのかさっぱりわからんとアシュランも言ってたぞ」

「神の国ですからそれくらいありますよ。ガーベラの歯から妖精が生まれたりするんだし」

ゆりはそれくらいあるだろうという感覚なので、別段おかしなことだとも思わなかった。

「それで、今日はどうしたんですか？」

「お前に、感謝と、謝罪を先に言っておきたかった」

「謝罪！？」

「イシュタールを借りることになってしまったことについてだ。もし、万が一ここに帰ることができなくなっても私を恨まないでほしい」

ハロルドは神妙な顔付きで言っていた。

なんともらしくない言葉である。

「軍神様は戦いの前から超弱気じゃないですか。どうしたんですか？」

ゆりは気味悪そうに聞いた。

「私は前回の戦で、妖精を大勢失った。またそうなる気はないが、無事ここに返してやれる保証はない」

「イシュタールは、私や王様が止めても参加するっていいますよ。イシュタールは、神々の戦いに自分が参加できることを誇りに思っているんです。今は、私も応援するしかできないです。なにがあっても、ハロルド様を恨んだりしないですよ」

「そうか」

「反対しないので、もうちょっと詳しくその戦について教えてくれません？　相手は魔物なんですよね？」

「ああ、半端ない数の魔物が神の国の外れにやってくる」

「それって、闇の王の仕業なんですか？」

「え……いや……それは違うと思うが……」

ハロルドは曖昧に答えていた。

「そこらはアシュランに聞いても答えてくれない」

ゆりは蛇の目のゆりが闇の国に行った時の記憶は、アシュランにより消されたが、ファリーヌに再び会って、ファリーヌのことなどは思い出していた。闇の魔物の軍勢を闇の王が従えていた、というイメージがゆりにはない。もしそうだったならば、イシュタールとの逃避行に、魔物が大勢邪魔をしてきたはずだ。だが、まるっきり関わりがないというわけでもないだろう。イシュタールがおかしくなった時期、魔物がこの国にやってきたことがあるからである。つまり、向こうの人間がこちらに来ると、神の結界のようなものが弱まり、魔物が来ることもあるのかもしれない。

「多分、闇の国と魔物の世界はまた別だ。闇の王とかそっちは今回は関係ないと思う」

「じゃあむこうの神と対立するわけではないんですね？」

「ああ」

今回は闇の世界の神がやってくるわけではないようである。少なくとも、ティカが敵になることはないようなので、ゆりはほっとした。

ゆりは、妖精王であるサミュエルが言った言葉を思い出していた。

この世界はかつて、魔物達がはびこる世界だった。アシュランは光の剣で魔物を一掃した。魔物達はこの世界から姿を消したが、魔物の世界で再び誕生したのだろう。

「前回の戦はどうして起こったんですか？」

「さあ、アシュランは魔物が大勢来るから倒せと言っただけだ。アシュランにとっても急なことだったようだ」

ハロルドは素直に答えていた。

「魔物達が力を持って、こちらにやってくることができるようになったとか、そういうことですかね。神の国の外れにくるのは、多分アシュラン様がそうしているから？」

もし大勢の魔物が人間世界にやってきたならば、人間達はすぐ全滅してしまうだろう。アシュランはそう考えて、魔物を神の国の外れにくることにしているのかもしれない。

「混乱に乗じて闇の世界の王達が神様の世界に攻撃を仕掛けるとか、そういうことはないんですか？」

「もちろんそれも警戒するだろうが、私が思うに、あちらも魔物の対処で大変なんじゃないか？　協力関係にあって同時に攻めてくると、そりゃやっかいなことになるが……アシュランはそんなことは考えていないようだし」

「そうですか」

何やら深いわけがいろいろありそうだが、ゆりが一人考えたところで何がどうなるわけではない。とりあえず、人間世界の行く末は、その戦にかかっているということは間違いない。

「戦には、スペード様やねぼすけ君も出るんですよね？」

「うん……うん？　お前なんでねぼすけのことまで知ってるんだ？　どこで会ったんだ？」

「えーと、夢でいろいろ会いました」

「はあ？」

「ねぼすけ君とはお友達です」

「おともだち？」

ハロルドは絶対違うだろうという目でゆりを見ていた。

「本当ですって、それより私に感謝ってのまだ聞いてないですよ」

「ああ。子供達の存在が今はとてもありがたいと思っている。お前のおかげでもあるからな」

「そうですか。でもランスロットとヴァルはまだ小さいから、戦には出られないですね」

「ヴァルは一時的に大きくするかも。ランスロットはわからない」

「大きくなったらあのラッパが素晴らしい音色になるんですね？」

「そうなるといいがな」

正直想像ができないが、きっとそうなるだろう。

「実は朝、お前の息子に話があるんだ。それまで寝よう」

「息子ってロイですか？　イシュタールと一緒にロイも連れてくってわけじゃないですよね？」

「そんなわけないだろ」

「ならいいですけど」

ハロルドは布団の中に入って横になり、ゆりもその横に寝転んだ。ハロルドは早々に寝てしまい、ゆりはいろいろ考えていると眠れなかったので、ハロルドの寝顔を見ていた。

（ハロルドもいろいろ不安みたいね。大勢の魔物ってのが想像つかないもんなあ）

ゆりはこの世界で魔物を見たことがない。元の世界の映画や漫画の魔物を想像するくらいしかできない。

（ロイに話ってなんだろう。バートランドさんをロイにつけたことに関係がありそう）

いろいろ考えていたらゆりも眠ってしまった。

朝、ゆりはジロウが吠える声で目を覚ました。ハロルドはすでに起きている。ゆりは顔を洗いたかったが、ここには水がなかったので指で目をこすっていた。ちょっとしてジロウとロイがやってきた。

「あ、ハロルド様だ！　おはようございます！」

どうやらジロウがロイを連れてきたようだ。

「おはよう。お前に話があってきた」

「はい？」

ハロルドは剣を持って立ち上がり、ロイに剣を渡した。

「この剣には、光の力がついている。この剣をお前に貸しておく」

「はい」

ロイは困惑しながらも剣を受け取った。

「来月か再来月、神の国は厳戒態勢に入る。魔物の襲撃があるからだ」

「……え？」

「その時、人間界にかけてある神の結界がかなりゆるむ。人間界にも魔物がやってくる恐れがあるんだ。普通の武器で魔物を倒すのは難しい。これで倒せ」

いきなりの情報に、ロイは目を見開いたままだった。ハロルドの後ろで聞いているゆりも困惑した表情である。

「心配するな。人間界に来る魔物は、そんなにすごい量ではない。だが、数匹くるだけで人間の精神に影響があるだろう。お前についている私の加護は、魔物の力を遮る効果がある。お前が率先して戦うしかない」

「……は、はい」

「我々は他の戦場があり、人間界に来ることはできない。この国は、お前が守るんだぞ」

「はい」

ロイは今度は元気よく言った。ゆりはちょっと何か言いたそうに口を開こうとしたが、ハロルドがゆりに顔を向けた。

「大丈夫だ。今この国には魔法使いがいるだろう。あいつがいる限りは、そうそう大変なこともないだろうとアシュランが言ってた」

「魔法使い、ムサカさんですか」

「魔物に人間の強力な魔法なら効く。他の人間は距離をとって戦い、決して魔物には触れないように。魔物の死体にも触れるな。焼却処分しろ」

「はい」

「その魔法使いがなぜ今いるかについては、アシュランは見て見ぬ振りをするといってた。本当は、そういうのはよくないとさ」

「う……、はい」

過去と未来を行ったり来たりすることについて言っているのだろう。今やめろと言われて禁止されてしまうと非常に困るので、ゆりは何も言わなかった。見逃してくれるならありがたい。

「この剣を練習で使ってもいいですか？」

ロイが聞いた。

「そうだな……といってもここでは相手が……スペードに三日ほど預けるか」

「ありがとうございます！」

ロイはうれしそうだ。

「あのーイシュタールは強くないんですか？」

ゆりが聞いた。

「イシュタールにも私の加護を与えているが、神の国限定なんだ。今この国でこいつの相手をできる剣士はいないだろう」

「そうなんですか」

神の国ではイシュタールは強くなることに、ゆりはほっとした。

「すぐ用意をしてきてくれ」

「わかりました！」

ロイはさっと消えて、ゆりはロイの用意のために行くべきかどうかちょっと迷っていた。

「お前の息子は随分たくましくなったな」

ハロルドが言った。

「そうですか？　確かに、そうですね」

毎日見ているとわかりにくいが、ロイは子供ながらに結構な筋肉もついている。強くなるための努力を怠らない。そこが素晴らしいと周りも今はロイのことを褒めているくらいである。

「バートランドさんにも本当にお世話になりました」

「ああ」

「用意してきましたー！」

ロイがもう戻ってきた。

「はやっ！　もう用意できたの？」

ロイは大きめの鞄を持っている。

「下着と服と金さえあればなんとでもなるよ。みんなにはハロルド様と聖地に行くとしか言ってないから、説明しておいて」

「わかったわ。気をつけて行ってきてね」

「うん」

「じゃあな」

「ワンワン！」

ハロルドとロイは消えてしまった。シスとラギが瞬間移動でやってきた。

「いきなりどういうこと？」

「えーと、みんながそろったところで話すわ」

ゆりはシスに部屋に送ってもらい、ようやく顔を洗ったのだった。

つづく

１４部

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