第4話
6の月ある日の神の国、ジェラルド工房の外に、ねぼすけ、スペード、ハートの３人がやってきていた。呼び出しを受けたからである。工房の外には他の戦い系妖精達も来ている。剣を持って戦う妖精は２０人ほどしかいないが、その中の１０人ほどがいた。
「気が向いたので、みんなの鎧を作り直そうと思いましてね、その採寸なんですよ」
ジェラルドは工房の外で皆に説明していた。というわけで、スペード達は工房の妖精達に体のサイズを測られている。
「僕兜はいらないんで、頭はいいですよ」
頭周りを計ろうとしていた妖精にねぼすけが言っていた。
「いいんですか？ 一応作っときましょうよ」
と工房の妖精。
「どうせかぶらないんで。見えにくいんで嫌いなんですよ。兜」
「そうですか？」
採寸が終わったねぼすけは工房の外にある切り株の椅子に座っていた。
「ねえハート、ルチアちゃんに投げ飛ばされたって本当？」
ねぼすけが採寸されている途中のハートに聞いた。ハートは背もスペードよりも高く、体格もいい。このハートを投げるとなるとハロルドの加護がついたねぼすけでも大変である。
「本当だ。ルチア様はすごい力がある。ところで、近所の子供のように気安く呼ぶんじゃない」
ハートがたしなめるように言った。
「ルチアちゃんってのがかわいいじゃん。ガーベラ様また子供が産まれてたよね。何の神様か聞いてないんだけど、何の神様？」
「ジュリアン様か？ それが、まだ公にはされてない。すごくかわいい少年だぞ」
「へークーリーフン様みたいな感じ？」
「そんなにすごくはないが、とにかくかわいい」
「父親はどなただっけ」
「サラディン様らしい」
「サラディン様もすっかり子供が増えたね」
ねぼすけは笑っていた。
ハートとスペードの採寸も終わった。
「ハート、久々にやろう」
スペードがハートを勝負に誘っていた。
「その前に、お前に聞きたいことがあったんだ。リティアを泣かしたって聞いたぞ。リティアに何をしたんだ？」
ハートはスペードに詰め寄っていた。
「え？ それはデマだ。結果的には、ハロルド様になでなでされて泣いて喜んでたぞ」
スペードがあわてて答えた。
「本当かー？」
「本当だって」
「ならいいが、内輪に手を出すなよ」
「出すか」
なにげに空を見ていたねぼすけは、空を数匹の小動物が飛んでいるのを見た。それは同じ生き物だったが、いろいろな色のがいる。
「あ。ルチアちゃんのコウモリだ。ルチアちゃん、いる？ 近くにいる？」
ねぼすけははっと立ち上がり、辺りを見回していた。ハートとスペードもつられて見回している。他の妖精達もきょろきょろしている。すると、パタパタ飛んできたのは虹の女神サーラだった。コウモリ達はサーラの近くに飛んできている。
「あ、サーラちゃんだったのか」
サーラはねぼすけを通り過ぎてハートの肩にべたっと抱きついていた。
ハートは微笑ましげな顔付きである。
「サーラちゃん、こっちもおいで」
ねぼすけが両手を出した。
コウモリ達はハートの背中にべたべた止まっていたので、スペードは珍しげにコウモリを眺めていた。
「このコウモリ、夜行性じゃないんだな」
「サーラちゃん、今日はルチアちゃんは近くにいる？」
ねぼすけは両手を出したまま聞いていたが、サーラはハートにひっついたまま顔だけ向けていた。
「ルーちゃんは海じゃない？ たぶん」
「最近海が好きなんだね」
「ルーちゃん、この前でっかいカメもってきたんだよ。カメずっとおいとこうって言ったんだけど、ラーズがだめだって、ラクアにあげちゃった」
「虹の神殿でカメを飼うのは難しいかもね」
ねぼすけは想像しながら言っていた。
「その前はね、でかい貝殻もってきたの。海楽しそうだからサーラもいきたい」
「コウモリは６匹いるんだ」
スペードは数を数えていた。
「全部で７匹いるはずだよ」
とねぼすけ。すると、青いコウモリがラーズと一緒に飛んできた。強烈な色彩と輝きが現われて、３人は一瞬まぶしげに目を細めていた。
「やあ、君は……ガーベラがかわいがってた子だろ。変なあだ名の」
ラーズがねぼすけを見て言った。
「ねぼすけです」
「ねぼすけ君か、３人で何をしてるの？」
「新しい鎧を作るとかで採寸をされていたんですよ」
ねぼすけが答えて、ラーズは「ふーん」と答えていた。青いコウモリもハートの背中にひっついていた。どうにも集まりたいらしい。
他の妖精達は去って行ったので、ねぼすけは、「ラーズ様って、ゆりちゃんの恋人なんです？」と聞いていた。スペードはびっくりして「おい」と声を出している。
「ゆりちゃん？ 君ゆりちゃんを知ってるの？」
「最近お友達になったんですよ」
「お友達？ 恋人じゃないだろうね」
「違いますよ。ただのお友達ですよ」
「ならいいけど」
ラーズがスペードをじーと見たので、スペードはぎくりとしていた。
「君、聖地で彼女といた男だろ？」
「は、はい」
「ふーん」
ラーズはじろじろスペードを見ていたので、ただ一人事情を知らないハートはキョロキョロ二人を見ていた。スペードはすごく居心地が悪そうである。
「まあいいや。彼女、恋人だよ。だってかわいいだろ？」
ラーズはあっさり認めていた。
「隠さないんですね」
ねぼすけはびっくりしている。
「ガーベラも知ってるし。サーラ、行こう。お兄ちゃん迷惑だぞ」
ラーズがハートにひっついたままのサーラに言った。
「お兄ちゃん？ おじちゃんだよ」
サーラはハートの顔を見て言っている。
「おじちゃんは失礼だろ」
「いえ、いいんです。おじさんですから」
ハートが自分で言っていた。確かにハートの顔は中年男性の顔なので、おじさんの方が適切かもしれない。サーラがハートから離れると、コウモリ達もハートから離れて飛んで行った。３人は空を見上げてラーズとサーラが飛んで行くのを見送っていた。
「ガーベラ様公認なんだ。不思議な関係だな」
ねぼすけはぼそりと言っている。
「ゆりちゃんってだれだ？」
ハートが聞いた。
「ハートは知らなくていいの」
「ひどいな」
「ハート、そろそろやり合おう。ついでにねぼすけも来いよ」
「いや、僕は今日は」
「そういわずに」
スペードは二人を連れて違う場所に移動したのだった。
その頃ハロルドは火の神殿に来ていた。ハロルドは気安くサラディンと飲む仲ではないので、ここに来るのは珍しい。
「実は頼みがあるんだが」
ハロルドが言うと、サラディンは、「聞きたくない」と返していた。
「まだ何も言ってないだろ」
「どうせろくな用じゃないんだろ。聞きたくない」
「実は」
サラディンは自分の耳に指を突っ込んでいた。
「じ・つ・は」
ハロルドはでかい声で言っていた。
「バロイとプータローをくれ。戦いの訓練に参加させたい」
サラディンは耳に指を突っ込んでいたが、かなり不機嫌そうにハロルドを見ていた。
「聞こえただろ」
サラディンは耳から指を放した。
「あいつらは火の妖精だぞ」
「わかってるさ。だが、ライオネルの子供なんだから、鍛えたら使えそうじゃないか。くれ」
サラディンの頬は引きつっている。
「本人達がいいと言ったらいいだろ？」
「火の妖精なんだから剣を振るうのが本分じゃない」
「仕方ないだろ。戦う妖精が少ないんだから」
「もっと増やせばいいじゃないか。増やせるんだろ？」
「妖精になりたがる物好きはそういないんだ。そっちは無理だ」
サラディンははーとため息をついていた。
アシュランは人間を妖精にすることができるが、だれでも好き放題妖精にできるわけではない。まず第一に、特異稀な性質をもった人物でなければならない。
工房にいる人間から妖精になった人物達は、永遠にでも物を作りたい者達である。戦い系の妖精になると、それこそ永遠に自分を鍛えて戦いたい人物ということになる。飽くなき向上心を持った人間しか妖精にはなれないのだ。
そんな人間はそうそういない。いくら若くて長い時を生きられるといっても、先が見えない生を歩みたいと考える者は稀なのだ。だいたいの者は耐えられない。
「二人、今いるか？ 聞いてみる」
ハロルドは部屋を出て行った。そして少ししてから戻ってきた。
「二人とも喜んでた」
「いやって言うわけないだろ」
サラディンは不機嫌そうである。
「あ、それから、半妖精のヤツの子供がいたろ。あいつも将来使えそうならくれ」
「ふざけるな」
さすがにサラディンが怒ると、ハロルドはさっさと去って行った。
戦う妖精がなぜ必要かと言うと、それは神の国に出る魔物に対応するためである。神の国の外れには魔物が出る。外れといってもかなりの広さがあるので、ルチアが遊んでいるあたりにいきなり魔物がやってくることはないだろうが、なぜそこに魔物が来るのか、ということは、だれも知らない。サラディンは、それに関しては、アシュランはわざと知らない振りをしているに違いないと思っている。
「まったく……」
「サラディン様、今からハロルド様のところに行ってきます」
「行ってきます」
バロイとプータローは、うれしそうに言って神殿を出て行ったのだった。
人間界蛇の国、本日は6の月１５日である。朝、ゆりの部屋にやってきたミカエルは、壁にかかっているグレンとガーベラの手型を眺めていた。
「見て、ガーベラ様の手型、すごいでしょ。自然に手の周りに花が咲いちゃうの」
ゆりは自慢げに言った。
「ガーベラ様は手もかわいいなあ。これ、王妃がガーベラの時に取ったんでしょ？」
「うん、そうよ」
「もう一つはグレン様なんでしょ？ ガーベラ様の恋人なんですよね？」
「うん」
「私だったら、ちょっと手を重ねたいな。ずっと手が離れたままなんて寂しくないですか？」
「え……そう言われればそうかな。その時は気がつかなかった」
「どこかに飾るならこれでもいいですが、自分が楽しむなら、その方がいいですね」
「うーん、確かにそうかも」
そう言われると、確かにそう思えてきた。手をちょっとひっつけてもよかったかもしれない。
「ねえ、王妃、今日の午後三時頃来ますから、予定を入れずに部屋でいてくださいよ」
ミカエルがゆりの手を握って言った。
「午後？ わかった」
「体洗ってきますからねー後でね」
ミカエルはゆりの頬にちゅっとキスして去って行った。
「体洗って……私も洗った方が？ あ、今日１５日だった。……まあ儀式にならなきゃいいか。ってことは、明日でカール君を恋人にして半年が経つってことか。早いなあ。そーだ、半年記念に何かあげよう。王様にいいお酒もらっちゃおうっと♪」
ゆりは簡単に手紙を書いてから、王様にちょっと良いお酒を一本もらい、カールに明日届けてもらうようにしたのだった。
「恋人にお酒を贈るのは初めてですね」
と侍女には言われた。
「確かにそうだね。今まであげたことないな。まあみんな好きにお城のお酒を飲めるだろうしね」
今は寮に住んでいるカールは、他の戦士達とうまくやっているらしい。夜になると飲み会になるのが楽しいようだ。そして城にいるムサカは、ゆりがなぜ時々三人目になるのか、疑問に思っているようだ。
（ムサカ様にずばり言っちゃうと刺激が強いかなあ。ガーベラが来ると逃げちゃうのが笑っちゃうな）
ムサカはまた若くなったらたまらないと思っているようだ。
午後、ゆりは一応体を洗って部屋にいたら、ミカエルがやってきたが、一緒にハインリヒもやってきた。
「王妃、私も混ぜてください」
「この前ガーベラ様が一杯チューしてくれたんですよ。熱烈に。王妃も負けずにしてくださいね」
ミカエルがにこにこしながら言っていた。
「ミカエルは、もうガーベラが私に来てるの知ってたんだっけ？」
「カール以外はみんな知ってますよ。ガーベラ様、私のこと恋人だって言ってくださったんですよ。子供に自慢してもいいかな。したくてしょうがないんですが」
「話は向こうでしましょう。行こう」
ハインリヒはゆりに触れて、３人は儀式部屋へと行ったのだった。
（ミカエルだけかと思ったらハインリヒも来るとは……まあいいか。恋人達との愛を育むのも、大事なような気がする）
「最近夜部屋に来ないですね。どうしたんだろう」
ハインリヒはゆりのお腹をなでながら言っていた。
「今夜来る？」
「今夜はだめなの。今一杯気をもらうから」
ゆりは服を着たままハインリヒに抱きついていた。
「なんでだめなんです？」
「なんでも」
「まあいいです。ガーベラ様のおかげで私はご機嫌です。他のこともしてもらっちゃったし」
「え？ 何をしてくれたの？」
それは初耳である。
「秘密」
「えー？ 何？」
ゆりはミカエルを見た。
「秘密ですよ。さすがガーベラ様って感じでしたよ」
ミカエルもうれしそうだ。
「気になる。二人だけされたの？」
「ジュノーもいましたよ。我々も恋人が３人いるみたいで楽しいですよ」
「じゃあ脱ぎましょう」
３人は服を脱いだ。
「ちょっと抱きしめて」
ゆりはミカエルに抱きついた。ミカエルもゆりの体を抱きしめている。
（ガーベラ様何をしたのかしら。気になるなあ……でも、みんなのことも恋人だって思ってくれてるのがうれしい。なんでかわからないけど）
ガーベラには嫉妬するよりもうれしいと感じるのだから不思議なものである。
（ハザーク様にも会ってくれてるし、そうか、私の大事な人達をガーベラも大事だと思ってくれてるからうれしいのかな）
とゆりは思った。ゆりは次にハインリヒにひっついた。ひっついて気ももらっている。
（こっちに来てしばらくは蛇の人しか知らなかったからわからなかったけど、他の一族の人は平均体温も違うし、匂いもあったりするんだよね。蛇の一族で匂いがあるのは王様だけ。逆にみんな他の匂いは嫌だったりしないのかな？）
「ねえ、私の汗の匂いとか、今まで気になったことはないの？」
ゆりは二人に聞いてみた。
「汗のにおい？ 嫌だと思ったことはないですよ。王妃はいい匂いがするし」
ミカエルが答えた。
「王様の匂いでしょ？ 他の匂いとかしない？ みんなあんまり匂いないからさ」
「王妃の匂いは好きですよ」
とハインリヒ。
「ほんと？」
「王妃だから好きなのかどうかはわからないですが、嫌だとは思わないですよ」
「私もですよ」
ミカエルに続いてハインリヒが答えた。
「よかった」
「今から二人で一杯可愛がってあげますね」
とハインリヒ。
「うれしい」
二人に愛撫されてゆりは結構興奮していたが、スペードの男らしい匂いがちょっと恋しかったりもする。
（もう半年経つのになあ……ミカエルやハインリヒとスペード様のどこが違うかって考えると、やっぱり体が根本的に違うとしかいいようがないなあ）
「王妃、もっと感じてください。もっともっと」
「うん。気持ちいいよ。とても」
ひとしきり愛撫しあった後、ゆりはハインリヒにひっついて眠ってしまった。
ハインリヒはゆりの頭をなでなでしている。
「王妃の反応が前と違う気がしないでもない」
ハインリヒが言った。
「うーん、そうか？ まあそうかも。王妃は恋人が増え過ぎちゃったし、仕方ないといや仕方ないだろう。ハロルド様だって王妃に会いに来るくらいだし。それでも神に気持ちが傾かないのが、むしろすごいと思うが」
「まあ、そうかもなあ。だが、こういうことに真っ先に敏感じゃないか？ 以前なら」
「細かいことはどうでもよくなってきた。王妃は十分この国に尽くしてくれたんだから。ついに王を城の外に出したんだから。外に出た王を見た時、ああ、王妃は本当にすごいことをしたんだなあと感動して、あの後、フリットやイシュタールと泣きながら祝杯をあげたよ。ハインリヒはこの国が落ち着いてから来たから知らないだろうが、王はずっと孤独で、いつもいろんなことを恐れていた。本当にかわいそうで、我々がどうにかしてあげたいと思っても、どうもできなかった。王妃は、そんな泥沼から王をすくい上げてくれた。赤い月の王も、王妃にすごく感謝してるから、愛しているけど普段は王妃が元気で楽しくしているなら他の男と過ごしてもいいなんて考えてるんだろうな、なんて思ったな」
「そんなこと言ってると、本当に他の男に取られるかもしれないぞ」
「いずれは帰ってくるしかないだろう。王妃はここにいるからこそのガーベラなんだから。私は、何があってももう王妃を責めない。王妃がこの国のためにしてくれたことは、事実だからな」
ゆりが目を開けた。左目は蛇の目である。
「聞いてたんですか？」
ハインリヒが聞いた。
「うん。嫉妬しないミカエルも私達からすればつまらないけど？」
ゆりはミカエルに顔を向けて言った。
「王妃への情熱が冷めてるわけじゃないんですよ。赤い月の王と同じで、束縛できないくらい王妃がかわいくてしょうがないんですよ」
ミカエルが微笑んで言うと、蛇の目のゆりはちょっと面食らったような顔をしていた。
「我々はみんなそういう気持ちなんです。ハインリヒ以外は」
「みんながみんなそうじゃつまらんだろう」
「そういっても、あの時の王にはがんばらないと恋人から降ろすって言われたんですよねえ。だからがんばらないと。ミカミカもたまにしか協力してくれないし」
「ミカエルはミカミカと話ができるようになったんだ？」
「前に話せましたよ。でもしょっちゅうは無理なんですよ。向こうにも決まりがあるみたいで」
「ハインリヒは蛇様と話したりするの？」
ゆりはハインリヒに聞いた。
「私はないですよ。ところで王妃、うちのドルイドなんですが、大人になったら王妃の恋人になるって言ってる時があるんですが、王妃何か言いました？」
「え？」
「ドルイドって意識は統一されたんじゃないのか？」
ミカエルが聞いた。
「まだ大人よりの時と子供よりの時があるんだ。子供よりの時のドルイドも、王妃が好きっぽいんだよな」
「ははは、今だけでしょ。ドルイドが大人になれば、そういう気もなくなるって」
ゆりは笑って言った。
「ドルイドは子供達の誰かとくっつくかもしれないしねえ。アナスターシャの代になったら巫女はどうするんだろうね」
「そりゃ、黒目の王妃がするんじゃないですか？」
ミカエルが笑いながら言った。
「まだしてるの？ ハインリヒはその頃恋人は引退してたりして」
「まだがんばりたい。200くらいまでは」
「その頃にはシャナーンが一番乗ってる時なんだろうな」
ゆりは５０年後のシャナーンを想像していた。かなりいい男になっているはずである。
「私は儀式は引退しても、王妃の恋人は引退しないですからね。王妃と約束したんで、その頃にはやりまくってるはず」
とミカエル。
「私もそっちがいいな」
ハインリヒが言っていた。
「いよいよみんなの子供を妊娠しそうで怖い」
蛇の目のゆりは苦笑しながら言っていた。
その夜である。ゆりは大きめの封筒を手に持ってベッドの横に立っていた。
「前回はクーガ様上半身裸だったから、今日は素っ裸で待ってるかも？」
ゆりはそういう期待を胸にベッドで寝た。「リーン」と鈴の音が鳴り、ゆりはクーガの部屋に移動していた。クーガは服を着てベッドに座っていたので、ゆりは思わず「ちぇ」と言っていた。
「なんですか？」
クーガが聞いた。
「前回上半身裸だったので、今日は素っ裸を期待してたんですが……」
「さすがに裸ではいないですよ」
とクーガ。
「残念だなあ」
「そんなに裸が見たいんですか？ いくらでも見せてあげますけど」
「そういうわけではないですよ。ところで、聖地から神の国に物とか送れたりします？」
「できますが」
「実は、これを送ってほしいんです」
ゆりは持っていた封筒を見せた。
「だれ宛ですか？」
「グレン様です」
「グレン様？」
クーガは意外そうな顔付きである。
「中身はなんですか？ 一応検査されますけど」
「検閲あります？ それは恥ずかしいなあ」
ゆりは頬をかいていた。
「中身は布と手紙です。たいしたものじゃないですが、手紙も読まれちゃったら困るかなあ。ところで神様って人間の手紙は読めますかね」
「読める方と読めない方がいらっしゃいますよ。カサンドラ様ならどの国のどの文字でも読めますが、グレン様はどうでしょうね。手紙が直接神様に渡るってことはあまりないんですよ。各神殿の神官が読んで終わることが多いです。
こういう手紙がありましたと口づてに伝えるくらいでしょうね。グレン様あての手紙もたまにありますよ」
「え？ ほんと？ グレン様、人間には実は人気があったりします？」
ゆりはちょっとうれしそうに聞いた。
「大神あての手紙は恐れ多いので、グレン様に『アシュラン様に会いたいので会わせてください』と手紙を出すわけです。ほとんどそれですね」
「そうなんですか」
「布って何の布なんですか？」
クーガは封筒をつまんでみたが、薄かった。服などではなさそうだ。
「私の手型が入ってるんです。この前神の国で、グレン様と手型の押しあいっこをしたんですよ」
ゆりは中身を開けて布を出して見せた。確かに布にピンクの手型が一つついている。同じ布が二枚あった。
「もう一枚は、グレン様の手型を押して返してもらおうと思って」
クーガは手型を見たまま、しばし口を少し開けていた。
「クーガ様も私の手型いります？」
ゆりは目を輝かせて聞いてみたが「いらないです」と返された。
「そうですか」
「……あの方がこういう遊びに付き合うとは思いませんでしたが……もしかして、グレン様がガーベラ様と付き合うきっかけを作ったのはあなたなんですか？」
クーガはそこに思い当たった。
「そうじゃないですよ。アシュラン様ですよ。アシュラン様が、「ガーベラ、グレンと付き合ってやってくれ」と言ったんです」
「嘘でしょう」
クーガは鼻で笑っている。
「ほんとですよ。そりゃ少しは私も関係してますけど、実は、神の国に行った時にグレン様と手をつないでて、人間界に戻ったときにグレン様も連れてきちゃったことがあるんですよ。目覚めの時にひっついてる人とか物とか、持って帰っちゃうんです。それがきっかけで、私が時々ガーベラになってるって知られたんです」
「グレン様怒ってなかったですか？」
「怒ってないですよ。その後サラディン様も連れて帰っちゃったんですけど、サラディン様には、私の特殊能力ってことでごまかしました」
「結構めちゃくちゃしてますね」
「サラディン様、ものすごく驚いてました。サラディン様には、さすがにガーベラが私だってばれたら怒られそうかな」
「気をつけてください。だれもがあなたを受け入れるわけではないですよ。これは、妖精に渡しておきます。風の妖精ならよくそこらを飛んでますから。直接届けてくれるでしょう」
「ありがとうございます」
クーガは封筒をベッドサイドの棚に置いた。
「しかし、あなたは無邪気ですね。グレン様もよくあなたに付き合うもんだと思いますが、あなたに好意があるんですね。人間のあなたと仲良くしたりもするんですか？」
「ううん。ガーベラでだけですよ」
「ガーベラでわざわざグレン様と仲良くするんですか？」
「はい」
「……あなたって、ほんと変わってますね。グレン様もあなたを好きになりますよ。この二ヶ月で、神の国でもいろいろあったようですが、そっちはもう聞くのはやめときましょう。全部あなたが関係しているような気がしてきた」
「え？ 私はジュリアン君しか産んでないですが？」
「しかって、この前ルチア様も産んだばっかりじゃないですか。あなたの出産率すごくないですか？」
クーガは目を丸くしている。
「すごいってみんなに言われます」
ゆりは誇らしげである。
「できることならクーガ様の子供もぽんと産んでみたいです」
「怖いこと言わないでください」
「うふふ、今日はやめときますう？」
ゆりは笑いながら聞いてみた。
「……そうですね。やめときます」
クーガがあっさり言ったので、ゆりはガーンとショックを受けていた。
「冗談なのに。ひどい」
「今日はあなたから熱烈に迫られたいです。迫ってくださいよ」
クーガは楽しそうに言っていた。
「なんならまだ例の美容液がありますけど、飲みます？」
「いいですよ。飲んで勢いで迫りまくります。ください」
ゆりは半ばヤケになって手を出している。クーガはガーベラが作った薬を一つゆりに渡した。ゆりはそれをぐいっと飲んだ。
「先に恒例のアレを言ってください」
「アレ？」
「愛してるって」
「愛してます」
クーガが言うと、二人の霊体が出て来た。こちらはいまだ熱々のようだ。すぐ抱きしめ合っている。
（そんなに好きか）
クーガは自分の霊体を見つめながら、つい思っていた。
（他の女の霊体相手だとどうなるんだろう。試してみたくなってきた）
「二人、出ました？」
ゆりは目を輝かせて聞いている
「出てますよ。我々が仲違いしたら、二人もそうなるんでしょうかね」
「え？ かわいそうじゃないですか。霊体ちゃんは、クーガ様としか仲良くできないんだから」
「そうですね。あなたの霊体だけは私が独り占めですね」
「体がむずむずしてきました。クーガ様好き〜」
ゆりはクーガに抱きつき、そのまま仲良くなったのだった。
（抱けば気持ちは傾くな）
抱けば愛しくなって口づけがしたくなる。
（我を忘れて愛し合うなんてことは、あなたがいなくなればもうないのかもしれないな……）
クーガは挿入したままゆりを抱きしめて動かなくなってしまった。
「もしかして寝ちゃいました？」
ゆりが聞いた。
「この状態で寝られるほど眠くないですよ」
「じっとしてたのでそうかなって」
「違いますよ。この一時が貴重だなと思ったんです。あなたほど抱きたい女性は、もう現われないのかもしれないなと思って」
「ガーベラ様の恋人になるって手もありますが」
「そんなにガーベラ様の恋人にしたいんですか？」
「私がいなくなってもガーベラ様と仲良くして楽しい気分になっていただけるんなら私もうれしいです」
「そんなこと考えたくないですよ」
「クーガ様が言い出したんですよ」
「まあそうですが」
クーガは動いて果ててから、体を離した。
「この前、ガーベラ様がうちに来ましたよ」
「え……え？」
ゆりは驚いて体を起こしていた。
「恋人ができたでしょって言われたんですが、知りませんと言っときました」
「えー」
ゆりは笑っている。
「ガーベラ様もまさか、自分の体を抱かれてるとは思わないでしょうね」
「それで、ガーベラ様にムラムラきました？」
「別に」
「えー」
ゆりは残念そうだ。
「私を好きなら普通喜ぶ所ですが」
「そうですが……」
「そうだ。あなたは、街の方に出かけたりします？」
「しません」
「そうですか。ならよかった。教会のために近々そっちに男を一人連れて行く気だったんですが、あなたが見に行きそうなら他のもっと年が上のにしようかなと思ったんですが」
「え？ そんないい男が来るんですか？ 見に行かないから平気ですよ」
といいつつゆりの目が輝いていたので、クーガは横目でじろりとゆりを見ていた。
「クーガ様よりいい男はそうそういないでしょう」
「王妃様は気が多すぎますからね。結局恋人は何人いるんですか？」
「え……さあ」
ゆりは恋人の数がとっさに数えられなかった。神様もどこまで恋人に入れて良いやらわからない。
「私の場合、心の恋人とかも数人いるので、どこからを恋人の基準にするかが難しいんです」
ゆりは言い訳している。
「やっぱり年寄りの方にしとこうかな」
「見に行きませんって。絶対行きませんから大丈夫ですよ」
ゆりは自信を持って言いながらも、（侍女に見に行かせよう）などと思っていたのだった。
翌日神の国の夕暮れ時、雲の神殿に向かって飛んでいたグレンの元に、女の風の妖精が近づいてきた。
「グレン様ーこれクーガ様に頼まれましたよ」
妖精はグレンに白い封筒を渡した。
「クーガ様が私に？ なんだろう」
「それじゃ」
女の妖精は去って行き、グレンは雲の上に乗った所で封筒の中身を見た。中には布に押した手形が二枚入っていたのでグレンは驚いた。
（これは、もしかしてあっちのガーベラ様の手？）
手型は明らかに女性の手である。
一緒に入っていた封筒を開けてみると、手紙が入っていた。
（読めない。どうしよう。カサンドラ様に読んでもらおうかな）
かなり恥ずかしかったが、内容を知りたくてしかたなかったので、グレンはアシュランに「今日はこれで降りても良いですか？」と許可を取ってから雲を降りて、カサンドラの神殿へと行ったのだった。
カサンドラは神殿にいたので、グレンはさっそく手紙を読んでもらうように頼んだ。カサンドラは喜んで引き受けている。
「親愛なるグレン様、この前はありがとうございました。私の手型を同封しますので、一枚はグレン様の手をちょっと重ねて押して返してくれるとうれしいです。面倒なことを頼んですいません。ゆり。ゆり？ 聞いた名だ……どうしたのだ？ グレン」
グレンはすごく真っ赤な顔をしていたのでカサンドラは驚いていた。
「え？ いえ、何も……」
「顔が異常に赤いぞ」
「そ、そうですか？」
（ガーベラ様に、私の想いが伝わった？ 以心伝心というやつだろうか？）
などと思ったグレンはかなり恥ずかしいようなうれしいような気持ちになっていた。ちょうど離れた手型をみて、ちょっと重ねて押せばよかったと思っていた所だったのだ。
「あ、思い出した。レーヌの母親の名前がゆりだったような気がするが……母親と会ったのか？」
カサンドラは手紙をグレンに返して聞いた。
「は、はい、あ、そういえば、彼女カサンドラ様の手型をもらったと喜んでましたよ」
グレンは、自分のことから話をそらすために言った。
「ああ、あの手か。見せてもらったが、色がついてると逆に怖くないか？ オルガはこちらの方がいいなどと言っていたが、白い方がよかったと私は思うがなあ」
カサンドラは首をかしげている。
「カサンドラ様の手は人気らしいですよ」
「そうか。手には人生のすべてが込められているというからな。なかなか興味深いものかもしれないな」
「そうですね。ありがとうございます。では私はこれで」
グレンはうまく話をはぐらかせてお礼を言って去って行った。
（ああ、ガーベラ様、あなたは本当にやること全部かわいすぎる）
「今からさっそく押そう」
グレンはそのままジェラルド工房へと向かった。ジェラルド工房の広い方では、妖精達が鎧や剣など殺伐とした物を作っていたが、グレンはそちらには行かずに、離れの建物の方へと行った。そちらは服飾関係を作っている工房である。
グレンはそちらに行き、「すいません、染料を貸してください」と言っていた。
「何色がいいですか？」
「青っぽいのがいいです」
「何を染めるんですか？」
「染めるんじゃないんです。ちょっと……」
「あ、グレン様、これを見てくださいよ。ジャーン」
いかつい坊主頭の男の妖精がグレンを見て近づいてきた。手には布を持っている。
「ガーベラ様の服、超かわいいでしょ？ ね？」
「…………」
その服は、腰から下はフリルがふんだんについていて花の飾りなどもついていたが、胸の部分の布は透けていた。
「君は、どうしてこう外に着ていけないものばかり作る？」
グレンはつい聞いてみたくなった。ガーベラが最近着ているきわどい服は、全部彼の作である。ガーベラはそれを着てグレンに見せてくれるのだった。
「そんなことないですよ。普通の服も作ってますよ。これは僕のシュミです」
「そうですか」
「これを着てるガーベラ様を想像するだけで楽しいじゃないですかーこれを着たガーベラ様を見て感想を聞かせてくださいね」
「はあ……」
グレンは生返事をして青い染料とはけを借りて工房を出た。彼は最近妖精にしてもらった元人間である。そのせいか、だれも考えないような奇抜な服のデザインを考えるのだった。真面目な服も作っているのだが、彼の服は妖精達の間でも人気である。
しかし服と本人のギャップが激しすぎるので、みんな彼を見ては驚いている。まさかあのでかい手で細かい刺繍のようなことができるとは思えないが、彼はそういうのが得意中の得意なのだ。
（人は見かけによらないってやつだな。さて、手を押した後はどうしよう。どうやって彼女に渡そう）
グレンは、クーガ経由で返すのは避けたかった。
（今度直接持っていこうかな。ちょっと恥ずかしいかな。他に何かあげたいな。何がいいかな……）
などと考えつつ、グレンは自分の神殿に帰っていった。
夜の聖地、スペードの元に幻のゆりがやってきた。スペードはすぐに布団の中にいれてゆりの体を隠している。ゆりは寝転んでスペードに寄り添っていた。
幻のゆりは会いたいと思ったら来るのか、性的衝動を感じたら来るのかスペードには謎だ。
「あんなにすごい恋人がいるし、もう俺が気にしなくてもいいかな」
スペードはそんなことをいいつつゆりの頭をなでていた。ゆりはスペードの手に触っている。
「でもそうなるともうあなたも来なくなるんだろうなあ。豹で会えるだけでもいいかと思ったのに、俺ってだめだな。生身のあなたに触りたくなるなんて」
幻のゆりは手を伸ばしてスペードの首の後ろに触ろうとしていた。どうもスペードの首の付け根の青い花のあざが気になるらしい。
（豹が来なくなると彼女は寂しがるかな。しばらく行かないと虎と狼が代わりに来てる可能性があったりしてな）
などと思いながら、スペードはゆりを抱きしめてそのまま眠ってしまった。すると、ゆりがでかい虎と狼をなでなでしている夢を見てしまった。
黒豹のスペードはちょっとショックを受けている。
「しばらく来ないから、新しい恋人を作っちゃった」などとゆりは言っていた。
しかもゆりがその場から離れると、虎と狼は人に化けていた。どちらも若い男で、虎の方は顎にちょっとひげがある金髪の美丈夫である。
「邪魔するなよ黒豹。俺たちは、彼女の愛を得られれば、人に戻れるんだ」
「そうだ。だから邪魔するな」
と二人は言っていた。
（なんだその設定。わけわからん）
ゆりがこちらに戻ってくると、二人はさっと虎と狼に戻っていた。しかもゆりは虎に頬擦りしたり狼に頬をなめられたりして喜んでいる。邪魔をしようにも二頭におしのけられてできない。
（そうだ。大神がただの虎と狼を紹介するわけがない。やっぱりわけが……彼女の愛が得られればって、獣のままどうやって愛を得るんだよ）
スペードははっと目を覚ました。横にもう幻のゆりはいなかった。
「ただの夢……だよな」
スペードはどうにも夢のことが気になってしまった。
（大神が彼女にいろいろやらせてる風なのが気になる。強引に送り込んでこないだろうな……）
一度気になるとどうにも頭の隅から離れない。スペードはアシュランのことは心底尊敬しているが、アシュランは結構強引な所もあるということも分かっていた。
（やっぱり、もうしばらく行こうかな。ラーズ様もそうしょっちゅう彼女の元に通ってないだろうし）
本当に人が化けた虎と狼がゆりの元に行っていたらと思うと心配になり、スペードはやっぱりもうしばらくゆりの元に通うことにしたのだった。
つづく
13部
目次