第７話
つんつん、と頬をつつかれてアナスターシャは目を開けた。そこにいたのは……
アナスターシャの目にじんわりと涙が浮かんでいた。
「嘘、へびっち？！」
人になったへびっちは微笑んでる。
「へびっちー！！」
過去の時代にいたアナスターシャは、がばっと起き上がりへびっちに抱きついていた。へびっちはアナスターシャの頭をなでなでしていたのだった。
約１年ぶりにへびっちは過去にやってきた。アナスターシャは懐かしさのあまり、へびっちにひっついていろいろなことを聞きまくっている。へびっちはうなずいたり首をかしげたりしていた。ディランとレイアス、そして王子アゼルは、元気になったへびっちを見てうれしさのあまり涙ぐんでいた。
「本当に元気になってよかった」
「へびっち、カールとムサカ様は元気かな」
ディランもへびっちにいろいろ聞いていた。ヴィラとの夢ではあまり会話もできなかった。
へびっちはうなずいている。
「ムサカ様はゆり様の恋人になってないよな？」
ディランが聞いていた。まだそのことをきにしているようである。
「兄さん、まさかそれはないでしょ」
とレイアス。
「まさかがあるのが怖い」
「へびっち、母様が会いたがってるよ。行こうよ」
アゼルが言った。へびっちはアゼルの頭をなでなでした。アゼルはくすぐったそうである。
アナスターシャとアゼル、へびっちは女王の部屋へと移動した。
「そうだ、巫女様にも知らせなきゃ」
とディラン。
「へびっち驚くだろうなあ」
レイアスは微笑んでいた。
女王の小部屋で、女王はへびっちに久々に対面した。人になったへびっちを見て、女王の目にも涙が浮かんでいる。
「元気そうじゃな。よかった」
侍女が女の子の手を引いてやってきた。金色の輝く瞳は女王譲り、ストレートの肩までの銀の髪、アゼルの妹、アナベルである。
アナベルは左手の平をへびっちに見せた。へびっちがその手を見た。手の平には金色の鱗をもつ蛇の顔が見えた。その蛇はアナベルの腕をつたうように体を伸ばしていた。
「かわいいでしょ？」
アナベルが言った。へびっちはうなずいてアナベルの手を持ち、蛇をなでなでしていた。
女王はさらにうるっときている。
「大きくなったであろう？ あれからもう２年になるのだから。そなたのおかげじゃ」
部屋がノックされて、侍女が出た。
「エレノア様です」
「入ってもらっておくれ」
巫女エレノアは、赤ん坊を抱っこしていた。
「へびっち様！」
へびっちの目が輝いている。
「先月生まれたんですよ。男の子ですよ。名前はマシューです」
赤ん坊の首には、青い蛇がくるっと巻き付いていた。エレノア譲りの青い髪、青い瞳の赤ちゃんである。
「さらに見てください」
エレノアはソファの上に赤ん坊を寝かせて、おなかをはだけさせた。青い蛇はそこにもいた。そちらの蛇はお腹の周りを回るようにひっついていた。
「へびっち様の子供を二匹も産めて、私の蛇も喜んでますよ」
エレノアはうれしそうだった。へびっちはエレノアを見て、子蛇を指差しながら何かジェスチャーしていた。何を訴えているのか、次第にエレノアにも理解できた。
「どちらかの蛇をくれと、そうおっしゃっているんですね？」
へびっちはうなずいた。
「もちろんいいですよ」
エレノアは笑顔で言った。
「じゃあお腹にいる方を持っていってください」
へびっちは赤ん坊のお腹に右手をあてた。何かを念じているかのように目を閉じている。お腹にいた青い蛇が、するするとへびっちの手に移動した。女王、アゼル、アナスターシャはそれをじっと見守っていた。
青い子蛇の一匹は、完全にへびっちに移動した。赤ん坊の気の力はそのせいか下がったが、それでもかなりの強い気を発していた。
「へびっち、その子蛇はどうするの？ もしかして、母様が今妊娠してる子にあげるとか？」
アナスターシャが聞いた。
へびっちは首を横に振っていた。
「じゃあだれにあげるの？」
へびっちは悩むように首をひねっている。
エレノアは赤ちゃんの服を元に戻していた。
「そうか、今回はこのために来たのだな。まったくへびっちは女をなんだと思っておるのか。エレノアも文句を言っておやり」
女王が少々呆れたように言った。へびっちは彼女に会いたいから過去に来たわけではない。ただ、子供を受け取りに来ただけなのだ。
「私に文句はありません。それどころか、へびっち様にはすごく感謝しています。とても深い愛を与えてくださったんですから。それに一匹はずっとこの子の側にいられるんですもの」
女王は苦笑している。
「ってことは、へびっち今晩にも帰っちゃうの？」
アゼルが聞くとへびっちはうなずいていたので、アナスターシャは「え？」とショックを受けていた。
「もう帰るの？ 一年くらいいてよー」
アナスターシャはへびっちの腕を引っ張っている。
へびっちは首を横に振っていた。
「すぐにでも帰りたいようだのう」
と女王。
「へびっちってば、もう！ せっかく会えたのにー」
アナスターシャは頬を膨らませていた。
その後、フークスやレイアス、ディランにルークもやってきた。今日はアナスターシャもアゼルもお勉強も訓練も休みである。ディラン達も後輩に仕事をまかせている。
「ねえへびっち、母様過去に来たいとか言ってない？ こっちでまた儀式をしたらいいと思うんだけどなあ」
アナスターシャはへびっちに聞いていた。
「ハインリヒが阻止しますよ」
ディランは苦笑している。
「こっちの若いぴちぴちした男、たくさん恋人にして儀式をしたらいいと思うんだけど」
「それは我々も阻止します」
フークスが言っていた。
「まったく、姫は何かと若い男達を気にしてますけど、もしかしてタイプの男がいるんですか？ だれです？」
フークスの質問にアゼルも耳をすませていた。
「私はまだ男は興味ないけど、好みはやっぱりザクート様かな。あの完全無敵って感じがステキ」
一同しーんとしていた。
「ガーライが、ディランはそろそろ引退だって言ってたよ？ だから儀式も引退かなって思って」
アナスターシャがさらりといい、ディランの頬が引きつっていた。
「私はまだまだ引退しませんよ」
「そうなの？ ガーライ、今回のトーナメントでは上を狙ってるって言ってたけど」
「あいつはまだまだ無理ですよ。ん？ 姫、一体どれだけガーライと会ったんですか？ だめですよ。あいつは礼儀作法もなってないヤツなんですから」
とフークス。
「二日前買い物に付き合ってもらっていろいろ聞いたの」
「え？ 私それ知りませんよ」
フークスが驚いている。
「私も知りません」
とディラン。やりとりがおかしかったのかルークはぷっと笑っている。
「今年のトーナメントも楽しみよのう。ガーライがどこまで順位をあげられるか、若い者の台頭も楽しみじゃ」
女王は楽しそうである。騎士の順位を決めるトーナメントは、半分はお祭りのようなものである。その時によって規模は違うが、この騎士の順位については国民投票などもあるので、国民全体で盛り上がるのである。ちなみに上位の騎士がごっそり入れ替わる時は、世代交代の時である。ディランはまだまだ後輩に道を譲る気はなかったので、他の同世代の連中もまだがんばらねばならない。ちなみに第２子を産んだ女王は「赤い月は引退する」、と表明したので、騎士の順位で女王の恋人が増えたりするということはもうない。女王は今後はその気になれば今までの恋人達と過ごしたりと、その程度にするようである。
「今回は挑戦状も複数出されておる。カールの妹達も出しておったぞ。そちらも楽しみじゃ」
「へーすごいな。さすがカールの妹達」
フークスは感心している。
アナスターシャは意味がわかってなかったので、「挑戦状というのは、大人になりかけている子供が騎士のトーナメントに出ることですよ」とアゼルが説明していた。
「よっぽど自信がないと出てこないんです」
「そうなんだ。カールの妹達、私も会いたいな。カーライル様の話とかしたい。今度会わせて」
「もちろんいいですよ」
フークスは微笑んでいた。
「トーナメント楽しそうだよ。9の月にあるんだって。へびっちも一緒に見ようよ」
アナスターシャはまだ名残惜しげにへびっちを誘っている。へびっちは首を横に振っていた。
侍女が女王に耳打ちし、女王は娘と一緒に席を抜けた。
「今年は結構盛大にしようと母様が言ってましたから、楽しみですね」
アゼルがアナスターシャに言った。
レイアスがぷっと笑っていた。
「実は、カールの妹の一人に兄さんがせまられてるんですよ」
「レイアス！」
ディランがあわてている。
「へーそうなんだ。いいじゃん。大人になったらもらっちゃえば？」
フークスは普通に反応していた。
「相手は８０歳も年下だぞ？ 冗談じゃない」
とディラン。
「ディランクラスだと、５人は彼女を作らなきゃだめよー」
アナスターシャが真面目な顔で言った。
「ここは未来じゃないので、いなくても大丈夫です」
ディランが引きつり笑いを浮かべている。
「強い血は一杯残さないと、そうやってだんだん弱くなっちゃうんだよ」
アナスターシャの言葉にディランはぎくりとしていた。
「これは一本取られましたね。確かに、強い血が一杯残らないとね、フークス様もがんばりましょう」
レイアスが言っている。
「私は二人目、彼女が今妊娠中ですから」
ルークが言った。へびっちはディランの肩をぽんぽんとたたいて、ガッツポーズをしていた。がんばれと言っているようだ。
「未来ではハインリヒもがんばってるんだからね」
「そうですね。私もがんばらないといけませんね」
最後にはディランもそういう気になっていたのだった。
「結局、へびっち様は何人子供がいらっしゃるんですか？」
エレノアが聞いた。
「何人だろう？」
フークスが首をかしげて、アナスターシャが指折り数えていた。
「未来では侍女さんが二匹、女王様が三匹、エレノアが二匹、七匹だね」
「７人兄弟ですかあ」
「全員僕の蛇の孫」
レイアスは誇らしげだった。
「侍女さんってだれですか？」
ルークが聞いて、アナスターシャが「あ、やばい、言っちゃいけなかった」としくじったという顔付きをした。
「そのことはまだ言っちゃだめだって、みんな忘れて」
「未来では重要人物なんですね」
フークス達はそれだけは察することができた。
「ハザーク様には絶対言っちゃだめ」
「ハザーク様関連なんですね」
とディラン。
「なんでわかったの？」
アナスターシャは本気で驚いている。
「姉様は素直な所が愛らしいなあ……」
アゼルはついしみじみと言っていた。
嘘がつけないアナスターシャに一同微笑んでいたのだった。
アナベルがまた部屋にやってきた。
「とーたま、おにわいこーよ」
アナベルはへびっちの腕を引っ張っていた。へびっちはうなずいている。
「ディランもいこ」
「はい」
アナベルはへびっちとディランを連れていき、「私も行く」とアナスターシャもついて行った。
アナスターシャはへびっち達と庭園で過ごし、へびっちに新しく来た翼が小さい天馬を見せたりもしたのだった。
夕方へびっちのお別れ会が城で催されて、へびっちが会ったこともない若い騎士の連中もやってきていた。
「へびっち様、未来の巫女様によろしく伝えてくださいね」
ガーライもやってきていた。
「なんで呼ばれてもないのに来るんだよ」
とフークスは苦い表情である。
「いいじゃないですか。挨拶くらい」
「ねえへびっち、その蛇だれにあげるか決めた？」
アナスターシャはそれが気になって仕方がなかった。へびっちは悩んでいるような表情である。
「母様の子供が生まれるまで、へびっちが預かっておくとか？ そういうことできるの？」
と聞くと、へびっちはさらに首をかしげて悩んでいた。
カールの妹達二人も母親と一緒にやってきた。カールの様子を聞きたかったようだ。
「兄さん迷惑をかけてないですか？」
へびっちは親指をびしっと立てていた。
「役に立ってそうですね。よかった」
「カールは見事ゆり様の恋人になったらしいよ」
フークスがいうと、３人は「おー」と拍手をしていた。
ディランはカールの妹達が来ると、へびっちからちょっと離れていた。カールの妹達は腰までの水色の髪のストレート、かわいらしい顔立ちの双子だが、魔法力は二人ともとても強い。
そして、将来有望の二人でもある。すでに男達のアタックも開始されているようだが、ソラはディランに照準を定めている。ちなみにこの二人はそっくりなので、ディランはまだ二人の区別もついていないという有様である。
「大人になったら赤い月を一緒に過ごしてください」
とディランがソラにずばりと言われたのが去年の話である。
ディランはそういう誘いを受けることは多々あるのだが、いつもやんわりと断っている。
「私はつまらない男ですよ。それに王族にからみたいなら、他の者とひっついた方がいいですよ」
ディランはソラにもそう言った。
男の子が生まれれば、アナベルの相手になる可能性もあるのだ。ディランの子供では、それは無理である。
「女の子が生まれるかもしれないじゃないですか。それに王族に入らなくっても別にかまわないです。ディラン様は今お相手もいないようですし、恋愛も、未来方式で結構です」
「未来方式？」
「面倒くさい恋愛のやりとりはなしで、子作りしようという関係です。もちろん、私はディラン様が好きですよ。好きでもない相手と赤い月を過ごすなんて嫌ですもの。ディラン様にも私を好きになっていただきたいですけど、
恋の歌とか、手紙とか、そういうのなしでかまいません。赤い月だけ愛していただければ結構です」
これにはディランも絶句した。こういう考えをする女性はこの時代稀である。
「いや、あなたは若いんだからもっと恋を楽しんだほうがいいですよ」
ディランは思わず言っていた。現に他の若い女の子達は、赤い月でなくとも恋人達と楽しくいちゃいちゃしあっている。この時代、恋人とはそういうものだ。
「あなたが女盛りになる頃には、私はもういい年ですよ。若者は若者同士がいいですよ」
「うちのお母さんは、６０歳で兄さんを産んだんです。私達を産んだのは６５歳です」
「どうりでお母さん若いと思いました」
ディランは驚いていた。
「あなたのお母さんでさえ私より若いですよ」
「親が早めに子供を産んでると、私も早く子供ができる可能性があると言いたいんですよ。６０歳までに一人目がんばりますから」
ソラは真面目な目をしていた。
「私はあと２０年もすれば騎士も引退ですよ？」
「引退しても仕事は引退しないでしょう。ディラン様は仕事大好きな人ですから」
「それはまあ、そうなんですが……」
「とりあえず、私が大人になってからの話ですね」
（なかなか面白い子だが、大人になれば好みも変わる。若い男とひっつくんだろうな）
とディランは思っていた。実際、子供の時と大人になった時では、異性の好みががらりと変わることもあるのである。
（確かにアナスターシャ様の言う通り、私ももっと子供が欲しい所だが、他の女性とはうまくいかないんだよな……他の女性を心底愛せない。私に原因があるのはわかっているが……）
ディランは女王のことも愛しているが、未だにゆりのことも愛している。それも蛇の意識が強くなっているせいでもあるが、ディランの蛇は魂の伴侶を金蛇に定めてしまっていたのだ。
そのせいもあり、他の女性に猛アタックする気にもなれないのである。しかも、恋のやりとりなども面倒くさい。正直大人の女を誘うよりも、王女アナベルと遊んでいる方が楽しい毎日である。それはフークスも同じである。フークスは王子アゼルのことも気にしているが、今はアナスターシャのことを気にしまくっている。
ルークやレイアスは器用なのだろう。ゆりのことはゆりのこととして、他の女性とも恋仲になっている。
（私とフークスは不器用なんだな。ドルイドも同類だったが……ドルイドの蛇は今もドルイドと共にいるのだろうか。だとしたら、蛇の意識はどうなってるんだろうなあ）
ディランはそんなことが気になったのだった。
お別れ会も終わりに近づいていた。へびっちは、女王に抱きついたり、アゼルに抱きついたり、エレノアに抱きついたり、エレノアの子供マシューを抱っこしたり、とにかくみんなに抱きついていた。
「しばらく来ないつもりかな」
フークスがそんなへびっちの様子を見てついぽろりと言うと、
「そんな、近いうちにきてよ。絶対」
とアナスターシャは寂しげに言っていた。
解散しようとした時にハザークがやってきた。
「へびっち、またきたんだな。ん？」
ハザークはへびっちを見て、エレノアの子供を見た。
「？？」
「ハザーク様、あんまり気にしないでくださいね」
アナスターシャが言うと、「すごく気になるが……」とハザークは二人を交互に見まくっていた。エレノアの子供の蛇がへびっちに移動しているのに気がついたようである。
「まあいいか。だが、なんか気になるな。いろいろ」
ハザークはアナスターシャを見て、アゼルを見て、エレノアの子供をみて、へびっちを見た。この４人に似たような蛇がついているのが気になっているようだ。
「ハザーク殿、それについてはあまり気になさらないように。へびっちはもう今日で帰ってしまうのですよ」
女王が言った。
「そうなのか。行ったり来たりせわしないやつだな」
「私はまだしばらくいますよ」
アナスターシャが言った。
「そうか。じゃあへびっち元気でな」
へびっちはハザークにも抱きついていた。
夜になり、へびっちはディランの寝室にやってきて、蛇になるのかと思ったら、ベッドに人のまま寝ていた。
「蛇にならないのか？」
というとへびっちはうなずいている。
「蛇になったら子蛇が困るとか？」
へびっちはうなずいた。ディランは仕方なく自分もベッドに寝転んだ。するとへびっちはディランに横から抱きついていた。
「おいおい……」
抗議したがへびっちはかまわず抱きついている。
「蛇の方がいいんだがなあ……仕方ないのか」
（せめて、早めに夢がつながるように！）
ディランはそれだけを願い、目を閉じた。
夢はうまい具合につながった。離れた所にヴィラが見える。へびっちはたったか走ってヴィラの元に行った。
「え？ もう帰ってくるの？ 早いな」
とヴィラは驚いている。
「ヴィラ殿、また会いましょう」
ディランが叫ぶように言った。
「はい、今回は早かったですね……」
声の途中でヴィラとへびっちの姿は消えた。
未来のヴィラは、横にひっついてへびっちがいたので驚いていた。
「うわっまさか人のまま帰ってくるなんて驚いた」
へびっちはヴィラの腕をひっぱり起こした。
「なになに」
へびっちは何かを訴えていたが暗くて見えなかったので、ヴィラは灯りをつけて、紙とペンを渡した。へびっちは簡単な文字なら書けるのだ。
紙には「カール」と書いてあった。
「カールに会いたいの？ すぐ？」
へびっちはうなずいている。
「わかった」
ヴィラはカールに思念を送ったが、返答はなかった。寝ているようだ。
「起こした方がいい？」
へびっちはうなずいている。ヴィラはへびっちを連れて寮に移動した。
そして勝手にカールの部屋に入ったのだった。
「カール、すまない。緊急な用件なんだ。起きてくれ」
ヴィラはベッドで寝ていたカールを起こし、カールは何事かと驚いていた。
「一体どうしたんですか？」
「ごめんね。へびっちがどうしても君に会いたいって」
「え？ へびっちさんが？」
ヴィラは部屋のランプをつけた。へびっちは体を起こしたカールの両手を握り、しばらくじっとしていた。カールは不思議そうである。
ヴィラは二人を見守っている。カールも何が起こるのかさっぱりわからなかったが、左手に何かの感触があった。何かが自分の元に来る感触である。
「あ……」
「あ！」
ヴィラにもわかった。カールの気がかなり増していたのである。
「へびっち……」
「今、何かしました？」
カールがへびっちに聞いた。へびっちはカールの手を離してカールのパジャマの袖をめくっていた。
「あ！」
そこにいたのは青い蛇である。
「ええ！？」
カールは驚いて腕を近づけて見ていた。
「へびっち、過去から子蛇を連れて戻ってきたんだな。カールにあげちゃうのか？」
ヴィラが聞いた。元々カールは強い。ゆりの恋人だからといっても、何もカールにあげなくても、と思ったのだ。
へびっちは首を横に振っていた。
「？」
「子蛇？ ああ、皆さんの肌にいる子蛇ですか？ 私がもらっちゃっていいんですか？」
カールがへびっちに聞いた。へびっちはまた首を横に振っている。
「どういうことでしょう？」
カールがヴィラを見た。
「うーん、ちょっと紙とペンをくれるかな」
「はい」
カールはベッドから降りた。
「あの子蛇、女王じゃなくて、もう一人の彼女が産んでくれたんだ？」
へびっちはうなずいた。
「へびっちの妊娠させ率すごいな。さすが王妃の子供」
ヴィラはそこに感心していた。カールがペンと紙をもって戻ってきた。
「あのー、女王じゃない彼女ってどなたですか？」
カールにも聞こえたらしい。
「女王の時代の巫女らしいよ」
「エレノア様ですか？ この子、エレノア様が産んだんですか？」
カールはかなりうれしそうだった。
「その女性、知ってるんだ」
「はい、実は、私の初めての女性なんです」
カールはついそんなこともしゃべっていた。
「え？ そうなんだ？」
「エレノア様の蛇は、すごく綺麗ですよ。エレノア様自身もすごく優しくて……あ、すいません、ここだけの話にしてください」
カールは照れたように言っていた。
「わかったよ。それでへびっち、どうしてカールに子蛇を渡したんだ？」
ヴィラが聞いた。
へびっちは紙にペンを走らせていた。「あつかって」と書いていた。
「あつかって。あつかって？ どういう意味だろう？」
ヴィラは首をかしげている。
「あつかって……もしかして、預かってですか？ 私に子蛇をあげるのではなくて、預かって欲しいんですか？」
へびっちは手をぽんとたたいていた。どうやら当たりらしい。
「今の所、王の御子様は全員子蛇持ちだもんな。クロス様にも子蛇がついてるはずだし、いずれ男の子がまたできたら、移動させる気なのか？」
へびっちはうなずいている。
「そうか。確かに、カールの肌にいたら子蛇の成長は良さそうだもんな」
へびっちは二度うなずいていた。
「わかりました。しばらく預かりますね。エレノア様の気を感じます。エレノア様、もう出産されたんですよね。子蛇は男の子ってことは、子供も男の子なんですか？」
カールが聞くと、へびっちはうなずいていた。
明くる朝早く、カールとヴィラ、へびっちがゆりの部屋にやってきた。ゆりは、へびっちがまた子蛇を持ち帰ったと聞いて驚いている。
「へびっちすごいじゃない。ところでアナスターシャは元気だった？」
子蛇も気になるが、ゆりはアナスターシャのことも気にしていた。へびっちはうなずいている。
「あの時代の力が強い２人を彼女にしちゃうだけでもすごいけど、ちゃんと子供を産んでもらうんだもんね」
「王妃の血ですよ」
ヴィラが言った。
「子蛇をカールが預かるなんてできるんだ？ かといって他の誰かにつけるといっても……他は選ぶの難しいもんね」
「そうですよ。王に次男の子ができなかったら、その時はシス様かロイ様につけましょう」
とヴィラ。
「それがいいのかな」
ハインリヒとムサカに子供達がゆりの部屋にやってきた。皆口々に、「へびっちおめでとう！」と言っている。
「女王の次はエレノアにも産んでもらうとは……」
ムサカはへびっちに感服していた。
「レイアスだけ孫一杯でいいなあ。私も孫蛇が欲しい」
ハインリヒはうらやましげである。
「みんなの分もへびっちががんばってるのよ」
とゆり。
「その蛇強そうだね。僕の蛇と交換しない？」
ロイがカールに言っていた。ハインリヒはロイを睨んでいる。
「それだって強いでしょ」
「たまには入れ替えるのもいいじゃん。青い蛇ひっつけたい」
「いやなら戻してください」
「やだよー。たまに交換してみたいだけだよー」
「へびっち、アーねえは元気だった？」
ナナミが聞いた。へびっちはうなずいている。
「姉さん、へびっちがすぐ帰っちゃって今頃がっかりしてるんじゃない？」
ラギが言った。
「そうだよね。何も一日で帰ってこなくてもいいのに」
ナナミもアナスターシャのことを思って言っていた。
「何日いたって名残惜しいのは同じよ。今回はへびっちが無事帰ってきてよかったわ。王様に見せに行こうよ」
へびっちはうなずいた。
王の間には他の男達もやってきていた。カールの肌についた蛇を見て、男達は歓声をあげて喜んでいる。そしてアナスターシャのことを聞いていた。
「アナスターシャ様、へびっちに会えてうれしかったでしょうね」
ミルキダスがしんみりした表情で言った。
「１０日くらいいてあげたらよかったのに」
とジュノー。
「過去の時代で生まれた蛇は、最初から結構大きいですね」
フリットが言った。
へびっちはラクシュミに近づいて、頭を向けている。ラクシュミはへびっちの頭をなでなでした。
「お前は本当にすごい。強い女性に子供を産んでもらって、ちゃんと連れて帰ってくるんだからな。蛇のお前がこんなにがんばってるんだから、お前達ももっとがんばれ」
ラクシュミはへびっちの頭をなでながら、男達を見て言ったのだった。
つづく
１3部
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