神々の黄昏2

むかーし昔、大昔、この世に人間という生き物が生まれてまもなくのことでした。

西の方にある小さな大陸のとある森の中で、木漏れ日が集まって一人の女神が誕生しました。

お尻まである光輝く黄金の髪はうねり、豊かな胸のふくらみ、女らしい曲線を描いた肢体の美しさといったら、

その女神を見た風の妖精が木に激突して失神してしまったほどです。

女神からは大きな光が放たれていました。

神々は女神が産むこともありますが、こうして偶然誕生してしまう事もこの頃はよくありました。

突然命を与えられた女神はきょろきょろと周りを見回して、近づいてきた妖精達に笑顔を向けました。

女神は大人の姿をしていましたが、なにせ生まれたばかり、言葉もわかりません。

しかも裸です。裸でしたが、ガーベラは手に金色の長い帯のようなものをもっていました。

無邪気で美しい笑顔に男の妖精は我を忘れ、女の妖精達はあわてて布をもってきて女神の美しい体を覆いました。

「ああ、これはすごい女神様に違いない！」

「おめでたい事だ！」

「なんて美しいんでしょう！」

「さあ、他の神様に会いに行きましょう！」


この時生まれた女神はヒルデリアによって「ガーベラ」と名前をつけられました。「愛欲の女神ガーベラ」、

慈愛の女神ダーナに続いて愛のついた女神の誕生にアシュランは喜び、男の神達は皆目を輝かせました。

美しい女神が誕生したとの噂に、ほどんどの神がガーベラを一目見ようと雲の上の神殿に集まってきたほどです。

なにせガーベラの美しさといったら、一番美しいといわれたダーナをしのぐほどだったのですから。

しかもダーナ同様、体から男をとりこにしてしまうオーラのようなものを発していたのです。

生まれていた時にもっていた金色の帯にも、男をとりこにする効果があったようでした。


色めきだつ男達に比べ、女神達は胸騒ぎを覚えていました。

自分達の愛しい男が奪われるのではないかと思ったのでしょう。


（美しい・・・）

（本当になんて美しいんだろう・・・）

（体が燃えるようだ・・・）

ガーベラは愛欲の女神だけあり、男の神達に恋心だけではなく、欲望をも抱かせてしまいました。

（なんとかして自分のものにしたい・・・）

神々の長アシュランでさえ、そう思っていました。それを察したのか、ヒルデリアは微妙な面持ちです。


「美しさでは私の方が上よ。そうよね？アリアス」

突然の美しい女神の出現に、慈愛の女神ダーナはそう恋人に同意をもとめました。

「アリアス、アリアスったら！」

「ん？なんだ？」

太陽の神アリアスはガーベラにみとれていたようです。

「もう！まさかガーベラに乗り換える気じゃないでしょうね！」

「乗り換える？いいや、ただちょっと味見を・・・いててて」

ダーナは思いっきりアリアスの頬を引っ張っていました。

「あなたって人は！」

「気になるよなー誰が一番最初にあの体を・・・」

風の神ウィルがぼそりとつぶやいていると、ダーナににらまれました。

「俺はもちろんダーナ一筋さ！」

「どうかしらね、皆危ないわ・・・全く・・・」

慈愛の女神ダーナは女神の中では珍しく、恋人が複数いました。それもダーナの魅力のなせる業なのでしょう。

今まで一番美しいと自分を褒め称えた男達が皆ガーベラに見惚れています。ダーナは当然面白くありませんでした。

しかもガーベラは生まれたばかり。自分が男をとりこにする力があるという事にも気づいてません。



ガーベラはヒルデリアにより、言葉や物の善悪、常識などを与えられ、自分の神殿ができるまでは雲の上の神殿で

過ごすことになりました。雲の上には神々の長、アシュランとその妻ヒルデリアが住む神殿があるのです。

人間の大陸の西にある小さな大陸、『聖地』には神々の神殿があり、多くの神々はそこに住んでいました。

雲の上の神殿だけは特別で、空の上をあちこち移動している神殿なのです。

その頃人間の種族は多彩でしたすが、一族あたりの人口はそう多くありませんでした。まだ王も女王もいない時代の

話です。


ガーベラにとっては見る物全てが新しく、よく聖地を抜け出しては人間達を見に行ったりもしていました。

人間達は美しい女神を見て喜びました。

「わあ、なんて綺麗な女神様だろう！」

「本当に、なんて綺麗な肌！」

「なんて綺麗な髪だろう！」

口々に言われますがガーベラには理解できません。



「ねえ、人間の話す言葉がわからないんだけど・・・」

ガーベラはおつきの妖精に聞きました。

「彼らは何を言ってるの？」

「人間は我等とは違う言葉を話していますからね。わからないならわからないでいいのですよ」

「そうなの？なんだかつまんないの」

言葉はわかりませんでしたが、人間達はどうやら自分を見て喜んでいるようです。


ある日、ガーベラは紫色の果物が一杯ぶらさがっている木を発見しました。その近くに果物と同じ色の髪をした自分と同じ

神がただずんでいます。紫色のゆるやかにうねる髪、整った顔立ちの背の高い神でした。その神は驚いたように

ガーベラに視線を向けました。

「こんにちは！」

「ガーベラ・・・」

「え・・と・・・」

「ジンラだ。酒の神だ」

「ジンラ、これ果物でしょ？食べられる？」

ガーベラは紫の実を指していいました。

「これはお酒用のブドウだからな。そんなにおいしくはないかもしれないぞ」

「お酒？私お酒ってまだ知らない。どんなの？」

「聖地で飲ませてやろう。おいで」

「はあい」

ガーベラは無邪気に返事をしてジンラについていきました。そしてジンラの神殿でお酒を飲ませてもらったものの、

酔っ払ってしまい、そのまま眠ってしまいました。

そのあまりに無防備な様にジンラは苦笑しました。それも仕方ないことです。ガーベラは生まれたばかり、まだ男がどういう

ものかも知らなかったのですから。


長い金色の巻き毛、豊かな胸のふくらみ、くびれた腰、形のよいおしり、そのどれもがジンラの欲望をそそるものでしたが、

ジンラは見て見ない振りをして、しばらくガーベラを寝かせておきました。

そして目覚めたガーベラに忠告しました。

「ガーベラ、男の前で無防備になるのは危険だぞ」

「危険？どうして？」

ガーベラには意味がさっぱりわかりません。きょとんとした顔でジンラを見上げていました。

「神様って皆いい人なんでしょう？」

「基本的にはいい人だがガーベラの体を欲しがる男は多い。無理にしてしまおうという者もいるかもしれない。

気をつけなければ・・・」

「ふーん。ジンラもそうなの？」

「え・・・私は・・・その・・・」

無邪気に見つめるガーベラに、ジンラははっきり答えることはできませんでした。

「まあとにかく、気をつけるんだぞ」

「はあい」

ガーベラは素直に答えて去って行きました。



太陽が沈む頃、迎えがやってきてガーベラは雲の上の神殿に連れて行かれました。

聖地では妖精達がガーベラの神殿を製作中です。


ガーベラは連れてきてくれた神に「ありがとう」と礼をいい、つづいて男のサンダルを見下ろしました。

その神は小さな翼がついたサンダルを履いていたのです。

「それ私もほしいなあ。どうやったらもらえるの？」

「これは・・・私が生まれた時から履いていたものです。ガーベラ様には必要ないですよ」

「そうなの？でもほしいなあ。私も空飛びたい」

「ペガサスに乗るといいですよ。その方が似合いますから」

「ペガサス？ああ、あの綺麗なの？今日も乗ったわ。あれ綺麗だから好き」

「そうですか」

「ガーベラ」

声がして振り向くと、男らしい体つきの野性的な神が近づいてきました。軍神ハロルドです。

サンダルを履いた神グレンは気を利かせて去っていきました。

「えーと、ハロルドだっけ。なあに？」

「ガーベラ、ちょっと来い」

ハロルドはガーベラの手首をつかむとそのまま部屋の中に連れて行きました。

「痛い、痛いわよ。ちょっと、離して！」

ハロルドが力を緩めると、ガーベラはぱっと手を離しました。

ジンラとは違いハロルドは荒っぽい神でした。この頃はまだハロルドも生まれたばかり。他の神に比べると乱暴な所が

あったようです


「ガーベラ、お前が好きだ。私の物になれ」

ハロルドはガーベラを見つめていいました。

「え？」

「私は力も強い神だ。お前にふさわしいだろう？」

「いきなりそういわれても・・・」

「私はお前を恋人にすると決めたんだ！私が決めたら絶対だ。絶対お前を私のものにする！」

ハロルドはガーベラを睨みつけるように見つめていました。


（なんて勝手な男かしら・・・神様にはこんな人もいるのね・・・）

ガーベラは驚きつつも横暴な言葉に呆れていました。

「そんな事言われても困るわ。あなたを愛してないと恋人にはできないもの」

「じゃあ私を愛せ！」

「そんな事言われても・・・まだ分からないわ！」

ガーベラはさっとハロルドから逃げていきました。

ジンラが言うとおり、確かに危険な神もいるようねとガーベラは理解しました。

「絶対恋人にするぞ！」

後ろでハロルドは叫んでいます。

（なんだかやな神様ね。私の意志は全然関係ないみたい）

ガーベラのハロルドの印象は最初からいいものではありませんでした。



「恋人かあ・・・そのうち誰かを愛したら恋人にするのかな？」

ガーベラはまだ愛を知りません。もし恋人にするなら優しい人がいいな、その時そう思いました。


その頃アシュランの間では、神々の長アシュランがぶつぶつ愚痴っていました。

「ああ、なんとかしてガーベラを私のものにしたいのだが・・・いい手はないだろうか・・・最近ヒルデリアの監視も

厳しいし・・・絶対私が何かすると思ってるな・・・どうしたもんかな？」

アシュランは横に控えていたグレンに会話をふりました。

「こればかりは・・・他の神々もこぞって狙っているようですし・・・そういう女神にアシュラン様が手を出すと

後々恨まれるかもしれませんが・・・」

「くそー！」

アシュランは両手で髪をかきむしりました。グレンの指摘どおり、アシュランは多くの女性に手を出していましたが、

神格の高い女神には手を出していませんでした。手を出そうとはしたのですが、いろいろ妨害にあったのです。


『もしダーナを抱いたら、私は一生神殿の中にこもるからな！』

ダーナが生まれた頃、アシュランはダーナを見初めたアリアスにそう脅されていました。アリアスが生まれるまで、

この世界には昼はあったのですが、気温は安定せず、どんよりした日も多かったのです。アリアスが生まれてから、

陽の光はさらに満ちあふれるようになったのでした。そのアリアスが神殿にこもりきりでは世界は大変な事になるでしょう。

アシュランはその時仕方なくダーナのことは諦めたのでした。他の女神達にも、位の高い神にはなかなか手はだせず、

アシュランの浮気相手は妖精か、位の低い女神ばかりでした。


「それにハロルド様もガーベラ様に目をつけているようですが・・・」

グレンは先ほどのハロルドの様子でそう悟ったようです。

「そうか。まあそうだろうな。私がガーベラに手をだしたら他の神々が怒るだろうしな・・・はあ・・・」

（しばらくは我慢しよう）

アシュランはとりあえず今はガーベラに手を出そうとするのを諦めたようです。その様子に横にいたグレンはちょっと

ほっとした表情をしていました。


夜、なかなか眠れなかったガーベラは、神殿の外の雲の上に乗り、夜空を眺めていました。

キラキラと光る星が時折流れていきます。

「きれー星って一体どれだけあるんだろう？数えた人なんているのかな？」

しばらく星を眺めていると、淡い光を放つ神が一人、空から舞い降りてきました。

その神は夜のような黒く長い髪に衣をまとっていました。

「こ、こんばんは・・・・」

ガーベラはこのように黒い髪の神様を見るのは初めてだったので、立ち上がってこわごわと挨拶しました。

「ああ、お前が最近生まれた女神か。噂に聞いていた通り、美しい女神だな。私は夜の神オルガだ。よろしくな」

「よろしく・・・」

ガーベラはちょっと緊張した様子です。

「どうしたんだ？私が怖いのか？」

オルガはガーベラの様子にそう感じたようです。

「・・・あなたは怖い神様じゃない？」

「怖くないぞ」

「本当？」

「ああ」

「じゃあじろじろ眺めていい？」

「あ？ああ」

オルガが了承すると、ガーベラは珍しげに近寄り、オルガの長い髪をつかんで軽く引っ張ったりしました。

「痛いぞ」

「私こんな髪みたの初めて。あなたすごく背も高いね。わっ目の中に星がある！」

オルガの黒い瞳の中に、星のきらめきが見えました。

「不思議な瞳！」

ガーベラはうれしそうにオルガの服を引っ張っていました。

「なんでこんな黒い服着てるの？暑くないの？」

オルガは裾を引きずるような黒系統の布で体を覆っていました。顔と手以外はほとんど布で覆われています。

「夜の神だからな。この方がいいんだ。せっかくだから夜の散歩に連れて行ってやろう」

服を引っ張られても髪を引っ張られてもオルガは怒る様子もありません。

怖い神様ではないようだとガーベラはすっかり安心し、オルガの手を取って空を飛んでいきました。

その様子を神殿の入り口からこっそり見ていた神がいました。口惜しげに空を睨んでいます。

オルガはその神に気づきました。ハロルドです。

（ハロルド・・・あいつもガーベラを狙っているんだな）

オルガはハロルドを無視してガーベラを連れていきました。



ガーベラは無邪気にきょろきょろと空や地上を眺めています。星と月のせいか夜でも地上の様子を見ることができました。

オルガはガーベラを海の上に連れて行きました。海の一部にいくつもの青い光が見えます。

「あれなあに？」

「光を発する生き物がいるんだ。それで光ってる」

「へーそうなの。夜の世界も素敵ね」

「そうだろう」

「星が近くに見えるみたい！手に届きそう！」

その無邪気さにオルガは苦笑しました。

（愛欲の女神と聞いたからどんなに妖艶な女神かと思ったが・・・ちょっと違うようだ）

ガーベラは成熟した体とは裏腹に、少女のような無邪気さを兼ね備えた女神のようだ、とオルガは感じました。

ガーベラの花のような匂いはとてもかぐわしく、このままずっと抱きしめていたいような衝動さえ覚えます。

（ガーベラを私のものにしたい・・・）

オルガはガーベラに恋心を抱いていました。



しばらく飛んで二人が雲の上に戻ってきた時にはハロルドはいなくなっていました。


「楽しかったわ、どうもありがとう！」

ガーベラはすっかりご機嫌のようです。

「なあガーベラ、まだ誰を恋人にするか決めてないんだろう？」

「うん。決めてないわよ」

ガーベラは素直に答えました。

「それじゃ私も候補の一人に加えてくれ」

「候補の一人？」

「お前の恋人になりたいということだ」

「まあ・・・・」

ガーベラはびっくりしましたが、その申し出は嫌ではありませんでした。

「あなた私のこと好きなの？」

「好きだ。お前といると楽しそうだしな」

「私も今日は楽しかったわ」

「じゃあ考えてくれ」

「はい」

「それじゃな」

オルガは空を飛んで行き、ガーベラの元を去っていきました。


（・・・見かけはちょっと怖そうだったけど、優しくて素敵な神様みたい・・・胸がどきどきしてきたかも・・・

こういうのが恋かしら・・・？これがもっとすごくなったら愛してるってことなのかもしれないわね）

ガーベラは胸元を押さえつつ、神殿の中に戻っていきました。



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