第９話
蛇の国の城の北にある街は、城の東西南北にある街の中でも一番大きく、一族も多数暮らしている街である。商店街には様々な店が並び、酒通りと呼ばれる通りには、ずらりと酒場が並んでいる。夜は賑やかな通りである。
そして一本ずれた裏通り、こちらにも12ほど店があり、その一つの飲み屋に今宵、裏通りに店を出している主人達が集まっていた。
裏通りの主人達は親睦を深めるためにたまに集まっているらしい。占い屋のミケも、その集まりに参加してみた。
「ミケです。しばらく店を出すつもりなので、どうかよろしく」
ミケは他の主人達に挨拶をした。パチパチ拍手が飛んでいる。今夜は貸し切りで、机は引っ付けて並べられている。酒と食べ物もあった。店の主人達はほとんど中年から上の年齢で、女性も一人いる。裏通りで昼間食堂を経営している女性である。裏通りでは、この女性の店と、病院が結構流行っている。病院の医者は背が高い中年の男で、口ひげがある、髪は黒のオールバック、病院には看護婦も２人いる。そして先日ミケを酒に誘ったつぼの店の男、他は服屋、布地屋、パン屋、靴屋、床屋、装飾品を売る店などである。今夜は12の店のうちの８人が参加していた。他の店は５年以上開いてる店ばかりである。話を聞くと、ミケが借りている店の前は飾り物の店があったそうだが、夜逃げのように店の主人はいなくなったらしい。
「よくあることですが、さよならくらい言ってほしいですよね」
とつぼの店の主人が言っていた。それで空いた店をミケが借りているというわけである。
ミケが店を借りる時に他の連中と一度顔を合わせていたので他の主人達の自己紹介はなく、会合は始まった。議題があるときもあれば、ただの世間話で終わるときもあるようだ。
「私から一つ、あたたくなってくると腹痛の患者が増える。生ものもあまり長い間置いておかないように。置き水もほどほどに」
医者が言った。
「わかってますよ。先生」
と食堂を経営する女性が言った。女性はちょっと太めの中年の女性で青い髪は後ろでまとめている。名前はミールである。
「１０年前のようなことはごめんですからね」
「１０年前？」
ミケが聞いた。
「誰か説明して、私はしたくない」
と女性がいったので、つぼの店の主人が説明した。
「ミールさんの店で食事をした客３０人ほどが腹痛で寝込んじまったんですよ。中には一族の者も二人いたんで大問題になっちゃって、ミールさんは故意にやったんじゃないかって役所に連れて行かれちゃったんです。先生が原因を調べて、それでわかったんですが、原因はその日の昼食に使った野菜でしてね、毒になる草が混じってたらしくて、その頃裏通りに八百屋があったんですよ。そこの主人がミールさんに振られてね、その腹いせに毒入りの草を混ぜてミールさんに売ったんですよ」
「えー……」
原因は振られた腹いせとはびっくりである。
「私も気がつかなかったのが悪いんですが、本当に似た草でしてね。でも先生がすぐに解毒薬を作ってくださったから重傷者はいなかったんです。ほんと、先生には感謝してますよ」
ミールが言った。
「あの草の中毒はよくあるからね」
と医者。
「それで、その八百屋の主人はどうしたんですか？」
ミケが聞いた。
「患者が出る前に逃げてましてね。でも北の国境で捕まって、死人が出なかったので、鉱山で強制労働を一年間して、追放って感じですね」
「この国に鉱山ってありましたっけ？」
「南東の方にありますよ。主に取れるのは鉄ですよ。でも最近はほとんど取れてないみたいですけどね。働いてる人数も少ないらしいし」
「そうですか」
あまり聞かないから大規模な鉱山ではないだろうとミケは思った。どの国にも鉱山の一つや二つはあるが、龍の国の鉱山は有名で、労働者も多数いる。鉄は日常生活では欠かせないものである。それが取れるのと取れないのでは、かなり国力にも差がつくのだ。といっても、どの国の鉱山も長い間掘っているので出てくる鉱石も今はたいした量ではないだろう。最近は鉄などは再利用される方が多い。商店街にある鉄の買い取り屋は国が運営している店である。
その夜はそのような話を聞いて、お開きになった。
（八百屋の主人は怪しいヤツだったのかも？ いや、恋くらいでボロを出すんだから違うか。おれの前に店を出してたヤツは怪しかったのもな）
だれが怪しいか、話して分かれば苦労はない。もしつぼの店の主人が敵の偵察だとしても、彼の役割は情報を仕入れて流すくらいのもので、主人自身が誰かを暗殺したりすることはあまりないだろう。もちろん長年住んで、街に溶け込み、すっかり信用されたところで手の平を返す、というパターンもある。むしろその方が多いかもしれない。この国は一族以外の者も多数住んでいるために、そういうこともやりやすい。城の中でさえ、一族以外の侍女が多数入っているくらいなのだ。
（龍も強いんだからそんなに蛇にかまわなくてもいいのにな）
部外者のミケでさえそう思っていた。
（蛇がもし盛り返しても龍以上になることはないだろうに）
王妃への懸賞金が一番高いが、続いて王の子供達、戦士と続く。
（この一族の者を殺してなくてよかったー）
王妃の件以前には蛇の国関連の依頼は受けていなかったのは今回は幸いだった。
（凄腕は俺じゃなくて実は俺の師匠なんだよな。俺はそこまですごくはないんだが……とりあえず王妃様関連のものを何か手に入れないと話にならねえ。どうすっかなあ）
自分の店に帰った後、ミケは作戦を練ったのだった。
蛇の国はこの日雨である。激しい雨ではなく、しょぼしょぼ降っているだけだが、城の南にある街の教会の建設作業は、雨の日は中止である。聖地から蛇の国にやってきていたフウガは宿にいた。今日は作業が中止だったので勉強をしようと建設関係の本を読んでいたのだが、途中から絵を描きだしていた。スケッチブックに描いていたのはクーガの顔である。
「できた。やっぱクーガ様いいよなー」
フウガはクーガの絵を宿の棚に飾っていた。ごつい体格をしながらも、やはり手先は器用なようだ。扉がノックされて、フウガが出ると、男が一人立っていた。
「こんにちは、フウガさん、私は戦士のイシュタールです。暇ならちょっと一緒に体を動かしませんか？」
そこにいたのは赤い髪のイシュタールである。
「体を動かす？ 何をするんですか？」
「体術とか得意だったらちょっと見せてほしいんですが」
「いやー人を殴ったりはあんまり、そうだ。これを見てください。誰かに見て欲しかったんですよ」
フウガはさっき描いたクーガの絵をイシュタールに見せていた。
「あ。クーガ様ですか？」
「わかりました？ やっぱり似てますよね」
「すごい。フウガさんが描いたんですか？ すごいですね」
イシュタールがほめるとフウガはうれしそうだった。
「そうだ、北の街に有名な博物館があるんですよね？ 行ってみたいな。どうやって行ったらいいですかね」
「連れて行ってあげますよ」
「やった。支度をするんでちょっと待っててください」
こうして、イシュタールはフウガを北の街の博物館へと連れて行ったのだった。半妖精になった当時イシュタールは火があるところにしか移動できなかったが、特訓の成果か今では普通にできるようになっていた。今日は雨初日なのでまだ平気だが、雨が数日降り続けると、イシュタールの体調も悪くなってくる。
博物館は今日も街の皆さんが訪れていたが、フウガを見ると、皆珍しげに眺めていた。
「俺、暇なときは絵を描いたりもしてるんです。すべて建物造りに通じるから芸術関係のことをするのはいいことだって親方が言ってたもんで」
「そうなんですか」
人だかりができていたのでフウガはそちらへ行ってみた。ガラスケースの中に手が飾ってある。
「だれの手だろう？」
「神様の手ですよ。あれはハロルド様で、ラーズ様、ウィル様」
「すげえ！ あ、あっちのは色がついてら」
フウガは背が高いので、みんなの後ろからでもよく見えているようだ。
フウガは奥にある女性の石像に目を留めてそちらに近づいて行った。
「あれはだれですか？」
「うちの王妃様ですよ」
イシュタールが誇らしげに言った。
「王妃様？ へーこの石像、なんか聖地の職人っぽい作りだなあ」
「元聖地の職人さんが作ったんですよ」
「ほんとですか？ やっぱりそうか。俺この王妃様を描きたいな。イシュタールさんはもう行ってもいいですよ。ちょっと長くなるんで」
「後で迎えに来ますよ。どれくらい後に来たらいいですか？」
「3時間くらい後でお願いします」
「わかりました」
フウガは石像から離れた所にあぐらをかいて座り込み、スケッチブックに絵を描きだした。イシュタールは微笑んで去って行った。
そして3時間後に来た時には、フウガの後ろには５人ほどの見物人がいた。フウガはイシュタールに気がつくとうれしそうに笑っていた。
「もう3時間経ったのか。早いな」
「ずっと王妃を描いてたんですか？」
「いろいろ描きましたよ。王妃様の顔に全身に、ハロルド様の手、蛇」
「おーこれは素晴らしいですね」
イシュタールは絶賛している。ゆりの石像の顔に、全身像、ハロルドの手に、ハロルドの顔まであった。どれもなかなかの出来である。
「ハロルド様の石像はいっぱいみたから、ついでに顔も描いちゃった」
「似てますよ」
「お願い、ハロルド様の顔、私にください！」
街の若い女性がフウガに頼んでいた。
「いいですよ」
フウガは一枚ちぎって女性に渡していた。
「やったあ、ありがとう！」
女性はすごく喜んでいる。
「じゃあ行きましょう」
フウガは立ち上がった。
「はい」
イシュタールはフウガを宿に戻し、「あのー今日描いた絵、買い取らせてください」とフウガに頼んでいた。
「全部ですか？」
「はい」
「クーガ様も？」
「はい」
「もしかしてクーガ様のファンなんですか？ ファンクラブに入りません？」
フウガはイシュタールをクーガのファンクラブに誘っていた。
夕方、イシュタールはうれしそうな顔でゆりの部屋にやってきた。
「王妃、見てください」
「なあに？」
イシュタールはゆりにスケッチブックを渡した。一枚めくってゆりは「あ」と声をあげた。
「え？ もしかしてクーガ様？」
「やっぱりそっくりですよね」
「えーだれが描いたの？ すごい」
「クーガ様が連れてきたフウガさんですよ」
「えークーガ様、彼にはこんな笑顔なの？」
絵のクーガはすごく優しそうに微笑んでいた。
「私こんな顔されたことあったっけ？ なんかジェラシー」
めくると次は自分の顔だったのでゆりはびっくりしていた。
「あれ？ あの石像？」
「そうですよ。こっちもそっくりですよね」
「フウガ君ってすごく絵が上手なんだね。あの石像、私には未だに見えないんだよねえ。そーだ、今度解除してもらうように頼もう。フウガ君ってどんな人？ 芸術肌なんだ？」
「体格は良いので戦ったら強そうですが、絵を描いたりする方が好きみたいですよ。クーガ様のファンクラブに誘われましたよ。聖地と対岸のノイトラールに会員がいるんだけど、結構な人数がいるみたいですよ。3ヶ月に一度会報が発行されてるみたいです」
「え？ 私入りたい。ここからでも入れるのかな。会報読んでみたい！ 入れるかどうか聞いてみて」
ゆりはかなり興味津々だった。
ゆりは笑顔のクーガと自分の石像の全体像のスケッチをもらった。
「落書きされないように額に入れた方がいいかな。それにしてもクーガ様、この笑顔、私も見たい！」
ゆりは何度もクーガの笑顔を見て、同じことを思っていたのだった。
その数日後にはゆりの部屋の棚の上にクーガと自分の石像のスケッチが額に入っておかれていた。
イシュタールが「王妃にあのスケッチをあげたらすごく喜んでました」とフウガに報告すると、フウガも喜んでいた。「王妃がクーガ様のファンクラブに入りたがってる」というとさらに喜んでいる。
「王妃様もクーガ様のファンなんですか？ 是非入ってほしいですよ。クーガ様すごいな。ファンは世界中に広がっちゃうな。聖地に手紙を出しておきますね」
今日のフウガは上機嫌で仕事に励んだのだった。
さてその日、ゆりの部屋では変わったことがあった。ジロウがゆりの部屋にいた侍女の一人に吠えたのだ。
「ウーーワンワン！」
「え？ なあに？ どうしたんでしょう？」
その侍女は戸惑っている。
「ジロウ君どうしたの？」
部屋にきたゆりが聞いた。
「ワンワン！」
明らかに一人の侍女にだけ吠えているようだ。
「何かこっそりおいしいものでも食べたんじゃない？」
他の侍女が聞いた。
「えー何も食べてないですよ？」
ジロウは部屋からたっと走って行き、階段を降りて、たまたま王の間の前にいたミカエルの足の服をかんでひっぱっていた。
「ワンワン！」
「え？ どうしたんだ？ 王妃！？」
ミカエルはゆりに何かあったのかと急いでゆりの部屋にいったが、ゆりは普通だった。
「びっくりした」
ジロウが遅れてやってきて、部屋を出て行こうとした侍女に向かって吠えていた。
「ワンワン！」
「ジロウ君どうしたんだろう？ 侍女が気になるみたい？」
ゆりも不思議そうだ。
「そうなんですか？」
その侍女がいなくなると、ジロウはもう吠えなくなった。
「？」
ミカエルは「王妃また」と言って部屋を出て行った。
その翌日、城の北の街の商店街の裏通りにある占い屋では、ミケがある封筒を開けて、その中に入っていた髪の毛を手に取っていた。その髪は黒い。30センチほどの長さである。
「やべえ、簡単に手に入っちまった。大丈夫かよ」
これは城にいるゆりの髪の毛である。ミケはどうやってこれを手に入れたのだろうか。
「かえって心配になってきた。おっと！」
ミケの後ろにぱっと男が現われて、ミケはとっさにしゃがんでいた。後ろにいたのはミカエルである。ミカエルはすぐさまミケの首をはねようと指先から魔力の刀のようなものを出していた。ミケがしゃがんだのでそれは空を斬っている。
「おい占い屋、やっぱりお前悪いやつだったな」
ミカエルがミケを見下ろして言った。
「いやーこれおとりだった？ よかった。わたしゃ心底王妃様のことを心配しましたよ」
「ふざけるな」
ミカエルは今度は指先をななめに振り下ろしたが、ミケの姿はぱっと消えた。
「おっ！」
ミカエルが立っていた床が真っ黒である。ミカエルの足がその床にずぶりと沈んで行った。
「幻術？」
「店を壊すのは勘弁してください。外行きましょう」
店の扉が開いたが、ミケが出て行くのは見えなかった。ミカエルの足はとっさに動かなかった。
―フリット、外に逃げたぞ！
ミカエルは一応フリットも呼んでおいたのだ。
フリットは魔力の波動を追った。なんとも素早い男である。まったく姿が見えないのである。ミケはあっという間に街の外にある森に逃げ込んでしまった。だがミケは逃げ去る気はないのか、ある位置で止まっている。
―結構な手練れだな
―あのやろう
ようやく足が動いたミカエルも合流して二人で追い詰めるとミケは姿を現して、手の上に光りの玉のようなものを浮かべていた。フリットは初めて男の顔をまじまじと眺めている。
「まあまあ落ち着いてくださいよ。私は、敵じゃないんです」
「ふざけるな！」
とミカエル。
「敵ならわざわざ店なんて構えます？ ところであれだれの髪なんですか？」
ミカエルが魔力で攻撃しようとしていたので、フリットが「ちょっと待て」と制していた。
「その前に、どうやってあれを手に入れたのか知りたい。教えてくれないか？」
「いいですよ。酒場の個室で話します」
「お前な」
ミカエルは呆れている。
「……まあいいじゃないか。ちょっとこいつ面白そうだ。来い」
フリットは話が聞きたくなったようだ。こうして、フリットとミカエルは怪しい男と酒場の個室に行くことになったのだった。
その酒場は街の酒場でも一族の者がよく利用するちょっと高級な方の酒場である。
ミケの向かいにフリットとミカエルが並んでいた。ミカエルは苦い表情でミケを眺めている。酒とつまみが並ぶと、ミケは自分で杯に酒をついでいた。
「良い酒ですね。やった」
「それで、さっきの話を聞かせてくれ」
フリットがせかした。
「いいでしょ。私は幻術とか催眠術とか、そういうのが得意です。王妃様の侍女に直接催眠術をかけるのは無理なんで、まずは街にいる子供にかけました。その子供が親にかけて、その親から教会の牧師にかけて、その牧師から王室御用達の洗濯屋にかけまして、洗濯屋から城の門にいた護衛にかかりまして、その護衛から侍女にかかったんです。その侍女は無意識の内に王妃様の髪の毛を一本封筒に入れて、それからはまた逆回りに封筒が回って、最後に子供から私が受け取ったんです。本人達は無意識なので、封筒を回したことも覚えてないでしょう」
ミカエルもフリットも唖然としている。それほど人数を介した催眠術など聞いたことがなかった。
「念には念を入れてこの人数になったんですが、ミカエル様はいつ気がつきました？」
ミカエルは「はあ」と息を吐いた。
「実は、気がついたのは私じゃない。王妃が飼ってる犬だ」
「犬？」
「犬が昨日やたら侍女の一人に吠えてた。おとなしい犬なんで珍しくてな。それで侍女をそれとなく見張らせてたら、封筒を渡してたのがわかったんだ。それなのに侍女に聞いたら、そのことをさっぱり覚えてなかった」
「犬？ すごい犬ですね。戦士より頼りになるじゃないですか」
「うるさい！」
「しかし、催眠術のまたがけなんてあまり聞いたことはない。お前一体なにものなんだ？」
フリットが聞いた。
「催眠術が得意な占い屋です。私は実は王妃様のことが好きなんですよ。どうしても王妃様のことを知るのに王妃様の身近なものがほしいんです。それで髪の毛を拝借したかったんですよ」
「あやしいことに使う気じゃないのか」
「ただの怪しいやつなら店は借りないし、こうやって話はしませんよ。それに髪の毛一本で相手をのろって殺すなんて無理ですよ。魔法返しを受けて自分が死にますからね。あの城、強力な結界がはってあるでしょ？ 魔術の攻撃ははねかえすんじゃないかな」
二人は沈黙していたが、思念で会話をしていた。
―こいつ、どういうやつだと思う？
ミカエルがフリットに聞いた。
―まだわからんが、敵というわけでもないような……人相は悪いがな
「王妃のことを知ってどうする気だ？」
ミカエルが聞いた。
「王妃様、今日も元気だな、とそういうことが知りたいだけです」
「知ってどうするんだ」
「王妃様が元気なら私が安心します」
「一族でもないのになんで王妃のことをそんなに気にする？」
「ところで、あの魔具、ちゃんと王妃様に渡しました？」
ミケがそれを思い出して聞いた。
「ああ、本物らしかったんで王妃に渡した」
本当はハインリヒがもっているが、ミカエルはそういうことにしておいた。
「それで王妃様喜んでました？」
「ああ、こういうのがあるんだーと喜んでた」
「そうですか」
ミケは心なしかうれしそうだった。
「まあ私のことを信じられないのも無理はないですよ。逆にこれで信じるようなら心配するところです。敵じゃないという印に、誓約書を書きましょう」
「誓約書なんかなんの役に立つ」
とミカエル。
「魔法で作る誓約書です。心配しなくても、わたしゃ龍に恩はないです。王妃様に貸したあの魔具なんですが、実は知り合いが昔龍の鉱山から盗んだものなんですよ。ばれればお尋ね者になるくらいですから」
フリットもミカエルも沈黙している。
「そうだ。せっかくだから占って上げますよ」
ミケはテーブルの上の酒とつまみをはじによけて、懐からカードを取り出して、カードをシャフルし、横にずらりと並べた。
「ミカエル様、一枚引いてください」
ミカエルは無言で真ん中あたりのカードを一枚引いた。
月の絵柄のカードである。
「月の正位置、今何か恋愛相手に不安に思ってることでもあります？」
とミケが聞いた。
「え？」
「相手に疑いの気持ちがあるのでは？ そのせいであなたも本来の自分を見失っているんじゃないですかね。その人と続けたかったら、なんのわだかまりもなかった頃の気持ちを思い出すといいかもしれないですね」
「…………」
ミケはカードを集めてシャッフルし、机にまた並べた。
「次あなたどうぞ」
フリットは躊躇していたが、一枚引いた。
そのカードは死神だったので、フリットはどきっとしている。
「これ悪いカードだろ？」
「死神の正位置は悪いカードではないですよ。最近、精神的に大きな変化のようなものがあったんじゃないですか？ 今まで抑圧されていた気持ちを解放するようなことがあったとか。それは悪いことではないです。むしろ良いことですので、不安に思うことはないですよ」
「はあ……」
ミケはカードを集めてケースに入れていた。
「まあ、私はしばらくこの国にいるつもりなんで、ぼちぼち信用してくださいよ。ところであの髪ってだれの髪です？」
「王妃本人の髪だよ」
ミカエルが言った。
「本当ですか？ ならついでにその髪で何をするのかってとこも見せますよ。店に来てください」
ミケは杯の酒を飲み干して、立ち上がった。
「連れて行ってくれます？」
「やれやれ」
ミカエルはミケを店に連れて行った。店の奥の作業部屋の方にミケは二人を案内した。そこには様々な石や何か得体がしれないものが入った瓶などが多数並べられていて、丸い机の上には五芒星の模様が描かれていた。
「先に誓約書を書きますよ」
ミケは動物の皮を一枚丸いテーブルに広げて、そこにペンを走らせた。
「私、ミケは、蛇の国に害を為すことは一切しません。その約束を破ったときには、肉体は直ちに塵と化すでしょう」
ミケが何やら魔法を唱えると、文字がうっすらと光り輝いた。
「できました。ちなみにミケって偽名ですけど、この場合偽名でも有効ですので、はい」
ミケは誓約書をミカエルに渡していた。
「これが有効ってどうやってわかればいいんだ？」
「私が自分でそれを書いたんだ。私があなたたちに何か悪さをしただけでも、私の肉体は塵になっちまう。自分で自分に魔法をかけたんですよ。そこまでするってなかなかないですよ。あなたがたは私を信じた方が得ですよ。それで王妃様の髪で何をするかというと、これはたいした魔法じゃないんですが、地味に役に立つんですよ。王妃様の健康状態を知ることができるんです」
ミケは封筒に入っていた髪の毛をテーブルの上に乗せて、魔法を唱えた。すると一本の髪の毛が丸い透明な球に変わり、やがてその球が淡い輝きを放った。
「王妃様が健康ならこの球も輝いてる、逆に何かあると、輝きが失われるんです。わかりやすいでしょう」
「これを壊したら王妃に影響はないのか？」
フリットが聞いた。
「ないですよ。これは本人に干渉できるものじゃないんです。それに言ったでしょう。髪の毛一本でのろうことはできないって。あの結界で何人か敵が死んでるんじゃないですか？」
「もしお前が王妃を殺したいとしたら、どうやって殺そうとする？」
ミカエルはそう聞いてみた。
「そうですねえ……簡単なのは髪の毛を手に入れた方法と同じ、催眠術のまたがけですが、わたしゃ殺しを他人にやらせるのは好きじゃない。私にもモラルってものがあるんでね。城に出入りしている誰かに化けるかなあ。でも城の中に入れば王様にばれそうだし、城の中にいる王妃様を殺すのは難しすぎる。外に出るのを狙うしかないが、それも難しいでしょうねえ」
「何か考えろよ」
とミカエル。
「王様のあの結界がぐっと弱くなるのを待つしかないかな」
「……ところで、どうしてそんなに王妃のことを気にするんだ？ そこがさっぱりわからないんだが」
フリットが聞いた。
「実は、ある人から依頼されてるんですよ。王妃様を守って欲しいって。私に何ができるかわからないですけど、とりあえず、受けてしまったもので」
「依頼？」
「相手はどこかの金持ちです。王様かな、と思ったが違うようだし、とにかくそういうわけなんですよ」
二人はぽかんとして、ミケの店を後にしたのだった。
店から離れてから、
「あれ、本当かな？」
ミカエルがフリットに聞いていた。
「依頼する相手にはいろいろ心当たりがあるが」
とフリット。
「そうだな。やっぱり、上の？」
ミカエルは空を指している。
「かもな」
一族以外でそんな依頼をする者といったら、神以外に考えられないと二人は思った。
「まだ油断はならないがな」
「そうだな。完全にそうと決まったわけじゃないからな」
二人はそこで別れたのだった。
（実はとっておきの手があったんだよなあ）
二人が去った後、ミケは一人で考えていた。
（俺には獏の一族の血がちょっと入ってるせいか、相手の夢に渡る力があるんだよな。それには相手に目印をつけなきゃならないが、その印は催眠術のまたがけで王妃に何かを渡すとして、それで王妃の夢に入って、殺す。といっても
おれには一度で殺す力はない。最低三度は相手の夢に行く必要がある。三度くらいなら、王妃が誰かに助けを求める前に殺せたかもな）
ちなみに夢を悪用することは、獏の国では禁忌とされている。「夢を悪用すると獏の仕置きを受ける」とも言われているので、ミケはなるべく夢は使わずに、今まで暗殺の仕事を請け負ってきた。今回は夢でも使わないと無理だろう、と思っていたのだが、早々に獏の仕置きを受けてしまったというわけである。
（まあやらねえでよかったが、ただの伝説だと思ってたらほんとに仕置きされるんだもんな。あの夜はほんと怖かったぜ）
今思っても身の毛もよだつ出来事だった。
（少しはいいことをして死ねってことだな。まあ、それもいいだろう）
ミケは丸いテーブルの上の台座に乗っている王妃の魂の輝きを見ていたのだった。
翌日、ミカエルは、ミケが書いた誓約書をムサカにみせていた。
「確かにこれから魔力を感じますよ」
とムサカ。
「魔術師が自ら枷をかけるようなことをするとは信じられないですが……」
「変な男なんですが、敵じゃないような気もするし」
「本当にこの国に害を為す気はないんじゃないでしょうかね。この誓約書がある限り、そういうことはできないはずですが」
「そうですか。よかった。ありがとうございます」
「いえいえ、今度その男に会わせてください。一族以外の魔術師に興味があります。生粋の一族ではないのにそこまで魔力がある者がいるとは」
「本当ですよ。たまに、混血児なのに魔力が強い者とかいるんですよね。今度やつの店にお連れしますよ」
ミカエルは去って行った。
ミカエルはその後ゆりの部屋に行った。ゆりは元気に「おはよう」と挨拶していた。
「おはようございます。あ、そうだ」
ミカエルはゆりの部屋にいたジロウを見て何かを思い出した。
「また後できます」
ミカエルはすぐに去って行った。
午後、ミカエルがジロウにお土産をもってやってきた。立派な骨である。
「ワン！」
ジロウはしっぽをふって喜んでいた。ミカエルは「どうぞ」と骨を渡している。
「ジロウくん、よかったね」
ジロウは骨をもらうとさっそく寝床に持って行っていた。
「２本目だ」
グレンにもらった骨は、いつの間にかなくなっていた。ジロウが全部たべてしまったようだ。
「ジロウ君は活躍してますからね」
「何かした？」
「いろいろ頼りになりますよ。ところで王妃、最近カールと仲良すぎじゃないです？」
ミカエルは突然ゆりを横目で睨んでいた。
「え？ なに突然」
「しょっちゅうカールと遊んでるでしょ」
「それは向こうだよー向こうがお風呂で遊んでるだけで私は……」
「遊んでないって言うんですか？」
「いや、その、昨日ちょっと……」
ゆりはちょとしどろもどろである。
「私、王妃のお気に入りの座を、やっぱり今後も狙うことにしました。どうでもいいと一時思ってたんですが、それって私らしくないので」
「え？」
「ってわけで、今から仲良くしましょう。たっぷりかわいがってあげますね」
ミカエルはゆりを別室の方へつれて行っていた。
「王妃、初めてここで仲良くなった時のことを思い出してください。あの頃のウブな王妃にもう一度会いたいです」
「今はウブじゃない？」
「ウブじゃないですよ。すっかり神の国で遊ぶようになっちゃって」
「うっ」
とゆりはうなっている。
「脱いでください。いっぱい可愛いがって上げますから、王妃も可愛がってください」
「ミカエルったら……」
ゆりはちょっとうれしそうだった。
「やっぱり王妃が先で」
ミカエルはもう興奮状態になっていたので、ゆりに先に口でさせていた。
「今まで、私に一番口でしてくれてますよね。私の体、一番好きでしょ。王妃」
ミカエルはゆりの胸をなでながら言った。ゆりは口で奉仕していたので無言であるが、嫌そうではなかった。
「私のものをほおばって興奮してる王妃がかわいいですよ。王妃、私の王妃、いっぱい興奮してください」
ゆりの匂いが良い匂いになってきた。ミカエルもさらに興奮している。
「今まで王以外で一番愛し合ってきたのは私ですよ。ねえ王妃」
ミカエルはゆりの口から離して達していた。
「王妃、愛してますよ」
「あ……」
「王妃の霊体と王妃自身と、一緒に愛してください」
ミカエルはゆりを抱きしめた。今日のゆりはミカエルの愛撫に素直に感じていた。
（結局は、余計なことを考えずに、ただ王妃を愛しまくれば良いのかな）
占いの影響も少しはあるが、最近迷走気味だったので、やはり初心に返ろうと思ったミカエルだった。
「あ、なんか３人でやってる気分になってきた」
「私の霊体何してる？」
ゆりはどきどきして聞いている。
「なんか私に抱きついて、私の股間を……触ってる」
「え！」
ミカエルが興奮状態になると、「あ……すごい、きた」とミカエルがつぶやいた。
「え？ 何がきたの？」
「王妃の霊体ちゃん、私に抱かれちゃった。王妃ってば、ほんとはすっごくしたいんでしょ？ もー」
「え、ええ！ 霊体ちゃんってば！」
ゆりは驚いて手をばたつかせている。
「霊体ちゃん積極的だなあ。王妃より好きになったらどうしよう」
「えー！ えー！」
ゆりはあたふたしていたがどうすることもできない。できないのだが、なにやらゆりの体も興奮してきた。
「感触もっと感じたいー」
「ミカエルってばもう！」
ゆりは真っ赤になってミカエルの腕をぺしっとたたいていた。
「ほんとはずっと前からしたかったんでしょ。知ってましたよ」
「もー愛してる禁止！ 禁止ー！」
「王妃も興奮しちゃってるくせに。私も抱いてって言ってごらんなさい」
「言わないもん」
「霊体ちゃんの方が素直でかわいいですよ」
「霊体ちゃーん！」
ミカエルはしまいにはゆりの太ももの間で達していた。
「霊体ちゃんもいけたかな」
ゆりは興奮するやら恥ずかしいやらでわけがわからない状態である。
「よしよし、王妃もかわいいですよ。王妃が我慢してるのは私達のためなんでしょ。何も考えずに抱かれる方が楽ですもんね。確かに、王妃としょっちゅう愛し合う仲になったら、彼女達はもう抱けないかもしれないなあ。そうなったら、そっちは王に禁止されそうだな」
ゆりは無言だったが、ミカエルにひっついていた。
「みんな分かってるますよ」
「違うよ。私のわがままだよ」
ミカエルはゆりをなでなでしながら抱きしめていた。
ゆりの霊体が暴走してとんだことになったが、ゆりはミカエルに感謝したい気分だった。
（みんなの子供は産んであげられないけど、みんなの子蛇はクロスにひっついてるんだよね。どんな子蛇なんだろう。早く見たいな。私と、金蛇達と、みんなと、みんなの蛇達の愛がつまってるんだもんね。お父さんがこんなにいっぱいいるんじゃ、クロスは甘やかされて大変だね）
ゆりはその場面を想像して、微笑んでいたのだった。
つづく
１3部
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