第13部　　第１話

この夢を、どう形容すればよいのやら……


耳に聞こえてくるのはあまりにも耳障りな獣か何かの不気味な咆吼、何かが飛んで風を切る音、神々の怒号――

黒い雲に覆われた空には次々と金色の弓矢が放たれて弧を描いている。金色に包まれた軍団を率いるのは軍神ハロルド。ハロルドは宙に浮き、自らの神剣を振り、その力で離れた敵も両断している。

地上では巨大な斧を振るっている獣神ライオネルの姿も見える。

空を飛んでいる神々もいる。７色の光りを放ち金の槍を振るっている神がいた。背には白い翼。彼は金色の弓矢が当たらずに近づいてきた敵をその槍で葬っている。光の軍団は100人もいないが、はっきりとその姿は見えない。

彼らが戦っている敵とはなんなのか。

地上には神々の軍団とはくらべものにならないほどの凄まじい数の黒い群れが見えるが、こちらもはっきりと姿は見えない。黒っぽいまがまがしい生き物である。空を飛んでいるものもいる。

普段は地上で見る事ができないものが、なぜこんなにも大量にこの場に現われているのだろう。

もしこの戦いに負けたなら、この世はどうなってしまうのか。

空を飛んでいる獣がいた。向こう側ではない。その獣は神々の頭上を飛んでいる。金色の毛並み、白い翼をはためかせて飛ぶ肉食獣のような獣は二頭いた。それぞれ神々が乗っているようである。

すべての部分が見渡せるわけではなかった。一部分だけで、他はおぼろげにしか見えない。


「聖戦だ……」

その場面を唖然として見つめていたのはねぼすけだった。バリアスの夢にお邪魔したのだが、いきなりこんな場面に遭遇して驚いている。

「みてよ。ハンターみたいなのがもう一頭いるでしょ？」

ねぼすけの横には力の神バリアスがいた。

「確かに、それらしき獣がいますね。これはバリアス様の予知夢かな。すごい夢ですね」

「これがいつの戦いかは知らないけどね」

「うーん、かなり先かもしれないなあ。なんとなくですが」

ランスロットはすっかりたくましい戦士として成長しているようである。

ねぼすけが知らない神々もいた。近い将来というよりは、かなり遠い未来という気もする。二人は戦を少し離れた所から観客のように眺めている。戦には多くの神々と一緒に妖精も参加しているだろう。

（僕はこの戦いに参加しているのだろうか？）

ねぼすけが気になったのはこのことだったが、それはこの夢ではわからなかった。

神の国の外れで魔物が現われて戦うことはたまにはあるが、これほどの規模の戦いとなると、めったにあるものではない。

「まさに聖戦ですね。僕も参加したいなあ」

「できるんじゃない？」

バリアスが言った。

「この時まで生きていられればですが」

「妖精なら生きていられるんじゃないの？」

「生きていたいですね」

戦いの場面はじょじょに消えて行き、ねぼすけは「ありがとうございます。ではまた」と言って消えた。

「ハンターがもう一頭、早く産まれてこないかな……」

バリアスはそう言って姿を消したのだった。


人間界は6の月に入っていた。庭園でひなたぼっこするには良い時期である。庭園をひらひら舞うチョウチョを横目で眺め、ゆりは東屋で手紙の封を切っていた。スペードからの手紙が届いたのである。

ゆりは赤い月が終わってしばらくしてからスペードに手紙を出している。これはそのお返しだろう。さすがに手形はもう入ってなかった。

手紙の文面も季節の挨拶で当たり障りがないものだったが、ゆりはうれしかった。

「聖地の山はピンク色に染まってるんだ。桜みたいだなあ。綺麗なんだろうな……」

ゆりはアシュランから聖地に移動できる魔法の道具をもらってはいたが、赤い月であんなことがあったので、さすがに聖地に行きたいとも言えなかった。ラギは「次はいつ行くの？」と興味津々だが。

聖地へはあと４回飛べるので、一回はいずれスペードに会うのに使うとして、もう一回はグレンに会うのに使いたいと思っていた。ゆりは人間に化けたグレンと聖地でデートがしたかったのである。

何かお手柄を立てたらアシュランにそれをねだるつもりだった。

（あの時のグレン、よかったんだよねー手をつないでグレンとデートしたい。でも聖地だとクーガ様とかスペード様もいるし、二人に絶対会わないような場所とか聖地でないのかな）

蛇の国でグレンとデートするのも無理だろうし、場所は聖地しかない。神の国ではなく、人間界で、自分の姿で人間グレンとのデートというところがそそられるのだった。

（まあ当分無理だろうけど、いずれかなうといいな）

東屋にヴィラがやってきた。

「スペードさんから手紙が来たでしょう。見せてください」

「いいよー。はい」

ゆりは手紙を渡した。ヴィラは椅子に座って手紙に目を通している。

「ねえ、スペードさんとのことって、もしかしてみんな知ってる？」

ゆりはもしやと思って聞いた。

「知ってます。向こうの王妃に聞いたので」

「そうなんだ。まだ手紙とか出して、未練がましいって思ってる？」

「思ってないですよ。はい」

ヴィラは手紙をゆりに返した。

「神様と付き合うようにスペードさんとも付き合えたらよかったんですがね、王妃は不思議な女性ですよね。神様は平気なのに」

「不思議だね。ハロルド様やラーズ様もすごくステキだけどね。相手が現実離れしてるから、現実的に思ってないのかも。ガーベラの延長だと思ってるのかもね。そういえば昔はミカエルにびびってたなあ。ミカエルにひっついたら本気で好きになっちゃいそうだから、あまりひっつかないようにしてたな。ヴィラが来た時も、すごくどきどきしてたな。これって絶対浮気じゃない？　とか思いながら会ってたな」

「あの時のあなたは純でかわいかったですよ」

「まさか神様まで恋人にしちゃうなんてね。あの頃の私が聞いたら、『何夢みたいなこと言ってるの』って言うだろうね。神様なんて神話の本の登場人物だと思ってたのにさ」

「おかげで王妃の部屋は神様が来まくってますからね。どこかからもれてるらしくて、王妃の侍女を募集すると、すごく殺到してますよ。選ぶのが大変っていってました」

「侍女から聞いたよ。私も一般人だったら、神様に会いたいってなるんだろうね」

「私はダーナ様にまた会いたいんですが」

「ははは、三人目の私が時々来てるじゃない。ベツベツマーにちゅーしてもらったら？」

「うーん、三人目の王妃には恥ずかしくて頼めないんです」

「なんでよ」

などと話しながらゆりはヴィラと過ごした。


その夜、ゆりは一人でぐっすり寝ていたが、ジロウが飛び起きてゆりのベッドに上がっていた。寝室に誰かが入って来た。その誰かはゆりの頭をなでなでし、ゆりはそれで目を覚ました。

「あれ？　オルガ様？」

ベッドサイドに立っていたのは淡い光を放つ黒衣の神、オルガである。

「ワウン」

ジロウが小さく吠えていた。

「やあ、前に頼まれてたのを持ってきた」

「頼まれてたの。あ、手形ですか？」

ゆりは飛び起きていた。

「そうなんだが、実はジンラのがもらえなかった」

「別にいいですよ。オルガ様の手形だけで十分ですよ」

「そうか？」

「はい」

「ワン」

二人の間に座っているジロウが吠えている。あまり近づくなと言ってるかのようで、ゆりはぷっと笑っていた。

「ジロウ君ったら。オルガ様座ってください。ところで、オルガ様が近くにいると人間って眠くなりますよね？　聖地に行ったときも眠くならなかったから、どうしてかなって思ったんですが、私じゃなくうちの子供達が疑問に思ってました」

「今は神力を落としてるからな。眠らせたままだと話ができない。だが触ると眠らせることも可能だ」

オルガはジロウの頭をなでた。ジロウはうとうとし、それに耐えようとがんばっていたが、ついには目を閉じて眠ってしまった。

「ジロウ君、かわいい。それであの、オルガ様の手形を持ってきてくださったんですか？」

ゆりは正座をし、興味津々で聞いた。

「ああ」

オルガは袋の中から手を二つ出した。

（え？）

ゆりは目をまん丸く見開いている。なんと、その手は、色がついていた。

（え、い、色つき！？　リアルすぎる！　すごすぎてちょっと怖い！）

と思ったがゆりは、「わっすごい。色がついてますね！」と驚きつつ喜んでいた。

「白い手じゃつまらないかと思って」

「す、すごいです。すごくうれしいです。ありがとうございます。それであの、こちらがオルガ様のおててですよね。こちらは」

「実はカサンドラの手なんだ。ジンラがだめだったんでカサンドラを誘った」

「カサンドラ様？　初めての女の人の手ですよ。うれしい！」

「そうか」

カサンドラの手は女性らしい手だった。オルガの手と比べると、手首も細く、手のサイズも違う。オルガの手は広げていたが、カサンドラの手は軽く握られていた。

「すごくうれしいです。ありがとうございます」

「喜んでくれてよかった」

「うれしいです！」

ゆりは全身で喜びを表現していた。

「あの、元気いっぱい女神ちゃん元気です？」

ゆりはオルガの手を握りしめたまま聞いた。

「ん？」

「この前生まれた……」

「ああ、ルチアか。確かに元気いっぱいだ。あちこちでかわいがられてるみたいだ。サラディンはルチアと一緒に風呂に入ったりしてるらしい」

「風呂？！」

「最近じゃ海にも行ってるんだ。マリナールにも気に入られたらしい。すごいな」

「海！？　すごい。ルチアちゃんと一緒にお風呂に入りたいです」

「夕方には火の神殿に行ってるようだ。私はさっぱり遊んでるところが見られないんだが。サラディンはすっかり子供好きになったな。子供ができると、変わるものだな」

「サラディン様が一緒にお風呂に入ってるなんて……今度機会があったら私も一緒に入りたいな」

ゆりは本気でそう思っていた。その場面を想像するだけでにやにやしてしまう。

「じゃあ私はそろそろ行く」

「今日はありがとうございます。大事にしますね」

「ああ」

オルガはゆりに身体を寄せたのでゆりは硬直していた。軽く唇に触れただけのキスをしてオルガは離れた。

「それじゃ」

「さようなら。本当にありがとうございます」

オルガは去って行き、ゆりは顔がほてっているのに気づいていた。

「すごく緊張しちゃった。オルガ様、やっぱり良い声だわ。夜に会うと魅力もましましだし」

ジロウはむくりと起きて、「ワン」と小さく吠えていた。

「何もしてないわよ。ジロウ君」

「ワン」

「嘘だって？　あれくらいは許して。それにしてもまさか色付きでくるなんてね」

今は真っ暗なので、もらった手ははっきりとは見えなかった。ゆりは手を二つ横において寝た。

そして朝、ゆりの部屋に来た侍女が「ひいっ」とびっくりしていた。ゆりはその声で目が覚めた。

「手、手が……」

侍女は恐る恐るベッドの上の手を見ている。

「ああ、作り物だから大丈夫よ」

「本物かと思って驚きました。おはようございます」

「おはよう」

侍女はほっと胸をなでおろして去って行った。

「確かにこれは怖い」

ゆりはカーテンを開けて、もらった手をじっくりと眺めた。

「いやーこれ、職人さん、気合い入れすぎてない？」

ゆりは手を回していろんな角度から眺めた。

手の色も単色ではなくかなり本物っぽい感じになっている。たぶん工房の職人が塗ったに違いない。二人の手の色は微妙に違うし、カサンドラの手は軽く握ってあったが、爪は綺麗なピンク色だった。手首の断面まではさすがに色は塗ってない。

「いやーすごいな。でも色がついてるとやっぱり本物っぽすぎて怖い。ぷぷっオルガ様、コウモリの件といい、なんだか面白いところがあるんだなあ。前はそう思わなかったけど、新たな魅力発見だわ」

以前よりも随分オルガに対するイメージが変わっているようだ。神の国ではガーベラで仲良くなったので、オルガとの距離はぐんと近づいていた。


ゆりは子供たちを呼んで色付きの手を見せた。子供達も、「すごい。本物っぽい」と驚いている。

「神殿に飾ったらみんなびっくりするんじゃない？」

ナナミが言った。

「確かにね」

とシス。

「本物の手を切ったみたいだからおじいちゃんたち腰を抜かすんじゃない？」

ロイは笑いながら言っている。

「怖いこと言わないの」

とゆり。

「だってそう見えるし」

「カサンドラ様の手を握ったら？　賢くなるかもよ？」

「そうだね。ご利益ありそう」

子供たちはカサンドラの手をありがたく触っていた。ちなみにゆりはすでに触りまくっている。

「すごいね。これで５個集まったね」

とシス。

「東西南北に飾れるから、とりあえずもういいかな」

とゆり。ゆりは５個集まっただけで結構満足していた。

「えーもう一つ、ジンラ様お願い」

とラギ。

「ジンラ様は頼みにくいってば」

「がんばってよう」

「がんばれないー」

ミシェイラとレーヌがやってきた。

「わっ手切ったの？　だれの手？」

ミシェイラは目をまん丸くして聞いている。

「作り物のおててよ。こっちがオルガ様の手で、こっちがカサンドラ様よ。ミシェイラはカサンドラ様のこと知ってる？」

「知ってる。ラギにーが好きなんだよね。頭いい神様」

「そうそう」

オルガの手を見たレーヌは、「トーの手きれいだね。マーの手もきれい」と言っていた。

「え？　マー？」

子供達はレーヌの言葉に注目していた。

「マーがね、レーちゃんの名前、考えたんだよ」

「え？」

「名前って？」

子供達はぽかんとしている。

「マーがつけてくれたの」

詳しく聞こうとしたら、レーヌはミシェイラと一緒にさっさと部屋を出て行ってしまった。

「今のどういうこと？」

「さあ？」

ゆりと他の子供たちは顔を見合わせて、首をかしげていたのだった。



つづく

１３部

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