神々の黄昏1


むかーしむかし、大昔のお話です。この世界で一番大きな大陸にある蛇の国に、それはそれはたいそうかわいらしい女王様がおりました。

その女王様の名前はミシェイラといいました。軽くカールがかかった銀色の髪はそれは美しく、陽の光を受けるときらきらと輝き、

七色の光を放っているかのようでした。金色の王者の瞳も他の者を威圧するものではなく、慈愛に満ちていました。

女王が微笑を浮かべるだけで、皆幸せな気分になれたほどです。 女王はかわいらしい外見で、少女のようなあどけなさを感じさせる女性でした。

王者とはもっと威厳を持った存在でなければ、と周りに注意されても女王はおかまいなし。暇があると街に出かけ、自分の国の人達にその

笑顔をみせていたので、国民達は皆このかわいらしい女王が大好きでした。この頃はまだ蛇の一族は数も多く、王が街に出ることもよく

あったのです。

ミシェイラは元々女王になる気はありませんでした。自分でも王という器ではないと感じていたのです。ですが突然父親である王が

亡くなってしまい、弟はまだ成人してはいなかったので、弟が大人になるまで、という期限付きで女王の座についたのでした。

弟が大人になり王になれば自分は補佐に回ろう、そういうつもりでした。


ある日の事、女王は暇を見つけて城を飛び出し、ある小さな街に出かけました。街の通りはあっという間に人だかりができました。

人々は皆幸せそうな顔で女王に手を振っています。女王も優しい笑顔でそれに答えました。

「お美しい・・・・」

「ほんに・・・女神様のようなお方じゃ・・・」

女王の周りにはこの国の守りである騎士達がいました。もっと女王に近づこうとする街の者達を必死に押さえていたのも騎士達でした。

「女王様どうか御手を！」

「女王様！」

「下がれ、それ以上近づいてはならん！」

「女王様御手を！」

皆女王の美しい手に触れたいと必死に手を伸ばしています。

人々の中にみすぼらしい布をまとった老婆の姿がありました。

その老婆も必死にしわくちゃの手を伸ばしています。

「女王様、御手を・・・」

「汚い手を出すでない！」

「おやめなさい。ご老人ではないですか」

女王は騎士の声に気づくと近寄っていきました。

そして老婆の手を握ろうとましたが、騎士が遮ったのです。

「陛下、この者はわが一族の者ではありません」

「そうだとしても、わが国の者であることに違いはありません」

「しかしー」

「このご老人は敵ではありませんよ」

女王は老婆の瞳を見つめて言いました。老婆はとても澄んだ瞳をしていたのです。女王は老婆のしわくちゃの手を優しく握り締めました。

「ありがとうございます。ありがとうございます」

老婆はとても喜び、涙を流していました。

「いいのですよ」

女王は老婆から離れて、騎士にこっそり「先ほどのご老人に新しい服を支給しげあげなさい」と告げ、他の人達の手を握って

あげました。

しかし騎士が老婆を探したものの、街の人たちの中に先ほどの老婆の姿はありませんでした。

「あれ？どこにいったのかな？」

騎士はあたりをきょろきょろ探したものの、とうとう探しだすことはできなかったのです。



その時上空には一人の神の姿がありました。その神は美しい男の姿をしていました。

キラキラと輝く金色の髪、そして輝く瞳、金色に輝くひざまでの衣を身にまとっていました。その神の名前はアシュランといいました。

アシュラン、その名は神々の中でも最高位に位置する神の名前です。

アシュランは地上にいる女王と人々を見下ろしていました。

「いい女だ・・・欲しいな・・・」

実は先ほどの老婆はアシュランが姿を変えたものだったのです。

アシュランは女王がどういう女性なのか、みすぼらしい格好で試したのです。見かけがいくら美しくても、中身が醜い者には神々は心が

動きません。アシュランは心も外見も美しい女王に、心惹かれたのです。


ある夜、月の光が差し込む女王の寝室に、大きな銀色の蛇がすっと入り込んできました。

うとうとしていた女王は、ひんやりした感触が腕に触れるのを感じて目を覚ましました。

横には大きな美しい銀色の蛇がいました。

「まあ、なんて美しい蛇なのかしら」

女王は蛇の頭を優しくなでました。蛇の瞳も銀色でした。まるで宝石のように美しく雄雄しい蛇だったので、女王はその蛇をぎゅっと

腕に抱きました。すると蛇は突然、一人の男に姿を変えました。

金色の髪の男を見て女王はあっと声をあげました。

人化する蛇だったのかしら？

女王は一瞬そう思いましたが、目の前にいた男からは同族ではない、だがすがすがしい清らかな気のようなものを感じました。

男は優しく女王の頬をなでています。その男は思わず平伏してしまいたくなるような王者の瞳をしていました。

「あなたは・・・？」


ー私は神々の長アシュラン、私はお前に恋焦がれるあまり、こうしてやってきてしまったのだ。どうか私の願いをかなえてはくれまいか


「アシュラン？！」

女王は目を真ん丸く見開いて驚いていました。まさか自分が毎朝拝んでいる神が目の前にいるとは。

しかも多くの神の父でもあるアシュランなのです。


「アシュラン様・・・」

アシュランはにこりと微笑んで女王の唇を自らのそれで覆いました。

甘くしびれる感覚に女王はついうっとりしています。

「触れてもようございますか？」

女王は恐る恐る聞きました。


ーよいとも。私の願いを聞いてくれるのだな？


「はい」

この場から逃げるという選択肢は女王にはありませんでした。

神が自分に心を動かしてくださった。それだけで女王はとても誇らしい気分になれたのです。

神の愛を受けるなどめったにないのですから。

アシュランの口付けは情熱的なものへと変わりました。


なんて美しい方でしょう。こんなに若々しく美しい神だったなんて・・・



神話の神が今目の前にいて自分を見つめている。

その思いが女王の心に火を灯しました。女王は目の前の神に恋をしていたのです。


裸にされて、優しく抱きしめられて肌に触れられるだけで、女王の身体はびくびく反応しています。

「ああ、恥ずかしい。どうか軽蔑なさらないでください」


ー軽蔑などしない。なんとかわいらしい身体だろう。さあ、女王よ、足を広げてごらん


「はい」

女王は恥ずかしげに従いました。アシュランは金色の衣を脱ぎ捨てて女王の上に覆いかぶさりました。

「あ・・・・ああ・・・」

身体が一つになる瞬間、今まで感じたこともない快楽が女王の身体を駆け巡りました。

アシュランの光が女王の身体を取り巻いています。女王の身体は喜びで震えていました。瞳からは涙がこぼれていました。

「ああ・・・愛しています。アシュラン様・・・」


私はこの瞬間を一生忘れないでしょう。

女に生まれてこれほどうれしかったことはありません。


神と交わりながら女王は感動していました。


アシュランは行為が終わったあとも、しばらく女王の身体を抱きしめていました。

「髪に触れてもよいでしょうか？」

女王がばら色の頬で聞きました。


ーもちろんよいとも


女王はそっと髪に触れました。美しい金色の糸のような髪でした。アシュランの髪はそんなに長くはありませんでした。

耳にかかる程度で肩にもついていません。身体には男らしい筋肉がついていて、わずかな贅肉もありませんでした。

まさに芸術品のような美しい体です。

「ありがとうございます。このようなひと時を過ごすことができるなんて夢のようです」

女王の言葉にアシュランは微笑みました。


ーそれは私の言葉だ。この愛の御礼に何かしてあげたいのだが、お前は何を望む？


アシュランは優しく女王の髪をなでながら聞きました。

「何も」


ー何か望むがいい。おそらく、私は二度と女王に会うことはないだろうから。遠慮しなくても良いのだ


「・・・」

二度と会えない。その言葉が女王の心に悲しく突き刺さりました。ですが、この愛のひと時がもてたことは自分にとっても喜びであったと

言い聞かせ、悲しい思いを抑えたのです。女王の瞳がすっと引き締まりました。

「何でもよろしいのですか？」


ーもちろん私のできる事に限りはあるが、望むことがあるなら言ってごらん


「では、もし、わが一族にこの先不幸な事が起こったら、助けていただけたらうれしいです」

アシュランは女王の真面目な瞳を見つめていました。すでにその瞳は、恋をする女ではなく、国を守る女王の瞳に変わっていたのです。


ーわかった


「こんなお願いをして申し訳ありません」


ー女王らしい望みだ。お前のような女王がいて、国民はさぞかし幸せだろう


アシュランはそう言って微笑みました。「永遠の美」そういう望みでもアシュランにはかなえることができたのですから。

自分のためではなく、国のためを思った言葉にアシュランは心を打たれました。

アシュランは自分の髪を一本抜き取って女王の右腕に巻きつけました。それは細い金のブレスレットに姿を変えたのです。


ーかわいらしい女王よ、良い人生を送ってくれ


「ありがとうございます。アシュラン様」

アシュランは姿を消しました。


女王はしばらく、金色のブレスレットを愛しげにさすっていたのでした。



それから長い長い月日が流れました。

アシュランは神の国を散歩していた時、1匹の金色の蛇が草むらにいるのを見つけました。

「あっ！」

アシュランはその時ようやく女王との約束を思い出したのです。

「すっかり忘れていた。一体蛇の国は今どうなっているのだろう」

探ってみると、もはや風前のともし火という状態でした。

「しまった。さてどうしたらいいものか・・・・」

アシュランはいつも自分の側にいる伝令神グレンにこのことを相談しました。女王はすでにこの世にはなく、約束を知っている者は他にいない

とはいっても、神である自分がした約束は守らねばなりません。

「私がしたとばれないようにさりげなく何か助けてやりたいのだが、どうするのが一番よいだろうか」

「そうですねえ・・・戦をさせないようにするのが一番ですが・・・」

グレンも頭を悩ませて言いました。神は人間の生活に大きく関わることもありますが、争いごとには口を挟まないようにしてきました。

もし神が人間の戦にまであれこれと口を出す事になったら、人間の世界を神が支配してしまう事になってしまうからです。

ですから龍の国に蛇を攻めるな、ということはできないのです。かといって、少ない人口を倍にすることもできません。

「この一族に一番必要なのは、王族でしょう。早くに王の子供が生まれれば、少しは助けになるのではないでしょうか？」

グレンはこう進言しました。

「そうか、それならばヒルデリアの力を借りなければならないなあ」

アシュランにはそういう力はありません。

「それとなく頼まれてみたらいかがでしょうか。この国は、ヒルデリア様を深く信仰しておりますし」

「そうしよう」

アシュランはもちろん昔の女王との逢瀬の事は隠して、ヒルデリアに力を貸してくれるように頼みました。


「あの赤子がもう大人になったのですか」

ヒルデリアは蛇の国の今の王を見て言いました。神殿の床には蛇の国の今の有様が映っています。

「ヒルデリア、この王に早く子供ができるようにしてやりたいのだが、どうだろうか？」

「・・・・王はすでに王妃を娶ったのですか？」

「ああ、そうらしい。同族の女ではないようだが、愛してしまったのではないのか？」

「そうですか、ご存知の通りいくら私でも、孕めない女に子供を孕ますことはできません。上手く孕めるようにと、加護を与えてはおき

ますが・・・」

ヒルデリアは出産の女神として人間には信仰されていました。そのため、安産を願う女性達から信仰されていますが、だからといって

全ての女性を安産で産ませてあげさせることはできません。また、人口が少ないから多く子供が産まれるようにと力を与えても、

力が上手く働かない事は多く、女神自身が悲嘆にくれることも多々あったのです。つまり、加護を与えたからといって上手くいくとは

限らないのです。


「大丈夫だろう。王妃は身体も丈夫そうだった。先ほどはこの王のことを知っているような口ぶりだったが？」

アシュランが訊ねました。

「ええ、知っていますよ。先の王妃のこともよく知っています。一度彼女の夢に現れたことがあります。本当は死産の予定だったのですよ。

彼女の命と引き換えに、子供は無事産まれました」

「そうだったのか・・」

ヒルデリアの瞳は少し悲しげに伏せられていました。全ての母親が感じる喜びも悲しみも、この女神は知っています。

どちらも助けることができたならどんなによかっただろうと思っても、助けられる命はどちらかしかなかったのです。

子供の命を助けてください。王妃はそう願い、ヒルデリアはその願いを聞いたのでした。


こうしてアシュランは亡き女王との約束を守りました。

この先王妃が子供を産んだかどうかは、皆様もご存知の通り



おわり


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