第３話
神の国では新しく生まれた神、ジュリアンにみんな興味津々である。アシュランが何の神かは内緒と言ったので、みんなそれぞれ予想して、アシュランに聞いたりもしていた。まだ正解は出ていないようだ。
「正解したらアシュラン様からご褒美があるって」
いつの間にかそんな話になっている。
大きな太陽の神殿では、アリアスやジュライ、ダーナ、ダーナの娘達が5人集まっていた。神獣達も数匹うろちょろしている。娘達は賑やかに、ジュリアンのことを話していた。
「お父様、今回は娘とくっつけようって言わないの？」
娘の一人がアリアスに聞いた。
「ジュリアンは神格的には下の方になりそうだからなあ」
とアリアス。神気が薄いとどうなるかというと、人間界ではあまり認知されず、石像などが作られることはない。神話の本に登場するとしても、この時生まれましたということで終わる。グレンや、記憶の神バスティアン、記録の神コーカサスがそうである。だが、神々にとっては彼らは重要なので、神の国でないがしろにされることはない。神の中で一番下なのはアシュランの使いであるグレンである。
「神格とかどうでもよくない？」
娘の一人が言った。
「そうよね。だって神様だしね。妖精より上だもんね」
「今まで神格がどうの言ってたじゃないか」
とアリアス。
「相手によるよね」
「そーよね」
娘達の態度も相手によりころっと変わっている。そこらは普通の人間の娘と変わりないようだ。
「気持ちはわかる。ジュリアンは、なんかかわいいよな。クーリーフンほど強烈ではないが、あれくらいが相手にはちょうどいいかもな」
と緑の神ジュライ。
「そーですよね。すっごくかわいいですよね」
「もうちょっと育ったらもっとステキになりそうですしね」
「ジュリアンは大人になるのかな？」
アリアスがジュライに聞いていた。
「さあ、愛の神ではないのなら、なる可能性もあるかもな」
とジュライが返した。クーリーフンはガーベラの分身的存在であるが性欲はない。もっと大きくもなれるが、周りが騒ぎすぎるので、中途半端な外見になっている。ジュリアンはどうなるのか、何の神かによって、違ってくるかもしれない。ガーベラと関係がない神ならば、ガーベラ並に成長することもある。
「ダーナはおとなしいな。ジュリアンに興味はないのか？」
ジュライが聞いた。ダーナはずっと黙ったままである。
「ガーベラ……私は男ガーベラが恋しい！」
ダーナは手を握りしめて言った。
「また会いたい……」
「まだ引きずっているのか……」
「私達だって恋しい。でもあのガーベラ様って、やっぱり別格ですよね」
「そーよねー」
娘達は男ガーベラを思い出してしばしうっとりしていたのだった。
「しかし、ガーベラも最近すごいじゃないか。続けざまに子供ができてる」
ジュライが言った。
「そうだが、最初の頃のダーナはもっとすごかったからな。ガーベラは今頃それが来ているんじゃないのか？」
とアリアス。
「そうか。あの頃は一日に５人子供が生まれたこともあったもんな」
ダーナは今ではたまに子供ができるくらいだが、アリアスとの間に一番子供が多く、7人の虹の妖精達も加わったので、今現在アリアスの子供は30人である。双子の光の神との間には５人、ウィルとの間には二人、狩りの神ジョルンとの間には一人、ジュライとの間には6人いる。ダーナはヒルデリアに次いで子だくさんである。ガーベラも、ダーナに比べればまだまだである。
ちなみに妖精にも順位のようなものがあって、一番はアシュランとヒルデリアの間にできた妖精、次がアリアスとダーナの間にできた妖精達である。親がいない妖精も神の国には大勢いるが、彼らは親ありの妖精よりは、妖精の格は下である。
話をしていると、噂のジュリアンが神殿に入って来た。ジュリアンは部屋の入口で頭を下げている。
「ジュリアンじゃないか、どうしたんだ？」
神殿の主アリアスが聞いた。ジュリアンは神気が薄いだけに神としての存在感はあまりないが、二重の青い瞳は涼しげで印象的である。体格は細身で一見頼りなさげにも見えるので、外見が整っているだけに、アリアスのような神格が高い神がジュリアンを見ると、ちょっと守ってやりたいという気にもさせられる。父親はサラディンであるが、サラディンのような他者を圧倒するような強めの性質はジュリアンには見えなかった。左の手の平にある炎のマークでサラディンが父だとわかるくらいである。ジュリアンは青と緑がまだらに染められた服を着ていた。
「変わった色の服を着てるね」
アリアスの娘の一人が言った。
「最近、服作りの妖精でいろいろな色に染めるのに凝ってるヤツがいるんだ。あいつの服だな」
アリアスが言った。
「へー私も着ようかなあ」
ジュリアンは部屋の中を見回して、手で誰かを招いていた。アリアスの娘たちが、「え？ 私？」と思っていると、部屋の中にいたアリアスの神獣が３匹、ジュリアンに近づいて行った。ジュリアンはしゃがんででかいリスに似た獣たちをなでなでした。
「キキッ」
獣たちはうれしそうにも見える。ジュリアンは部屋の隅っこにいるでかめの神獣を見てそちらに近づいて行った。
「ジュリアン、そいつはやめとけ。他のと違って他人になつかないんだ」
アリアスが言った。
「前にウィルがかまれたっけ」
とジュライ。
隅っこにいた神獣はジュリアンが近づくと、しっぽをぴんと上げて毛を逆立てている。
「キー」
「危ないわよ」
ダーナが止めたのだが、ジュリアンはかまわずに神獣に近づいて頭をなでなでした。
「キー……」
毛を逆立てていた神獣が次第に落ち着いていた。
「あら、モーグが私たち以外になつくなんて珍しいわねえ」
ダーナが驚いている。
ジュリアンはモーグと呼ばれた神獣を抱き上げていた。
「キキッ」
神獣は暴れることなく抱っこされている。
「モーグうれしそうね。ジュリアンすごいね」
娘の一人が言った。ジュリアンは部屋にいた獣たちをみんななでなでして去って行った。
「お父さん、彼何の神？」
娘がアリアスに聞いた。
「さあ」
「うーん……なんだろう。ガーベラよりではあるけれど、ズバッとはわからないわねえ」
ダーナも首をかしげていた。
神の国別の場所では、バリアスがハンターと一緒に草原を駆けまわっている。そこに月の女神ディアメラがやってきた。
「ねーバリアスー話があるんだけどー」
「なにー？」
バリアスが走りながら聞いた。
「あと一年くらいで大きくなる予定ない？」
ディアメラが聞いた。
「ないよ」
バリアスがディアメラに近づいてきた。
「じいじがあと千年くらいかかるかもっていってたよ？」
「え？ そんなに？ まあ千年でもいい。大きくなったら恋人にして」
ディアメラは腰に手を当てて言った。
「僕わかんないよ。ディアメラはライがお似合いだと思うんだけどなあ。二人とも強いから」
「やめてよ。あんな獣」
「二人が仲良くしたらきっとすごい神様ができると思うよ」
バリアスは本気でライオネルをすすめている。
ディアメラは横目でバリアスを睨んでいた。
「バリアスって薄情ねえ。あんなに遊んであげたってのに」
「僕一番ライがかっこいいって思ってるんだけど。次におすすめは、うちの父さんかな」
「ガーベラの息子のくせに、よくハロルドをすすめるわね」
ディアメラは頬をひきつらせている。
「だって強いじゃん」
「どっちもお父様の血が入ってるからイヤ！」
神の世界では近親恋愛も結構ある。人間と違ってさほど禁忌でもないようだが、親と子供の恋愛はあまりよくないとされている。
「ハロルドは死んでもいや」
「なんでそんなに嫌ってるのさ」
「昔、あいつはめちゃくちゃ態度が悪かったのよ。私はあいつが大嫌いだった。ガーベラだってずっと嫌ってたくらいよ」
「そうなんだ。今はましじゃん？」
「でもいや。もういいわよーだ」
ディアメラは去って行ってしまった。
夕方、ガーベラが自分の神殿に戻ると、部屋の中でソファの上に足を伸ばしているディアメラがいた。
「あらディアメラ、来てたの」
「来てたわ」
ディアメラは酒を飲んでいたようだ。酒の瓶が二本も空になっていた。
「ガーベラ、私の話を聞きなさいよ。どうして世の中に男と女がいるのかしら。男と女がいないと子供ができないなんて、そんなのってないわ」
「酔っぱらってるわね」
ディアメラの頬は赤くなっている。ガーベラは椅子に座った。
「もーいや、最近お父様の愚痴が激しいのよ。顔を見ればいろんな男の話ばっかりしてくるし、せっかく一万５千年近く乗り切ったっていうのに」
「一万年以上も男なしでいるのがすごいわ。私だったら無理」
ガーベラが言った。
「カサンドラにも言ってほしい。私にばっかり言うのおかしいでしょ？ カサンドラだってずっと男がいないんだから」
「まあねえ。アシュランもカサンドラには気を遣ってるみたいね」
「もーいや、ほんといや！」
「ディアメラの相手になるような男がまだいるの？」
めぼしい神にはすでに相手がいる。神格が高く女がいない神もそういないのだ。
「グロウよ。もう大人だからいけるって」
「グロウ？ ダーナの息子じゃない。そんなに大きかったっけ？ まあいいんじゃない？」
グロウはダーナと光の神ラスターとの間の子供である。女達にキャーキャー騒がれるほどの外見ではないが、そこそこいい感じといったところである。光の神なので親ほどではないが神格もまあまあ高い。
「グロウは乗り気なの？」
「多分嫌がってるんじゃない？ お父様に言われて渋々いた感じだったわ」
「まあ、あなたが睨んだからでしょ」
「私だって嫌よ。あんなの」
ディアメラはぷーんと横を向いている。
「まあ、こういうのはお互いにその気にならないとねえ」
ディアメラはガーベラに顔を向けて横目でじーと見ていた。
「何よ」
「別にーそれじゃ行くわ」
ディアメラは愚痴だけ言って去って行ったのだった。
人間界夜、ゆりの寝室にクーリーフンがやってきた。
「子供ができたからお母さん喜んじゃってさ、これ、美容液、使って」
「ありがとう」
ベッドにいたゆりは美容液の瓶を受け取ってうれしそうだ。ちなみに、ガラス細工の箱の花は６個に増えている。こちらは順調である。
「名前はなあに？ 何の神？」
「名前はジュリアン、何の神かはわからない。アシュラン様が秘密だって」
「秘密？ なんで？」
「さあ。サラディンと普通にしてできたの？」
「お風呂でしたらお湯の中からジャバッてでてきたの。驚いたわ−」
「お湯の中でしたの？」
「うん。あの時は変なスイッチが入っちゃって、なんだか興奮しちゃったの」
「ふーん、サラディン相手にお湯の中ってすごいね。火の神なのに」
クーリーフンは笑っている。
「したのはお湯の外よ。その後お湯に入ったら、出て来たの」
「へーとにかくうれしいよ。お母さんよりなんだけど、全く違う神なのかな。わからないけど」
「かわいい子よね。ガーベラすごくかわいがってそう」
「うん、ところでさ、あれからスペードとはどうにかなったの？ 去年彼と会ったときに、彼あなたのことを気にしてたよ。あなたと夢で会ったとか聞いたよ」
「う……そう、実は、男ガーベラ様が何かして私をスペード様と会わせてくれたっぽい。でもだめになっちゃった。私がスペード様のことを好きになりすぎちゃって、赤い月がちょっとやばくなっちゃって」
突然スペードのことを聞かれてぎくりとしたゆりだったが、素直に打ち明けていた。
「え？」
クーリーフンは心底驚いた顔付きだった。
「男のガーベラがまだいたのも驚いたけど、あなたがそこまで夫以外を好きになるなんて、それもびっくりした。ラーズやハロルドは平気なのに、なんでさ」
クーリーフンも蛇の目のゆりと同じことを言っていた。みんなよっぽど不思議に思うらしい。
「分からない。私は肉食獣系の男には弱いのかもしれない。散々好意を示して逃げちゃったからかなり申し訳ないけど。変な女だと思われてるだろうなあ」
「そんなことはないよ。彼もたいして刺激がない日々だっただろうから、あなたと出会えて楽しかったと思うよ」
クーリーフンは慰めるように言ってくれた。
「ところでさ、久々にお母さんよりの子供ができたから、何かお礼がしたいってさ、何がいい？」
クーリーフンはさっさと話題を変えた。
「お礼？ 別にいいのに」
「そう？」
「あ、そうだ。体でお礼してもらってもいい？」
「体？ 僕の？」
「うん」
ゆりはにんまり微笑んだ。
神の国翌日の昼間、アシュランの間の裏で控えていたグレンの元に、クーリーフンがやってきた。クーリーフンは手でちょいちょいグレンを呼んでいたので、グレンは近づいて行った。
「なんですか？」
クーリーフンはグレンの耳元でぼそぼそ小声で話した。
「え？」
「お母さんがもう来るから、早く」
「でも」
「いいからさ、お母さんの神殿に行って」
「は、はい、ありがとうございます」
グレンは小声でお礼を言い、去って行った。
「さて、どうせなら向こう側がいいな」
クーリーフンはヒルデリアの間の裏にいたライサを呼び、場所を変わってもらった。
（ハロルドには会いたくないもんね）
昨晩はゆりに「半日グレンの仕事を代わってほしい」と頼まれたのだった。グレンとゆっくり過ごしたいというのである。
（そこまで彼女に想われてグレンもうれしいだろうなあ）
クーリーフンはヒルデリアの間の裏で、さてどうやって時間をつぶそうかと考えた。ヒルデリアの間の中には女性が五人ほど来ていた。ヒルデリアの娘達である。ヒルデリアも今日は機嫌が良さそうで、笑い声が聞こえる。
楽器の演奏会などが始まろうとしていたので、暇だったクーリーフンはまぜてもらおうと、「すいませーん」と布のカーテンから顔を出した。
「ぎゃあああ」
と広間にいた女性の悲鳴があがった。
「クーリーフンではないか、なぜそんな所から？」
ヒルデリアも後ろに顔を向けて驚いている。
「実は、うちのお母さんがどうしてもグレンを半日借りたいっていうので、僕がグレンの代わりにここに来てるんです。裏でずっと控えてるの暇なんで、まぜてください」
「それはいいが、別にグレンも休めばいいのに……」
「急な事だったもので、下に降りる時は、僕が降ろしてあげるよ」
クーリーフンが女性達に言うと、「キャー」と喜びの悲鳴があがっていた。
「本当ですかー？」
「下に降りて、また連れてきてほしいです」
などと言っている子もいる。
「夕方までは、我が女神様のお心のままに」
クーリーフンは大仰に言っていた。
「やだーうれしい！」
「とりあえず、演奏会混ぜてね」
「はい〜」
ヒルデリアの間は夕方まで賑やかだった。
そしてガーベラの神殿に行ったグレンは、ゆりに会っていた。人間界では昼過ぎ、ゆりはガーベラと体を取り替えてもらったのだ。
「ガーベラ様」
グレンははっと目を見開いている。
「グレーン」
ゆりはうれしそうにグレンの両手を握っていた。
「夜までガーベラと代わってもらえることになったの」
「クーリーフン様に頼んだんですか？」
「うん。子供が産まれて、何かお礼をしたいって言われたから」
「そのお礼を私のために？」
「グレンのためっていうか、私のため。グレンとゆっくりしたくって。人目がつかないような所でデートしましょ」
「デート」
「手をつないでうろつくの。あ、そうだ。とりあえずジェラルド工房に連れて行ってくれる？」
「はい」
ゆりはグレンに抱っこしてもらった。
（聖地デートは当分できそうにないし、とりあえず神の国デートでいいか）
グレンは結構うれしそうな顔をしていたので、ゆりもうれしかった。
二人はジェラルド工房にやってきた。工房の中では妖精達が慌ただしく働いているようで、トンカン鉄をたたくような音が聞こえてくる。ジェラルドがこちらに気づいて近づいてきた。
「なんですか？」
「ちょっと話を聞いてほしいんだけど、忙しかったら他の妖精さんでもいいんだけど」
ゆりは遠慮がちに言った。
「別にいいですよ。そんなに時間がかからないなら」
「実はグレンの手形が欲しいんだけど、今すぐさっとできるような方法で欲しいの。何かいい方法はないかしら」
「手形？ 最近流行ってますね」
「そう？」
ゆりはすっとぼけて言っていた。
「今すぐさっとですか」
「うん。さっと。手にインクをつけて紙に押すとか、そういうのでいいんだけど」
「じゃあ布に押しますか。黒じゃ味気ないし、布を染める花の汁とかならいろんな色のがありますよ」
「いいかも」
ジェラルドが布と花の汁を持ってきてくれた。
「この手形はどうするんですか？」
ジェラルドが聞いた。
「今日の記念なの」
とゆりは答えた。
「記念、なかなか熱々ですなあ」
ジェラルドはにやっとしてグレンを見た。グレンはどう反応していいやらわからず視線をさまよわせている。
「グレン、ここに手形をつけて、この花の汁って肌につけてすぐ取れるかしら」
「すぐに洗えば大丈夫ですよ」
「じゃあ私も押すわ。グレン青、私ピンクね」
二人は手に花の汁をはけで塗り、布に押した。白い布に、二人の手形がくっきりついている。
「綺麗に取れたわね」
「あの、私も欲しいです」
グレンが言ったので、ゆりは、「じゃあもう一枚ね」と違う布にも同じように押した。
グレンの左手の斜め右下にガーベラの右手が押されて、二人は手を洗った。
「忙しい所どうもありがとう」
「いえいえ」
「布が乾くまでそこらを散歩してるわね」
「はいはい」
「じゃあこの近くを散歩しましょ」
ゆりはグレンの手を引っ張って、工房の周りを散歩することにした。
「あの手形はどうするんですか？」
グレンが聞いた。
「私の部屋に飾ろうかな。実は私今手形に凝っててね。それでみんなの手形を集めてるの」
ゆりはグレンと手を握りしめたまま言った。
「ハロルドに頼んだら、なんと白い手首までの塊が来たの。それでオルガに頼んだら同じ手形が来たんだけど、色付きでね、びっくりしちゃった。全部で神様の手が５個も集まったのよ。すごいでしょ」
「５個、後の三人はだれのですか？」
「白いのがラーズとウィル、色付きのがカサンドラ。今は博物館に展示してるんだけど、みんなびっくりしてるって。色がついたのは本物そっくりだから迫力があるって。一番人気はだれの手だと思う？」
「ハロルド様ですか？」
「ううん。カサンドラの手。みんな見たら賢くなりそうだって言ってるんだって」
「そうですか」
二人は工房裏の野原を歩いていた。ここはサラディンの双子の妖精が以前燃やした場所であるが、今は草や花がはえている。水の音が聞こえてきたので、ゆりは小川を目指して歩いて行った。ちょうど人が並んで歩ける小道があった。
「ガーベラ様……ガーベラ様は本当に変わってますよね。私のためにこんなに時間を作ってくださって」
グレンがぼそりと言った。
「私のためよ。本当は、あの人間姿のグレンが気に入っちゃって、あのグレンとあっちの私で歩きたかったんだけど、当分無理だろうから、とりあえず神の国でデートしたいなって思って」
「恋人はたくさんいるじゃないですか」
「グレンとはなかなか二人っきりになれないでしょ？ あ、綺麗な鳥がいる」
小川の中にある大きな石に、青い尾っぽの長い鳥が止まっていた。
「レミングですね。聖地では幸運の鳥と呼ばれていますよ」
「そうなんだ。綺麗だね」
レミングは尾っぽを縦に動かしながら「ピロピロ〜」とかわいい声で鳴いていた。
二人は小川の周りをしばし探索した。穏やかに流れる川の音を聞きながら、様々な花を眺めたり、ささっと通り過ぎる小動物を見たり、鳥の声を聴いたり、これだけでも結構癒やされる。時間を気にせずにのんびりできるのもいい。
「神の国って、ヒルとかいないの？」
「ヒルですか？ いますよ」
「いるの？ クモとか、ムカデとかもいる？」
「いますよ」
「見たことないけど、人間界では、森ってすごく危険でしょ。でかい虫とか、蜂とか刺されただけでも死んじゃったりすることもあるし、神の国は平気そうだから前から不思議だったの。動物はいても動物のフンとかないよね。ペガサスとかフンはしないの？」
「しますよ。あったら妖精達が片付けてるんじゃないですかね」
「そうなんだ？」
「少し外れれば、結構なんでもいますよ。蜂もいますよ。ジンラ様が蜂蜜酒を作ってますし」
「蜂蜜酒？ 見たことないわ。今度飲ませてもらおう」
グレンはつないでいた手を放して、今度は指をからめてゆりと手をつないでいた。
「デート楽しい？」
ゆりは聞いてみた。
「楽しいですよ」
「私も楽しい。そろそろ乾いたかな。戻りましょう。飛んでばかりよりもこんな風に歩くのもいいでしょ？」
「はい。本当に」
「あ、そうだ、久々にグレンのオカリナが聴きたい。後で吹いてくれる？」
「いいですよ」
２人はぶらぶら歩いて工房に戻り、乾いた手形をもらったのだった。綺麗にできたのでゆりは満足していた。
「これで手形は７人分ね。これは私だけのものだけど。うふふ」
「私の手形には何の価値もないような気がしますが……」
グレンは苦笑している。
「私には価値があるのよ。それじゃグレンの神殿に行きましょう」
「はい」
二人はグレンの神殿へと移動した。
「ガーベラ様は本当に、無邪気でかわいらしいですね」
グレンは部屋の中でゆりを抱きしめて言った。
「そんなことないよ」
「あなたのことが大好きですよ」
「私もグレンが大好き」
二人は抱きしめ合って、その後ベッドで仲良くなったのだった。
さて、一方人間界のゆりの体にはガーベラがやってきていた。ガーベラはクーリーフンからゆりとスペードのことを聞いて衝撃を受けていた。
（彼女にも普通の人間らしいところがあったなんて。今日は王様に尽くそう）
ガーベラはそう心に決めて、王の間に行った。王の間の中にいたのはフリットだけだったので、ガーベラは中に入れてもらった。
「こんにちは」
「こんにちは、王妃」
フリットが挨拶した。ガーベラはラクシュミにそっと近づいていた。
フリットは書類を持って何かの報告をしていたようだ。
「それじゃ王妃」
「はい、さようなら」
フリットはガーベラには気がつかずに去って行った。
「ねえ王様、私今日は王様に何かして尽くしたいんだけど、何をしたらいいかしら？」
ガーベラはラクシュミの手に自分の手を乗せて聞いた。
「ん？ なんだ？ いきなり」
「妻として何か」
「別に何もしなくて……ん？」
ラクシュミは眉間にしわを寄せてゆりを見て、はっとしていた。
「ガーベラか？」
「よくわかったわね。今日は王様に尽くしにきたの。何かさせて？」
ガーベラは首をかしげて聞いた。「ガーベラ」という言葉で番兵達は「おっ？」という表情である。
「何かって……なんだ？ いきなりどうしたんだ？」
「妻だから、何かしたいなって思って」
「何かってな、何……」
突然ガーベラがやってきたので、ラクシュミもすぐに頭が回らなかった。ガーベラはラクシュミの手をなでさすっている。
「なんでもいいわよ。たまには……耳掃除とか」
「耳掃除？」
ラクシュミは目をまん丸くしている。
「したことはないけど」
「したことないのになんで知ってるんだ？」
「妻は旦那様にそういうことするんじゃないの？」
「そんな怖いことはしてもらわないが……じゃあ竪琴をたのむ」
「わかったわ。じゃあ休憩室に行く？」
ガーベラはラクシュミの手をなでなでしながら聞いた。
「そうだな……あ、いや、ここで頼もうかな」
ラクシュミは休憩室にはガーベラの半裸画があるのを思い出していた。本人にはちょっと見せたくなかったようだ。
「そう？ そうね、いつも王様のために働いている番兵さんにも聞かせてあげたいし、私の竪琴を持ってきてくれる？」
ガーベラが王の間の番兵を見ていた。
「は、はい」
番兵はすぐに消えた。
「ゆりはまたあっちで遊んでるんだろ」
ラクシュミが言った。
「私が王様に会いたかったの。王様今日も素敵」
ガーベラはラクシュミの頬にちゅっとキスしていた。
番兵がゆりの部屋から竪琴を持ってきた。ガーベラは王の間の隅にあった椅子を真ん中の方に移動していた。
「扉を開けておいていいぞ」
ラクシュミが言って、ガーベラの竪琴を外にいた番兵達も聴くことができたのだった。ガーベラの素晴らしい竪琴に、番兵達はもううっとりして涙ぐんでいる。
ラクシュミは目を閉じて聴いていた。心に染みる旋律は体の疲れを癒やしてくれるかのようである。
その時、たまたま王の間の外をディーンが通りかかり、竪琴の演奏が聞えてきたので、番兵の横から中をのぞいていた。見るとゆりが竪琴を奏でていたのでディーンは驚いていた。
二曲終わり、番兵が拍手をしたところでディーンは中に入っていった。
「ゆりちゃん竪琴こんなにうまかったんだ？ びっくりしたよ」
「今は特別だぞ。いつもはこんなにうまくないぞ」
ラクシュミはすぐに言っていた。
「え、特別？ 何が特別？」
ディーンはゆり姿のガーベラをじろじろ眺めている。ガーベラの方もディーンをじろじろ見ていた。
「王様、この方は、私の恋人じゃないわよね？」
「違うな。ディーンはハザークの親戚なんだ」
「へーそうなんだ。どうりでハザーク様に似てるわけね」
ガーベラは納得した顔付きになった。一方ディーンは不思議そうな顔つきだ。
ガーベラが微笑んで右手を出した。ディーンはその手を握り、次の瞬間、ディーンがドロンと巨大な金色の蛇に変わってしまったので、ラクシュミはびっくりして腰を浮かせていた。番兵達も驚いている。これほど大きく長い蛇をみるのは初めてだろう。巨大な蛇はとぐろを巻いている。
全長30メートルにもなりそうな蛇である。体重も相当に重そうだ。
「さすがでかいな」
金色の蛇は鎌首をもたげて、首をかしげていた。広い胴体部分は直径1メートル以上ありそうだ。その気になれば人など丸呑みだろう。
「わーなんて綺麗な蛇かしら」
ガーベラは無邪気に言って蛇の体をなでなでしている。蛇ディーンはじろりとラクシュミを見下ろしていた。
「この女は一体何者？」とでも言っているかのようだったので、ラクシュミは、「三人目のゆりだ」とガーベラを紹介していた。
ガーベラはその後ゆりの部屋に戻っていた。「子供達の相手をしてやってくれ」とラクシュミに頼まれたからである。
ガーベラはゆりの部屋の壁に並んである神様の絵画を眺めていた。先ほどはさっと見ただけだったので、今度はじっくり眺めている。
「おかあさーん」
ラギにシス、ミシェイラにレーヌがやってきた。
「ベツベツマーだ！」
「ベツベツマー！」
ミシェイラとレーヌがガーベラに抱きついてきて、ガーベラもしゃがんで二人を抱きしめた。
「会えてうれしいなあ。ムサカ様、もう逃げちゃったよ」
ラギが笑いながら言っていた。
「そうなの？ なんで老人になってるかわかった？」
「わからない。お母さんは知ってるの？」
「そこまでは分からない。今絵を見てたの。聖地の職人が描いたのかしら？」
ガーベラは壁を指していた。
「そうですよ」
「グレンがいないわね。さすがにグレンの絵は売ってないか」
「ありますよ」
ラギが言った。
「え？ どこに？」
「グレン様の絵はなかったので、お母さんが頼んだんですよ。それが、ほかの神様の絵よりも大きい絵が来ちゃって、並んで飾ったのをハロルド様達が見ると微妙になっちゃうから、食堂に飾ってますよ」
「ほんと？ 見たいわ。見せて」
「いいですよ」
「二人は待っててくれる？ 後で歌を歌ってあげるわね」
「わーい！！」
レーヌとミシェイラを置いて、ガーベラは食堂にラギ、シスと移動した。
確かに食堂の壁に、グレンの絵画が飾ってあった。ゆりの部屋にあった絵画よりも少し大きい絵である。
ガーベラは飛んでいるグレンの絵をしばし眺めていた。おそらくは、聖地の職人もグレン単独の絵画を描いたのは初めてではないだろうか、とガーベラは思った。
「……不思議よね。彼女には、神の優劣なんてどうでもいいのよね。グレンもハロルドも同列に扱えるんだから、すごいわよね」
ガーベラは感心するように言っていた。
「お母さんは、ハロルド様のすごさをいまいちわかってないですからね」
ラギが言った。
「そこが母様のすごい所だと思いますよ。そういう所が、ハロルド様もグレン様も好きなんじゃないかな」
とシス。
「そうかもね」
（わざわざグレンと過ごしたいって言うんだからねーグレンも今頃は大喜びでしょうね。邪魔が入ってないといいけれど）
「さて、それじゃ、二人に歌でも歌ってあげましょう。あなたたちも来る？」
「はい！」
ガーベラはゆりの部屋で子供達に歌を歌いまくり、子供達が食事をしている間、ハザークの部屋に行っていた。ハザークはガーベラが来ているとは知らなかったので、部屋の絵画はそのままだった。
ガーベラは自分の絵画を見てにやにやしている。
「ハザーク様ったら、今度実物を見せてあげましょうか？」
ガーベラはハザークの首に腕を回して言っていた。
「え……え？」
ハザークは目をぱちくりさせている。
ハザークはラクシュミに、「もしかしてガーベラ来てないよな」と思念で聞いていた。ラクシュミからは、「あ、言うの忘れてた。来てるぞ」と思念が返ってきたので、ハザークはあせっていた。
「あ、あれはその、王妃がお土産にくれたので……」
「毎日見てくれてるなんてうれしい。今日はいちゃいちゃしてる時間がないから、チューだけしましょう」
ガーベラはハザークにチューしまくっていた。
その後ガーベラはゆりの部屋に戻り、子供達からゆりがアシュランからもらった箱が一箱満杯になった話を聞いていた。
「へーこれが満杯になって、聖地に行かせてもらったのね。まだこれの理由を聞いてない。何をしたら増えるんだろう？」
ガーベラは新しい箱を開けようとしたが、やはり箱は開かなかった。
「箱がどんどん増えちゃったりして」
とガーベラがいうと、シスとラギが笑っていた。
部屋にミカエルとハインリヒ、ジュノーがやってきた。
「三人目の王妃になってると聞いたんですが……」
ミカエルがおずおずと言っている。ミカエルももうすっかり知っているようだ。
「そうなの。せっかくだから３人とも恋人らしい口づけをしましょう。あなたたちちょっと待っててね」
「はーい」
「来て」
ガーベラはミカエルとハインリヒの手を引っ張って寝室に連れて行った。ジュノーがぼんやりしていると、「ジュノーも来て」と声がかかり、ジュノーもあわてて寝室に行っている。
しばらくして寝室から出て来たのはガーベラだけだった。ミカエル達は子供達の前に出られる状態じゃなかったので、寝室から飛んで帰っていた。
ゆりの部屋にはロイとナナミもやってきた。
「私もベツベツマーの歌が聴きたい」
「僕も」
「いいわよ。いくらでも歌ってあげる」
ガーベラは母親らしく子供達と過ごして、その夜、元に戻ったのだった。
ガーベラが目覚めたのはグレンの部屋で、ガーベラは服も着ていた。神の国は真夜中である。
「楽しかった？」
横に座っていたグレンも服は着ていた。
「はい。ありがとうございます」
「仲良くしたんでしょ？」
「はい」
「そう、よかった。それなあに？」
ガーベラは体を起こしてグレンが持っている布を横からのぞいた。布には青とピンクの手形がついている。
「ガーベラ様と私の手形ですよ。昼間、ガーベラ様と手を押したんです」
グレンがガーベラに布を見せた。
「へーこれ何の色？」
「花の汁ですよ。布を染めるのに使う花です」
「そうなんだ」
グレンはうれしいようなせつないような、ちょっと微妙な顔付きだった。ガーベラは「これ、色あせないように魔法をかけてもらったら？ ジェラルドならできるわよ」と言った。
「そう、ですね……」
グレンはガーベラから顔を背けるように横を向いていた。
「グレンったら、今は喜びだけ感じていなさい。まさか二人っきりでしみったれた話ばっかりしたんじゃないでしょうね」
「してませんよ」
グレンはうるっときながらも言っていた。
「ただ、彼女の行動が全部かわいくて、クーリーフン様に私の仕事の代わりをさせるなんて、あなたにはそういう発想はないでしょう」
「ないわね」
ガーベラは即答していた。
「私とゆっくり過ごしたいだなんて思う所もかわいらしいですよ。私のオカリナを聞いて喜ぶ所もかわいらしかったですし、とにかく全部かわいいんです」
「あ、そう。オカリナ？ あなたオカリナなんて吹くの？」
ガーベラは初めて聞いたような顔をしていた。
「はい、まあたまに」
「私も聞きたい。吹いて」
「嫌です」
「なんでよ」
「あなたに聞かせられるようなものじゃないです」
「あ、差別してる。ひどい」
「ひどくないですよ。本当にたいした腕前じゃないので。神殿まで送りましょうか？」
「いいわよ。恋人の所に行くから。じゃあね」
ガーベラはサンダルを履いて移動した。ガーベラが消えて、部屋の中がかなり薄暗くなった。
「今は喜びだけ……そうだな。悲しむなんて後でいくらでもできる。今はただ喜んでいよう」
グレンは今日のことを振り返り、一人微笑んでいたのだった。
一方ゆりは、そのまま眠って朝目覚めていた。手には手形を押した布を持っていた。
「やった！」
ゆりは布を広げて眺めた。
「グレンの手、あまり大きくないけど、いい手だよね」
ゆりはグレンとここぞとばかりに手をつなぎまくったので、グレンの手に愛着を感じていた。
しかも普通の人間のようにデートをしてベッドで仲良くというパターンは今までになかった。
（そうよ。今までそういうの全然なかったよ。デートに時間をかけて、盛り上がってベッド、これよこれ。ありがとうグレン。神様同士だけど、すっごく人間の恋人らしいデートができてうれしかったよ）
今回は立て続けに子供誕生とは行かなかったが、ゆりにとっては楽しい一時だった。
ゆりは朝部屋に来た侍女に別の部屋にしまっていた絵の枠を持ってきてもらい、その枠に布を入れた。布の大きさは額よりも小さいのだが、これもありだろう。
「後で誰かに壁にかけてもらおう」
「頼んでおきますね」
「そう？ じゃあお願い」
ゆりが食堂で朝食を終えて部屋に戻ると、手形の枠が壁にかけてあった。
「もうかけてくれたんだ。あれ？」
よく見ると、手形はそのままだったのだが、ガーベラの手形の周りに、薄いピンクの花のようなもようが３つできていた。
「あらら、さすがガーベラ様のおててね」
グレンの方には変化はないが、これはこれで面白い。こうして、壁にはグレンの絵画の代わりにグレンとガーベラの手型がかかったのだった。
シスとラギが部屋にやってきた。グレンとガーベラの手形をもらった話をしたので見にやってきたのだ。
二人は手形を眺めた。二つの手はつないでいたわけではないが、なんだか仲よさそうに見えた。
「お花も押したの？」
「ううん。さっき自然に出てきたの。ガーベラ様のおててだからかなあ」
「へー面白いね」
「……グレン様、喜んだんじゃない？」
シスが聞いた。
「うん、グレンも同じのもってるの」
「本当は、母様の手形が欲しかったんじゃないかな？」
シスが続けて言った。
「え？ そんなことないと思うけど」
「確かに、グレン様にとっては、お母さんの手の方が貴重だもんね。お母さん自身の手形もあげなよ」
ラギまで言っている。
「えー喜ぶかなあ」
「喜ぶよ。絶対」
「そうかな。じゃああげちゃおうかな。でも本当に喜ぶかなあ」
「喜ぶって」
「せっかくだからかわいい色で押したい。絵の具で押そうかな」
ゆりは子供達の言葉にその気になり、午前中は布や紙に自分の手形を押しまくり、一番きれいにとれた手形をグレンにあげることにしたのだった。
その夜、ラクシュミはハザークの部屋にやってきていた。
「王、ひどいじゃないか」
「すまんすまん」
などとラクシュミが昨日のことを謝っていると、ディーンがやってきた。
「王様、昨日のゆりちゃんはなんだったんだよ。ちゃんと説明してくれよ」
ディーンはラクシュミの顔を見るなり、そう聞いていた。あの後ディーンはしばらく王の間に居座っていたので、来客が皆驚いたのだった。ハザークかと思った者もいた。
「本体に戻ったんだって？ ははは」
ハザークが笑っている。
「ディーン殿であの大きさなら、ハザークは本体に戻ったら大変だな」
「でかすぎていろいろ破壊してしまうからな」
「それで、あのゆりちゃんは何？ 子供達に聞いたら、ベツベツマーとか三人目の母様とか言ってたけど、わけわからん」
「うーん、まあいいか。昨日のゆりは、あの女神だ」
ラクシュミはハザークの部屋にあるガーベラの絵画を指していた。
「はい？」
「ガーベラなんだ。ゆりはガーベラと性格が似てて、たまにガーベラがゆりの体に遊びに来るんだ」
ラクシュミは真面目な顔で言っていた。ディーンはぽかんとし、はははと笑っていた。
「そんなばかな。からかうにもほどがあるぜ。なあハザーク」
「本当だぞ」
ハザークまで言っていたので、ディーンは唖然としている。
「シスとラギは知ってるが、他の子達は知らないからな」
「冗談だろ」
「本当だぞ。竪琴、すごくうまかっただろ？ 今度ゆりの竪琴をきいてみろ、かなり違うから」
「女神って……まじかよ。ハザークは握手したか？ 本体に戻ったか？」
ディーンがハザークに聞いた。
「我は昔、女神に口づけをされて本体に戻った。あれからはないな」
「えー女神……女神って……ゆりちゃんの恋人達は知ってるの？」
「もうほとんど知ってるんじゃないかな？」
「えーえー」
「さっきも言ったが、シスとラギ以外の子供達は知らないからな。ガーベラも本人だと公にされたくないようで、三人目のゆりって呼んでほしがってるから」
「えー……」
ディーンはかなりの衝撃を受けた様子である。普通の者は神とは縁遠いものである。いきなり昨日会ったのは女神だと言われても信じられないのも無理はない。
ディーンは翌日ゆりの部屋に行き、「ゆりちゃんの竪琴が聴きたいな」とせがんだ。ゆりは「いいですよ」とディーンに竪琴をかなでている。
その竪琴は王の間で奏でていたゆりの竪琴とはまるで別だった。
（まじだー……まじだー！！）
ディーンはかなり衝撃を受けた顔付きだったので、ゆりは「あれ？ どうしたんですか？」と聞いていた。
「そんなにひどかった？」
「いや、あの、実は、三人目のゆりちゃんの竪琴を聴いて……ガーベラってほんと？」
ディーンはゆりにも聞いていた。
「誰かから聞いちゃったんですか？ 本当ですよ。たまに、遊びに来てるんです」
ゆりは微笑んで言った。
「そ、そうなの？ 今度来そうになったら教えて」
ディーンはゆりに近づいて懇願していた。
「いつもいきなりなんで、王様に頼んでおいたらいいですよ」
「わかった。ありがとう。握手してゆりちゃん」
ディーンはゆりと握手をして、うれしそうに去って行った。
長生きをしている蛇にも、女神は憧れの存在らしい。
「そりゃそうよね」
ゆりは壁の手形を見た。昨日とは手形の周りの薄い花の位置が変わっている。手形一つでも美しくなければならない、というような意思が感じられる。
「向こうにも花が現われているのかしら。さすがガーベラ様のおててだわ」
ゆりは改めてガーベラに感心したのだった。
つづく
１3部
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