第59話
へびっちが過去から子蛇を持って帰ってきた。その事実に、ゆりは夢じゃないかと自分のほっぺをつねったりした。
目の前に子蛇がいたとしても、信じられない話である。
「あのー。王妃、じゃあ私はこれで」
「ま、まってよ」
ゆりは行こうとしたジュノーの腕をがしっとつかんだ。
「一人にしないで」
「でも、私もこんな格好ですし」
「パジャマじゃないんだからいいじゃない」
ジュノーはまったくの普段着だった。夢で過去の人物に会うようになってから、シャツとズボンをはいて
寝るようになっている。
「王様に言った方がいいかな？」
「まだ夜中ですからね。もうちょっと、日が明けるまで待ったらどうですか？」
ラクシュミのことを気遣い、ジュノーが言った。
「そ、そうよね。後何時間かな？」
へびっちがいないと思ったら、へびっちはゆりのベッドにあがって勝手に寝ていた。
「のんきねー、どんな重大事をしでかしたのか、わかってるのかしら？」
「疲れたんでしょう」
「ああ、早く日が明けないかなあ」
ゆりはレーヌの周りをうろうろしている。ゆりの左目がぱっとかわり、ジュノーを見た。
「ねえ、相手は誰だと思う？」
「だれでしょうね。我々の知らない女性かもしれないですねえ」
「そうね。前回は過去で恋人を作ってたのかな。子供だと思ってたのに、ママはショック」
「ふふふ」
ジュノーは思わず笑っていた。
「あのー一度帰っていいですか？」
「寂しいからだめー」
こちらのゆりも一人はいやらしい。ジュノーは頭をぽりぽりかいた。
「王妃も朝までちょっと寝たらどうですか？」
「この状況で眠れないわよ。もう目は覚めちゃったし、ああ、誰か起こしたいなー」
ゆりはレーヌが寝ているので、控えめに言っていた。
「あ、そうだ。ハインリヒ殿を起こしましょう。ちょっと待っててください。すぐ呼んできますから」
「早くしてね」
ゆりが落ち着きなくうろうろしていたら、ジュノーがハインリヒを連れてやってきた。ハインリヒはものすごく
眠そうな顔をしている。
「一体どうしたんですか？ 王妃ったらこんな夜中に欲情したんですか？」
ハインリヒはかなり眠そうで、まぶたが半分落ちかかっている。
「違うわよー」
「それじゃ、私は一度帰りますね。ヴィラも連れてこようかな。それともせっかくなので、
恋人を全員連れてきますか？ 目出度いことですし」
「めでたい？ 一体何の話だ？」
ハインリヒはさっぱりわかっていなかった。
「あ、だめ。王様より先に言いたくない。ジュノーもまだ言っちゃだめ！ 王様に先に言うんだから！」
ゆりは興奮した様子でジュノーに口止めしていた。
「じゃあなんでこんな時間に起こしたんです？」
ハインリヒは口をとがらせている。
「だって、一人になりたくないんだもん」
「じゃあみんなの家を回ってきます」
ジュノーは去って行った。
ハインリヒは眠そうに頭をかきながら、レーヌが眠るベッドを見ていた。
「？」
何かに気づいたのか、ちょっと首をかしげている。
「あ、だめ、まだ見ちゃだめ。そうだ。眠かったら私のベッドで寝ていいわよ」
「じゃあ一緒に寝ましょう」
ハインリヒはゆりの手を引っ張っていた。
「私は興奮しすぎて眠れない！」
「じゃあいろいろしてもいいですけど」
ハインリヒが布団はぐると、中ぐらいの蛇が寝ていた。
「……あれ？ へびっち？」
「まあいいか、じゃあみんなが来るまで寝転んでよ」
ゆりは詳しく話さずに、へびっちの横に入ってハインリヒもその横に入っていた。
「へびっち、いつ帰ってきたんですか？」
「……あれ？ だれ？」
ゆりは黒目のゆりになっていた。
「へびっちはいつ帰ってきたんです？」
ハインリヒはもう一度聞いた。
「ジュノーはどこに行ったの？」
ゆりはいつの間にかジュノーがハインリヒに変わっていたので、それを驚いていた。
「へびっちはいつ……」
「さっきかえってきたんだけど、詳しいことはまだいえない。やっぱりこういうことは王様が先じゃないと！」
と黒目のゆりも、蛇の目のゆりと同じことを言っている。
「じゃあ朝呼んでくれればいいのにー」
どうしても眠くなったハインリヒは目を閉じてしまった。
興奮して目がさえていたゆりだったが、しばらくするとそのまま寝てしまった。
「王妃、みんな集めましたよ。朝ですよ」
ジュノーに起こされてゆりは、はっと目を開けた。部屋の中は明るくなっている。
「今何時？」
「６時です。みんな何事かと気にしちゃってるんで、早くばらしたいんですけど……」
「わかった。じゃあ王様を呼んできて」
「わかりました」
「ハインリヒ、起きて、王様が来るわよ」
ゆりは横で寝ていたハインリヒを揺り動かしていた。
寝室の入口から、ミカエルがのぞいている。
「王妃、なんでハインリヒと寝てるんですかあ？」
ミカエルはまずそこに目を向けていた。
「それは今どうでもいいの」
ハインリヒはむくりと起き上がっていた。
「着替えてきたいんですけど」
「もういいわよ。裸じゃないし、ここからが重要なところなんだから」
「顔も洗ってないのに……」
「私だって寝起き……」
横の部屋に行ってみると、みんなきていた。
「ああ、王妃、無事でよかった」
イシュタールが涙目でゆりに近寄っていた。
「王妃に何かあったかと心配しましたよ」
「私もですよ。こんな朝から集まるだなんて、初めてのことなので……」
次に近寄ったのはシャナーンである。ミルキダスもハラハラしてゆりを見ている。
「みんなごめんね。昨日は興奮しすぎて、ついみんなを集めちゃったの」
部屋にぱっとラクシュミとジュノーが現れた。ラクシュミはローブ姿である。寝ているのを起こされたのかもしれない。
ラクシュミは部屋の中にいる男たちをみて、
「なんだ？ 儀式で問題でも起きたのか？」
と聞いた。
「違うの。王様に見てほしいものがあって、みんなも呼んだの。寝室に来て」
「なんだ？」
ラクシュミはミカエル達をみながらゆりに手を引っ張られていた。男たちはそろって首をかしげている。
全員が寝室にやってきた。
ラクシュミはすぐにレーヌに目を止めた。
「ん？」
「あれ？ へびっち？」
ベッドにいるへびっちに気づいたのはヴィラだった。へびっちは顔だけ布団から出ている。
「いつ帰ってきたんだ？」
ヴィラがジュノーに聞いた。
「昨晩」
「なんかおかしいぞ。レーヌに何があったんだ？」
ラクシュミはゆりを見た。
「レーヌの、きゃ、きゃ、きゃらだをみて！」
ゆりは早口で言っている。
「からだよ。からだ！」
ラクシュミはレーヌのタオルケットをはぎとり、服を脱がしてみた。
「あっ！」
胸に金色の蛇の頭があるのが見えた。左腕の方に胴体が伸びている蛇である。
「なんだ？ いつ蛇が出たんだ？」
「あの、我々も見てもいいですかね？」
遠慮がちにフリットが聞いた。
「ああ」
男たちが近寄ってきた。そして、皆レーヌの体を見たのだった。
「あ！ すごい」
「こんなに早く蛇が？」
「それにしては見事な……」
「王様、あのね、へびっちが、昨晩この蛇をもってかえってきたの！」
ゆりはここぞとばかりに言った。
「え？」
「え？」
ラクシュミも男たちもきょとんとしている。
ラクシュミはレーヌの蛇に触れた。レーヌの気は一段と高まっている。この気質は、以前会ったことがあった。
銀色の流れる髪の、気高く麗しい女性─
「あ、陛下！」
ハインリヒが先に驚きの声をあげた。
「え？ 陛下って？」
とミカエルが聞いた。
「……女王の気が混じっている」
ラクシュミの声に「えええええ！？」と、ゆりと男たちは同時に声をあげたのだった。
その時レーヌがぱちりと目を開けた。
「あ！」
レーヌの左目が金色に輝いているではないか。
レーヌは周りが人でいっぱいだったので、「わーん」と泣き出してしまった。
「ごめんね。恥ずかしかったわね。おなかもすいたよねー」
ゆりは慌てるより先にレーヌの服を着せて、レーヌを連れて行ったのだった。
「…………」
一同は沈黙してしまった。
「あの、つまり、へびっちが女王様に子蛇を生んでもらったってことですか？」
ジュノーが一番に聞いた。
「さあ、知らんが……さっきの蛇からは、女王の気を感じたぞ」
「うーん、へびっち、なんと大胆な……」
ヴィラが呆れるように言っていた。男たちの中では一番ショックを受けていたのはやはりハインリヒだった。
顔が青くなっている。
ミカエルはハインリヒの肩をぽんとたたいていた。
「元恋人としてはショックだろうな」
「どうやって女王様をくどいたんだろう……」
ジュノーは想像したが、全く想像できなかった。
「さきほど、陛下の夢をみたんですよ。すごく近くにいらっしゃるような気がして……陛下の気を感じたから夢をみた
のかな……」
ハインリヒはちょっとせつなそうに言っていた。
「ゆりが一番のハインリヒを連れてきたように、へびっちは女王の子蛇を連れてきたんだろう。似た者親子じゃないか」
ラクシュミは、妙に納得していた。
「女王の子蛇を連れてきたって、その前に女王様をはらませたのがすごいじゃないですか」
とミカエル。
「どうやってはらませたのかが非常に気になるところですが……」
フリットも、そこについては想像できなかった。
「女王様は一匹だけお生みになったんでしょうかね？」
ミルキダスが後ろの方で言っていた。
「そうだ、それも気になる」
とジュノー。
「あの陛下が……信じられない……」
ハインリヒはショックが抜けないようである。
「ゆりの蛇紋の蛇はガーベラ級に美人だったからな。へびっちは女の蛇にはクーリーフンくらい
魅力的に見えているのかもしれんぞ？」
ラクシュミの説明に、ハインリヒは「はあ」と力ない返答をしていた。
ベッドの上のへびっちがもぞもぞ動いていた。どうやら起きたらしい。
「あの、とりあえず、へびっちはがんばって子蛇を持ってかえってきたので、ほめてあげてくださいね。王」
ジュノーが父親のような気分で言った。
「ああ、そうだな。へびっち、よくがんばったな」
ラクシュミがほめると、へびっちは人になった。そしておきあがり、頭を向けていた。
「？」
「頭をなでてほしいんじゃないですか？」
ミカエルが言った。
ラクシュミがへびっちの頭をなでなですると、へびっちはちょっと嬉しそうな顔を向けた。
「こういうところもゆりに似てるな」
ラクシュミはちょっと笑っていた。
「それにしてもすごい」
「考えられないことをするなあ……」
「いやはや……」
男たちがあれこれ話してる間に、ゆりがレーヌを連れて帰ってきた。
「王妃、初孫が生まれた感想をどうぞ」
ヴィラが意地悪く聞いていた。
「うれしいわよ。うれしいに決まってるでしょ！ レイアスは知ってるのかなあ？ ああ！ みんなで
誕生を祝いたい！ その前に、本当に女王様の子蛇なの？ へびっち、本当に女王様の恋人にしてもらったの？」
ゆりはベッドで裸のまま下半身だけ布団で隠しているへびっちに聞いていた。へびっちはきょとんとしている。
「へびっちはお前の息子だから、なんら不思議はないだろうと私は思うぞ。せっかくだから今日はお祝いでもしたらいい。
子供たちにも早く教えてやれ」
ラクシュミはそう言って消えたのだった。
「そうですよ。お子さま達も呼びましょう」
フリットは出て行った。
「王も不思議なことへの耐性ができてしまったなあ」
ミカエルはぼそりとつぶやいていた。これは、蛇の国の歴史上、かなり重大な事件ともいえるのである。
この時代ではゆりが子蛇を生んだ前例があるが、ヴィラルージュの時代では、こんな珍事は初だろう。
イシュタールはいたわるようにへびっちの肩をなでていた。
「へびっちはどうやって子蛇を持ってかえったんだ？」
「口に入れてたんですよ」
ジュノーが変わりに答えた。
「口に、そりゃ大変だったなあ」
「こっちに持って帰ろうって思うのがすごいですよ。へびっちも、一族の蛇としての自覚があるんですね」
シャナーンが尊敬するように言った。
「どうだろう。自分の子供を見せたかっただけなのかもしれないよ」
とジュノー。
「それにしても偉いですよ」
「一番の女性に生んでもらうなんてな……」
ミカエルが言うと、ハインリヒは、「私、今日は休みます」と言って部屋から出て行ってしまった。
「ハインリヒにはショックだったみたいね。レーヌ、よかったね。強くなれてうれしい？」
ゆりが腕の中のレーヌに聞くと、左目が金色に輝いたレーヌは、うれしそうに笑っていた。
男たちはそれぞれ思いながら去って行き、変わって子供たちがやってきた。やはり相当驚いたようである。
ラギは「どうやって子供を作ったの？」と何度もへびっちに聞いている。
「すごい、母様、孫誕生おめでとう」
シスは心底祝福するようにゆりに言った。
「孫なの？ かー様おばあちゃんになっちゃったの？」
ロイが余計なことを言っていた。
「そうよ、おばあちゃんでもいい。とにかく今日はお祝いよ！」
「おー！」
子供たちは子蛇を見せ合ったりしていたが、一人ミシェイラだけは子蛇がいなかったので、
つまらなそうだった。ミシェイラはへびっちに近づいて手をだしていた。
「ねえーミーにも蛇ちょうだい」
「ミシェイラ、もう蛇はいないの。ごめんね」
ゆりが変わりに謝った。
「やだあ！ なんでミーにくんないの？ ちょーだいよ！」
「ミシェイラ、ごめんね」
ゆりが申し訳なさそうに言った。
「わーん、じゃあ、マー、蛇うんで、それでちょうだい！」
ミシェイラはゆりに手を出していた。
「いや、それはちょっと」
「マーはミーが嫌いなの？」
「好きよ。好きだけど、いないものはあげられないのよ」
「わーん！」
ミシェイラはわんわん泣き出してしまい、ゆりは困ってしまった。へびっちもちょっと困った顔つきである。
「ミシェイラはザクート様の血があるからいいじゃない」
アナスターシャが言った。
「やだーへびがいいの！」
へびっちが身振り手振りで何かを言っていた。
「……次は絶対あげる、とか言ってない？ へびっち」
ラギがそれに気づいた。
「それなら私ももう一匹ほしい。へびっちがんばって」
アナスターシャがすかさず言っていた。
「私もほしい」
ナナミが手をあげている。
「へびっち、あんまりがんばらなくていいからね」
ゆりはちょっと怖くなってそう言ったのだった。
ミシェイラはしまいにはハザークの元に行き、「パパ、へびちょうだい。ミーもほしい！」と蛇をねだって
ハザークを困らせていた。
「確かに、一人だけ子蛇がいないってのもかわいそうかもね……」
ゆりはなんとかならないものかと考えたが、どうにもなりそうになかった。
「レーヌはこれで力も使えそうだね。こんなことがあるなんてすごいや。誰も想像しなかったよ。ほんと
すごいや……」
ラギは興奮しっぱなしだった。
城の広間では「孫蛇誕生おめでとう」のお祝いが行われた。一人ミシェイラはハザークの部屋ではぶてたまま
である。
「どうにかしてやりたいが、こればっかりはどうにもならないなあ……」
ハザークもミシェイラに同情していた。
その夜、ヴィラは寝ていて夢でディランに出会った。何もない、白い霧が立ち込めている世界だった。
ヴィラはまだお祝い気分だったので、
「ディラン殿、おめでとうございます」
とディランの顔を見るなり言っていた。
ディランはきょとんとしている。
「まさかこんな不思議なことが起こるなんて、こちらではみんなびっくりですよ」
「はあ。それは何のことを言ってるんですか？」
ディランの反応がどうもおかしい。ヴィラはすぐに、（もしかして、ディラン殿は何も知らない？）
ということに気づいたのだった。
「えーと、あ、あれですよ。ディラン殿の子供を女王様がはらんだということです。はは」
ヴィラはとっさにごまかした。
「はあ、ところで、へびっちが突然帰ってしまったようなんですが……ちゃんと帰ってますか？」
「帰ってきましたよ。元気ですよ」
「そうですか」
「…………」
ヴィラは視線をそらせていた。ディランはその視線に入った。ディランがヴィラを見つめると、
ヴィラはまた目をそらしていた。
「ヴィラ殿、何か私に隠してますね？」
「いえ、何も隠してないです」
「言ってください」
「何にも隠してないですよ」
ヴィラは笑顔でディランを見つめた。ディランは怪訝な表情である。
「なんですか？ 言いにくいことなんですか？」
「本当にないです」
「不思議なことが起こったと言ってましたね。教えてくださいよ。友じゃないですか」
「いえ。何もありません」
考えてみれば、ディランにとっては女王は大事な恋人である。へびっちが女王とどうにかなったと聞いて、
怒る場合もある。ヴィラはそれに気づいて何も言えなかった。
ディランはヴィラの肩に手を乗せていた。
「ヴィラ殿、強引に口を割らせる作戦に出ますよ？ いいんですか？」
ディランの顔が一気に怖くなってきた。
「え？ 強引に？」
ヴィラの顔が引きつっている。
「そういう魔法があるんです。使いますよ？」
「ええええー！」
「言ってください」
ヴィラが過去の一番騎士に抵抗できるわけもなかった。
「……実は言いにくいことがあります」
「なんですか？」
「一つ聞きますが、女王様はお元気ですか？」
「陛下ですか？ お元気ですよ。今日はちょっと体調が悪いようで、会ってないですが」
「そ、そうですか……」
ヴィラは頬をかいていた。
「あ、そろそろ帰る時間かな？」
ヴィラはあたりをきょろきょろみていたが、まだ白いもやはたちこめている。ディランはヴィラの手をしっかり
握っていた。
「随分言いにくいことのようですねえ」
ヴィラはこうなったらと腹をくくった。
「言ってもいいですが、絶対に怒らないって約束してください。それから、今後、へびっちにも怒らないでください」
「へびっち？ どうしてへびっちに怒るんですか？」
「へびっちは、女王様の恋人にしてもらったようです」
ヴィラはずばりそういってみた。
「は？ へびっちがそう言ったんですか？」
ディランは意外なことだったのか笑っている。
「へびっちは、女王様に子蛇を生んでもらって、それを持ち帰ってきたんです」
「え」
ディランの表情から笑みが消えた。
「その子蛇は、王妃が生んだ赤ん坊に引っ付きました」
「はあ？ どういうことですか？」
ディランの頭はよく回っていないようである。
「ハインリヒ殿もショックを受けていましたし、ディラン殿もそりゃショックですよね。
王妃の子供に子蛇をあげたいと思ったのか、ただ仲間を増やしたいと思ったのか、へびっちの気持ちは
わからないんですが、とにかくそういうことなので、我々としては、女王様にありがとうとお礼を言いたい気分です」
「へびっちと陛下が？ 全然想像できないですが……そういえば、へびっちは我らの巫女の肌にも引っ付いたんですよ。
もしかして、陛下の肌にもひっついたのかも？ それで子蛇が？ 陛下の蛇紋は一匹の蛇というわけでは
ないんですが、どうやって……」
ディランにもさっぱりわからなかった。
「へびっちに怒らないでくださいね。悪気はまったくないんですから」
「はあ、まだ信じられないですが……」
ディランにはヴィラの言葉が全く信じられず、ディランはショックを受けるまでいかなかった。
二人の出会いはそれで終わった。
目を覚ましたディランは、「まさか」とつぶやいていた。
陛下がへびっちの蛇紋の子供を生んだなんて……
本当ならば、なぜ陛下は言ってくださらないんだろうか……
「相手があのへびっちだったので言いにくかったのだろうか……どちらにしても確かめねば……」
朝、ディランがレイアスに、「昨晩ヴィラ殿に会った」というと、レイアスは驚いていた。
「へびっちのこと、何か言ってましたか？」
「とても気になることを言っていた。後で、一緒に城に行こう」
「はあ、気になることってなんですか？」
「まだ言えない」
「気になるなあ」
レイアスはへびっちを心配している様子である。
陛下に確かめるまでは……
朝、支度をすると二人は城に向かった。
ディランはメイド頭に女王の様子を聞いてみた。
「まだお加減がすぐれないようで、今日も騎士様がたは、ご遠慮ください」
女王はまだディラン達に会うつもりはないようである。
「陛下、大丈夫でしょうかねえ」
レイアスは心配げだった。
「うーん、アゼル様に会ってみよう」
二人はアゼルの部屋に向かった。アゼルは部屋にいた。
丁寧に礼をした二人は、アゼルの部屋に入れてもらった。
「あれ？ 殿下の気が、なんだか強くなってないですか？」
レイアスが聞いた。
「うん、昨日もディランに言ったけど、そうなんだ。母様は一皮むけたねってさ」
アゼルはちょっとひきつった顔で説明していた。昨日もアゼルからディランが聞いたセリフである。
ディランはアゼルの気をじっくり見て、「あ」と声を発していた。ディランは、アゼルの気に、女王の気が
わずかに交じっているの気づいた。
─殿下、殿下も陛下から子蛇をもらったんじゃないんですか？
ディランがアゼルに思念で聞いた。部屋にメイドがいたからである。はっとしたアゼルは、メイドを下がらせた。
「ごめんよ。僕はとっても言いたかったんだけど、母様は言いたくないみたいで……もうちょっと黙っていてって
言われていたんだ」
話が分からないレイアスはきょとんとしている。
アゼルは右袖をめくっていた。
「あ！」
「え？」
そこに、金色に輝く蛇がいたのである。
「殿下、一体いつから蛇が出たんですか？」
レイアスが聞いた。
「レイアス、おめでとう。君の孫だよ」
「は？」
「この子は君の孫なんだ。へびっちの子供なんだよ」
アゼルはようやく言えたのでとてもうれしそうだった。
「は？ なんのことです？ 一体何がどうなってます？」
レイアスはアゼルを見たりディランを見たりしている。
「一昨日の晩、母様の肌から蛇が生まれたんだ。へびっちは最初に生まれた女の子の蛇をもって、
慌てて未来に帰ったんだよ。この蛇は次に生まれたんだ。男の子、かわいいでしょ？」
レイアスの口が極限まで開いていた。
「やはりそうでしたか。陛下は２匹も御生みになったんですね……」
せっかくなので、ディランはこの場にルークとフークスも呼ぶことにした。
孫が生まれたと聞いても、レイアスの表情は複雑だった。ディランはショックを受けるよりも、
何か感慨深いものを感じている。
「ははは、そりゃすごい」
フークスは笑うしかない、といった感じで、ルークは、
「さすがレイアス殿の息子蛇なだけはありますね。陛下をくどくなんて」
とそこに感心していた。
「喜んでいいのかなんなのか、さっぱりわからないんだけど……」
「ハインリヒも未来でショックを受けたんだろうなあ……」
ディランは未来で驚くハインリヒを想像していた。
「殿下はうれしそうですね」
フークスがいった。アゼルはうきうきといった感じである。
「そりゃうれしいよ。だってさ、これでアナスターシャ様とおそろいになったんだ。いろいろ子蛇の話をしたり
することができるじゃない。僕も仲間に入ることができてうれしいんだ」
「そうですか……」
「では、陛下に白状してもらいましょうか」
ディランが重い腰をあげた。女王の口から直接聞かなければ、すっきり片付かない。
男たちが女王の私室を訪ねると、やはりメイド頭に止められたのだが、「殿下から話は聞いたと伝えてください」
とディランが言うと、今度は部屋に入れてもらうことができた。
部屋には女王の他にはムサカもいた。
女王は男たちを見て、ちょっときまずそうな表情をしている。
「陛下、お加減はもういいんですか？」
ディランが聞いた。
「あまりよくない」
「どうして我々に言ってくださらないんです。この問題は、我々だって知る権利がありますよ」
「……ですから早く言った方がよいと言ったではないですか」
ムサカがため息交じりに言った。どうやらムサカはそのことを知っているようである。
「すまぬ。どうしても言いにくかった」
「陛下、本当にへびっちを恋人にしたんですか？」
そこがまだ信じられないレイアスが聞いた。
「もしかして、肌にへびっちがつるっと入ってきたんじゃないんです？」
レイアスはそうではないかと思っていたようだ。
「へびっちが、陛下に無礼なことをしたんじゃないかと思って……それなら申し訳ないと……」
「実は、へびっちは姿を変えることができるのじゃ。それで、なんと私好みの大人の男に変身して、
迫ってきたものだから、私もついころっといってしまった」
女王は若いへびっちとそうなったということがいいずらかったのか、そういうことにしていた。
「陛下好みの男？ 陛下に好みってあったんですか？」
レイアスがちょっと失礼なことを聞いていた。フークスがレイアスを腕でつついている。
「すいません。だって……」
「私だって好みなどないと思っていた。だが、あの姿には参った。なんとへびっちは未来の王に化けたのじゃ」
「えー！」
「それは……逆にうれしいぐらいですね」
フークスが言った。
「そうじゃ、ついころっといくであろう。だれだって！」
「それならそうと、すぐ言ってくださればいいじゃないですか。何が後ろめたくて黙ってたんですか？」
ディランが聞くと、女王はちょっと小声でごにょごにょいっていた。
「それは、ほら、へびっちはレイアスの子供であるから、ちょっと……のう…」
「おめでたいことじゃないですか。陛下がまさかゆり様と同じようなことになるとはびっくりですが……」
「私の孫が……」
レイアスはようやく喜ぶ気になれたのか、目に涙を浮かべていた。
「でも、まさかへびっちが陛下とくっつくなんて、さすが私の息子というべきか……ちと複雑ですが……」
「世界が広がっていいですね。うらやましい気分です」
ルークが言った。
「まさか孫ができるとは……私の子蛇もすごくならないかなあ」
フークスが上を向いて言った。
「みな、このことはあまり大っぴらにしてはならぬぞ。ハザーク殿の耳に入ると、困るからの」
女王はそこはしっかりと口止めしていた。
「陛下、子蛇が生まれる時ってどういう気分でした？」
フークスが女王に聞いてみた。
「いや、まさか子蛇が出てくるとは思わなんだ。その時私は死ぬかもしれないとさえ思っていたのじゃ。
今思えば、蛇霊神たちは、子蛇誕生を知らせるためにでてきたのかのう？」
女王はムサカに顔を向けた。
「そうかもしれませんな……」
「一匹蛇霊神があの子蛇についていった。あの子蛇はどうなったのであろうか？」
「ゆり様の赤ちゃんにひっついたみたいですよ」
ディランが言った。
「そうか……そのうち再会できればよいが……」
未来と過去のこの不思議なやりとりに、ついに女王自身も足を突っ込んでしまったのだ。
「夢でも繋がったら面白いですねえ」
フークスが言っている。
「そうじゃなあ」
「僕も、孫の女の子がみたいな」
レイアスが言った。
部屋にアゼルが入ってきた。
「話は終わった？ みんなで乾杯しよう！」
手には、高いお酒を持っている。
こうして、過去の世界でも、お祝いムードになったのだった。
未来では、ミシェイラは怒ったままだった。へびっちがなんとか機嫌を取ろうとしていたが、ミシェイラは話もしてくれない。
へびっちは眉毛をへの字に曲げてハザークを見ていた。どうやらとりなしてほしいらしい。
「こっちの女性とも子蛇を作れればいいのになあ。試してみたら案外できるんじゃないのか？」
ハザークは適当なことを言っていた。この際なんでもいけそうな気がする。
へびっちは首をかしげている。
「やはり過去の世界じゃないと無理か？」
部屋にティーセットを持ったハザークの侍女が入ってきた。
へびっちは侍女を指でさしていた。自分と侍女を交互にさしている。
「ん？ ヴァリーンとか？ うーん」
「何のお話ですか？」
ハザークの侍女が聞いた。
「この世界でも、なんとか肌に入る蛇ができないものかと思ってな、へびっちが、お前が相手ならどうだろうと
言ってるが」
「え？」
さすがの侍女ものけぞっている。その時、ミシェイラがくるりと顔を向けた。
「ママへびうめる？」
期待に満ちた瞳である。
「え……それはちょっと無理ですわ」
「肌に入るかどうかはわからんが……」
とハザーク。
「がんばって、入る蛇うんで」
へびっちが両手を広げて侍女に迫っていた。
「ミシェイラのためにがんばってみるか？」
なんとハザークが侍女に言っている。
「ハザーク様、そんなの無茶ですわ！」
へびっちは侍女に抱き着いていた。
「だめです」
侍女は体を離して消えてしまった。
へびっちは残念そうな顔をしている。
「まあ、５人いるから、誰か一人はいいというかもな」
「へびっちがんばって！」
ミシェイラまで応援しだして、へびっちはがっつポーズをしていた。
「実は我も、孫蛇が見てみたいような気になったんだが……」
ハザークの大事な侍女がへびっちの子供を生むことがあるのかどうか、それはまだわからない。
つづく
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